color me pop

2015-06-19 23:52:17 | 東京日記
 飛行機が離陸するとき、いつも鳥肌が立つ。地面から足が離れてしまう恐怖からでも、閉所に閉じ込められた恐怖からでもなく、この巨大なテクノロジーの塊が纏っている人類の知力と労力に圧倒されるからだ。航空力学、ジェットエンジン、構造設計、素材、塗料、制御系。翼の付け根に掛かる応力をイメージする。軽量化と剛性を実現した機体に走る微かな歪みをイメージする。エンジン内部の高温に晒された金属部品たち。さっきまで巨体を支えていたタイヤが機体へ格納される音がする。管制塔のレーダー。交信。奇跡だ。僕たちは、歴史のはじまりにおいて木と草と石と水と土くらいしか持ってなかったのだから。どうしてこんな遠くまで来ることができたのだろう。フラップの角度が変わる。制御系を完璧に動かしている電子回路。超高密度で集積されたチップ。論理ゲート。半導体。ドープ。電子の動きを計算する第一原理計算。窓の外は何度で何気圧だろう。コーヒーを飲みながら映画を見つつ思う。僕は今テクノロジーに守られていて、それなしには生存することができない空間にいると。

 でも、まだこのまま月へすら行けない。
 飛行機は、別の空港へ、地上へ戻るのだ。

 振り返ってみれば、子供のときからずっと世界の外側へ行きたかった。
 自分の遥か遠い子孫に当てて、「タイムマシンで迎えに来るように」という手紙も書いて引き出しに保存していた。指定した場所はその手紙を書いていた場所で、指定した時間は手紙を書き終えた1分後だった。つまり僕はその手紙を書いた1分後にタイムマシンに乗って未来へ行くはずだった。なぜだか分からないのだけど、タイムマシンは来なかったから、僕はまだこの世界にいる。その所為で引き出しにしまっていた手紙はなくしてしまった。
 スターウォーズという映画をはじめて見たとき涙が出そうになった。
 ジョージ・ルーカスは「(もちろんフィクションだが)これは大昔に起きたことだ」と言った。そして僕は、宇宙はとんでもなく広いのだから、大昔ではなく今この瞬間にこういうことをしている宇宙人たちが本当にどこかにいるに違いないと思った。
 けれど、僕は彼らに会うことはない。

 なにせ、まだ月へすら行けないのだから。

 僕は地球に閉じ込めらていて、さらに現代に閉じ込められていた。長ずるにつれ、それどころか自分の知覚や肉体にも閉じ込められていることが分かってきた。せめて考えることは自由だと思っていたら、その考えというものも檻の中だとポストモダンは痛いほど教えてくれた。

 見えないものが見たかった。
 思考し得ないものを思考したかった。
 そして、語り得ないものを語りたかった。

 同時に、地球も現代も知覚も肉体も、全部が素敵な体験をもたらしてくれる大事なものだった。あっちの世界が見たいのと同じくらい、この世界のカラフルにも心打たれていて、単に人を驚かしたりもしたかったし溢れる色彩を見たり見せたりもしたかった。遠くの天体の写真を眺めることと、拾った木片を削ることは同列ではないが全く性質の異なるものでもなく、うまい具合に僕の中で共存していたのだと思う。だからパーティーも開いたし、インスタレーションもしたし、便利グッズを買ったり、美術館へ行ったり、ハイキングも開催して、夏には花火も見上げた。

 2011年3月、僕は溢れる色彩のことを大事だと思えなくなった。いちいちミルでコーヒーを轢かなくなってインスタントコーヒーを飲むようになった。黒い服ばっかり着るようになった。日常の小さな喜びなんてどうでもいいと思うようになった。
 大事なのは力だ。世界は底が抜けている。圧倒的なものは圧倒的でないものを一瞬で駆逐する。ミサイルはオートクチュールを一瞬で飛び散る灰に変える。
 どっちみち潮時だったのだろうけれど、僕は研究室を辞めた。

 それからの4年間は、まさに糸の切れた凧だった。とは言っても結局は京都にずっと留まっていて、概ねは楽しくハッピーに過ごして貴重な体験も積み重ねた。江戸の後期かもしれないというスーパー古い家にもみんなで住んだし、線路沿いで新幹線もSLも見える家にもみんなで住んだし、中国にも韓国にも香港にもアメリカにも行ったし、観光名所になっている神社の階段も作らせてもらった。なんだかんだたくさんの人に会った。
 けれど、やっぱり僕はどこか虚ろで、現実を支配している力というものばかりが気になっていた。

 4ヶ月前に東京へやってきて、どうしてか感じる懐かしさのことを不思議に思っていた。少しして懐かしいのは不思議でもなんでもないことが分かった。僕がかつて長い間見聞きし、あるいは憧れていた音楽や物語の舞台は東京だったからだ。インターネット前夜のテレビと雑誌が支配する世界では、東京の中心性というものは今より強かったのかもしれない。僕は良くも悪くもそういう時代を生きて来た。
 渋谷という無数の他人たちが歩く都市を歩くとき、不思議と感じる街への親近感はそういった何十年か積もった「文化」のせいだろうか。もう夜は8時を過ぎているが、それでも東京は夜の7時で、すでに誰も舌を噛まなくなったくらいに変な名前が日常に浸透した女の子が切りすぎた前髪のことを歌っているのを聞いて、バスルームで髪を切る100の方法が頭を過る。
 そうして、過去のあるフルカラーに直接リンクした現代の止まらない都市は、一歩歩くたびにポスターカラーのしぶきを跳ね上げ、真っ黒だった僕のTシャツにはいつの間にか色が付いていた。この夏は花火を見上げるだろう。インスタントコーヒーは飲むけれど。

オン・プレジャー・ベント ~続・カラー・ミー・ポップ
フリッパーズ・ギター
ポリスター

虚構として肥大した情熱とやりたいことの消失

2015-04-09 21:22:18 | Weblog
 1999年。僕は20歳で、ロバート・ハリスの「ワイルドサイド歩け」という本を読んでいた。「ワイルドサイドを歩け」というのは、有名なルー・リードの曲のタイトルだ。この本は比較的短いエッセイが集められたもので、今読み返すとなんだか若くてフレッシュで気恥ずかしい内容なのだけど、当時の僕はかなりの影響を受けた。本はまもなく部屋に遊びに来たユリちゃんという女の子がパラパラと眺めて「貸して」と持って行ってしまった。彼女は当時、電通とか博報堂とか、あるいは日テレとか、フジテレビとか、どこだか忘れたけれどそういうバリバリの業界みたいなところでキラキラと働きたいから私大学院は京大に行って学歴ロンダリングしてやるの、なんだかんだ履歴書で落とされるの怖いし今の大学じゃ正直微妙、とか言うような女の子だったのだけど、その後どうなったのかは知らない。「ワイルドサイドを歩け」の影響を受けて、LSDの父ティモシー・レアリーが言ったように"Turn on, tune in, drop out"したかもしれないし、やっぱりテレビ局とかでキラキラとワイドショーとかCMの仕事でもしているのかもしれない。
 その後、僕はこの本を買い直したり捨てたりまた買い直したりした。度重なる引っ越しをくぐり抜けて今も手元にあるので、きっと好きな本なのだと思う。
 
 この本で紹介されている「100のリスト」というものが、20歳の僕には実に新鮮な考え方だった。
 100のリストというのは、やりたいことを100個リストアップするというだけのなんてことないリストだけど、別に「月面基地を開発」とか「起業して世界を変える」とか「エベレスト登頂」とかそういうのでなくてもいい。そういうのでもいいけれど、そういうのでなくてもいい。「1日に100個プリンを食べる」とか「亀を飼う」とか、なんというか小さいことでも下らないことでも構わない。ちなみにロバート・ハリスは「モデルと付き合う」とか「アヘン窟で一夜を過ごす」とかそういうことを書いていた。
 どうしてこの100のリストが新鮮だったかというと、僕はそれまで「やりたいこと」というのは情熱を持ってして人生を掛けてドカンとやる何かデカいことだと思っていたからだ。特にずっと科学者になるつもりだったから、「生涯を〇〇の研究に捧げる」みたいなのが「やりたいこと」の標準だった。そういうのがない人生というのは詰まらないだろうし、魅力的ではないだろうすら思っていた。
 今となっては良く分かるが、人生の大目標を1つ掲げて、そこへ向かって生きていくという生き方は1つの幻想だ。
 ロバート・ハリスは、自分にはそういう大きな目標はないけれど、こうして100個自分のしたいことをリストアップすると自分なりに自分がどんな感じで生きていきたいのか分かったというようなことを書いていた。これは小学生のときの作文に夢は大リーガーですとか書いて、それに向かって毎日野球の練習に励んで甲子園に行ってプロに入団するというような生き方よりも、かなり自由な感じがする。「私にはやりたいことが何もない」と言って謎の絶望をしている若者には光のような言葉だ。
 誰かが「やりたいことがない」というとき、多くの場合は「情熱的に人生を賭けてやりたいことがない」というのを指している。コーラが飲みたいとも、寝たいともアイス食べたいともなんとも思わない人というのはかなり珍しい。

 どうして僕達はやりたいことだらけなのに、やりたいことがないと簡単に言うようになってしまったのだろうか。
 いつから「やりたいこと」と「情熱」はセットになってしまったのだろうか。
 そういうことを考えていくと、僕達の社会を覆っているうっすらとした毒ガスの正体が見えてくる。
 僕は「情熱」のことを毒ガスだと言おうとしている。
 そんなはずがない、情熱というのは素敵な人生の活力で花で宝石だと僕も言いたいけれど、たぶん状況はそんなにシンプルではない。

 「情熱」はここ半世紀の間にハイパーリアルで垢まみれになった。
 ハイパーリアルというのは「現実が元となってフィクションが作られ、そのフィクションに現実が影響され、さらにその影響された現実が元となってフィクションができて、さらにそのフィクションが現実に影響を・・・」というような意味合いの言葉だ。僕達は現実を生きているけれど、この現実というのは只のピュアな現実ではなく、フィクション、つまり作り話の嘘っぱちの影響を何重にも受けていてこんがらがっている。たとえば誰かと恋に落ちてロマンチックな言動をするとき、僕達は多少なりともそれまでに見聞きしたラブストーリーの影響を見せないわけにはいかない。胸がドキドキするという言葉の使い方と、さらには「胸がドキドキしていることは恋の証である」という認識の仕方それ自体がすでにどこかで見聞きした物語の影響だ。その見聞きした物語は誰かが自分の体験に基いて作ったものだが、その人の経験も何かの物語に影響を受けている。たぶん21世紀の僕達は18世紀末のロマン主義がマスメディアによってブーストされた世界を生きている。

 裸の情熱というものが、果たして存在したのか、どんなものだったのか、僕達にはもう分からない。だが情熱がここ数十年でどうハイパーリアルになったのか言うことはできると思う。スポ根アニメとかドラマとか映画とかドン底からのサクセスストーリーとかそういう虚構と、情熱が賛美されてやる気を見せれば御社に採用されたりあの人に許してもらえる可能性が高まるという現実の不文律が相互作用してネガティブなスパイラルを加速している。情熱の見せかけの閾値は加速度的に高まっている。だから何かをしたいと思った時に自分にこう問い掛ける。
「果たして私はこれを行うに十分な情熱を持っているのだろうか? 本当にやりたいのだろうか?」
 一体、何に対して、何に比して「十分」なのだろう。 本当とはどういうことだろうか、今「やってみたいな」と思った気持ちが「本当ではない」というのはどういうことだろうか。それが本当ではないなら、何が本当だというのか。一部の意識高い系と呼ばれる人達や起業家と自分の情熱を比べるのは2つの意味合いで無意味だ。まず彼らの情熱は半分見せかけであり、情熱を見せることがプレゼンテーションで高得点を叩き出し資本を募るのに有利だという戦略にすぎない。無論、ドラマで見た主人公の情熱を比べるのはもっと無意味だ。2つ目に情熱とはそもそも計量し比較できるような「量」ではないし、たぶん情熱という概念自体が虚構に限りなく近いからだ。何かをしたい気持ちが芽生えた時、その気持ちを情熱という言葉で換算して何かの基準で誰かに査定してもらう必要なんてどこにもないし、測れない重さを測ったつもりになって自分で失格の烙印を押す必要もどこにもない。
 この垢にまみれた「情熱」が毒ガスのように地表を覆っていて、僕達は脚に鉛がついていると錯覚しているのではないだろうか。

ワイルドサイドを歩け (講談社+α文庫)
ロバート・ハリス
講談社

短編小説: 社説『着用トイレの普及について』

2015-03-28 23:23:42 | Weblog
 社説『着用トイレの普及について』


 国内最初の着用トイレ『TON101』が売り出されてから、早くも20年が経過した。国内メーカーで着用トイレを生産しているのはIOIO,IMAXの2社。各社半年毎のモデルチェンジを重ね、今ではその薄さも1ミリを切ろうとしている。これは着用トイレ先進国であるアメリカの世界シェアナンバー1、ASD社の最新型『z504』が誇る0・98ミリに迫る薄さである。先月の調査では日本国内における着用トイレ普及率53・2%(参考;アメリカ:78・9%)。この数字を高いと見るか低いと見るかは意見の分かれるところである。
 本稿では、人の排泄物を気体に変換し空気中に放出するという、着用トイレの是非を巡る、昨今の議論の行方にも注目しながら、着用トイレの普及が我々の社会にもたらす影響について考えたい。

 もともと、着用トイレの原型となる装置は米軍が開発したものだ。作戦遂行中の兵士がトイレに行けないという問題は長らく解決されなかった。米軍の研究チームは2020年代半ば、原子操作技術(AMT;Atom Manipulation Technology: 極微細プローブと電磁界を用いて個々の原子を直接操作する技術。物質分子を構成する原子を操作し、分子結合を組み換え別の物質に変換することも可能 )を応用し、一部の固体や液体を気体に変化させる技術を開発した。当初、そのテクノロジーは兵器として使用される予定であったが、実は戦略上極めて重要な衛生管理、兵士の排泄物処理に応用可能だということで、兵士用着用トイレは開発された。兵士は、股間にこのシステムを装着することで、いつでも衛生的に排泄を行えるようになった。

 アメリカ軍による開発から4年後、着用トイレは民生用に発売されたわけであるが、排泄物組み換え速度、厚みや硬さ等の細かいスペックを別にすれば、基本的な仕組みは初期の兵士用も最新の『z504』も同じだ。今では、ブリーフタイプのパンツとほぼ同じ形状である着用トイレは、人の排泄物が接触した瞬間それを識別、高速なAMTを利用して排泄物の分子結合を組み換え、酸素、窒素、二酸化炭素、水蒸気などの無害かつ無臭の気体に変換する。それら発生した気体は空気中へ放出される。『z504』に搭載された新機能では、おならも認識して分解できるようになった。

 この着用トイレさえ身につけていれば、人はトイレへ行く必要がない。一部の先進的な企業ではビルの中からトイレをなくしてしまい、代わりに全社員に着用トイレが支給された。トイレがあった場所は改装され、新たなオフィスとして利用されている。トイレ休憩へ行くこともなくなったので、社員の作業時間は増加した。しかし、トイレにすら行かなくなり、昼休憩以外はずっとオフィスで作業を続けなくてはならない現状に、一部の人々から「人間的ではない」「トイレでリフレッシュできないので作業効率が落ちる」という批判の声が上がっていることも事実だ。

 さらに深刻な問題がある。
 先にも触れたように、着用トイレから排出される気体について「人の排泄物を空気中にばらまいているようで気持ちが悪い」というイメージを持つ人がまだまだ多いことだ。着用オムツに反対する団体、デモの数は減少傾向にあるものの、まだ無視出来るほどに減ってはいない。レストランや店舗などでは、着用トイレに嫌悪感を持つ人の為に、着用トイレ着用者の入店を禁止していたり、着用者と非着用者の席を分けたりという配慮を行っているところもある。

 科学的に考えれば、確かに排泄物と、その原子の組み合わせを入れ替えて作った気体は"全くの別物"である。何から作られていようが窒素はあくまで窒素、二酸化炭素は二酸化炭素だ。それでも、人間の排泄物から作られた窒素や二酸化炭素はなんだか気持ち悪い、吸いたくはないと感じるのは、人間にとって極めて自然なことかもしれない。

 似たような問題が2000年代初頭にシンガポールで起きている。水資源に乏しいシンガポール政府は、マレーシアから輸入していた水の値段が高騰したことを受け、下水を高度処理して飲料水にするという苦肉の策を打ち出した。その水は逆浸透膜法を用いて浄化され、ほとんど純水であり清潔なものであったが「下水を処理したものである」という先入感から水の評判は良くなかった。
 シンガポール政府は、処理した水を上水道に混ぜ、その割合を徐々に高めていくという方法で、人々から抵抗感を消すことに成功した。着用トイレから排出される気体に対する抵抗感も、その普及と共に消えていくのかもしれない。現に、今でも若者の間では着用トイレは「チャクヨ」と呼ばれ常識となっており、排出気体への抵抗感も薄い。あと10年、いや5年もすれば、抵抗感はすっかり消えてしまい、トイレへ行って排泄するという行為は社会からなくなってしまうのかもしれない。
 
 40年近く前、IT革命というものが起こり、そこで人々は社会生活の基本である「コミュニケーション」に関する変革を体験した。同じ頃普及したサプリメントによって、これも生活の基本であった「食事」は変質し、今では栄養補給や生存のためではなくアミューズメントとしてのみ食事は捉えられている。そして、ついに変革は排泄にまで及ぼうとしている。アメリカなどの着用トイレ先進国を眺めてみれば、日本でも着用トイレがますます普及することは間違いないだろう。トイレに行かなくて良い生活というのは確かに便利だ。数時間おきのトイレからの開放というのは人類史上最大の革命かもしれない。しかし、生命活動というのは本来食事と排泄に裏打ちされたものなのではないだろうか。サプリメントで栄養を摂取し、味覚を満足させるためだけに食べ、排泄物を見ることもない。そんな暮らしが本当に豊かだと言えるのだろうか。

(京都日日新聞2049年10月15日金曜日)
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 こんな便利な物に、どうして批判的になれるのだろう。僕は画面から目を上げて、窓の外広がる草原へ目をやった。モンシロチョウが2匹飛んでいる。数時間おきにトイレへ行くという、笑ってしまうくらいに不便な生活を、昔は全員がしていたのだ。AMTデバイスの入っていない、ただの水分吸収ポリマーで出来たオムツと呼ばれるものを、乳幼児だけが付けていた。物心が付く頃にわざわざトイレトレーニングという訓練を行い、「排泄はトイレまで我慢してトイレでする」という、なんだか体に悪そうな習慣を叩き込んでいたという。
 今では、生まれてからずっと着用トイレを着用するので、そのような悪習慣を身に付けることもない。トイレの我慢も知らないから、今の若者は忍耐力がない、という批判は一体何を言いたいのか分からない。トイレを我慢することがそんなに偉いのだろうか。着用トイレ依存症だって? いつ出るか分からないのに、付けてないと不安になるのは当然だし、「私は着用トイレを使っていないので、トイレが設けられていない建物に入ると不安な気持ちになってしまいます」って、それだって云わば普通トイレ依存症じゃないだろうか。どうして、そんな普通トイレ依存症の人達の為にわざわざ公衆トイレなるものをあちこちに作らなくてはならないのだろうか、それこそ税金の無駄使いだ。

 まあいいや、社会的なことはいいとして、問題は理香子が着用トイレ反対派なことだ。出会った時は理香子が反対派だとは思わなかった。理香子には一目惚れだった。彼女が着用トイレ反対派だと分かったのは、はじめて2人でレストランへ行った時のこと。デザートを食べ終えて、そろそろ店を出ようかというときに彼女は言ったのだ。
「ちょっとトイレに行ってくるね」
 僕は、まさか、彼女みたいにヒップでオシャレな女の子が着用トイレを付けていないとは思いもしなかった。
「えっ、理香子ちゃん、チャクヨは?」
「あれ、私嫌なのよね、ダラシなくて」
「そうなんだ」
「祐輔君、使ってるの?」
「うん、まあ」
「ふーん」
 彼女の表情に、侮蔑のようなものが一瞬混じったのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
「便利だと思うけどな、現に今、理香子ちゃんはわざわざトイレ行かなくちゃならないじゃん。もしもチャクヨ付けてたら、別に行かなくても、ここでこのまま喋りながらトイレできるんだよ」
「だから、そういうのが嫌なの。そんな風に人と話しながらトイレなんてできないわよ?」
「できるさ、みんなそうしてるよ。別に恥ずかしいことじゃない。僕だってさっきしたところだし」
「さっきって、レストランでご飯食べてる最中に、テーブルで、しかも私と喋ってる最中に、したの?」
「そうさ、したよ」
「信じらんない」
「なんでさ」
「食べながら出してること自体信じらんないし、分解して空気中にまき散らしてるのよ、分かってるの? ていうか、こんな話ここでするのも恥ずかしい。トイレ行ってくるから」
 そう言って、理香子はトイレへ行き、その数分間を僕は手持ち無沙汰に待ちぼうけて、彼女が戻ってくると2人で店を出た。まだ早い夜の、明るい都市をはしゃいで歩く人々にまぎれ、僕達は話を続けた。
「空気中にまき散らしてると言っても、出してるのは酸素とか窒素とか普通の気体だし、それはもう大とか小とかとは何の関係もない、っていうか、自然の空気だって、そうやって循環してるやつなんだから、天然で時間かけて分解されるか、人工的に分解してるかの違いしかない」
「そんなのただの屁理屈。気持ち悪いの当然でしょ」
「当然じゃない、人間がトイレなんてものを使っていた歴史に縛られているだけだ。もともとトイレなんてものもなかったんだよ。トイレができた頃は、大勢が同じ場所で集中的に排泄するほうが嫌だって人だっていたかもしれない。だいたいがもう、ここを歩いている人達のどれだけが、気体をまき散らしてると思うんだよ」
「だから嫌なのよ。排泄物の気体だらけの街なんて歩きたくないから、だからチャクヨに反対してるの。そんなのなくして、きれいな空気の街に変えたいの」

 僕達はまだほとんど初対面で、それほど仲が進んでいるわけでもないし、それなりに丁寧な態度で口論のようなものをして、次の約束もしないまま別れた。僕としては、彼女が着用トイレ反対派だからといって、それで折角はじまりそうな関係を諦めてしまうようなこともしたくなかった。彼女がトイレへ行って排泄をしたいのであれば、そうすればいい。僕はそれに関して異存がないとは言えないものの、許容することはできる。デートはトイレがある場所へ行くことにする。でも、理香子の方では僕が着用トイレを使うことを許してくれないだろう。
「だって、こっちはなんにも排出してないのよ。どうして許すの許さないの言われるわけ。そっちは撒き散らしてるんだから許されなくて当然じゃないの」
 譲歩して、理香子の前では着用トイレを使わない、ということも考えてはみたが、そんなことは到底不可能だろう。僕は生まれたときからずっと着用トイレを付けていて、排泄を我慢したりコントロールする感覚を持ち合わせていない。着用トイレを使わない人達には「トイレを我慢する」という感覚が存在するらしいけれど、僕にはそれがどのようなものなのか見当も付かない。排泄は、したいという微かな感覚のあと、即座に自動で行われるもので、僕はただそれを感じるだけだ。制御はできない。
 だから、着用トイレを外したら大変なことになる。排泄気体が彼女に届かないよう、着用トイレの中に排泄するときは理香子から離れる、という約束もできない。そういえば、着用トイレをやめた人達が、排泄コントロールのトレーニング方法を発表しているけれど、感覚を掴んで、さらに括約筋という筋肉を発達させるのに2,3ヶ月は掛かるみたいだった。僕の方が、そんな訓練を3ヶ月もしなくてはならないのだろうか。しかも、数時間ごとにトイレへ行くという不便な生活を手に入れる為に。理香子の為にそこまでしなくてはならないのだろうか。やっぱり彼女が着用トイレを認めるべきだし、できれば認めて着用もしてもらいたい。そうすれば、デートだってトイレのない最新スポットへ行ける。2人で何かしているとき、彼女のトイレなんかでそれを遮られたくなかった。生活が、トイレというもので細切れにされるなんて。70年くらい昔、ウルトラマンという架空のヒーローが人気で、そのヒーローは3分間しか地球にいられなかったらしい。トイレへ行く生活なんて、それと似たり寄ったりだ。

 彼女が着用トイレを使ってくれれば、助かるのは僕ばかりでない。トイレの為に無駄な時間と労力を使うことがなくなるのは、理香子にとってもいい事のはずだし、それに何より、大気成分制御機構へも貢献することになる。
 大気成分制御機構は、5年前から大気成分制御の一部を着用トイレ行い始めている。ついに100億人を突破した人口と、それに伴う極限的な化石燃料の使用、都市の拡大と森林減少。大気の成分異常は徐々に顕著になりつつあり、大気成分制御機構では着用トイレから出される気体の成分割合を調節して、全体的にも、局所的にも大気の成分をコントロールしている。たとえば、人口過密地帯では酸素濃度が低下し、二酸化炭素濃度が増加する傾向があるので、着用トイレから出る酸素を増やし、二酸化炭素を減らしている。
 全ての着用トイレはネットワークに接続されているので、大気成分制御機構はネットワーク経由で着用オムツのコントロールをするだけではなく、それらから送られてくる大気成分のデータを分析することも行っている。僕達の排泄物は、今となっては貴重な大気成分の材料で、着用トイレの着用は、地球の大気環境問題に貢献することでもあるのだ。だから僕はチャクヨを使っていることを誇りにすら思う。便利なだけじゃない。
 次に理香子にあったら、こういう話をきちんとしてみよう。

「この間は、口論のようなことになって申し訳なかった」という謝罪メッセージを送り、僕は再び理香子と会うことにした。理香子には、僕がチャクヨ着用者であることは知られているので、お茶や食事をするよりも、一先ずどこか開放されたところへ出掛けるのがいい。物質は一般的に、固体や液体であるときよりも気体であるときの方が何千倍も体積が大きい。だから一回の排泄から生じる気体の体積もそれなりのものだ。部屋の中などの閉じたスペースでは空気に占める排泄気体の割合はずいぶん大きい。
 聞けば、行ったことがないというので、僕達は2時に京阪三条駅で待ち合わせ、伏見稲荷へ行くことにした。着用トイレの排気で充満した電車に乗ることを理香子は快く思わないだろうけれど、それに耐える程度には社会順応しているようだった。

 伏見稲荷駅で下車すると、駅のすぐ外はもう、こじんまりとした観光地の雰囲気を持っている。雨にはならないようだが、どんよりとした曇り空で、まだ紅葉にも早すぎる平日のせいか、観光客もあまりいないようだ。神社は駅の眼と鼻の先で、大きな門をくぐり、山へ向かって歩みを進めれば、視線を上げた先に現れるのは、無数にびっしりと連なる鳥居の、朱色も深きトンネル。
「わー、すごい。実物はじめて見た!」
 理香子はそう言ってはしゃぎ、僕は彼女の美しさに見とれる。トイレのことは、今日2人で良く話し合おう。妥協できるポイントがどこかにあるはずだ。トイレのことなんかで、彼女とのことを駄目にしたくない。
「行きましょ、行きましょ、私がんばって鳥居の一番最後まで行きたい!」
 僕達は、薄暗い秋の昼下がり、飲み込まれそうな朱色のトンネルへ足を踏み入れた。

「あのね、やっぱりちゃんと話さなくちゃいけないと思うのだけど」
 三徳社、四ツ辻を越えてすぐ、理香子は切り出した。息が少し上がっている。
「祐輔君が、こうして誘ってくれるの、嬉しいんだけど、でも、やっぱり私、チャクヨ使ってる人とは、一定以上には親密になれないの、ごめんね」
 さっきまでの、観光地を訪れたカップルみたいな会話一転。そういえば、周囲も随分暗くなった気がする。曇り空が勢いを増したのだろうか、それとも太陽が傾いて行くせいだろうか。でも、どうせ僕だって今日はこの話をしようと思っていたのだ。僕達の間にトイレ問題が存在していることは事実であり、そこは避けては通れない。どうせ話し合いは必要だ。それが今になっただけのことで何も困る必要はない。ただ、理香子の口調には、話し合おうという姿勢があまり感じ取れなかった。彼女の口調は、どちらかというと断言に近く、きっぱりとした拒否の態度が表れていた。
「うん、僕もチャクヨのことは、今日話し合おうと思ってた」
「そう」
「きっと、どこかに2人が納得できる解決法があるよ」
「そうなんだけど、そうじゃないの。なんというか2人で納得しようと私思ってないの、ごめん」
「どういうこと?」
「祐輔君がチャクヨを使うなら、別にそれで構わない、でも私はこれ以上は祐輔君とは親密になれない」
「ちょ、ちょっと待って、それは僕がこれまで通りチャクヨを使っていればという話だよね。仮にだけど、僕がチャクヨやめたら、そしたら可能性あるってことに」
「そうじゃないの、そのチャクヨを使ってるメンタリティが、私には既に受け入れられないの、ただの友達としてならともかく、期待してくれてるみたいな仲にはなれない」
 メンタリティが嫌だというのは、つまり彼女は僕の人格を否定しているということだ。
「いや、それについても、説明できるし、説明するつもりで今日会ってって言ったんだよ。あのさ、チャクヨって便利なだけじゃないんだよ、地球環境にも貢献してるし」
「そんな説明は関係ないの。それくらい私だって知ってるわよ。理屈はどうであれ、そんな昔の赤ん坊が使ってたオムツみたいなのをつけて、その中に垂れ流してるという事実に、私どうしても100%の理解ってできないの、地球環境なんてどうでもいいのよ」
「チャクヨ使ってる人とは、友達にはなれても恋人にはなれない、ってこと?」
「うん、なれない。祐輔君はいい人だし、話も面白いし、でもなれない」
「ちょっと、えっと、じゃ、やめるよ、チャクヨ。はっきり言って理香子ちゃんと付き合いたい。ちゃんと。だから、それだったらチャクヨやめる。今日帰ったら、トイレトレーニングはじめる。ほら、2ヶ月でちゃんとトイレできるようになるって訓練法、有名だし知ってるよね。たった2ヶ月」
「ないしは3ヶ月だったかしら。でも、もうそういう問題じゃないの。もしも完全に恋に落ちたあとだったら違ったのかもしれないけれど、この間レストランでチャクヨ使ってるって言われて、なんか一気に冷めちゃって、悪いけれど、もう冷めた気持ちは元に戻せないの」
 ただでさえ鳥居の中は暗かったが、目の前がより真っ暗になった。幽玄の薄闇、申し訳なさそうにこちらを向いた理香子の表情は圧倒的な美しさだ。絶対的に永遠に美しい。どんな過剰な形容も過剰に成り得ない美しさ。今、その絶対性は僕を拒絶する絶対性だった。
「ちょっと待って、えっと、頑張るから、とりあえずトイレトレーニングする。2ヶ月待ってて」
「待つって何を待つの? 私はそういう気持ちはないの。それにトイレトレーニングって、スポーツとかのトレーニングじゃないのよ。あまり好きな女の子の前で、やるやるって何度も力強く口にするもんじゃないと思うけれど。たぶんその辺りの感覚のズレみたいなのも、ちょっと私はごめん」
 さっきまで幻想的だと思っていた、鳥居の薄暗い朱色トンネルが、幻想的どころか絶望的に見える。希望を吸い込む闇の無限空間。あの曲がり角を曲がると、僕は消えてなくなってしまうかもしれない。

「イッッ!」という極短い叫び声が聞こえたのはそのときだ。短いものの、大きく確かな叫びだった。喜んで上げた叫びでも、楽しくて上げた叫びでもない。わずか0.1秒にも満たない短い叫びには、苦痛が満ちていた。あれは人間の声だ。誰かが恐怖と苦痛のあまりに上げた悲鳴だ。同じ生物として、聞き違え様なくそれは確かで、その誰かが感じた恐怖は一瞬にして僕達にも伝染した。
「何今の?誰かの声よね?」
 理香子が怯えた表情で周囲を見渡す。周囲と言っても、左右は鳥居の柱と、その向こうに生えている樹々で視界がない。見えるのは朱色の、グネグネと続く暗いトンネル前後方向だけだ。後方を振り返るも、後ろは闇が続いている。僕達はどちらともなく歩く速度を上げていた。少し歩くと、前方にカップルらしき後ろ姿が見えて、少しホッとする。彼らもさっきの叫び声を聞いたのか、歩くのが結構速くてなかなか追い付かない。鳥居のトンネルの闇の中へ、彼らの背中をすぐに見失いそうになる。心細いので追い付いて合流したいという思いもあったが、あからさまに走って追うのも、彼らを驚かせてしまいそうで気が引けた。トンネルの曲がり具合が大きな所では見失いそうになり、まっすぐになるとまた彼らの背中が見えて、その距離は少しづつ近づいている。薄暗い中にも、段々その姿がはっきりとしてきたようだ。
 ん?
 今のは?
 背中の消え方が、それまでとはちょっと違って唐突だった。さっきまでは、闇に段々と溶けるように背中が見えなくなっていたが、今のは唐突で、まるで闇が大きな口を開けて噛み付いたみたいだ。あるいは落とし穴にでも落ちたみたいだった。

 ビビッ、ビービビッ、ビビッ、ビービビッ!
 ビビッ、ビービビッ、ビビッ、ビービビッ!
 ビビッ、ビービビッ、ビビッ、ビービビッ!
 ビビッ、ビービビッ、ビビッ、ビービビッ!

 僕と理香子の携帯電話が、今まで聞いたことのないアラーム音を立てた。しかもこんな音量に設定できたのかという大ボリュームで。
 かと思うと、何も操作をしないのに大音量でアナウンスが流れ始める。
『政府より最重要緊急警報、政府より最重要緊急警報です。
 先程、大気成分制御機構のコンピュータがウィルスに感染しました。ウィルスは着用トイレ制御プログラムのパラメータを書き換え、分解対象を"排泄物及びオナラ"から、"人体"に書き換えました。危険ですので、直ちに全員着用トイレを脱いでください。繰り返します。政府より緊急警報。直ちに着用トイレを脱いでください。大気成分制御機構の着用トイレ制御プログラムがウィルスによって書き換えられました。人体が超高速AMT分解されます。直ちに着用トイレを脱いでください。…』
 警報は大音量で鳴り止まない。なんだって、チャクヨを脱げだって? こんな外で? 理香子の前で? そんなことできるわけないじゃないか。でも政府からの最重要緊急警報だという。
「理香子ちゃん、今の聞いた? どうしよう? っていうか」
 僕は股間に強烈な痛みを感じて叫び声を上げた、超高速AMTで0.1秒も掛からずに分解されていくはずの体が、どうしてか途中までスローモーションで見えて、そして僕はなくなった。

「あらなんだか、すっきりした!」




横岩良太 短編集
横岩良太
メーカー情報なし

東京ハイパーリアル:彼女はシミュラークル

2015-03-26 00:05:54 | 東京日記
 東京の空気の匂いは独特かもしれないが、それは自動車の排気ガスの所為ではなく地下から微かに立ち昇って来る下水の臭いだ。大都市1300万人が地面の下に押し込む糞尿と汚水が、無機素材で覆われた街へ漏れ出している。人口密度が高いなら、当然それに伴う有機的排泄物の密度も高い。高層ビルの全ての階にトイレがあるというのがどういうことか分かるだろうか。壁の中を誰かのウンコが流れているということだ。大地は言う。壁の中の汚水をイメージせよ。アスファルトの下の糞便をイメージせよ。無機都市の皮の下張り巡らされたまるで有機的な血管とその中身。
 大地は常に何かを語り掛け、僕達はコンビニで耳栓を買う。ドラッグストアでマスクを買って電気屋で空気清浄機を買って百貨店でパフュームを買う。
 地面の下なんて気にすんな。ハチきれんばかりのSHITなら気にしなくてもどこもかしこもコンクリートで固めたから心配ない。バッチリ決めたメイク取って欲しいって冗談かい。えっ、このハンバーガー何からできてるか聞きたいって? 言ったじゃないか、ここは記号都市、ハンバーガーは「ハンバーガー」。「みんな大好きハンバーガー!」何からできてても同じことさ。値段は違っても味は同じ。名前が違っても味は同じ。
 記号的都市関数。入力するのは変数it's YOU。複雑怪奇な非線形は誰も予測できない複雑系で手掛かりになるのは青い月明かりとパルス応答。叩いてみなきゃ、何が出るか分からない。強すぎるパルス入力は糞尿の噴出を招くだろうか。でも中身は空っぽだという表面的なアメリカ人は銀色のカツラを着けてかつてこう言った。

「15分だけなら誰でも有名人になれる」

 >パルス面積を指定して下さい:
 >パルス幅を指定して下さい:

 何年か前に、「くう・ねる・のぐそ」という35年間ずっと野糞をしている人の本を読んだ。著者の伊沢正名さんは変わっているかもしれないが、別に変態ではなくて1つのポリシーの下、努力して野糞をし続けている。数十年間ずっと意識的に外で排便し続けるのが現代社会においてどれだけ大変なことか、ちょっと想像すると分かるはずだ。渋谷の本屋でトイレに行きたくなったらどうしたらいいのだろう。山手線に乗っていてトイレに行きたくなったらどうすればいいのだろう。どこでなら僕たちは堂々と屋外で排泄できるのだろう。
 彼がどうしてこのような努力を続けているのか、もしかしたら簡単に予想がつくかもしれない。人間が排出した有機物は自然のサイクルに返すべきだというのがその理由で、もっともだと思う。口に入れる食べ物にだけ、オーガニックだの添加物なしだの、あれが健康的でこれはダメだとか神経を使うくせに、出す方は全く無頓着でトイレをフラッシュした後はもう頼むから消えてくれその先は考えたくもない、というのはかなり傲慢でアンバランスだ。オーガニックでエコとか言いつつ、実は独善的なだけだ。都市に住む人間は外で排便することを許されていない。それはとりもなおさず都市生活者の生活が自然界から隔離されているということで、どれだけ有機野菜食べようが、ヨガでもやってみようが、僕たちは大地から遠いところで生きていて、そしてそれは僕達が望んだものだった。
 だから否定しようなんて思わない。メガロポリスの虚構で支えた装飾とその危うさを美しいとも逞しいとも思う。肌荒れを隠す為に塗りたくったファンデーションが効かなくなって遂に真夜中のクラブとバーしか行かなくなって明るい昼間どこで何してるのかちっとも分からない昔土曜日の夜にときどき話した女の子のことを思い出す。いつあの子は帰ったのだろう。
 5時になって名残惜しいんだか、もうここまで来たら最後までいるけど実際のところは疲れてて早く終わって欲しいんだか分からない最後の曲が掛かって終わって、照明が明るくなってせっせとカップと吸い殻が集められて床がスイープされてついでに吐き出されるように出てきた通りには次の日の微かな明かりが東の空から侵食している。自動車はまだ少なくて、僕達は帰りたくなくて、早朝勤務の寝癖頭の店員がすっぴんのメガネで打ってくれるコンビニのレジで缶コーヒーを買って川辺りへ腰を下ろした。地面はまだ夜中のように冷たくてお尻がパンツまで湿っぽくなってくるのは時間の問題だろう。うすら白い僕達の顔。目の下にはクマ。伸びた無精髭。崩れ落ちたメイク。肌にベタつく汗はタバコの煙が溶けこんできっとひどいニオイだろう。帰ったらシャワーを浴びよう。タバコのニオイの汗は下水に流れ込み。またこの都市のどこかで誰かの脳裏を過るに違いない。朝が来た。

ヤマケイ文庫 くう・ねる・のぐそ 自然に「愛」のお返しを
山と渓谷社


消費社会の神話と構造 普及版
紀伊國屋書店

愛宕山ケーブル跡雪中登山日記

2015-01-27 16:32:21 | Weblog


 パズーとシータが「バルス!」と言ったとき、小学生だった当時の僕は「なんてことするんだ!」と思った。今でもそう思う。科学少年だった僕は古代のハイテクで空に建造されたラピュタに対して畏怖の念を抱いていて、それは愛おしさに近かった。もちろん僕が感情移入していたのは主人公パズーだが、ムスカの気持ちも痛いほど分かった。
 発見された古代文明や超ハイテクは物語の終わりでいつも失われ、失われたものはいつもすぐに忘れられる。

 ある失われたものについて話をしたい。
 残念ながら古代文明ほどロマンチックではなくて、たかだか数十年前の話だ。そして、これも残念ながら超ハイテクではなく、数十年前の普通のテクノロジーについて。ただし、普通のテクノロジーではあるものの、当時「東洋一」の肩書くらいはついていて、天空ではないが山頂の高みに作られたものが、かつて京都に存在していた。
 「愛宕山鉄道」。
 愛宕山鉄道は、京都の愛宕山を走っていた。愛宕山は京都盆地最高峰で火の神を祀る愛宕神社が有名だ。京都に住んでいる人間なら大抵の人は愛宕神社の火事避け御札も目にしている。けれど昭和初期から戦前まで、嵐山ー清滝間に電車が走っていて、さらに清滝から愛宕山山頂付近まで当時東洋一と謳われたケーブルカーが走っていたことを知っている人は少ない。愛宕山の上にはホテルと遊園地、キャンプ場にスキー場まであったという。清滝にも遊園地やレストランがあった。観光資源の豊富な嵐山と自然豊かな清滝、愛宕山山頂を鉄道で結び、周囲一帯を広大なリゾート地として開発していたのだ。ハイキング客と参拝者がパラパラ通るだけの今の愛宕山からは想像もできない。
 昭和4年の乗客数は、嵐山ー清滝間53万人、清滝ー愛宕山18万人。ケーブルカーの定員は84人で倍以上の人が乗り込んでよく故障したらしい。
 当時の京都日日新聞は「地上の楽園」と表現している。
 こんなダイナミックなものが京都にあったのだ。それも未来ではなく今から80年以上も前に。

 この愛宕山鉄道、愛宕山ホテルの話は、神戸摩耶山の話に良く似ている。
 摩耶山も神戸市内とケーブルカーで連結して山上のホテルや遊園地を楽しんでもらうという構想で開発されていた。摩耶山では今もケーブルカーが運行しているが、山中にあった摩耶観光ホテルは今では有名廃墟の1つになっている。
 愛宕山ホテルの開業が1930年で閉鎖が1944年。
 摩耶観光ホテルは開業1929年で閉鎖が1945年。
 共に世界恐慌の中開業し、終戦と共に終焉を迎えている。もしも戦争がなかったら、2つのホテルは21世紀まで生き延びただろうか。そうであれば、京都や神戸の観光マップは今と随分様相を違えるダイナミックなものになっていたかもしれない。
 現実には戦争は起こったし、愛宕山鉄道もホテルも失われ忘れられた。僕は何十年も京都に住んでいるのに、愛宕山鉄道のことを知ったのはほんの数年前で、そしてまた何年もすっかり存在を忘れていた。思い出し、その跡を見に行ったのは、やっと数日前のことになる。

 集合は朝10時に太秦天神川駅、バスの時刻表を確認すると9時59分発の次は10時59分で、しかもそれが清滝へ向かう最後のバスだった。しまった、集合時刻を決める前に時刻表を見るべきだった。1時間も待てない。こうなれば9時59分発に乗りたい。全員が早めに集合すればバスには乗れるが、バスに乗ってしまうとその後は店が全くないので、バスに乗る前に食料を買う必要があった。SKDは今どき携帯電話を持っていないので、僕は地下鉄の中からウメバラにメールを送って状況を尋ねた。ありがたいことにウメバラは既に集合場所に着いていて、SKDはまだ来ていないが目の前にスーパーマーケットがあると返事を送ってきた。SKDの家への電話と買い物をウメバラに頼んで、電車が駅に着くと僕も走ってスーパーへ向かう。電車の到着は9時49分。階段を駆け上がり道路を渡ってスーパーへ入るとウメバラとSKDの2人がカゴに水やおにぎりを放り込んでいた。紙コップ付きのインスタントコーヒーとチョコレートなどを追加して買い物を切り上げ、急いでバス停へ向かう。

 最終が朝の10時59分という人気のない路線だけあって、僕達の他にバスに乗ったのは白髪のブツブツ独り言を言っているおじいさん1人だけだった。太秦天神川から清滝まではバスで二十数分。愛宕山ケーブルについてネットで調べたものをプリントアウトしていたので、SKDとウメバラに読んでもらった。SKDは奥さんのiPhoneを使って僕がプリントしたのと同じサイトを既に読んでいた。ウメバラは「車酔いするんで気分悪くなるかもしれないです」と言いながらも二種類の記事を読んでくれた。
 軽い曇天の下バスはスイスイと走り、山へ差し掛かるとやがて前方に細長いトンネルが現れる。心霊スポットとして有名なトンネルだ。車一台がやっと通れる幅しかないので対向はできない。僕はここを車ででも自転車でも歩いてででも通ったことがあって、古いから狭いのだろうと勝手に思っていたのだが、実はこのトンネルは元々愛宕山鉄道のトンネルだったらしい。単線だから電車1台分の幅があればそれで事足りたというわけだ。さほど明るくはない照明が数メートル毎に明部と暗部の縞模様を形成し「異界へのトンネル」という単語が頭をよぎったりはするが、もちろん幽霊も出なければ異界へも繋がってはいない。トンネルを抜けると相変わらずの曇天が僕達の頭上を覆っていて、すぐにバス停「清滝」へ到着した。

 バスを下りると、五分もしないうちに微かな雨が降り始める。天気予報では昼前から昼下がりに掛けて弱い雨が降るということだった。もっとも山の天気は街の天気とは異なるから天気予報は参考にしかならないなとは思っていたのだが、この日はあとで結局「雪」にしっかり降り籠められることとなった。
 この日は「気軽なハイキング」のつもりだったので、僕達は全員が軽装。SKDに至っては雨具すら何も持っていない(長靴をはいていたけれど、彼は長靴をまあよく履いている)。気軽なハイキングの後には街中で飲んだり食べたりする予定だったので、僕はほとんど街中仕様の服装で、靴だけはここで汚れてもいい靴に履き替えた。そうこうしているとすぐに別のルートからバスがやって来て、こちらは年配の登山客で一杯。

 小道の坂を下り、橋を渡って少しだけ民家や宿の並んだ地区を抜ける。愛宕神社参道の入り口と川の間にある砂利道を進めば愛宕山ケーブルの跡が見えるはずだ。簡単に見つかるものだろうかと少し心配していたら、なんとも拍子抜けなことに「ケーブル清滝川駅跡」と書かれた看板が立っていた。きれいな看板には説明文も載っていて、そのオフィシャル感に少しほっとする。僕は他にもいくつか廃墟を訪ねたことがあるけれど、入るのは違法で見つかると厄介なことになるのだろうなというところが多い。ここはそういう気疲れをしなくて良さそうだ。看板のすぐ向こうにはプラットホームの跡があり、それを越えて少し歩くとすぐに線路跡に行き当たった。山の地形を穿ちまっすぐな勾配が両サイドを石垣に守られて伸びている。斜度は25度らしい。落ち葉と枝の堆積が結構あって、人はあまり通っていないように見えた。雨に濡れた落ち葉を踏みしめて、僕達は線路跡を登り始める。前方に一匹の鳥がいて、僕達が近づくと線路跡を少し遠くへ飛んで距離を取る。5、6回同じことを繰り返して、鳥の邪魔をして申し訳ないなと思う。

 両サイドの石垣がなくなり、小さな谷を跨ぐ高架が現れた。入り口にはロープが幾重にか渡されて「愛宕山登山道」は左に行けとの札が付いている。そのまま線路に沿って視線を上げると1つ目のトンネルが見える。僕達はロープを跨いで高架の上を進む。まさか崩れたりはしないだろう。橋梁を渡り、そのまま第一トンネルへ。
 前情報では愛宕山ケーブル跡には合計6つのトンネルがあるとのことだった。通れるのは1つ目、2つ目、4つ目、6つ目で、残る3つ目、5つ目のトンネルは内部が崩落していて通れないらしい。
 打ち捨てられて長いトンネルの内部は、倒木があったりしていかにも荒れ果てていた。それでも天井があるのはありがたい。出口で少し雨宿りをして、水を飲んだり休憩する。

 第二トンネル、第二橋梁などを抜け、いよいよ崩落の第三トンネルへやって来た。今までのトンネルとは内部の暗さが違う。トンネルの出口からやってくる光の欠片みたいなものが全然感じられないし、見るからに何かの障害物が前方を塞いでいる。崩れかけたトンネルに入るのは少し気がひけるが、崩落現場を見たいので中へ入った。懐中電灯を持っているのは僕1人で、十分な明かりがないもののトンネルが完全完璧に塞がっていることは明白だった。崩落を目前にすると急にちょっと怖くなって外へ出る。
 トンネルを通れないので、ここは迂回するしかない。この迂回途中から雨は雪に変わり。そして雪はじゃんじゃんと降り積もりはじめた。ウメバラの言動に「帰ったほうがいいんじゃ。。。」という雰囲気が現れはじめる。この先雪が強くなると厄介ではあるが、ここで帰りたくはなかった。SKDが「とりゃっ」と長靴で急斜面を登って行き。僕も軍手を嵌めて四足でウメバラの隣をよじ登った。
 しばらく迂回路で山の中を進み、線路へ戻り第四トンネル。トンネルの出口で先を見遣ると雪が濃密な白色空間を形成していてどっと疲れる。天気が良ければなんてことないはずの道だ。小休止。時刻はまだ正午前で、一帯を雨雲が去るのはレーダーによると2時間後か3時間後だった。そんなに待っていられないので、雪の中を進むことにする。それに時間が経てば経つほど雪は積もる一方だ。
 次の橋梁は一部が崩壊していて、幅30センチ程の細いコンクリート2本だけになっていた。さらにその上に雪が積もり始めている。ウメバラが立ち止まり「これは落ちて死ぬかもしれません」と神妙に言ったが、左の尾根側を通ればなんてことない。
 短い第4トンネルを潜り、次なる第5トンネルはやはり崩落。もう一度迂回。なんだかんだ言ってもケーブルカー軌道跡は人工物なので分かりやすいし歩きやすい。トンネルを迂回して再び軌道を見つけるまで山の中を歩くのが今回のトレイルで一番面倒だった。第5トンネルの迂回が済むと目の前にいかにも普通のハイキングコースという風情の道が現れた。

「えっ、そうなの拍子抜けだな、つまんないな」

「いや、横岩さん、あのさっきの道、雪の中戻れますか、これ? 普通の道あってよかったじゃないですか」

 ウメバラは少し怒っているのかもしれない。
「帰りにこの道使うかもしれないので、ちょっとこの道もそこら辺まで見ておきましょう」というSKDの建設的提案により、その普通の登山道を左へ進んでみると、そこには愛宕参りの普通のハイキングコースがあり、普通の休憩小屋まであった。壁こそないものの、屋根の下で何人かの年配登山客が休憩している。彼らはきちんとしたトレッキングシューズを履いてゴアテックスか何かの上下で武装していて、家の近所を散歩するような格好で現れた僕達の足元に「バカな若者」という視線を飛ばした。
 非常用帰り道の下見を終えた僕達は、再びケモノ道に戻りケーブル軌道跡を探す。幸いにして、軌道はすぐに見つかり、最後のトンネルである第6トンネルを抜けると見上げた先に建造物らしきものが見える。ケーブル愛宕駅跡に違いない。もう少しで到着だ。そろそろキチンと積もり始めた雪はろくな靴を履いていない僕達には厳しかった。斜度25度の人工的な坂道に積もった雪はアイゼンがないときつい。一歩一歩すべりながら進み、ちょうど手頃な木の枝が落ちていたので僕はそれを拾って杖にした。杖なんて、みんな日常では使わないし、杖の使用経験のある若者は多くないと思うので書いておくと、杖はすごい。僕はかつて膝を痛めている時に、山登りで膝を庇うため二本の枝を拾って杖代わり両手に持って歩いてみたことがあるのだけど、あまりに歩きやすいのでびっくりしたことがある。悪路で足元が取られるとか、もう多少のことは全然気にしなくても杖があれば歩ける。実質4足歩行なので抜群の安定感だ。

 声が聞こえたのはその時だった。
「キョエーェッーーーーーー!」
 という知らない獣の鳴き声みたいな声が駅跡の方から聞こえてきて、僕達は同時に歩みを止め顔を見合わせた。無言で聞き耳を立てる。無言だが全員考えていることは同じだ。何の動物だろう。動物だよな、人間じゃないよね。だってこんな山奥の廃墟で雪の日に。っていうかこの異様な叫び声が人間のだとしたらヤバい。動物であってくれ。タヌキとかカモシカとか。ほら、あそこタヌキだ! へー、タヌキってこんな声も出るんだね、知らなかったよ。みたいな会話で和やかに済んで欲しい。
 残念ながら、叫び声は人間のものだった。続いてけたたましい笑い声や「おい、コラ、お前!!!」といった激しい怒号が次々に聞こえてきたのだ。そして女性の声も微かに聞こえた。何者だ。。。まさかこんな雪の中、まさかこんな山奥の打ち捨てられた廃墟に僕達以外の人間がいるとは。そしてこのテンション。犯罪者の巣窟になってってヤクでもやってるのか。女の子が攫われてきて回されてたり。。とても街中には住めない殺人傷害強盗集団が隠れ住んでたり。。。ここで帰るべきだろうか。せっかくここまで来たのに。
 結局、僕達三人は無言のまま再び歩き始めた。とにかくゴールしないことには気が済まないし、屋根のある場所で雪をしのぎたいというのもあった。最悪の場合でもこっちだって男三人だ。

 建物に近づくと、2階にチラッと人影が見えた。んっ、子供か? すぐ傍まで来ても、2階から相変わらずの馬鹿騒ぎが聞こえてくるだけで、姿は確認できない。何人いるのか知らないが、結構な人数が2階にいるようだった。建物は地下1階、地上2階の合計3フロアで構成されている。向こうもこっちの存在には気付いているだろうし、それとなくお互いに住み分けて僕達は一階でランチにしてもいいかもなとか考えながら、やっぱり釈然としないので、2階に上がってみることにした。
 なんと2階にいたのは7,8人の男子中学生と引率らしき20代の男女2人だった。山岳部か何かだろうか。男子生徒達は大はしゃぎしていてテンションがスーパー高くて、つまり叫び声や怒号の正体はこれだったのだ。僕達の姿を見ると、男子達は「こんにちわー」とさわやかに挨拶し、さらに引率の女の子が「どのルートで来られたんですかぁ?私達、もう10分くらいで出ますので、場所交代できます、すみません」と丁寧に話掛けてきた。僕も「いやぁ、お構いなく、僕達下でも大丈夫ですから、ルートはケーブル跡上がってきました」と、さわやかな登山者モードに一転して返事をし、そして僕達はいそいそと一階へ戻った。
「なんだ、子供が騒いでただけじゃん」
「中学生だったら、このシチュエーションだったら、雪も降ってテンション上がるよね」
「僕だって普通にスト2ごっこして昇竜拳とか叫んでたもん、あの頃は」
「2階思い切って見に行ってよかった、これで安心してランチにできる」
 ほっとしたのも束の間、今度は止まったせいで体が冷えてきて強烈に寒い。今すぐに暖を取りたい。良く見れば天井からはツララが何本も下がっている。駅跡の一階には、既に誰かが焚き火をした跡があった。たぶん誰かが一度焚き火をして、その場所がいつの間にか焚き火スポットになったのだろう。建物はコンクリートでできていて多少焚き火をしても問題はなさそうだ。
「よし、焚き火をしよう」
 幸いなことに、僕はアルコールの固形燃料をいくらか持っていたので、雨や雪で濡れた枝しか落ちてなくても簡単に焚き火はできる。僕が手近にあった物で焚き火の準備をする間に、SKDとウメバラが大小様々な枝を雪の中から掘り起こして集めてきてくれた。砕いた固形燃料の上に、小さな枝、中位の枝、大きな枝と載せて火を点ける。狼煙を上げる要領で大量の煙が濡れた枝から立ち昇り、僕達の喉を直撃する。段々と火が大きくなり、一度安定してしまえばもうこっちのものだ。あとは濡れた枝をなるべく火の傍において乾かしてくべていけばいい。僕はコッヘルに水を入れて火の中に放り込んだ。焚き火に当たるだけではなくて、温かい飲み物が今すぐほしかった。お湯が沸くと、インスタントコーヒーをコッヘルに放り込んで、今日はカロリーが必要なので砂糖も全部ぶち込んだ。紙コップのインスタントコーヒーで、一先ず乾杯。

「あー、なんの臭いかと思ったら焚き火!」と言いながら、2階から中学山岳部の人のグループが下りてきた。
「焚き火なんて発想なかったです。そっかあ、焚き火いいですね。そのコッヘル使い込んでそう。スノーピークのチタンのですか?」
 叫び声を遠くから聞いたときには、まさかこんなにフレンドリーな会話が発生するとは想像もしなかった。彼女は首から蛍光ペンでルートを書き込んだマップを下げていたので、僕は道を尋ねる。なんとこの廃墟は秘境でもなんでもなく、普通のハイキングコースの一部だった。良く見てみると、公園なんかに良くある木製のベンチまで廃墟の前においてある。「あそこを左に行ったら、もうずっと一本道です」
 寒さで疲労していたので、今度はウメバラの指摘を待つまでもなく普通のハイキングコースがありがたい。

 中学生山岳部一行を見送ったあと、煙を避けながら焚き火の傍でおにぎりなどを食べていると、今度は大学生らしき青年が1人で現れた。彼は一眼レフのカメラを提げていて写真を撮りに来たとのことだったが、彼もまた普通の格好だった。「いやー、ちょっと写真撮ろうと思って登ってたら雪降ってきて、靴なんてグチョ濡れですよ」
 最初は遠巻きに挨拶をしただけだったが、「焚き火当りますか?」というとこちらへやって来て話がはじまり、どうやら僕達と同じルートでここまで来たことが判明する。彼の装備は僕達よりも悪くて、本当に何1つ「山」に関連するものを持っていなかった。少し心配だったので別れるときに板チョコを上げる。

「もうちょっと火に当たってたいので、焚き火にくべる物探してきます、手が冷たくて痛いですけれど」と言うウメバラに、SKDは「手袋したら」と言った。
「いや、手袋したら余計に痛い感じになってるんで、無しで大丈夫です」
 言っていることの意味が分からないが、彼は良く意味の分からないことを言うし、大丈夫というときは大丈夫みたいなのでそのまま任せる。
 交代で薪木を集めて、結局は2時間くらい僕達はそこにいた。途中、あまりにも煙たいので落ちていた傘を火に被せて三人で立ち上がり傘を持ち、顔まで煙が昇って来るのを防ぎながら傘の下に差し入れた手を温めるなどの技を駆使したけれど、雪の混じった風が吹き付ける中では十分に温まることも難しく、「ちょっと、僕達の今のこの光景、これ客観的に見てみたら面白すぎますよ、クククククっ、三人で傘持って突っ立って寒がって、ククク」とウメバラは笑った。

 ラップアップして駅跡を出たのは3時前だ。雪は相変わらず降っていて止む気配はなかった。駅跡の少し上には愛宕山ホテルの跡があるが、そこは建物もほとんど残っていないし、今日は雪に埋もれて見えないだろう。疲労もあるので諦めて山岳部の女の子が教えてくれたルートで下山する。水尾別れまで来ると、休憩小屋に温度計がぶら下がっていて、それをじっと見たウメバラが「マイナス15度です!」と言う。一瞬「まさか」と思ったけれど、そこまで寒いわけないので自分で見てみるとマイナス7度だった。寒いには寒い。
 清滝へ戻るか、水尾まで行くか相談し、どうせなら違う道をということで水尾への坂を下りる。たぶん体力がダントツなSKDは登りの後半からすでに先頭を歩くことが多かったが、下山ではほとんどずっと先頭を歩いていて「速いっすか?」とたびたび余裕の表情で振り返るのだった。水尾までは別段変化のない山道で、雪にすべりながら退屈な歩行を続けた。水尾集落へ出てアスファルトの道路を歩きはじめると、この雪まみれのハイキングもいよいよ終盤だ。山からの細い道路と、山沿いを走る比較的広い舗装道路との交差点へ差し掛かった時、角の向こうから大勢の人間が走ってくる激しい足音が聞こえてきた。雪降る曇天に沈む閑散とした集落に足音が響き渡り、一体何事が起こり何者が走っているのかと思えば、さっきの中学山岳部一行だった。「もうすぐバスが出るからそれに乗りたいんですよ!」と、例によって引率の女の子が状況説明し、彼らはそのまま走り去る。

 もとよりバスには乗らず、歩いて駅へ向かう予定だったので僕達は焦ることもない、「奇遇だね」と歩いていたら、しばらく先にバス停があり彼らがバスを待っているのが見えた。どうやら間に合ったようだ。ところが、やってきたのはバスというよりハイエースで、運転手が窓から彼らに「ゴメン、満員」と言うのが僕らのところまで聞こえてきた。
 僕達がバス停に差し掛かると、男子生徒達はブツブツ文句を言い、例によって女の子が「バス満員で乗れなかったんです」と状況説明してくれた。
 というわけで、僕達は微妙な距離を取りながらみんなして駅へ向かって歩くことになった。駅には年配の登山客が20人くらいいて、タオルで濡れた顔を拭いたり泥を落としたりして電車に乗る身支度を整えている。
 電車に乗ると、通勤や通学その他もろもろの、何らかの目的で都市を移動する人達が、席に着いたり吊り革につかまったりしていて、温かいエアコンが身体を包み込んだ。さっきまで山の上の廃墟にいて、雪に凍えながら焚き火をしていたなんてまるで嘘みたいだった。

 ・ウメバラによるメモ書き漫画日記(8秒毎切り替わります)


 ・ウメバラによるメモ書きトンネルイメージ(意味は不明。5秒毎切り替わり)

「ベイマックス」の構成とテーマ;ハートより視点転換

2015-01-11 22:00:38 | Weblog
 「お涙頂戴やさしいって素敵だね物語」ではなく、「ギークの為のアクションSF」であるという評判を聞いたので、それならと「ベイマックス」を見てきました。
 この映画については4点書きたいことがあります。

 1,映画のテーマは何か。
 2,ロボットと人間と記憶と私。
 3,アメリカの都市とアジアの雑踏。
 4,やっぱりスーパークールなサイエンス。

 それではまずテーマについて。
 ベイマックスは日本では「心温まるちょっと悲しい物語」として宣伝され、アメリカでは「ギークアクションSF」として宣伝されているという話ですが、この映画のテーマは「見方を変えてみよう」「視点を変えてみよう」というものです。愛でも仲間でもハイテックでもヒーローでもなく、テーマは「見方を変えてみよう」です。
 「ん?何いってんの?」と思われるかもしれないので、映画の構造について少し書きたいと思います。

 アメリカの映画はかなりカッチリとしたルールに則ってシナリオの練られたものが多いですが、この映画は典型的なハリウッド的シナリオの上に成立しています。
 下に示すのはブレイク・スタイナー・ビート・シートという、こんな感じで話を進めるのが良いというお手本です。カッコの数字は全部で110ページのシナリオの何ページ目かを表しています。だいたい2時間弱の映画ならそのまま経過分数ですね。

 1、オープニングイメージ(1):ファイナルイメージと対になる掴み。
 2、テーマの提示(5):映画のテーマを提示。
 3、セットアップ(1〜10):ここまでで映画の登場人物を全員出してどんな映画か分かるようにする。
 4、きっかけ(12):物語が加速する為の事件が起きる。
 5、悩みの時(12〜25):起こった事件に対して主人公はどう行動するか悩む。
 6、第一ターニングポイント(25):物語が大きく転換。
 7、サブプロット(30):一休みして本筋の話とはちょっと違う話を挟む。
 8、お楽しみ(30〜55):「これこれ、この場面が見たかったんだ」と鑑賞者が喜ぶサービス盛り上がり場面。
 9、ミッドポイント(55):盛り上がり絶頂、あるいは、最低最悪。
10、迫り来る悪い奴ら(55〜75):敵に急接近。
11、全てを失って(75):敵にやられるだけでなく、味方まで失ったり。死の気配がある。
12、心の暗闇(75〜85):絶望したりダークサイドに堕ちたり。
13、第二ターニングポイント(85):大転換その2。
14、フィナーレ(85〜110):大団円。
15、ファイナルイメージ(110):同じような場面設定で欠点だけが克服されていたりする形でオープニングイメージと対になる。

 ベイマックスはファイナルイメージが第一ターニングポイントと対になっている以外、ほとんど完全にこの通りのシナリオです。(ネタバレ注意)

 1、オープニングイメージ(1):ロボットファイト。工科大学見学。
 2、テーマの提示(5):大学入学テスト用の発明の為に「見方を変えてみよう!」とタダシがヒロに言う。
 3、セットアップ(1〜10):ヒロ、タダシ、大学の仲間、教授、品評会での実業家、ヒロのおばさん、ベイマックス、猫のモチ、全員ここまでで出ている。
 4、きっかけ(12):ヒロ大学に合格するも、直後に火災で教授、タダシ共に死ぬ。
 5、悩みの時(12〜25):タダシが死んでヒロ落ち込む。大学入学も保留。
 6、第一ターニングポイント(25):ベイマックスが「痛い!」を聞いて起動。追いかけるタダシ。店を出るとき急いでいるのにおばさんがハグをしてきて邪魔。倉庫発見。敵「カブキマスク登場」ベイマックスを改造して戦うも負けて大学の仲間に助けてもらう。
 7、サブプロット(30):フレッド、実はお金持ちで大豪邸にはオタクグッズがたくさん。
 8、お楽しみ(30〜55):改造してパワーアップ。パワーアップしたみんな。空を飛び回るベイマックス。
 9、ミッドポイント(55):そのまま島を見付けて攻めこむ。
10、迫り来る悪い奴ら(55〜75):島へ攻め込むも負ける。カブキマスクの正体が教授とわかる。
11、全てを失って(75):ヒロ、ベイマックスからタダシの看護チップを取って凶暴にし教授を殺そうとする。止めに入る仲間まで。
12、心の暗闇(75〜85):ヒロ、仲間を置き去りにして教授を追う。
13、第二ターニングポイント(85):ベイマックスがタダシの映像を見せてヒロが我にかえる。
14、フィナーレ(85〜110):みんなで再び教授と戦い、形勢が不利な状態でヒロが「見方を変えてみよう」とみんなに言うのがきっかけで勝利。ベイマックスは自己犠牲。
15、ファイナルイメージ(110):ベイマックスのチップを見付けて再生。みんなでおばさんの店から大学へ。おばさんにハグをヒロから求める。

 テーマの提示を行うことになっている5,6分経過した辺りで「見方を変えてみよう」とタダシに言わせていて、同じセリフをクライマックスでヒロに言わせているので、これがこの映画のテーマです。もちろん、2時間弱の話には細部を含めて色々な要素があり、色々なメッセージを汲み取ることが可能ですが、設定された一番のテーマは「見方を変えてみよう」に間違いありません。
 宣伝と相まって、特に日本ではベイマックスが愛とかやさしさとかハートフルなものをテーマに掲げただけの映画だと思われていそうなので、一先ずシナリオ構成の観点からテーマを抽出して提示しておくのも意味があるかと思い書きました。
 ベイマックスは「見方を変えてみよう!」という映画です。(続く)

SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術
フィルムアート社

『選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由』という詭弁の見本

2014-12-20 11:27:27 | Weblog
「スランプってやつなんでしょうかこういうの? 最近は全然上達しない感じで、練習してもしても」
「まあいわゆるスランプってやつかな。今まで身についたことを一度全部捨ててしまってやり直した方がいいかもしれないね」
「えっ、どういうことですか?」
「コップにさ、お湯を入れたいとするじゃん。でも、そのコップに冷たい水が入っていたらどうする。そのまま冷たい水で一杯のコップに無理矢理お湯を入れても、お湯は溢れて上手く入らないよね。一度、水を全部捨ててしまわないと。同じことで、今まで身についたことが新しい物事の吸収を妨げることはよくあるから、一度全部忘れてしまったほうがいいんだよ」

 このような間抜けなやりとりは毎日至る所で交わされている。
 何かを訓練することと、コップにお湯を入れることは全く別の話で一切関係がない。けれど、人間は喩え話に弱い。よく出来た喩え話には簡単に説得される。そういうのは「ことわざ」という詭弁話法の代表格に良く表れている。
 は?鉄は熱いうちに打てだって、何言ってんだ。今やろうとしていることは鉄を打つのと何の関係もないですが。。。

「例え話」「言い換え」「単語の意味をわざと別に取る」詭弁の手法はたくさんあって、詭弁は溢れかえっている。人間は多かれ少なかれコミュニケーションの中で自分の優位を図らねばならないこともあるので、詭弁が一種の武器として社会に存在していることは仕方ない。どうしようもないのは詭弁を詭弁だと分からずにそれが自分の思考回路に自然に組み込まれている場合だ。
 たとえばこの方の思考のように。

 『選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由』

 正直な話、このエントリーは、これを読んで腹がたったので書いている。2012年に書かれたものらしいが、先日の選挙の影響で僕のツイッターに再び流れてきた。
 こういう風に書くと、たぶんこういう反応も起こると思う。

「腹がたっただって。腹が立つのは図星なことを言われた証拠だ!」

 違いますよ。
 こういうパブロフの犬みたいな条件反射で構成されたコミュニケーションにはうんざりで、最近はそういう会話ばかりになりそうなパーティーなどは全力で避けています。

「ムキになって否定するのは、それこそ図星の証拠!」

 ・・・・

「てか、喩え話ダメって最初に書いてたのに、自分でパブロフの犬みたいにって言ってるしww」

 ・・・・

 放っておいて話進めます。
 この記事に書かれている5つの理由のどこが詭弁なのか順に解説したい。

 ・理由1「面倒くさい」

 「15分以内のところに休日行くのが面倒くさかったら、おそらく彼氏は君の子どもをどこにも連れて行きはしない」と書いてあるが、あれこれ「意味ないんじゃないか」と思い悩みながら投票に行くのと、自分の子どもを遊びに連れて行くのは全く別の話だ。

・理由2「どこに入れても同じ」

 「日本語を読む能力が欠けている」「小学校五年生レベルの読解力もない」と書いてあるが、各党の言っていることが日本語として理解できないからどこに入れても同じだと思っているわけではない。書いてあることくらいは読めるがその先のことで言っている。

・理由3「なんだかよく分からない」

 「社会で働くということは、「なんだかよく分からない」ことも何とか調べて、分かったふりをしながらこなしていくことだ」と堂々と書いている。。。この記事を書かれた駒崎氏という方はなんとかというNPOの代表ということ。「「なんだかよく分からない」ことに対して何もしないのが君の彼氏」とも書いている。なんだか良く分からなくても取り組みたいことと、なんだかよく分からなくてかつ取り組みたくないことが個々人には存在するが、全部ひとまとめにしている。

・理由4「その日用事ある」

 期日前投票のやり方がググれば分かるのに知らないということは「彼氏はおそらくグーグルを使うことができないのだ」と書いている。使える使えないと「それを調べたい」は別の問題。

・理由5「政治家信頼していない」

 政治家というレッテルで判断している。彼女であるあなたのことも女子大生とか読者モデルとかいうレッテルで見てる。と書いている。そんなわけない。
 さらに「政治家信頼してない」は政治家を一括りにしているからで、実際にはいい政治家もいるわけだからこれはバカと書いているが、実際にはいい政治家もいることは誰でも知っている。政治家信頼できないという言葉は「政治家の集団と現行政治制度全体のアウトプット」が信頼できないということで、誰も信用出来ないということを言っているわけではない。システムが全体で動くときに信用できなくなるというのを「個々の部品」の話に次元をすり替えている。

 記事が滅茶苦茶なのは、解説しなくても読めば明らかだが、問題はこのタイトルと「そんな彼とは別れろ」という強い口調が面白い気がして、この話に本当は納得していないのに納得した気分になって他の人に勧める人がいることだ。話が破綻してる気がしても、そこは気にしないことにした方が人に話すネタが増えて便利だ。勧められた人は「面白いよ」と勧められたら「面白い」気になる。ロジカルな納得は二の次になって、また別の誰かに勧める。そうして訳の分からない言説が広がっていく。

テクノロジーが権力を奪う

2014-12-14 10:42:03 | Weblog
 今日は選挙の投票日だそうですね。
 昔書きかけでボツにした小説の一部を公開しようと思います。
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 2018年4月1日グリニッジ標準時正午、インターネットが完全にハックされ、どのURLに繋ごうとしても全てある1つのサイトに飛ばされるという現象が発生した。世界中で見ることができるのは唯一そのサイトだけだった。飛ばされる先のサイトは日本の、しかも日本政府のサイトで、日本語と英語はもちろんのこと、中国語、スペイン語、韓国語、フランス語、アラビア語をはじめとした73種類の言語で宣言がなされていた。宣言の内容は日本が今日から世界をコントロールするというもので、武力と恐怖による支配ではなく、日本政府が考案した社会システムに「平和的に」全体で移行しようという提案だった。それは世界全体の最適化プログラムなので、世界中の人々がより幸福になると日本政府は言っていた。

『ようこそ新しい世界へ!
 こんにちは世界の皆さん。今日から日本をリーダーとした新しい世界がはじまります。ベーシック・インカム、完全無料の医療、世界共通の新しい電子マネー"YUI"を中心とした、より合理的な、より理想的な社会がはじまります。
 日本政府では長年に渡り、より良い世界を築く為の研究を進めて来ました。あらゆるシミュレーションの結果、もはや機能を失っている国際連合および各国政府は廃止し、政治的意思決定の全てを日本政府が単独で担うのが最善であるとの結論に達しました。今日から日本政府は世界全体の最適化、すなわち苦痛の最小化と幸福の最大化を担う言わば世界政府となります。私達は世界中の人々、1人1人の意見を汲み上げて反映する組織であり、もはや日本という1つの国家だけの利益を代表するものではありません。
 国際連合および各国政府を廃止して頂くことには異論があるかもしれませんが、これにつきましては合理的な説明がなされます。すでに皆さんご存知の通り、どの国においても政府はうまく機能していませんでした。それら機能不全の政府が意見を対立させる国際社会がうまくいくはずもありません。
 私達日本政府では、長年に渡る研究の成果として、ほとんど自動的に最適な政治的意思決定を行うシステムを開発しました。このシステムに世界の意思決定を委任することで、世界はより良くなるだけではなく、機能不全に陥っていた各国政府の廃止というコストダウンも同時に達成されます。
 世界市民全員の、豊かさと自由、基本的人権の保証された世界へ。時代錯誤な貧困への恐怖、労働崇拝のない、まったく新しい世界に、今変わります。
 さあ、みんなで素敵な一歩を踏み出そうではありませんか!》

 宣言文の後にまず、このハッキングは24時間で終了し、24時間経過後はインターネットが元に戻るということがお詫びと共に書かれていた。その後、どのようにして新しい電子マネー"YUI"を受け取るのか、それはどのようにして使うものなのかといった基本的なインストラクションと、新しい世界政府の仕組みについての詳細を書いたページが続いている。
 最初にこの画面を見た時、誰も書かれていることを素直には信じなかった。何かの間違いか、あるいはハッカーがエイプリルフールに仕掛けた質の悪い冗談だろうと。世界が変わったということよりも、コンピュータウィルスにでも感染したんじゃないかと、自分のコンピュータの方を心配した。しかし、事実を確認しようにもインターネットは使い物にならない。知り合いにメールで聞いてみようとメールボックスを開けると、そこにも日本政府からのメールが届いている。日本政府は世界中の全てのメールアドレスに、73種類の言語で書かれたメールを送信していた。メールの送受信は今まで通りに行うことができたので、人々はまるで年が明けたときのように大量のメールを送りあった。日本政府がインターネットをジャックしてからの24時間に送られたメールの数は、インターネット登場以来どの24時間に送られたメールの総数よりも特異的に多かった。
 ネットを見ていても埒があかないと思った人達がテレビを点けてみると、全てのチャンネルが乗っ取られていて、遠山という日本の総理大臣が「今から世界全体の指揮は日本が取る」と本当に言っていた。
 この突然の出来事にもっとも驚いたのはアメリカ政府だ。1945年以降、日本の動向で知らないことは何もないはずだった。日本政府がどのように手足を動かしているかは常に全て把握しているつもりだった。しかし、このようなテロ行為が準備されていることは全く情報がなかった。
 情報がなかったのはアメリカだけではない。どの国も、"日本"を含むどの国家も日本政府によって世界支配が計画されていたのを知らなかった。遠山は政府組織をダブルレイヤーにし、通常の政府の下に別の組織を組み上げていたので、日本国民もこのことは一切知らなかった。17年間掛けて秘密裏に作り上げた組織は、主に研究者と精神病患者、自殺志望者、ひきこもり、服役囚から成っていて51万3243人で構成されているという話だ。日本では博士号取得者の約8%が行方不明になると言われていて、彼らは絶望して自殺したり人目に触れない場所へ逃げ出したのだろうと思われていたが、実際にはその大半が遠山の地下組織に入っていた。毎年発表される自殺者数も行方不明者の数も嘘だった。遠山の組織は人生に絶望した人間をモニターして、適材であると判断した場合慎重にアクセスし組織に引き込んだ。精神病だと診断された人々も同様にモニターしていた。社会に絶望した精神異常者だと判別される人のほとんどは社会を覆っているある澱みに対して鋭敏なだけだった。一日中ネットゲームをしているのだと思われていた引きこもりの9%、つまり7万2000人は遠山の指揮下でプログラムを書いたり世界中のネットワークに侵入したりしていた。
 アメリカ政府はすぐさま日本政府へ強烈な抗議をしたが、日本政府の返答は「私どもの理解ではアメリカ政府というものは既に存在していません。抗議の主体が存在していない以上、この抗議は意味をなすことが不可能です」という簡潔で短いものだった。
 24時間が経過して、世界中のインターネット及び放送網が通常状態に戻ると、世界は日本政府の宣言に関するニュース一色になった。当然のことだが日本政府の無茶苦茶なやり方と一方的な宣言は凄まじい非難を受けていたし、武力行使という言葉も既に出ていた。


「武力はもう無力だよ」
 高原祐輔はニュースを眺めながら呟いた。祐輔はまだ16歳だったがプログラマとしての天才的な才能を遠山から認められてハッキングチーム第2班のリーダーを任されていた。遠山の組織が接触してきたとき、祐輔はまだ11歳で小学5年生だった。半年の不登校期間を経た後、学校へ行ってみるとクラスメイトも教師も、みんなバカにしか見えなくなっていて驚いた。バカなみんなに色々なことを教えてあげようとすると、頭がおかしいのだと思われてクラスの男子に襲われた。彼らには報復して翌日から登校はやめた。祐輔が再び学校へ行くのをやめた翌日、遠山の組織から柴田と名乗る1人の女性が家へ訪ねてきて、祐輔に組織へ加わって欲しいと言った。柴田という女性は、組織についての長い説明の最後を「受ける受けないは自由ですが、この事を口外された場合はあなた方だけではなく話を聞いた人も全員即座に殺すことになっています、申し訳ありませんが」と締め括った。
 信じがた話だったが、祐輔も母の啓子も恐怖を感じることはなかった。組織はリクルート専門のチームも持っていて、そこで十分な訓練を受けた人間が、ターゲットとなる人物との相性を考慮した上で派遣されていたからだった。
 祐輔達が、柴田という女性の話を信じたのは、彼女がある物を見せてくれたからだ。祐輔はあれを見た瞬間の驚きを一生忘れないだろう。

トウモロコシを踏み潰せ!;「インターステラー」は「風立ちぬ」

2014-12-08 12:16:30 | 映画紹介
 「インターステラー」が、良かった。
 「2001年宇宙の旅」との比較とか、「物理学者が入ってて物理学的な描写が正確」とか、そんなのはどうでもいいと思う。ちなみに物理学的考証がどうだかしらないが、話は「使い古されたSF話法ゴッタ煮滅茶苦茶のご都合主義」だ。地球から打ち上げる時は今のNASA程度のテクノロジーだったのに、惑星探査のときはスター・ウォーズばりの宇宙船になってるし、1時間いたら地球では7年経ってるような強い重力の星なのに「みんなフツーに動いてる!!!」し、それでもとても面白い映画だった。

 「良かった」「面白かった」の半分は「悔しかった」で、どうして悔しいのかというと、僕が日頃イライラしながら眺めていて、どうにか小説に書けないものかと思っていたことの半分がここで言われてしまったからだ。見事としか言い様がない。僕が高々小説という小さな形を探っている間に、クリストファー・ノーランは制作費1億6500万ドルの大作映画を作った。
 そのメッセージのようなものは、映画の中に何度か繰り返して直接出てくる。

「人々はかつて空を見上げ、この向こうには何があるのだろうと思いを巡らしていた、だが今は地面を見つめて心配してばかりだ」

 というようなセリフと、あと「俺は農業が嫌いだ」という主人公の言葉。

 映画の舞台は近未来で、地球は砂嵐にまみれて植物も枯れてしまい、人類には絶滅の危機がゆっくり近づいていた。農作物が十分にできないので、大半の人達が農業に従事し畑を耕している。「学問なんて無駄だ、畑を耕せ」。学校では「アポロ計画の月面着陸はソ連を騙して無駄な宇宙開発に国力をつぎ込ませるための嘘だった」と教えていて、「本当に月に着陸した」と言い張る主人公の娘は問題児扱いされている。そういうことは不可能で誰も夢見さえしないことだと教育しなくてはならない。そういう時代の話だ(映画を既に見ている人はどうして「本棚の裏」が選ばれていたのか考えてみて欲しい)。
 MRIも「そんなものなかった」ことになっていて、お陰で脳腫瘍の診断ができなかった主人公クーパーの妻は死んでしまった。

 砂埃にまみれたキラメキのない時代、元宇宙飛行士で優秀なエンジニアである主人公クーパーは「俺は空を飛んでいるはずなのに、なんでこんなことしてるんだ」と言いながら畑を耕している。紆余曲折あり、彼は解体されたはずが秘密裏に存続していたNASAの宇宙船で人類を救う冒険に出る。異常気象で住めなくなってきた地球から人類が移住する星を探しに、ワームホールをくぐって別の銀河まで行くほとんど帰れる見込みの無いミッション。
 主人公がNASAに行くより前のシーン、保護者面談で学校の先生と話している途中、「大学には税金は投入されていない」「それなら税金は一体何に使われているんだ」というやりとりがある。それより前にももう一箇所、税金に言及した場面があって、基本的にこの時代の人は「払った税金がどこに使われているのか分からない」という不満を抱えているのが見て取れる。
「消えた税金」は、もちろん国民が存在を知らされていないNASAで使われている。それが良いことか悪いことかと問われたら、たぶん悪い。百歩譲って「人類を滅亡から救うという使命があるのだから、国民に秘密でお金をつぎ込んでても仕方ない」というのであれば、この「使命」にも実は疑問符が付いている。詳細はネタバレがひどくなるので書けないけれど、NASAの存在は科学好きな特定の人達のエゴに因って保たれているだけだ。

 だから、この映画は絵的に「2001年宇宙の旅」かもしれないけれど、テーマは「風立ちぬ」に似ている。大地による脅威に脅かされながら細々生きる民衆と、それらを無視するようにエゴで空の高みを目指す一握りの天才。
 「風立ちぬ」では、大地が関東大震災として襲いかかり人々は苦しむ。それでも莫大な資金を使って堀越二郎という天才がゼロ戦を開発する。
 「インターステラー」では、大地が砂嵐として襲いかかり人々は苦しんでいる。それでも税金を投入してラザロ計画関係者が他の惑星を目指す。
  堀越二郎とクーパーが空を憧憬し見上げる視線は同じだ。その視線に伴う残酷な程の美しさ。

 冒頭シーンで、クーパーとその娘、息子の乗った車がパンクする。それを修理していると旧インド軍の無人偵察機が彼らの上を通過。見るやいなやクーパーは「修理はいい、行くぞ、乗れ!」という感じでパンクしたままの車でトウモロコシ畑を突っ切って偵察機を追い始める。挙句の果てに親子3人車ごと崖から落ちそうになって、なんとか無人偵察機を捕獲。危険な偵察機だったかと言えばそうではなくて、人畜無害な偵察機を単に追いかけたかっただけだ。娘に「かわいそうだから空に返してあげたら」と言われるほど。この冒頭シーンで、鑑賞者はクーパーの狂気に近い空への憧れを印象付けられる。空飛ぶドローン追いかけて、自分も育てているトウモロコシをクソ食らえとガンガン薙ぎ倒し、食糧難の時代の畑を何でもないかのよう縦横自在に。

 僕達にとって、トウモロコシとはなんだろうか。パンクしたままの車とはなんだろうか。そして空飛ぶ無人飛行機とはなんだろう。
 トウモロコシは、誰にとってもその存在意義が自明なものだ。人は食べ物がないと生きていけない。だから誰も彼もが安心して盲目的に「これが大事だ」と叫ぶ。現代なら「エコ!」とか「コミュニティ!」とかかもしれない。グリーンでクリーンなイメージで田舎暮らしが新しいとか、すっかりメディアに踊らされてそういうものが「正しい」と思い込んでいることかもしれない。「空気」かもしれない。
 パンクしたままの車は、パンクしたままのガソリン車は、エコでなくて「正しくない」ような気のする前世紀的なプロダクトは、やぶれかぶれでも僕達を憧れの場所へ連れて行ってくれる何かだ。挫折したり諦めたりして「キズ物」になったかもしれないけれど、エンジンかけてやればガタガタしながらでも憧れのあそこまで乗せて行ってくれる誰かの人生かもしれない。
 視界を横切った、空飛ぶドローンは何だろうか。
 よく見えなくても、タイヤはパンクしてても、古い車であっても、飛び乗って追いかけてみるのはどうだろうか。
 トウモロコシが邪魔だと思うが、そんなものは何本踏み潰してもいい。
 「俺は農業が嫌いだ」

インフルエンザ予防接種のこと;『予防接種は「効く」のか?』の紹介

2014-12-06 13:19:45 | 書評

(追記、2014年12月8日)
 この本は都合悪いことは書いてない、と指摘を受けました。
 書きなおすか削除を検討します。




 インフルエンザの流行が、また例年通りにやってきて、予防接種の話もそこここで聞かれるようになりました。僕は子供のときからずっと「科学」が好きで、それなりに科学に触れながら生きてきて、ある程度は科学的な知識を持っていると思います。でも「インフルエンザの予防接種を受けるべきかどうか?」とか「効果あるの?」とか、そういう話題には何も答えることができませんでした。インフルエンザだけではなく医療に関わることは複雑で統計的な処理をしないと効果が見えにくく、さらに人間というのはそれぞれの体も違えば生活環境も一人一人異なっているので、俺はこうだった、私はこうだった、という体験談も様々。マスメディアは”噛み砕いてわかりやすく”、さらにセンセーショナルに話題を流そうと躍起になっていて、聞きかじった噂はインターネットを飛び回り、それこそ感染症のように情報空間を広がります。
 医学会からの情報にすら、「医者の金儲けの為だ」「インパクトある論文にする為だ」とかケチがツケられて、もう人々は彷徨い誰かの耳障りよい言説を信じて終わりにしたい気分になります。もしも個人にスーパーマンのような力があれば、医学の歴史上行われてきた全ての先行研究を追試して、なんてこともできるだろうけれど、現実的にはありえない。それどころか、ある1人の市民にとってみれば「一次資料を当たって分析」なんてこともしてられない。本音としては「信用できる専門家に信用できる話をしてもらいたい」。安直な方法だし、危険な方法です。「信じる」というのは危険です。けれど、僕達は「あらゆることに関して何も信じないで俯瞰的に全ての情報源を分析していく」なんてことはできません。現実的には僕達はどこかで妥協しなくてはならない。ホテルに勤務している人が上司から「インフルエンザの予防接種をして来るように」と言われて、今日医者へ行って打つかどうか判断しなくてはならないかもしれない。そんなときに世界中の歴史上の全論文を取り寄せて分析するなんてできない。「疑念」というものを片隅に保管したまま、一旦は誰かの信用できそうな意見を採用してみなくてはならない。それは答えではないかもしれないけれど、当面は使える足掛かりになります。

 僕が「とりあえずここを足掛かりにしよう」と思ったのは、岩田健太郎『予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える』という本です。
 著者の岩田先生は感染症の専門家で、僕は2011年に神戸で開催された『災害時のリスクとコミュニケーションを考えるチャリティシンポジウム』でお話をきかせて頂いたことがあります。その時のお話の様子から、僕はこの人は信用できるなと思いました。もしかしたらこのときに実際に見ているので親近感が湧いているだけかもしれませんが、誰に対してでも会えば親近感が湧いたり信用したくなったりするわけではありません。

 
 この本の「あとがき」から引用させて頂きます。

<ある種の人たちはどうして、あんなにワクチンを憎悪するのでしょうか。そのことを考えてきました。
 ワクチンを否定したい、という気持ちそのものを、僕は否定するつもりはありません。誰にだって好き嫌いはあります。僕にもあります。
 (中略)
 ただ、大人であれば、「好き嫌い」の問題は顕在化させてはいけません。絶対に慎み深く隠蔽し、なかったかのように振る舞わなければいけません。「ぼくにんじん、きらーい」とか「私、けんじくんなんて大嫌い」といったステートメントは、子どもにだけ許された特権なのです。おとなは「好き嫌い」を口に出すことは許されないのです。
 そのような抑圧が、ゆがんだ形で表出されることがあります。「わたし、けんじくんなんて大嫌い」なんて子どもっぽい振る舞いを大の大人がやってはいけないから、「けんじくんの見解はいかがなものか?」と話法を変えてみるのです。「好悪の問題」を「正邪の問題」にすり替えるのです。前者は個人的な主観ですが、後者は客観的な事実関係を扱っている(ように見える)。
 (中略)
 「ワクチン嫌い」の言説は、好き嫌いから生じていると僕は思います。最初は好き嫌いから始まり、そして「後付けで」そのことに都合の良いデータをくっつけ、科学的言説であるかのように粉飾します。都合の悪いデータは罵倒するか、黙殺します。
 (中略)
 本書ではワクチン問題の「好悪」の部分と「正邪」の部分を切り離すことに、エネルギーを費やしました。ある程度は成功したと思います。
 僕はみなさんに、「さあ、みなさんもワクチン打ちましょうね」とプロパガンダをぶち上げているわけではありません。
 手持ちのカードは開陳されました。あとは、読者のみなさんが、自分の頭で考え、自分の意思で決断するだけです。>

 プロパガンダをぶち上げてはいないですが、副題の「ワクチン嫌いを考える」からも読めるように、「打てとは言わないが、毛嫌いもどうかと思う」と、毛嫌いしていた人にとっては「打つ」寄りに感じられる本かもしれません。
 ここでの「好悪」というのは、「面倒」で置換可能ではないかと思いました。好き嫌い以前に、予防接種を受けるのは面倒です。病気でもないのにわざわざ病院へ言って、時間もお金も掛かります。しかもちょっと痛いし、体に「異物」を放り込まれる。予防というのは何事においても面倒でアホらしくて、時にかっこわるい気もするし、できれば御免被りたい。何かが起こってからそれを「治療」とか「修理」とかしてもらうことには感謝できるけれど、何も起こらないうちから「虫歯にならないように歯磨きしなさい」とか「乗る前にタイヤの空気を点検しなさい」とか言われると、「うるせーな、そんな面倒なことやってられっかよ」となってしまう。

 だから、僕達は最初から「ワクチンなんて意味ない」と思いたいバイアスを持っていると思います。
 意味があるんだったらわざわざ病院に行かなくてはならないので、誰かに意味ないから打ちに行かなくていいと言って欲しいのです。それでインフルエンザにかかったら、どうせ予防接種をしていても掛かっているはずだから、とあきらめが付くので問題ありません。「インフルエンザの予防接種には意味が無い」と信じた方がイージーで快適なのです。妊娠の可能性とか超絶に楽しみな旅行前とか「絶対にインフルエンザに掛かりたくない」と思っている人以外にとって、予防接種というのはそういう心乱される選択肢だと思います。僕の場合はそうでした。
 この本は、まずそこを解く一助となってくれます。
 インフルエンザの予防接種を受けようかどうか迷っている人や、職場の上司に受けろと言われた人とか、この季節、予防接種が若干の悩みのタネになっている方も結構多いのではないかと思ってこの記事を書きました。
 この「心悩ませる余計な選択肢」みたいに見えているものが、ものすごい数の人命を救ってきた医学者たちの真摯な努力と叡智と覚悟の結晶であることを、「めんどくさい」の前に、もう一度振り返っても良いのではないかと思います。

予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)
岩田健太郎
光文社