結論から言って申し訳ないが、私は今から小説を書きます。
もう何か凄い小説を書きます。凄い、凄まじい小説を書きます。
その小説は芥川賞と直木賞とノーベル文学賞を同時受賞&全世界の富の三分の二が私のポケットに収まる的奇跡をもたらします。私にその様な奇跡をもたらすのです。
昨日すれ違ったクラリオン星人がそう言ってました。そう言ってましたから、私は今から小説を書くのです。もしもクラリオン星人が言ったことが嘘だったら、この世にこれほど馬鹿らしいこともありません。その時は私は、心を鬼にしてクラリオン星を爆破します。私の糞とかをクラリオン星に投げつけ、哀れにも私の排泄物が直撃したクラリオン星は他の星から「うんこマン」と呼ばれて2学期の後半くらいまでいじめられます。
ざまあみろとしか言いようのない事態です。
全てはクラリオン星の自業自得なので、その後クラリオン星が白色矮星化しても、私はクラリオン星の全ての生命に対し、何らの謝罪もいたしません。
では、大人気小説「神の国」が始まります。
席料は7万円です。今すぐに払いなさい。
※※※
吉川ベルクローチェは道を歩いていただけなのに、どうしたわけか推定年齢88歳の老師にからまれていた、執拗に。
老師は何度も同じことを繰り返すのだが、吉川にはそれが何のことだか一向に分らないのだ。
「いいか、安岡君。青い鳥は最初のページと最後のページを読めばいいのじゃよ。青い鳥がいませんね→それは足元にいました的、即物的理解に達せば、その間の時間が全く無駄であるという真理に目覚める時、人は神の子となるのじゃ」
吉川は吉川なのであって、断じて安岡ではなかったのだが、老師は一方的に同じことを繰り返すのだ。
「安岡君。人生とは即尺であり、即尺を人生と割り切ることができる時、初めて、人は神の子となるのじゃよ。私のようにな」
同じことを108回機械的に繰り返した後、老師は隣にあった風俗店に脱兎の如く賭け込んで行った。
吉川は何とはなしにその風俗店の前で煙草を吸いながら待っていた。何故待ったのかは自分でも分らない。ただ、待つことの方が待たないことよりもほんの少しだけ重要であるかのように思えたのだ。ただ、最初は煙草を吸っていたのだが、後半は飽きてきてその辺に落ちていたヘロインなどを吸った。吸ったというか打った。
2時間40分待った。
2時間40分後、暗く細い、およそいかがわしいということでは右に出るものがないであろういかがわしい階段を転げ落ちるように、否、文字通り転げ落ちながら飛び出してきた老師は、そのままアスファルトの上を3メートルほどでんぐり返しの要領で転げまわりヘロインですっかり出来上がった吉川の足元にまでゴロゴロと雪崩れ込んだかと思うと、大の字に寝転がった。
吉川は、(ヤクのせいでアレになっている)目でその老師の顔を覗きこんだ。
老師の目は真っ赤に充血していた。そして、止め処なく涙が。涙が、溢れ出ていた。
「よいか安岡、全ては欺瞞なのじゃ、全ては欺瞞なのじゃぁぁぁぁぁあああああああああああああアぎゃぎゃやサーターアンダギー美味しい!」
全てに虚しさを感じた。
この世界はもう、終りなのだと感じた。
子供のように泣きじゃくりながら、サーターアンダギーが美味しいということを叫び続ける老師、間欠泉の様に鼻水を吹き上げながら、ただ一身にサーターアンダギーがいかに美味しいかということを叫び続ける老師をじっと見下ろす吉川の二つの目。冷たく、(ヤクとかそういう方面のせいでアレになっているので)憂いを秘める吉川の目は、老師を射抜いて硬いアスファルトを穿っていた。
「老師、時間です」
吉川は何故だかこのセリフを知っていた。自分が、このセリフを言わねばならないこと、その為に自分が風俗店の前で老師を待っていたこと、いや、もっと前から。その為に、私が生まれたということ。そのことを、吉川は直感的に探り当てていたのだ。
「老師、時間です」
反応のない老師に、なおも吉川は言った。
108回くらい言った。
後半、88回目を超えた辺りからは、さすがに吉川も何の反応もしない老師に多少イラッと来て、怒鳴るように言ったし、94回目からはもう、側頭部を蹴り上げたりしながら絶叫する様に言ったのだがしかし、吉川は律儀にそのセリフを繰り返した。彼は知っていたのだ。自分がそれを言うということを。言う役目だということを。
107回目はもう、右側頭部を蹴り上げた後反対側に回り左側頭部を蹴り上げ、みぞおちをボロクソに踏み付けながら言ったが、108回目はそっと囁くように言ってみた。
老師は反応がなかった。
サーターアンダギーのくだりも無くなっていた。
吉川は無我夢中で「老師、時間です」と繰り返していたから気付かなかったが、途中から老師はサーターアンダギーがどうした、みたいな話すらしなくなっていた。
無だった。
それは、無だった。
無が、老師を包んでいた。
老師の周りには、完全な静寂があったのだ。
吉川は老師の亡骸を背負うと、近所のドブ川まで運び、適当に投げ込んだ。ドブ川は浅く、老師は体の上半分が丸見えの状態でドブ川に漬かっていた。
まるで、浮いているようだった。
それを見詰める吉川の目。
吉川は思った。明日はクリスマスイブだなと。
つまり明後日は春分の日だな、と。
それは違うだろ。
(つづく)