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ノーベル医学・生理学賞受賞!大隅良典(東京工業大学 )博士

2016-10-04 20:14:44 | NPO 命・地球

「自食作用(オートファジー)」は「がん治療」などに革新をもたらすか?

日刊工業新聞2016年8月31日 より

 細胞は飢餓状態の時に細胞内のたんぱく質などを分解し、再利用を図る。こうした「オートファジー(自食作用)」と呼ばれる現象の研究の先駆者が、東京工業大学科学技術創成研究院の大隅良典栄誉教授だ。1992年、酵母でオートファジーの観察に成功。その後、オートファジーはあらゆる動植物の細胞にある基本的機能であることを示した。研究が進み、病気の発症や老化などの生理機能との関連も明らかになってきている。

たんぱく質の分解も大事な現象

 ヒトの体内では、1日に合成されるたんぱく質は約300グラムとされている。これに対し、ヒトが1日に摂取するたんぱく質の量は約80グラム程度だ。この差について、東工大の大隅栄誉教授は「たんぱく質は合成されるのと同じだけ分解されており、体内でバランスが取れている。合成されることと同じぐらい、分解は生物学的に大事な現象だ」と強調する。

 オートファジーで生体物質が分解される際には、分解対象となる生体物質に「目印」となるたんぱく質が結合する。「オートファゴソーム」と呼ばれる脂質膜の袋がその目印を認識して分解対象の生体物質を包み込み、リソソームや液胞などの分解専門の器官に運び込む。

 オートファジーは、しばしば資源のリサイクルに例えられ、特に飢餓のような状態ではリサイクルが非常に強まる。オートファジーにより、細胞内はきれいな状態が保たれる。細胞内に侵入する細菌を排除する仕組みなどにもオートファジーは関わっている。

 大隅栄誉教授は「分解は受動的な過程ではなく能動的な過程。合成の過程に劣らず、多くの遺伝子が分解の関わっている」と指摘する。オートファジーに関係する遺伝子は「Atg遺伝子」と名付けられ、これまでに18個見つかっている。

 関連遺伝子の判明によりオートファジーの解析は飛躍的に進展した。オートファジーに関連する論文の発表件数は、大隅栄誉教授が研究を本格的に始めた90年代初頭は年10件程度だったが、現在は同約5000件まで拡大している。

 オートファジーの解明が進むことにより期待されるのが、がんや神経疾患などの病気の治療法の開発だ。オートファジーの機能の異常は、神経疾患やがんを引き起こすことが示唆されている。

 例えば、一部の膵臓(すいぞう)がんでは遺伝子の異常などを原因にオートファジーが過剰に働き、がんの発症やがん細胞の増殖につながることが知られている。オートファジーを抑制することによって、がん発症やがん細胞増殖を抑えられる可能性がある。

 また認知症の6割を占めるアルツハイマー病は、神経細胞内に異常なたんぱく質が蓄積することで発症することが知られている。オートファジーの機構の解明によって、異常なたんぱく質の蓄積を防ぐ治療の開発につながることが期待される。

「今回の研究成果はまだ3合目ぐらい」

 直近の研究成果として、大隅栄誉教授は微生物化学研究会の野田展生主席研究員らと共同で、オートファジーの始動に関わるたんぱく質複合体が巨大化する仕組みを出芽酵母で解明。「Atg13」と呼ばれるひも状のたんぱく質が他のたんぱく質をつなぐ役割を果たし、同複合体の巨大化に寄与していることを突き止め、7月に米科学誌に論文発表した。

 出芽酵母では、オートファジーの始動段階でAtg1、同13、同17、同29、同31の5種類のたんぱく質で構成される複合体「Atg1複合体」が形成される。このうちひも状をしたAtg13には、同17と結合する領域が2カ所あることを解明。Atg13と同17の結合を通じて、Atg1複合体が30―50個密集し、直径数十ナノ―100ナノメートル(ナノは10億分の1)程度の巨大複合体を作ることが分かった。


 オートファジーの始動の仕組みの一端が明らかになり、オートファジーを人工的に制御した薬剤の開発につながる可能性がある。大隅栄誉教授はオートファジーの現象解明を登山に例えて「今回の研究成果はまだ3合目ぐらい」と説明。今後について「今回の成果で研究が一気にポンと進むかもしれないし、ものすごく長い3合目になるかもしれない」と、オートファジー機能の全容解明まではまだ道半ばであることを示唆する。

(1) オートファジー
オートファジーは、細胞内のタンパク質を分解する仕組みの一つです。大隅教授らのグループが1990年代ごろから地道に研究を重ねた結果、そのメカニズムや意義が徐々に解明され、2000年頃から劇的に研究が進みました。今では、オートファジーが真核生物に共通する現象であり、生物の生存に極めて重要な役割を果たすこと、多くの病気と密接に関連していることが分かっています。
オートファジーは、異常なタンパク質の蓄積を防ぐ、細胞の栄養が不足した際にタンパク質をリサイクルする、細胞内に侵入した病原微生物を死滅させる、など、細胞を正常に保つ様々な機能を担っています。
オートファジー研究は、がんや神経疾患の予防や治療にもつながると注目されていますが、オートファジーの詳細なメカニズムについては現在も不明な部分が多いのです。今まさに大航海のさなかにある分野といえるでしょう。
現在、30種類以上の関連遺伝子が発見されていますが、そのうちの14種は大隅教授の発見によるものです。オートファジー研究を開拓した大隅教授の功績は計り知れないものがあるのです。

(2) 制御性T細胞
人間の免疫機能は、過剰に反応しすぎれば、アレルギーを始めとする種々の疾患を引き起こします。時として、本来攻撃対象ではないはずの自己を攻撃し、自己免疫疾患を引き起こすこともあります。制御性T細胞は、このような過剰な免疫反応を抑制し、免疫異常から生体を守っています。
制御性T細胞は、坂口教授によって1995年に発見されました。坂口教授はさらに、2003年、制御性T細胞の異常がヒトの免疫疾患の直接的原因となる可能性を明確にしました。同時に、制御性T細胞の発生・機能を細胞、遺伝子レベルで操作できれば、自己免疫病、アレルギーなどの免疫疾患の治療に応用できる可能性を開きました。
制御性T細胞の作用を人為的に強めることができるようになれば、自己免疫疾患の新しい治療法に繋がることが期待できます。移植臓器に対する拒絶反応をコントロールし、安全な移植医療を提供することも可能になるでしょう。一方、人為的に作用を弱め、難治性疾患やがんに対する生体の免疫応答を亢進させることで、新たな免疫療法が開発されることが期待されます。
現在、世界中で、広汎な医療応用を目指して、制御性T細胞が活発に研究されています。


大隅 良典
福岡市出身、東京大学教養学部基礎科学科卒業。理学博士(東京大学)。生物学、特に分子細胞生物学が専門。オートファジー研究の先駆者として世界中で知られている。1988年に東京大学教養学部の助教授となった際に、「酵母の液胞内での分解のメカニズムの解明」という研究テーマを設定し、この研究がオートファジー研究へと繋がっている。
東大理学部の助手から講師へ、その後同大教養学部の助教授をへて、基礎生物学研究所の教授に。2004年からは総合研究大学院大学教授も兼任。2009年に退官後は東京工業大学にて特任教授。オートファジーの分子メカニズムや生理学的な機能についての研究論文は世界中の研究者が引用しており、2013年には、トムソンロイター引用栄誉賞を受賞。また、藤原賞や京都賞、朝日賞など、栄誉ある学術賞を次々と受賞している。

坂口 志文
滋賀県出身、京都大学医学部医学科卒業。医学博士(京都大学)。1983年に渡米、ジョンズホプキンス大学、スタンフォード大学の客員研究員を経て、スクリプス研究所助教授。1992年に帰国後は「さきかげ21研究」研究員、東京都老人総合研究所を経て1999年京都大学再生医科学研究所教授。2011年から大阪大学免疫学フロンティアセンター教授。


ガードナー国際賞
カナダのガードナー財団より、医学研究で際立った発見や大きな貢献を残した者に与えられる学術賞。毎年3名から6名に授与される。同賞の受賞者の多くが後にノーベル賞を受賞している。主な日本人受賞者には利根川進、山中伸弥がいる。