color tv

2012-05-16 16:30:21 | Weblog
 あるテレビについての話をしようと思う。あるいは彼女が僕の部屋から盗んでいったカラーテレビ、についての話ということもできるかもしれない。実は僕はそのカラーテレビを今も探している。もうそんなテレビは役に立たない、という人もいる。それは古いブラウン管のテレビだ。ブラウン管の。地上デジタル放送に対応していないだけでなく、液晶の薄型ですらない。重く嵩張り、部屋のコーナーに置く以外にやり場のないテレビ。ついでに言っておくと、僕はテレビを全く見ないので、そのテレビを探していると言うと、どうせテレビを見ないくせに、という意見を賜ることもある。だけど、僕がテレビを見なくなったのはそのテレビがなくなったからなのだ。
 経緯について詳しい説明は省くけれど、ある日彼女は「ごめんなさい」と電話を掛けて来て、そして僕の部屋から出て行った。部屋に帰ってみると、メモ用紙がテーブルの上に置かれており、そこにはまた、ごめんなさいと書かれていた。メモの上には文鎮のようにチョコレートバーが載せられている。それは手紙ではなく、ただ端的に書き置きだった、ごめんなさいと名前以外には何も書かれていない。"シンプル イズ ベスト"とは一体どこの誰が言った言葉だろうか。そして、テレビが消えていた。テレビがないと、ことに大きなブラウン管のテレビがテレビ台の上から消えていると、部屋はまるでハンドルを取り付ける前の自動車のように不完全だった。彼女が持って行ってしまったのか? 書き置きをもう一度確かめてみたが、やっぱり「ごめんなさい」の他には何も書かれていない。テレビのテの字もない。しかし、どう考えてもテレビは彼女が持ち去ったと考えるのが自然だった。まさか彼女がいなくなったのと同じ日にたまたま泥棒が入って古いブラウン管テレビを盗んでいったとは、あまりにも考え難い。それでは踏んだり蹴ったりじゃないだろうか。いや、踏んだり蹴ったりとはこういう時の為の言葉で、そのような言葉が用意されているということはこういうことも起こり得るということかもしれない。泣きっ面にハチという言葉だってあるし、弱り目に祟り目というのもある。しかしまあ、テレビは彼女が持ち去ったのだ。確率の問題としても、部屋の雰囲気からしても。テレビ台の上の、テレビが元あった空間にはそうとしか解釈できない雰囲気が残されていた。
 そのようにして、僕はカラーテレビを失った。どこかの観光地の様子とか、リゾート地の様子とか、そういうものは一切目に入らなくなった。新しいお店がオープンしようが、新しい映画が封切られて紹介されようが、そういうものはもう別の世界の話だったし、完全完璧にどうでもいいことにしか思えなかった。新しいテレビを買えばいいという、至極もっともなアドバイスにも耳を貸さなかった。彼らは口を揃えて、新型の薄型の液晶のデジタルのテレビがいかに綺麗に映るかを説いてくれた。でも僕の欲しいのはそういうものではなかった。薄くて軽くて便利なテレビではなく、嵩張って重くて不便なテレビが欲しかったのだ。というよりも、僕は元のテレビそのものを取り戻したかった。3人目の友達と3回目の、このような同じような会話をしている途中、僕はあることに気付いた。そういえばあんなに嵩張って重たいテレビを、彼女一人で運び出すことは可能だったのだろうか? ああいったものを運ぶときは普通男手が必要になるのではないだろうか。
 会話を恙無く終えた後、僕達は店を出てバイバイを言い、それから僕は一人で別の店に入ってクラブサンドとクラブソーダを注文した。黙ってまずクラブサンドを食べ、次に黙ってクラブソーダを飲んだ後、店を出て、今度は15分黙って歩きクラブへ入った。有名なイギリス人のDJが来ていて入場料は3500円だった。朝まで誰とも話さずに、ただクタクタになるまで一人で踊った。胸腔に響く切れのいい低音が、正しい鼓動の周期を心臓から洗い流してしまいそうだ。昔、毎週土曜日にクラブへ一人でやって来て、そして一人で左側のスピーカーの前に陣取りただ踊って帰って行く女の子がいた。彼女とは一度だけ一緒に帰ったことがあって、そのとき彼女は「これは私にとっては必要な行為なの、クラブで楽しく騒ぎたいとかそういうんじゃないの」と言って、抱えている問題のことを説明してくれた。朝の太陽はだんだんと高さを稼ぎ始めていて、鴨川から見上げた橋の上を出勤時間の早い人達が歩きはじめる。僕達は一晩中踊り明かしたタバコの粒子が溶け込んだ汗に覆われている。崩れたメイクが朝の太陽に照らされて、もう何も隠し事はなかった。
 一人で部屋へ向かいながら、あの朝の彼女にとっての僕のように、今の僕には誰か話を聞いてくれる人が必要なのだろうかと考えみたが、とても人に何かを話す気分ではなかった。映画であればここにやや強引な性格の、そしてきれいな女の子でも登場するのだろうけれど、今はそういうこともすべて御免被って、ただ帰って朝のワイドショーでもつけっぱなしにして一人でシャワーを浴びて眠りたかった。あっ、テレビないんだった。

光を浴びて元気をますます発揮する鳥たちが、地面をつついて回る。彼らが生き延びているという事実が僕にはとても不思議だった。あの小さな裸の体で。ひとかけらの食べ物から得るエネルギーよりも、それを探すために地面をつつきまわる労力の方が上回っているようにしか見えなかった。
 問題;あの子の崩れ落ちたマスカラをこのスズメがつついた確率は何%か?

 静かな部屋で、静かにシャワーを浴びて、それから歯を磨いて水をコップに半分だけ飲んで、ベッドに潜り込んだ。一晩中大音量の音楽の中にいたせいでキーンと微かな耳鳴りがしている。やはり正常な鼓動を見失った心臓は、血液を過剰に脳に供給して、そのせいで目が冴え眠気はまったくなかった。それに部屋の中はもうすっかり明るい。
  中将と鬼の娘の話を知っているだろうか。中将はある日、扇子に描かれた女に一目惚れする。本気の本気で惚れてしまって、でも会えないので寝こんで死にそうになる。医者がやってきて「このままでは死んでしまいます」というくらいに本格的に寝込んでしまう。その時、彼はこう思っていた。せめて夢でも見てみよう、と。


 カラーテレビの画面に写っているのは伊豆にオープンした小さなケーキ屋だ国産小麦しか使いませんようちは果物も全部国産なんです脱サラしてケーキ屋をはじめたという40歳くらいの男がしっとりとそう言いアイドルの女の子がそれは素敵ですねと答えた隣にいたお笑い芸人がまだ店主の話している最中に桃のタルトをかすめ取って食べたそして大声でうっまーいと言ったなにこの人ほんとに大げさねめんどくさいこういう人と彼女は言い僕もこういう人は苦手だよでもこのケーキ屋は結構悪くないねスポンジケーキはあまりだけどタルトは好きなんだと言っていると場面は海岸の名所に移っていた僕達は伊豆ってそういや行ったことないし2泊くらいで行けたらいいねといいながらそういえば再来週行けなくもないんじゃないのという話をして計画を立て始めた

 道路ではしゃぐ子供たちの声で目が覚めた。時計は昼下がりの気だるさを体現するかのようにだらしない角度で針を動かしていた。テーブルの上に乾いたバケットがあって、僕は水を飲みながらそれを齧った。
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野口晴哉

2012-05-14 15:14:43 | Weblog
 夏、が呼ぶのかもしれない。
 彼はまあ、控え目に言っても随分と怪しい男だ。

 彼というのは野口晴哉のことで、この一風変わった人のことは、昔本を読んだきり、去年の夏まで完全に忘れていた。去年の夏、友人の個展で受付をしていると、足を痛めた様子の年配の方がいらして「野口先生がいたらなあ」というような話をされていたので、僕は思わず「野口先生って、野口晴哉のことですか?」と会話に割って入った。
 野口先生は、まさに野口晴哉のことだった。
 彼は1976年に死んでいて、僕にとっては本を2冊読んだだけの遠く遠く、そしてやや怪しい存在でしかなかった。でも、目の前に現れたその男の人は、かつて実際に野口晴哉の治療や指導を受けた人だった。

「なに、野口先生のこと知ってるの、君! へー、そうか、この子、野口先生知ってるってさ!」

「いえ、知ってるって言っても本読んだだけですよ」

 そうして、僕は野口晴哉という人が実際にどのような人だったのか、貴重な話を聞くことができた。それはもうすごかったらしい。なんだか良く分からないのだけどすごかったらしい。関西人らしく、主に擬音語を使って、パッとなんやしゃはったらギャイっと、という感じで受けた説明には、良く分からないけれど説得力があった。死後30年以上が経過して、医学も発達したはずなのに、それでもまだ彼に診てもらいたいと思うのだから、きっと本当に良かったのだろう。

 野口晴哉という人の存在を知ったのは、文庫化されていた彼の『整体入門』を読んでのことだ。僕は父の影響で子供の頃からかなり怪しい東洋医学っぽい本を読んでいたのだけど、野口整体はその中でも異質だった。当然だけど、一冊の本を読んだくらいでは何も分からなくて、これも文庫で出ていた『風邪の効用』を次いで買った。この本によれば、僕達が風邪をひくのは体のメンテナンスの為であるから風邪を敵視して無理矢理治すな、適切な経過を通じて風邪を体験すれば、体はひく前より良くなる、ということだった。
 僕は基本的にこういう大風呂敷の広げ方が大好きで、そして、この考え方は出鱈目だったとしても、できれば是非採用したいスキッとした嬉しいものの見方だった。

 先日、ツイッターで僕のタイムラインに、野口晴哉ボットのツイートが流れてきた。そこでまた、野口晴哉の言葉をいくつか読んだのだけど、それはやっぱり凄まじいようなものだった。

「晴れあり、曇りあり。 病気になろうとなるまいと、人間は本来健康である。 健康をいつまでも、病気と対立させておく必要はない。 私は健康も疫病も、生命現象の一つとして悠々眺めて行きたいと思う。」

 この言葉を、病で愛する人を失いつつある人の前で言えるかというと、それは難しい。でも、この次元を一つ繰り上げた視点のとり方はきっと人を溌剌とさせるのではないかと思う。




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FBI

2012-03-04 14:40:25 | Weblog
「FBI!」と男は叫んで、小走りに、何か手帳のようなものを掲げた。レストランの店員は戸惑ってカクンと一つお辞儀をして、男を走るに任せた。そんなわけがないと思い、僕は男の足を引っ掛けて転ばしてやった。男は素早く立ち上がると「オレはFBIだぞ、何をする。犯人が逃げるだろ」と、また素早く駆け出そうとしたので、僕はこちらも負けじと素早く腕を取り、合気道の三教を決め地面に倒して抑えつけてやった。「ただの食い逃げだろ」と僕は言った。男は「FBI、FBI、日本語良くできない、捜査中、ヘルプ、日本の皆さんヘルプ、プリーズ、私はトモダチです」と喚きながらジタバタした。誰かが僕の脇腹を強く蹴った。と、日本の皆さんがどんどんと集まってきて、僕の周囲を取り囲み殴る蹴るの暴行を加え始めた。
「さあ、FBIさん、どうぞ犯人を追いかけて下さい、こいつは我々に任せてください」
 男は逃げ出し、僕は日本の皆さんに捕らえられた。日本の皆さんは「オレは今あのFBIに協力している。あのアメリカのFBIに」という喜びに輝いていた。僕は「ちょっと待って下さい、FBIなわけないじゃないですか、だいたいあの変な手帳なんですか、あなた達は本当のFBIかどうか分かるんですか」と言ったが、彼らはアメリカのFBIに協力しているという歓喜に満たされていて聞く耳を持たなかった。
「FBIさんをそんなに疑う前に、じゃあお前は自分のこと証明できるのか、だいたい、身分証明書見せてみろよ」
「いや、FBIかどうかを疑うのと、僕が身分を証明することは別の話じゃないですか」
「そんなことはない、人を疑うなら自分のことは証明してからだ」
「それは理屈にも何にもなっていない」
 それは理屈にも何にもなっていないが、しかし理屈になっている必要もなかった。あれば良いのは大義名分であり、あとでこれがただの食い逃げであったと綺麗に判明しても、彼らは「あの時はそうはとても思えなかった。私はただ正義感から行動したまでなのです。私は偽物のFBIをFBIと分からない馬鹿でした、阿呆でした。私の出すぎた正義感と無能を、裁くとおっしゃるならどうぞお裁き下さい、時に正義と無能は罪です。罪ならば、罰は、受けて、また然り」とでも言って、しおらしく頭を垂れれば良いとわかっているのだ。今はただ、FBIを助ける勇敢な民衆という役割を演じ、その言い訳のもとで一人の人間を取り囲み凶弾していればそれで良かった。

ギルデンスターン
「幸せにも幸せすぎないというところで。幸運の女神の肩におぶさってというわけにはまいりませぬ」

ハムレット
「といって、その踵に踏みにじられるというほどのこともあるまい」

ローゼンクランツ
「まさか、そのようなことも」

ハムレット
「それなら、女神の、ちょうど腰のあたりにしがみついて、ご利益の半分くらいで、ちょうど、ほどよく満足しているというわけだな」

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宇宙人にさらわれた記憶を消された私はさらわれることを恐れる必要があったのか?

2012-02-15 12:52:43 | Weblog
 僕が最初に「記憶」を「結構なんだか謎なものだ」と思うようになったのがいつからかは、結構はっきりしています。
 小学生の時に、テレビでUFOの特番を見た時からです。
 ええ「矢追純一スペシャル」とか「緊急特番!エリア55で宇宙人の解剖が行われていた!」とか、そういう牧歌的な時代の話です。

 すこし話はそれますが、先日、偶然YouTubeで昔の特番を見ました。
 これも良くあった「NG大賞」とかそういうやつです。何年頃の番組かは覚えていないのですが、たぶん20年くらい前のもので、服装などは兎も角、驚いたのはレポーターの話し方と、NG映像のあまりに露骨なヤラセっぷりです。
 レポーターの話し方は聞いて頂く他ないのですが、なんというか実に昔のアニメ的な喋り方で、例えるなら「美味しんぼ」の栗田さんが「今日は東西新聞社の社員旅行で軽井沢に来ています」的なナレーションを入れているのに似ていました。
 これには、話し方や発声にもトレンドがあるのだな、と感心するだけでしたが、NGのヤラセっぷりは本当にひどくて、僕はこんな程度の低いものを見て育ったのかと愕然とする他なかった。今の子供には通用しないでしょうね。

 閑話休題。
 UFOと宇宙人、もとい「記憶」に話を戻すと、子供だった僕は「寝ているときにUFOが庭に現れて、宇宙人にさらわれて謎の手術をされる」という話にすっかりビビってしまいました。もう、寝るのか怖くて怖くて仕方ない。ベッドに入って布団を頭まで被って「宇宙人が来たらどうしよう」と怯えに怯えていたのです。
 ところが、そうして恐怖に耐えているうちに、ある事に思い至りました。
 宇宙人は地球人をさらって手術したあと、どうやら「その記憶を消す」らしいのです。秘密隠匿の為だかなんだか、宇宙人は記憶を消して、さらわれた人達は後から催眠術なんかを使って宇宙人のことを思い出すようでした。
 であるならば、たとえ今夜宇宙人が来ても、明日の朝、僕は何事もなかったかのうように普通に起きるわけで、じゃあ、これから宇宙人が来ることを恐れる必要なんて、もしかしたらないんじゃないか?というのが話の起点です。

 どうせその体験をきれいさっぱりと忘れてしまうのであれば、それは「体験しない」というのに等しいのではないか、と僕はその時から考え始めました。
 とはいえ、「明日の朝」にはそれを忘れているとしても、夜ベッドに入ったばかりの僕にとっては、それは「これから起こること」であり「これから体験することになること」なわけです。寝る前の僕はそれを「体験する」と言い、明日の朝の僕は「体験していない」と言う。さらに、体験している最中の僕はそれを「体験して」いる。これは一体どういうことでしょうか。

 思考を進めるに当たり、時間軸を縮めて考えることにしました。
 今、これから食べようとしているチョコレートを、食べると、食べ終えた瞬間に食べた記憶がなくなる、とします。
 その場合、僕はチョコレートを食べるのでしょうか。
 食べる前の僕が、チョコレートを食べたいと思い、食べるという行為をこれから行うであろうことは予測されますが、食べたからといって食べ終えたときには食べたことにはならないのです。
 これは一体何なのでしょうか。別にどこにも不思議なことはないじゃないか、と言われればそうなのですが、なんだか僕には腑に落ちないのです。

 そして、今度は逆に時間軸をうんと伸ばしてやれば、僕達はどのような人生を生きたとしても、死んだ瞬間にその記憶はすべて失われてしまいます(死で記憶がなくなるのと生きて忘れるのは別の話かもしれませんね)。
 どうせ全ての記憶が消えるのであれば生きても仕方ないなんて、陳腐なことをいうつもりは毛頭ありませんが、ただ、そこにもなんとも不思議な気持ちを持たざるを得ないのです。
 今の「私」が予期し、未来の「私」が体験し、さらに未来の「私」が忘却するという世界を、僕はあまり手馴れた感じで扱うことができません。




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私があの人ではなく私であるという不可思議

2012-02-14 01:45:21 | Weblog
 今まで2冊しか本を読んだことがないのですが、それでも一番好きな哲学者だと断言している永井均さんの本を久々に読んでいます。「転校生とブラック・ジャック」という本で、副題が「独在性をめぐるセミナー」と書かれている通り、先生と生徒たちが語り合うという平易な形式で書かれた本ですが、非常に考えることが多くてなかなか読み進めることができません。でも、まあ少しづつ進めていこうと思う。
 先に、永井さんが好きだと書きましたが、好きだというよりは、こういう人がいてくれて本当に良かったなと思っています。なぜなら、たった2冊しか読んでいないのにこういうことを書いて良いのか分かりませんが、僕の印象では永井さんが子供の時から取り組んでいらっしゃる問題というのは、僕が子供ときから考えている事と、かなり似ているからです。それが、副題にも書かれている「独在性」というものです。あと、これも独在性に含めてよいのかもしれませんが、「記憶」。

 独在性というのは「自分が、あの人ではなく、自分であること」なのですが、僕はこれが昔から不思議で、考えてもなんだか良く分からなくて、ただ途中から「うーん」と唸って終わる、ということを何度も繰り返してきました。
 それは哲学的な素養や、徹底した思考の足りない僕の限界で、そこから先へ進むには永井さんのような先人が必要でした。だから本当に永井さんの存在をありがたく思います。

 自分が自分であることは、当たり前のようでいて当たり前ではないように思います。
 僕は「僕」であり、「今」「ここ」から「僕」を中心に開いた世界を見ていますが、僕が「あの人」であり、「あの時」「あの場所」から「あの人」を中心に開いた世界を見ていた可能性だってあったはずです。
 僕の代わりに、僕として、全く同じ両親から、全く同じタイミングで生まれて、全く同じ遺伝子を持っていて、全く同じ出来事を生きて来て、全く同じ記憶を持ち、全く同じ性格を持っている、「しかし僕ではない」僕という存在だって在り得たはずです。

 ただ、端的にそういうことは起こらず、僕は今ここに僕として存在し、僕から開けた世界を見ています。それが、「以前」からそうであり、「以後」もそうであるのかは分かりませんが「今」はそういうことになっています。
 もしかしたら、さっきまで僕はあの人だったかもしれません。

 なんというか、ときどき映画やなんかで「体が入れ替わる」話ってありますよね。
 あれで、入れ替わるのが体だけでなく「記憶(あるいは性格なども含めて)」も入れ替わるとしたらどうでしょうか。
 体が入れ替わっただけなら、本人達は入れ替わったことに気付きますが、「記憶」まで一緒に入れ替わったら、本人達は入れ替わったことに気付くのでしょうか。たぶん気付かないですよね。それどころか、他の人達から見ても、彼らが入れ替わったなんて思う人は一人もいないに違いありません。
 「うん、それはだって、外側も内側も全部入れ替わるのなら、それは入れ替わりじゃないじゃん」という人もいると思います。
 だけど、断じてここでは入れ替わりは発生しているわけです。
 なぜなら、先ほどまで、それぞれの世界はそれぞれから開かれていて、その視座は移動していないからです。この視座は記憶のことではありません。もしも記憶が変更されたり消されてしまっても、その人がそこから世界を見ているという視座は変化しません。この視座というものの本質が何なのかというのが独在性のポイントでもあると思います。

 話がややこしいので、もう一度同じようなことを書きますが、僕達は多分他の人と「体」「記憶」を共に交換しても気付かないでしょう。だから、僕には僕がずっと本当に僕であって、さっきまであの人であったわけではない、という確信があまりないのです。
 あまりない、とは言っても、普段は確信して日常生活を送っていますが、もちろん。

 「記憶」については次回書きたいと思います。

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環世界を誤解していたこと

2012-01-21 02:02:17 | Weblog
 「暇と退屈の倫理学」という國分功一郎さんの本を、去年の暮れに友達が貸してくれて、面白く読みました。
 その本の途中に「環世界」の話が出てきます。
 文脈としては、ハイデッカーの退屈論は「人間は環世界を持たない(閉じ込められていない)」ことに依存しているが、それは間違っている、人は環世界を持っている、ただ、ある環世界から他の環世界への移動能力が高いのだ、故にハイデッカーの退屈論はこう批判される、という感じだったと思います。

 ここで、僕は「環世界」という言葉の取り扱いに悩まされました。

 「環世界」という言葉は元々知っていて、馴染みのあるものだったのですが、どうやら僕はこの言葉を誤解していたようなのです。
 この言葉は、それぞれの生き物が世界(周囲の環境)を認識するときの、それぞれ固有の認識の仕方(世界観の組み立て方)を表しています。最初に環世界という言葉を使い出したのはユクスキュルというドイツ人の生物学者で、彼は例としてある種のダニを取り上げます。

 そのダニは、じっと木の枝なんかにぶら下がっていて、それで人やイヌなんかの動物が下を通りかかると落ちて取り付いて、そして吸血するわけです。枝で待って、落ちて、吸血。至ってシンプルに。
 ところが、これを「ダニが枝から人に落ちて血を吸った」と表現するのは、あくまで人間のすることであって、ダニ本人にとってはそういうことは起こっていない。
 なぜなら、そのダニには目も耳もないからだ。
 ただ、ダニは嗅覚と温度感覚、触覚だけを持っている。
 したがって、僕達が「視覚」を頼りに創り上げた「空間」も「木」も「人」も「イヌ」も、そういうものは何にもダニの世界にはない。ダニは枝にしがみついているとか、人の上に落ちたとか、そういうことを一切「思わない」し「思えない」。
 彼らはただ「臭がしたので手を離し」「皮膚の温度を感じたので血を吸う」だけだ。
 彼らはそういう世界を生きている。僕達には想像すらできないような世界を。

 それをダニの「環世界」というのだ、と長らく思っていたのだけど、どうやら僕の勘違いかもしれません。

 僕がはじめて環世界という言葉を聞いたのは、たぶん日高敏隆さんの本の中でだと思います。
 日高さんは日本の動物行動学の草分け的な方で、ユクスキュルが環世界を紹介した『生物から見た世界』の翻訳もされていますし、本もたくさん書かれました。
 僕が一番良く覚えているのは、「モンシロチョウはどうやってオスメスを見分けているのか」という話です。
 当時、モンシロチョウも昆虫だし、まあ雌雄はフェロモンで見分けてるんでしょ、みたいな感じで理解されていたらしいのですが、日高さんの観察によれば「それにしてはかなり遠くからでも見分けてるけどなあ?」ということでした。
 そこで、日高さんはモンシロチョウの雌雄を「紫外線にも感度のある写真」で撮ってみます。
 結果は「メスはそのまま白いけれど、オスは真っ黒」でした。
 真っ黒というのは、つまり紫外線が感光したということで謂わば「紫外線色」です。
 僕たち人間には紫外線は見えませんが、モンシロチョウには紫外線は見えます。
 だから、モンシロチョウが雌雄を見分けるのは、モンシロチョウにとっては明々白々に簡単なことで、オスとメスは色が全然違うわけです。フェロモンも何にも持ち出すまでもなく。
 モンシロチョウは紫外線が構成要素に含まれる「環世界」を生きていて、人間はそうではない。
 チョウと人は全く別の環世界を生きている。

 僕の「環世界」という概念の理解は、チョウの例のように、あくまで「その種固有の知覚器官に依存したもの」でした。  
 紫外線を見るチョウの環世界、超音波で”見る”コウモリの環世界、光のない洞窟の中にだけいる昆虫の世界。
 環世界は種別にあるもので、同種であれば、同等の知覚器官を持つ者同士であれば、環世界は同じだと思っていたのです。

 ところが、『暇と退屈の倫理学』における環世界の取り扱いを読んで見るに、そこでは「宇宙物理学を学ぶ前後」「タバコを吸う前後」などで「環世界は異なる」とされていたのです。
 つまり、持っている知識や置かれている状況によって「環世界は異なる」と。
 
 僕はここで「えっ?そんな勝手な解釈許されるのか?」となってしまい、そのあとは國分さんの主張を恐る恐る読む感じになったのですが、先日読んだある記事に日高さんが「木こりが木を見るのと、女の子が木を見るのでは、同じ木を見ても見え方が違う」みたいな話を書いていらしたので、どうやら環世界をいう言葉はそういうものらしいのです。

 持てる知識、経験、状況なんかで「世界の見え方、感じ方」が変わることは良く解ります。
 どうやら、それも「環世界」だということです。
 僕が勝手に狭義の解釈をしていただけなのですが、なんとなく「知覚依存」と「知識経験依存」を両方一括りで環世界と呼んでいいのかどうか府に落ちません。
 包含関係が、「知覚依存」⊂「知識経験依存」なので、一括りにするのは全く問題ないわけですが、両方を一緒にするのであれば話は「各自が各自で刻一刻と変化するそれぞれの世界を生きている」という、なんともざっくりした当然で扱いに困る帰結だけが導かれるように思います。

 そうか、だからここで國分さんは「環世界移動自由度」というパラメータを導入するのか。

 もしかしたら、本の批判が成立するのではないかという予感と共にこれを書きだしたのですが、逆に納得する形になりました。

暇と退屈の倫理学
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ことわざが嫌いなんです

2012-01-15 13:53:52 | Weblog
 漢字の成り立ちを説明し、そして何か人生訓のようなことを唱える人がいますが、僕にはまったく意味が分かりません。「人」という字は二本の棒が支え合うことでできている、人というのは支え合って生きていくのだ、みたいなやつです。
 そもそも、人という漢字の源は左向に立っている人間を表したものだといわれていて、この例ではハナッから話になっていないのですが、もしも本当にそうだとしても、漢字の成り立ちがそうだからって、だから何?という風にしか僕には思えません。

 という話を友達にしていて、ついでに「ことわざも嫌い」ということを説明すると、やけに納得してもらえたので、ことわざの悪口を書こうと思います。
 実は同じ事を昔書いたことがあるのですが、改めて。

 ことわざ嫌い、の発端は佐藤雅彦さんの「毎月新聞」という本です。
 毎月新聞という本は、月に一度の連載エッセイを集めたような本だったと思いますが、その中に「じゃないですか禁止令」というタイトルの文章がありました。
 じゃないですか、というのは「イチゴっておいしいじゃないですか〜」とか「今日って寒いじゃないですか〜」とか「これって重たいじゃないですか〜」の「じゃないですか〜」です。
 イチゴが好きなんだったらイチゴが好きだと言えばいいのに、イチゴが好きであることが相手にとっても人々一般にとっても当然であるかのように「じゃないですか〜」と言うのが気に食わない、というわけです。
 寒いから外に出たくないなら、「寒いので私は外に出たくない」ということを表現するべきなのに、「寒いから誰だって外に出たくないですよね、あなただってそうですよね、だから私外に出ないですけれど、当然のことですよね」という風に誤魔化した表現として「寒いじゃないですか〜」になっているわけです。

 当時、僕はこれを読んで、なるほどなと思いました。
 嫌なら嫌だと言えばいいのに、「それって結構嫌じゃないですか〜」みたいに言われたら、確かに少しカチンと来るかもしれない。「自分を出発点として」自分がそう思う。ではなく、「世間を出発点として」それが当然なのだから自分は当然そう思うのが当然、みたいに責任の所在をぼやかして「世間」に拡散させてしまう巧妙な表現手段。

 なるほどな、と思いながら、良く似たものが他にもあることに思い至った。
 それが「ことわざ」です。
 ことわざというのは別に真理でも経験則でも先人の知恵でもなんでもなく、ただの「責任曖昧化装置」です。

 たとえば、早川君という友人がいたとして、早川君が転職の相談を持ちかけてきたとします。
 話を聞く限り、さっさと転職すればいいように思えたとします。
 僕は言います「そっか、じゃあ早く転職しちゃえばいいと思うよ」。
 これだけならば良いのですが、なんだか心がモヤモヤするので、次の言葉を付け加えてしまうかもしれません。
 「ほら、善は急げって言うじゃん」

 最後の「ことわざ」が何の為に付け加えられたのかというと、それは一つには自分の発言を「ことわざ」という権威で強化する為ですが、残念ながら事はそれに留まりません。ここでは、巧妙に「急げ」という自分の意見を、それが自分一人の意見ではなく、さも「誰に聞いたってそう答えるに決まっている、これは間違っていたとしても自分の間違いではなく世間の誰でも間違うこと、そういう当然の意見」という体を装っているのです。責任の所在を拡散させているわけです。

 もともと、ことわざというのは沢山用意されていて、僕達は「善は急げ」の代わりに「急いては事を仕損じる」とか「石の上にも3年」とか「石橋は叩いて渡れ」などの「転職、ちょっと考えなおしたら」に属するであろうことわざを選ぶことだってできたのです。
 つまり、「転職、それ考えなおしたら、石の上にも3年っていうじゃん」と言うことだってできたのです。その場合、どうしてそういうことを言ったのかというと、「自分がちょっとそれは早急に思うと感じた」からです。意見の起こりには「ことわざの介入なんてありません」。つまり、ことわざは「ことわざ故になんとか」ではなく、常に事後的に「後付として」使われているだけなのです。それも、責任曖昧化装置として。
 だから、僕はことわざを真剣な会話に混ぜてくる人が信用できません。

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フレデリック―ちょっとかわったのねずみのはなし

2012-01-13 14:00:37 | Weblog
 (あるいは芸術に絶望した芸術家のために)

 僕はもう32歳だし、それに男だし、世の多くの成人男性がそうであるように「ぬいぐるみ」には特に興味がありません。小さい時にはいつも持ち歩いていたぬいぐるみもありました。今でも見掛けて「かわいいな」とか「よくできてるな」とかチラリと思うことはありますが、まあそれだけのことです。
 ところが、先日街角で次のようなぬいぐるみを見掛けて、なんだか若干グッと来てしまいました。「プレゼント」か「何かの材料にする」でもない限り、ぬいぐるみを買うという選択肢はもうないので、流石に買うことはありませんでしたが、ぬいぐるみを見て「欲しい」と思ったのはとてもとても久しぶりのことです。

フレデリック ぬいぐるみ(M)
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ラムフロム


 このぬいぐるみのキャラクターを、僕は全く知らないわけではなく、頭の片隅に「どこかで見たことがある」という程度の認識は持っていました。どこかで見たことはあるけれど一体なんだか分からない、というのは一番気になることの一つなので、後で検索してみたところ「フレデリック―ちょっとかわったのねずみのはなし」という絵本のキャラクターでした。
 作者は「スイミー」も書いたレオ・レオニ。
 日本語への翻訳は、日本唯一のプロ詩人と言っても過言ではない谷川俊太郎さんです。

 フレデリックはぬいぐるみを見てもわかるように、見た目はどちらかというと「ゆるキャラ」なので、絵本もそういった呑気な話なのだろうと思っていたのですが、全然違いました。

 話は、フレデリックと仲間のネズミたちの話です。
 みんなが冬に備えて一生懸命働くのに、フレデリックは働きません。
 なんか、ずっと寝てるみたいにボーっとしてるわけです。
 そして、「どうして君は働かないのだい?」とか「寝てるの?」とか言ってくる仲間に向かって、

 「違うよ。おひさまを集めてるんだ」とか、
 「色を集めてるんだ」とか、
 「言葉を集めてるんだ」

 などの、良く分からない言葉を返すのです。

 そして、冬がやってきます。
 最初のうち、蓄えた食べ物があったので、ねずみ達は楽しく過ごすのですが、そのうちに蓄えが尽きてきます。もちろん、なんにも働いてないフレデリックもむしゃむしゃと蓄えを食べます。
 有りがちな感じに、このまま食料がなくなった頃に、フレディックが大活躍してみんなの危機を救うのだろうと思っていたら、なんというか、そうも単純ではありませんでした。
 食べ物もなくなりくさったみんなは「そういやなんか訳わからないこと言ってたけど、あれってどうなってるの?」とフレディックに聞きます。

 フレディック応えて曰く、

 「目をつむってごらん」

 えっ。。。

 いや、わかるんだけど。
 フレディックはもうなんかオーラも違うんです。
 仲間のねずみ達はみんないいやつですっかり騙されるというか。
 もしも宜しければ次の動画を見てみてください。とても面白いです。




 物語というのは、別に意見や教訓を引き出すものではありません。
 作者はこの物語でどういうことを言いたいのか、なんて本当にどうでもいいことです。
 ただ僕はこの話がとても好きで、なぜたったの500円なのか、なぜこんなに安いのか全く謎な英語版の本を買いました。

フレデリック―ちょっとかわったのねずみのはなし
クリエーター情報なし
好学社


Frederick
クリエーター情報なし
Dragonfly Books

 
  
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円と長方形(円面積の直感的証明)

2012-01-06 19:31:41 | Weblog
 昨日、ツイッターで「円の面積を求める公式を忘れた」という感じの記述を見かけました。そして、なんともお恥ずかしいことに、はじめて「どうして円の面積はπr^2(円周率×半径rの二乗。「^」という記号で何乗を表しています。)で求まるのだろう?」と疑問に思いました。
 円の面積公式は小学生の時に暗記して、いかにも自明なことになっていたので、導出を考えたことがなかったわけです。僕は塾講師もしているし、子供に数学を教える機会はたくさんあったのに、なんと昨日まで全く思いもよらなかった。自分でそのことに愕然としました。
 公式の導出自体は高校で積分を習うときにやっています。xy平面で原点を中心とした円の式を、第一象限だけ積分して、あとで4倍するようなやり方で計算したと思います。
 しかし、その方法は”積分を信じるなら”ということで、あまり直感的とは言えません。

 さて、πr^2を改めて見てみると、その実にシンプルな形につい納得してしまいます。
 特に、r^2というのは、面積が長さの二乗の次元なので、対称図形の面積を表すのにぴったりしすぎていて、そのせいで余計に疑問を持ち難くなっています。
 しかし、直感的理解の為にはここはばらさなくてはならないでしょう。なぜなら、面積を直感的に理解したいのであれば、我々が寄って立つものは長方形の面積しかないからです。つまり「縦x横」です。「長さx長さ」です。
 だから、

 πr^2 = π x r x r = (π x r) x r

 のような感じに、「辺の長さが(π x r)とrである長方形の面積」と円の面積公式を読み換えます。

 ここでは、それらしい説明を書いていますが、実はこんなことを本当に考えたのではなくて、実際には「円の公式って、そういや?」の直後にいきなり下の写真の落書きをしています。
 でも、この「式の区切りを勝手に変えて、式の読み方を、意味の汲み出し方を変える」というのは、僕が物理学をやっていて学んだとても大事なことなので、無理矢理このようにここで紹介しました。

 それで、「じゃあ、本当にそんな長方形と円の面積が一緒なのか?」というと、下の写真で一目瞭然なように、一緒なわけです。
 (数学屋的にいいのか分からないけれど物理屋的にはOKだと…)

 これは、以前紹介した『トーラスと円柱』にまったく同じ論法ですね。




直観でわかる微分積分
岩波書店
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やる気という企業化社会の信仰

2012-01-03 14:07:58 | Weblog
 前回のブログが、酔っ払って随分と違うものになってしまったので、今回はもともと書くつもりだったことを書きます。
 随分穿ったことなので、こちらもどうせ変かもしれません。

 もともと書こうと思っていたのは、「やる気」というものが、僕達のネイチャーから離れた信仰のようなものになっているのではないか、ということです。”我々の”社会は産業革命に端を発する「工業化」を成し遂げて、その後「企業化」しました。「全部、官僚が悪いんだ!」みたいな雰囲気の中で、政治家が「だから今こそ政治主導を!」と叫んでいましたが、日本は「企業化」した国家であって産業界が強い。それは今回の東電の件でも思い知らされました。
 企業化した社会では、全てが企業を中心にして廻るわけだけど、教育というものも当然そこには含まれます。ごちゃごちゃ言わなくても、ずっと「大企業に入る」ために「偏差値高い大学に行く」ために「偏差値高い高校に行く」ために「偏差値高い中学校に行く」ために「偏差値高い小学校に行く」ために「幼稚園お受験」する、的な構図があったことは誰もが知っています。そういうものを美化する「トレンディ」ドラマもインターネット普及前のTVではバンバン流れていました。

 この大企業就職へと収斂して行く人生の過程で、人は何度も「面接」という選別に掛けられることになります。受験にも就職にも面接は付き物です(多くの大学受験が学力試験だけでサバサバしているのは救い)。
 その面接の場で、我々は「やる気」というものを問われます。
 「やる気」のある人は、当然のように「やる気」のない人よりも採用されやすいことになっています。企業が「やる気」のある人を求め、学校が「やる気」のある生徒を求め、ということをしているうちに、「やる気」という実は得たいの知れないものにプレミアがついてしまいました。

 そこで、人は「やる気」というものを装うようになった。
 装いは自覚的に「面接だし、やる気あるって言っとけばいいや」と行われることもあれば、ほぼ無自覚に、「やる気」のある人間こそ幸いなりとばかり、無理矢理なにかの対象に「やる気」を見出す場合もあります。
 後者には「実は好きでもないものを好きだと思い込む」パターンと、「好きなものを延々と探し続ける自分探し」というパターンがあると思います。

 さらに、この傾向に拍車を掛けるように、文科省は学校における生徒評価に「意欲関心態度」というものを導入しました。試験ができない生徒も「やる気」を示しておけば「成績が上がる」わけです。こんなにおいしい話はありません。親も「やる気を出せ、先生にやる気を見せろ」となるのは当然で、こんな風に周囲の皆が「やる気やる気、やる気が大事」という環境下に育てば、やる気汚染された子供が育つのも当然のことです。

 言うまでもなく、僕達人類は「原始的なやる気」というものも内包しています。
 そうでなければ、サルからここまで来れなかったでしょう。
 しかし、その「原始的なやる気」というものは、子供の間は大方「ひたすらキャッチボールしている」とか「ひたすら落書きしている」というような形で現れるもので、これらは現代的な「やる気」には査定されません。むしろ「やる気なし」の症状です。

 つまり、「やる気」というものが、「何に対しての」かというと、まずは「勉強」が何段階か続き、ひいて「仕事」というのが最終的に現れるわけです。実は、子供が「やる気あんの?」と問われているとき、それは究極的には、遠い未来に働くであろう企業から「我社でしっかり身を粉にして働いてくれるのかね、君は」と問われているわけです。もっとヒネタ書き方をすれば「うちの役員とか株主の為にしっかり利益出してくれるよね、君?」です。
 そんなもの答えは「ノー」に決まっています。
 ちょっと穿ちすぎかもしれませんが、受験合格をインセンティブにした教育は、そういうことだと思います。

ぼくらの七日間戦争 (角川文庫)
角川書店


希望の国のエクソダス
文藝春秋
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