黒助~想い煩う~

 悪性リンパ腫の闘病生活と気まぐれ日記

色々と大変です。

2016-07-03 21:33:46 | 健康・病気
4月の定期受診からブログ更新していなかった。

家内との別居生活で家事仕事が全て自分になり
長男とは同居しているけど、長男が率先して家事を
やってはくれずと愚痴を言う訳ではないのだが
忙しいです。
夜10時までには入眠したいから夜更かしはしないし
洗濯や衣類の片付け、食事の準備・後片付け、翌日の
自分の弁当準備とやること結構多いよね、主婦の仕事って。

6月23日は血液内科の定期受診だった。
血液内科(血液検査)は特に問題なし。
皮膚科はアトピーがやや軽減している感じで
落ち着いているので、次回の受診は3ヶ月後の
9月になった。同種骨髄移植から4年、放射線治療から
3年が経過して再発していないことがとても嬉しい。
最近は食欲も出てきて体重が5Kgも増加!
まずい、ウエストが大きくなってズボンがヤバイ。
減量しなければ、と思いつつ脂肪と糖分を摂取する。
受診の前日は大好きな鳥のレバーを食べ過ぎて
翌日の尿酸値が↑↑↑。プリン体と戦う乳酸菌を毎日食べて
いるけれど、鳥レバーには敵いません。
血液データは⇓


この2ヶ月間で私のiPhone5sが調子悪くなり、お隣の富山県まで行き
アップルストアで診てもらうも異常ないといわれ自宅に戻ると
また電源が入らない、リカバリーモードになってしまうという
繰り返しで、結局新しいiPhoneSEを注文し約ひと月スマホ無し生活を
余儀なくされ、携帯電話は仕事でも使うので代替え機を借りるのにも
10日程待たされ不便な生活を送っていた。
長男は付き合っている彼女のご両親に挨拶をしてきたらしく
無事結婚の了承は得たようなのだが、結婚の準備だとか結納だとか
そんな事まったく分からないので困っている。先方の親御様との
面会もしなければならないし、はたして結納や結婚式なんてするのかな?

それと、昨日私についにおじいちゃんになってしまいました。
次男に子供が生まれました。母子共に元気だそうです。
産まれたからとすぐ見に行く事もできず、往復の旅費考えると
その分次男夫婦や孫にお祝いあげたほうが良いとおもうから
帰ってくるのを楽しみに待つつもりです。
自分に孫ができるなんて、この病気した時には夢にも思わなかった。
生きてて良かった。


同種骨髄移植後  1432日目  今日も元気に生きています。


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今年2回目の定期受診

2016-04-21 20:58:22 | 健康・病気
今日は今年2回目の血液内科と皮膚科の定期受診でした。

今朝は息子にバスセンターに送ってもらい
6時30分発の名古屋行の高速バスに乗り
ほぼ定刻通りに名古屋駅に到着。すぐに
地下鉄桜ヶ丘線~名城線を乗り継ぎ
市役所前で下車し名古屋医療センターに到着

受付機で受付を済ませ中央採血室へ向かう
でも、あれ?採血室前の待合室に人が居ない!
採血の受付を済ませると、普段なら20分~30分は
順番を待たなければいけないのに、今朝は待つこと無く
採血終了。中央採血室の模様替え?採血台とか変わっていた。
システムを変更したようだ。
あまりにもスムーズすぎて構えていたのが拍子抜け。
院内のカフェで朝食を摂る。朝食のメニューも増えていて
うれしかった。
朝食を食べて血液内科の受付へ向かう途中で
精算機も変わっていることに気がつく。
どうもこの2ヶ月の間にシステムが色々と変更になった様子。

スムーズだったのはここまで。ここからさきが長かった!
血液内科の受付を済ませ自分の順番を待つ。
採血を終えた時間が9時45分、血液内科の予約時間が11時
案内表示には診察が30分遅れとなっていた。
11時40分になっても順番が来ない。すると
事務の女性が皮膚科が予約時間を過ぎていて
今すぐ皮膚科は診察可能とのことで皮膚科に行くように言われ
皮膚科に移動。皮膚科の受付をすませて待つこと20分
診察室に呼ばれた。診察はあっという間に終わり
再び血液内科に戻り順番を待つが中々自分の番号が表示されない。
帰りのバスの時間が迫ってくる。
バスの時間の50分前に診察室に呼ばれ、診察をうける。
先生も「バスの時間大丈夫?」と聞いてくれたが内心
焦っていた。
会計をすまし、処方箋をFAXし、新しい精算機へ行き
お金を払う、今までと手順は同じだったので戸惑うこと無く
支払いができた。ちなみに血液内科と皮膚科で4,300円ほどだった。
急いで地下鉄へ行き、名古屋駅のバスのりばに到着したのが
バスの時間の10分前。ゆっくり昼食も食べられず
マックのコーヒーをテイクアウトするのがやっと。
帰りのバスは2時間半ほとんど眠っていた。
高山に着いて雨の降る中とぼとぼ歩く。折りたたみ傘持ってて良かった。
薬局に寄り薬をもらう。在庫が無い薬もあって明日再び
薬局に行かなきゃならないが、会計が7,000円。
高いな~と思いつつ2ヶ月分と思えばこんなもんかな~と
考えるしか無い。

午後4時30分頃に帰宅。
ゆっくり休む間もなく家事をこなし、息子と夕食を済ませ
これから洗濯物を干します。
主夫は忙しいです。


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同種骨髄移植後 1,359日目 今日も元気に生きています。
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休日の使い方

2016-04-07 17:01:45 | 健康・病気
今月から正職員として完全社会復帰をして一週間
ひと月の休日は8日~9日間で4月は8日間ある。
土日、祝日も関係なく仕事に出るので休日は
有効に使いたい。
勤務時間は8時30分から17時30分までと
夜勤が16時から翌朝の9時30分までの2通りの
勤務があるのだが、私の所属部署は看護部なので
看護師は3人なので、日によって8時から17時までと
いう勤務もあったり、8時から17時30分までの
勤務で30分残業がついたりする時もある。
先月の末からは家内と離れて暮らすことになったので
お弁当を作らないといけないので、これまで任せていた
家事も自分で熟さなければならない。

今月に入って休日は今日で2回目、月始めの休日は
家内の所まで荷物を届けなければならなかったので
高山市と各務原市を車で往復したのでゆっくり休めなかった。
今日は特に予定が入っていない休日だったので
午前中はゆっくり過ごし、美容院、神経内科、歯科と
当日予約を入れて身体のメンテナンスをしてきた。
生憎の雨降りで、本当は天気が良くて晴れていれば
布団干しをしたかったのだが、お預けになってしまった。

高山市の桜の開花宣言が出たようだ。
来週は春の高山祭り、桜が満開になるだろうと思うが
快晴の高山祭を期待したい。けど、勤務なので
夜祭りを見にいけるかどうか?
4日に各務ヶ原に行った時には桜は散り始め
実家にはチューリップが色とりどり咲いていた。
暖かくなってとてもうれしい。





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夫婦別居という新しい生活

2016-03-28 16:00:39 | 音楽
3月26日、27日に家内の引っ越しを終えた。
この時期、引っ越しをされる人々が大勢居ることは
分かっていたのだが、家内の荷物が意外と多くて
レンタカーを借りようとして問い合わせたのが
19日。土日には予約が殺到して一台もワゴン車がない!
予約するのが遅すぎますとレンタカー会社に
言われてしまった。レンタカーが借りられないなら
友人・知人に車を借りる?万が一事故でもしたら・・・。
お礼もしなきゃいけなくなるし・・・となり
結局マイカーに何とか荷物は収まりそうだけど
私と家内の2台で高山市と各務原市を2往復して
引っ越し完了。26、27日の2日間で500Km以上
走りました。高速料金をケチり、往路は国道を復路は
高速を使いました。

両親の面倒と見るためと娘の面倒や新婚の次男夫婦の
世話のために家内は実家に帰り、私と長男とは別居する
生活が今日から始まりました。
16年前は、私の両親の介護の為に高山に家族を連れて
帰ってきましたが、今回は家内だけが実家に帰るという
別居という選択を家内自身がしました。
家内には弟が居ます。なので弟夫婦が親の面倒を見るべきだ!
という意見を言われる方もいるでしょうし
旦那の世話を放棄して親のもとにかえるのか?という
意見もございましょうが、何が正しいかなんてわかりません。
私は家内が後悔しないように家内のやりたいようにさせるのが
一番いい方法であり、夫婦別居という新しい生活を始めます。
私がもし再発でもして、治療をしなければならないと
なっても、その時はその時に考えるようにします。

高山はまだ梅の花も咲き始めたばかりですが
家内の実家近くの神社には桜が咲いていました。
各務原の桜が満開になった頃に家内に会いに行きたいと
思います。
来月21日は血液内科の受診日です。今日、高速バスの
チケットを買ってきました。
今週で3月も終わり新年度が始まる。
新しい生活の始まりです。






同種骨髄移植後 1,335日目  今日も元気に生きています。



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身近に感じれるようになった事

2016-03-12 17:32:01 | ブログ
経験してはじめて身近に感じれるようになった事

母が悪性リンパ腫になり抗癌剤治療で完全寛解。
その母がクモ膜下出血で倒れて1週間後に他界
母が亡くなり10ヶ月後に私自身が悪性リンパ腫に。
父は糖尿病、脳梗塞、狭心症で入・退院
私は仕事で人工透析に携わり、その後、老人介護に
携わっているので病気や終末期医療を身近に感じている。

5年前に起きた震災には正直住んでいる場所と東北とでは
かなりの距離があり、阪神淡路大震災の時と同じように
身近に感じていなかった。
ボランティアとして活動してみたいと思ったことも
あったが、実際には「遠いから」という理由で
活動はしなかった。

ところが、私の次男が結婚することになりお嫁さんの
出身が福島県の出身で、浪江町に実家があったとの事
お父さんは東電の職員ではないが、震災当日には
原発の4号機建屋内に居たそうで死を覚悟したと
話を伺い、今も家には帰れないし、自宅の除染作業が
去年やっとで始まったと聞いた。
このブログにも書いたと思うが昨年12月に福島市に
行ってきた。今はご両親は浪江町から福島市に家を建て
移り住んでみえる。
被災された方が本当に身近な存在となり直接避難生活の
様子など話を伺う事ができると5年前の痛ましい出来事が
手に取るように分かる。

今年6月には私にとって初孫が生まれる
孫が出来る歳になったかと複雑な気持ちだが
元気な赤ちゃんが生まれてきてほしい。
そして、赤ちゃんが生まれたら、その赤ちゃんを見に
また福島を訪れることになるだろう。
福島の事をもっと知りたいと思うようになりました。








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同種骨髄移植後 1319日目  今日も元気に生きています。
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