音の四季~風の彩

作曲家、しの笛・龍笛奏者、ジャズピアニスト、城山如水の徒然日記。
オカリナ、フルートの事も・・・・

飾磨の津 から 姫路城下・船場へ渡し舟

2015年09月16日 | 日常雑感


先日友人と話しをしていたら、イベントの時だけ時折、姫路城の掘りを巡る御座船?の話になった。

友人が飾磨から船場まで渡し舟を通したらいいのになあ、と言った。

姫路城の石垣の石もたしか船で運んだように記憶している。

姫路市内には「船場」という地名があり「船場川」が流れている。

播磨風土記にあらわれる姫路近辺の記述で目に付くのは「飾磨の津」

姫路が現在の城下町に整備されたのは関が原 以後の池田輝政公の時代からなので。
それ以前は砦くらいのもので、賑わっていたのは「飾磨の津」だったんではないだろうか。
ことに播磨風土記が編纂された当時は。

姫路城下町が形成されたころは飾磨と船場の間を渡し舟が通っていたように思う。

で、友人が言うには。

姫路港の河口の船場川から姫路市内まで船頭さんが漕ぐ渡し舟を浮かべたらいいんじゃないか、という話だった。

飾磨の津から数箇所渡し場を作って乗り降りすれば、姫路市郊外の飾磨区の方まで観光が広がる、という案だった。

これは妙案だと思った。

九州柳川では市内を船頭さんの船で柳川下りをする。風情があっていい。

姫路も昔の交通を再現して船場川下りの船を行き来させたらいいだろうなあと思う。

川端には柳を植えて、船場宿場のような船宿もできると、なお風情が増すだろうなあと思う。

船場川を船頭さんの渡し舟が行き来する風情が目に浮かぶ。


同じく「外堀川」も埋め立てずに観光船を浮かべたら観光で再開発できないだろうかと思う。


飾磨津【しかまづ】
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