T・Cの日誌

自然豊かな旧水原町に住み、登山やスキーを楽しみ、自然を愛する者の目から見たことなどを……。

10月の満月……美しいね~

2011-10-12 | うれしい」
今晩は満月だという。確かにきれいだ。大きな月が東から登り、ちょうど9時頃には、頭上高くなっていた。それでも満月は美しい。俺のデジカメの最高水準で写真を撮ってみた。三脚などなしで手で撮ったものだがよく見るとブレがある。しかもボッーしているようだ。それでも手ぶれが判らないほどの状態で撮れた。まー見て下さい。





梅の木の間から見た月







わが周辺の木々

2011-06-17 | うれしい」
6月も中頃になると緑も濃くなってくる。それがいろいろな花々をつける。春満開だ。わが新潟県では昨日から遅れて梅雨に入ったというのに雨は降らない。今日は晴天だ。そして、孫の誕生日。その孫が元気に登校していった。嬉しい限りだ。今晩は、その孫の誕生パーティーだ。大いに飲むぞ~!。
























晴天のもと、上高地、黒部、立山を回る

2010-10-19 | うれしい」
10月17日、水原を午前5時50分に出て、上高地を散策、夜、小谷村のホテルグリーンプラザ白馬に泊まり、翌18日に黒部ダム、立山の室堂平を散策してきた。実に素晴らしい旅であった。上高地では、大正池で昼食、そこから河童橋、ウエリントン碑などを回るなどしたのだが、清々しい晴天のため、眼前に穂高岳がそびえ、見応えのある風景であった。紅葉も良かった。泊まったホテルもスキーリゾートホテルで裏にスキー場のあるデカイもの。まるでスエーデンに行ったような感じのホテルだ。風呂もいい。翌日は、午前8時10分にホテルを出発して黒部ダム周辺を散策。黒部ダム周辺の紅葉は実に美しい。とりわけ、ダムからケーブルカーで登った黒部平の紅葉は素晴らしかった。紅葉は真っ盛りだ。われわれは黒部平を後にして大観峰までロープウエーで行く。その大観峰の展望台から自分の目線で北アルプスの偉容を見る。まるで近くに赤沢岳、針木岳、鹿島槍などの北アルプスの山々が見渡せるのだ。思わず感動する。大観峰から立山室堂までトロリーバスで行き、その室堂でホテル立山で昼食。その後、室堂平を散策。ここでも澄み切った天気のため、眼前に立山連峰や剣岳を見る。その雄壮に感動する。二年前に立山に登ったがそのときは、登山のときはガスがかかり、下山のときは土砂降りでこれほど立派な立山を見たことがなかった。今回が初めてだ。帰りの高原バスからは称名の滝も見ることが出来た。空気が澄み切っているためだ。今回の旅行は、珍しく晴天に恵まれたことが何よりも良かったことだ。いい旅行だった。




































灯台もと暗し

2010-10-15 | うれしい」
昨日、甥っ子の招待でホテル環翠楼に行ってきた。その環翠楼は、わが地元の旅館だ。最初は、なに普通の旅館だろうと思って行ったのだがどうしてどうして素晴らしいの一語に尽きる。なんと言っても庭の広さと素晴らしさにまず驚いた。庭は6000坪あるというのだ。まるで京都の庭園に行ったような感じを与える造りだ。そのうえ、部屋が素晴らしいのだ。俺たちが泊まった部屋は露天風呂付きの昭和の間だ。その上は露天風呂付きの明治の間だ。兄の泊まったところは、檜造りの風呂付きの明治の間だ。それらが広い庭を挟んで離れとして点在している。まるで昔の大地主の家のような感じだ。京都に行ってもこんな素晴らしいところはまずないのではないだろうかと思う。俺も在職中は至る所を回ったがとにかく、わが地元にこんな素晴らしいところがあろうとは想像だにしなかった。灯台もと暗しだ。
























思うこと

2009-12-23 | うれしい」








この夏、俺は富士山に登った。五合目から一挙に頂上をめざして登り、約8時間近くかかって登った。多くのメンバーは?酸欠?で高山病的症状を示していたが俺はなんとも無かった。頂上に着いてから、あまりのすばらしさに登頂記念バッチを買ったり、噴火口を見たりカメラに納めたりした。それから約5ヶ月、体調は良かったのだが、12月に入って、なんとなく心臓がおかしくなってきた。そこで検査をしたのが、なんと冠動脈の2カ所で詰まりつつあったところが発見された。カテーテル治療を受け、詰まった動脈をバルーンでふくらませてステントを入れた。その結果、心臓の不安はなくなった。それにしても5ヶ月前あんなに元気でいたのにどうしてなんだろうと考えるこの頃だ。ところで、今日、第九の生演奏を聴いたが、あまりのすばらしさに感動した。いろいろあったがここまで生きてきたお陰で、第九の生演奏を聴けたことでいっそう感激した。これでやっと歳を越せる。


わが家の庭にも春が来た

2009-03-18 | うれしい」
ようやくわが家の庭にも春が来た。この前までやっと蕾が咲いたと思っていたがもう花が咲いていた。今日の気温が20度ぐらいになるとラジオが言っていたが、春を通り越して初夏という感じになるかも知れない。俺はまだまだスキーを滑りたいのが、実に残念だ。春が来ると嬉しいのだが、反面、10年前のようにまだ山には雪があるという状態であって欲しいと思うのは俺だけだろうか。


一ヶ月前はこうだったのだが、あっという間に、雪が解け、春の花々が咲き始めたわけだ。




わが家のサザンカ咲く

2008-12-03 | うれしい」
今日、気がついたのだがわが家のサザンカが3輪ほど咲いていた。本来なら、もっと咲いて欲しいのだが、うちはどういうわけか、2月頃に咲くようだ。それでも白は早く咲いている。本当にきれいだ。とくにサザンカは花の少ないときに咲く花として実に貴重だ。わが家には、2年前に20本ぐらい植えたのだが、やっと馴染んできたという感じだ。











神山小学校の子どもたちから元気をもらった

2008-10-06 | うれしい」
俺は、神山小学校の全校五頭登山のボランテアに参加した。実に楽しかった。その日の夕方、反省会があり、そこで教頭から、感想文を書いて欲しいと頼まれたので
以下のように書いて送った。それを紹介する。

「アクロスから9人が参加した。僕にとって、学校のボランテアは、初めてであった。それだけに心配事はいっぱいあった。そこで、初めて参加する者同士が、先月、雨の中、下見をしてきた。その結果、もし、子どもがガケに落ちたらどうするかと、当日ロープを持ってきた仲間もいた。
 しかし、登山当日はそんな心配は無用であった。天気も良かった。逆に、われわれは子どもたちから、〝元気〟をもらうことになった。それほど、神山小の子どもたちは皆元気であり、一生懸命に登った。いい子ばかりだった。誰もへこたれる者はいなかった。むしろ、最初、こっちが置いてきぼりになるのではと心配したほどだった。「ゆっくり!」「走らずに!」と声をかけるのがやっとだった。普通なら、我が儘を言う子どももいただろうに、集団の力は大きいものだ。上級生は上級生らしく、下級生は上級生に負けじと登っていった。そんな健気な姿を見て、僕は東京にいる孫を思い出した。休憩地で汗をぬぐう子どもたちの笑顔が実に美しかった。
 そして、思ったことはこの登山で得るであろう、子どもたちの自信と達成感を本当に大事にしなければということだった。社会に出て大事なのはテストの順位などではない。登山のように一歩一歩登っていけば、必ず到達できるという自信と〝やりきった〟という誇りが大事ではないかと、68年間のわが身を振り返って思うからだ。教育は、人間の育成にあるのだから、人間としての誇りと自信を持って生きていけるようにして欲しいと思う。神山小の先生方は、大変でしょうがこの五頭登山を今後ともつづけて行って欲しいと思います。アクロスは協力を惜しみませんから……。」








たかが五頭山、されど五頭山

2008-09-25 | うれしい」
 今日、午前八時半ごろ、加藤さん宅に行き、二人で、五頭山に登ってきた。
 今日は朝から気温が低く、午前中は曇り、昼頃から雨との予報であったが、なんとしても五頭山に登ぼろう、予報も外れることもあるだろうなどと気軽に考えて決行した。ところが、ちょうど5の峰の直前のところで雨が降ってきた。風も出てきたので、やむを得ず引き返さすことにした。頂上を目の前にしての引き返しは、実に残念だった。しかし、引き返さざるを得ない原因が俺にあった。それは、俺が雨具を持って行かなかったことだ。五頭山を見くびったためだ。「たかが五頭山」との気持ちがあったのだと思う。それには、高校2年の時に足駄を履いて水原駅から歩いて登ったことがあったじゃないかと言う気持ちもあった。今回は、それ以来の五頭登山なのに、まだ若い気持ちでいた。それだけではない。子どもの時は、小学校4年生から毎年2回、水原小学校から歩いて登ってきた。そのためか、五頭山と言うと「あの五頭山」と言う軽い気持ちが生まれる。しかし、「されど五頭山」だ。68歳になっての五頭登山はやはりきつい。まして雨風のなかでは、どうしようもない。寒さが身に沁みる。だから、引き返したのだが、それは正解であったと思う。それにしても人間の記憶というはいつになっても残っているものだ。と言うのは、なんとなく登っていて、「あーここは……」と言うように見覚えのあるところが結構あったからだ。それは懐かしかった。いずれにしても、今日の教訓は、①雨具はどんなときでも持って行くこと、②どんな山でも見くびってはダメだと言うことだ。「たかが五頭山、されど五頭山」だ。帰りは、もちろん出湯温泉。いやー本当に出湯温泉のありがたさを身に沁みた一日でもあった。


どうだいこの花は

2008-09-22 | うれしい」
ホテイアオイの花だそうだ。女房が6月頃植えたんだっけ。もっともわが家にある

石臼のなかに置いただけなんだけど、その後、ただ水の上に浮いているだけという

感じだったのだが、この2、3日前ごろから花をつけはじめた。

よく見るとそれがきれいな花なんだわ。そうだろう。こんなにきれいなはなをつけ

るとは思わなかった。なんでもそうだが、一定の時期になると花をつけ、目を見張

るようにきれいになるときがあるんだなーとつくづく思った。捨てたものではない

んだよね、生きている限り……。






孫が突然遊びに来る

2008-09-14 | うれしい」
昨日、孫が突然、東京から訪ねてきた。仕事していたら、女房から「いま娘から駅

に着いたと電話があった。ビックリしました」との電話があったが、電話を受けた

俺の方は嬉しい悲鳴だった。すぐ帰宅すると孫は俺の顔を見ると「ジジー!。ジジ

ー!」と飛びついてきた。こんなに喜ばれるのは、近年にないことだ。俺の方は嬉

しさでいっぱいだ。今日は孫の遊び相手で阿賀野川フェスタに行ってきたが、孫は

大喜びだった。


孫との一週間

2008-09-02 | うれしい」
 実は8月の祭りのとき、わが孫が来ていた。それが可愛いくてしょうがないの

だ。孫との一週間は、俺にとっては至福の時であったと言えよう。どうしてこうも

孫というのは可愛いのだろうかとつくづく考えてしまう。自分の子のとき以上に可

愛いのだ。人は、責任がないからと言うかも知れない。しかしそんなことでは片付

けられない何かがある。自分の子のときは忙しくて見れなかったからだというかも

知れない。そうかもしれないが、なんか違うようなんだ。ともかく可愛いのだ。人

は目の中に入れても痛くないと言うが本当にそうだと思う。その孫とこの一週間過

ごした。俺にとっては本当に充実した人生のひとときであったが、あったという間

の出来事だった。孫は、日々成長し、大きくなっていく。話すことも表情もだんだ

ん豊かになっていく。たった一週間でもそうなのだ。毎日見ている親にはわからな

いかも知れないが、俺にはその変化がわかった。やっと4歳になったばかりだが、

どうしてどうして物を見て、考えて物を言う。それが何とも面白い。そんな孫と祭

り間中、一緒に遊び、話し、楽しんだ。俺は、孫を見て、この孫が成長するまで生

きて、しっかり孫を守っていかなければならないと決意した。



上の写真は、今朝わが家で咲いていたボケの花だ。なんで今頃咲いているのかわからないが、やはりきれいな花であることは間違いない。