スズキの宇宙語練習帖

いわゆるひとつの雑記帳です。

Future Shock

2008-06-14 05:55:38 | 随想
2008年6月9日、ロスアラモス国立研究所はIBM製スーパーコンピュータ"Roadrunnner"が、数値計算アプリケーション向けのテストベンチ(LINPACK)で1PFLOPS(1秒間に10^15回の浮動小数点演算)超の世界最高性能を達成したというニュースをリリースした。

IBM,「Cell BE」「Opteron」ベースのスパコン「Roadrunner」で1ペタFLOPS超 (ITPRO)
Fact Sheet & Background: Roadrunner Smashes the Petaflop Barrier (IBM)
Roadrunner supercomputer fastest in world (LANL)

Roadrunnnerは、PlayStation3の心臓部としておなじみの"Cell Broadband Engine" を倍精度演算仕様に強化したものを1万2960個と、AMDの64bitCPU"Opteron" 6948個をコアとして構成され、理論的なピーク性能は1.6PFLOPSにも及ぶ。
主な用途としては核兵器の保守運用や自然科学研究などの技術計算を想定しているとのこと。

現在から約10年前、1TFLOPSはASCI Redによって達成されており、さらにその10年前、Cray2によって10GFLOPSが達成されている。
したがって今回の1PFLOPS達成によって"10年で1000倍"という指数関数的な性能向上傾向がふたたび維持されたことになる。
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未来学者のRay Kurzweil氏によると、このコンピュータの演算性能の向上といったような指数関数的な成長傾向は、生命体の進化プロセスに始まり、人口の増加、経済活動規模の成長などあらゆる領域において見られるものなのだという。
彼はこのことを"収穫加速の法則:The Law of Accelerating Returns"と名付け、以下の論考においていくつかの具体例を示している。

The Law of Accelerating Returns (Ray Kurzweil)
稀代の発明家Ray Kurzweil氏による基調講演
とてつもない未来を語る、「The Next 20 Years of Gaming」(Watch Impress)

(彼の思想の概略が紹介されている)

そのなかでコンピュータの性能向上に絡めて、人類の脳の演算性能にも言及した箇所があり興味深い。
人類の脳は、その構成要素である単体ニューロン束の計算能力と脳全体での集積度から下式のように大雑把に見積って、およそ2×10^16CPS程度の演算性能を持つと計算されている。

Human Brain
= 100 Billion (10^11) neurons * 1000 (10^3) Connections/Neuron
* 200 (2 * 10^2) Calculations Per Second Per Connection
= 2 * 10^16 Calculations Per Second

この数値と比較して、10^15PFLOPSを実現した先の"Roadrunnner"の演算性能は、単純なスケールだけでみれば人類の脳のレベルに相当肉薄しているとも言えるだろう。

そして、今後100年間で、現在の技術進歩に換算して20000年分の進歩を達成するというこの指数関数的な成長法則に従って見積もるならば、およそ2023年には人間の脳と同等の演算性能を備えたコンピュータが1000$(個人レベルでの所持が可能であるという意味)で手に入ると予測される、と氏は語る。



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単純な瞬間性能のみの評価を離れた、機能や構造面から人間の脳と知能の神秘に迫るアプローチもコンピュータを使って試みられている。

2008年2月に開催された半導体の祭典"ISSCC :International Solid-State Circuits Conference"では、大脳新皮質の計算模倣による学習機能をベースとしたアプリケーションの実用化を研究しているJeff Hawkins氏による基調講演が行われた。

ISSCC 2008 - 脳の働きに近づくHTMシステム - Jeff Hawkins氏が講演(マイコミジャーナル)

彼は米国における著名な脳科学者であり、またPDAベンダーのPalm, Incを起業した実業家としての顔ももつ。現在は脳機能のコンピューティングへの応用を目指したベンチャー"Numenta"を創業し、そこで"HTM(Hierarchical Temporal Memory)"という大脳新皮質の記憶メカニズムに基づくコンセプトのソフトウェアの研究開発を行っている。
講演では、向上したコンピュータ性能にふさわしいアプリケーションとしてHTMを引き合いに出し、また将来的にHTMを半導体ロジックとして集積することの可能性も示唆した。



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我々人類が技術的困難をクリアし、未来において人類に匹敵-凌駕する知的能力を発揮するコンピュータが実現されたとしたならば、それは一体何をもたらすのだろうか。

Kurtweil氏、あるいは著名なSF作家であり数学者でもあるVernor Vinge氏はその瞬間を"技術的特異点 :Technological Singularity"と名付け、その特異点以降は人類に代わり人工知能が発展の先鞭を担う、ポストヒューマンの時代が到来するのだと予想する。
これはコンピュータが自意識を持つようになるといったいわば人間寄りの話ではなく、ある閾値を超えた技術はその時点から自己増殖的過程にはいり、それが人間を置いてけぼりにしてあたかも文化圏のようなものを形成していく、という抽象的なシステム観に基づいた未来像だ。



あらゆる予想予測を的中させてきた希代の未来学者によるこの最大の予言は、果たして成就するのだろうか。

ところで氏は高級シンセサイザーメーカーである、かの"Kurzweil"の創業者でもある。


Kurzweil Music System