中国での「韓流ブーム再来」は勘違い?―韓国紙

2009年05月12日 | 支那朝鮮関連
中国での「韓流ブーム再来」は勘違い?―韓国紙

2009年5月12日、環球時報によると、韓国紙「世界日報」は11日、「韓流ブームが中国で復活」という見方は時期尚早だと伝えた。

在中国韓国大使館が明らかにした統計では、08年に中国への輸出が許可された韓国ドラマは29本で、香港ドラマ(38本)に次いで2位。これは中国で韓流ブームが起きた05年と同数で、韓国では中国における近年の「嫌韓」傾向が好転しているものと見られている。

ところが、実態はそうではないという。韓国ドラマの輸入数が増加したのは、韓国ドラマの価格が安いことが大きな理由だと中国の業界関係者は話す。 生活水準が上がった中国人にとって、韓国は豊かな国ではなくなり、ドラマを見て韓国へ旅行に行っても失望することが多く、現状では韓流ブームが再び訪れる可能性も低いという。(翻訳・編集/岡田)
2009-05-13 17:55:39 配信
http://www.recordchina.co.jp/group/g31317.html






【韓国】 外国人の見たソウル「美女が多いが交通地獄」[05/11]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1242222508/-100

「ソウルは美人が多くて24時間動き続ける交通地獄だ」

韓国を訪問した外国人VIP観光客たちの認識だ。外国人観光専門旅行会社であるコスモジン(代表:チョン・ミョンジン)は今年1分期、自社サービスを利用した訪韓外国人顧客3000人を相手にアンケート調査を実施した結果、彼らがソウルのイメージについて△24時間動く躍動的な都市△韓定食△交通地獄△看板で取り囲まれた建物△固まっている市民たちの表情△美女たちの天国△殺人的なコーヒーの値段などをあげたと11日、明らかにした。

このなかで一番印象的なことは、休まないで営業する店が多いという点だ。コスモジン側は「特に北ヨーロッパ出身の外国人たちは、主に午後6時になったら門を閉める自国の商店に比べ、ソウルには東大門衣類商店など24時間営業店が多いという点を不思議に思っている」と説明した。

美女が多いという点も代表的な特徴に数えられた。コスモジン関係者は「外国人は特に韓国にすらりとしている美女が多いと思っている。甚だしくは、ある外国人は、太っているうえ楽な服をよく着る外国人と違い韓国の女性はみな映画俳優のようにきれいでスリムだ、というは反応を見せた」と述べた。

一方、ソウルの否定的なイメージも少なくないことが分った。譲歩するよりは警笛から鳴らす運転文化や一日中ラッシュアワー状態のような交通地獄、無愛想で腹が立ったような表情で忙しく歩いて行く市民たちに多くの外国人が残念と感じているという。特に外国人は建物の形が分らないほど都市の美観を損なう形や色の看板や1万ウォンもする高いコーヒーの価格に対しても否定的な反応を見せたことが分った。

ソン・ジヌ記者
http://news.mk.co.kr/outside/view.php?year=2009&no=272216










【大阪・枚方】日本に先進文明を伝えた百済人渡来の再現フェスティバル、市長が「日本文化の基礎は半島由来」と挨拶 ★5 [05/09]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1241943313/l50

■日本・大阪で百済フェスティバル盛況

古代百済が日本に先進文物を伝えたことを記念する祭りである「百済フェスティバル」が9日、日本の大阪府枚方市で市民 500人余りが参加するなか開かれた。


百済関連古代史を勉強する集まりである「百済の会」が主催し、枚方市や大阪韓国文化院などが後援するこの行事は今年で9年目となり、この地域の代表的な祭りとして定着している。

枚方市がこのように毎年百済を記念する祭りを開催しているのは、この地が歴史的に朝鮮半島と結んでいる格別の縁のためだ。枚方市には、三国時代に百済が日本に先進文明を伝えたことを示す遺跡が特にたくさん残っている。4~5世紀に漢字を日本に伝えた百済人の王仁博士の墓がこの地域にあり、8世紀後半には百済最後の王である義慈王の孫である敬福王が日本に渡って腰を据えたのもこの地だ。

敬福王がこの地に建立した百済寺の遺跡は国家によって特別史蹟に指定されており、現在活発に遺物発掘作業が進められている。百済寺遺跡の隣には敬福王を奉ずる百済王神社もある。

この日の行事では、地域の小中学生たちと地域の主要人士が参加して、日本に渡って来た敬福王一行と、彼らを歓迎する古代日本人の姿を再現した仮装行列が、市内の中心街で行なわれて、大きな拍手を浴びた。

生徒たちはピンクと薄緑色の百済貴族の衣装を着て登場し、枚方市長と市議会議長、教育委員会委員長などは日本王とその臣下などに扮して百済人たちを出迎えた。

このほかチャングや鉦など韓国伝統楽器のコンサートも開かれ、4~9世紀の百済と日本の間の歴史を紹介する講演会も開かれた。

枚方市の竹内脩(たけうち・おさむ)市長は、「枚方市の多くの遺跡は、今日の日本文化を作った基盤が韓国を通じて来たことが分かる重要な証拠だ。枚方市と百済の間の歴史的な関係を広く知らせるためにフェスティバルを開催した」と語った。

▽ソース:聯合ニュース/Naverニュース(韓国語)(2009/05/09 19:14)
http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2009/05/09/0200000000AKR20090509047800101.HTML
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=001&aid=0002651779



■枚方・百済フェスティバル:貴族の衣装でパレード--9日 /大阪

国の特別史跡「百済寺跡」(枚方市中宮西之町)を広く知ってもらおうと、枚方市岡東町の岡東中央公園で9日、「枚方・百済フェスティバル」が開催される。今回で9回目。
百済寺は百済国王の末裔、百済王敬福が8世紀後半に建立したとされる。1952年に特別史跡に指定された。府内の特別史跡は大阪城跡と並び2カ所のみ。
近年の発掘調査では、敷地内から「大型多尊〓(せん)仏」と呼ばれる仏像の破片や修理院と呼ばれる金属加工の工房跡などが発見され、古代日本と朝鮮半島との交流関係や寺院の運営実態を知る上で重要な資料とされている。
イベントでは午前9時45分から、百済の王族や貴族の衣装をまとった地元の小中学生ら約70人が、百済寺跡に隣接する百済王神社から岡東中央公園までの約2キロをパレード。
公園内では午後4時半まで、韓国楽器「チャング」の演奏や和太鼓、日本舞踊などが披露される。韓国料理や奈良時代に朝廷に献上したとされる赤米を味わえる模擬店も。発掘調査の資料も展示する。
実行委員長の花村恒さん(71)は「百済寺の歴史的価値を知ってもらい、後世へ伝えたい」と話している。【向畑泰司】
http://mainichi.jp/area/osaka/news/20090503ddlk27040225000c.html

544 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/05/10(日) 23:00:02 ID:A5kzO5fR
>>1
どーみても創価の3色旗です。


588 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/05/11(月) 01:17:30 ID:PaliaEZw
>百済人の王仁博士の墓

王仁は中国人
王仁の子孫が改姓を願い出た時、「先祖は漢皇帝」と自ら言っている
枚方の墓は偽物で、王仁の墓は分からない

>義慈王の孫である敬福王が日本に渡って

敬福は孫じゃない
王でもないし渡ってきてもいない
日本で生まれ日本で死んだただの官人

人質の善光を日本の君主が出迎えるというのもありえない
善光は『日本書紀』皇極天皇紀に塞上と言う名前で出てくる百済王族と同一人物で、
塞上は兄豊璋に比べて軽んじられていた
百済滅亡後善光一家は日本に帰化した

善光の子の昌成は父や叔父とともに百済からやってきたが父より先に死に
昌成の子は中級官人に取り立てられて田舎の国司などをやっていた
敬福は昌成の子の良虞の三男
敬福は陸奥守にを務めていたとき陸奥で大仏に塗る砂金を見つけたので
聖武天皇から従三位に叙せられた

その後百済王氏の男子で敬福より高い位階についたものは出なかった
(女子はいる)


>百済寺遺跡の隣には敬福王を奉ずる百済王神社

百済王神社の祭神は須佐之男命と歴代百済国王
敬福は王でないから祀られていない


とにかく枚方市が百済王氏関係でやっているイベントはすべて学術的に非常に
問題があり、遺跡がある自治体としては極めて不適切
枚方市は『枚方市史』ですら杜撰な内容で、学者からも厳しい批判が出ている

なお、市財政は破綻している

608 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2009/05/11(月) 03:09:53 ID:d7fx7jij
こんな市長を当選させた有権者がバカ

The Korean truth 日韓併合前の韓国 朝鮮 チャングムの真実
http://www.youtube.com/watch?v=GHV5SY5GK6Y









【書籍】 応神=ヤマトタケルは朝鮮人だった★2[05/11]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1242056412/-100

日本建国の驚くべき史実

 「応神天皇=昆支=倭王武=ヤマトタケル=八幡神=大国主命=スサノヲ、すべて同一人物
である」と著者は主張する。

 日本で最大級の古墳といえば、仁徳陵(大阪府堺市堺区大仙町)。二番目に大きいのが仁徳陵から東へ14キロメートルにある応神陵(大阪府羽曳野市誉田6丁目)。この二つの古墳に埋葬されているのは兄弟であり、仁徳陵の被葬者は弟の余紀、応神陵に埋葬されているのが兄の昆支である。二人は百済の蓋鹵王(即位455年~没475年)の弟である。仁徳陵は全長486メートル、応神陵はわずかに小さく全長425メートル。前方後円墳の形もほぼ同じで、築造年代も10年と違わない。

 一、二位と争う日本最大の古墳に、なぜ、百済から渡来した二人の王子が埋葬されているのか、 その秘密を解き明かしたのが本書である。

 在野の古代史研究者の石渡信一郎の研究をうけて、加羅と百済から渡来した新旧二つの朝鮮渡来集団による古代日本国家建国の驚くべき史実を明らかにする。

 序章 本当にあったこと
 第1章 五つの金石文
 第2章 百済から渡来した王子昆支
 第3章 倭の五王「讃・珍・済・興・武」
 第4章 墨田八番鏡
 第5章 隠された蘇我王朝
 第6章 アマテラス誕生と「日本」
 終章  終章 蘇我入鹿の「差別名」を考える。
 
 古代朝・日関係史に関心のある人にとっては謎解きの喜びが味わえる。(林順治著、1800円+
税、河出書房新社、TEL 03・3404・1201)

http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2009/06/0906j0511-00007.htm
ソース:朝鮮新報





石渡信一郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

石渡 信一郎(いしわたり しんいちろう、1926年1月16日 - )は古代史研究家。東京都出身。
1953年、東京文理科大学(現筑波大学)文学部英文科卒業。1953年?1977年、東京都立千歳高等学校教諭。
主に以下のような説を主張している。
1 蘇我馬子=聖徳太子(厩戸皇子)は、用明天皇の架空の分身。
2 応神天皇は百済の蓋鹵王の弟昆支で、462年に崇神王家の入り婿となった。478年には倭国王武として宋に遣使し、491年に百済系の倭国「大東加羅」を建設した。
3 奈良県桜井市にある箸墓古墳の年代は393年。その被葬者は崇神天皇。
4 仁徳陵の被葬者は継体天皇。仁徳天皇は継体天皇の架空の分身で、継体天皇は応神天皇の実弟。
5 『日本書紀』、『古事記』の神話に出てくるスサノヲは蘇我大王家の象徴。
6 蘇我蝦夷、入鹿の父子は天皇。
7 天武天皇は天智天皇の異母兄である古人大兄皇子と同一人物。
8 4世紀前半に朝鮮半島の加羅勢力が北部九州に渡来し、瀬戸内海を経て、大和の纏向が王都の倭国=大加羅(南加羅)を建設した。崇神天皇はその初代王。

主な著作
「応神陵の被葬者はだれか」(三一書房)
「蘇我馬子は天皇だった」(三一書房)
「日本書紀の秘密」(三一書房)
「聖徳太子はいなかった」(三一新書)
「蘇我王朝と天武天皇」(三一書房)
「ワカタケル大王の秘密」(三一書房)
「ヤマトタケル伝説と日本古代国家」(三一書房)
「日本地名の語源」(三一書房)
「百済から渡来した応神天皇」(三一書房)
「蘇我大王家と飛鳥」(三一書房)


馬子の墓?誰が石舞台古墳を暴いたのか (単行本)
林 順治 (著)

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
天皇のルーツは朝鮮だった!新旧二つの朝鮮渡来集団による日本古代国家成立の史実と天皇家の熾烈な葛藤を浮き彫りにする。日本人単一民族説を根底から覆しアイヌ系蝦夷の存在を明るみに出した在野の研究者石渡信一郎の驚くべき発見を辿る新歴史紀行。

内容(「MARC」データベースより)
天皇のルーツは朝鮮だった! 新旧二つの朝鮮渡来集団による日本古代国家成立の史実と天皇家の熾烈な葛藤を浮き彫りにする。現代日本の学会ナショナリズムに警鐘を鳴らす。

2 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
☆☆☆
5つ星のうち 3.0 よくわからない, 2004/3/9
By
"牛丼" - レビューをすべて見る
 古代史ファンにとっては、非常に意味ありげなタイトルと装丁で興味をそそる。けして安くないこの本をつい買ってしまったが、読んだ感想は「?」。
 なにがいいたいのかよくわからず、一章一章のつながりも不明。
 私は近く、この本は一体なんだったのか、何が言いたかったのか出版社に電話をして聞いてみるつもりである。
http://www.amazon.co.jp/dp/4882027038/ref=sr_1_4?ie=UTF8&s=books&qid=1242060708&sr=1-4



著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
林 順治
1940年東京生まれ。旧姓福岡。四歳のとき空襲のため父母の郷里秋田県雄物川町深井に移住。県立横手高校から早稲田大学文学部露文科を経て出版業界に入る。1972年三一書房に入社。三一新書を中心に単行本を含め約500点の出版物を企画編集。1988年在野の古代史研究者石渡信一郎氏と出会い『応神陵の被葬者はだれか』を出版(1990年)、日本古代史の驚くべき全貌を知る。1994年4月取締役編集部長に就任。1998年8月株主を巻き込む労使紛争が発生。2006年2月労使間の和解が成立、約7年半におよぶ「労使紛争」が終結。同年3月28日定時株主総会において取締役退任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/product-description/4779111641/ref=dp_proddesc_0?ie=UTF8&n=465392&s=books


写楽は金弘道だったり、申潤福だったり・・・とにかく韓国人というこにしたいニダ
なぜ韓国人は他国の文化に執着するか











【日韓】日韓仏教交流協議会、韓国国民に苦痛を与えた過去を反省しざんげする文章を刻んだ和合共生記念碑を韓国・驪州にたてる[05/12]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1242122156/-100

日本仏教界「懺悔の念深く」、驪州に和合共生記念碑

【ソウル12日聯合ニュース】韓日仏教文化交流大会に出席するため訪韓する日韓仏教交流協議会が、 韓国国民に苦痛を与えた過去を反省しざんげする文章を刻んだ碑を、京畿道・驪州の神勒寺にたてる。

 韓日仏教文化交流協議会と日韓仏教交流協議会は13日に神勒寺で、日本側の僧120人余りを含め 400人以上が出席するなか、第30回韓日仏教文化交流大会を開く。世界平和を祈願する大法会を 執り行うとともに、日本側が提案した「人類和合共生祈願碑」の除幕式を行う。

 碑は座台を含め高さ3メートル、幅70センチメートルの黒曜石製で、表には曹渓宗総務院長の 智冠法師の手により漢字で「人類和合共生祈願碑」と碑銘が刻まれる。裏には日韓仏教交流協議会の 宮林昭彦会長が作成した文言がハングルと日本語で書かれる。碑文は、百済時代に日本に仏教を伝えた 韓国の役割は大きく、両国親善の原点になるという点を強調した上で、「不幸なことが何度もあり、特に近世には日本が韓国民に多大な苦痛を及ぼした歴史的な事実に対し、反省とざんげの念を深くしている」との文章が記される。

 大会関係者によると、日本の仏教界はこれまでにも過去への遺憾の意を表明しざんげの言葉を繰り返してきたが、碑石にこのように刻むのは初めてだという。

聯合ニュース 2009/05/12 16:01 KST
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2009/05/12/0200000000AJP20090512002400882.HTML

関連スレ
【日韓】日本の仏教界が韓国に初の公式謝罪「貴国を侵害した事実を反省」日韓仏教交流会で[06/14]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1118737061/ (dat落ち)

■大東観光株式会社■日韓仏教交流協議会
http://www.daito.info/nikkanbukkyou.htm

曹渓宗総務院長「独島はもちろん、沖縄と対馬も韓国の領土~「独島、対馬島、九州、島根県も私たちの地だ」


僧侶たちの仁義なき戦い ~韓国・チョゲ寺紛争~

韓国最大宗派「曹渓宗」で起きている内乱。人事に不満を持つ非主流派が総本山を43日間占拠し、排除にきた武装警察に僧侶達が火炎瓶や石を投げ抵抗。

昨年12月23日、ソウルで、韓国仏教会総本山に機動隊が突入し僧侶と衝突。20数人の負傷者が出た。騒動が起きたのは、韓国仏教の最大宗派「曹渓宗」の総本山である曹渓(チョゲ)寺。 

曹渓宗では1カ月ほど前から「総務院長」の選挙をめぐり僧侶同士が激しく対立。主流派と反主流派の双方が、全国動員を掛け曹渓寺で衝突を繰り返していたが、反主流派の僧侶ら40数人が寺にろう城し、23日に機動隊が導入された。

 その後も主流派と非主流派の対立は続き、今年6月には僧侶がガソリンをかぶったり、切腹するという
事態にまで発展している。

http://www.fujitv.co.jp/supernews/special/toku1026.html


【韓国】 順天仙岩寺、財産権問題で流血事態…僧侶など10人負傷24人連行(SBSテレビ)06/10/08
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1160326079/
【韓国】僧侶がヒロポンを密輸・販売・投与(朝鮮日報)08/01/04
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1199410080/
【韓国】僧侶が腹立ちまぎれに酒の勢いで割腹自殺(聯合ニュース)07/02/23
URL : http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1172170398/
【韓国】「お前は偽坊主だ!」~本物の僧侶を暴行(中央日報)07/04/10
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1144633014/







【国内】「韓日友好の碑」建立10周年記念「韓日友好 師弟の日」に決定-福岡[05/12]
http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1242124522/

建立10周年の記念総会

 「韓日友好の碑」の建立10周年を記念する総会が10日、福岡研修道場(糸島郡志摩町)で 開かれた。糸島友光圏の友野定己圏長に続き、九州国際部「無窮花友好グループ」の秋浩一 さんがあいさつ。井尾隆行さん、小林裕さんが研究発表した。

 佐藤(政)副会長は、10年前に碑が除幕された5月15日が、このほど「韓日友好 師弟の日」に決定したことを発表。「『5・15』を前進の一里塚として韓日友好の発展に力を尽くそう」と語った。

 参加した来賓からは「『韓日友好の碑』は両国の真の友好の象徴です。創価学会の方々と共に、平和の連帯を広げたい」(在日本大韓体育会九州本部の呉政夫(オチョンブ)会長)などの声が寄せられた。

聖教新聞 一面より


<池田大作>
「貴国(韓国)は日本にとって ‘文化の師匠’の国で ‘教育の兄の国’です。私は心深い所から尊敬しています。 それにもかかわらず、大恩恵を忘れて貴国を侵略した日本はどれほど愚かであったのことか」。(和光新聞(韓国の聖教新聞) : 2005年4月8日 631号)

最新の画像もっと見る