どれくらいの人が、自分は○○人だと認識した経験があるだろう。
私が、自己を認識するきっかけとなったのは、
かれこれ10数年前。
進学のために上京した時である。
一人暮らしをはじめるにあたって、
好きな食器や雑貨をそろえようと思い
ウキウキで渋谷を歩いていていると、
「すみませ〜ん、少しお時間よろしいですか?」
今だったら、無視して素通りだが、
あの頃は、いい意味でイノセントだったので、
即座に「はい」と答えた。
それは、雑誌のWithとMore、どちらを読むか?
という質問形式のマーケティング調査だったのだが、
率直に素直に答える私に対して、調査員は私にこう聞いた。
「調査とは関係ないんですが、日本人ですか?
いや、日本人離れしたお顔立ちなものですから」と。
イノセントな私は、その時、「日本人だと思います」と答えた。
しかしこれは、ことの始まりでしかなく、
それから数年は、何度も何度も「日本人?」と聞かれることから、
人との出会いがはじめることとなる。
おかげさまで、20代前半のうちに、
日本人って一体何?私って一体何?と考えるきっかけができ、
改めて、沖縄に生まれたことを認識し、
そのときは、自分よりも大きな存在「沖縄」という個性に、
どうしても埋没してしまう「己」を憂えていた。
だが、その後、留学した先で、さまざまな「○○系○○人」、
いわゆるマイノリティな人たちとの出会いを通して、
彼らが、生まれながらにして、
自身の中に、さまざまな要素を抱えながら生きていること、
その境遇を認めなければ、結果、道が開けないことなどを知った結果、
自分を規定する何かから自由になることが、
自分を認識することになるのかもしれないと、
改めて、その時、自分を認識するに至り、
ようやく、「沖縄」という要素は自分を規定する
一つの個性であると思えるようになった。
そして、沖縄から解放され、むしろ、沖縄を愛せるように、
いや、愛していることに気づいたと思う。
とはいえ、わした島、沖縄は、
抱えているものがあまりにも大きく、切なく、美しく、愛おしい。
その一つ一つに向き合い始めると、厄介なことになるので、
ウチナーンチュとして、できる範囲のことを少しずつ、やっていくしかないと思う・・・・・・ 11月5日午前2時52分でした。
ゆたしくゆたしく
私が、自己を認識するきっかけとなったのは、
かれこれ10数年前。
進学のために上京した時である。
一人暮らしをはじめるにあたって、
好きな食器や雑貨をそろえようと思い
ウキウキで渋谷を歩いていていると、
「すみませ〜ん、少しお時間よろしいですか?」
今だったら、無視して素通りだが、
あの頃は、いい意味でイノセントだったので、
即座に「はい」と答えた。
それは、雑誌のWithとMore、どちらを読むか?
という質問形式のマーケティング調査だったのだが、
率直に素直に答える私に対して、調査員は私にこう聞いた。
「調査とは関係ないんですが、日本人ですか?
いや、日本人離れしたお顔立ちなものですから」と。
イノセントな私は、その時、「日本人だと思います」と答えた。
しかしこれは、ことの始まりでしかなく、
それから数年は、何度も何度も「日本人?」と聞かれることから、
人との出会いがはじめることとなる。
おかげさまで、20代前半のうちに、
日本人って一体何?私って一体何?と考えるきっかけができ、
改めて、沖縄に生まれたことを認識し、
そのときは、自分よりも大きな存在「沖縄」という個性に、
どうしても埋没してしまう「己」を憂えていた。
だが、その後、留学した先で、さまざまな「○○系○○人」、
いわゆるマイノリティな人たちとの出会いを通して、
彼らが、生まれながらにして、
自身の中に、さまざまな要素を抱えながら生きていること、
その境遇を認めなければ、結果、道が開けないことなどを知った結果、
自分を規定する何かから自由になることが、
自分を認識することになるのかもしれないと、
改めて、その時、自分を認識するに至り、
ようやく、「沖縄」という要素は自分を規定する
一つの個性であると思えるようになった。
そして、沖縄から解放され、むしろ、沖縄を愛せるように、
いや、愛していることに気づいたと思う。
とはいえ、わした島、沖縄は、
抱えているものがあまりにも大きく、切なく、美しく、愛おしい。
その一つ一つに向き合い始めると、厄介なことになるので、
ウチナーンチュとして、できる範囲のことを少しずつ、やっていくしかないと思う・・・・・・ 11月5日午前2時52分でした。
ゆたしくゆたしく











