常陸の国の片隅で

鉄の話とか日々のこととか

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那珂湊に行ってきました

2015-05-22 17:48:29 | 日記


すっかりご無沙汰してしまいました。

今回は、5月17日に近場のひたちなか海浜鉄道が、茨城交通から運営を移管して7周年を記念して行われたイベントと、併せて那珂湊の商店街で行われた「湊再発見フェス」に友人2人と出掛けて来ましたので、そのときの模様なんぞを。
話が所々脱線したり、長々語ってしまったりするかと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。


コトの発端は群馬に住んでいる友人が、「ひたちなか海浜鉄道に行きたい」と、mixi上でボソッとつぶやいた事から。

実は、4月にひたちなか海浜鉄道で新車両を導入するという話が、ひたちなか市の広報誌などで明らかになって以降、ネット上などではいろんな憶測が飛び交い、私自身もその情報を自分なりに漉してひとつの答えは出ていたのですが、今一つ確証が無く…。

そんな中、どうやら3月のJRダイヤ改正で新車投入により大量に運用から離脱して、ほとんどがミャンマーに譲渡される事が明らかになっている、JR東海(と東海交通事業が保有してJR東海に賃貸している)のキハ11形のうち、3両がミャンマー行きの分とは別枠で在ることを知り、恐らくそれが来るのでは??と導き出されたのでした。

かくして、3両の「新車両」は4月末に遠路愛知県から運び込まれて、5月7日、ひたちなか海浜鉄道のHPでも購入が正式に発表されたのでした。


…その「新車両」がイベントでお披露目されるとなると、見てみたくなってしまうもので、友人に来るのであればピックアップして欲しいと頼み、その後横浜に住む別の友人も「日曜日にひたちなかに足を延ばそうかと画策中」とつぶやいたので、3人で巡ることとなりました。


当日、以前拙宅に来たことのある友人が車で拾いに来てくれ、もう一人と合流すべく勝田駅へ。
近隣の駐車場に車は入れず、3人で乗り込み、二つ先の金上(かねあげ)駅へ。
今回のイベントに伴い、金上駅と終点の阿字ヶ浦駅にて参加者向けに駐車場を無料開放され、それを使わない手はないため。

交換(行き違い)設備再設置に伴い、すっかり一新されたホームに上がり、臨時の露天窓口にてこの日限りの1日乗車券を買い、そそくさと列車へ。



普段は1両のディーゼルカーが行ったり来たりしているこの路線も、この列車は2両。途中那珂湊で行き違った列車は、久々に見た3両編成。

那珂湊の一つ手前、国道245号線が湊線を乗り越える直下に最近新たに造られた駅が、「高田の鉄橋駅」。冗談で、

「金利手数料は、ジャ○ネットが負担しませんよ~」などと、某TVショッピングの名物元社長を真似ながらギャグをかますも、撃沈…。

一先ず終点の阿字ヶ浦まで乗り通し、まずはスタンプラリーの一つ目をゲット。
駅前のバス停のポール目をやると、同行の2人は口あんぐり…。
そりゃあ、平日に1日1本しか来ないのでは…。
しかし、この日は国営ひたち海浜公園への無料シャトルバスが運行されていて、後から知ったのですが公園が無料開放日だったとかで、バスもかなりの混雑。
季節波動があることとは言え、鉄道をここからひたち海浜公園まで延伸するという話が現実味をもって語られるのも頷けるところで…。

折り返しの列車に乗り込み、二つ戻って平磯駅へ。
聞けば、ラリーのスタンプは海岸べりの漁協さんにあるとのことで、海までテクテク。
茨城交通の時代、平磯の駅舎はスーパーマーケットとの合築だったんだよ…などと話しながら歩いていて、海岸べりの直前に派手に転ぶ醜態。持っていた缶コーラをぶちまけてしまうも、そのほかはどうにか無事。

特設のテントで、スタンプを捺してもらい、「なんかつまんでいったらいいべ!」と今日はボランティアに扮している?海の男な親父さんから、蛸の刺身か干しいもを勧められたので、蛸の刺身を一口いただく。販売している品のなかには「鯛めし」なんかも。

平磯駅に戻ると、程なく次の列車がやって来た。
先ほどと同じキハ3710形に、純正国鉄キハ20の数少ない生き残りのキハ205、国鉄キハ22のそっくりさんで、今は旧国鉄準急色を纏った北海道の留萌鉄道から来たキハ2004の3両編成。タッチの差で席取りを逃し、二駅、那珂湊まで立ったまま揺られることに。


那珂湊に到着。
普段は広々とした構内も人々でごった返し、ステージあり、物販ありなところへ動線が整理されていないものだから…。
それでもどうにか抜け出して、構内踏切を渡り隣のホームへ。一般公開されている、元東海交通事業(使ってたのはJR東海)キハ11-203号車のもとへ。


これが同車の銘板


今回、ひたちなかに来た3両、外観は全く同じながら所有者が異なり、キハ11-123はJR東海の保有、キハ11-203と-204はJR東海の子会社で、名古屋近郊で「城北線」を運営する東海交通事業の保有、JR東海が借り受けていた車両。
普段はJR東海に賃貸して、城北線で運用している車両(同じキハ11形の色違い)の検査や突発的なトラブルに対処するピンチヒッターとしての役割も担っていた。
この日公開された、キハ11-203は何度か城北線を代走しているものの、-204はとうとう自社線を走ることなく譲渡されたようで、ある意味変わった経歴の持ち主。

ただし、普段の使われ方としては3両とも同じで、美濃太田の機関区にあって高山本線や太多線で走っていました。

外観は湊線にいるキハ3710形に似ていますが、あれこれ違っていたり。
車内で目立つ点と言えば、こちらは小豆色のボックスシートがあるのが大きな違い。

カラーリングはJR東海の標準色から塗り替えられるようですが、後になり隣のホームのステージ上で鉄道ネタ番組でお馴染み?なマネージャー氏が熱く語っていたことを知りました。


引き続いて、並んで留置されているキハ222とキハ2005へ。


キハ222は羽幌炭礦鉄道、キハ2005は2004と同じく留萌鉄道の出身。
キハ222はブルーとベージュのツートンカラー、昭和30年代初頭の旧国鉄標準色を纏い、キハ2005は2004の一つ後の世代の旧国鉄準急色(この配色はそのまま「急行色」に)になっていますが、キハ222は今回のイベントに併せ「さよなら乗車券」が発売されましたし、今後は不明ですがキハ2005も現状はエンジンのない状態。キハ2005の方では、写真等を展示したギャラリーになっていたので、早足気味に一巡。


一度駅舎の中に戻り、スタンプの場所を確認すると街フェスの中…というのが判ったので、物見がてらそちらに向かうことに。

よけいなお世話なんだけど、アニメ「ガールズ&パンツァー」の舞台になった、那珂川対岸の大洗の「聖地」と化した盛況ぶりを地元の方々がどう思ったのかは、人によってまた違うだろうけど、地元の方が積極的にアプローチに動いた事実は間違いない所だとしても、何も大洗の専売特許でもないだろうに…と思ったのもまた事実で。
しかし、少しずつながら裾野の広がりは見せつつあるようで、湊線でも昨年は「世界一楽しい片道きっぷ」というもの(勝田→那珂湊をひたちなか海浜鉄道湊線、那珂湊駅→大洗駅を茨城交通バス、大洗→水戸を鹿島臨海鉄道大洗鹿島線を利用する一種の周遊きっぷ)が売り出されたり、数多いるキャラクターの中からご当地出身(という設定)のキャラを活用しての取り組みなども行われるようになりました。結果…







街なかに幟が立ち、フェスの歩行者天国のド真ん中にガルパンのラッピングバスが2台も鎮座…なんてことにも…。もとより、那珂湊・大洗地区の路線バスを運行しているのは、一部例外はありますが茨城交通さんの「那珂湊営業所」なわけで…。






一通り歩行者天国を巡って、那珂湊駅の裏側へ回ってみようということになり、そちらの方へ。






今はなかなか見られなくなった佇まいのお店撮影したり、機関区のモノを色々撮影したり。





先の方までやって来て、久し振りに対面した茨城交通ケハ601のボディ↓
日本初のステンレス製のボディを持ったディーゼルカーでした。




前日には保存されている有志の方々によって車内が公開されていたようですが、残念ながらこの日はクローズ…。

さらに踏切を渡って、駅舎の方へ向かう途中に見かけたこんなモノ…↓



何じゃ、このタンクを載せたトロッコのような代物は!?とお思いでしょうけど、今や数少ない鉄道連隊の生き残り…、「九七式軽貨車」のようです。
「鉄道連隊」とはなんぞや??となってしまいますが、旧日本陸軍が戦地における鉄道の建設・修理・運転や、敵地の鉄道の破壊を目的として保有していた部隊のことをいいました。
常設の鉄道第一連隊は千葉市に、鉄道第二連隊は習志野にありました。
余談ですが、千葉県を走る新京成電鉄のかなりの区間の路盤は、これら鉄道連隊の演習線を転用したものです。
画面の下の方に写っているのも、多分九七式軽貨車と同じ部類かと。

一回りして、ようやく那珂湊駅まで戻ったものの相変わらずの混雑ぶりで、それぞれ腹具合も気になりだし……。一先ず那珂湊を離脱して車で動くことにして、湊線で那珂湊→勝田→金上と乗り、スタンプラリー最後のスタンプを駅から少し離れた洋菓子屋さんに出向いてゲットしました。
実はこのスタンプラリー、捺された数により抽選に参加出来る回数が変わって、地元の特産品やひたちなか海浜鉄道のグッズなどが当たるもの…のようだったのですが、抽選会場もある那珂湊駅のの混雑ぶりに再度訪問するのは諦めました。

その後近くの模型店に立ち寄り、ファミレスで遅めの昼食を摂りクルマで送ってもらい、解散となりました。







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久々に。

2014-11-23 17:14:58 | 日記
自分のブログページなのに7ヶ月放置ってイカンなあ。
直近1ヶ月は、かのグーグル様の出したお触れのお陰で、アクセスが遮断されておりました。
(当ブログ主、このブログをゲーム機から、しかもコントローラーで文字入力してたりします。)


ぶっちゃけてしまうと、今まで書く気が起きなかったのとネタが浮かばなかったという悪しき相乗効果でした。
正直なところ、今もネタが浮かびません。
とりあえず、今日のところはテンプレートの模様替えのみして退散します。

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余計なことを考える悪癖…

2014-04-11 18:33:39 | 日記


11年前に作ったモジュール。当時のRM MODELS誌に掲載

毎日少しずつでも継続して模型いじりできれば、また少し違うのでしょうけれど、状態の不安定ぶりは相変わらすで、そのとき出来ることを割と思いつきでやり出すことが多いから、仕掛かり品は増え、同じようにジャンク品も増え続けるのですが、ある時、何の気無しにふと閃いて、魔法がかかったかのように手が動いて…なんて事も時にはあり、上の写真のモジュールはその典型かも。

普段は、あれやこれやとなかなか考えが纏まらず、少し手を動かしてはネットを漁り、雑誌の山に埋もれたりしながらオーバーロードするのが常なのですが、漠然としたイメージだけで突き進んで結果一週間ほどで形にしてしまったという、自分の中では非常に稀なケース。

今、少しずつではあるけど、ちょっと昔のローカル私鉄の電車たちを試行錯誤しながらいじっています。
メインは有るんだけど、そこか生じたジャンク品を組み合わせて別な電車を作るなどして、気がついたら日立電鉄、上田交通、豊橋鉄道、一畑電車、熊本電気鉄道、伊予鉄道等々…。

材料取りしただけの物もあれば、佳境にさしかかっているもの、どうにも気に入らず二度三度とやり直ししているようなものもあります。

自分自身の状態のことなどもあるので、期限や目標は定めないつもりですが、いつの日にかきちんとお披露目は出来るようにまずは1両でも完成させたいところです。


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地下鉄が救った命

2014-03-04 14:38:53 | 日記
あまり書くようなネタも無かったので、この所更新はしていませんでしたが、今回はこのお話。


「日本の旅・鉄道見聞録」http://www.uraken.net/rail/index.html 様から、転載可能の画像を転載

3月4日のNHK連続テレビ小説、「ごちそうさん」で、空襲で逃げ場を失っため似子たちが地下鉄の駅に逃げ込み地下鉄で逃げて助かった…という部分がありますが、物語自体は創作ですが、大阪市交通局などの公的な記録はないものの史実としてホントにあった話。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2#.E5.9C.B0.E4.B8.8B.E9.89.84.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E9.81.BF.E9.9B.A3


実はこの話、全国紙に採り上げられる十年以上前から私は知っていました。

残念ながら現物が今手元にないのですが、1980年代半ばに度々大阪を訪れていた際に必ずと言っていいほど立ち寄っていた、梅田の旭屋書店本店。
目的は東京では入手し難い趣味の鉄道関係の書籍の入手や、当時テナントとして有名な模型店さんがあったからなのですが、鉄道関係の書籍の棚に並んで大阪の郷土史に関するコーナーがあって、たまたまそこで目にしたのが「大阪大空襲の記録」という、体験された方々の絵と体験談による証言集でした。
(出版社などは失念)

個人的な話で恐縮ですが、私の父親はシベリア抑留経験者で母親は第二次大戦中の生まれ。
母方の祖母や大叔母、大叔父などから断片的に戦争体験を聞くことはありましたが、とうとう父親から生きているうちに直接話を聞くことは出来ませんでした。

理屈はともかく、パラパラとページをめくって意識的なのか無意識なのかは今となっては覚えて無いのですが、「この本は読まなくてはならない本だ!」と即断したのでしょう、本来の目的はすっかり忘れて会計を済ませて、その日の宿に向かったのでした。

その本の中に、証言された方ご自身が描いた絵と併せて複数の証言があり、平成に入ってから新聞への投書がきっかけで交通局内部などでも調査が行われてはいるようですが、公的な記録はなく、また空襲に際しての地下鉄駅への避難は防空法で禁止(東京では空襲の際に今の銀座線の銀座駅近くのトンネルに爆弾が落ちた例があります)ということや、緊急避難的な措置として人命を救ったこととは言え職務規程違反にもなってしまうこともあり、なかなか言い出せない状況というのもあったのではなかったのではないかと思われます。


ドラマの中でも、防空法を盾に駅員が最初め似子たち避難してきた人々を阻もうとしますが、ホームに誘導してやってきた電車に

「梅田方面はまだ焼けてないそうなので、そちらに(列車を)出します!」

と避難してきた人々を誘導します。

このシーンこそ、さっきの本の中で私が決して忘れることのない、状況の証言と証言された方ご自身の描いた絵とが一致します。

この他にも、後日の新聞社による聞き取り調査では、心斎橋駅では憲兵に促されて構内に退避した…や、逆方向(天王寺行き?)の電車に乗った…などの証言や、退避した時間が証言された方によって時間帯に幅もあることなどから、組織としての判断ではないでしょうけど、行いうる体制で、かつ、複数の列車が運行されたことは間違いなさそうです。
また、理由はよく解っていませんが、普段は終電車が終わった後に電車を動かすために必要な電力の送電は止めていたらしいのですが、この日は電力は供給され続けていたようで、警戒警報や空襲警報の発令を受けて途中駅で運転を打ち切った電車とその乗務員を活かして…ということなども推察は出来ますが、今となっては解明する事は非常に困難なことかも知れません。


余談ですが、ドラマの中で命を繋いだ地下鉄の電車出てきますが、この電車、セットとかの作りものなんかではなく、正真正銘、昭和8年に大阪に始めて地下鉄が走ったときの言わば一期生、10両のうちの1両で、永年使われているうちに改造が加えられてはいるものの、往年の姿に一番近い姿を保っていたということで残されたそうです。

この電車の詳細は下のリンクをご参照ください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E9%9B%BB%E6%B0%97%E5%B1%80100%E5%BD%A2%E9%9B%BB%E8%BB%8A_(%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84)


残念ながら、資料や記録がないのでわかりませんが、大阪大空襲当時45両あった地下鉄電車うちの1両ではあるので、あの夜走った電車の中に含まれるのかも知れません。

あの夜の出来事や、あの夜に走った電車のことなど、体験された方や地元大阪の方が然るべき場所や方法で綴られていると思いますが、ドラマの一シーンを観て、自分の記憶がよみがえり、駄文を書き連ねてしまった次第です。

まとまりの無い長文に、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。



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新ネタ妄想中…

2014-02-06 14:00:40 | 模型のはなし
相変わらず体調はままならないですし、外出もできない状況ではありますが。
今、頭の中をリセットして小さな電車たちの物語を構築中です。

とりあえず、国鉄(JR)との接続駅を中心に二方向に路線が延び、工場や車庫、現業関係の一大拠点のことがむくむくと…。



…元々は地形や国鉄の敷設に絡んで熾烈な鉄道忌避運動が展開されたため、地域で一番の栄華を誇っていたとある町をスルーする形で敷設されてしまった国鉄の幹線…。
鉄道の利便性を痛感することで、町の衰退を怖れた有志が立ち上がる…

などという、日本国内なら割とあちこちで聞いたような話。
我が地元、常磐線だけに限ってもいくつも史実としてあるわけで、実際今も走っている路線もあるわけでして…。

当初、軽便鉄道として開業したものの、それほどの量ではないにしても、貨物の積み替えをする手間などのデメリットも噴出するようになり、改軌と電化を決意。
ただし、地勢上の関係や旧市街の街並み縫うように走り、かつ、軽便時代のインフラを最大限活かしてしまったために当時は問題にならなかったものの、急カーブが多い線形となり後々輸送力の増大やスピードアップといったことへの重大な足枷に…。

他方、同じ国鉄駅から山間部や景勝地を経て、港町までの別の私鉄が興され敷設のための免許を得たものの、折からの世界的な経済恐慌のあおりで頓挫したかに思えたが、手頃な基地を求める軍部や工場用地を求める財閥系資本の手はこの地にも及ぶこととなり、二つの私鉄は統合。新線の建設を進めて開通にはこぎ着けたものの、肝心の工場等はごく一部が進出したのみで終戦を迎えることに。
財閥解体や、GHQによる航空活動の禁止などの影響はあったものの、後々の内陸工業地帯化の足掛かりをえることと親会社の支配を支配を離れることに成功して、戦後発展の礎となる…。

などというストーリーをでっち上げ始めています。
どっかで聞いたような話も多々ありますが…(大汗)。
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