物語における時間軸方向の振動

2014-04-17 22:15:20 | Weblog
 僕が子供の頃、「マンガは絵がついているから駄目で、字の本を読むと場面を想像するから想像力がついて良い」という言説がまかり通っていました。
 今もその片鱗はあると思いますし、部分的には真実なのかもしれません。

 しかし、「字の本を読むと場面を想像する」というのは間違いなのではないかと思っています。
 僕たちが小説や物語を読んでいるときに起こっていることは、「文章で説明された場面をイメージに置き換える」というような作業ではないと思うのです。

 僕はいわゆる「本好きの子供」だったので、よく本を読んでいました。土曜日の夜に本を持ってベッドに入る時が一番幸せ、という感じです。
 暗い部屋の中、スタンドの灯りに柔らかく照らされた文章がどこかの世界へ僕たちを放り込んでくれるわけですが、あるとき「その世界とはどこか?」ということを考えてみました。

 「どこか?」というより、「何か?」ということかも知れません。
 物語を読んでいるとき、僕たちの中では一体なにが起きているのでしょうか。
 最初は素直に「イメージしてる」と思っていたのですが、「読書している自分を観察」すると、どうやら事はそんなに単純ではありません。
 自分が読書している状況を注意して観察するのは、とても難しいことです。「読書している自分」に意識が向いた瞬間、「読書の世界」からは締め出されてしまうので、「読書」という状態は破れてしまいます。

 ちょうど、観測すると破れてしまう量子状態のように。

 なんてチンケな比喩を使うつもりはありません。
 比喩というのは、物事をより分かりやすくする為に使うものなので、一般的な事象を使わないと意味がないからです。
 開かれた文章中の比喩で量子力学を持ち出すのは、たぶん多くの人には意味がわからないかもしれないけれど、僕はあなた達の知らない量子力学を知っているんです、エヘン、という自慢がしたいときに限られるわけですが、僕はそういうことはあまり好みません。

 だから、僕はけしてそんな品のない比喩の使い方はしません。
 いや、それとも「既にした」のでしょうか。
 本文中には、既にその比喩が書かれているので、僕は比喩を使ったと言われるかもしれません。でも、僕はその表現を「そんなことはしない」と言う為に記述したので、やっぱり「そんなことしてない」はずです。ちゃんと比喩を記述した後にそれを「取り消し」しているわけです。

 けれど、そんな取り消しは無効だというのが本当のところでしょうか。
 例えば、人をぶん殴っておいて「というようなことは僕はけしてしないんだ」と言ったって、殴られた方では既に痛いし怪我だってしています。取り消しの文句がいくつ並べられたって、怪我は治りません。それと同様に、取り消しの言葉がいくつ並んだところで、既に書かれた言葉は既に読まれています。

 困難で不正確な自己観察ですが、「読書」には、このような「取り消し」に近い不自然さが存在しているようにみえました。
 少し、例を引いて見てみましょう。


 「わが友よ」
 彼は涙をふりはらって、おごそかに石の肝臓を指した。
                          』

 坂口安吾の「肝臓先生」にある一文です。
 短いですし、この文が特別だから挙げたわけでもありません。小説なら大抵はどの小説のどのページでも同じような構造が見受けられます。

 この場面には、2人の人間「私」と「彼」が登場しています。
 僕たちは文章を前から順に読んで行くので、最初に頭へ入ってくる情報は、

 「わが友よ」

 というセリフです。
 が、ここまで読んだ時点では誰がどのようにこのセリフを口にしたのかは分かりません。
 ちなみに、この場面の直前は「彼」が涙を流し、「私」が驚くというもので、来るセリフ「わが友よ」がどちらのものであるかを示唆する記述はありません。直後に書かれている「彼は涙をふりはらって、」を読んではじめて、誰がどのように言ったのか分かります。

 それでは、「わが友よ」を読んだ瞬間、僕たちが頭に「イメージ」しているものは何でしょうか。誰が言っているのかも分からない純粋なセリフだけを、まるでチェシャ猫の笑いのようにイメージすることは可能でしょうか。それとも、量子力学のシュレディンガー猫のように、「彼」が発話している状態と、「私」が発話している状態の重ねあわせ状態をイメージしているのでしょうか。おっと。

 無論、それは極々短い、一瞬のことです。ほぼ同時かもしれません。もしかしたら文章を前から順に読んでいるというのは間違いで、結構ジグザグと読んでいるのかもしれません。
 それでも、いずれにせよ僕たちは情報を一つづつであろうが、複数づつであろうが、断片的に頭に入力していくので、どこも欠けていないイメージを頭に描く為には「情報が揃うまで入ってきた情報を保留する」か「勝手に想像して後で遡及的に訂正する」必要があります。

 情報が揃っているのかチェックする時も、勝手な想像を訂正するときも、僕たちの頭の中に立ち上がっているのは通常の3次元空間的イメージ、つまり「場面」ではありません。
 先に「取り消し」の気持ち悪さについて言及しましたが、取り消しと置き換えが細かく起こっている高周波の「読書空間」としか呼びようのないものが、頭の中に立ち上がっているはずです。
 これはやっぱり非常に気持ちの悪い空間だと思うのですが、その気持ち悪さを安々と飛び越えて、読書というものが、物語というものが成立しているのが不思議でなりません。
トラックバック (0) | 

カーシェアリングとラブホテル

2014-03-25 21:25:52 | Weblog
 友達の知り合いがラブホテルを経営しているというので、ここ2、3年の売り上げの増減を聞いてみたのですが、友達はそこまでは知らないということでした。
 売り上げのことを聞いてみたのは、ひょっとしてカーシェアリングの増加はラブホテルの収益を減少させているのではないかと思ったからです。

 少し前に読んだ記事によれば、カーシェアリングを利用する人が急増しているらしく、そういえば2、3年前まで近所に停まっているカーシェアリングの車が動いているのを見たことがありませんでしたが、最近では出払っていることも多いので、僕の実感としても利用者は増えているのだと思います。

 たしかにこれは便利です。
 僕は京都に住んでいますが、神戸まで電車で出て買い物をしている途中で六甲山に行きたくなったら、iPhoneで近くにあるシェアの車を探して、会員カードをかざして解錠、その車で六甲まで行く、というようなことができます。
 料金が安くなり、乗り捨てなどのオプションができると、利用者は爆発的に増えるだろうし、従来のレンタカーが駆逐されるのも時間の問題ではあると思います。

 カーシェアリングの普及は、社会の様々なところに影響を及ぼすに違いありません。僕は特にデートのあり方が結構大きく変わるのではないかと思っています。
これまでのデートでは、「自分のを乗ってきた」であろうが「レンタカー予約した」であろうが、とにかく車の準備がないとドライブはできませんでした。つまり、ドライブは「わざわざ」行くものでした。

 でも、これからは違います。
街で「ちょっとお茶」の途中に「天気いいね、こんな日に琵琶湖でもドライブしたら気持ちいいだろうな」でという話になれば、「また今度」ではなく、「じゃあ、今から行こう」です。
 インスタントカップルよ永遠なれ。

 さて、カーシェアとラブホテルの相関関係と書きましたが、ラブホテルを持ち出したのは、それだけが書きたかったからではありません。
 実は、僕はラブホテルこそがシェアハウスだと思っています。
 現行の流行のシェアハウスは3年から5年くらい掛けてますます流行し、その後ゆっくりと減少に向かうと思います。
 代わりに、別形態のシェアハウスが誕生します。その別形態というのは、カーシェアに近い形の形態、つまり空間をシェアするのではなく、時間でシェアするという形態、ラブホテル方式のことです。
 別にラブホテルでなくても、普通のホテルでもいいんじゃないのか、という話で、それはそうなんですが、普通のホテルはサービスが過剰です。もちろんそれがホテルの良い点ですが、今の文脈では余計です。
 加えて、ラブホテルは普通のホテルよりいつも未来的でした。
 予約も何もなしに立ち寄って、誰にも会わずに勝手に部屋に入ってすごし、出る時にお金を払う。それも現金をカプセルに入れて壁のパイプにセットするとエアーでフロントに運ばれて、お釣りがまたカプセルで返ってくる、みたいなシステムを使っていたところまであります。
 将来的に、今は隠れて人がやっている作業も機械に置き換わるでしょう。完全無人のホテルに入って過ごし、スマホか何かで決済して外に出てくるのは、好き嫌いを別にして、やっぱり未来的です。

 今、社会で起こっていることは「短期少量分割化」です。
 音楽をCDアルバムというパッケージで買う人はほとんどいなくなりました。代わりに気に入った1曲をダウンロードします。流通の関係上、普通は300ページくらいだった書籍が、電子書籍では数十ページで出ています。雑誌という単位は滅びつつあり、人々が読むのは個別の記事です。
 会社の平均寿命も1980年頃には30年と言われていたのが、今では5年。つまり普通はもう30年ローンで家なんて買えません。そもそも30年も一箇所に住むライフスタイルは滅びつつあります。

 30年住む家→2年更新の賃貸→マンスリー(ウィークリー)マンション→Airbnb(ホテル形式、予約必要)→住みたいときにさっと入って使った分だけ支払う家(ラブホテル形式、予約不要)

 という流れになるのではないでしょうか。
 「ここが私の家である」という心の拠り所がなくなると困る、という人はずっと同じ場所に住めば良いですし、バンバン移動したい人は毎日のように違う土地で違う家に住みます。

 また京都ー神戸の喩え話をしますと、神戸で夜ご飯でも食べてしまって、さらにお酒でも飲んでしまえば、「もう今日は神戸で泊まりたい」と思うのですが、色々考えて大抵は頑張って京都まで帰ります。
 でも、このラブホテル形式の新しいシェアハウスが至る所にあれば、「今日は神戸で泊まろう」どころか、「今日から神戸に住もう」です。夜ご飯を食べていたレストランの近所に空いている家がないかiPhoneで検索して、そこへ行ってネット経由で解錠、引越し完了となります。2,3日して飽きたら、2、3日分の家賃を払って、さて次はどこへ行きましょうか。

 そんなの素敵でもなんでもないと思う人がいることも理解できます。
 でも、きっとこういう未来がやって来る。
 そもそも定住というのは、人類の長い歴史において、高々1万年しか歴史のない、どちらかと云えば特殊なことですし、それは食料備蓄の必要に迫られてはじまったとも言われています。
 テクノロジーがこれだけ発展した今、実は定住を続けている方がおかしいのかもしれません。


 
  
トラックバック (0) | 

STAP マンションポエム、広告化社会の果てで

2014-03-16 06:35:09 | Weblog
 <<<<<2014年3月16日10時10分追記
 どうやら中日新聞の記事は信憑性が怪しいようです。
 間違いかもしれません。
 >>>>>>>>>

 STAP細胞、小保方さんの騒動はとても気になっているのですが、理研が平気でウソをでっち上げて、それを「メディア戦略」と称していることに果てしない絶望感を覚えました。

 この記事「STAP疑惑底なし メディア戦略あだに(2014年3月15日) 【中日新聞】【朝刊】」によれば、

『会見に備え、理研広報チームと笹井氏、小保方氏が1カ月前からピンクや黄色の実験室を準備し、かっぽう着のアイデアも思いついた。』

 おばあちゃんからもらった筈の割烹着が実は伊勢丹で購入したものだとか、実験室の棚がスカスカだとか、そういう指摘は多々ありましたが、どうやらそういうことのようですね。
 これらが全部嘘だったというのは、百歩譲ってこの際どうでもいいです。ただ僕は、理研がこれをウソではなく「メディア戦略」と位置づけていることが本当にショックです。

 同新聞記事には、
『メディア戦略は理研幹部が「予想を上回った」と驚く成功を収めた。』
 とも書かれています。
 成功?
 ウソが拡散することが、成功なのか。
 天下の理研がいつからこんな訳のわからないことになってるんだ。

 先日「マンションポエム」という言葉を、日経の”マンション広告に躍る「ポエム」 建築を包む物語 2014/3/12 ”という記事で知りました。

 新築マンションなんかの広告に、「悠久の高台邸宅街で、人生はいま、高みを目指す」みたいな意味の良く分からない大げさなコピーが踊っていますが、これに違和感を感じていた方も多いと思います。これらヘンテコリンなコピーを「マンションポエム」と呼ぶそうです。的確なネーミングですね。

 マンションポエムはもちろん「宣伝文句」なわけですが、日経の記事には、以下のように書かれています。

『写真家の大山顕氏は、マンションポエムを「建築を隠す言葉」と表現する。「マンションは規格化が進み、もはや『法律と経済でできている』といっても過言ではない。都心の2億円の物件も郊外の2000万円台の物件も、建物自体にそれほどの差はない」。実際のところ、価格差のかなりの部分を占めるのは土地代だ。(中略)「値段が高いのは土地が高いから」という身も蓋もない理由を曖昧にし、「そこに住めばハイグレードな生活が待っている」という夢を買い手に抱かせる作用を持っている。』
 
 理研とマンションポエムの記事で、僕は「広告化社会」という言葉を思い出しました。
 広告化社会という言葉をこのブログで使うのは二度目のことです。

 前回は「広告化社会と演出化する消費者」という記事を去年に夏に書いています。

 「広告化社会」というのは、造語のつもりだったのですが、検索すると1982年出版の書籍に「広告化社会」というタイトルのものが一冊あるようです。
 僕は「人々が広告的にしか振る舞わなくなった社会」というような感じでこの言葉を使っています。
 つまらないパーティーでもFacebookにアップする写真を撮る時はおおはしゃぎのポーズをして、見る方も「まあ写真だし」と、そのはしゃぎっぷりを自然に3割引きくらいにはしているような社会。
 安物に「最高級」と書いてあってもなんとも思わない社会。
 どうせ全部ウソだろ。
 ならこっちだってウソつかないと損で、履歴書盛るのは「戦略」。Photoshopで修正するのも「戦略」。あることないこと言っとくのが「戦略」。ウソじゃないよ、野暮いっちゃいけない、戦略だって、戦略、作戦。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。軸は所詮損得勘定。見ているのが「同じ阿呆」ばかりだとどうして分かる? 残念ながら俺はあんたらと同じ阿呆じゃない。俺はあんたらと違って、悠久の高台邸宅街で、高みを目指しているんだ。

 僕達の社会は、隅々まで広告化しつつあります。コミュニケーションは演出と定型文で埋め尽くされています。かつて多くの雑誌が広告カタログに成り下がったように、Webはコマーシャルに埋め尽くされました。ビジネス書を読みライフハックをかまして一歩先行くつもりが、実は単なる消費者として社会に飲み込まれているに過ぎず、朝活だかスキマ時間活用だかで手に入れた筈の幸福のペラペラさは、どんな素敵なポエムも遂に覆い隠せず。ストレス発散というガス抜きのつもりの窒素充填窒息必至、実体はやはり消費の繰り返し。どこへも行けない、檻の中の消費者。
 さて、僕達はどこからこじ開けましょうか。
トラックバック (0) | 

西はりま天文台訪問記05;地球人のような宇宙人さんへ

2014-03-07 20:49:58 | Weblog
 前回、鳴沢真也さんの著書「宇宙人の探し方」について、すこし書きました。「地球人に似た宇宙人を探す」という辺りから、話を再開したいと思います。

 前回書いたように、「フェルミ・パラドクスならびに藤下パラドクス」「高度な文明があればたった500万年で銀河系は征服されているはず」ということを考えてみれば、なんというか宇宙人なんていないと考えるほうが論理的なのかもしれない気分になります(かなり曖昧な記憶ですが、そういえばファインマンは宇宙人はいないと言っていた気がします。地球には来ていない、だったかもしれません)。

 僕は、それでも気楽に宇宙人はいるだろうと思っているのですが、ここで鳴沢さんのスタンスを紹介させて頂きます。(iETは宇宙人のことです)

『私は、iETがいると絶対に信じていて、iETを見つけたいと思っているのではありません。いるかいないか、現代の科学でも分からないから、iETに関心を持つ者として、そして科学者の1人として「どちらなのかを知りたい」のです。』(44ページより引用)

 このように科学者として正当なスタンスが、本書の信頼感につながっています。
 きちんとした科学としての宇宙人探しです。
 言うまでもなく、もともとそんなの誰の許可も要らないのですが、もしも心のどこかに「大人の躊躇い」のようなものがあるのであれば、この本はきっとその躊躇いを解除してくれます。
 宇宙人の事、僕達は真剣に考えたって構いません。もちろん。

 宇宙人について語る時、僕達は「なるべく自由に考えなくてはならない」という強迫観念を持つ傾向があります。
 曰く、「それは地球の感覚を引きずって考えているからだ、水なんてなくても生命は誕生したかもしれないじゃないか。タンパク質なんてなくても石でできた宇宙人がいるかもしれないじゃないか。もっと自由に考えないと」

 それはロジックとしては正しいのかもしれませんが、具体的に物事を進めるときには、邪魔な信仰に成り得ます。
 もしも、「自由に」生命の定義を考えなおして、「自由に」知性の定義を考え直すのであれば、僕達は「月は実は知的生命体かもしれない」というような問いをいちいち検証していかなくてはなりません。
 それはデカルト的に全部疑って考え直す態度としては間違っていないでしょう。でも、実際のところ、そんなことをしている時間はないし、もしも「新しい自由な定義」で月が知的生命体であったとしても、月は月であり、僕達が彼を新たな隣人として実感することはとても難しいはずです。
もしかしたら、月面に向かって微分方程式をデジタル信号にしてレーザーで送ると、ある部分の反射がその解になっている、みたいなとんでもないコミュニケーションの方法があるのかもしれないけれど、たかだか100年しか生きない僕達にはそれを真剣に検証する時間はありません。なんでもかんでも闇雲にやってみれば良いというわけではなく、前回やや批判的に紹介したドレイク方程式のようなものを使って、どういう方針で探すのか「だいたいのアタリ」をつけなくてはなりません。

 だから、もうばっさりと、そういう「豊かな想像力」は切り捨てます。
 素直に、「地球人っぽい」感じの宇宙人にターゲットを絞って、彼らからの信号を探すことにします。
 僕達と同じような物質でできていて、僕達と似たような思考をする遙か遠くの隣人。彼らを探そう。
 そう決めると、漠然とした「宇宙人探し」は、とたんに現実味を帯びた科学になるのです。

ここで現実味というのは、僕達の今の科学では全天を常に観測し続けることはできない、という現実を中心とした現実味になると思います。
実は、宇宙人から送られてくる電波を探すとき、ラジオのアンテナのようなものを立てて終わりというわけには行きません。遠い星から送られてくる電波は微弱なので、パラボラで集める必要があります。なのでパラボラの向いている方向の電波しか観測できません。
これに関しては、だいたいは望遠鏡をイメージして頂くと良いかと思います。電波も光も周波数が違うだけで、実体は両方とも同じ電磁波です。遠くの光を観測する時、そちらへ望遠鏡を向けるのと同じように、遠くの電波を観測する時はパラボラアンテナをそちらへ向けます。実際に、これらのパラボラアンテナは「電波望遠鏡」と呼ばれます。

 観測できる空の部分がピンポイントなことに加えて、地球は自転しているので観測できる空の部位は時々刻々変化します。さらに、観測結果を解析するのにも大きな計算機資源が必要です。
 これはもうどうあったって、なるべく合理的にアタリを付けるしかありません。

 それでは、「地球人っぽい宇宙人」にターゲットを絞ることが果たして合理的なのか、鳴沢さんの著書を紐解いてみましょう。

『ここでお断りしておきたいのは、私は地球と同じような惑星に、地球と同じ形質(性質や特徴)を持った生命の存在を大前提としているということです。なぜなら、地球という惑星に、確かに生命のサンプルがあるので、まずはそれと同類の存在を考えることに根拠があると考えるからです。
 (中略)
 例えば、地球の生命の場合とは完全に異なる物質で形成されているiETの存在も想像はできますが、そういったものは本書では基本的には考えません。』(28ページより)

『DNAは、塩基や糖などによって形成されるヌクレオチドという物質が組み合わさってできています。ヌクレオチドを形成する塩基は4種類あるのですが、このうち2種類が2011年に隕石中に発見されました。また糖も隕石の中に見つかっています。
 このように、生命に必要な材料は、地球にだけ存在するものではないのです。よその惑星でも条件さえ整えば、このような物質は形成される可能性があります。生命を作る物質が存在するかどうかは、宇宙生命の存在を考える上でたいしたハードルではなさそうです。』(30ページより)

 僕達地球人という「宇宙人」が実際にいるのだから、こういう宇宙人がこの宇宙に存在しうることは既に事実で、かつ、その材料はよその星でも十分揃いそう、ということです。
 合理的ですね。探す宇宙人を地球人っぽい方々に限定したからといって、大きな差し障りはなさそうです。

 地球人っぽい宇宙人を探すことに決めると、空のどの辺りを重点的に探すか、ということについてアタリを付けることが可能になって来ます。地球に似た惑星のありそうなところを探せばいいわけです。
 ええ、完全に天文学の出番です。
 僕は、長い間天文学のことを良く知らず、子供の頃の漠然とした知識で止まっていたのですが、現代の天文学は当然ですけれどぐんと進化しているようです。楽しいですね。
 時間切れなので、続きは次回に!

宇宙人の探し方 地球外知的生命探査の科学とロマン (幻冬舎新書)
鳴沢真也
幻冬舎
トラックバック (0) | 

西はりま天文台訪問記04;ドレイク方程式

2014-03-04 18:09:36 | Weblog
 観望会のホストをして頂いたのと、「宇宙人探し」のせいで、僕達の中ではすっかり「西はりま天文台といえば鳴沢さん」というイメージが出来上がりました。
 家に帰ってから鳴沢さんのことを検索してみると、本を出されていることが分かり、早速注文します。

 本のタイトルは直球で「宇宙人の探し方」。
 副題が「地球外知的生命探査の科学とロマン」です。

 僕は前回、「宇宙人はいると思う」「SETI@homeに参加してたことがある」と書いた割りに、SETIの詳細を全然知りませんでした。
 わりかし適当に宇宙からの電波を観測して、あわよくば何か見つかるんじゃないだろうか、みたいな、ほとんど「ロマン」でやっているイメージも持っていました。

 でも、この本を読むと副題の通り「科学」の部分が、世界合同SETI「ドロシー計画」を率いた鳴沢さんの具体的な体験と共に綴られています。

 僕がSETIに「ほとんどロマン」というイメージを持っていたのには一応の理由があります。
 それは、はじめてドレイク方程式を見た時の失望感が実に大きかったからです。
 ドレイク方程式は、宇宙人に興味のある人であれば誰もが知っている有名な式で、以下のように記述されます(「宇宙人の探し方」p240より)。




ここで、
:現在、銀河系内に存在する、電波通信技術を持つ高度な文明の数
:銀河系で1年間に生まれる恒星の数
:恒星が惑星系を持つ割合
:1 つの惑星系の中で、生命に適した環境を持つ惑星の数
:生命に適した環境を持つ惑星のうち、実際に生命が誕生する割合
:惑星で誕生した生命が知的能力を持つまでに進化する割合
:知的生命が電波による通信を行う文明を持つ割合
:実際に電波による通信が行われる期間の長さ


 「なんて適当なんだ…」というのが、子供の頃の僕の感想です。
 宇宙人の存在について地球の科学はまだ何もロジカルなことは言えないのだ、と感じました。だから「いるんじゃないか」というロマンの元に宇宙人探しは行われているのだろうと。

大人になって、改めてドレイク方程式を見ると、これはフェルミ推定(分からないことをなんとかバクっと概算すること)にすぎず、宇宙人とのコンタクトについて考察する時の、だいたいの枠組みを与えるものだったのだと分かります。
「わからないんだけど、大体のアタリをつける」のは科学でとても大事なことです。

 アタリを付けるとは言っても、ドレイク方程式の後半は桁数が何桁でも変わるくらいに不確実なものだと思うので、その積で導かれた数字に意味を持たせるのはなかなかの勇み足ではあると思います。実際に、鳴沢さんも「批判的な研究者もいる」と明記されています。

 ドレイク方程式を作ったドレイクさん自身の計算では、N=1万。
 つまり、銀河系の中に1万個の電波通信可能な文明があるということです。
 僕達の銀河系には恒星が1000億個あるので、1000万個の恒星系を観測すれば1個は文明が見つかることになります。

 余談になりますが、先の文章で僕はドレイク方程式発明者を「ドレイクさん」と「さん付け」で書きました。これは鳴沢さんの表記に倣ってのことです。通常なら書籍中ではドレイクと敬称略で書くことが多いと思いますが、鳴沢さんは本書中、一貫して「さん付け」で研究者名を記されています。そういう丁寧な学問への敬意と好意がこの本には溢れています。

  先程、ドレイク方程式はフェルミ推定だと書きました。
 フェルミ推定のフェルミというのは、物理学者エンリコ・フェルミから来ています。フェルミは20世紀前半に大活躍したローマ出身の大物理学者。フェルミ統計、フェルミ粒子、フェルミエネルギー、フェルミ準位。彼の名前は物理学の様々な分野で今も聞かれます。とにかく大物理学者です。
 フェルミは物事をサクッと概算することが得意だったらしく、分かりそうにない量を概算して推定することが、いつの間にかフェルミ推定と呼ばれるようになりました。
「世界中にコーヒーカップはいくつあるか?」みたいな問いに、それらしい答えを出す入社テストみたいなのが巷で流行ったみたいですけれど、そういうやつです。

 フェルミは宇宙人の存在についても、簡単に概算を行っていて、その結果では宇宙人は既に地球に来ているはずでした。なのに、僕達は宇宙人に出会ったことなんてありません。
 「彼らはどこにいるんだ?」とフェルミは言ったらしいです。
 来ているはずなのに、いない。
 これをフェルミ・パラドクスと言います。

 鳴沢さんは、フェルミ・パラドクスを紹介したあとに、「藤下パラドクス」というものも紹介されています。
 少し本から引用させて頂きますと、

『これが、現在では「フェルミ・パラドクス」と言われる、地球外文明論における大問題なのです。電波観測によって地球外文明探査を行っている東海大学の藤下光身さんも、印象的なことを言われました。天文学会で私と話をしていた時のことです。iETはおそらく存在するという前提で議論をされた後で、ぼそっと、こうおっしゃったのです。
「それにしては宇宙は静かなんだよね」
 日本では「藤下パラドクス」と呼んでもいいかもしれません。』
(51ページより)

 パラドクス、パラドクスって、勝手な推定をしてるだけじゃないか。と言われるかもしれません。
 勝手に「宇宙人がこれくらいいる」と推定して、それが見つからないからおかしいおかしいって、宇宙人が地球に見当たらなくて、さらに宇宙が静かなのは、宇宙人がいないからだよ、少なくとも、あなた方が考えているよりずっと少ないからだよ。という意見が、きっとあると思います。

 さらに、フェルミ・パラドクスの少し前に紹介されている、なんだか宇宙人なんていないのかもしれないと思わせる試算もあります。
 その試算も、引用させて頂くと。

『光速の10%の速さの宇宙船で近隣の2つの恒星へ移動して、そこにある惑星に入植します。それぞれの惑星上で400年滞在して、新しい宇宙船を建造し、そこからまた2つの恒星へと飛び立ちます。それぞれの恒星(に存在する惑星)でまた400年かけて次の宇宙船の準備をして、それぞれの恒星からまた2つずつの恒星へ…。これをネズミ算式に計算してゆくと、たった500万年で天の川銀河の全ての恒星を植民地化できるのです。このような計算は、考える人によって設定条件が違うので、計算結果も多少変わってきますが、天の川銀河の年齢おおよそ100億歳に比べれば、あっという間に全ての恒星にたどりつくことが可能だというポイントが重要です。』(47ページより)
 
 天の川銀河にいくつ文明があるか、ということはここでは問題ではありません。たった1つ。たった1つの高度な文明があれば、僕達の地球だってすでに征服されているはずなのです。
 でも、現実には僕達はこの地球で羽を伸ばして生きています。
 「いやいや、どんどん殖えて他の星にだって手を出したい、という考え方は地球の生き物の考え方に過ぎない」ということでしょうか。
 でも、鳴沢さん達が探しているのは、他でもない、僕達に結構似た宇宙人なのです。もちろん、色々な形の宇宙人が想像されますが、科学的に宇宙人を探すために、鳴沢さん達は「地球人に似た宇宙人」にターゲットを絞られています。
 そういう、地球人に似た宇宙人なんていないのでしょうか。
 次回は、その辺りから続けたいと思います。

宇宙人の探し方 地球外知的生命探査の科学とロマン
鳴沢真也
幻冬舎
トラックバック (0) | 

西はりま天文台訪問記03;宇宙人はいるのか?

2014-02-14 17:59:19 | Weblog
 観望会の翌朝は雪だった。
 ロッジのチェックアウトを済ませた後、ミュージアムショップでも覗いて帰ろうと天文台北館へ行くと、天文台で作成された動画が流れていて、僕達がそれを見た時、画面では昨日の観望会でお世話になった鳴沢さんが"SETI"の話をされていた。

 その後、もう一度「なゆた」を見て、パネル展示も眺めていると、西はりま天文台で研究されている方々の紹介パネルがあり、鳴沢さんの自己紹介には「宇宙人を探しています」と書かれている。
 そうか、鳴沢さんは宇宙人を探されているのか。
 そういえば観望会でも何度かチラリと地球外生命体に言及されていたなあ。

 SETIというのは、Search for Extra-Terrestrial Intelligenceのことで、日本語では「地球外知的生命体探査」と訳される。いわゆる「宇宙人探し」のことだ。
 どうやって宇宙人を探すのかというと、基本的には、宇宙にアンテナを向けて、彼らが送ってくるであろう「不自然な」電波を受信してである。それだけではなく、送られてくるであろうレーザーを探したり、こちらからシグナルを送ったり、いくつかの方法があるようだけど、詳細は鳴沢さんの著書「宇宙人の探し方」にお任せするとして、ここでは個人的にSETIのことを書きたいと思います。

 実は、僕もSETIとは全く無関係というわけではありません。
 かなりカジュアルにですが、参加していました。
 SETIには、SETI@home ( http://setiathome.berkeley.edu/index.php )という、実に素敵なプログラムがあり、文字通り家からSETIに参加できるのです。実にカジュアルですね。

 SETIでは宇宙からの電波を解析して、宇宙人が発信したのではないかと思われる電波を探し出すわけですが、広い宇宙からの電波を24時間解析し続けるには、膨大なコンピュータ・リソースが必要となります。とても1つの研究施設では賄いきれません。

 そこで、電波望遠鏡で取得したデータと解析ソフトを、インターネット経由で世界中のボランティアのパソコンに送り、それぞれのCPUで計算をしてもらう、という作戦が取られました。
 つまり分散コンピューティングです。SETI@homeは極めて成功した分散コンピューティングの1つだと思います。

 僕もかつて研究室のパソコンにこれを載せていて、スクリーンセーバーの代わりにSETI@homeが起動するようにしていました。
 ひょっとしたら目の前で、自分のコンピュータで、宇宙人からのメッセージを発見できるかもしれないという期待にワクワクしながら、クールな解析過程のグラフィックを眺めるのはとても素晴らしい気分です。

 もしも見つからないとしても、自分の元に送られてくるデータの出先を考えると胸が高鳴ります。
 SETI@homeで送られてくるデータは、プエルトリコにあるアレシボ天文台で取得されたものですが、アレシボ天文台には世界最大、直径305メートルの電波望遠鏡があります。

 アレシボ天文台Arecibo Observatoryのグーグル画像検索結果
https://www.google.co.jp/search?q=Arecibo+Observatory&espv=210&es_sm=122&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=L879UvDrB8ejlQWX-IDQBA&ved=0CAsQ_AUoAw&biw=780&bih=362

 こんな凄い設備から、僕のパソコンなんかにデータを送って貰えるわけです。それだけでも、どうあったってワクワクします。
 だんだんとパソコンで大きな計算を走らせたままにすることが多くなり、SETIのプログラムは削除してしまいましたが、ほんの微かにでも参加できたことを嬉しく思います。

 さて、「SETI@homeに参加していた」と書くと、「じゃあ、宇宙人がいると思っているのか?」という質問が飛んでくるのではないかと思うのですが、僕は「どちらかというといるんじゃないかなあ」と思っています。

 これには前提が1つあります。
 それは、「世界が僕達の科学が捉えているような感じのものである」ということです。
 説明しにくいので言い換えますと、「僕達の世界が、何かの作り物ではないなら」ということです。
 たとえば、もしもこの世界が誰かの作り出した仮想世界であって、僕がその中に放り込まれただけだとしたら、その誰かは別に宇宙人なんて作っていないかもしれません。ここがもしもマトリックスの中であれば。宇宙人どころか、他の人達だって。僕はこれを誰かに読んでもらえるだろうと信じて書いているわけですが、もしかしたら読者なんて1人もいないのかもしれません。全てはただのプログラムなのかもしれません。ブラックホールどころか、月も地球もないのかもしれません。

 でも、特に根拠はありませんが、僕はここがマトリクスの中ではないと信じています。あの人にもこの人にも意識があり、僕はこの世界でひとりぼっちではないのだと信じています。
 同時に、これまで人類の科学が築いてきた世界認識は、ある程度まで正しいのだろうと信じています。つまり、僕達の物理学は宇宙の彼方ででも通用して、天文学が捉えた宇宙像はある程度まで正しいのだろうと。これは全く不思議なことだけど、生命は化学反応の賜物として生まれたもので、けして神がサクッと作ったものではないのだろうと。

 そうであれば、このメッチャクチャに広大な宇宙の中で、地球人がひとりぼっちだとは、僕には到底信じられないのです。
 僕にとって、「自分」でない「他者」の存在は既に不可思議です。そして僕は「他者」の存在を信じています。つまり、僕はもう最初の一番大きな問題に対して、根拠のない仮定、いうなれば信仰のようなものを既に持っていることになります。その「他者」が地球人か宇宙人か、どの銀河にいて、どんな形をしているのか、タンパク質でできているかミネラルでできているのか。そんなことはもう些細な問題にも思えます。

 もしもこれを読んでくれている「あなた」が存在しているのであれば、他所の星に「宇宙人」が存在していると考えるのは、僕にとっては随分自然なことのように思えるのです。
 
 

宇宙人の探し方 地球外知的生命探査の科学とロマン (幻冬舎新書)
鳴沢真也
幻冬舎
トラックバック (0) | 

西はりま天文台訪問記02;なゆた望遠鏡

2014-02-13 16:42:48 | Weblog
 M82銀河の中にぼんやりと見える光点は、なんと超新星ということだった。
 超新星爆発。
 僕が見ているのは、1200万光年の彼方、僕達が住んでいるのとは別の銀河での星の最後だ。
 写真でも映像でもない。網膜に届いたその光子は、1200万光年を旅してきた、1200万年前のとんでもない大爆発のカケラで、それを「なゆた」望遠鏡がかき集めて目に運んでくれた。
 たった今、1200万年前に、すごいことが起きている。
 _____________

 前回、西はりま天文台を訪ねた、その心境みたいなものを中心に書きました。
 今回は、観望会のことを、訪問記らしく紀行文調で書きたいと思います。

 宿泊者観望会は19時30分からということだったけれど、19時前からなんだかソワソワして落ち着かない。夕方までポツリポツリとしていた小雨は、幸いにも上がっているようだった。とはいえ、空はきっとまだ曇天だろう。望遠鏡は、「なゆた」は動かしてもらえるだろうか。天候が悪い場合、観望会は研究員の方のお話会になるらしい。それはそれで楽しそうだが、どうせならやっぱり「なゆた」を覗いてみたいと思う。

 家にはないテレビを珍しがって点けて、画面の向こうで読まれるニュースは何の話だか、まったく聞きもせずに僕達はコートを着てマフラーをグルグルと巻いた。「外はとても暗いので懐中電灯をお持ち下さい」と、部屋には懐中電灯が用意されていたけれど、コートのポケットにはすでにスノーピークのライトが入っている。
 もちろん外は暗い。
 なんてったって、ここは天文台なのだ。

 スニーカーの紐を結んで外へ出ると、本当に外は暗かった。期待を込めて見上げた空へ、見える星はほんのわずか。寒くて、暗くて、星も見えず、でもやっぱり天文台にいるという高揚感が静かに背骨を登って行く。ロッジから小高い丘の上、2つ並んだ天文台のシルエットを目指して僕達は歩く。

天文台北館の横を抜け、「なゆた」の設置されている南館へ。建物の灯りが玄関に落ちていて、すこしホッとする。どこからか金属音のような、虫の鳴き声のような音が、周期的にずっと鳴っていて、ここがただの建物ではなくて、特別な機能を備えた施設であることを象徴しているようだ。
 僕達の他に、人は見当たらなかった。ロッジでは隣の部屋にも人がいるようだったけれど、その人達は来ないのだろうか。

 南館の入り口を入ると、青い色のダウンジャケットを着た男の人が僕達を迎えてくれた。胸元で目立つワッペンには「NASA」と書かれている。

「もう一組来られるようなので、少しお待ちください」

この方が、この日の観望会でいろいろな話をして下さる鳴沢真也さんだった。鳴沢さんが、実は地球外知的生命探査の第一人者であるということを、この時はまったく知らず。それどころか、この後観望会が始まると、冗談の連発だったので、NASAのワッペンもあいまり、しばらく僕は鳴沢さんのことをプロの研究者だとは思っていませんでした。
 しかし、観望会が進むにつれて、冗談でサラッと覆われた鳴沢さんの豊富な知識と鮮やかな説明ぶりに感銘を受けるようになっていきます。

 もう一組の人達が来るのを待つ短い間、展示室の中を見ていると、雲の動きや天体をモニターした画面がいくつか壁に掛かっていて、素直にかっこいいなと思う。
 やっぱり科学はかっこいい。
 そう思っていると、すぐにもう一組の人達がやって来た。ロッジで隣の部屋に泊まっている人達だった。
「では」と鳴沢さんに案内していただき、みんなでエレベーターに乗り込む。
 どうやら無事、観望会は行われる。
「なゆた」望遠鏡のある3階までエレベーターは上がっていく。
 いよいよだ。

 エレベーターを出て、少し歩いたコントロールルームの隣に、なゆた望遠鏡への扉がある。嬉しいことに僕は扉を開く係りをやらせてもらった。ただ扉を開けるだけのことだけど、こういうのはとても嬉しい。

 扉を開くと、蛍光灯の白い光の中、「なゆた」は真っ直ぐに立っていた。
 大きくて、しっかりとした造形。
 灯りを消すまでのあいだは自由に撮影して良いということだったけれど、エキサイトしていたのと、「なゆた」が大きくてiPhoneの画角に収めにくかったのもあって、僕ははこのときロクな写真を撮ることができなかった。

「なゆた」のある部屋と、コントロールルームは音声でも繋がっている。こちらの声はマイクで拾われて向こう、つまり「なゆた君」に届き、「なゆた君」の声はスピーカーでこちらへ届く。
鳴沢さんと「なゆた君」が話をして、部屋の屋根が開き、望遠鏡のカバーも開き、照明が落ちて観測体制が整う。カッコいい。完全にクールだ。開いた天井越しに見える星空は、天候がそれほど良くないとはいうものの、普段僕が街中から目にするものよりずっときれいだった。

「次の雲が近づいているので、ちょっと急ぎ目に見るもの見た方がいいと思います」

 空の様子をモニターしてくれている「なゆた君」が教えてくれて、僕達の"天体観測"は始まった。

最初に見せて頂いたのは、やっぱり月でした。
望遠鏡の、大きくて重たいはずの躯体が、スムーズに完璧な精度で動いて月を捉える。
 巨大な望遠鏡に設けられた、小さな接眼部を覗き込むと、そこには地球の大気にやや揺らぐ月の表面が大きく写っていた。僕達が毎晩のように見上げている月の、その実ぜんぜん見えていない細部。
 かつて僕が持っていた小さな望遠鏡とは違い、「なゆた」には追尾装置が当然付いている。だから、地球が動いているにも関わらず、望遠鏡に見える月の部位は微動だにしない。

 まだ気楽に月へも行けないけれど、人類の科学も木と石からはじめて遠くまで来たのだ。
 じっと静止しているようにしか見えない巨大な望遠鏡は、地球の回転に伴い、計算に合わせ、精密に制御されて動いている。制御系のプログラム、ベアリングや歯車、軸の精度。構造体の剛性。僕の思いも寄らぬ、ありとあらゆる部分がキチンと作られてはじめて巨大望遠鏡による天体の追尾は実現する。
 光学系の精密さは言うまでもない。「なゆた」の直径2メートルの主鏡は数千万分の一ミリの精度で磨かれている。
 そんなハイテクの隣で、僕達は気楽に星を眺めて冗談を言うのだ。21世紀はちゃんとやって来てるのかもしれない。

 このあと、木星や、冒頭に書いたM82銀河の超新星、その他たくさんの天体を見せていただきました。
 僕の頭の中は、半分は地球から遙か遠くの世界へ飛んでいき、半分は「なゆた」自体の制御系が行っている計算のことを想像して、2つに分裂していた。

 天文台の入り口で聞こえた周期的な音が、この部屋の中でもずっと聞こえていたので、一体何の音なのか鳴沢さんにお聞きすると、赤外線カメラを冷やす冷却装置のコンプレッサの音だった。
 僕達はこの日、「なゆた」に設けられた接眼部から直接星々の姿を見たわけだけど、多分これはかなり特殊なことだ(写真中央がなゆたの接眼部です)。

 僕は天文学のことを全然知らないものの、誤解を恐れずに書いてしまうと、きっとこのレベルの望遠鏡に直接肉眼で覗く部品を付けるのは滅茶苦茶に「趣味的」なのではないだろうか。

 なぜなら、折角の高性能望遠鏡で集めた光を、見える周波数の限定された人間の目なんかで覗いても仕方ないからだ。それは折角集めた光の持つ情報の多くを捨ててしまうことを意味する。たとえば僕達の目には赤外線は見えない。でも赤外線カメラなら見える(*1)。
 さらに、肉眼で覗いていては録画もできないわけだから、研究という枠組みで考えるならほとんど意味がない。

 それでも「なゆた」が肉眼で覗けるようにデザインされているというのは、西はりま天文台のスタンスを象徴しているように思う。
 どうして、わざわざ肉眼で覗けるようになっているのだろう。
 それは、もしかしたら”僕達素人”が覗けるようにではないだろうか。僕達は、映像でも写真でもデータでもなく、やっぱりまず「ナマの」星を見たいと、どうしても思う。そんな僕達の為に、「なゆた」の接眼部はあるのではないだろうか。
 ここは、きっととても開かれた天文台なのだ。
 宇宙に対してだけでなく、僕達に対しても。

 せっかく説明して頂いた細部は、実はもう良く覚えていない。
 でも、覗き込んだ星々の光と、見上げた宇宙空間と、ファニーだけど的確な鳴沢さんの宇宙ガイドは、記憶というよりも手触りのように脳裏へ刻まれ、僕は自分が日本というより地球というより「宇宙」に住んでいるのだという事実を再認識した。
 やっぱり、こうでなくちゃ。
 
(*1)最近は性能が上がって余計なものが映らないようになっているかもしれませんが、少なくとも数年前までのデジカメは赤外にも感度がありました。だから、赤外線リモコンのボタンなどを押しながら、その発信部をデジカメの画面で見てみると、確かに発信部から光が出ていることが確認できます。念の為ですが、見えているのは赤外線の「色」ではありません。 


西はりま天文台のサイト: http://www.nhao.jp/
トラックバック (0) | 

西はりま天文台訪問記01;イントロダクション

2014-02-06 18:44:23 | Weblog
 西はりま天文台へ行ってきました。
 西はりま天文台には、口径2メートルの反射式望遠鏡「なゆた」があります。もしかしたら口径2メートルというのは、一桁だし、20メートル!とかいうのとは違ってあまりインパクトがないかも知れません。でも口径2メートルというのはとてもすごいです(写真の通り!)。「なゆた」は日本国内最大の望遠鏡で、一般に公開されている望遠鏡としては世界最大。また人が直接覗き込む接眼部のついた望遠鏡としても世界最大のものです。

 僕は京都に住んでいるので、播磨というのはそんなに遠くもなく、2004年に鳴り物入りで「なゆた」が設置されたときからずっと興味を持っていました。
 でも、ずっーと、見に行くことはなかった。それは、いつもの僕の僻みのせいなんかではありません。僕が、なるべく星のことを考えないようにして生きてきたからです。

 星の事を考えないようにしていたのは、もどかしさで一杯になって、心の奥の方にぐーっと力が入ってとても疲れるからです。
 子供の頃、貯めたお年玉で天体望遠鏡を、僕も買いました。もちろんビクセンのです。今回、西はりま天文台のミュージアムショップでビクセンの製品とロゴが目についたとき、昔持っていた望遠鏡の、フィルターやレンズを入れるプラスチックケースのガチャガチャした手触りが蘇ってとても懐かしかった。

 最初に自分の望遠鏡で見たのは、もちろんというか、月でした。
ピントが合うと、圧倒的な質感が、小さな接眼レンズの向こうに出現します。大地の起伏と、それらが太陽光と織りなす白黒の陰影。僕は今、違う星の地面を見ている。向こうの星にも確かに大地が、地形が存在している。もっと見たい。もっと詳しく見たい。
 月に生き物がいないことは知っているけど、ひょっとしたらと思う。
 誰も住んでいないのは知っているけど、やっぱりひょっとしたらと思う。
 じっーとこのまま見ていれば、何かが動かないだろうか。
 でも、ずっと月を見ていることは難しい。なぜなら地球は自転していて、追尾装置のない僕の望遠鏡の視界を、月はあっさりと横切り消え去るのだから。

 手動で角度を調節し、レンズを覗き込み、視界から月が切れるとまた調節する。見るだけではなく、あそこへ行きたいと思う。でも、あそこへ行くことはとても難しい。なにせロケットが必要なのだ。車でも飛行機でも船でもない、ロケットが。

 しかし、科学がもう少し進めば、僕達がロケットに乗って月に行くことは可能だろう。
 問題なのは、もっともっと遠くの星々だった。たとえば10億光年の彼方、他所の銀河の美しい形を見ることができるのに、そこへ行くことはできそうにない。相対論はロケットを光速まで加速することは不可能だと示唆している。光の速さでも10億年かかる距離を、光速未満の速度で、この100年も生きない生物がどうやって移動できよう。10億光年の孤独にはクシャミも出やしない。

 ワープというマジカルな手段を開発すれば良い、と思わなかったわけではありませんが、「よしワープの研究に人生捧げよう」と思うほどの楽観性も自信も度胸も持ち合わせていませんでした。

 胸をザワザワさせるのは、輝く星の瞬きや、各望遠鏡が捉えて科学雑誌に載せた写真だけではありません。
それらを見ていると、「もしかしたらあの辺には知的生命体が存在していて、スターウォーズみたいな生活が本当に繰り広げられているのではないか」という想像に取り憑かれます。スターウォーズみたいな世界と僕が言う時に指しているのは「他の星にあっさり行けるくらい科学が発展している」というだけのことではなく、「色々な星の住人がみんなで何かしている」ということを含みます。

つまり、僕は星空を見上げると、「あっちでは色々な星の住人がみんなで暮らしているのでないか、しかも超ハイテク付きで」という想像に取り憑かれて、居ても立ってもいられない気持ちになってしまうのです。

それに対して、僕は現代の地球という場所に縛られています。もしかしたら火星くらいには行けるかもしれないけれど、死ぬまでに太陽系を出ることはないでしょう。他の星の住人が作った街を見ることはないでしょう。

 この「閉じ込められた」状況にどうしても耐えられなくなり、どうにか抜け出したくて、一番苦しかったのは中学生のときです。空間を他所の銀河まで移動できないなら、時間を未来まで移動しよう、そうすれば未来の技術で色々な星へ行けるかもしれないと思いました。

 僕たちは過去にメッセージを送ることはできないけれど、未来になら送ることができます。たとえば五万年後にだって「手紙」が残りさえすればメッセージは届きます。
 そこで、僕はタイムマシンを持っていると思われる未来の誰かに宛てて「迎えに来て欲しい」と手紙を書きました。指定した時刻は手紙を書き終えた1分後だったので、上手く行けば僕は手紙を書いた1分後にタイムマシンに乗れるはずでした。

 残念ながら、1分後どころか、それから20年以上経ってもタイムマシンは現れていません。
 手紙もどこかへ行ってしまったので、そのせいかもしれない。
 今なら、Webの海にでも投げ込んでおけば、未来の誰かにメッセージが届くのでしょうか?
 そしたらタイムマシンは1分後に来てくれるでしょうか?
 もう僕はこの時代を生きるつもりだけど。
 もう僕は今ここから、遥か彼方の天体を、僕達の科学の粋を集めて眺めているつもりだけど。
トラックバック (0) | 

ストレスは”貯まる”のか。

2014-02-02 23:30:54 | Weblog
「抑圧が駄目とも限らないんじゃない?」みたいな会話が聞こえてきて、抑圧という言葉について考えました。
 僕達が何かを我慢しているとき、それはしばしば「欲求を抑圧」というような表現が用いられます。そこには漢字が指し示す通り、何かをギュ〜と抑えつけて圧力がこもったようなイメージがあります。まるで、空気をギューッとボンベにでも詰めたように、あるいはバネを押し縮めたかのように。
 そういう「何かを圧縮した」イメージは、僕達の心に窮屈さと不安定さをもたらします。無理矢理空気を詰め込み過ぎたボンベがいつか爆発してしまうように、何かを我慢して抑圧することが重なると、それがいつか爆発しておかしくなってしまうのではないか、というように。

 しかし、そもそもが、これは喩え話に過ぎません。僕達が何かを我慢することと、気体やバネをギューッと押さえつけることは全く別の話です。
 どうして「欲求の我慢」を抑圧という「ギュ〜と押し縮める」描像で表現するようになったのかは知りませんが、僕達の心が別に気体でもバネでもないということに留意することは重要だと思います。何かを我慢したからといって、それが「破裂」する心配も、「膨らもうと沸き上がってくる力」を感じ必要も、本当はないはずです。何かを我慢したときは、端的に、ただそれを我慢しただけのことです。

 似たような言葉の使い方に、「ストレスが”貯まる”」というものがあります。
 長い間ストレスに晒されると、本当に体を壊したりするので、このアナロジーに当っている点がないとはいいませんが、ストレスというものを「貯まる」から「発散」するというイメージで捉えるのは実はとても変なことだと思います。ストレスって貯まるんですか? なんというか、そういうバクっとした言葉で、直面している「嫌さ」を表現して良いのでしょうか。本当は「毎日、気の合わない上司に会うのが嫌」なのに、それを「ストレスが貯まる」という風に表現して、「ストレス発散」というこれもバクっとした方法で解決しようとしていいのでしょうか? 本当はその上司のいる会社を辞めるとか、あるいは汚い作戦を立ててその人が首になるように仕向けるでもなんでもいいですが、本当は具体的な問題に対する特定の具体的な解決方法を考えるべきではないでしょうか。なんでもかんでも「ストレス」に読み替え、数ある「ストレス発散」の中から何かをチョイスして実行したところで、その実効性は疑わしいものです。カラオケで熱唱しようが、海外旅行へいこうが、飲もうが食べようが、明日からもその上司に会い続けることには変わりありません。

 このような、「答えたくない質問に答えたフリをするためにちょっと話をずらす」のに似た言葉使いを、僕達は日常生活でかなり使っていて、同時にかなり縛られているように思います。
 
トラックバック (0) | 

関曠野さんのこと、仏教のこと

2014-01-31 22:28:02 | Weblog
 去年の暮れに、仁和寺でベーシック・インカムの講演会がありました。講演者は関曠野さんという方で、僕は関さんのベーシック・インカムに関する講演録を一度見たことがあるけれど、それ以上のことはどういう方なのか何も知らず、まあベーシック・インカムの講演会なので出掛けたというわけです。

 最初、登壇されて話を開始された時、正直なところ「この人大丈夫だろうか…」という不安が頭の中のかなりを占めました。けれど話が進むにつれ、僕は関さんの知性を思い知ることになります。
 この日、もともとベーシック・インカムのことで講演会を訪ねたはずが、印象に残ったのは関さんの存在そのものと、あと関さんが少しだけ話された仏教のことでした。

 実は、去年僕は仏教関連のイベントに一度参加しています。
 イベントといってもそんなに大げさなものではなく、単に僧侶と話すという会なのですが、友達が司会をしていて誘ってくれました。僕が「お坊さんとか嫌いだし、今の寺のあり方とかも嫌いなんだけど」というと、そういう役回りの人間が欲しかったのか「参加費はもう免除でいいから来て、ガンガン攻めて」と言ってくれたので出席させて頂きました。
 詳細は省きますが、その日は色々なことが起こり、嫌いだと言っていた僧侶の人とも友達になり、でも仏教ってこういうことだっけなあ?という感じで話ながら、結局夜まで飲むことになりました。

 仏教ってこういうことだっけなあ?という問いの一部は、この関さんの講演が解いてくれたと思います。
 関さん曰く、「仏教という言葉はそもそもなかった。これは明治に”キリスト教”に対抗して作った言葉だ。もともとは、仏教なんて言わずに、仏道ってみんな言ってたんです」

 お坊さんもお寺も嫌いだ、なんて書きましたが、僕はブッダが言ったことのかなりの部分は好きだし、一休さんとか一部の禅僧のことも好きです。でも、それらはあまり”宗教であり、教えである”という感じがしない。その辺に転がってる、もっとしっとり確かなものに感じます。
 その質感を、教わるではなく行う、仏道という言葉が上手に表現しているような気がする。
 とは言っても、明治より前からおかしなことにはなっていたことはなっていたのではないかと思いますが。

 仏教が扱うものが、「苦」ばかりで、だから仏教というと暗い人みたいなイメージがあるけれど、それも違う、と関さんは言っていました。「苦」以外は放っておいても、別にそのまま味わえばいい、楽しいことは放っておいても楽しいのだから、別に放っておけばいい。でも苦しみはそういうわけにはいかない。ここはどうにかして知力を振り絞って立ち向かわねばならない。だから仏教は苦しみとか死とかそんな暗めの話ばかりになってしまう、ということだった。それは医者が病気の話ばかりしているのに似ている。病気の話ばかりするからと言って、医者がみんな暗いわけでもない。
 なるほど。
 そう、仏教の話を書いているからといって、それは必ずしも僕が暗い人間であることを意味しない、と思いたい。

 「暗い」よりも、「なんか堅苦しい」というイメージが仏教にはついて回ると思う。
 それは「酒も肉もセックスもダメ!」みたいなことが言われるからですよね。「欲はダメ、煩悩ダメ」

 僕はブッダという人に勝手な幻想を抱いていて、アバンギャルドな天才だったのではと思い込んでいました。だから「ブッダが禁欲とか詰まんないこというわけないじゃん、あれは全部ヒンドゥー教とか儒教とかがヘンテコリンに絡まったからで、もともとブッダはそんなこと絶対言ってない」と、仏教書の中で最も古いらしいスッタニパータを読んでみると、これも本当にブッダが言ったのかどうか分からないけれど、禁欲的なことが書かれていました。

 古い経典に書かれているのであれば、嘘か真かは、本当の本当のところは分からなくても、ブッダが禁欲的なことを言ったと仮定する方が自然なので、僕は「ブッダは禁欲的なことを言った」というのを採用することにしました。ややがっかりしつつ。

 ここで、ちょっと話がそれますが、現代の仏教寺院どころか、かなり古いお寺に行っても、当たり前のように「仏像」が置かれていますが、これって不思議じゃないですか?
 仏教が、ブッダの生老病死に挫けてしまわない思想の賜物だとしたら、彼が一体いつどこで「阿弥陀如来様が」とか言ったというのだろう。むろんブッダはそんなこと一言も言っていないはずです。仏像を拝むのは仏教というより、仏教という思想に乗っかって日本までやって来たヒンドゥー教の神々を拝んでいるのに近いのだと思います。日本人はヒンドゥー教徒なのかもしれません、どちらかというと。

 閑話休題。
 がっかりしながら、僕はどうしてブッダが禁欲なんて詰まらないことを説いていたのだろうかと、結構長い間考えていました。
 彼が、ただの詰まんない変な人だった、というのはまだ採用せずに、アバンギャルドな天才思想家、という肩書は被せたままにして、そんな如何にも自由な思想の持ち主が、どうして禁欲を説いたのか。

 僕が導き出した答えは、「欲望なんて満たさなくても大丈夫!元気出して!」という、「解除」でした。
 そのことは実は一度このブログにも書いたと思うのですが、次回改めて書きたいと思います。

民族とは何か (講談社現代新書)
関曠野
講談社

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)
岩波書店
トラックバック (0) |