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「彼女と母親の墓」9

2017年08月11日 | T.B.2020年

「父様……」

 禾下子は、横を見る。
 そこに、父親が立っている。

「見ていたのね」

 父親は何も云わない。

 墓地に、風が吹く。

「いつからいたの? 気付かなかった」
 父親が云う。
「あの男は、気付いていたな」
「父様のこと?」
 父親が頷く。
「まさか」

「……名まえは何と云っていた?」

「父様、見ていたんでしょう?」
 禾下子が云う。
「知っている顔ではなかったの?」

「いや。顔までは判らなかったな」

 禾下子は、彼が消えた方向を見る。
 呟く。

「……涼(りょう)」

 父親は、禾下子を見る。

「本当に、そう云ったのか」
「うん」

「東一族ではない、と云うことか……」

「え?」

 禾下子は父親を見る。
「東一族じゃない?」
「東一族に、そんな名まえは存在しない」
 禾下子は慌てる。
「でも、黒髪だったよ」
「黒髪は、東一族以外にもいる」
「東一族の衣装を着ていたよ?」

「……諜報員か」

 禾下子が云う。

「悪い人じゃないよ!」
 指を差す。
「ほら。母様のお墓を見つけてくれたんだよ!」

 父親は、その方向を見る。

「これが、……母様のお墓だって」
 禾下子が云う。
「東一族の墓石じゃないの。ただの、石なんだけど……」
「……そうか」
「父様……」
「…………」
「……母様のお墓だって、信じる?」

 父親は、答えない。
 坐り込む。

 その石にふれる。

「これが、……」

 禾下子は、父親の背中を見る。

 父親は墓を見たまま、云う。
「その男、装飾品はしていたか?」
「装飾品? 東一族の?」
 禾下子は思い出す。
「装飾品は、していたよ」
「見たか?」

 禾下子は首を振る。

「よくは見てない」

「東一族の装飾品だったか?」

「え?」
 禾下子は、戸惑う。
「判らない……」

 父親は坐ったまま、空を見る。

「父様?」

 父親は、立ち上がる。

「あの人を、知っているの?」
 禾下子の言葉に、父親は首を振る。
「あの人は本当に、……東一族じゃないのかな」

 父親は答えない。
 云う。
「戻ろう」
「……うん」
「花を供えるのだろう」

 父親は歩き出す。

 禾下子は、後に続く。

 墓地の入り口で立ち止まり、あたりを見る。

 そこには、誰もいない。





2020年 東一族の墓地にて

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