活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

ぬかるみに注意

2009-04-30 02:18:08 | 活字の海(書評の書評編)
著者:生田紗代 講談社刊 2009年1月 ¥1470
評者:井上荒野(作家) 2009年4月6日 読売新聞

サブタイトル:もやもやした「何か」

※ この書評の原文は、こちらで読めます



違うんじゃないのか?

この書評を途中まで読んだときの、ファーストインプレッションである。

評者が、本作を読んで感じたもの。
それは、サブタイトルに如実に示されている。

『もやもやした「何か」』

評者は、登場人物の行動に、そしてその背後にある作者の目線に
対して、どうにも座りの悪いものを感じて仕方が無い。

なぜ彼。あるいは彼女たちがそう思い、そう行動するのか。
あるいはしないのか。

そのことが腑に落ちないということは、彼や彼女の行動に自分を
投射できないということである。

それにより、新たな目線を得るということも、勿論小説には有る
だろう。
だが、それは提示された新たな目線が、読み手にとって受け入れ
られた時に初めて感じるカタルシスであり、理解できない思考と
志向は、隔靴掻痒的なストレスを読み手に感じさせるだけとなる。

それが嵩じれば、もはやその小説を受け入れることすら困難と
なるだろう。


評者は語る。
この小説を読んで、そこで感じた歯がゆさ、もどかしさが果たして
自分だけに生じるものなのかを知りたくて、何人もの知人に”懇願”
して読んでもらった、と。

そして、それでも答えを得られない不条理さを克服すべく、『著者を
居酒屋に誘って、ともに酔っぱらいつつ何時間でも膝(ひざ)つき
合わせて話し込んでみたい』とまで思い至る。

その思いは未だ(この書評が上梓された段階では)達成されておらず、
ただその理由をあれこれと評者が類推する中で、作者と評者の年齢差
(20歳作者が年下だという)にもその一因を求めていく。

所謂ジェネレーションギャップ、という奴である。


ここまで読んだときに、このコラムの冒頭に掲げた違和感を、僕は
感じてしまったのだ。

そんな言葉に、その違和感の本質を収束させてよいのか?という
思いが脳裏を駆け巡ったがためである。


だが。
それは早計というものだった。

その切り口は単なる前振りだったことが、すぐに提示される。

その後に続く文章の中で、『人生っていうのはもっと、こう……と、
登場人物に説教したくなっている。』という下りがあるが、こうした
表現を補完するための導入部として、ジェネレーションの話が用意
されているだけであった(と、少なくとも僕には思える)。


では、評者が感じた本当の違和感の理由は何なのか?

その答えは、書評のラストで明らかにされている。

その理由は明白。
作者と評者の、文章スタイルの差異である。

テーマに向かい、何をどう書くべきかと切り結んでいく評者に対して、
作者は真逆に何かを書かないことによって、テーマを浮き彫りにして
いく。

例えて言うなら、評者が画家で、作者は彫刻家である。

評者は、白いキャンバスに絵の具を重ねていくことで、作品を為す。
一方、作者は、岩の塊を彫琢し、不要な部分を削いでいくことで、
最後に作品を為す。

そのアプローチ方法の違い故に感じた違和感であり、間接的なその
アプローチこそが、『もやもやした「何か」』という感覚の根源で
あったのだ、として、評者は書評を締めくくる。

こうした、作風の違いを真正面から見据えることは、難しいと思う。

多様性というお題目はさておき、作者は自分の作風にこそ、その
アイデンティティを持って作品と、ひいては読者と対峙している
訳であるから、全く異なる作風は通常相容れないものとして、
排除してもおかしくないからだ。

そこを、きちんと読み解き、こうして論理的に提示する。
その点だけで、評者の見識は、尊敬に値する。

また、追いかけたい作家が増えてしまった。
しかも、二人も。

時の有限なることを、少し恨めしく思う。

(この稿、了)

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