桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

書道について72

2011-10-25 21:14:48 | 日記・エッセイ・コラム

大学院2年の頃6

*西安ツアー・その6

翌日は西安滞在最終日ということで、西安の東郊外にある秦始皇帝の兵馬俑坑に出かけた。大きな駐車場にバスを置き、一大観光地となっている広場を進んでいくと、目の前に大きな建物がある。この中に兵馬俑坑があるのである。

入場すると、天井の下に柱のない巨大な空間が広がり、半地下に兵馬俑坑が広がっている。奥半分は土に埋もれたままで、ここにはまだ大量の兵馬俑が埋まっているのだという。手前半分のさらに手前半分あたりが発掘され、発掘された兵馬俑が復元されずらりと並んでいる。中は写真撮影禁止なので写真がなく、記憶に頼るのであるが、兵馬俑坑の真ん中ほどに通路があって、そこを歩きながら、立ち並ぶ兵馬俑を背後から見ることができる。よくもこれだけのものをこしらえたものだと思ったが、この後見た秦始皇帝陵も含め、これだけの巨大土木建築を興し、それを実行したことに対して、ある種のばかばかしさすら感じた。

隣には2号館が建てられており、ここはまだ発掘が始まったばかりだという。数年先には見学できるようになるとのことだった(実際に私はその2年後にここを採訪したのだが、2号館を見学することができた。破壊された兵馬俑がまだ半ば土に埋まっている状態をそのまま展示していた)。この後博物館を見学し、かつて群馬でも展示されたことがある銅製馬車や、発掘された様々な出土物を見学した。銅製馬車は分間の森で見た時よりも古色蒼然とした感じがあり、ひょっとすると群馬に来たのはレプリカだったのではないかと思い返された。

その後フリータイムとなり、私と友人、そして高木先生と岡本先生ともう1人の5人で、文物商店に出かけた。私と友人は貧乏学生だから手が出ないが、2人の先生はあれこれ物色して購入していた。

その後秦始皇帝陵に立ち寄った。現在ではきれいに整備されて、これまた一大観光地になっているそうだが、その時は駐車場の前に数店の露店があり、そこからあまり作りの立派でない石段が陵の上まで続き、陵の斜面には一面にザクロが植えられていた。陵の上からは一面の麦畑が広がっているのが見え、麦畑の間に点在する集落は一面に薄紫色の桐の花で覆われていた。周囲は春霞ですっかりかすんでいたが、これでかすんでいなければ、青空をバックにさぞかし見事な眺めではないかと思われた。

駐車場のところの露天で、先生方は瓦当を買った。2人とも10個以上買ったのではないかと思う。先生が乗客だとわかると、店員は次々に瓦当を出してきた。1つ2,000円くらいではなかっただろうか。私は元の持ち合わせがなかったこともあって買えなかったのだが、今思うと先生にお金を借りてまでも購入すれば良かったと思っている。なぜなら目利きの先生方が金を惜しまずいくつも買っていることからして、ここで売られているのは周辺の農民が実際に宮殿跡などで掘り出した本物であるのは間違いないと思われるからである。しかも農民が売っているということは、骨董店が付けたプレミア付きの価格ではなく、骨董店で買うのに比べて相当安いと考えられる。その後私は秦始皇帝陵に行くこともなく、瓦当はおそらく現在ではとんでもなく高くなり、しかも偽物も大量に出回っていることであろうから、本当にあの時買っておけばよかったと後悔しているのである。

始皇帝陵から西安市内に戻り、鼓楼に立ち寄った。ここは文物を展示する場所となっており、古い拓本などを見た。その後は餃子専門店で最後の晩餐ということで大宴会となった。様々な種類の餃子が出され、おばさま方にもたくさん勧められ、食も進み酒も進んだ。

翌日は帰国の途についたのだが、空港のX線検査で岡本先生は、スーツケースの中の瓦当が見つかって、そのいくつかを取り上げられてしまった。中国からは古代の文物は基本的に持ち出せないことになっているからである。先生は荷物のパッキングの際、スーツケースの広い面に対して平行に瓦当を並べたために、すぐにばれてしまったのであった。高木先生はX線検査のことをわかっていたので、スーツケースの狭い面に対して平行に並べたために、検査では細長い長方形が並んでいるようにしか見えず、怪しまれず買ったものをすべて持ち出すことができたのであった。岡本先生によれば、珍しいものばかりが取り上げられ、ありふれたものだけが残されたとのことで残念がっていた。

帰った後は名古屋の友人や後輩とともに岡本先生の自宅を訪問し、早速瓦当の拓本をとって楽しんだ。瓦当を1つもらうことができたが、私がもらったものは破損が多く、あまり気に入らなかったので、ずっと後に後輩にプレゼントしてしまった。

初めての中国旅行は、実に楽しい、得るものの大きい旅であった。秦始皇帝陵で瓦当を買わなかったこと、西安碑林でもっと多くの拓本を買わなかったことは、今でも後悔している。

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火打山

2011-10-13 22:58:02 | 旅行記

10/12(火)

ここのところ登っている山は、どこかからその姿を眺めて登ってみたいと思って登るケースが多かったのですが、この間登った甲武信岳と、今回登った火打山はそうではなく、ただ登ってみようと思い登ってみたわけです。火打山については、ネットでちょうど紅葉が見頃だとあるのを見て、そして高いところに湿原があり、木々の紅葉は終わっていても、草紅葉はきれいだろうと思われたのも、登ろうと思った理由です。

平日(休暇を取りました)とはいえ、紅葉が見頃とくれば混雑が予想されたので、3:40におきて4時に出発しました。眠気に勝てずに途中のPAで30分ほど眠り、妙高高原インターで下り、登山口に笹ヶ峰に着いて登り始めたのは7:25でした。笹ヶ峰でもすでに紅葉は見頃で、シラカバやダケカンバの黄色と、カエデの赤のコントラストが見事でした。

黒沢という沢まではなだらかな木道が続きます。木道はシラカバとダケカンバの木々の間に付けられており、あたりは一面黄色。ところどころにカエデの赤が点景となっていて目を引きます。

黒沢を渡るのですが、このあたりからブナが目立ち始めます。それにしても見事な紅葉です。カエデの赤も増え始めます。ここからきつい登りが始まりました。十二曲りという難所です。しかし、それほどきついとは思いませんでした。それは、この十二曲りのところの紅葉が一番きれいだったからです。あちこちで足を止めて写真を写しました。ただ、日が射す前ということで、しっとりとした美しさはあるものの鮮やかさには欠け、下山の際の午後の光の当たった紅葉の方がよりきれいだろうと思われました。

十二曲りを登り切ると、いっそうきつい登りが待っていました。よくこれだけの急な登りのところを、ロープや鎖もなく登らせるな、と思ったほどでした。この笹ヶ峰からの登りは登山道がよく整備されていてとても登りやすかったのですが、なぜこの難所だけ整備されていないのか不思議でした。

きつい登りを登り切ると目の前が開け、富士見平というところに出ました。このあたりの紅葉はすでに終わっており、辺り一面冬木立でした。日は射してきたものの、右手の妙高山には雲がかかり、左手の、まだ見えない火打山のある辺りにも大きな真っ白い雲が浮かんでいるのが見えます。これはどうやら雲の中の残念な登山に終わりそうな不安が頭の中をよぎります。

富士見平からは妙高山への登山道が分かれているのですが、今日は火打山への道をとります。低い灌木の間に木道が続き、歩いていくと左手の方角に、山頂部分が雲に覆われた火打山が見えてきました。ここまでの登りがきつかったので、なんだかがっかりして、引き返そうと思い始めてしまいました。山の手前には湿原が広がっています。高谷池です。草紅葉がきれいです。池塘の横には高谷池ヒュッテが建っているのが見えます。

高谷池ヒュッテの横を通り過ぎ、高谷池の縁の斜面を登り切ると、また別の湿原が現れ、そこを通り過ぎ、木道が下りになった時、ふと前を見上げると、なんと目の前に突然火打山が姿を現したのです!そう、さっきまで山を覆っていた雲が突然晴れたのです。そういえば、雲の流れが速いなと思っていたところでした。しかも雲は晴れたまま、もう山にかかる様子はありません。もう引き返すのはやめにしました。そこにも湿原が広がり、天狗の庭と名付けられています。石や池塘、木々の配置は、とても自然のものとは思えないほどです。ある石など、どう見ても池塘と池塘の間に人工的に置かれたのではないかという感じで置かれていました。きっとこれは天狗の造作に違いないということで、天狗の庭と名付けられたのでしょう。そう考えると、今まで厚い雲に覆われていた火打山が、ここへ来て突然晴れたのも、天狗のいたずらだったのかもしれません。

ここから稜線に出る斜面を登り切ると、おそらく古代の噴火か地滑りか何かで大きくえぐれた斜面が眼下に広がりました。ここから山頂まで稜線歩きが続きます。歩き始めてすぐに足下がぬかり始めました。日陰を見るとなんと雪があります。これは今年の初雪なのです。それが融け始めたところで、登山道がぬかっているのです。この稜線の登りは、斜度はそれほどではないにしても、ここまでの登りでかなりへばっているので実にきつかったです。

山頂直下にライチョウ平というところがありました。ライチョウは日本アルプスでは普通に見られますが、この火打山にも局所的に生息していると以前聞いたことがあったのを思い出しました。ライチョウ平にはいませんでしたが、山頂直下のナナカマドの木立の根元に一つがいいるのが見えました。ちょうどレンジャーの人たちが観察しているところだったので、彼らが見ている先を見るとすぐに見つけられました。冬毛に抜け替わる途中で、足のあたりは真っ白、首の下あたりまでは灰色になっていました。

最後のきつい登りを登り切ったところに山頂はありました。コースタイム3時間55分のところ、3時間25分で登れました。途中で写真をたくさん写したこともありますが、30分しか縮められなかったのは、やはり寒さと、山に雲がかかって気勢が上がらなかったことによるものでしょう。

山頂は二十畳ほどの広さがありました。大きな岩が転がっているわけでもなく、三角点のまわりに中くらいの岩がいくつかあるだけで、いささか殺風景な山頂です。山頂の西側と北側はガスに覆われ、南側と東側だけが見えます。南側には高妻山、戸隠山、東南方には黒姫山、東側には妙高山がそびえています。妙高山の手前には高谷池が広がり、池塘が点在しているのが見えます。

それにしても寒く、ガスが吹き付けるハイマツには霧氷ができているのが見えました。でもこの風だと、さっきのように一気にガスが晴れて眺望が望めるかもしれません。寒さに負けた男性3人組はあきらめて下りていきました。おしゃべりな1人のおじさんがいたので、妙高山の方を向いて山の話などしてふと後ろを振り返ると、なんとガスが突然薄くなって、背後にそびえる焼山の姿が見え始めたではありませんか!しかもガスはどんどん薄くなり、ついに焼山やそのまわりの山々が姿を現しました。

焼山は活火山です。今から三十数年前には噴火で死者が出たほどの山です。フォッサマグナの間に盛り上がった溶岩ドームが山体を形成しており、北側斜面には火砕流が流れた後がはっきりわかりました。山頂の東側斜面には噴気口があり、白い噴煙が上がっているのがよくわかります。火打山から見るとずいぶん低く見えますが、それでも標高は2,400メートルと、火打山と62メートルしか変わらないのです。

はるか遠くには白馬連峰、五竜岳、鹿島槍ヶ岳が見えます。おじさんによれば、五竜岳のさらに奥に小さく見えるのは立山と剱岳だとのことでした。ようやく見えてきた景色を眺めながら、いつものように湯を沸かし、今日は天ぷらそばを食べました。

ややもやっていたのは残念ですが、周囲を飽かず眺め、昼飯も食べ、結局1時間ほど山頂にいました。名残惜しく山頂を後にし、相変わらずライチョウを観察しているレンジャーの横を通って、あのぬかるんだ登山道を下って、再び天狗の庭に着きました。その時突然風がやみ、登山道の横の池塘の水面が水鏡となって、火打山がくっきりと姿を写しました。これも天狗のいたずらなのでしょうか。

この後は何度も何度も火打山を振り返り、そのたびに写真を写しました。高谷池を過ぎると、焼山と影火打、火打山の三山がきれいに並んで見えるようになりました。

富士見平が近づいてくると、この山々も見えなくなり、またあのきつい斜面の、今度は下りが始まります。特に十二曲りまでの急斜面は、よくもこれだけのところを登ってきたものだと思ってしまうほどのきつさでした。しかし、その後の十二曲りも含め、それほど大変に思わなかったのは、午後になって日が当たり、鮮やかさを増した紅葉のおかげでした。真っ青な空に、赤と黄色、そして常緑樹の緑が見事なコントラストをなして映えています。美しい光景に出会うたびに足を止め、繰り返し写真を写しました。

辺りから赤い色が少なくなると十二曲りも終わり、斜度も緩くなって黒沢に出ました。ここからは黄色く紅葉した木々の間に付けられた木道を下っていくばかりです。午後の光が射すシラカバ林は実に気持ちよかったです。

下りは3時間5分でした。駐車場のまわりもきれいに紅葉していました。車を飛ばして妙高高原で温泉に入りました。たまたま雑誌に載っていたところを選んだのですが、脱衣所から浴場に入ると、なんと目の前に妙高山がドンと聳えています。素晴らしい眺めです。入浴料はちょっと高かったのですが、この素晴らしい眺めならそれも仕方がないかなと思えるほどの眺めでした。

あとは高速を3時間、料金を3,000円もかけて飛ばして帰るばかりでした。小布施PAの栗ソフトが美味しかったです。

ふと思い立って登った火打山でしたが、思いがけず晴れてきれいな景色が見られ、途中の紅葉もきれいで、温泉も気持ちよく、満足しました。

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金峰山

2011-10-10 21:58:18 | 旅行記

10/9(日)

4時に起き、4時半に家を出て、高速をとばして佐久で下り、一路川上村を目指します。道路の右側にウィンドブレーカーを着た大人達があちこちに立っており、じきに向こうから高校生とおぼしき若者が走ってきます。看板を見ると、甲府一高の競歩大会のようでした。となると、目の前に走ってきたのはトップの生徒でしょうか?2日間にわたって実施とあるのは、夜通し行うのでしょうか?甲府からここまで50㎞以上あります。生徒も大変だけど、立ち番の大人達も大変だなぁ、と思いました。

今日は部分的に霧が立ちこめているようで、道路の左右にそびえる山々は霧に隠れたり見えたりしました。川上村の坂を登り切ると、目の前に八ヶ岳。 去年の今日はこの八ヶ岳に登りました。その前の年は越後駒ヶ岳。尾瀬に行った年もあります。毎年この連休はどこかで山に行っています。

川上村から信州峠を越え、瑞牆山荘に着きました。さすが好天に恵まれた三連休の中日です。先月来た時は3分の2くらいしか埋まっていなかった駐車場も満車。幸い前回来た時停めた広い路肩が空いていたので、またここに置きました。この混みようはやはり、金峰山のもっともポピュラーな登山口である大弛峠が林道の通行止めで行けないことによるものでしょう。その分の登山客が、ここ瑞牆山荘と、山の北側にある廻目平にまわってきているのでしょう。

6:55に登り始めます。富士平山荘までは瑞牆山の時と同じです。30分ほどで到着。ここからは別のルートになります。大日小屋までは、まずは尾根筋につけられた樹林帯の道が続きます。木々の根元には一面に苔が広がります。びっしりと張った根を踏み越えて進んでいきます。木漏れ日がまぶしい。こんな気持ちのよい登山道は他にあまりない気がします。

大日岩には1時間半で到着。すでに40分短縮できています。ここからも尾根筋の樹林帯の道が続きます。砂払いの頭に着くと樹林帯を出、一気に視界が広がります。背後には八ヶ岳、そして前回はその全景を見られなかった瑞牆山。南側には南アルプス連峰と雲海の上の富士山、北側には小川山。そして前方には金峰山の五丈岩が遠く眺められます。少し雲が出ていますが素晴らしい眺めです。一番の驚きは瑞牆山を見下ろす高さにいたこと。自分が登ったことがある山をこうして間近で眺めおろしたのはなかなか得難い体験だと思います。それにしても風が冷たい!この冷たさだと、ガスが上がってくる心配はなさそうです。

ここから先は稜線歩きですが、足下の岩には霜が降りており、滑って歩きにくかったです。しかし、とにかく四方の眺めが素晴らしく、ちょうど見頃の紅葉もきれいで、しかも目の前には金峰山のシンボルでもある五丈岩がそびえ、登山道はそれに真正面に向かっていくように続いています。一歩一歩山頂に近づいていく胸の高鳴りを感じながら歩くのは、何ともいいもので、こうした思いに浸れる山はなかなか無いなと思われました。

五丈岩が目の前にそびえると山頂は間近です。岩の横を通って山頂のある岩塊に向かいます。登り始めて2時間40分でした。コースタイムは4時間10分だったので、1時間半も短縮できたわけです。山頂の右手には、秩父山群の最高峰である国師ヶ岳、その右奥にこの間登った甲武信岳、手前に朝日岳がそびえています。風はありますが素晴らしい眺めです。山頂でもいささかはしゃぎながら写真を撮ってもらいました。こちらも何人かの人のためにシャッターを押してあげたりもしました。

山頂からは朝日岳を通って大弛峠に向かう気持ちよさそうな尾根道が続いています。そちらからやって来る人は皆無です。大弛峠への林道は、まだ不通のようです。

昼にする前に、五丈岩に登ってみようと思いました。岩には登った人の名前などが大書されていたからです。でも、見た目では比較的容易に登れそうなこの岩も、実際は取り付くところが皆無で、結局3分の1の高さにまでも登れませんでした。 昼飯は例によってカップうどん。温かいうどんはありがたかったけれど、やはりその温かさだけでは体が温まりきらず、そろそろ俺にとっての山のシーズンは終わりかな、と思わずにはおれませんでした。

後は上ってきた道をそのまま引き返すだけです。帰りは雲に隠れ始めた八ヶ岳、南アルプスの山々、そして瑞牆山を眺めながら下っていきました。このルートは登りはひたすら登り(少しだけ下りもあるので、その部分は登り返さなくてはならない)ですから、下りはひたすら下りとなります。コースタイムは2時間45分。しかし、瑞牆山荘に着くと2時間35分でした。やはり俺は下りは苦手ですねぇ~。

金峰山は、存在そのものは地味な山ですが、とにかく登り後半の尾根道が素晴らしかった!今年の山のシーズンで一番の感動は、この尾根道を歩いたことでしょう。

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大菩薩嶺

2011-10-06 21:46:45 | 旅行記

10/3(月)

今日は代休で、しかも天気もよさそうなので、先日登った瑞牆山の隣にある金峰山に登りに行きました。
登る時間がかかるのと、登山口が遠いので、4時に起きて出かけました。
空は一面の雲でしたが、晴れの予報を信じて高速を飛ばし、佐久で下り、国道を南下、川上村から信州峠を越え、瑞牆山荘へ向かいます。
その途中でちょっと道を外れ、瑞牆山の写真を写しました。
瑞牆山の登山道は木が生い茂っていて、瑞牆山の姿を見渡せるところがなかったからです。山頂から林道が見下ろせたので、そのあたりと思しきところまで行くと、おあつらえ向きに瑞牆山を眺める東屋が設けられています。
ここで写真を撮り、林道を引き返しました。
瑞牆山荘前から金峰山を目指そうかとも考えたのですが、コースタイム4時間で結構起伏があるということに腰が引けてしまい、そのままクリスタルラインという林道をひた走って大弛峠から尾根道を通って登頂するコースをとることにしました。
大弛峠までは細い林道を通って1時間ほどかかります。
ところがこれが大誤算でした。
細い林道は道幅が狭い上にカーブの連続で、しまいには運転しているのに車酔いに近い状態になってしまいました。
唯一の慰めは、樹間から金峰山の雄大な姿が眺められたこと。
瑞牆山からは穏やかな山姿しか見えませんでしたが、南側からは実に堂々たる山姿を眺めることができました。
車酔い状態にさらに追い討ちをかけたのは、大弛峠の下まで来たところで、道路が通行止めだというのです。
どうやら先日の台風の影響と思われました。
クリスタルラインではそんなところは一ヶ所ももなかったのに。
仕方なく今回の登山はあきらめることにしました。
これからクリスタルラインをまた引き返して瑞牆山荘から改めて登る気力は残されていませんでした。
そのまま勝沼インターから高速に乗って帰ろうとしたところで、ふと思いつきました。
確かこのあたりに大菩薩嶺があって、片道1時間ちょっとで登れるとガイドブックに書いてあったような気が。。。
地図をあわてて調べてみると、登山口までさほど遠くないことがわかりました。
すぐに引き返し、奥多摩に通じる国道を外れて上日川峠までの細い峠道を登っていき、上日川峠に車を止め登っていきました。
駐車場には平日にもかかわらず結構な数の車が止まっていました。
大菩薩嶺へは一般的に大菩薩峠から最高点のある大菩薩嶺まで一周するルートをとるのですが、最高点だけ目指したい人は、今日俺が歩いた唐松尾根を直登するルートを取ります。
コースタイムは90分。
ルートの途中にある福ちゃん荘までは車道も通っているのですが、足にくるので尾根筋を歩きました。
福ちゃん荘からは本格的な登りとなりますが、樹林帯はすぐに終わり、見晴らしの利く草原に出ます。
この草原をこの地方では”カヤト”と呼ぶのだそうです。
振り返ると富士山が雲海の上にちょこんと頭を出しています。
遠くには雲間に南アルプスの山々が見えます。
手前には甲府盆地が一望できます。
快晴であればさぞかしすばらしい眺めであろうと思うと、ちょっと残念でした。
尾根筋への急な登りを登り終えると目の前に大きな岩があります。
これが雷岩です。
登山道はここから左手に伸び、樹林帯の中の平らな道を5分ほど登り詰めると、周囲を木々に囲まれて眺望の利かない山頂がありました。
見通しの利かない平日の山頂には誰もおらず、仕方なく写真は案内板にカメラを置いてセルフタイマーで写しました。
薄暗い山頂では昼飯を食べる気にもなれないので、明るく見通しも利く雷岩まで戻って食べることにしました。
例によって湯を沸かしてカップのうどん、かやくご飯のおむすび(夕べの残り)、コーヒー、今日はデザートにどら焼きを持ってきてみました。
上記のような景色を眺めながらの昼食はなかなかでした。
それにしても、やはりこれからは山にはカップのそばかうどんを持って来ようと決めました。
出汁を全部飲み干すのは、ラーメンのスープに比べて明らかに苦になりませんし。
食べているうちに遠くの山々は雲に隠れてしまいました。
後は来た道を引き返すだけでしたが、福ちゃん荘からは車道を通りました。
登山道は登り返すところがあったからです。
上日川峠に戻ると、往復2時間(休憩時間含む)でした。
お手軽登山。
景色もまあまあよかったので、良しとしましょう。
勝沼インターから前橋南インターまで車を飛ばして帰ってきたら、高速料金が3,900円もかかってしまいました。
あーあ。。。
金峰山は今週末か、来週休暇をとって再チャレンジします。
今度は迷わず瑞牆山荘から登ることにします。

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瑞牆山

2011-10-06 21:45:14 | 旅行記

9/25(日)

今日は天気もまずまずということで、山梨まで足を伸ばして、日本百名山の一つである瑞牆山に登ってきました。
先月に甲武信ヶ岳に登りに行った時、国道から登山口のある川上村に曲がると、前方の山に鋭い岩峰が林立しているのが見えました。
地図で確認すると瑞牆山でした。
瑞牆山は山梨の山で、中央道を使わないと行けないと思っていたのに、長野側からも一部が望め、しかも登山口までは甲武信ヶ岳の登山口までと同じくらいの距離しかないことがわかりました。
瑞牆山は森林の中に巨岩が林立する、この近辺にはない珍しい山容をしている山と聞いたことがあります。
コースタイムもさほどかからないということで、今日出かけてみることにしたわけです。
家を5時半に出て高速を飛ばし、佐久で降りてひたすら南下するのは甲武信ヶ岳の時と同じです。
しかしその時と違って、今日は空全体がどんよりと曇っており、場合によっては山が見えなければ登らずに帰ってこようとも思っていました。
甲武信ヶ岳の時と同様に、国道から川上村方面に曲がり、途中で信州峠に向かう道を南下し、信州峠を越えたところから東に向かって舗装された林道を登っていきます。
目の前には森林帯の上に多くの鋭い岩峰が林立する瑞牆山が眺められますが、巨大な送電線の鉄塔があったり、道路がすぐに林の中に入ってしまって、瑞牆山そのものをきれいに眺められる場所がありません。
結局帰りまで、瑞牆山全体を眺め渡すことはできませんでした。
来月すぐ隣の金峰山に登ることに決め、幸い瑞牆山展望台というところも見つけたので、そこからその独特の山容を眺めて写真に収めてこようと思っています。
瑞牆山荘が登山口で、大きな駐車場もあります。
久々に天気の良い日曜日なのに、けっこう空いています。
俺は登山口のすぐ近くの広い路肩に車を置き、登り始めました。
まずは緩やかな森林帯、続いてやや斜度がきつくなり、それを登りきると富士見平小屋に着きました。
せっかく高度を稼いだのに、ここから天鳥川出合いまでひたすら樹林帯の間の下りになります。
途中で木々の間から瑞牆山の姿が見えるのですが、残念ながらどこも木々が邪魔をして写真を写せません。
結局最後まで、登山道から瑞牆山の姿を見ることはできませんでした。
天鳥川出合いからはいよいよ本格的な登りになります。
登山道にも大きな岩がごろごろ転がっており、その間を縫い、時には岩を乗り越えて登っていきます。
足だけでなく手も使わなければならず、またひたすら登りなのでかなりきつく感じられました。
途中目の前がぱっと開けると、目の前に巨大な岩がそびえています。
後で調べると大ヤスリ岩という岩で、なんとロッククライミングをしている人がいてびっくりしました。
いや、クライミングというより、岩のてっぺんからロープを使ってするすると降りてきているといったほうがいいかも知れません。
高所が苦手な俺にはとてもできない芸当だなと思いました。
振り返ると雲海の上に富士山がそびえています。
大ヤスリ岩から15分ほど、同じような登りが続き、山頂を裏から回り込むようにつけられた登山道を上りきると山頂でした。
コースタイム2時間50分のところ、1時間40分で着いてしまい、実にあっけなかったです。
ガスがだいぶ上がってきていますが、青空半分、高曇りの空の下に低く雲がたなびき、左手後ろに小川山、左手に金峰山、南はるか遠くに富士山、その右手には南アルプスの農鳥岳、間ノ岳、北岳、甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳、左手奥には八ヶ岳連峰が並んでいます。
山頂は切り立った岩峰の上にあり、下を見下ろすと鳥肌が立つほどです。
先ほどの大ヤスリ岩も全体を見下ろせ、2人の人が気持ちよさそうにロープで下っているのが見えます。
日曜日の百名山の山頂ということで、もっと混雑していると思いきや、山頂には15人ほどしかおらず、騒々しいおば様方もいませんでした。
山ガールは数名見られましたが、皆装備もしっかりしていて、危なっかしさは感じられませんでした。
例によって写真を頼んだのですが、今回も希望通りの写真は写してもらえず、隅にほかの人が写りこんでいたり、人間が小さすぎていたりで残念でした。
それにしても山々の眺めはすばらしく、来年こそは南アルプスに挑戦しようと決心しました。
ひとまずは隣にそびえる金峰山(これも百名山に入っています)に登ろうと決めました。
ちなみに最近は山小屋泊などをして、瑞牆山と金峰山をセットで登る人も多いと聞きます。
金峰山も瑞牆山荘の登山口から、コースタイム4時間で登れるそうなので、おそらく俺なら3時間強で大丈夫だと思われます。
写真を写しているうちにガスがどんどん上がってきて、周囲の山々も見えなくなってきたので、早お昼にしました。
今日はコースタイムが短いことがわかっていたので、コンロを持ってきて湯を沸かし、初めての試みとしてカップ天ぷらそばを食べてみました。
これがラーメンと違ってだし汁があっさりしていて塩味もラーメンほどではなく、さっぱりしていたので、ラーメンの時はスープを飲み干すのに難儀するのですが、今日はこの前作った天然マイタケご飯のおむすびをほおばりながら、容易に全部飲み干せました。
これからはカップラーメンでなくカップのそばかうどんにしようと決めました。
食べているうちに団体が上がってきて騒々しくなってきたので、早々に山頂を後にしました。
早々といっても、着いたばかりの頃は景色に見入っていたりしたので、食事の時間も含めると1時間ほど山頂にいたことになります。
下山は淡々としたもの。
多くの団体とすれ違い、早めに登頂して景色も見られたし、比較的静かに過ごせたので良かったなと思いました。
あと1時間登山開始が遅ければ、山頂でそうした団体と一緒になって、例によってその傍若無人ぶりに気分を害することもあったかもしれません。
下山のコースタイムは1時間半でした。
手軽に登れて景色のいい山なので、また登ってみてもいいかな、と思いました。
帰りは甲武信ヶ岳の時同様に、佐久で温泉に入って汗を流しました。

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