隠すより現る

こっそり隠しておきたいことは、
隠そうとすればするほど不自然となって、
かえって人に知られやすいということ

免疫を上げて癌に打ち勝つ

2017年03月18日 14時52分58秒 | 癌と生きる

「癌」に勝つにはよく免疫を上げなければいけないと言う。ではどうすれば免疫が上がるのか、先生に聞くと栄養指導の栄養士を紹介される。栄養指導課では、食べたい物を食べて体力を付けて下さいと言うのみ。「抗がん剤」の点滴、「抗がん剤」服用中は何も食べれなく痩せて行くのみであった。免疫を上げるどころではない。

免疫を上げるのに良いと聞いた「黒ニンニク」を胃癌手術後から食べる。

免疫がこれを飲めば上がると書いている「広告」のサプリメントを購入して飲む。

酵素飲料を飲む。

柿の葉茶が「ビタミン」多くて「癌」に良いと聞くので、8月9月に柿の葉を採取に行き、天日干しをして、電気乾燥機に掛け、手もみして10gづつ不織布に入れて1年分のお茶を作った。私の手作りの「柿の葉茶」を毎日妻は飲んでいる。

免疫を上げるには「笑う」のが良い言うが「笑うのが笑えない」妻の心境である。有名な「クラシック音楽」を聞くのがいいとも聞くが、「クラシック音楽」を聞く環境で無く、せいぜい歌謡曲を聞くぐらいだ。それでも、孫娘が「バレエ」をしているので孫娘が踊っているDVDを見て「白鳥の湖」「くるみ割り人形」の「クラシック音楽」を聞くぐらいだ。

「分子整合栄養医学医療」の趣旨には飛びついた。このやり方は「癌」を治すのではないかと思った。「分子整合栄養医学医療」は血液検査で不足している栄養素を「サプリメント」を補給して正常な体にすると言う趣旨。

正常な体になることによって、良細胞が増殖して、白血球も上がり「癌」細胞を駆逐するのではないかと私はいい方に推測した。

妻の血液検査からは貧血、タンパク質不足、ビタミン不足、アミノ酸不足、骨粗しょう症だったので「サプリメント」のヘム鉄、プロテイン、ビタミン12、アミノ酸、カルシウムを大量に食べた。

長年の食生活の歪か、普通の3度の食事から、これらの食物の栄養素を摂るに「癌」に侵された身体には時間がなく「分子整合栄養医学医療」では高濃縮「サプリメント」を補い正常な体にする。

一刻も早く「癌」が消滅してほしいと願っても、ひと月、ふた月では体に変化もなく、身体の改善も出来ていなかったが、六ヶ月が過ぎて七ケ月に入ってから体調も良くなり、血液検査も良くなった。

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「癌」細胞は糖分を食べて繁殖する

2017年03月17日 00時57分38秒 | 癌と生きる

「癌」細胞は糖分を糖分を食べて繁殖すると聞いた。

身体のどこに癌細胞があるか調べるには、色の付いた糖液を注射?してその色付きの「糖液」が付いた細胞が「発がん細胞」だと聞いたか、読んだかした。

だから「癌」が好んで成長する「糖分」と糖質に変わる「炭水化物」を食べないのが一番だと聞く。

妻は2016年(H28)7月14日より、ごはん、うどん、パン、そーめん等々、炭水化物の食べ物と饅頭、菓子、飴類の糖物質を食べるのを止めて、一日に肉200g以上、卵3個以上、チーズ120g以上、糖質のない食事に専念した。食べる努力をした。

70年以上「ごはん」「菓子」を毎日おいしく食べていたのを食べない努力をするのは大変である。しかし、妻は命と向き合っているからと一生懸命である。3度3度の食事に変化がないのは段々と食退につながる。お茶漬と沢庵で食べたい。パンのサンドイッチが食べたい。今日はうどんが欲しい。今日は冷たいソーメンが食べたい・・・・悪魔が囁く。

ダメだ、糖質を食べて命と引き換えにするのかと。頑張ろう。「ガンと闘う」!!

癌細胞に勝つには「免疫」を上げることだと聞くが、免疫とは何か?正体がわからない。朧ながら、免疫力、癌に打ち勝つ体力をつけることだろうと推測される。

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「抗癌剤」を止めた。これからどうしょう。

2017年03月16日 11時03分36秒 | 癌と生きる

2015年(H27)8月胃癌発覚。進行性胃癌ステージⅢーC。 セカンドオピニオンで転院。

11月転院先で手術。大動脈リンパに転移があったので進行性胃癌ステージⅣになった。

2015年(H27)12月~2016年(H28)9月まで「抗癌剤」点滴と「抗がん剤」服用。

2016年(H28)7月。大動脈周辺リンパに転移。抗がん剤治療している間に「ガン」が転移していた。癌の再発転移は約100%5年以内にあると言う、だから治療を始めて5年説があるようだ。

2016年9月以後も「抗がん剤」を続ける予定だったが、10月に入り風邪で39度の熱が出る。続けてまた風邪、抗生物質を打ち続けてようやく治す。なにぶん抗癌剤で免疫力が下がっているので少しの菌の侵入でも白血球は闘えない。抗癌剤の「えらさ」と抗がん剤で「普通の生活が出来ない」。体力がなくすぐ「風邪」を引く。このまま「抗癌剤」を打ち続けると、起きていることが出来なくなり「息」はしているが、いつかベットの中で死んでゆくのではないかと思われた。

まだ少し体力のあるうちに「なんとかしょう」力一杯「足掻いて」見よう。抗癌剤を止めようと夫婦で決心した。

2016年(H28)11月14日(月)担当医は「抗がん剤」を打たなければ、延命が出来ない、転移した「癌」がおおきくなって、臓器に食い込むと?。ご機嫌が悪い。

先生、次の診察は何時来ましょうと尋ねると、いつでもと言う言い方だったので、少し間隔が開くが来年の3月頃は如何でしょうかと・・・先生は、3月9日CT,3月13日(月)診察とご機嫌悪く決めて下さった。

2016年11月14日を以て抗がん剤点滴と服用をやめた

2017年(H29)3月13日(月)9日のCT検査結果、今朝採血の検査結果、先生の診察結果が心配であった。

結果は大変良く、他に現在転移ない。転移していたリンパ節癌縮小であった。「抗癌剤」を止めて6~7ケ月で、色々やってきたことは良かったことになる。先生もご機嫌よく、次の診察は3ケ月後に決めて下さる。

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77才白内障手術

2017年03月15日 14時52分43秒 | 癌と生きる

3月11日は私の77才の誕生日です。

13日に白内障の手術をして、本日左目の眼帯を外す。物が綺麗に良く見えること、もう少し早く手術をしとけばと思う。

手術時間は正味3~5分で出来た。以前は入院一週間ほどして手術をしていたように記憶しているが。

77才でキッチリ見えるように治していただいたので、目だけは154才まで大丈夫だ。

妻の「癌」をまだまだ書きたいのだが、手術後の目がしっかりしてから書こう。

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癌との闘い・医者との闘い

2017年03月14日 05時01分49秒 | 癌と生きる

癌細胞はなぜできるのか、出来るメカニズムが解らないから医者も治し方がわからない。

「抗癌剤」をするたびにだんだん妻は副作用が激しく、自宅で普段の生活が出来なくなる。命がかかっているので「抗癌剤」をしなくてはいけないと思っているが、余りの「副作用」で「抗癌剤」を止めたいと言う。

外科医は同病院の内科を紹介しょう、外科の私と違っていろいろな「抗癌剤」の知識があるので、内科医が貴女に「抗癌剤」をすると言うように、納得のいく説明をされますよと外科医は言う。

では先生、内科に移っても「抗癌剤」を打たずに治療は可能かと尋ねると、内科に行く条件は、かならず「抗癌剤」をすると言う事ですとはっきり先生は言った。でなければ内科に紹介できないと言う。

妻はでは「抗癌剤を」断わります。先生に手術をして頂いたのですから、「抗癌剤」を打たずに先生に診てもらいたいです。6ヶ月後に、CTと血液検査だけをお願いしますと言う。

先生は「大動脈リンパ腺癌」が先月より2倍になっている、どの先生が診ても「癌」の転移と言うよ、「抗癌剤」をして延命を図るのが一番だと言う。「抗癌剤」が「癌」を治癒さす薬ではないことが今頃、今日私は判った。

昨年の手術後、先生は「進行性胃癌、ステージⅣ、生存率20%」と言われた。延命だけの「抗がん剤」で妻は5年、到底生きることはできないと思う。生存率20%だから。

ただ生きる為だけの「抗癌剤」、そして、ひどい副作用が出て生活が出来ない命。

先生と闘って「抗癌剤」を止めた。

先生は命にかかわると言われたが妻は止めた。

先生は抗がん剤をしなければ「癌」が大きくなって、方々に転移するよと言われた。

妻はやめた。

先生は怒り声で刺々しい声で次の診察日を言った。CTがH29.03.9、血液検査と診察がH29.03.13。

抗癌剤を私たち夫婦は断って、何とも言えない気持ちで病院を後にした。これからは医者のアドバイスもなく、夫婦で「癌」と闘うことを誓った。

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この癌は自分が作った癌だから自分が治す

2017年03月13日 05時20分37秒 | 癌と生きる

ある人が言っていた、「自分が作った病気だから、自分で治さなければいけない」と「自分本人でなければ治せない」と妻の「癌」も妻本人が治さなければ治らない病である。

2クール目の「抗癌剤」も、3クール目の「抗癌剤」も3週間目を打つときは「白血球」が600~1500に下がっていて「抗癌剤」が打てなかった。

「抗癌剤」を打つと本人は大変「えらい」。

「抗癌剤」で「癌細胞」を消滅さす薬だろうから、良細胞も当然殺してしまう。毎日毎日が「抗癌剤」との闘いである。

それでも妻は、命と引き換えだから「抗癌剤」と闘うと言う。「抗癌剤のえらさ」の様子を見ている家族は辛く悲しい。

先生は免疫を上げなさいと言うが、免疫を上げる方法を訪ねると、食べたい物を「しっかり」食べて下さいと言うだけ。しかし、「抗癌剤」をしていると何も食べれない。

55gkあった体重も41kg・・・・・

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77才私の誕生日と妻の「癌」

2017年03月12日 00時59分14秒 | 癌と生きる

今日は私の77才の誕生日です。

男性平均年齢81才だから、あと4年間は元気で生き続けたいと思う。

人様には125才まで生きると広言を吐いている私だが、体の「あっち、こっち」傷んできている。

妻と5歳違い、72才である。女性の平均年齢は87才だから「がんに侵されながら」平均年齢まであと15年生きてほしい。

夫婦でこの「癌」と闘おう。

 

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癌と向き合う(Ⅱ)

2017年03月11日 08時54分53秒 | 癌と生きる

胃がん手術がおわると「ピッタリ」一週間後に退院であった。

退院に備えて家ではどのように迎えればよいのか。

妻の入院中家族と考えるが、これと言う考えが浮かばない。世間でよく言う「癌」には「黒ニンニク」が良いと聞く。取り敢えず退院までには造ろう。

「にんにく」をスーパー、道の駅で探すが、時季外れで無い。農家の友人に尋ねると5月ごろ収穫するので今頃はないよと言う。それでも仲間に尋ねてくれて、余り良い物ではないがと沢山持参してくれた。嫁さんが電気釜で15日蒸して「黒ニンニク」を造り平成27年12月2日の退院に間に合った。それから今日まで1年4ケ月、朝、昼、晩、3食後に2,3粒づつ食べている。

それと、免疫が上がりますと広告しているサプリメントを購入して妻を待つ。

年が明けて平成28年度。1月4日、新年早々から診察。白血球が少なく「抗がん剤」治療が出来ず。

1月13日「抗がん剤」点滴と抗癌剤TS-1服用。1クール2回目は無事終わったが3回目は又、白血球が下がって抗がん剤治療中止。

「抗がん剤」を打つと髪の毛が抜けると聞いていたが抜けないので、先生に尋ねるとこの抗癌剤TS-1は抜けない抗癌剤だとと言う。「抗がん剤」を打っている間、妻は朝から晩まで「えらい」「えらい」と言っている。

これが、「癌と向き合う」「命と向き合う」事なのだろうか。

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癌と向き合う(1)

2017年03月10日 00時19分01秒 | 癌と生きる

この病院は、三大成人病の「がん」「心筋梗塞」「脳卒中」を主に診ているそうだが、今はほとんど「癌」患者のようだ。

初めて、この病院に行った日、妻を入院させ、私はタクシーでホテルまで帰った。タクシーの運転手さんに今日までの癌の話をかいつまんで話した。運転手さんは「良かったですね」この病院は「西日本一」と言う評判ですよ。関西から沖縄までで一番です、ここで手術をした人は全員助かったと聞いています。医者でもない一職業ドライバーの運転手さんの言葉に私は大いに励まされました。医者がこのくらい励ましてくれれば、告知されたがん患者も、その身内も結果はどうあれ、「頑張ろう」「明日に向かって頑張ろう」このお医者さんの為にも頑張ろうと、ひいては自分の為、明るい将来が描けると思う。この運転手さんの言葉に私は目頭が熱くなった。「有難うと言う言葉」が嗚咽でとぎれとぎれだった。

先生は手術をするまでに「癌細胞」を出来るだけ小さくしましょうと、妻は「抗癌剤TC-Ⅰ」を飲み始めた。抗がん剤を3クール終えて11月24日に手術を行った。

病室に看護師さんが迎えに来て、妻はストレッチャーに乗り、息子と私が横に付き添い手術室の前に午前9時集合した。今日は10人ぐらいの患者さんが手術をする。付添いで来ている家族は30人以上いたと思う。

9時に手術室に入って、2時間後には○○さんと家族の呼び出しがある。呼び出された家族は患者と会い、先生と一緒に手術の結果説明を聞く部屋に入る。○○さん○○さんと次々と家族が呼ばれる。午後2時私は、呼ばれない、午後3時呼ばれない、午後4時呼ばれない4時を回ったころには広い「家族控室」に私がただ一人いた。 息子も午後3時半に仕事の関係で大阪の職場に帰ったし、私ただ一人、「寂しくなり」ひょっとしたら妻は死んで出てくるのではないかと不安がヨギル。

4時30分呼び出しがあった。妻のストレッチャーに駆け寄る。妻は少し目を開いて「うんうん」と頷いた。

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「癌」セカンドオピニオン(Ⅱ)

2017年03月09日 05時09分40秒 | 癌と生きる

妻は大阪の病院に入院して、再検査をすると「進行性胃がんステージⅣ」になっていた。腹が立つので言うが、出前の病院が「癌」と判って2週間もモタモタしていたので「癌」が進行したのではないかと疑う。

胃の出口に食べ物が越さないほど癌細胞が盛り上がっている。胃の周りのリンパも5,6個癌転移している。大動脈リンパにも転移。再検査では食道から腸をバイパスでつなぎ取り合えず食べれるようにしましょうと。その後、腹腔鏡手術で胃を切除することになった。

出前の病院がヤブ医者であったから良かったのかもしれない。ヤブ医者に手術なり、抗がん剤投与をして頂いていたらと思うと「ぞーと」する。ダメ医者であったからこそ「ステージⅣ」でも手術する医者に会えたのだ。患者は「一ッしかない命」だから納得のいくまで医師と話し合い納得いかなければ、セカンドオピニオンを使うべきだ。セカンドオピニオンと言えば病院も医師も気持ちよい対応は絶対にしないであろう、でも患者は「一ッしかない命」だから勇気を出して言おう。

私も大阪で入院した報告を出前の病院の外科医でなく、外科医に回した内科医に会って報告すると、「手術」したらここに来るこたはないでしょうと「木で鼻をくくった」態度であった。このような態度なら多くの医師、看護師、技師、職員を抱えたこの病院もいつか事故を起こすだろうと感じた。

「癌」患者は告知を受けた瞬間から「命と向かい合う」。「死」を考えると、免疫が上がらないと言われても考える。「癌と告知されたら死ぬと直感する」から。

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