深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

日本学術会議がホメオパシー排除を勧告

2010-08-25 14:33:04 | 一治療家の視点
朝日新聞は8/25の1面トップで、日本学術会議が会長談話の形で、ホメオパシーは「科学的な根拠は明確に否定され、荒唐無稽」として「今のうちに医療現場から排除されないと『自然に近い安全で有効な治療』という誤解が広がり、深刻な事態に陥ることが懸念される」と発表した、と報じた。これは、日本学術会議がホメオパシーを公式に否定し、医療現場から排除するよう勧告したということであり、この会長談話は今後さまざまな形で波紋を広げていくことになるだろう。

ホメオパシーは同種療法とも呼ばれ、症状を引き起こす物質を溶かした水を希釈を繰り返した後、それを砂糖錠にかけたもの(レメディ)を作製し、それを摂らせることでさまざまな病気を治癒させる、という方法。その希釈回数を増やせば増やすほど効果が高まる、というのがホメオパシーの基本理論だが、そうすると元の物質が1分子も含まれない「ただの水」(注1)になってしまうため、通常の西洋医学的な医療関係者だけでなく代替療法家の中にもホメオパシーを疑問視する人は少なくないように思われる。

(注1)ホメオパシー的な考え方では、希釈を繰り返すことで水の中に元の物質の情報が記憶される、ということなので、ホメオパシーの立場では、それは決して「ただの水」ではない。

ウチの治療院の場合、「いわゆるホメオパシー」は行っていないが、施術の中でホメオパシーより遙かに不可解で説明もできないことも行っているので、ホメオパシー理論を真っ向から否定する気にはなれない。例えば、ホメオパシーを非科学的と否定する際にしばしば使われる「『ただの水』なんかで病気が治るはずないだろう」という言説は、(通常医療でも代替医療でも)「そもそも何かをしなければ病気が治るはずはない」という考え方に基づくものだが、クラニオセイクラル・ワークの祖とされるウィリアム・ガーナー・サザーランドは、途中からそれと相矛盾する事態に遭遇してしまっている。

サザーランドは自力でクラニオの体系を作り上げていく中で、「何もしないことが最大の効果を生む」というところに立ち至ってしまった。ただ彼はそれを「薄気味悪い」として、晩年になるまで誰にも語らなかったという。それはそうだ。だって、語ろうにも語るべきことが何もないのだから。そのサザーランド晩年のクラニオは、バイオダイナミックなクラニオセイクラル・ワーク(クラニオセイクラル・バイオダイナミクス)と呼ばれている(注2)

(注2)サザーランドの「何もしない」ということの解釈を巡っては、バイオダイナミック派の中にも、アプレジャーの創始したクラニオセイクラル・セラピーのような物理的な操作を行わないだけだとする穏健派(?)から、施術者が患者に向かって心の中で何かを思うこともサザーランドの考えに反するとする原理主義者(?)まで、さまざまな立場がある。

「施術者が自分自身を限りなく希薄化させることが最大の効果を生む」とするバイオダイナミックなクラニオと、「希釈を繰り返すほど効果が高まる」とするホメオパシーとは、偶然かもしれないが、とてもよく似ているように私には感じられてならない。私がホメオパシー理論を真っ向から否定する気にはなれないのには、そうしたことも無関係ではない。

だから私にとってホメオパシーの問題は、希釈を繰り返した「ただの水」から作ったレメディを患者に与えていることではない。本当は、真に問題としなければならないのは、西洋医学的な医療を全否定し、ホメオパシーこそが絶対だとする、カルト化してしまったホメオパスの存在なのではないか。もちろん多くのカルト教団の信者がそうであるように、彼らも自分がカルト化してしまっていることに気づいていない。彼らが悪意や単なるビジネスとしてオステオパシーをやっているのなら、まだ救われる。救われないのは、彼らのほとんどが本当に善意から、ホメオパシーを心から信じて行っていることにある。悪意や商売目的ならどこかで歯止めが効くが、善意にはそもそも歯止めがないからだ。

そして、一部のホメオパスがカルト化したことの背景にあるのが、医療不信である。患者のたらい回し、薬漬け治療、繰り返される医療ミス、…そうしたことへの反動が、過激な代替医療信奉者(注3)を生み出しているということを、通常医療の側は認識しなければならない。その上で、今回の学術会議の会長談話の持つ意味を少し別の角度から見てみよう。私は、この会長談話が医療を巡る振り子の転換点になるのではないか、と思っている。

(注3)これはもちろんホメオパスだけではない。

かつては医者の権威は絶対とされ、「患者は医者の言うとおりにしていればいいんだ」という形で保たれてきた医療が、インフォームドコンセントなどの導入や医療ミスが社会問題化する中で、その振り子が医療不信という方向に大きく振れ出したのが15年前くらいだろうか。その後、新人医師の研修制度が変わり、医療制度改革と相まって今の医師不足・医療崩壊へと繋がっていくわけだが、そういう中で西洋医学的な医療へのアンチテーゼとして代替医療に対する関心が高まった。つまり、ここ15年くらいは、冷たい通常医療から自然に即した代替医療へ、という方向に振り子が動いていたわけだ。

その振り子が今度は、根拠のない非科学的な代替医療から科学的な通常医療へ、という方向に変わりつつあるのではないかという気がしている。その予兆は今回の会長談話だけではない。例えば、以前何度かここでも記事を書き、議論になった『代替医療のトリック』の刊行、そしてイギリスでのホメオパシーを医療保険の適用から除外する動き、など。そして今はホメオパシーが問題の中心にあるが、ホメオパシーだけが排除されたらそれで終わり、などと思うべきではない。一方の極にまで振れた振り子は、次はもう一方の極まで振れるものだから。そういう意味で今後、代替医療を巡る環境が大きく変わることも考えておかなければならないだろう。
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19 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ひろひろひろ)
2010-08-26 11:25:19
実際にホメオパシーを使ってる医師は、この件についてどう考えているのでしょうね。
帯津先生とか。

私たちもホメオパシーと同じく波動転写という概念を使って治療をしているので、とても他人事ではないですね。

ただ残念なことに周りを見ると、自分の治療法を絶対だと思うあまりか他の大体医療に対して否定的だったり攻撃的だったりする人が少なくないです。
まあ、これはカイロプラクティック関係者だけに限ったことではないのでしょうが。

ホメオパシーなんて他人事と思ってるうちに自分のお尻に火がついていたなんてことがないよう気をつけたいものです。
帯津先生、どうする? (sokyudo)
2010-08-26 12:40:58
>ひろひろひろさん

他のブログを見ると、やはり一部に「帯津先生がどう出るか?」みたいな記述が見られます。私も気になりますねー。さぁ帯津先生、どうする?

波動転写に関しては、学術会議がホメオパシーの排除を勧告したのは医療現場に対してですが、我々のような治療院はそもそも法的には医療を行う場ではないので、関係ないンじゃないでしょうか。

ただ、確かに治療家は「お山の大将」にならないように注意しなければなりません。
Unknown (ひろ)
2010-08-27 08:39:22
現実問題としてオステオパシーを掲げて商売をやっている私としては単に名称が似ているというだけで勘違いされるということも発生しています

私はホメオパシーのことは理解できないので、もし批判するのであればきっちり勉強してから批判させていただくことにします
自分の立場や考え方が違うというだけでは的を得た批判ができるのかどうかも疑問です

自分たちが正しいと信じる民間療法と自分たちが正しいと信じる西洋医学との不毛の論争になるのだけはやめにしてもらいたい気持ちです
批判する態度 (sokyudo)
2010-08-27 17:43:27
>ひろさん
>もし批判するのであればきっちり勉強してから批判させていただくことにします

そうです。それが本来、批判する側の態度なのです。世の中には聞きかじりの情報だけで批判したり、一体何を批判したいのか本人もよくわからないまま批判しているようなのが大半ですから。

>自分たちが正しいと信じる民間療法と自分たちが正しいと信じる西洋医学との不毛の論争になるのだけはやめにしてもらいたい気持ちです

これは形を変えた「正義」についての議論に読み替えることができます。皆さん、マイケル・サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)でも読んで勉強しましょう。
かくして魔法は破綻し、矛盾が振りかかった。心せよ伝統派、汝の魔法は矛盾なり (科学技術結社連合 有機創世派)
2010-09-02 22:51:39
お久しぶりです。
今回の件は、少なくとも私にとっては大きな意味を持っています。
代替医療はこの件を契機に、これまでのように己の【魔術】を行使することは難しくなるでしょう。(嫌な言い方かもしれませんが、証明されていない効果を主張している以上、それは魔法と言わざるを得ません)。
今後この問題は他の代替医療にも波及するかもしれません。その時、エビデンスを持たない医療は、その立ち位置を問われることとなるでしょう。当然、キネオロジーも。
その点は同感です。 (sokyudo)
2010-09-03 08:47:15
>有機創世派さん

お久しぶりです。私は有機創世派さんとは立場を異にしますが、
>今後この問題は他の代替医療にも波及するかもしれません。その時、エビデンスを持たない医療は、その立ち位置を問われることとなるでしょう。当然、キネオロジーも。
という点は同感です。今は(実際に死亡事故が起こったということもあって)「ホメオパシー叩き」という形になっていますが、学術会議が「科学的根拠がない」ことを医療現場からのホメオパシー排除の理由にしていることから、例えばO-リング・テストを含むキネシオロジーが同じ理由で排除の対象になることも十分考えられるからです。

ただ治療家である私たちのことを述べるなら、本文でも書いたように私たちのやっていることは法律上は医療行為ではありません(医療“類似”行為ですから)。当然、治療院も医療を行う場ではありません。
また、私は自分のやっている施術内容を明らかにしていますし、もちろん「これで確実によくなります」などということも一切うたっていません。その上で「それでいいから診てくれ」という方に来てもらっています。
ですから、学術会議が何を言おうが、粛々と今の仕事を続けていくだけです。
Unknown (JSCC関係者)
2010-09-06 14:49:29
初めまして。

もし、よろしければ、日本カイロプラクティック徒手医学会で研究発表しませんか?

テクニックを磨くことも必要ですが、一方でこういう学術的な活動をして行くことが科学として認められるためには必要だと思います。

カイロプラクティックに無理矢理科学性をつけるのではなく、科学的な探究をする姿勢があると言うこと自体が科学であると思います。

是非、先生方もご一考頂ければと存じます。

http://www.jsccnet.org/

一考してみましたが (sokyudo)
2010-09-06 22:14:00
>JSCC関係者さん

コメントありがとうございます。
せっかく
>是非、先生方もご一考頂ければと存じます。
とおっしゃっていただきましたが、
1.私は自分のやっていることが(一般的な意味で)科学的かどうか(もっと厳密に言えば、科学的に検証可能かどうか)という点には、あまり興味がない。
2.私が今やっていることは、オーソドックスなカイロプラクティックとはだいぶ隔たってしまった。
という理由で、ご期待には添えかねます。

なお、
>科学的な探究をする姿勢があると言うこと自体が科学であると思います。
という、JSCCさんのご意見には疑問を感じます。それが(一般的な意味で)科学的であるかどうかは、あくまで探求した結果に対して言えることであって、「科学的な探求をする姿勢こそが科学」というのは、何だか詭弁のように思われてなりません。
ありがとうございます (JSCC関係者)
2010-09-07 06:23:02
早速にお返事を頂き、ありがとうございます。

>1.私は自分のやっていることが(一般的な意味で)科学的かどうか(もっと厳密に言えば、科学的に検証可能かどうか)という点には、あまり興味がない。
>2.私が今やっていることは、オーソドックスなカイロプラクティックとはだいぶ隔たってしまった。
>という理由で、ご期待には添えかねます。

それは非常に残念です。

確かにカイロならびに手技療法を科学的に検証することに意味を見いだされない先生方が多いのは事実であると思います。

また、当学会でもそうですが、いわゆる純粋なカイロプラクティックの手技だけを行っている先生はかなり少なくなってまいりました。

以上の二点は、当学会の多くの会員も実際に感じていることであると思います。

しかし、一方で学術的な取り組みをしていくこともカイロならびに徒手医学において重要なことであると考えております。

現代医学とカイロなどはまったく異なるものであると結論してしまうのは簡単ですが、同じ人体を診ている以上、必ず意思の疎通ができる部分があるはずです。

また、気が向いたら当学会の学術大会にでも参加してみて下さい。

DC、 nonDCのみならず、医師や歯科医師、理学療法士など、また、テクニック的には上部頸椎専門からガンステット、オステオパシー、身体呼吸療法など多岐にわたった先生方がおられますので、話を聞くだけでも楽しいですよ。



>なお、
>>科学的な探究をする姿勢があると言うこと自体が科学であると思います。
>という、JSCCさんのご意見には疑問を感じます。それが(一般的な意味で)科学的であるかどうかは、あくまで探求した結果に対して言えることであって、「科学的な探求をする姿勢こそが科学」というのは、何だか詭弁のように思われてなりません。

そうですか。
これも残念です。
私などは代替医療のトリックでEBMなどにより効果を否定されるなどと言うこと自体、その治療法が科学的に分析可能なものであることを証明されているように思います。
そもそも、科学などと言うものは、間違いを指摘されることで進歩するものであると考えます。
そう言った意味で、「科学的な探究をする姿勢があると言うこと自体が科学である」と考えているわけです。
もっと単純に言えば、同じ提言であっても他人を騙そうとして使われるのが詭弁であり、そうでない場合は誤謬であるということですね。
先生も臨床でよくお分かりだと思いますが、失敗した時には多くを学べます。間違えたときこそ、科学は進歩するのではないでしょうか?

人体が科学的に探求できる以上、その治療法が科学的に探求できないはずはないと思っております。
例えば、CRIに代表される身体の脈動は、現状の科学的帰結から考えれば、一定のリズムでしか動くことがない場合、異常であると考えられます。
これは、ある科学的原理を元にした人体に対する考え方の一つであり、絶対に正しいと言うものではありません。
治療理論は絶対に正しいと言うことなどないと言うことが大事であると思います。
基本的に欧米のカイロやオステの理論などと言うものは、実際の治療行為の抽象ですから、その理論から治療を展開するのではなく、臨床経験からその理論に帰納されるような形で理論を把握した方が良いのではないかと言う考え方もあります。
その展開の仕方、理論の構築の仕方を多くの先生が自分の言葉で述べていくことを続けることで、その治療の本質に迫れるのではないでしょうか?

また、当学会からワークショップ等のお願いがいくこともあるかも知れません。
その節は、宜しくお願い致します。

では、先生の今後のご活躍を期待しております。
うーん… (sokyudo)
2010-09-09 09:26:20
>JSCC関係者さん

研究発表云々の件はさておいて…JSCC関係者さんと私とでは(前回のコメントでも述べたとおり)「科学的」という言葉のとらえ方がまるで違うように思われます。
それにそもそも私は
>人体が科学的に探求できる
とすら考えていません(科学的に探求できる「部分がある」とは考えていますが)。だからもちろん、
>その治療法が科学的に探求できないはずはない
などとも思ってはいないのです(それは西洋医学的な通常医療に対しても同じです)。
だからこそ
>治療理論は絶対に正しいと言うことなどないと言うことが大事であると思います。
には明確に同意します。

>また、当学会からワークショップ等のお願いがいくこともあるかも知れません。

それはかまいません。興味があれば出ますし、興味がなければ出ません。それだけです。

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