『選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由』という詭弁の見本

2014-12-20 11:27:27 | Weblog
「スランプってやつなんでしょうかこういうの? 最近は全然上達しない感じで、練習してもしても」
「まあいわゆるスランプってやつかな。今まで身についたことを一度全部捨ててしまってやり直した方がいいかもしれないね」
「えっ、どういうことですか?」
「コップにさ、お湯を入れたいとするじゃん。でも、そのコップに冷たい水が入っていたらどうする。そのまま冷たい水で一杯のコップに無理矢理お湯を入れても、お湯は溢れて上手く入らないよね。一度、水を全部捨ててしまわないと。同じことで、今まで身についたことが新しい物事の吸収を妨げることはよくあるから、一度全部忘れてしまったほうがいいんだよ」

 このような間抜けなやりとりは毎日至る所で交わされている。
 何かを訓練することと、コップにお湯を入れることは全く別の話で一切関係がない。けれど、人間は喩え話に弱い。よく出来た喩え話には簡単に説得される。そういうのは「ことわざ」という詭弁話法の代表格に良く表れている。
 は?鉄は熱いうちに打てだって、何言ってんだ。今やろうとしていることは鉄を打つのと何の関係もないですが。。。

「例え話」「言い換え」「単語の意味をわざと別に取る」詭弁の手法はたくさんあって、詭弁は溢れかえっている。人間は多かれ少なかれコミュニケーションの中で自分の優位を図らねばならないこともあるので、詭弁が一種の武器として社会に存在していることは仕方ない。どうしようもないのは詭弁を詭弁だと分からずにそれが自分の思考回路に自然に組み込まれている場合だ。
 たとえばこの方の思考のように。

 『選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由』

 正直な話、このエントリーは、これを読んで腹がたったので書いている。2012年に書かれたものらしいが、先日の選挙の影響で僕のツイッターに再び流れてきた。
 こういう風に書くと、たぶんこういう反応も起こると思う。

「腹がたっただって。腹が立つのは図星なことを言われた証拠だ!」

 違いますよ。
 こういうパブロフの犬みたいな条件反射で構成されたコミュニケーションにはうんざりで、最近はそういう会話ばかりになりそうなパーティーなどは全力で避けています。

「ムキになって否定するのは、それこそ図星の証拠!」

 ・・・・

「てか、喩え話ダメって最初に書いてたのに、自分でパブロフの犬みたいにって言ってるしww」

 ・・・・

 放っておいて話進めます。
 この記事に書かれている5つの理由のどこが詭弁なのか順に解説したい。

 ・理由1「面倒くさい」

 「15分以内のところに休日行くのが面倒くさかったら、おそらく彼氏は君の子どもをどこにも連れて行きはしない」と書いてあるが、あれこれ「意味ないんじゃないか」と思い悩みながら投票に行くのと、自分の子どもを遊びに連れて行くのは全く別の話だ。

・理由2「どこに入れても同じ」

 「日本語を読む能力が欠けている」「小学校五年生レベルの読解力もない」と書いてあるが、各党の言っていることが日本語として理解できないからどこに入れても同じだと思っているわけではない。書いてあることくらいは読めるがその先のことで言っている。

・理由3「なんだかよく分からない」

 「社会で働くということは、「なんだかよく分からない」ことも何とか調べて、分かったふりをしながらこなしていくことだ」と堂々と書いている。。。この記事を書かれた駒崎氏という方はなんとかというNPOの代表ということ。「「なんだかよく分からない」ことに対して何もしないのが君の彼氏」とも書いている。なんだか良く分からなくても取り組みたいことと、なんだかよく分からなくてかつ取り組みたくないことが個々人には存在するが、全部ひとまとめにしている。

・理由4「その日用事ある」

 期日前投票のやり方がググれば分かるのに知らないということは「彼氏はおそらくグーグルを使うことができないのだ」と書いている。使える使えないと「それを調べたい」は別の問題。

・理由5「政治家信頼していない」

 政治家というレッテルで判断している。彼女であるあなたのことも女子大生とか読者モデルとかいうレッテルで見てる。と書いている。そんなわけない。
 さらに「政治家信頼してない」は政治家を一括りにしているからで、実際にはいい政治家もいるわけだからこれはバカと書いているが、実際にはいい政治家もいることは誰でも知っている。政治家信頼できないという言葉は「政治家の集団と現行政治制度全体のアウトプット」が信頼できないということで、誰も信用出来ないということを言っているわけではない。システムが全体で動くときに信用できなくなるというのを「個々の部品」の話に次元をすり替えている。

 記事が滅茶苦茶なのは、解説しなくても読めば明らかだが、問題はこのタイトルと「そんな彼とは別れろ」という強い口調が面白い気がして、この話に本当は納得していないのに納得した気分になって他の人に勧める人がいることだ。話が破綻してる気がしても、そこは気にしないことにした方が人に話すネタが増えて便利だ。勧められた人は「面白いよ」と勧められたら「面白い」気になる。ロジカルな納得は二の次になって、また別の誰かに勧める。そうして訳の分からない言説が広がっていく。

テクノロジーが権力を奪う

2014-12-14 10:42:03 | Weblog
 今日は選挙の投票日だそうですね。
 昔書きかけでボツにした小説の一部を公開しようと思います。
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 2018年4月1日グリニッジ標準時正午、インターネットが完全にハックされ、どのURLに繋ごうとしても全てある1つのサイトに飛ばされるという現象が発生した。世界中で見ることができるのは唯一そのサイトだけだった。飛ばされる先のサイトは日本の、しかも日本政府のサイトで、日本語と英語はもちろんのこと、中国語、スペイン語、韓国語、フランス語、アラビア語をはじめとした73種類の言語で宣言がなされていた。宣言の内容は日本が今日から世界をコントロールするというもので、武力と恐怖による支配ではなく、日本政府が考案した社会システムに「平和的に」全体で移行しようという提案だった。それは世界全体の最適化プログラムなので、世界中の人々がより幸福になると日本政府は言っていた。

『ようこそ新しい世界へ!
 こんにちは世界の皆さん。今日から日本をリーダーとした新しい世界がはじまります。ベーシック・インカム、完全無料の医療、世界共通の新しい電子マネー"YUI"を中心とした、より合理的な、より理想的な社会がはじまります。
 日本政府では長年に渡り、より良い世界を築く為の研究を進めて来ました。あらゆるシミュレーションの結果、もはや機能を失っている国際連合および各国政府は廃止し、政治的意思決定の全てを日本政府が単独で担うのが最善であるとの結論に達しました。今日から日本政府は世界全体の最適化、すなわち苦痛の最小化と幸福の最大化を担う言わば世界政府となります。私達は世界中の人々、1人1人の意見を汲み上げて反映する組織であり、もはや日本という1つの国家だけの利益を代表するものではありません。
 国際連合および各国政府を廃止して頂くことには異論があるかもしれませんが、これにつきましては合理的な説明がなされます。すでに皆さんご存知の通り、どの国においても政府はうまく機能していませんでした。それら機能不全の政府が意見を対立させる国際社会がうまくいくはずもありません。
 私達日本政府では、長年に渡る研究の成果として、ほとんど自動的に最適な政治的意思決定を行うシステムを開発しました。このシステムに世界の意思決定を委任することで、世界はより良くなるだけではなく、機能不全に陥っていた各国政府の廃止というコストダウンも同時に達成されます。
 世界市民全員の、豊かさと自由、基本的人権の保証された世界へ。時代錯誤な貧困への恐怖、労働崇拝のない、まったく新しい世界に、今変わります。
 さあ、みんなで素敵な一歩を踏み出そうではありませんか!》

 宣言文の後にまず、このハッキングは24時間で終了し、24時間経過後はインターネットが元に戻るということがお詫びと共に書かれていた。その後、どのようにして新しい電子マネー"YUI"を受け取るのか、それはどのようにして使うものなのかといった基本的なインストラクションと、新しい世界政府の仕組みについての詳細を書いたページが続いている。
 最初にこの画面を見た時、誰も書かれていることを素直には信じなかった。何かの間違いか、あるいはハッカーがエイプリルフールに仕掛けた質の悪い冗談だろうと。世界が変わったということよりも、コンピュータウィルスにでも感染したんじゃないかと、自分のコンピュータの方を心配した。しかし、事実を確認しようにもインターネットは使い物にならない。知り合いにメールで聞いてみようとメールボックスを開けると、そこにも日本政府からのメールが届いている。日本政府は世界中の全てのメールアドレスに、73種類の言語で書かれたメールを送信していた。メールの送受信は今まで通りに行うことができたので、人々はまるで年が明けたときのように大量のメールを送りあった。日本政府がインターネットをジャックしてからの24時間に送られたメールの数は、インターネット登場以来どの24時間に送られたメールの総数よりも特異的に多かった。
 ネットを見ていても埒があかないと思った人達がテレビを点けてみると、全てのチャンネルが乗っ取られていて、遠山という日本の総理大臣が「今から世界全体の指揮は日本が取る」と本当に言っていた。
 この突然の出来事にもっとも驚いたのはアメリカ政府だ。1945年以降、日本の動向で知らないことは何もないはずだった。日本政府がどのように手足を動かしているかは常に全て把握しているつもりだった。しかし、このようなテロ行為が準備されていることは全く情報がなかった。
 情報がなかったのはアメリカだけではない。どの国も、"日本"を含むどの国家も日本政府によって世界支配が計画されていたのを知らなかった。遠山は政府組織をダブルレイヤーにし、通常の政府の下に別の組織を組み上げていたので、日本国民もこのことは一切知らなかった。17年間掛けて秘密裏に作り上げた組織は、主に研究者と精神病患者、自殺志望者、ひきこもり、服役囚から成っていて51万3243人で構成されているという話だ。日本では博士号取得者の約8%が行方不明になると言われていて、彼らは絶望して自殺したり人目に触れない場所へ逃げ出したのだろうと思われていたが、実際にはその大半が遠山の地下組織に入っていた。毎年発表される自殺者数も行方不明者の数も嘘だった。遠山の組織は人生に絶望した人間をモニターして、適材であると判断した場合慎重にアクセスし組織に引き込んだ。精神病だと診断された人々も同様にモニターしていた。社会に絶望した精神異常者だと判別される人のほとんどは社会を覆っているある澱みに対して鋭敏なだけだった。一日中ネットゲームをしているのだと思われていた引きこもりの9%、つまり7万2000人は遠山の指揮下でプログラムを書いたり世界中のネットワークに侵入したりしていた。
 アメリカ政府はすぐさま日本政府へ強烈な抗議をしたが、日本政府の返答は「私どもの理解ではアメリカ政府というものは既に存在していません。抗議の主体が存在していない以上、この抗議は意味をなすことが不可能です」という簡潔で短いものだった。
 24時間が経過して、世界中のインターネット及び放送網が通常状態に戻ると、世界は日本政府の宣言に関するニュース一色になった。当然のことだが日本政府の無茶苦茶なやり方と一方的な宣言は凄まじい非難を受けていたし、武力行使という言葉も既に出ていた。


「武力はもう無力だよ」
 高原祐輔はニュースを眺めながら呟いた。祐輔はまだ16歳だったがプログラマとしての天才的な才能を遠山から認められてハッキングチーム第2班のリーダーを任されていた。遠山の組織が接触してきたとき、祐輔はまだ11歳で小学5年生だった。半年の不登校期間を経た後、学校へ行ってみるとクラスメイトも教師も、みんなバカにしか見えなくなっていて驚いた。バカなみんなに色々なことを教えてあげようとすると、頭がおかしいのだと思われてクラスの男子に襲われた。彼らには報復して翌日から登校はやめた。祐輔が再び学校へ行くのをやめた翌日、遠山の組織から柴田と名乗る1人の女性が家へ訪ねてきて、祐輔に組織へ加わって欲しいと言った。柴田という女性は、組織についての長い説明の最後を「受ける受けないは自由ですが、この事を口外された場合はあなた方だけではなく話を聞いた人も全員即座に殺すことになっています、申し訳ありませんが」と締め括った。
 信じがた話だったが、祐輔も母の啓子も恐怖を感じることはなかった。組織はリクルート専門のチームも持っていて、そこで十分な訓練を受けた人間が、ターゲットとなる人物との相性を考慮した上で派遣されていたからだった。
 祐輔達が、柴田という女性の話を信じたのは、彼女がある物を見せてくれたからだ。祐輔はあれを見た瞬間の驚きを一生忘れないだろう。

トウモロコシを踏み潰せ!;「インターステラー」は「風立ちぬ」

2014-12-08 12:16:30 | 映画紹介
 「インターステラー」が、良かった。
 「2001年宇宙の旅」との比較とか、「物理学者が入ってて物理学的な描写が正確」とか、そんなのはどうでもいいと思う。ちなみに物理学的考証がどうだかしらないが、話は「使い古されたSF話法ゴッタ煮滅茶苦茶のご都合主義」だ。地球から打ち上げる時は今のNASA程度のテクノロジーだったのに、惑星探査のときはスター・ウォーズばりの宇宙船になってるし、1時間いたら地球では7年経ってるような強い重力の星なのに「みんなフツーに動いてる!!!」し、それでもとても面白い映画だった。

 「良かった」「面白かった」の半分は「悔しかった」で、どうして悔しいのかというと、僕が日頃イライラしながら眺めていて、どうにか小説に書けないものかと思っていたことの半分がここで言われてしまったからだ。見事としか言い様がない。僕が高々小説という小さな形を探っている間に、クリストファー・ノーランは制作費1億6500万ドルの大作映画を作った。
 そのメッセージのようなものは、映画の中に何度か繰り返して直接出てくる。

「人々はかつて空を見上げ、この向こうには何があるのだろうと思いを巡らしていた、だが今は地面を見つめて心配してばかりだ」

 というようなセリフと、あと「俺は農業が嫌いだ」という主人公の言葉。

 映画の舞台は近未来で、地球は砂嵐にまみれて植物も枯れてしまい、人類には絶滅の危機がゆっくり近づいていた。農作物が十分にできないので、大半の人達が農業に従事し畑を耕している。「学問なんて無駄だ、畑を耕せ」。学校では「アポロ計画の月面着陸はソ連を騙して無駄な宇宙開発に国力をつぎ込ませるための嘘だった」と教えていて、「本当に月に着陸した」と言い張る主人公の娘は問題児扱いされている。そういうことは不可能で誰も夢見さえしないことだと教育しなくてはならない。そういう時代の話だ(映画を既に見ている人はどうして「本棚の裏」が選ばれていたのか考えてみて欲しい)。
 MRIも「そんなものなかった」ことになっていて、お陰で脳腫瘍の診断ができなかった主人公クーパーの妻は死んでしまった。

 砂埃にまみれたキラメキのない時代、元宇宙飛行士で優秀なエンジニアである主人公クーパーは「俺は空を飛んでいるはずなのに、なんでこんなことしてるんだ」と言いながら畑を耕している。紆余曲折あり、彼は解体されたはずが秘密裏に存続していたNASAの宇宙船で人類を救う冒険に出る。異常気象で住めなくなってきた地球から人類が移住する星を探しに、ワームホールをくぐって別の銀河まで行くほとんど帰れる見込みの無いミッション。
 主人公がNASAに行くより前のシーン、保護者面談で学校の先生と話している途中、「大学には税金は投入されていない」「それなら税金は一体何に使われているんだ」というやりとりがある。それより前にももう一箇所、税金に言及した場面があって、基本的にこの時代の人は「払った税金がどこに使われているのか分からない」という不満を抱えているのが見て取れる。
「消えた税金」は、もちろん国民が存在を知らされていないNASAで使われている。それが良いことか悪いことかと問われたら、たぶん悪い。百歩譲って「人類を滅亡から救うという使命があるのだから、国民に秘密でお金をつぎ込んでても仕方ない」というのであれば、この「使命」にも実は疑問符が付いている。詳細はネタバレがひどくなるので書けないけれど、NASAの存在は科学好きな特定の人達のエゴに因って保たれているだけだ。

 だから、この映画は絵的に「2001年宇宙の旅」かもしれないけれど、テーマは「風立ちぬ」に似ている。大地による脅威に脅かされながら細々生きる民衆と、それらを無視するようにエゴで空の高みを目指す一握りの天才。
 「風立ちぬ」では、大地が関東大震災として襲いかかり人々は苦しむ。それでも莫大な資金を使って堀越二郎という天才がゼロ戦を開発する。
 「インターステラー」では、大地が砂嵐として襲いかかり人々は苦しんでいる。それでも税金を投入してラザロ計画関係者が他の惑星を目指す。
  堀越二郎とクーパーが空を憧憬し見上げる視線は同じだ。その視線に伴う残酷な程の美しさ。

 冒頭シーンで、クーパーとその娘、息子の乗った車がパンクする。それを修理していると旧インド軍の無人偵察機が彼らの上を通過。見るやいなやクーパーは「修理はいい、行くぞ、乗れ!」という感じでパンクしたままの車でトウモロコシ畑を突っ切って偵察機を追い始める。挙句の果てに親子3人車ごと崖から落ちそうになって、なんとか無人偵察機を捕獲。危険な偵察機だったかと言えばそうではなくて、人畜無害な偵察機を単に追いかけたかっただけだ。娘に「かわいそうだから空に返してあげたら」と言われるほど。この冒頭シーンで、鑑賞者はクーパーの狂気に近い空への憧れを印象付けられる。空飛ぶドローン追いかけて、自分も育てているトウモロコシをクソ食らえとガンガン薙ぎ倒し、食糧難の時代の畑を何でもないかのよう縦横自在に。

 僕達にとって、トウモロコシとはなんだろうか。パンクしたままの車とはなんだろうか。そして空飛ぶ無人飛行機とはなんだろう。
 トウモロコシは、誰にとってもその存在意義が自明なものだ。人は食べ物がないと生きていけない。だから誰も彼もが安心して盲目的に「これが大事だ」と叫ぶ。現代なら「エコ!」とか「コミュニティ!」とかかもしれない。グリーンでクリーンなイメージで田舎暮らしが新しいとか、すっかりメディアに踊らされてそういうものが「正しい」と思い込んでいることかもしれない。「空気」かもしれない。
 パンクしたままの車は、パンクしたままのガソリン車は、エコでなくて「正しくない」ような気のする前世紀的なプロダクトは、やぶれかぶれでも僕達を憧れの場所へ連れて行ってくれる何かだ。挫折したり諦めたりして「キズ物」になったかもしれないけれど、エンジンかけてやればガタガタしながらでも憧れのあそこまで乗せて行ってくれる誰かの人生かもしれない。
 視界を横切った、空飛ぶドローンは何だろうか。
 よく見えなくても、タイヤはパンクしてても、古い車であっても、飛び乗って追いかけてみるのはどうだろうか。
 トウモロコシが邪魔だと思うが、そんなものは何本踏み潰してもいい。
 「俺は農業が嫌いだ」

インフルエンザ予防接種のこと;『予防接種は「効く」のか?』の紹介

2014-12-06 13:19:45 | 書評

(追記、2014年12月8日)
 この本は都合悪いことは書いてない、と指摘を受けました。
 書きなおすか削除を検討します。




 インフルエンザの流行が、また例年通りにやってきて、予防接種の話もそこここで聞かれるようになりました。僕は子供のときからずっと「科学」が好きで、それなりに科学に触れながら生きてきて、ある程度は科学的な知識を持っていると思います。でも「インフルエンザの予防接種を受けるべきかどうか?」とか「効果あるの?」とか、そういう話題には何も答えることができませんでした。インフルエンザだけではなく医療に関わることは複雑で統計的な処理をしないと効果が見えにくく、さらに人間というのはそれぞれの体も違えば生活環境も一人一人異なっているので、俺はこうだった、私はこうだった、という体験談も様々。マスメディアは”噛み砕いてわかりやすく”、さらにセンセーショナルに話題を流そうと躍起になっていて、聞きかじった噂はインターネットを飛び回り、それこそ感染症のように情報空間を広がります。
 医学会からの情報にすら、「医者の金儲けの為だ」「インパクトある論文にする為だ」とかケチがツケられて、もう人々は彷徨い誰かの耳障りよい言説を信じて終わりにしたい気分になります。もしも個人にスーパーマンのような力があれば、医学の歴史上行われてきた全ての先行研究を追試して、なんてこともできるだろうけれど、現実的にはありえない。それどころか、ある1人の市民にとってみれば「一次資料を当たって分析」なんてこともしてられない。本音としては「信用できる専門家に信用できる話をしてもらいたい」。安直な方法だし、危険な方法です。「信じる」というのは危険です。けれど、僕達は「あらゆることに関して何も信じないで俯瞰的に全ての情報源を分析していく」なんてことはできません。現実的には僕達はどこかで妥協しなくてはならない。ホテルに勤務している人が上司から「インフルエンザの予防接種をして来るように」と言われて、今日医者へ行って打つかどうか判断しなくてはならないかもしれない。そんなときに世界中の歴史上の全論文を取り寄せて分析するなんてできない。「疑念」というものを片隅に保管したまま、一旦は誰かの信用できそうな意見を採用してみなくてはならない。それは答えではないかもしれないけれど、当面は使える足掛かりになります。

 僕が「とりあえずここを足掛かりにしよう」と思ったのは、岩田健太郎『予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える』という本です。
 著者の岩田先生は感染症の専門家で、僕は2011年に神戸で開催された『災害時のリスクとコミュニケーションを考えるチャリティシンポジウム』でお話をきかせて頂いたことがあります。その時のお話の様子から、僕はこの人は信用できるなと思いました。もしかしたらこのときに実際に見ているので親近感が湧いているだけかもしれませんが、誰に対してでも会えば親近感が湧いたり信用したくなったりするわけではありません。

 
 この本の「あとがき」から引用させて頂きます。

<ある種の人たちはどうして、あんなにワクチンを憎悪するのでしょうか。そのことを考えてきました。
 ワクチンを否定したい、という気持ちそのものを、僕は否定するつもりはありません。誰にだって好き嫌いはあります。僕にもあります。
 (中略)
 ただ、大人であれば、「好き嫌い」の問題は顕在化させてはいけません。絶対に慎み深く隠蔽し、なかったかのように振る舞わなければいけません。「ぼくにんじん、きらーい」とか「私、けんじくんなんて大嫌い」といったステートメントは、子どもにだけ許された特権なのです。おとなは「好き嫌い」を口に出すことは許されないのです。
 そのような抑圧が、ゆがんだ形で表出されることがあります。「わたし、けんじくんなんて大嫌い」なんて子どもっぽい振る舞いを大の大人がやってはいけないから、「けんじくんの見解はいかがなものか?」と話法を変えてみるのです。「好悪の問題」を「正邪の問題」にすり替えるのです。前者は個人的な主観ですが、後者は客観的な事実関係を扱っている(ように見える)。
 (中略)
 「ワクチン嫌い」の言説は、好き嫌いから生じていると僕は思います。最初は好き嫌いから始まり、そして「後付けで」そのことに都合の良いデータをくっつけ、科学的言説であるかのように粉飾します。都合の悪いデータは罵倒するか、黙殺します。
 (中略)
 本書ではワクチン問題の「好悪」の部分と「正邪」の部分を切り離すことに、エネルギーを費やしました。ある程度は成功したと思います。
 僕はみなさんに、「さあ、みなさんもワクチン打ちましょうね」とプロパガンダをぶち上げているわけではありません。
 手持ちのカードは開陳されました。あとは、読者のみなさんが、自分の頭で考え、自分の意思で決断するだけです。>

 プロパガンダをぶち上げてはいないですが、副題の「ワクチン嫌いを考える」からも読めるように、「打てとは言わないが、毛嫌いもどうかと思う」と、毛嫌いしていた人にとっては「打つ」寄りに感じられる本かもしれません。
 ここでの「好悪」というのは、「面倒」で置換可能ではないかと思いました。好き嫌い以前に、予防接種を受けるのは面倒です。病気でもないのにわざわざ病院へ言って、時間もお金も掛かります。しかもちょっと痛いし、体に「異物」を放り込まれる。予防というのは何事においても面倒でアホらしくて、時にかっこわるい気もするし、できれば御免被りたい。何かが起こってからそれを「治療」とか「修理」とかしてもらうことには感謝できるけれど、何も起こらないうちから「虫歯にならないように歯磨きしなさい」とか「乗る前にタイヤの空気を点検しなさい」とか言われると、「うるせーな、そんな面倒なことやってられっかよ」となってしまう。

 だから、僕達は最初から「ワクチンなんて意味ない」と思いたいバイアスを持っていると思います。
 意味があるんだったらわざわざ病院に行かなくてはならないので、誰かに意味ないから打ちに行かなくていいと言って欲しいのです。それでインフルエンザにかかったら、どうせ予防接種をしていても掛かっているはずだから、とあきらめが付くので問題ありません。「インフルエンザの予防接種には意味が無い」と信じた方がイージーで快適なのです。妊娠の可能性とか超絶に楽しみな旅行前とか「絶対にインフルエンザに掛かりたくない」と思っている人以外にとって、予防接種というのはそういう心乱される選択肢だと思います。僕の場合はそうでした。
 この本は、まずそこを解く一助となってくれます。
 インフルエンザの予防接種を受けようかどうか迷っている人や、職場の上司に受けろと言われた人とか、この季節、予防接種が若干の悩みのタネになっている方も結構多いのではないかと思ってこの記事を書きました。
 この「心悩ませる余計な選択肢」みたいに見えているものが、ものすごい数の人命を救ってきた医学者たちの真摯な努力と叡智と覚悟の結晶であることを、「めんどくさい」の前に、もう一度振り返っても良いのではないかと思います。

予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える (光文社新書)
岩田健太郎
光文社

オーリーという奇跡と裸足と時代

2014-11-28 23:29:20 | Weblog
 高校生のとき、どこから手に入れてきたのか友達がスケートボードのビデオを見せてくれた。まだ1990年代の半ばでインターネットはほとんど普及していなかったから、youtubeもAmazonもなかった。求める情報があれば本屋に行くか、それを知っていそうな人に聞くしかなかった時代の話だ。物心ついたらインターネットがあった世代には想像もできない不便な時代。IT革命は今日まだ途上だが、本当に革命的に世界を変えつつある。IoTとデジタルファブリケーションが普及して「モノ」の自由度が高まり、さらにビットコインのような暗号通貨で中央政府や国家と関係なく個人間で価値のやりとりが行われ、エセリウムで契約が交わされるようになると世界は完全に変わるだろう。そのとき本当に「ネットワーク」の世界がやってくる。

 とにかく1990年代半ばの話だ。今から見れば哀れとしかいいようのない情報弱者だった僕達の下にやってきた一本のVHSテープ。誰を映したものなのかは覚えていない。教則ビデオではなくて、複数のスケーター達がそこらを滑って遊んでいる様子を映したものだったと思う。そこで僕は衝撃的なシーンを目にする。
 オーリーだ。
 オーリーはスケートボードに乗ってそのままスケートボードと一緒にジャンプするテクニックのことだが、ジャンプ台を使うわけではない。平らな地面でできる。平らな地面で板の上に乗ってジャンプして、どうして板まで一緒に飛び上がってくるのだろうか。原理を説明されれば納得するかもしれないが、自分でそういうことができるかもしれないと思い立って実行するにはかなりの障壁がある。思いついたとしてもそんないかにも不可能なことをしようとするだけ時間の無駄だという風に思える。
 ところがテレビ画面の中では、その誰だか分からないスケーターがオーリーで華麗に跳んでいた。パイロンを飛び越え、柵に飛び乗っていた。そういうことが可能なのだと彼は示していた。ならば僕達はそれに着いて行くだけでいい。追従者は楽だ。
 ビデオをコマ送りにして、一時停止して僕達は彼の動作を分析し、真似をした。そのやり方が正しいのかどうかも良く分からないまま練習を重ねて、なんとか板が浮き上がるようになってきた。全然「上手い!」には程遠かったかれど、「全くもって不可能」に見えたことが「それなりにできる」という状態にはなった。

 このときの不思議な気分を僕は一生忘れないと思う。「難しそうだからできなさそう」なことができるようになったのではなく、「そんなことしようとも思わなかったくらい想像の外にあったこと」を実際にやっている人がいて、その情報に基づいて練習すると自分もできるようになった。
 無知は窮屈だし怖い。そしてやはりパイオニアは偉く、情報はとてつもなく重要だ。個人の思考は限定されている。
 あのとき画面の中で飛び上がっていた名前を知らないスケーターと、ビデオを見せてくれた友達にはとても感謝している。

 臆病でケチな僕達は、「できるかどうか分からないこと」をするのを嫌う。大抵の人は「努力すればできるようになる」と約束されていることに対してだけ、好んで時間なりコストなりを割く。そうでなければ安心して「努力」ができない。英会話スクールに通えば1年後にはいくらか英語が話せるようになっているだろうし、毎日触っていれば3ヶ月後には大抵の曲がギターで弾けるようになっているだろう。そういう前例はいくらでもあるし、ノウハウもいくらでもある。そういう情報の蓄積はとても有り難い。当時僕がびっくりしたオーリーも、今では「オーリー 練習方法」と検索するといくらでも丁寧な解説が見つかる。スケートボードを買うと誰もが最初に練習するポピュラーで当たり前のテクニックになっている。

 オーリーと同じように、僕が思っても見なかった世界の存在は「武術」からも示された。
 小学生の頃、僕は父親の本棚を漁るのが好きだったのだけど、その中に少林寺拳法の本が一冊あって、その本について父親に尋ねると「昔習っていた」と小手返しを教えてくれた。小手返しというのは相手の手首を外側に捻って体全体を崩す、大抵の武術にある技のことだ。手首を強く捻られたら体勢を崩さざるを得ないのは、言われてみれば当たり前のことだが、それまでの僕の中にはない考え方だった。人を崩すとなれば、足を払ったり、一本背負いみたいにしてぶん投げたりするしかないと思っていた。こんな風に手首をちょこっと弄ってなんて思いもしなかった。

「そうか」と僕は納得した。
 僕達は、自由に自然に、あるいは最適に体を動かしていると思っているけれど、実はそうではない。日常生活では体の使い方なんて意識しない。意識しないから「自然」な動きをしているのだと思い込んでいる。でも意識しないことと「自然」「自由」「最適」という概念は常に一緒であるとは限らない。僕達の動きは環境に影響されて作られたものでしかない。普段は意識せずに日本語で話しているけれどそれは日本という環境で育ったからだ、というのと同じことだ。別に日本語で話すことが人間にとって自然で自由で最適なわけじゃない。たまたま日本で育ってそうなっただけだ。
 同様に、僕達の動き方、歩き方、座り方、走り方、物の持ち方などの全ては、育った環境からの影響で体にインストールされたものにすぎない。そして普段は意識しないが故に、インストールされていない動きの存在にはなかなか気が付かない。手首を捻れば人は倒れるのに、テレビで柔道やプロレスばかり見ているとそういうことにはなかなか気が付かない。現代を生きていると、過去の人類がどのように体を使っていたのか全然想像できない。どうせ今と同じだったのだろうと思ってしまう。けれど、かつての人類は、今の僕達とは全然違う動きをしていたはずだ。たとえば裸足で山の中を歩いてみるとどうだろうか、ゴツゴツした石の上、登山靴を履いているときと同じように踵でしっかり着地できるだろうか。足先で地面を探るようにふわっと着地するつま先中心の歩き方にならないだろうか。裸足で歩いていたなんてのは大昔のことに聞こえるかもしれない。例が極端だと。でも、明治時代には裸足禁止令が出るくらいにまだ裸足で歩く人はいたのだ。

 ネットでなんでも検索できると僕達は思っているけれど、そのほとんどは「現代」に関する情報だ。
 特に写真や動画はそうだ。youtubeのどこを探したって平安時代の貴族を映した動画はない。いくらググっても聖徳太子の写真は出てこない。そしてイメージでの記録が残っていないと僕達は圧倒的な早さでそれらの存在を忘れてしまう。ちょっと想像してみて欲しい。もしも自分の写真もビデオも何も残っていなかったら、幼稚園や小学校時代の自分をどれくらい思い出せるだろうか。
 世界は時代と共に圧倒的に移り変わり、僕達はその変化のほとんどを多分認識していない。

武術が「健康体操」であるということ

2014-11-05 20:24:22 | Weblog
 前回、武術で武器の練習をするのは「邪魔者でもある武器と仲良くなる為、ひいては敵とも仲良くなり、宇宙とも仲良くなる」という話をしました。でも、そうするとこんな疑問が起こるかもしれません。

「じゃあ、別に武器ではなくても、なんでも扱いにくい道具を扱えるようになれば同じことではないか?」

 その通りです。

「道場を出ても、自分のいる所が即道場である。歩くこと即武術」というのは、そのことです。起源に人を殺したり身を守ったりする術があるので、そこで行われていた稽古を辿るのが一番素直な道ですが、別にサッカーでも自転車でもイスに座るでも立っているでもなんでも同じです。ただ、背景に理想としては「宇宙と1つになるシステム」を意識するかどうかということになると思います。自身の身体と周囲の環境を全体最適して生き延びていくという姿勢が武術ではないかと僕は思っています。今や伝説的と言っても過言ではないパンクバンド「ザ・クラッシュ」のジョー・ストラマーは「パンクとはスタイルのことではない、姿勢のことだ」と言っていますが、武術も同じことです。空手とかテコンドーとか八極拳とか、そういうスタイルではなくて「周囲と調和して自由自在に生き延びる」という姿勢が武術と呼ばれるものだと思います。子供の頃、「冒険野郎マクガイバー」というアメリカのドラマが大好きでした。マクガイバーは喧嘩は弱いのですが、科学知識と機転の良さに長けていて、敵に襲われたりどこかに閉じ込められてピンチになったりすると周囲にある有り合わせのもので武器や道具を作ってなんとかします。彼は入り身投げも小手返しも正拳突きもしませんが、間違いなく武術家です。

 段々と、武術の意味が自分なりに分かるようになって来ましたが、20歳の頃は正直なところ強くなりたいという気持ちがほとんどでした。ある日、合気道の道場で、稽古中に僕は先生に食って掛かってしまいます。当時、合気道には半信半疑で取り組んでいて、稽古が嘘の慣れ合いにしか見えないこともあれば、たまに「あれっ、今のはなんだ?合気道はすごいかもしれない」と思うこともありました。その日は開祖の植芝盛平先生に直接学んでいた先生の稽古で、僕は納得できないことがあったので色々とわかったようなことを言い続けました。細かいことは忘れてしまいましたが、「実戦的ではない」とかなんとか、本当に恥ずかしことを並べ立てていたのではないかと思います。これも本当に恥ずかしいことに、僕はとうとうと持論を展開して稽古は終了時間を大幅に過ぎてしまいました。先生にも他の道場生にもかなり迷惑だったはずです。そのやりとりの中で、先生に言われた一言がどうしても忘れられません。僕の主張していた「実戦的」がどんどん否定されるので、「じゃあ、実戦的でなくてもいいのなら合気道の稽古は一体何なんですか?」とイライラしながら言ったところ、先生はこうおっしゃいました。

「健康体操や」

 この言葉の意味が分かってきたのは、10年以上経ってからです。当時はこの言葉をトドメとばかり、数日後に僕は合気道をやめました。性急で浅はかな判断だったと思います。合気道をやめて、やっぱりあんな超絶な世界なんてないんだ、反射と筋肉を鍛えてメカニカルに合理的に戦うのがいいのだ、と判断して総合格闘技的なことを齧ったりするようになりました。「格闘技」から「武術」へ興味が戻るのは、その後甲野善紀先生に会ってからです。これも10年くらいは前の話なので、まだ甲野先生も有名ではなくて、内田樹先生がホストになって神戸女学院大学で稽古会が行われていました。内田先生もまだそんなたくさんは本が出ていなくて、今ほど有名ではなかったと思います。比較的牧歌的な稽古会で、僕はまったく訳のわからない感じで甲野先生に崩されました。そこで知り合ったボクサーと医者の三人で「これはなんだ?」と言いながら中華を食べて帰ってきたのですが、常識的な動きの外側は確実に存在するのだと嬉しくなりました(ちなみに僕もボクサーも二十歳くらいで、すでに開業医だったそのお医者さんが奢ってくれた)。

 常識的な動きの外側の話はまたにして、「健康体操」に話を戻すと、今では僕も合気道や武術の稽古は健康体操だと言えます。ただ、健康の概念がすこし違って、自分の身体と周囲の人、環境が調和していくような健康です。血行が良くなるとかコリがほぐれるとか、そういう狭義の健康ではなく。
 もう先生は亡くなっているので、「僕が間違っていました、すみませんでした」と伝えることはできないのですが、あのとき「何言ってんだ?」と脳裏に焼き付く言葉を頂いて、ようやくその有り難みも意味も分かるようになってきて、僕は本当に間抜けだなと思います。

術の世界に踏み入って
甲野善紀
学研パブリッシング

一本の棒が教えてくれること。杖術と宇宙

2014-11-05 16:21:09 | Weblog
 15年ぶりに杖を触りました。それも思い立ってアマゾンで買ったのですが、たった一本の棒が面白くて仕方ないので毎日振り回していて、そうするうちに武術のことを色々書きたくなったのでこれを書いています。
 念の為ですが、杖というのはいわゆるおじいさんが使うツエのことではなくて、杖術という形で武術に用いる棒です。もともとは生活用品のツエで身を守るということだったわけですが、今の普通のツエとはちょっと違う性質の棒になっているので、もはや武術のための棒と化しています。

 15年ぶりに触ったと書きましたが、15年前にも杖は少ししか触ったことがありませんでした。当時、僕は格闘技や武術が好きで色々なところに顔を出していて、特に合気道は毎日練習していました。合気道では杖も使うので、先輩方が杖を扱っているのを見て少し教わったりしましたが、「わざわざ武器を持たなくては使えない技なんて練習してもしょうが無い」と思っていて、杖には大した興味が持てなかったのです。
 杖を練習することの意味が分かってきたのは、道場へ行ったりしなくなって随分経ってからです。内田樹先生が見事な説明をしておられました。武器というのは一見とても便利な道具に見えるけれど、実際には扱い方が分かるまで「自分の動きを妨げる邪魔者」です。たとえば、重たい刀を持ったらいきなり自由自在に振り回したりなんてできません。こんな重たいものを無理して振り回すより、軽快で自由に動ける素手の方が戦闘力が高いんじゃないかというくらいです。
 それを押して武器の訓練をするのは、実は「邪魔者と仲良くなる」為です。仲良くなって自在に扱えるようになる。その結果、素手では到底成し得なかったようなことができるようになる。杖なら杖の行きたい方に行かせてあげて、それが即自分の望む方向でもある。そのような自分と杖のどちらが主であり、どちらが従であるのか分からないような協調系が発現します。
 つまり、今までは「自分の身体のみ自由自在」だったのが、「自分の身体+武器で自由自在」という拡張されたシステムができます。これは小さな一歩かも知れませんが、鮮烈な清々しい一歩で、はじめて自身の身体から一歩外に出たわけです。

 拡張は一歩では終わりません。「身体+武器」の次にシステムに組み込みたいのは「敵対者」です。今度は相手に意思(というか敵意。。。)があって、向こうも自分の動きたいように変化するので、武器のときのように一筋縄では行きません。が、発想としては武器のときと同じことです。「身体+(武器)+敵」で新しい系を組み上げて機能させること。その発現したシステムの運動が「相手は倒れていて自分は立っている」という結末に向かって行くこと。武術では敵を作らないというのはこういうことです。この先に「もう戦わないでお互い仲良くしよう」というのがあります。「武術の極意は自分を殺しに来た人間と仲良くなることだ」は人を煙にまくための「逆説っぽいこと言っといたらいいだろう」で言われているのではなく、こうした段階を踏んだ話です。

 敵を「なくせたら」それで武術は終わりかというと、これには終わりがありません。「身体のみ」から「身体+武器」、「身体+武器+敵」へと拡張された「自分」というシステムはその拡張をやめることなく広がります。次は「大地」かもしれないし、「風」かもしれません。そのとき自分の周囲にあるもの全てへと拡張は続きます。これは「砂浜で喧嘩していて砂を相手に投げて目潰しする」というような話でもあったりはしますが、同時にもっとなんだか分からない超越的なレイヤーの話でもあります。終わりなき拡張の果てはもちろん「全宇宙」です。だから「武術は地球と一体になることだ」とか「宇宙と一体になる」というのは、これも冗談でそれっぽく言われているわけではありません。本当にそんなことできるのかどうかは兎も角、そういう所を目指して稽古は広がります。

 15年ぶりに恐る恐る狭い部屋で振り回した杖は、微かにですがそういうことを実感させてくれました。「体というのはこういう風に動かすのだ」と、何の変哲もない樫の棒があれこれ教えてくれて、それに耳を澄ますのは気分の良いものです。

私の身体は頭がいい (文春文庫)
内田樹
文藝春秋

西海岸旅行記2014夏(51):6月21日、仁川国際空港、関西国際空港、死んだ家について

2014-10-10 18:30:43 | 西海岸旅行記
 飛行機は3列シートの真ん中だった。通路側は大柄な何人か良くわからないおじさんで、自分が大柄なのを分かっていて小さく座っている。いきなりヘッドホンとアイマスク。窓側は髪の長い韓国人の女の子で、本を読みながらいかにも韓国人っぽく舌打ちしてため息を付いている。もう飛行機の中は韓国だなと思ってほっとする。
 夜中に出発する長いフライトは、意外に楽だったし、一度目の機内食のあとは結構しっかりと眠った。機内食はビビンバにした。新しいロボコップがあったので見てみたら全然面白くなくて内容はほとんど覚えていない。一度だけトイレに行き、他は眠っていたんだか本を読んでいたんだか、気が付くと機内に明かりが灯って二度目の機内食だった。キムチご飯。

 仁川国際空港に着いたのは、朝6時過ぎで、まだ空港の中は半分眠っている。シャワーでも浴びようかとブースまで行ったが、開くのは8時。周囲のソファーでは旅人達が、旅の途上だし疲れているしもうどうにでもなれという感じで脚を投げ出してゴロゴロしている。僕は1軒だけ空いていたガラガラのカフェでコーヒーを飲むことにした。店には痩せた面長の女の子1人しかいない。先客のフランス人夫婦が「私達のコーヒーはまだか」とイライラしているが、女の子は平気で僕の注文を取り、そのあと渋々といった感じでフランス人のコーヒーを入れはじめた。彼女が僕のコーヒーを入れている途中に、別の店員の女の子が「ごめんごめん」と言いながらやってくる。遅刻したのだろう。

 コーヒーを受け取って席に座り、ラップトップの画面でブラウザを開いた。調べたかったのはソウルのホテルとAirbnbだ。今回は仁川にいてもトランスファーだが、とてもソウルに行きたい気分だった。僕はやっぱり韓国が好きなんだと思う。ソウルには二年前に行って、とてもいい街だと思った。どこがかは良く分からない。日本とほとんど同じじゃないかと言われたらそうかもしれない。昔、韓国人の女の子と付き合っていたことがあって、その影響もあるとは思う。けれど、もっと別の何かだ。僕はアメリカ人の女の子とも付き合っていたことがあるけれど、かといって今回アメリカにそれ程の親しみは感じなかった。これは恋人がどうとかそういう問題ではない。

 湿度の問題かもしれない。
 アジアの湿った雑踏と滑らかなカオス。
 そこから埋もれるように立ち上がる未来的建築とうごめくハイテック。

 色々なことを考えていると、4時間があっという間に過ぎて、僕は関空へ向かう飛行機に乗った。今度は一番窓際で隣の席は韓国人の女の子だった。英語が随分うまかったのでそう言うと「カナダに留学してた」と言う。誰もかれもがカナダへ留学している。妹がこの飛行機のどこかに乗っていて、一緒に大阪へ遊びに行くのだという。妹さんと変わろうかと聞いたが、別にいいというので、そのまま話をしていると50分はあっという間に過ぎ、僕達は関空に着陸した。大阪はひどい曇り空だ。「せっかく来たのに雨らしいからがっかりしてるの」と彼女は言った。


 日本。飛び交う言葉の全てがストレスフリーで瞬時に理解できて慣習を知り尽くした馴染みの国は流石にほっとする。ほっとするということは、同時に刺激がなくて詰まらないということでもある。日常へ返って来たというがっかりした気持ちが湧き上がる。京都駅までの特急電車「はるか」の出発時間まで、まだ40分くらいあったので僕は本屋へ入った。空港の中の本屋ゆえか、旅行関連の本が充実しているけれど、まあ別にそれはいい。パラパラと本を立ち読みして、手が止まったのは建築家、隈研吾の本だった。

《 ジュンコちゃん姉妹とは、年が近かったので、しょっちゅう遊びに行っていましたが、この家が境界人の僕にとっては、実に魅力的で、神話的ですらありました。どう魅力的かというと、そこで、農業という生産行為が行われていて、生き物がいて、生命が具体的にザワザワと循環していて、大地とつながっていたからです。
 二軒しか離れていなかったのに、僕の家や、その周りのサラリーマンの住宅は「郊外住宅」で、そこには生命の循環は感じられませんでした。僕の家も含めて、みんな「死んだ家」のように感じられました。
 郊外住宅がなぜ死んでいるかについて、「建築的欲望の終焉」を書きながら、じっくり考えました。郊外住宅は、どれも白っぽくて明るいのですが、その本質が暗すぎるから、無理して明るい色を塗っているので、実はみんな死んでいるのです。匂いもしません。
 ジュンコちゃんちは、いつも何かの農作業がおこなわれているせいで、いつ行っても匂いがしました。春には春の、夏には夏の匂いが、秋には最高にいい匂いがしました。一生分のサラリーを捧げて、住宅ローンで手に入れた郊外住宅は、何の匂いもなくて、みんな死んでいるようでした。 》
   ー 隈研吾「僕の場所」 ー 

 これだ。
 この本には、僕がアメリカで感じた寂しさのことが書いてあるような気がした。好きだったはずのモダン建築が並ぶ高級住宅街に感じた、冷たさと死の気配はサスペンス映画のせいなんじゃない。
 日本円が1000円しかなかったので、僕はクレジットカードをポケットから取り出した。日本へ戻ってきてがっかり落ち込んでいた気持ちは既に吹き飛んでいる。早くこの本を読みたくてドキドキする。
 旅は終わったりしない、できない。

僕の場所
隈研吾
大和書房

西海岸旅行記2014夏(50):6月19日、ロサンゼルス国際空港、僕は帰るのが嫌いだ

2014-10-10 12:27:10 | 西海岸旅行記
 左手に沈みゆく太陽。深まる夕暮れの中、湾岸道路を北上してロサンゼルスを目指した。音楽は掛けていないし、ラジオも点いていない。別に感慨に浸っていたわけではなく、iPhoneの音楽はチャイニーズ・シアターで全て消去していたし、ラジオも最初はいいと思ったけれど2日経つと同じ音楽ばかり流れていることが分かってウンザリだった。それに僕は音楽のないドライブが結構好きだ。車体の風切り音や、タイヤと地面が起こすノイズ、エンジン音。音ではないけれどイメージされる精巧なメカニズムと、そこら中に掛かっている強力な力、応力。1トンの物が時速100キロで走っていて、それをゴムタイヤの摩擦ごときで制御できているなんてウソみたいだ。
 雨の中でさえ。

 もっとも、今日もカリフォルニアの空は快晴で夕方の色合いだって光伸びやかなクリアネスはどこまでも。
 日本へ帰るのか。
 アメリカはどうしてかグッと来なかった。異国を訪れた日本人の典型のように、「日本はかなり過ごしやすい国だ」ということも認識した。僕のセンスはどうしようもなくアジア人で、アメリカの合理的できれいな街並みや店舗はどうにも寂しいことがわかった。僕が好きなはずの大きなモールやモダンな建物が、そればかりだとどうにも居心地悪いことも分かった。車は便利だし大好きだが、車社会は寂しくて、面倒くさくて乗りたくない電車に付随する「駅前」の雑踏が恋しかった。
 それでも当然のように、帰るのは寂しい。詰まらない。たった二週間のうちに旅行がすっかり日常になっていて、京都は既に夢の向こうみたいだ。

 帰る、という行為が僕はたぶん嫌いで苦手だと思う。
 旅行には終わりがあり、帰るという行為が宿命付けられている。だから僕は旅行が好きじゃない。きっと、今まであまり旅行へ行かなかった理由はこれだと思う。
 帰りたくない。戻りたくない。空間的にも状態的にも、僕は帰ることが嫌いだ。出たら、もう戻りたくない。軸付近を振動するような人生は送りたくない。振幅が一時的にどれだけ触れようとも、また戻るのは嫌だ。単調増加がいい。発散へ向かい単調増加。次数は高けりゃ高いほうがいい。

 どこかの国から飛んで来たり、どこかの国へ飛んで行く飛行機の姿が見えるようになる。道路標識にはLAX、ロサンゼルス国際空港の文字が読める。10日間お世話になったこのフォルクスワーゲンともそろそろお別れだ。フリーウェイを下りて、目に付いたガソリンスタンドでガソリンを入れる。前にも書いたように、僕のカードは機械に通らないのでわざわざ下りてレジまで行かなくてはならない。空港の近くのスタンドだからか、売店のレジははじめてみるような行列だった。並ぶしかない。
 ガソリンを入れ終えて、レジでお釣りを貰い車に戻ると、ホームレス風の男がやって来た。

「乗せてくれないか」

「駄目だよ、悪いけど」

 彼はあっさりと僕の車を離れ、次に隣の車を当たった。どこへ行きたかったのだろうか。

 エイビスのレンタカー返却場所をまだ調べていなかったので調べたところ、空港からはちょっと距離のある場所だった。時間にそれほどの余裕はなくなっていたので少し焦る。マップに目的地をセットするのが面倒だったので、「まあ分かるだろう」とスタンドを出たものの、道はやや入り組んでいて分かりにくい。間違えて空港の方へ入りそうになり、グルっと出てくればいいかと入ったのが失敗だった。予測してしかるべきだし、クミコを送ってきた時にもそうだったわけだが、空港の中は渋滞していてこっちへ行きたい車とあっちへ行きたい車が交錯しひどいことになっている。

 やっと空港を抜けて、レンタカー返却の道路サインも見付け、エイビスの返却上へ着いた。入り口には例によって、「入ることはできるが出ることはできない」曲がったスパイクが敷かれている。
 返却自体はあっさりしたものだ。係の女の子がやってきて車の窓に白いマーカーで何かを書く。それから携帯端末を操作してレシートをくれて終わり。

「空港へはどうやって行くのかな?」

「あそこからシャトルバス出てるわよ」

 バスには15人程の乗客が乗っていた。出発してしばらく、空港が近づくと運転手が「みなさんどこの航空会社に乗るか教えてください」と言う。アシアナに乗るのは僕1人だった。みんな疲れた旅行者なのか、バスの中は静かだ。誰かのスーツケースが車内を滑って、それを止めて上げたおじさんに持ち主の女の子がお礼を言う。会話はそれくらいで、バスはすぐに空港へ入った。

「アシアナはここだよ」と運転手がバスを駐めて、僕はバスを下りた。

 自動チェックインの機械にアシアナは入ってないのでカウンターへ向かう。アシアナは韓国のエアラインでカウンターに並ぶ列には韓国人が多い。飛び交う韓国語を聞くとちょっとホッとする。チェックインが済むともっとほっとした。なんだかんだ言って、帰りの便を間違えていることに気付いたのは6時間前なのだ。
 改装したのか、やけにきれいな空港の中を一巡りし、それから僕はソファに座ってやっぱりラップトップを開いた。

西海岸旅行記2014夏(49):6月19日、ソーク研究所、陰影の鋭い突然の終幕

2014-10-09 23:08:22 | 西海岸旅行記
 少し店を見て回ったあと、僕達は結局"SUSHI ROCK"という日本料理屋へ入った。ここは変な名前だからずっと前に通った時から気になってはいたとマックンが言う。店内は若干の高級感を出そうとした作りだったが、定食があったのでトンカツ定食を頼む。店はビルの2階にあって、窓の外にはラホヤの美しくリゾート地らしい通りと爽やかな建物、その向こうには海が見えた。昼下がりの太陽はどこまでも明るく、外のテラス席で直射日光に照らされたまま食事をしている人達が信じられない。
 運ばれてきたトンカツ定食にはカリフォルニアロールも付いていた。スシ・ロックというだけのことはある。外の景色にまったくそぐわないトンカツ定食は、日本で食べるのと同じ味で美味しかった。カリフォルニアロールを飲み込んでマックンが言った。

「洞窟を見るという目的は達成したけれど、これからどうしようか?」

 まだ昼下がりで、僕達には午後が丸々残されていた。

「そうだなあ、これといってしたいこともないような、そういえば6時位から近所の情報系の大学でデジタルアート系の舞台があるってネットに出てたような」

「あー、大学といえば、大学じゃないけどソーク研究所も近くだよ」

「ソーク研究所は見ときたい」

 あれっ?なんだろうこの胸騒ぎは。
 背骨の周りが急にソワソワする。僕は急いでiPhoneのメールボックスを開いた。探しているのは航空会社のメールだ。

「あっ、ヤバい」自分の間抜け具合が恐ろしくなる。

「帰りの飛行機、明日の夜中12時半じゃなくて、今日の夜中12時半だった。。」

 夜中まで起きていることが当たり前過ぎて、いつの間にか僕は午前1時とか2時は「その日の夜中」だと勘違いしていた。当たり前だけど、「その日の夜中」ではなくて、「その日起きる前の朝」だ。今日は19日だから、20日午前12時半は今日の夜中で明日の夜中じゃない。完全に1日勘違いしていた。旅行の予定を立てた最初の最初から勘違いしていた。レンタカーは飛行機のチケットを買ったすぐ後に日本から予約しているが、そのとき既に1日長く予約している。マックンにもずっと3泊させてもらうお願いをしていた。違う2泊だ、僕は今日の夜飛行機に乗って日本に帰るのだ。まさかこんなバカな間違いを自分が犯すとは驚きだった。胸騒ぎがしてくれて良かった。

「じゃあ、もうあまりゆっくりはしてられないね」

 食事が済んだ後、海沿いをグルっとして車に戻ってラホヤを出た。フライトは夜中だし、ここからカールスバッドまで1時間、そこからロサンゼルス国際空港まで1時間、プラス渋滞やなんやかやを1時間入れて合計3時間あれば空港には着くだろう。10時に空港に着くようにしたとして、ここを7時に出ればいいわけだから、まだ4時間くらいの余裕がある。
 とはいっても、急に今夜帰ることになったのであまり落ち着いてはいられなかった。最後の余韻もあったものじゃない、不意打ちのオウンゴール。何が6時から舞台があるだ、見てたら大変なことになっていた。

 時間を考えて、ソーク研究所にだけ寄って、それからカールスバッドのマックンの家で荷物をまとめ空港に向かうことにした。
 ソーク研究所というのは、生物系医学系の私設研究所だ。カリフォルニア大学サンディエゴ校の隣に立っていて、建物はルイス・カーンが設計した。ルイス・カーンはドキュメンタリー映画で「神の建築家」という呼称まで使われていたが、ブルータリズムの名にふさわしく彼の建築は人を寄せ付けない凛とした高潔な緊張を湛えている。そしてどこか神聖だ。そういうものが人間の使う建築として優れているのかどうかは知らないが、造形は寂しく禁欲的なのに肉感が艶かしい。

 「あれ、前来た時はここから先閉まっててて入れなかった、ここも入れるんだ」

 マックンは一度来たことがあるらしい。前回より先まで進めるということで、連れてきてもらった身としても嬉しい。
 ソーク研究所の中庭はルイス・カーンの友達だったルイス・バラガンの助言によるものだという。
 完全な平面になっているコンクリートの地面を想像しよう。平面の左右両サイドには、四角い箱みたいに幾何学的な2階建ての建物が立っている。その建物は規則的に僕達に対して45度傾いた壁を突き出している。平面の真中には、縦に細い水路が走っていて、水路に沿って足元から遠くへ視線を動かしていくと、平面は突然直線的にスパッと終わる。その向こうは海だ。平面と両サイドの壁が作る直線的エッジが収束する向こうに、水平線と空が見える。

 まあ、きれいな造形ではあるが、寂しい建物だと思う。静かで生命の躍動を感じない。排他的で何かが阻害されているような気がする。まあ実際に阻害されて僕達は建物内部に入ればいわけだが。
 少しすると閉門の時間になった。警備の人がゲートを閉めるから出るようにと言う。
 表へ出て、車に乗ってカールスバッドまで戻る。マックンの部屋で小休止して、荷物をバックパックに詰め込んだ。
 彼の部屋を出たのが何時だったのか良く覚えていない。駐車場までマックンは一緒に出てきてくれて、車の窓からバイバイを言う。

「色々ありがとう、楽しかった」

「またどうせすぐ会うだろね、どこでかは分からないけれど」

 レザーマンのツールセットは、ナイフも付いていて飛行機に持ち込めないのでマックンに上げた。来るときはクミコの悩ましいキャリーバッグに入れて預けていたのだが、帰りはすっかり忘れてポケットに入れたままだったのだ。航空会社のカウンターでナイフだけ預けることもできるとかできないとかいう話で、その制度を試せばいいのかもしれないが、ナイフを友達に上げるというのは男らしく気分の良いことにも思えた。