SUN PATIO

My Collections, My Thoughts and Ideas

夏の夜、新生のために

2011-07-10 | 身辺雑記帳
映画『森の向う側』を憑かれたように鑑賞しているうちに 二十年前の己自身の姿が思いのほか鮮明に蘇ってきた。 あれをみていた頃の自分は若く、なにも持たなかったのに 倦むことも疲れることもなく学び、働き続けた不思議。 なにも持たずなにも失わなければ、心は永遠の今に定まる。 無から有を生むのは、如何にも難儀なことのように思える。 されど、その道程は云わん方ない至福に満ちていよう。 まことの「有」とは「無 . . . 本文を読む

映画『森の向う側』

2011-06-25 | 身辺雑記帳
二十年程前にTVの深夜番組でみた或る掌編映画のことが 長いこと気になっていた。 雨の降りしきる海辺のリゾートホテルが舞台。 麗しくミステリアスな女性客。 闇夜のプールサイドのシーン・・・ いま思い出せるのはこんなところ。 作品のタイトルも出演者も何もかも一切不明のまま 十年の月日が去って、私は芦屋から東京に住まいを移した。 四年前、出演者の一人が突然判明した。 芸能通の知人が一冊の雑誌を私に手 . . . 本文を読む

壷にまつわる抄話

2011-06-12 | 神話、民俗学
「壷中天(こちゅうてん)」という不思議なことばがある。 読んで字の如く「壷の中にもうひとつの世界がある」という古代人の ユートピア思想の一端を示すが、それにしてもなぜ“壷”なのか? 魏・呉・蜀の三国時代が終焉したあと、晋(西晋)という国が建った。 隋や唐などの強力な政権が現れる前のやや混沌とした時代のことだ。 晋にいた葛洪という道教研究家が『神仙伝』という著書を残した。 その中に次のような神仙譚 . . . 本文を読む

おぼろなるものへの愛惜

2011-06-05 | ノンジャンル
 見わたせば山もとかすむ水無瀬川    ゆふべは秋となに思ひけむ   後鳥羽院  照りもせず曇りもはてぬ春の夜の    朧月夜にしくものぞなき    大江千里 日本人の美学の集約書ともいえる『新古今和歌集』からランダムに引用 してみたが、殊に第一巻「春歌」をつらつら眺めれば、 ほとんどが<霧><霞><雲>などの、おぼろの情感、かすみの美学を 詠いあげていることを発見する。 空がおぼろに霞んで、 . . . 本文を読む

天理市街、石上神宮へ

2011-05-22 | 歴史、考古学
次に奈良へ赴くときは帯解の円照寺へ・・・と目論んでいたものの、 連休が明けてから物部氏への興味がやおら頭を擡げてきた。 物部氏の素性を私なりに一言で表現すると、 第一波の天孫族の係累、ということになる。ちなみに 第二波が第一波に呼応して動いた神武天皇の一族で、 第三波として天日矛(つまり別系の天孫族と現時点では捉える)。 物部氏は天孫族で最初に大和地方へ侵攻を試みた集団の後裔だろう。 「物部氏= . . . 本文を読む