6月1日(旧暦4月26日 干支=甲寅 九星=九柴 六曜=大安)
おはようございます。横手市増田町の工務店、千葉建築です。
2016年も6月に入りました。
5月は陽気に恵まれた日が多く、冬の降雪量が少ないことも影響してか、友人の果樹農家の話を聞くと、田植えをはじめとしてりんごやさくらんぼなどの準備が集中し、例年以上に大変な状態だそうです。
個人的に日本一うまいと思う、増田の農作物を今年も食したいので、陰ながら応援したいと思います。
そんな天候の日々ですので、今日の衣替えを待たずして、すでに半袖や背広の上着を脱いだ姿にされた方もいらっしゃると思います。
私は、冬場の仕事着は上下紺色の作業着か、長袖シャツにチノパンといった恰好ですが、夏場は薄手のグレーの作業着か、ポロシャツを着るようにしています。
現場に入る際や打ち合わせなどが主ですので、できるだけシンプルな方が良いと言いたいところですが、単に面倒くさいという本音は秘密にしたいと思います。
どうでもよい話をしてしまいましたが、今日のテーマは「衣替え」です。
wikipediaでは、「季節の推移に応じて衣服を替えること」とあります。そのままですね。
これでは話が終わってしまうので、もう少し詳しく調べたいと思います。
現在の衣替えは、6月1日と10月1日に行われます。
学校や企業、官公庁に登校・出勤する姿を取材するニュースは、この時期の風物詩といえるでしょう。
南西諸島など温暖な地域では、5月1日と11月1日で行われているそうで、夏服の時期が本土と比べて長いようです。
衣替えの風習は、中国の宮廷に由来しています。
旧暦の4月1日と10月1日に、式服の夏服と冬服をあらためる「更衣」を、日本の平安時代に取り入れたとしています。
天皇の着替えの役目を持つ女官の職名が「更衣」となり、後に更衣は「女御(にょうご)」の身分に次ぐ重職となったことから、民間では更衣という言葉を用いず、「衣替え」と呼ぶようになりました。
鎌倉期には、衣服だけでなく調度品まで変わったそうです。
やがて武士の時代に入り、江戸期には年2回の衣替えが4回に変わりました。
①4月1日~5月4日 袷(あわせ)という裏地つきの着物
②5月5日~8月末日 帷子(かたびら)という裏地なしの単衣仕立ての着物
③9月1日~9月8日 袷
④9月9日~翌3月末 綿入れ 表布と裏布の間に綿を入れた着物
旧暦を今年の月日に換算すると、旧4月1日は5月7日、旧9月1日は10月1日となりますので、夏服はやや早め、冬服はだいたい同じ時期といえます。
明治維新後は、これまでの中国×日本スタイルから、ヨーロピアンスタイルへといろいろなものが変わるようになります。
まずは暦。これまでの旧暦(太陰暦)から新暦(グレゴリ暦)へと変わり、日にちの基準がややこしくなりました。
加えて、洋服と軍服の導入により、明治政府は軍人・警察官と役人の服を、新暦の6月1日と10月1日に衣替えするように決めました。
それが学生服にも取り入れられ、一般の企業にも広まっていき、現在に至るとされます。
人間が生活するうえでの必須要素は、「衣・食・住」と言われます。
住の立場の人間として、食の追及だけでなく、面倒がらずに衣のセンスを磨いていきたいと思います。
おはようございます。横手市増田町の工務店、千葉建築です。
2016年も6月に入りました。
5月は陽気に恵まれた日が多く、冬の降雪量が少ないことも影響してか、友人の果樹農家の話を聞くと、田植えをはじめとしてりんごやさくらんぼなどの準備が集中し、例年以上に大変な状態だそうです。
個人的に日本一うまいと思う、増田の農作物を今年も食したいので、陰ながら応援したいと思います。
そんな天候の日々ですので、今日の衣替えを待たずして、すでに半袖や背広の上着を脱いだ姿にされた方もいらっしゃると思います。
私は、冬場の仕事着は上下紺色の作業着か、長袖シャツにチノパンといった恰好ですが、夏場は薄手のグレーの作業着か、ポロシャツを着るようにしています。
現場に入る際や打ち合わせなどが主ですので、できるだけシンプルな方が良いと言いたいところですが、単に面倒くさいという本音は秘密にしたいと思います。
どうでもよい話をしてしまいましたが、今日のテーマは「衣替え」です。
wikipediaでは、「季節の推移に応じて衣服を替えること」とあります。そのままですね。
これでは話が終わってしまうので、もう少し詳しく調べたいと思います。
現在の衣替えは、6月1日と10月1日に行われます。
学校や企業、官公庁に登校・出勤する姿を取材するニュースは、この時期の風物詩といえるでしょう。
南西諸島など温暖な地域では、5月1日と11月1日で行われているそうで、夏服の時期が本土と比べて長いようです。
衣替えの風習は、中国の宮廷に由来しています。
旧暦の4月1日と10月1日に、式服の夏服と冬服をあらためる「更衣」を、日本の平安時代に取り入れたとしています。
天皇の着替えの役目を持つ女官の職名が「更衣」となり、後に更衣は「女御(にょうご)」の身分に次ぐ重職となったことから、民間では更衣という言葉を用いず、「衣替え」と呼ぶようになりました。
鎌倉期には、衣服だけでなく調度品まで変わったそうです。
やがて武士の時代に入り、江戸期には年2回の衣替えが4回に変わりました。
①4月1日~5月4日 袷(あわせ)という裏地つきの着物
②5月5日~8月末日 帷子(かたびら)という裏地なしの単衣仕立ての着物
③9月1日~9月8日 袷
④9月9日~翌3月末 綿入れ 表布と裏布の間に綿を入れた着物
旧暦を今年の月日に換算すると、旧4月1日は5月7日、旧9月1日は10月1日となりますので、夏服はやや早め、冬服はだいたい同じ時期といえます。
明治維新後は、これまでの中国×日本スタイルから、ヨーロピアンスタイルへといろいろなものが変わるようになります。
まずは暦。これまでの旧暦(太陰暦)から新暦(グレゴリ暦)へと変わり、日にちの基準がややこしくなりました。
加えて、洋服と軍服の導入により、明治政府は軍人・警察官と役人の服を、新暦の6月1日と10月1日に衣替えするように決めました。
それが学生服にも取り入れられ、一般の企業にも広まっていき、現在に至るとされます。
人間が生活するうえでの必須要素は、「衣・食・住」と言われます。
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お問い合わせ先
有限会社 千葉建築
〒019-0701 秋田県横手市増田町増田字伊勢堂南6-4
電話 0182-45-2325 FAX 0182-45-2304
携帯 080-1837-5342
mail kchiba@poem.ocn.ne.jp
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