「父様……」
禾下子は、横を見る。
そこに、父親が立っている。
「見ていたのね」
父親は何も云わない。
墓地に、風が吹く。
「いつからいたの? 気付かなかった」
父親が云う。
「あの男は、気付いていたな」
「父様のこと?」
父親が頷く。
「まさか」
「……名まえは何と云っていた?」
「父様、見ていたんでしょう?」
禾下子が云う。
「知っている顔ではなかったの?」
「いや。顔までは判らなかったな」
禾下子は、彼が消えた方向を見る。
呟く。
「……涼(りょう)」
父親は、禾下子を見る。
「本当に、そう云ったのか」
「うん」
「東一族ではない、と云うことか……」
「え?」
禾下子は父親を見る。
「東一族じゃない?」
「東一族に、そんな名まえは存在しない」
禾下子は慌てる。
「でも、黒髪だったよ」
「黒髪は、東一族以外にもいる」
「東一族の衣装を着ていたよ?」
「……諜報員か」
禾下子が云う。
「悪い人じゃないよ!」
指を差す。
「ほら。母様のお墓を見つけてくれたんだよ!」
父親は、その方向を見る。
「これが、……母様のお墓だって」
禾下子が云う。
「東一族の墓石じゃないの。ただの、石なんだけど……」
「……そうか」
「父様……」
「…………」
「……母様のお墓だって、信じる?」
父親は、答えない。
坐り込む。
その石にふれる。
「これが、……」
禾下子は、父親の背中を見る。
父親は墓を見たまま、云う。
「その男、装飾品はしていたか?」
「装飾品? 東一族の?」
禾下子は思い出す。
「装飾品は、していたよ」
「見たか?」
禾下子は首を振る。
「よくは見てない」
「東一族の装飾品だったか?」
「え?」
禾下子は、戸惑う。
「判らない……」
父親は坐ったまま、空を見る。
「父様?」
父親は、立ち上がる。
「あの人を、知っているの?」
禾下子の言葉に、父親は首を振る。
「あの人は本当に、……東一族じゃないのかな」
父親は答えない。
云う。
「戻ろう」
「……うん」
「花を供えるのだろう」
父親は歩き出す。
禾下子は、後に続く。
墓地の入り口で立ち止まり、あたりを見る。
そこには、誰もいない。
2020年 東一族の墓地にて