西海岸旅行記2014夏(31):6月14日:ハリウッド、光の粒子と意外なコンプレックス

2014-09-15 20:43:51 | 西海岸旅行記
 モールを出た後、パンダ・エクスプレスで中華をテイクアウトしてモーテルへ戻った。食べ終えてから飲み物が足りないことに気付いて、建物の出入口にあった自動販売機へ水を買いに行くことにした。1ドル札かクォーターしか使えないのに1ドル札は全くなかったので、ゴミ扱いしていたコインを引っ掻き回してクォーターを集めて買いに行く。しかし自動販売機は「故障中」だった。案内によれば、モーテル内には3つの自動販売機があるということなので、別の自動販売機へ行くとここも「故障中」。なんだか嫌な予感がする。ホテルの部屋履きにしているビーチサンダルでペタペタと音を立てながら3つ目の自動販売機へ来ると「交換中」だった。ひどい国だ。
 モーテルから通りを渡ると24時間営業のマクドナルドがあるので、そこで飲み物を買えないこともないけれど、面倒なので飲み物は我慢することにした。

 翌朝、起きてまずダイニングまで朝食を食べに行く。セルフサービスの無料朝食だったので期待していなかったけれど、飲み物も食べ物もハイクオリティではないものの種類が豊富でちょっとワクワクする。こういうとき大手のチェーン展開しているところはいいなと思う。二人共喉が乾いたまま寝たので、クランベリージュースやコーヒーをゴクゴク飲んだ。
 ダイニングのテレビではワールドカップでどこかの国とどこかの国が試合をしていて、朝食時間も終了間際で人のまばらなダイニングでは、疲れた旅行者達が静かに好き放題取ってきた朝食を食べている。午前の明るい日差しが大きな窓から差し込み、部屋の中は白く明るい。外ではもう子供たちがプールではしゃいでいる。

 ベストウエスタンを出た僕達は、スターバックスでアイスコーヒーを買ってフリーウェイに乗った。サンタバーバラで昼下がりにランチを取り、それからなるべく海岸沿いを南下して行く。
 景色が、圧倒的な「カリフォルニア!!!」になる。
 これだ、僕はこういうところに来たかったのだ!
 カーラジオが最新のヒットチャートを流していて、ちょっとだけボリューム上げて、真っ青快晴の下、右手にスカッと太平洋を左手に立ち並ぶ豪邸を眺めながら、僕達はさらに南へ向かった。

 ビバリーヒルズを抜けて、ウエスト・ハリウッドに着いたのは、夜8時くらいだったろうか。ホテルまでサンセット・ブールバードを東に進む。街の色が、今までに比べてずいぶんクリアな気がした。光の粒子が細かい。ハリウッドに来たという高揚感からだろうか。
 今夜は"The Standerd"というそこそこのホテルを取った。ホテルの正面で車を下りて、バレーパーキングの係に鍵を渡す。ロビーに入ると、なんというか、そこはスノッブな空間だった。別に内装が悪いわけではない、色々凝っているのは分かる。が、別に宿泊客に喜んでもらおうとか寛いでもらおうという意図でデザインされているわけではない気がした。私達はレベル高いんだぜ、変わってんだぜ、オシャレなんだぜ、金あるんだぜ、ということをホテル利用者に誇示したいだけに見えた。
 揃いも揃って変わった髪型のフロント3人は、オシャレとホテルの格によって自分達を守りたいという雰囲気で僕達に対応した。彼らの後ろには大きなショーケースが埋め込まれていて、その中では女の子が「展示」されている。彼女はガラスの向こうで、まるっきりロビーの様子を気にすることなく、寝っ転がってラップトップに向かったり、iPodで音楽を聞いたりしている。こういうややクレイジーな内装が受けると思っているのだろうし、何か変わったことをしないと気がすまないのだろう。これは嫌ったらしいと言えば嫌ったらしいけれど、魚や動物が閉じ込められているよりはずっといい。ちゃんと給料も払っているだろうし。

 ホテルに出入りする人は、95%の人が圧倒的に着飾っている。今日は何かのパーティーがあるみたいで(もっとも毎日かもしれないけれど)、着飾ったスタイルのいい女の子達が列を成している。肥満大国のアメリカにあって、ハリウッドでは太っている人はほとんどいない。スタイルのいいオシャレな美男美女ばかりが歩いている。人生において一番大事なものはルックスだという価値観とオブセッションでこの辺は動いているのだと一瞬で分かる。他の街と全然雰囲気が違う。

 キーを受け取り、エレベーターで上の階に上がると、廊下は青紫に照らされている。雰囲気は悪くない。
 部屋の内装もポップで青基調の落ち着いた丁寧なものだった。こういうのは好きだ。
 サンセット・ブールバードに面したバルコニーに出ると、街の喧騒が適度に登ってくる。見上げた丘の上には豪邸が立ち並んでいた。いわゆるセレブリティ達はもっと上の方に住んでいるという話だ。

 通りに出て、ウロウロしてみると、どこのレストランも大勢の客で賑わっている。ただ、一歩裏通りは真っ暗でかなり怪しげな感じだった。ずっと歩いていると、いつの間にかスターバックスとかマクドナルドみたいな店が現れて、ついでにトレーダー・ジョーズ(スーパーマーケット)まであったので入って何か買うことにした。それできれいな部屋でダラっと散らかして飲み食いするほうが混雑しているレストランで食べるより良かった。

 ただ、僕はこのトレーダー・ジョーズの中でちょっと嫌なものと向き合うことになる。
 寿司やサラダなどの食べ物と、チョコプレッツェルなどのお菓子をカゴに放り込んだ後、最後にお酒を買った。僕はビールが欲しかったのでビールを買おうと思ったのだが、1缶にバラしてあるビールが少ししか売ってなくて、ほとんどが6パックのままになっている。普通なら店員に「6パックはバラしてもいいですよね?」と一応確認するけれど、この日はできなかった。

 なぜなら、自分の英語が恥ずかしいと思ったからだ。
 そんな風に思ったのははじめてだった。
 僕はネイティブ英語信奉者ではない。ブロークンであっても、世界中の色々な人がコミュニケーションをとるのだからそれでいいし、そうあるべきだと思っている。いわゆる国際英語を支持する。なにも非ネイティブだけがネイティブに擦り寄る必要はない。コミュニケーションを取りたいみんなが、互いに少しずつ合わせていけばいい。
 だから、日本でいろんな国の人と英語で話しているときには、自分の英語がまずいのを恥ずかしいと思ったことはあまりない。下手なのは嫌だし、表現できなくてもどかしい思いはするけれど、それは恥とは別の感覚だ。
 でもこの日は、ハリウッドでは、僕は自分の英語が恥ずかしいと思った。
 着飾ったスタイルのいい、本当にお金持ちかどうかは別にしても金持ちっぽく見えることを念頭においた美男美女達のせいだろうか。
 「僕はハリウッドに対してコンプレックスを抱いている」
 まさかとは思ったが、たぶんそうだった。下手な英語はここでは馬鹿にされそうな気がした。ここではきちんとした英語を話す、きちんとした白人に類するルックスの、きちんとお金のある人間以外は認められないというような気がした。
 もちろん、全部僕が勝手にナーバスになって思っただけのことだ。
 でも、ここは僕には関係のない世界だという気が強くした。

 6パックからビールを一つ抜き取って、僕達はレジへ並んだ。

西海岸旅行記2014夏(30):6月13日:フレズノー、ショッピングモール、失速の大量消費社会

2014-09-14 12:58:58 | 西海岸旅行記
 フレズノーが小さな街だと行っても、モーテルから車で10分以内に行けるモールは何個かあった。どれに行ったのか覚えていない。今ざっとグーグルマップで検索してみたけれど、思ったよりたくさんあるのと、写真もどれも似たり寄ったりなのでこれという確信が持てない。たぶん、"Fashion Fair Mall"へ行ったのだと思う。

 はじめてやって来たアメリカのモールは思ったよりも小さかった。
 もちろん僕達が行ったモールが小さかっただけだ。ミネソタにある"Mall of America"みたいに、遊園地まで内包している巨大なモールだってアメリカにはある。けれど、そういう巨大なモールはスペシャルなもので、そんなにどこにでもあるわけじゃない。他の街でもいくつかのモールに行ったけれど、どれもそんなに大きなものではなかった。
 これは、僕達が日本にいてもモールに慣れているからだと思う。
 過去の遺産に依存していて、景観規制もあって、なんとなく新しい活気に欠ける京都の僕の家からでも、車で簡単に行ける距離にイオンモールが2つあって、3つ目がまもなくオープンする。イオンモールはアメリカのその辺のモールより大きいし充実している。すこし足を伸ばせば、滋賀にも大阪にも神戸にもデカいモールがたくさんある。もう僕達はすっかりモールのある世界に慣れ親しんでいる。

 昨今の「意識の高い」人々の潮流に反して、僕はモール大好き宣言を行っている。店をバーっと一箇所に集めておいてくれるのは本当に便利だ。暑い夏だろうが、寒い冬だろうが、嵐だろうがなんだろうが、モールの中に入ってしまえばこっちのもので、買い物から食事から映画まで済んでしまう。
 もちろん、モールに出店するような店は大衆受けを狙った下らない店かもしれない。スーパークールな服は売っていないかもしれない。こだわりのカバンも売っていないかもしれない。どこのモールにも同じ店が入っていて、個性的な商品は手に入らないかもしれない。世界中が同じようなモールで埋め尽くされて、みんなが同じような商品で暮らしているなんて退屈で不気味かもしれない。
 でも、もうそれでいい。

 それでいいと思っていたのが、今回のアメリカ旅行で少し考え直した。基本的な意見は変わらないけれど、もう少し考えることがあるなと、うらぶれたアメリカのモールで思った。
 モールだけではない。
 僕の好きなアメリカのドラマに"CHUCK"という作品がある。主人公の働いている家電量販店が劇中では"BUY MORE"という名前で、これはアメリカに実在する家電量販店"BEST BUY"をモデルにしている。"BEST BUY"のイメージカラーが青で、"BUY MORE"は緑、"BEST BUY"の出張サポートが"Geek Squad(オタク部隊)"で、"BUY MORE"のは"Nerd Herd(オタクの群れ)"、となっている他は、ロゴデザインの方針も店のレイアウトもそっくりだ。
 なので、僕は"BEST BUY"を見に行った。
 そして品数の少なさにがっかりした。

 "BEST BUY"は、"BUY MORE"のモデルである以前に、世界最大の家電量販店だ。だけど、売っている商品の数は多くない。それほど巨大でもない店内に、すっきりと商品が陳列されているので、見やすいけれど品数が少ない。ヨドバシカメラの10分の1も商品がない。バラエティーがない。この中からしか選べないという閉塞感を店内のスッキリした雰囲気がブーストする。スッキリが殺伐に変わる。
 この殺伐さはどこかで見たなと思ったら、「コストコ」だ。
 コストコが日本にできてきたとき、巨大なアメリカンサイズの倉庫みたいな店だというので、期待を込めて行ってみたら品数が少なくてがっかりした。それ以来一度も行っていない。店が大きいのは品数が多いからではなく、各商品がそれぞれたくさん置いてあるからにすぎない。それに「大量にまとめ買いするから安い」ようにも見えなかった。大量に買うから値段の感覚が普段とズレるだけに見えた。
 そういうことを言っていたら、コストコ大好きなアメリカ人に「違うよ、コストコは安いとかじゃないし、厳選した良い物を取り揃えていて、良い物を普通の値段で買えるんだよ」と言われたのだが、そうであろうがどうであろうが詰まらない店だと思う。思えばこの頃から消費社会の大先輩、アメリカの消費が本当に「楽しい」ものなのかどうか疑問を持っていた。

 サステイナブルとか、心が荒むとか、そういうことは一旦のけておいて、大量消費という意味合いだけにおいて理想的な大量消費社会というものを考えてみよう。たぶん、こうなるのではないだろうか。

「商品の種類が、ペットボトルのジュースを決めるだけでも一生迷うくらいにたくさんあって、かつ、その無限種類の商品が毎日のようにマイナーチェンジされて、かつ、毎日のように新商品が発表されて、かつ、それらの品物がどこの店でも全部取り揃えられていて、かつ、全ての商品が安い」

 消費者は消費行動だけで一生を終えるけれど、それでも十分ハッピーで楽しいと思えるような、選ぶ喜びを喚起する商品ばかり。使って嬉しい商品ばかり。
 言うまでもなくこれは狂った社会だが、消費社会には消費社会なりの極があったはずだ。
 この観点からすると、アメリカの消費社会はすでに衰退し始めている。消費者の選択肢はどんどんと狭くなっている。大きな店に実はそんなに色々なものは売られていない。街にはたくさんのモールがあってショッピング天国みたいにみえるけれど、実はどこのモールにも同じ店が入っていて、しかも各モールに入っている違う店で同じ商品が売っている。
 なんて息苦しさだ。全部見せかけだけの多様性。本当は選択肢なんてない。

 日本でも今同じことが起きている。乱立するモールや商業施設には同じ店が入っている。こっちのモールにも隣の駅ビルにもユニクロが入っている。売られているものは同じで、店も同じ、ただ入っている大きな建物が違うだけ。息苦しい。どこにも行かないこの感覚。

 が、僕はモール大好き宣言をしている。
 息苦しいとか書いたくせにモール大好き宣言をしている。
 なぜなら、この息苦しさはあくまでも「消費行動」という枠組み内での話だからだ。消費の外には無限の選択肢が、当然今も昔も未来にも広がっている。消費行動に割くコストなんて、もうそんなもんでいいじゃないか。イオンモールで買った服でいいじゃないか。知る人ぞ知る小さなオシャレなセレクトショップを、路地歩きまわって探して法外な値段でコート買わなくてもいいじゃないか。そんなことで1日を使うのなら、近所のイオンモールで安い服買って、ついでに本屋で群論の本でも買って学べばいいじゃないか。たった20歳の若さで決闘して死んだ天才数学者の考えを巡る1日はけして息苦しくなんてない。

ガロアの群論―方程式はなぜ解けなかったのか (ブルーバックス)
講談社

西海岸旅行記2014夏(29):6月13日:フレズノー、旅行者モードの魅力について

2014-09-13 22:39:36 | 西海岸旅行記
 フレズノーのベストウエスタンに着いたのは、多分夕方の5時とか6時とかそれくらいの時間だった。日が傾いた気だるい小さな街のモーテル。外のプールではまだ子供たちがはしゃいでいる。こんな早い時間に投宿するのは久しぶりのことだ。ヨセミテの炎天下で疲れたのと、この街には大したものはないだろうということで、部屋でゆっくりすることにした。
 とはいっても、洗濯物が溜まっていたので洗濯をしなくてはならない。コインランドリーは車で10分ほどの距離にいくつかあったが、そこまで行って洗濯と乾燥が終わるのを待つのも億劫だった。洗面台で石鹸を使って洗うことにする。旅先の洗面台で洗濯をするのが、実は僕は結構好きだ。上手く「こなしている」という感じがするし、何より旅行をしている実感が湧いてくる。それから、普段より服の扱いが乱暴になるのがいい。気に入っている服を、普段なら伸びてヨレヨレにならないよう水で重くなった分も考慮して丁寧に干したりするのに、旅先の洗面所洗濯ではギューっと力任せに絞ったりする。伸びようがヨレヨレになろうが仕方がない。旅の途上なのだから、細かいことは仕方がない。

 こういう風に、「旅行者モード」に入るのが僕は好きだ。
 「あるものでなんとかする」という姿勢。
 「多少のことは気にしない」という姿勢。
 普段なら、ちょっとダラシなくて恥ずかしいし出歩けない、という格好でも外に出れる。だって旅行中だし仕方ない。
 普段なら、けしてクシャクシャにしたくない服でも、丸めて枕の代わりに使える。旅行中だし仕方ない。
 多分、旅行の楽しさの半分は「遠くへ行くこと」にではなく、「不便になること」にあるのではないかと思う。不便をなんとか工夫すること。たとえば狭い飛行機の中でいかに快適に楽しく過ごそうかと考えてみたり。限りある荷物は何にしようかと悩んだり。人間というのは野放図な便利さよりも、多少の不便さを求めるものかもしれない。

 不便というのは、言い換えれば制限されるということだけど、人間には「多少の不便さを求める」どころか、「圧倒的な制限」を求めるところがあるようにも思う。
 それは多くの映画に如実に表れている。
 たとえばこういう感じだ。
 主人公達はなんらかの事情で”悪の組織”に狙われる。恋人とか肉親とか、親しい人も攫われて助けに行かなくてはならない。警察には訳ありで頼めない。悪の組織の一員を見付けた主人公。こいつを追えば恋人の閉じ込められているところまで行けるかもしれない。悪の組織の一員は車に乗って去っていく。主人公には車がない。しかしそこへ通りかかる一台の車が。前へ飛び出して無理矢理車を止める主人公。「オイ、てめえ死にたいのか!」怒鳴りつける運転手。に主人公すかさず拳銃突き付けて「降りろ、車は借りる、悪いが緊急なんだ」。

 もう主人公は追い詰められているので「仕方ない」。
 みんな本当はワイルドなことも横暴なことも無茶苦茶なことも色々したいけれど、普段は社会的な理由、人道的な理由で我慢していることが色々ある。それが悪の組織に狙われたり、国家の安全を守るために動いている最中だったりしたら「仕方ない」ということになって「許される」。追い詰められて選択肢を極限まで制限されて、そのときにはじめて発動するものがある。そこで立ち上がるものに僕達は憧れを持っていて、だから映画を見たりするのではないだろうか。たった40秒で支度して持てるものだけ持って、暮らしてた家を捨ててあの子を救うために冒険の旅に出るのだ。明日は知らぬ、どこ吹く風。

 本当は、制限されて追い詰められなくても、同じ選択はいつでもできる。

 ロープを部屋の中に張り巡らせて、洗濯物を干した後、シャワーを浴びて今度は本当に少し休んだ。
 シャワーを浴びるとさっぱりして何処かへ出かけたい気持ちになる。
 内陸部の、アメリカの小さな街で、夕方にちょっと出掛けたいとなると行き先は一つしかない。
 そう、ショッピングモールだ。

旅に出ろ!―ヴァガボンディング・ガイド
ヴィレッジブックス

貴船と仮名遣い:01

2014-09-12 12:03:31 | Weblog
 もう7年も昔、2007年のブログに僕はこのようなことを書いています。
( http://blog.goo.ne.jp/sombrero-records/e/18350d30b1e0ad5f5a56276a2e3fd29b )

《 そういえばこのところ豆塚の話を書いていませんが、しばらく忘れていました。
  だけど、その過程ではじめて読んだ「貴船の物語」は頭から離れません。
  表現が大袈裟でとてもきれいだと思います。僕だけかもしれませんが、マルケスの「100年の孤独」を思い出します。
  以前にも書いたように、僕が読んだのは貴船神社の高井和大さんという方の現代語訳で、これは貴船神社のサイトで全文を読むことができます。
  少しだけ、ここに書かれたものを現代小説風にリライトしてみようとしたのですが、完全な現代の日本語を使うと雰囲気が出せなくてうまく行きそうにありません。  》
   
 7年というのは結構な長さです。ガルシア・マルケスは亡くなり、博士課程に入ったばかりだった僕もアカデミックからすっかり遠くへ来てしまいました。そして不思議なことに最近、世界というまったくやってくれる複雑系のランダムネスに乗っかり、「貴船の物語」を現代語訳された貴船神社の高井和大宮司から一冊の著書を頂きました。
 「歴史的仮名遣ひのすすめ」というタイトルの書籍で、初版が平成元年、神社本庁研修所が発行したものです。ISBNは付いていないので、一般書店では売っていないと思いますが、「神社・神道専門書店 BOOKS鎮守の杜」( https://secure.jinja.co.jp/books/ycBBS/Board.cgi/002/db/ycDB_book2-pc-detail2.html?mode:view=1&view:oid=1810 )から買うことができます。
 また内容の一部を神社新報のサイトで読むこともできます( http://www.jinja.co.jp/kana-kantan01.html )。

 僕が7年前にやってみようと思ってできなかったことは、現代語訳の「もっと現代語訳」、ひいてはリライトです。高井宮司の現代語訳はすでに素晴らしいもので、実際僕はそれを読んで感動したので、リライトなんてする必要はないのですが、「ロミオとジュリエット」が「ウエスト・サイド・ストーリー」になったように、「貴船の物語」ももう少し遠くまで行くことができると思ったのです。これは、そういう射程の長い物語です。

 今でも書けるとは思いませんが、当時の僕はすぐに物語のエッセンスと手触りを残したままリライトするのは無理だと思いました。どうしたって、大切な何かが血液のように指の間を溢れてしまいます。溢れるというのでは、表現が甘いかもしれません。僕はその肉体を全く掴むことができなかった。どうにかリーチできるのは骨格だけで、筋肉にも内蔵にも、全然触ることができなかったのです。

 元の文章がどのような手触りか、ここで少し引用させて頂きます。
 (「貴船の物語」全文は、貴船神社のサイト http://kifunejinja.jp/literature.html で読むことができます。)

《 これをお聞きになった中将殿は、「いないというなら別のこと、いると聞いたからにはたとえ鬼の娘であろうとも、逢わずにおかれるものか」とお思いになった。せめて夢でも見てみようかと、まどろんではみたが、夢を御覧になることもない。神仏に祈請すれば逢うことができるかもしれないと、まず氏神の春日大明神に十七日お籠りになり、さらに長谷の観音に参られて十七日お籠りされた。すると、観音の霊夢があって、 「これより帰って鞍馬の毘沙門にお頼みなさい」 》

 せめて夢でも見てみようと眠るのは、なんだか素敵ですね。
 どうしてこの話を書き直そうとしたとき、話の肉感を再現することができないのか、当時の僕も少しは考えてみました。
 最初は、全体を一貫して流れる敬々しさが、軽快さを好む現代的文体には翻訳できないだけだ思っていました。しかし、もちろん、事はもっと複雑です。

 室町時代のお伽草子である「貴船の物語」は、随所、昔話の話法で書かれているように見えます。
 口伝伝承、昔話を専門とするドイツ文学者、小澤俊夫によれば、昔話には独自の話法があり、その最たるものは「昔話は極端に語るが、リアルには語らない」というものです。昔話では手が取れたり、足が取れたり、それらが再びくっついたりということも珍しくありませんが、血が出て痛くてノタ打ち回るというような細かい描写はありません。たとえば、秋田県の昔話「蛇女房」では、女房に化けた蛇がミルク代わりに舐めさせるため、目玉を取り出して自分の子供に与えますが、どうやって取り出したのかとか、取り出してどうなったのかとか、そういった描写は一切ありません。ただ女はきれいな玉をくれて、その玉を舐めると子供はスクスク育つ。それだけです。

 昔話が、リアルに説明せず簡潔な表現で済ませていたのには、口伝で細かいことは覚えられなかったとか、紙が貴重で書くところがなかったとか、現実的な理由があったのかもしれません。でも、結果的にはディテールを省いたシンプルな表現が、物語に独自のテンポと美しさを与えています。「貴船の物語」の中でも、背丈が16丈(約50メートル)、顔が8つ、角が808個、目が16個と、8の倍数でリズム良く極端に描写された鬼に人が食べられたりしますが、細かく生々しい描写があるわけではありません。

 現代小説というのは、基本的にはリアリズムが主体となっています。日常から乖離しない範囲で、現実味のある範囲で物語を作り、現実味を増すためにディテールを慎重に書き込みます。それを「貴船の物語」や、あるいは他の昔話に適用することはかなり難しく、余程上手くしない限りは元の物語を殺してしまいます。現実味のある範囲に収めるには、物語のせっかくの美しさである「大袈裟な表現」は削らねばなりません。さらに現実味あるディテールを書き込むことで、シンプル故に成立していた美しさも消えてしまいます。つまり「貴船の物語」は現代小説の手法には収まらない。
 さて困ったと、物語の書き換えは頓挫してしまいました。

 書き換えの方はとにかく、「貴船の物語」自体はプリントアウトをファイルに入れてずっと持っていました。僕は一つのクリアファイルにあれもこれも入れてしまう癖があるのですが、あれもこれも入っている故に、そのファイル自体は肌身離さず持ち歩き、毎日中身を引っ掻き回す羽目になります。その結果、いつの間にかホチキスで止めていた「貴船の物語」から、一番上のページ「まへがき」が失われていました。「まあ、物語の本文は残っているからいいか」と、失われた前書きのことを長い間忘れていたのですが、実はそこにはすこぶる重要なことが書かれていたのです。

 歴史的仮名遣いと、現代仮名遣いのことが書かれていました。
 仮名遣いのことなんて、僕達は普段全然気にも留めません。現代仮名遣いは、僕達現代人にとっては完全に自然なもので、そこに疑問の余地はありません。でも、実は現代仮名遣いは「自然」でもなければ、「新しいから優れている」わけでもないようです。
 「貴船の物語」前書きから、仮名遣いに触れた部分を引用させて頂きましょう。

《 なほ、私は、戦後間もない混乱期に十分な研究もせずに強引に改革された、「現代仮名遣い」に大いなる不満を持つてゐる。それは「仮名遣ひは発音通り簡単に」という単なる便宜主義だけの発想で、文の法則を無視して改革されたところに問題を感じてをり、伝統的な仮名遣ひの復興を常々願つて「歴史的仮名遣ひ」を今も尊重してゐる。しかし、このおとぎ話は、少年少女にも読んでもらひたいといふ願望もあり、吾意に反して残念だけれども、本文は「現代仮名遣い」で表記した。 》

 この文章は、物語の単なる前書きとして、「早く本文を読みたい!」と急いた気分で読めば、思わず内容を読み溢してしまいます。しかし、一歩足を止めて読めば、かなり気になることが書かれているのです。
 「戦後間もない混乱期に十分な研究もせずに強引に改革」
 「文の法則を無視して改革」
 言うまでもなく、改革された仮名遣いは僕達が毎日使っているものです。それが「強引に、文の法則を無視して」改革されたものとは、一体どういうことだろうか。

旧かなづかひで書く日本語 (幻冬舎新書)
萩野貞樹
幻冬舎

西海岸旅行記2014夏(28):6月13日:ヨセミテ国立公園。岩に登る。困惑のガソリンスタンド

2014-09-12 00:32:05 | 西海岸旅行記
 野生動物の体に悪い食べ物でランチを済ませた僕達は、売店でビーフジャーキーなどを買って再び車に乗り込んだ。
 カリー・ビレッジを出てすぐの場所に開けた場所があって、路肩に車を止めて川などを見に行く。川は僕の良く知っている日本の川とは全然違う雰囲気の清流で、子供達がボートに乗ったり泳いだりしていた。たとえば「ロード・オブ・ザ・リング」がニュージーランドで撮影されていたりと、完全に映像作品からの影響だけど、ファンタジーの世界で流れている川みたいだった。エルフなら向こう岸にいるかもしれないが、少なくとも河童は絶対にここにはいない。
 ここは1日だけちょっと見に来たのでは歯がたたない公園だと思い知る。1週間、すくなくとも4,5日は滞在しないと何も分からない。今後の旅程を全部キャンセルしてここにしばらく滞在したい気分に襲われる。自然なんて似たり寄ったりだというのは全くの間違いだ。

 とは言っても、あれこれあちこちで取った予約と約束を反故にするわけには行かない。だいたい帰りの飛行機はロサンゼルスから飛ぶし、ヨセミテでの宿泊が飛び込みで可能だとはとても思えなかった。テントサイトの予約も開始とともにすぐ埋まるらしいし、有名なアワニーホテルも予約は一杯。仮に予約可能だとしても一泊5万円以上はする高級ホテルで気軽に泊まれない。
 現実的に、僕達には1日しかない。
 1日で手軽にヨセミテを見るとなると、プランはかなり限定的になる。案内パンフレットにはいくつかのトレッキングコースも載っているのだが、これはと思うコースは所要時間が8時間とかかかるので、ちょっと気楽には踏み込めない。
 ヨセミテにはそれなりに大きな滝"Yosemite Fall"があって、"Upper Yosemite Fall"と”Lower Yosemite Fall"の二段階に別れている。この低い方"Lower Yosemite Fall"へは車道から歩いて2,30分で行けるようだ。これならいかにもハンディだし、名物の滝がターゲットだしということで、僕達は"Lower Yosemite Fall"を目指すことにした。

 またしても駐車スペースがなくて、路肩に車を止めて外へ出る。炎天下に車を止めると、こんなに熱いのに良く壊れないなといつも思う。金属も膨張するだろうし、コンピュータも入っている。そして何十リットルもガソリンが入っているので、ちょっと不安になる。
 一旦木陰に避難して日焼け止めを塗っていると、通りがかった白人の一家が僕の背後をじっと見つめる。何かと思えば一匹の子鹿が何かを食べていた。もう人なんてすっかり見慣れていることだろう。車道沿いに設けられた自転車レーンでは、ヘルメットを付けた子供たちが自転車で暴れ回り、その親達があれこれと絶え間ない注意を飛ばしている。

 Lower Yosemite Fallへのコースは、たぶんバリアフリーになっていてきれいに整備されている。ちょっと拍子抜けするくらいだ。様々な人種の観光客が水のボトルを抱えて歩いている。そういえばカリフォルニア州ではペットボトルに入れた水の販売が禁止になるだとかなっただとかいう話を聞いた気がするけれど、あれはどうなったのだろうか。
 滝への道すがら、通路のそこここに立って滝を背後に写真撮影する観光客。日本では見ない青い鳥。もう結構近くに見える滝はやはり真夏の真昼の日光に照らされて流しそうめんのように白く光っている。お手軽コースだけあって、結構すぐ滝に着きそうだなと思いながらあるいていると、目の前に大岩がゴロゴロしていた。ちょっとあんまりその辺では見ないような大岩だ。やっぱりここはすごい。

 到着した滝は、やはり岩のゴロゴロした場所だった。たくさんの人々が集まっていて、水に足を漬けている人もいる。滝には「ここからは危険なので入ってはいけません」というような看板もなければ柵もないので、頑張れば限りなく滝に近づくことが可能だ。簡単なロッククライミングの要領でみんなどんどん岩をよじ登っていく。僕達もそれに倣って滝壺めがけて岩をよじ登った。
 一頻り滝の近くまで行くと、直射日光の降り注ぐ岩の上では長時間寛いでもいられないので、結構すぐに引き返すことになった。クミコはこのアクティビティによって軽い日射病みたいになってしまい、この後は車の中でエアコンを効かせて休むことになる。

 日射病もあるし、目的の滝にも行ったので、昼下がりに僕達はヨセミテを後にした。今夜の宿はフレズノーというヨセミテから1時間半くらいの街だ。どこにでもあるチェーンの大手モーテル「ベストウエスタン」を、昨日の夜マイケル・J・フォックスのモーテルから予約していた。

 ヨセミテ国立公園を出てすぐに、ガソリンスタンドが目に付き、そろそろタンクの残りも少なくなっていたので立ち寄ったのだが、どうしてか僕のカードを読まない。なんどか試してみて、やっぱり読まないので、クミコのカードを試したのだがそれでも駄目だった。「壊れてんのかな?」と別の機械にもカードを突っ込んでみたけれど、やっぱり駄目だ。ちなみにアメリカのスタンドは基本的に全部セルフ。
 ガソリンスタンドも兎に角暑いので、隣にあった食料品店に一先ず避難して飲み物とアイスクリームを買い、入り口に置いてあったベンチに座って一休みした。
 チェリーとチョコレートのアイスバーを齧っていると、ヨセミテ方面から一台の白い車がガソリンスタンドにやってくるのが見えた。

「あっ、車来た、あの車ガソリン入れれるかな」

 車から下りてきたのはアジア人というか、日本人だった。遠くからでも分かる。ドライバーは若い青年で、他に女の子が2人。青年が下りてきてやはり怪訝な顔をしている。そのうち残りの女の子も下りてきてカードをあれこれしているようだ。「それ壊れてるみたいなんですよ、僕達もさっき駄目でした」と言いに行こうかとも思ったけれど、炎天下に出て行きたくなかったのでそのまま見ていると、彼らは諦めて車に乗って行ってしまった。

「やっぱり壊れてるのかな」

「どうだろう、次の車も見てみよう」

 次にやって来た車はなんとなく地元感のあるピックアップだった。下りてきたのは白人のおじさんだ。彼はいかにも普段通りといった感じで悠々ガソリンを入れはじめた。
 うーん。
 さらに別の車がやって来て、今度は白人のおばさんがこれもまた悠々とガソリンを入れはじめた。

「えっ、どうなってんだ、人種差別か」

 という冗談はほんのちょっと本当で、人種差別ではないが、クレジットカードの発行国が障壁になっている。これは後で分かったことだけど、どうやらアメリカのスタンドの機械の一部はまず日本のクレジットカードを読めない。カードが読めてもZIPコード(郵便番号)の入力を求めてくる。郵便番号を聞いてくるのが予想外だったので、最初はカードの暗証番号を聞かれているのかと思ったけれど、どうみても郵便番号と書いてあるし実際にそうだった。もちろん日本の郵便番号は使えない。入力しようにもアメリカの郵便番号とは桁数が違うので入力できない。  
 だからスタンドの機械で日本のクレジットカードは使えない。たぶんアメリカ国内で発行されたカードしか使えない。 
 さらに機械は現金を使うようにできていないので、レジまで行って直接カードか現金で払うしかない。

 これは些細なことのようだが、かなり面倒だ。
 どう面倒なのか順を追って説明しよう。
 まず、車を止めるのは同じだ。下りてレジまで行く。レジはスタンド内のミニコンビニみたいな店のレジで一つしかない。大抵は空いているけれど、僕は今回の旅行中2回ほどレジで結構待った。
 レジでは「何番の給油マシンで、どれだけ」ガソリンを入れたいか伝えなければならない。もしもレジでカードが読めないとかなると面倒だし、多めに現金は持っていたので今回は現金で払ったのだけど、この「どれだけ」というのがちょっと面倒で、「レギュラー満タンで!」とか言うわけにはいかない。「40ドル分」みたいな感じで量を指定しなくてはならない。満タンにしたいときは、これくらいで満タンかなという量より多めに言う。40ドル分くらいで満タンかな、というときは50ドルと言って、そして一旦50ドル払う。
 レジでお金を払うと、機械からガソリンが出る状態になるので、機械のところへ戻ってガソリンを入れる。こんな原始的な支払い方法を撮っているにも関わらず、もちろん機械には自動ストップのセンサーが付いているので満タンになると給油は自動で止まる。
 給油が終わるとレジに戻って、たとえば入ったのが45ドル分だったとすると、さっき50ドル払っているので5ドルのお釣りをもらう。
 なんかバカみたいだけど、これがリアルだった。先払いにしないと逃げる輩がいるとか、理由が分からなくもないけれど、かなり面倒には違いない。

 この食料品店はガソリンスタンドとは関係がないみたいで、さらにスタンドに併設された本来はレジが有りそうな小屋がガランドウなので、僕達もさっきの日本人と同じようにここのスタンドは諦めた。しばらく行ったマリポサという街のTexacoで給油をすると、ここでは問題なく僕のカードが使えたのだが、問題なくガソリンスタンドの機械でカードが使えたのはここだけだった。

アメリカ 国立公園 絶景・大自然の旅 (私のとっておき)
産業編集センター

西海岸旅行記2014夏(27):6月13日:ヨセミテ国立公園、禁じられたジャンクフード

2014-09-10 22:03:16 | 西海岸旅行記
 これから訪ねるヨセミテ国立公園は、最初は予定に入っていなかった。今回の旅行は、アメリカに移住したいかどうか肌身で確かめることが第一の目的だったので、人々の暮らす街にしか行かないつもりだった。国立公園の自然なんて見たって、暮らしのことは分からない。それにザクッと大雑把には、アメリカの自然も日本の自然もそんなに大差ない。山は緑だし、河の水は透明だ。空は青いし地面は茶色い。違うのはせいぜいスケールと、あとは細かいことだから、わざわざたった二週間の旅行に詰め込まなくてもいいと思っていた。

 けれど、これらの(浅はかな)考えは間違っていた。ヨセミテにはクミコの主張で行くことになったのだけど、彼女の意見が正しかったと認めざるを得ない。ザクッと大雑把には、アメリカの街も日本の街もそんなに大差ない。アスファルトは黒いし、車のタイヤは4つだ。人々は家に住み、店で買い物をする。違うのはせいぜい言葉と、あとは細かいことだ。街にはそれぞれの特色があるが、まあ全部「アメリカの街」で括れる程度の差異だったし、正直なところ僕は街を回るのに飽きてきていた。有名な建物を見物して、店を覗き、レストランでご飯を食べて、宿で眠る。その繰り返しは、旅行を日常の次元に落とし込み、これじゃ別に京都にいても同じことじゃないか、と思う瞬間もあった。
 僕達がヨセミテに行ったのは、そんな気分の時だ。

 ジェームズ・タウンからヨセミテ国立公園までは、だいたい2時間程度のドライブになる。昨日の夜走ったのと同じように、基本的にはずっとど田舎の山道だ。お腹は空いているけれど、スカッとした快晴の空が気持ちいい。ずっと「ただの田舎道」だったのが、ヨセミテに近づくと赤茶色い岩がゴロゴロしていたり、段々「岩っぽい」雰囲気になってくる。
 さすがヨセミテだ。
 ヨセミテ国立公園は「岩」で有名な国立公園で、特に「ハーフドーム」と名付けられた、ある山の頂きの丸っこい大岩がフィーチャーされている。岩で有名だといっても、グランドキャニオンのように全面的に岩というわけではなくて、樹々が生い茂り、きれいな川の流れる山岳地に所々岩盤が露出している形で、子供たちが夏休みに3週間くらいキャンプに放り込まれるような豊かな自然をイメージしてもらえればそれで大体は正しいと思う。

 公園に近づくにつれ、心なしか樹も大きくなるように見えた。展望ポイントがあったので、せっかくだからと車を止めて外へ出る。
 えー、これはすごい!
 山の合間、遠くにハーフドームが見える。遠くだし小さいし、ただの岩じゃないかと言われたらただの岩だし、名前の通り、ドーム状ではなく「半分だけドーム状」という国立公園を代表するには非常に中途半端な形だけど、その薄い灰色の姿には目を引くものがあった。遠くから見てもこんなにきれいなら、公園の中はどんなだろうか。僕達はまだ公園の中に入ってすらいないのだ。
 ワクワクして心臓がドキドキした。早く行こう。
 アメリカへ来て、二度目のハイテンション。気が急いたせいか、展望ポイントから車道に戻ったら思わず日本のように左車線を走りそうになる。

 そこから公園の入り口までは、もうすぐだ。ゲートで20ドル払い、公園に入る。僕達の前に並んでいた車が全部、ゲート入ってすぐの場所に車を止めて、また並んでいるので、一体何だろうかとお金を払いながら聞いた。

「なんで、あそこにみんな止まってるんですか?」

「あそこは案内所だから、そこに行きたいだけだと思うわ」

「別に寄らなくてもいいんですよね?」

「もちろん、寄りたくなければ寄らなくていいわよ。公園楽しんで!」

 サングラスを掛けた彼女はそう言って、20ドルと引き換えに案内の冊子と公園だよりみたいなものをくれた。そのまま、案内所に並ぶ人達を通り過ぎて、ドンドンと進む。クミコが空腹で不機嫌なので、とにかく何かを食べなくてはならない。これまで何時間も田舎を走ってきて、ずっとスカスカの道路を見ていたのが、公園に入って急にたくさんの車が溢れている。
 しばらく行くと、左手に視界が開けて、川の向こうに聳え立つ圧倒的な岩山が見えた。表面は真昼の狂ったように明るい太陽を受けて白く輝いている。「これはすごい」と運転しながら脇見していると、今度は正面に、道の先にももっと高く急峻な岩山が見えて、僕は思わず路肩へ寄せて車を止めた。路肩には何台も車が止まっていて、人々は出てきて写真を撮っている。僕達の前に止まっていたピックアップはトランスフォーマー「サイバトロン」のエンブレムを付けていて、僕はその写真を撮った。

 軽食が取れそうなカリー・ビレッジというサイトへ行ってみると駐車場は満車だった。入って行った車がグルグルと駐車スペースを探した挙句に、また道路へ出て行く。これは駄目だ。ちょうどお昼を過ぎてランチタイムだからだろうか。カリー・ビレッジの正面にある駐車場をやり過ごして、迷いながら奥へ進むと、より大きな駐車場があった。そこもほぼ満車状態だったが、奥の勝手に車を止めてはいけないような雰囲気の場所に少し空きがある。もうクミコは限界で超機嫌が悪いのでそこに車を止めてご飯を食べに行くことにした。

 車に乗っているときから分かってはいたが、外はとても暑かった。今回のアメリカ滞在ではヨセミテが一番暑かった。サンフランシスコの寒さに怖気づいて「山はもっと寒いかも」と、急遽買ったパーカーは全く出番が無さそうだ。
 だんだんと感覚が慣れてきたので、もう驚きはしないけれど、僕達が目指して歩いている軽食ハウスの裏側には滅茶苦茶デカい岩山が聳えている。そっちを向くと視界の背景は全部その岩肌なのだが、もう違和感は感じない。ここはそういう場所だ。岩肌は垂直なんじゃないかと思うような角度。ヨセミテにはクライマーの間で有名な岩壁がいくつかあるようで、登るのが大変とか落ちたら危険とかいう以前に、こんな熱いところ本当に登れるのだろうかと思う。

 軽食ハウスのカウンターに並んで、無事にターキーのハンバーガーとフライドポテトを手に入れた僕達は、テラスのテーブルでそれらを食べた。テラスでは例の日本でいうスズメ的なポジションの黒い鳥とリスが人々の食べこぼしを狙ってウロウロしている。かわいいので思わずエサを上げたくなるのだけど、禁止されていて罰金は5000ドルと書かれている。それはもうすべてのテーブルにでかでかと書かれていて、罰金の金額とともにエサをやってはいけない理由も書かれていた。理由は「人間の食べる食べ物は野生動物の体に悪いから」ということだ。リスと同じ哺乳類として、彼らの仲間として、食事をするときに、このフレーズは良く良く思い出してもいいかもしれない。実に意味のあるフレーズだ。
 「人間の食べる食べ物は野生動物の体に悪い」

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西海岸旅行記2014夏(26):6月12日:ジェームズ・タウン、Back to The Jamestown

2014-09-09 15:56:37 | 西海岸旅行記
 地平線を遠く見やる微かな建物の影から、上がって来る月がびっくりするくらい大きい。ETの自転車シルエットもあながち大袈裟ではないな、というのは大袈裟だけど、荒野の月はこれまでに見たいつの月よりも大きかった。サンフランシスコを出た僕達は、もう2時間近く東へ向かい車を走らせている。バックミラーには夕暮れの名残が紫色に映っていて、暗い山岳地帯へ向かう寂しさに拍車を掛ける。よその国で、夜にど田舎を走るのはちょっとだけソワソワして、そして心地良い。
 この心地良さには説明が必要かも知れない。
 たとえて言えば、それは長靴を履いて水溜りを歩くのに似ている。「テクノロジーに守られている」という感覚だ。
 車もあまり通らない、真っ暗な荒野の道を、頼れるのは赤いフォルクスワーゲンだけ。もしもここで故障でもしようものなら、僕達は立ち往生して明かりまで失う。外には何か外敵がいるかもしれないし、エアコンが止まれば不快なのは確実だ。けれど、下から2番目ランクのレンタカーであろうとも、僕はこの車を信頼している。現代のテクノロジーを信頼している。ここでぶっ壊れて立ち往生なんてことにはならない。この暗い荒野を、時速百何十キロかでグングン進むのだ。金属のボディとガラスで外界から守られている。砂埃も虫も雨もここへは入って来れない。ガソリンを燃やすエンジンは僕達をどこまでも運んでくれる。ヘッドライトは闇を切り裂き視界を提供してくれる。外が暑かろうが寒かろうがエアコンは室温を快適に保ってくれる。
 テクノロジーに守られている。
 嵐を渡る船のように。深海を探る潜水艦のように。月へ飛ぶロケットのように。
 人類の積み重ねたテクノロジーが、僕達を守っている。

 アップダウンの激しい、蛇行した道をオートマからマニュアルに切り替え、シフトダウンしてコーナーに入る。ヘッドライトにちらっと入ったのは何かの轢死体だ。ペタンコのそれが何の死体だったのかはわからない。スカンクだったかもしれない。僕達を守るテクノロジーは、同時に僕達でないものを殺す。
 ロードキルを4つ数えた頃、目的の町へ辿り着いた。

 今夜の宿は、ジェームズ・タウンという小さな町の、"Jamestown Railtown Motel"という小さなモーテル。
 ジェームズ・タウンという町の存在も、このモーテルの存在も、昨日ネットで調べるまで知らなかった。サンフランシスコとヨセミテ国立公園の間にある場所で、ヨセミテよりの町に宿を探していて見付けた。単に眠るための宿だから、ある程度治安の悪くない町の、ある程度清潔な宿ならどこでも良かった。

 ジェームズ・タウンらしき集落に到着したのは、22時前だったと思う。ほとんど車の通らない国道から町へ入ると、そこは真っ暗だった。道路沿いに建っている家だか店だかにも、明かりは付いていない。ゴーストタウンのように暗くて人がいない。

「この町だよね? えらく暗いけれど」

「うん、そのはず」クミコがグーグルマップを確認する。

「まさか町の夜が早すぎてモーテルも既に閉まってたり」

「そんなことはないと思うけど、2つ向こうのコーナーを右に入ったらあるみたい」

 2つ向こうのコーナーまでは、相変わらず町に人の気配も光もない。しかし、コーナーを曲がると、そこだけ明かりが付いていた。"Jamestown Railtown Motel FREE Wi-Fi"。ほっとする。それなりに広々した駐車場には、少ししか車が止まっていない。トランクから荷物を下ろして、フロントまで歩くと女の子が2人、外に置いてあるテーブルで何かを食べていた。
 何度か呼んで、ようやく出てきてくれたモーテルの人は、マイケル・J・フォックスに似た小柄なおじさんだった。ヨレヨレの白いTシャツとボサボサの頭を見るに、どうやら寝ていたに違いない。

「あー、どうもこんばんわ。今日は君たちが最後のお客さんだよ。旅で疲れていると思うから簡単に済まそう。これに、ちょっと、名前だけでいいから書いてくれる」

「えっ、名前だけでいいんですか?」

「いいよ、簡単に済ませよう。これが鍵で、部屋番号は18。入ってすぐの建物の2階だから。じゃあおやすみ! ゆっくりして!」

 ところが、言われた場所の部屋番号は18ではなくて、僕達はしばらくあちこちをウロウロする羽目になった。もう一度フロントへ行くと、「あっ、ごめん、ぼーっとしてた。一番奥の建物、そこの2階だった。ごめんごめん」

 部屋は広くて快適だった。よく映画やドラマに出てくるモーテルよりも広々している。そして、同じくらい古い。インテリアの古さは、映画でよく見るやつで、テレビはまだブラウン管だった。今日は夜ご飯を食べていないけれど、近くには開いているレストランも、コンビニのような店もないので、昼間にセーフウェイで買ったサンチップスとチョコバーを食べて凌ぐことにした。モスキート音の耳障りなブラウン管テレビを付けて、ベッドの上に広げたスナックを齧りながら、部屋がずいぶん暖かいことに気付く。どうやら急遽購入したパーカーの出番はなさそうだ。ジェームズ・タウンはサンフランシスコよりかなり暑い。

 翌朝10時にチェックアウト。フロントへ行くと、昨日のマイケル・J・フォックス似のおじさんがプールの隣でデカい黒のピックアップを洗っていて、ますます"Back to the future"っぽい。1955年から戻ってきたマーティーが手に入れたあれだ。ビフがワックス掛けておいてくれたやつだ。

「おはよう! チェックアウトは、そこの箱に鍵を放り込んでおいてくれたらそれでいいよ」と、帰りもかなりイージーだ。「ところでどこから来たの?」

「僕達は日本から来ました。これからヨセミテに行きます」

「そうか、安全運転で!」

「ありがとう、いい宿でした」

 僕はマイケルと握手を交わしながらそう言ったのだけど、どうしてか本当にいい宿だった。ここにまた泊まりたいと思った。今度はこのプールでくつろいだり、この何も無さそうな町でゆっくりしたいと思った。
 車に乗ってモーテルを出ると、その想いはますます強くなる。朝の光で見るジェームズ・タウンは小さくても感じのいい町だ。建物のファサードがテーマパークの中みたいに「古き良きアメリカ」になっている。
 ここへはまた来たいと思う。それは日本に帰ってからも同じで、今回の旅行先でもう一度行きたいと思うのは意外なことにジェームズ・タウンだと時折口にしていた。そして、今、まさに今の今、これを書きながら調べたところ、ジェームズ・タウンはゴールドラッシュと蒸気機関車で有名な歴史保存の町で、さらに、なんと"Back to The Future part3"のロケ地でもあった。"Back to The Future"は僕が一番好きな映画だ。だからこの町をこんなに好きだと思ったのだろうか。だからモーテルの人がマイケルみたいに見えたのだろうか。ロケ地のすぐ傍まで行っておきながら気付かなかったなんて、本当に悔しい。なんてことだ。
 この町へはいつかまた行く。
 今回、僕達はジェームズ・タウンをただの宿としか見ておらず、気分は次の目的地ヨセミテ国立公園へまっしぐらだった。サングラスかけて、日焼け止め塗って、空腹を抱えた僕達はアクセルぐんと、ジェームズ・タウンを後にした。

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西海岸旅行記2014夏(25):6月12日:サンフランシスコ、アーバン・コンシューマーズよ永遠に

2014-09-07 00:39:59 | 西海岸旅行記
 ゴールデン・ゲート・パークを出たあと、パウエル通りのアーバン・アウトフィッターズを目指した。界隈はたくさんお店の並ぶ都市中心部で、入った立体駐車場もほぼ満車。なかなか駐めるところが見つからない。5階か6階にようやく駐車して車を下りると、オシッコの臭いがした。サンフランシスコで最初に嗅いだ印象的な臭いなので、僕の中ではサンフランシスコはオシッコ臭い街だと記憶されてしまう。
 手近にあった安っぽい鉄板の階段で一階までカンカンカンと音を立てて下りると、通りを大勢の人達が歩いていた。さすがにここは人口密度が高い。こうでなくちゃなと思う。

 街に人がたくさんいて活気があって、それは僕達にも影響し、そしてアーバン・アウトフィッターズに入ると僕達はますます元気になった。やっぱりこうドカッと今っぽいものが集められている店がいい。チープだとか消費社会の浅はか野郎だとか、なんと言われても、やっぱり僕はこういうところがいい。「小さなこだわりの何とかのお店」とかには、あまり興味が持てない。別にこだわらなくていいから、ただたくさん商品が見られるようにしてほしい。

 京都には、一乗寺という地域に「恵文社」という小さな有名書店がある。小さなと言っても、隣にあった確か「シューベルト」という名前のケーキ屋の敷地にまで気付いたら拡張していて、奥にはギャラリーもあるし、町の本屋としては大きいのかもしれない。「シューベルト」では、僕が昔付き合っていた女の子が「おいしいよ」と言っていたソフトクリームが売られていたのだけど、結局一度も食べないままになった。恵文社に追い出されてしまったのだろうか。それとも、ただ潰れてしまったのだろうか。

 いずれにしても、僕は恵文社があまり好きではない。店の雰囲気とかテイスト以前に、「本は私達がセレクトしました」というのがなんか気に入らない。こういう小さなセレクト系の本屋は、京都では他にガケ書房とか三月書店とかが有名だと思う。僕はそういう店にはほとんど行かない。自分で読む本は広い選択肢の中から自分で拾い出したいので、なるべく大きな、なるべく普通の本屋へ行く。どんなに大きな本屋でも、この世に存在するすべての本を並べておくことはできないので、取捨選択は必ず行われている。売りたい本は目立つように平積みにする。そこには策略と意図がある。
 それでも広い本屋にバーっと本が並べてあって、そのどれを買っても自分の自由だというのは気分がいい。普段はあまり好まないけれど、本屋に限っては蛍光灯のあの白い明かりがいい。白熱灯を暗めにつけて変にムード出したりしなくていい。蛍光灯のパキッとした光の下で、あれこれ摘み読みして、知らなかった世界を覗いてテンションを上げるのだ。本屋には世界一周航空券なんかより、もっとたくさんの、もっと遠くまでの扉がある。それももの凄い密度で。大型書店では、その高密度のエネルギーに書店空間体積が掛けられて爆発しそうになっている。だから、田舎の子供だった僕は週末に電車を乗り継いで、ジュンク堂へ行って3時間も4時間も過ごしていた。
 誰かの手垢に塗れたセレクションなんて知ったことじゃない。
 書店員がポップを書いて本を薦めてくるのには、いつの間にか当然の顔して挟まれているYouTubeの広告みたいな不快さを感じる。

 アーバン・アウトフィッターズでは、寒いのでいい加減パーカーのようなものを買おうと思っていた。僕達の旅行プランは北から段々と南下するものだったので、段々と暖かくなると思っていたのだけど、この時のサンフランシスコはシアトルよりもずっと寒くて、この先もTシャツの重ね着で乗りきれるのかどうかは疑問になってきた。それに重ね着ばかりしていると洗い替えがなくなる。今夜から明日に掛けては内陸部の山の上、ヨセミテ国立公園方面へ行くし、山の上はもっと寒いかもしれない。
 「旅行中のあまり真剣ではないショッピングでの手頃な値段」では気に入るものがなかったのと、後日ネットで日本から買えばいいという感じで、結局アーバン・アウトフィッターズでは何も買わなかった。

「こうなったら、もう、うんと安いのを、いざとなれば捨てても大丈夫なのを買おうかな」

「さっきユニクロあったけど、そういえば」

「うーん、ユニクロなあ、もう一声」

 ということで、僕達はすぐ近くにあったフォーエバー21へ。
 このフォーエバー21の目の前は、サンフランシスコ名物のケーブルカーが回転する場所になっている。ケーブルカーには運転席が片一方にしか付いていないので、端まで行ったら回転して反対向きに進むというわけだ。僕達が通ったときも、回転台の上でケーブルカーがゆっくり回っていて、周囲に人だかりが出来ていた。まあ、小さい電車が回るだけなんだけど、ぐるっと半周するのを見てから、チープな服を求めて店に入った。無事に十何ドルかで黒のパーカーを手に入れ、レジに並ぶと、3台あるレジのうち2台がクレジットカード専用、現金を使えるのは1台だけで、ああアメリカだなと思う。

なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか(祥伝社新書321)
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西海岸旅行記2014夏(24):6月12日:サンフランシスコ、黄色い蛇と黒い鳥

2014-09-05 10:19:37 | 西海岸旅行記
 "Chez Panisse"は、一見普通の家みたいに小さな間口の店だ。グーグルマップの指示に従って車を走らせ、店の前まで来たものの周囲に車を駐められそうなところは見当たらなかった。道路の両サイドは駐車スペースになっているのだが、びっしりと車が駐まっていて入る余地がない。店の周囲を何ブロックがグルグル回ってスペースを探してみたけれど、どこもかしこも車で最充填状態になっている。仕方がないので、申し訳ないけれどセーフウェイの駐車場に車を駐めた。セーフウェイというのはアメリカ中にチェーン展開しているスーパーマーケットで、ここには広い駐車場があった。
 アメリカは大きな国だし、車社会だから、もっとどこへ行っても駐車場には困らないと思っていたけれど、実際には、都市部や観光地では駐車場を探してウロウロしたりもしなくてはならなかった。たくさんの車が特定のエリアに押しかけてくるのだから当然といえば当然のことか。

 "Chez Panisse"は客の年齢層が高く、僕達よりも若い人はいなかった。年配の人達が本当に食事を楽しみに来ているという雰囲気がある。ただ、ここも店が狭い割に人をたくさん入れすぎている。建築空間の持つキャパシティをオーバーしていて、微かな居心地の悪さが圧迫してくる。料理は申し分なく美味しい。ただ、僕はやっぱりこのランチ遠征の件で少し機嫌が悪くて、ここの2人で百何十ドルかしたランチはクミコが奢ってくれた。

 バークレーは、ベイエリアにあっても先進的と言われる都市だ。なんといってもヒッピームーブメントの起源となる街だから、今思えば少し見物しておくべきだった。街の雰囲気もとても良かったし、コンピュータサイエンスの雄、カリフォルニア大学バークレー校もある。今更だけど、そうか、ポートランドじゃなくてバークレーに滞在という手もあった。

 食事のあとセーフウェイで水とスナックを買って、僕達はバークレーを後にする。サンフランシスコ=オークランド・ベイブリッジを渡って、走ること40分程、ようやくゴールデン・ゲート・パークへ到着。車を下りると寒い。まだ明るいけれど、風は冷たくてビュービュー吹いている。Tシャツは2枚重ねでは足りない。3枚必要だった。前を歩くインド人一家に倣い、僕もナイロンジャケットのフードをすっぽりと被って、きゅっと紐を絞って風に応じる。
 それにしても広い公園だ。中の駐車状況がわからないので、手前に車を駐めてきたのだけど、園内にはいくらでも駐車スペースがあった。緑の豊かな公園の中を歩くのは悪くないが、カリフォルニア科学アカデミーに着くまでに結構な時間が掛かってしまい、着いたときには閉館していた。展示が見れなくても、かなりヘンテコなその建築が見れればいいかと思っていたら、閉館は情け容赦ない完全閉館で、脇に設けられたミュージアムショップ以外の場所には一切入れない。仕方がないので、僕達はミュージアムショップへ足を運んだ。

 ミュージアムショップでは、"The Big Book of Hacks"という本が平積みで売っていて、パラパラ捲ってみると、日常の様々な製品のハックが載っていて面白そうだった。けれど荷物になるので、アマゾンで注文。その後、サングラスを掛けたアインシュタインのTシャツを思わず買いそうになり、「旅行でテンションおかしいよ」とクミコに宥められる。

 このミュージアムショップには、一つだけ展示されているものがあった。
 それは「レモンドロップ」という名前の、鮮やかな黄色をしたアルビノのニシキヘビで、長さが4.4メートルある。どうやらカリフォルニア科学アカデミーはこの蛇をウリにしていて、グッズも販売しているのだが、僕は閉じ込められた生き物を見るのが嫌いなので、ガラス越しに窮屈そうな姿を見て嫌な気分になる。できればこのガラスを叩き割ってやりたいが、逮捕されるのは怖いのでそれもできない。

 ショップを出て道路を渡ると、噴水で鳥達が水浴びをしていた。シアトルでもポートランドででも見かけた、どこにでもいる黒くてスズメより一回りだけ大きな鳥だ。僕達が日本で見かける茶色いスズメみたいな存在だろうか。もっとも、この黒い鳥もスズメ目の鳥だろうな。なんせ鳥のうち半分以上はスズメ目の鳥なのだから。
 この鳥達は自由だ。
 それがいいとは限らない、という意見も分かる。この鳥達は自由だけど、自分でエサを探して敵を避けて生き延びなくてはならない。寒い夜には凍えて死んでしまうかもしれない。病気をしても、怪我をしても誰も治療してくれない。それこそ、さっきのレモンドロップみたいなヘビに丸呑みされてしまうかもしれない。
 レモンドロップは、科学アカデミーが細心の注意を払って飼育していることだろう。エサの心配は不要。外へ出ることができない代わりに、捕食者も外からやっては来ない。病気になれば治療が行われる。ヘビには別に「そこら中、自由にウロウロしたい」という欲求もないかもしれない。
 しかし、これは主観的な幸福とかそういう問題ではない気もした。生命を閉じ込めるという行為には、もっと根本的な問題があるような気がする。

 ところで、僕はかなり鳥が好きだ。
 小学生の時にスズメを飼っていたせいか、特にスズメっぽい鳥を見ているとそれだけで嬉しくなる。この噴水にもしばらくの間立ち止まって黒い鳥を見ていた。
 この後、僕達はデ・ヤング美術館を訪ねて、そのあと車まで歩いて戻ったのだけど、その道中にクミコがハチドリを見付けた。クミコはカナダにもアメリカにも住んでたことがあるので、別にハチドリなんて珍しくないのだろう。僕は生まれてはじめて見るハチドリだった。小学生のときにジャポニカ学習帳の表紙で見て、実物を見るまで30年近く掛かったというわけだ。やっぱり、僕はもっと急いで生きた方がいい。

 デ・ヤング美術館は、フランス人の友達が務めているらしい、今イケイケの建築事務所が手掛けたらしい。上の展望台が閉まってるからということで、こちらは無料で入れてくれた。展示は特に印象に残ったものがない。建築は、カッコイイと言えばいいけれど、そろそろこういうのも飽きてきたなという感じだった。

The Big Book of Hacks
Weldon Owen

西海岸旅行記2014夏(23):6月11日:サンフランシスコ、やはり望むゴールデン・ゲート・ブリッジ

2014-09-02 20:51:51 | 西海岸旅行記
 これもまた時間の掛かる旧式のエレベータに乗って二階へ上がり、薄っぺらい屋外の廊下をカンカンカンと歩く。やはりなんだか安っぽいし怪しげだ。見下ろした駐車場は暗くなってきていて、僕達の赤いフォルクスワーゲンが不安そうに止まっている。
 しかし、部屋に入ると中はきれいだった。新品の今風のホテルの一室だ。なんか取ってつけたようなところがなくはないけれど、青と白を基調とした清潔そうなインテリアで、なんと言ってもこの旅はじめての、ようやくの「プライベートバスルーム」。今までは実はバスルームはどこもシェアだった。Airbnbで泊まったポートランド、ケリーの家はゲスト用のバスルームで、まあ僕達専用ではあったけれど、そうは言っても「人の家のトイレとお風呂」だし、部屋からバスルームまでの廊下を素っ裸で歩くわけにもいかない。エースホテルも一番安い部屋はバスルームがシェアになっていて、もちろんホテルの廊下を素っ裸で歩くわけにはいかない。ここへ来てようやく、ベッドで服を脱ぎ捨ててそのままお風呂に入って、裸で戻って来てそのまま眠る、みたいなことができるようになった。些細なダラシのないことではあるが、旅の疲れを癒すのにこういうダラシのないことは非常に重要だと思う。

 荷物を放り込んで、ひとしきりダラダラしたあと、何かを食べに行くことにする。時間はもう21時を回ろうかとしていて、僕達はお腹がペコペコだった。
 この日のサンフランシスコは本当に寒くて、シアトルやポートランドで着ていた薄いナイロンジャケットでは全く足りない。ナイロンジャケット以外にはTシャツしか持ってきていないので、僕はTシャツを三枚重ねて着て、その上からナイロンジャケットを着た。クミコは例の悩ましきキャリーバッグに上着を色々入れてきているのでそれで大丈夫なようだ。

 "Beck's Motor Lodge"の表はマーケット通りという片道2車線+自転車レーンのまあまあな交通量の道路で、歩道を歩いているとスケートボードに乗った少年の一群が子供らしい歓声を上げて通り過ぎた。こちらも街のあちらこちらにレインボー・フラッグが掛かっている。それにしてもアメリカの夜はなんかやっぱり暗いな。お腹が空いていたのでなるべく近くで食事を済ませたかった。モーテルの周囲何軒かだけ店をチェックして、テレビのたくさん掛かっている一見スポーツバーみたいな雰囲気の店に入った。Slider Barという店で、その名の通りスライダー(小さいハンバーガー)の店だ。スツールに座って、僕達はスライダーとポテトのコンボをほうばりながらスパークリングワインを飲む。
 食事のあと、近所にあった個人経営のスーパーマーケットみたいなところでクッキーと水を買い、モーテルに戻って思う存分にシャワーを浴びて眠った。

 翌朝10時に起きて、さて今日はどうしようかというときに、小さな問題が持ち上がった。
 当初はプランになかったヨセミテ国立公園へも行くことにしたり、人に会う約束を考慮すると、サンフランシスコにはたった1日しか滞在できないことになってしまっていたのだが、さらにその貴重な1日のど真ん中、昼の1時半にクミコがランチの予約を入れていた。レストランは"Chez Panisse"という超有名レストランらしい。それは別にいいけれど、レストランがあるのはバークレーだった。バークレーは僕達のいるところから見てサンフランシスコ湾の向こう側だ。サンフランシスコ=オークランド・ベイブリッジを渡って車で40分は掛かる。往復すると1時間半から2時間は掛かる。そして僕達のモーテルは、この後行くことになるゴールデン・ゲート・パークまでは車で10分も掛からない位置にあった。今すでに次の目的地の目と鼻の先にいるのに、わざわざランチを食べに2時間も遠回りしなくてはならないというのは、ほとんど食事に興味のない僕にとってはかなり苦痛だ。それにゴールデン・ゲート・パークは巨大な公園で、見るのにそれなりに時間が必要だし、園内にあるカリフォルニア科学アカデミーとか、デ・ヤング美術館は夕方早くに閉まってしまう。早く行くに越したことはない。予約は取り消して、ランチは公園で何か食べればいい。
 しかし、クミコは"Chez Panisse"にどうしても行きたいみたいなので、まずはゴールデン・ゲート・ブリッジを見て、それからランチに行き、その後再びこっちに戻ってきてゴールデン・ゲート・パークへ行くことにした。

 ゴールデン・ゲート・ブリッジは、もちろんただの橋だが、美しかった。
 橋の出入口付近には展望ポイントが設けられていて、そこに車を駐めて橋と海の向こうに広がる大都市を眺めると、遠影でも都市のダイナミズムが伝わってくる。湾を渡る強い風が長く街の喧騒を運んでくるような気分にすらなる。灰色の四角いビル群の影はすでに時代遅れにも見えて、懐かしいような気分がした。振り返ると、1人ポケットに手を突っ込んで襟を立てた船乗りの像が立っている。どこか場違いな像に見えたが、当分は戻ってくることのないこの街の遠い姿を、何人もの船乗りがこうして眺めて来たのだろうと思うと、彼に小さな親しみを感じもした。

Chez Panisse Vegetables
William Morrow Cookbooks