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【韓国】名門高校が日帝強占期の日本人校長をホームページに掲載→削除へ 歴史を抹殺

2009年04月24日 | 支那朝鮮関連
【韓国】非難を浴びた大田高校、HPから日帝期の日本人校長を削除。史料館の日帝残滓も整理、「正しい歴史」を教育へ[04/22]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240439093/

■大田高校、ホームページから日本人校長を自主削除

 史料館の日帝残滓も整理へ … 正しい歴史教育の場として活用

 市民団体:「望ましい決定」

 名門高の無批判な日帝強占歴史承継として最近物議を醸している大田(テジョン)高校が、学校のホームページから、前身である公立大田中学校の日本人校長の写真を自ら削除した。

 大田高校と大田市教育庁によれば、最近社会的物議を醸している大田高校公式サイトの歴代校長欄に載せられた日本人校長らの写真を削除することが決まった。

 これは、日帝残滓清算に対する市民の熱望と、生徒たちの正しい歴史教育などを勘案するとき、日帝強占期当時の日本人校長らを公式サイトに掲載したのは不適切だった、という自主的判断によるものだ。大田高校はこれによって今月20日午後に公式サイトから初代~第10代の日本人校長の写真を削除し、公式サイトの「歴代校長」欄には現在、1945年の光復後に着任した金ヨンギ校長から掲載されている。

 大田高校はまた、校内史料館に展示された日本人校長の写真や日本語校歌などについても、同窓会等との論議を経て市民感情に適合した合理的な措置を取ることにした。

 大田高校総同窓会も、地域内で尖鋭な論難をもたらしている母校の日帝強占期歴史承継問題に関して、早いうちに母校と総同窓会、同窓出身の歴史学者などが参加して会合を持ち、過去史に対する適切な対策を用意することにした。

 大田高校総同窓会関係者は21日、「これまでも同窓会内部で日帝歴史に対する論難が少なくなかったが、今度の事態を契機に、学校のアイデンティティとルーツに対して先覚が必要だとの意見が集まっている。公式サイトや史料館などについても、メンバーが歴史認識を持つように整える必要があり、生徒たちにとっても生きている教育の場として再確立する必要があると判断している」と語った。

 大田高校と同高同窓らの決断に対して、地元市民団体は直ちに歓迎の意を表わした。大田参与連帯のクム・ホンソプ事務処長は、「大田高校の関係者が地域社会の世論を尊重し、過去清算や過去史に対する立場を明らかにして、今後の教育の場として活用しようとする主旨は、非常に望ましい選択・決定だ」と語った。

 クム処長はまた、「今回の大田高校のケースは、全国にある未清算の日帝残滓の一つに過ぎず、社会内の合意点や中心が定まらないために一連の事件が次々生まれる悪循環になっている。政府や民間の領域次元でも、今回の大田高校のケースを契機に、過去史に対する清算と認識を新たにせねばならない」と付け加えた。

▽ソース:忠清トゥデイ(韓国語)
http://www.cctoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=358625



【韓国】名門高校が日帝強占期の日本人校長をホームページに掲載[04/13]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1239599831/l50


http://www.cctoday.co.kr/news/photo/200904/352530_79837_2319.jpg

大田有数の名門高である大田高が日帝強占期当時建立された公立大田中学校の日本人校長たちを学校ホームページの歴代校長欄に堂々と掲載して論難が起きている。

公立大田中学校は1917年朝鮮総督不府が大田に滞留中の日本人の子供たちの教育のために設立した日人が主の学校だ。

しかし大田高校と大田中学校は解放後、韓国の中等教育再確立過程で公立大田中学校を学校の根にそのまま継承して、日帝治下の日本人校長まで‘先生’と敬う衝撃的な現象が行われている。

教育界の根深い日帝残滓と噛み合わさって、いわゆる日帝強占期当時建立された名門高たちの日本歴史性と伝統性継承問題が熱いジャガイモに浮上している。

大田高の学生たちと学父兄、同窓たちによれば大田高は公立大田中学校の日本人校長10人を学校ホームページの歴代校長欄にそのまま掲載している。これら校長は1917年4月1日から官立大田中学校招待校長として赴任した‘関本幸太郎’を始まりに45年8月15日、日本敗亡と解放直前まで在職した10代‘筒井誠’校長まで計10人だ。

さらに大田高はこれら日本人校長10人に続いて解放以後初めて赴任した韓国人のキム・ヨンギ校長を11代校長に命名して公式化して、事実上学校の伝統性を日帝治下に設立された日人学校から継承しているという指摘だ。

これに対して一部同窓たちは「恥ずかしい歴史も歴史」という見解を出してはいるが、在校生と一般にまで完全公開された学校ホームページに日本人校長の写真を上げて広報する必要があるかとの批判的な声が流れ出ている。特に日帝が韓国強占期間の民族教育抹殺と愚民化、皇国臣民化政策を行ってきて、その先鋒に日本人校長たちが立って陣頭指揮したという点を勘案する時、‘大田高の日本人校長歴史編入’は不適切だという見解が多い。

大田高のある同窓は「高校ホームページに入って歴代校長欄に日本人校長たちの写真が収録されていたのを見てビックリした」「日本人たちの皇国臣民を教育するための学校だった日帝時代の公立大田中学校は大韓民国政府樹立と同時に閉校になり、大韓民国法令によって立てられた大田高とはどんな関連も持つことはできない」と話した。

これに対して他の同窓は「恥ずかしい歴史も歴史」として「日帝残滓として無差別に無くすのに汲々としているより、学生たちのための教育資料に活用することも悩まなければならない」と話した。

ある学父兄は「学校の歴史を増やすために日帝の歴史まで編入したら、学生たちにどのように正しい歴史観を教えることができるのか」「ソウル大も一部内部論難があったが解放後を開校元年に釘を打って、日帝治下の京城帝大と明らかな線を引いた構成員たちの努力を振り返って見る必要がある」と話した。

これに対して大田高同窓であるパク・デボム大田高校長は「見る観点によって差があるだろうが公立大田中学校に通った先輩たちも同窓次元では考慮しなければならない」「学校の歴史は歴史で、過去日本人が主の学校として無差別に片付けることができる事案では無いと思う」と話した。

▲忠青トゥデー(韓国語)2009/04/13
http://www.cctoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=352530

■大田(テジョン)高校
http://www.daejeon.hs.kr/








海を渡った神様 /島根

 「日本と韓国は長い間、『近くて遠い国』と言われてきましたが、もともと仲が悪かったわけではないのです。むしろ仲のよかった時代の方がはるかに長いのです」。前松江市立城北小学校長で、県国際理解教育研究会理事の錦織明さん(60)はそう語ります。錦織さんが監修、発行した「海を渡った神様」は、1850年ぐらい前の話です。内容を短く紹介します。

 今の韓国の日本海側に、新羅という国があり、ヨノラン、セオニョという夫婦が仲良く暮らしていました。後に日本で王様と王妃様になる2人は、韓国の古い本「三国遺事」に登場します。韓国・慶尚北道の町から岩に乗り、日本のある小国(「海を渡った神様」では出雲の国)に渡ります。米や鉄作り、機織りを伝え、人々から神様として慕われました。

 記紀神話の神・スサノオノミコトについても書かれています。「スサノオノミコトは高天原(たかまがはら)を追放されたあと、新羅に天下るのですが、それを知る日本人は案外少ないのです」と錦織さん。本は日本語とハングル語で紹介されていて、とても興味深い内容に仕上がっています。

 20年前、錦織さんはハングル文字を読めませんでした。ある日、伊藤博文を暗殺したことで知られる韓国の独立運動家・安重根(アンジュングン)が、本国では、いたるところで英雄扱いされていることを知ります。「人間の評価が、日韓両国でなぜこんなに違うのか」。NHKのハングル語講座で学ぶ一方で、韓国から学校教科書を取り寄せ、学校教材の開発を進めていきました。

 「戦後、教育の世界で神話はタブーでした。『ナショナリズムをあおる』というのが理由でしょうが、私は、グローバルな視点を学校教育に取り入れたかったのです」と錦織さんは語ります。「海を渡った神様」は日韓両国の教師が合同で教材開発し、03年、まず電子ブック(CD)として完成、両国の学校などで使われました。「近くて遠い国」が「近くて近い国」になるきっかけになったのではないでしょうか。

 竹島問題を発端に、いま島根県と慶尚北道は友好関係を中断しています。錦織さんは出版にあたって「日韓両国の友好親善に少しでも寄与することができれば望外の喜びです」と記しました。両国の「垣根」が取り払われることを私も願っています。本は、松江市の県立図書館や同市立中央図書館などで閲覧できます。【松江支局長・元田禎】

 motoda@mbx.mainichi.co.jp
支局長からの手紙
http://mainichi.jp/area/shimane/letter/news/20090422ddlk32070609000c.html


【日韓】新羅の夫婦が海を渡り日本で神様として慕われていた…日本と韓国はむしろ仲が良かったのです(毎日新聞)[04/22]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240436805/


224 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/23(木) 07:55:43 ID:DTeUksrJ
>韓国の古い本「三国遺事」に登場します

”古い本”ねえw

流石に13世紀の本とは書けないよなwww



308 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/23(木) 08:16:54 ID:VOvHyNg2
 >錦織さんが監修、発行した「海を渡った神様」は、1850年ぐらい前の話です。

1850年前には新羅などは存在していなかった。
どうしても卑弥呼の時代よりも前にしないとつじつまが合わないので、卑弥呼の時代よりも
百年位前にしたんだろうが、完璧に捏造だと言うことがバレバレですなww

いかにも朝鮮人らしいやり方です。

467 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/23(木) 09:26:56 ID:vVDsInbP
>>1
あのね、大昔からもっとも倭人に攻められてた国が新羅なんだ。




【日韓】新羅の夫婦が海を渡り日本で神様として慕われていた…日本と韓国はむしろ仲が良かったのです(毎日新聞)★2[04/22]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1240500961/

66 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/24(金) 01:30:53 ID:sIMGAVNf
古代に倭がもっとも多く戦ったのが新羅な。
仲いいどころか、紀元前後から新羅が滅んだその時まで延々と敵同士だったろがw

ま じ で 何 言 っ て る の ? ? ?

96 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/24(金) 01:45:28 ID:MsCbxCJw
まぁ、古事記じゃ、日本が新羅征伐をした時に、新羅の王が、永遠に、
日本の天皇に仕えると言うし、百済も天皇の領地と定めてるからな。

188 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/24(金) 04:24:48 ID:u8fjUOxa
少し年をとっている俺からすれば、
日本と韓国を同列に並べて仲が良かったとか悪かったとか、そんな言い方を
するようになったのは、韓国の民主化がはじまった90年前後以降からだ。
それまでは、軍政がしかれていて、貧しくて汚い国ってイメージで、
ちょうど今だとミャンマーみたいな感じがした。
この20年で急速に生意気になって、躍起になって歴史を書き換えようとしているバカ
って感じだな。


212 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/24(金) 05:10:08 ID:DwQaYKAA
>>208
ついでに横からレスすると、全く教わっていないから騙される、ってのもある。

>>209
三国史記の新羅本紀には毎年のように
倭人に攻めれれた
倭人に略奪された
倭人に城を包囲されたけど助かった
倭人と戦った
倭人に使いを出した
倭人と…
ってのが記録されてるそうで、一方的ですね。


241 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/24(金) 07:21:28 ID:p2SD/bzo
城北小学校長が日韓交流推進へ絵本作成
絵本「海を渡った神様」を自費出版した錦織明さん=松江市東奥谷町、城北小学校
('09/04/01)
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=511124004


因みに、錦織とやらはコイツじゃ。
まぁ、たぶんネタなんじゃないかと思いたいが、引っ張り過ぎですw


311 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/24(金) 16:06:41 ID:DkGL3dHg
http://homepage.mac.com/jtuka/ebook/index.htm

ここで見れるね。「海を渡った神様」自体が。

347 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/24(金) 19:32:47 ID:fRXy1KDL
隋書倭国伝より
新羅、百濟皆以倭為大國,多珍物,並敬仰之,恒通使往來

訳;新羅も百済も日本を大国だと考えて敬い、通商していました。


899 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/04/25(土) 16:24:39 ID:3x86zBcf
私、錦織 明は古代人の考え方まで分かってしまうエスパーなので、作り話でもケンチャナヨ。
新聞記事にしてくれた日本と韓国のたくさんの人たちに心から感謝申し上げます。カムサハムニダ。


あとがき

この絵本の話は、もちろん実際にあった話ではないのですが、古代の人のものの考え方や、
朝鮮半島と日本列島との関係をうかがい知ることはできます。

 この絵本作成のために協力いただいた日本と韓国のたくさんの人たちに心から感謝申し
上げます。カムサハムニダ。

2003年5月18日
島根県国際理解教育研究会 
日韓合同授業研究部長 錦 織   明
ttp://homepage.mac.com/jtuka/ebook/atogaki.htm



城北小学校長が日韓交流推進へ絵本作成
写真絵本「海を渡った神様」を自費出版した錦織明さん=松江市東奥谷町、城北小学校

 長く日韓共同の教材開発や授業実践に尽力し今春、松江市立城北小学校長を最後に退職した錦織明さん(60)=同市雑賀町=が、日韓交流を促す絵本「海を渡った神様」を自費出版した。

 国の生い立ちや両国の深いつながりを物語る代表的な神話を素材に構成し、十年がかりでまとめた労作。錦織さんは「先祖が力を合わせて国造りをしたということを子どもたちに伝え、『近くて遠い国』から『近くて近い国』にしていきたい」としている。

 A4判、三十五ページで、韓国の神話「ヨノランとセオニョ」と、出雲神話で知られる「スサノオノミコト」の二話を紹介している。

 「ヨノランと-」は、朝鮮最初の統一王朝・新羅(しらぎ)から海を渡り、米作りや機織り技術などを伝承。後に王と王妃になったとされる夫婦の物語で、韓国の古書「三国遺事」に記されている。

 挿絵は、錦織さんが五年前に同じ絵本の内容をCD(電子ブック)化した際、全面支援してくれた東京のNPO法人メンバーの大津英輔さんが担当。物語の文章は日韓の小中学生が読み、親しんでくれるよう日本語と韓国語で紹介している。

 三百部を印刷。近く島根県立図書館や松江市立中央図書館などに贈るほか、希望者には二千円(百部限定)で配布する。問い合わせは錦織さん(電話0852・25・9371)。

('09/04/01)
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=511124004



錦織明氏、歴史を神話から紐解く/平和的国づくりを!/出雲・鰐淵で文化講演会
掲載日:2009/03/11
 出雲市河下町の鰐淵コミュニティセンター(高橋一夫センター長)で六日、韓竈神社の研究でも知られる松江市立城北小学校校長の錦織明氏(60)を講師に「海を渡った神様」と題した文化講演会があり、神話をもとに出雲と韓国の繋がりを考えた。同コミュニティセンターと、鰐淵寿朗会連合会(原重利会長)の主催。
 錦織氏は、韓国の国語の教科書にも載っている神話「ヨノランとセオニョ」と、日本書紀のスサノオ伝説をあげて、「非常に似ている。共通性がある」と述べ、実際の地名や儀式、風習などをもとに、韓国と出雲の繋がりを説いた。
 錦織氏によると「ヨノランとセオニョ」は、新羅(しらぎ)の男女が、岩とともに日本へと渡り、小国の王になるという物語。日本書紀にはスサノオノミコトも、新羅から埴土(はに)の船で渡ってきたと記されており、「共通性がある」とした。また、「(岩や埴土は)土地と一緒に人々が渡るという発想があったのでは」と述べて、国引き神話との関連性も示した。更に、人名からも「出雲人の多くが、渡来してきた弥生系の人だという可能性は実に高い」と話した。
 その上で、「現在は日本と韓国の間には、いろいろな問題がある。当時は、平和的に国づくりをしたのではないだろうか。もともとけんかするようなものではない。親戚のようなもの」だとして、現在の日韓関係を嘆いた。
 錦織氏は、この神話「ヨノランとセオニョ」の和訳絵本「海を渡った神様」(土江明文社)を三十一日、自費出版する。
http://www.shimanenichinichi.co.jp/kiji/show/6928




チェ・ビョンソプ教師・日本の錦織校長、説話CD-ROM共同制作
2003年 8月5日午後 2:05
「農業のやり方や鉄を扱う技術、機の織り方など、新羅の優秀な文化が伝わって、日本文化の根幹になりました。」 5日午前10時、慶州の宣徳女子中で、韓国と日本の教師たちが共同で三国遺事と日本書記に登場する説話を土台に製作した1時間のCD-ROM童話本「海を渡った神様」の出版記念会が開かれた。

「韓日共同教材開発を通じた合同研究授業および報告会」という題で開かれたこの日の行事は、韓国の慶州国語教科研究会のチェ・ビョンソプ(49・慶州宣徳女子中・写真右側)教師や日本側の日韓合同授業研究会の研究部長である錦織 明(54・写真)日本島根県の大谷小学校校長など、両国の民間研究会が2年間、史料を交換して完成した。

この童話は三国遺事に登場する延烏郎・細烏女と日本書紀のスサノオ(素盞嗚尊)が韓国から日本に渡って日本人に多くの文化を伝え、信任を得て王になる背景と過程を描いた。

韓国語・日本語兼用で製作されたこの電子童話本は、延烏郎・細烏女とスサノオについての解説や、説話の背景になった浦項(ポハン)の日月池や日月祠堂、高霊(コリョン)の高天原などの現場写真を添えた。

特に両国の教師たちは今回の発表会と共に、今後この電子童話本を小学校の副教材として選択、実際の授業に適用して感想文を交換するなど、持続的な交流を繰り広げることにした。

錦織校長は「韓国と日本は不幸な時期を経て近くて遠い国として過ごしてきたが、過去史を照らしてみれば仲の良かった時代のほうがはるかに長かった」とし、「韓日両国は複雑な関係に絡まっているが、日本の良心的な学者たちが参加し、文部省が技術と財政を支援しただけに、両国の新しい関係定立が期待される」と述べた。

チェ・ビョンソプ教師は「韓国と日本が歴史的に似た時期に全く同じ説話を持っていたということから、この作業を始めることになった」とし、「これをきっかけに、不通になった両国関係が新たに定立されたらいいと思う」と述べた。

慶州・イ・チェス記者 cslee@imaeil.com
http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/dm2003080522915.htm
http://koreawatcher.at.infoseek.co.jp/docs/dm2003080522915.htm



朝鮮半島初の稲作「再検証」~五千年前から稲作していたことを認めさせる作業開始
日本のイネ・ジャポニカ「南に源流」 遺伝子研究で解明

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