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女性年齢が高くても精索静脈瘤手術(顕微鏡下低位結紮術)は有効!?

2015-09-09 20:53:27 | 日記
 さて精索静脈瘤に対する顕微鏡下低位結紮術を手がけてかれこれ11年となりました。手術を希望される患者さんも増え続け、今年は手術件数が年間200件ペースとなりました。この10年間で年々精索静脈瘤手術(顕微鏡下低位結紮術)のデータが論文や学会発表で随分と見聞されるようになりました。それだけ精索静脈瘤に対する世間の関心が高まって来ているものと思われます。しかし不妊治療の主たる現場である生殖医療施設で精索静脈瘤について紹介しているのはまだ一部に過ぎません。
 これだけのペースでこの手術を実施していると新たにわかってくることも出てきました。それは女性年齢が比較的高い場合でも期間を経て自然妊娠してくるケースが時折見受けられてきたのです。中には女性年齢が40代であって、さらに顕微授精しかないとまで言われて顕微授精を実施したにもかかわらず妊娠されず、精索静脈瘤の術後に自然妊娠される方も見受けられるようになりました。男性不妊で連携しているある人工授精専門の婦人科の先生曰く、女性年齢が40代でも年齢以外の不妊因子が無ければ、体外受精(顕微授精)も人工授精も妊娠率はあまり変わりないようです、と。この発言はとても真実味があります。つまり女性年齢が40代となるとコストの高いホルモン剤を使って卵巣刺激をしても採卵の際に採れてくる卵子の数はせいぜい数個になってきます。年齢が若い30代前半の方に比べるとぐっと採卵数は減ってきます。実は夫に精索静脈瘤があっても、女性年齢が比較的若い方であれば卵巣刺激後の体外受精(顕微授精)で妊娠してくることは割とありました。これは精索静脈瘤によって精子の質が低下しても、そのハンディキャップを卵子の数でカバーしているためという説明もできます。つまり精索静脈瘤があっても、全ての精子が完全にダメになるわけではないので、十分な卵子数で救済されうるのです。事実精索静脈瘤でなかなか子供ができなくても期間を経て自然妊娠されることは一般的によくあります。例えば2人目不妊で訪れた精索静脈瘤の方には第1子を結婚後数年経てやっと自然妊娠された経緯などがよく見受けられます。
 一方で女性年齢が高くなると、卵巣刺激をしても卵子数が確保できなくなってくるため精子の質の低下(バラツキ)を卵子数でカバーできず、精索静脈瘤を未治療で体外受精(顕微授精)を実施する際、精索静脈瘤はより大きなハンディキャップになってくるのです。その一方で女性年齢が高い場合は夫の精索静脈瘤の術後に自然に妊娠を待機しましょうとはなかなか言えないため、体外受精(顕微授精)も考えて下さいと説明するのが一般的です。しかし実は術後体外受精(顕微授精)で妊娠される方よりはむしろ自然妊娠する方が実際見受けられるようなのです。
 その理由をいろいろ考えてみましたが、第一に採卵数が数個という高齢女性の体外受精(顕微授精)では、自然周期の数ヶ月分と同等のチャンスしか得られないわけです。すなわち夫が精索静脈瘤手術の後、精子の運動能力やDNA integrityが改善したのであれば、自然周期の数ヶ月分と同等のチャンスとなる体外受精(顕微授精)を実施するメリットはさほど無いかもしれないということになります。
 また卵巣刺激して成熟させて採った卵子と自然周期で成熟した卵子では質的に同じとは言えないと唱えておられる産婦人科の先生がおられます。あまり適切な例でなくて恐縮ですが、米国では成長ホルモンを投与して早熟させた牛から得られたミルクと自然に放牧して成長させた牛から得られたオーガニックミルクは明確に区別されています。また体外受精(顕微授精)は女性にとって大きな精神的負担も強いることになりますが、こうしたストレスによる卵子への影響を指摘される方もおられます。
 したがって体外受精(顕微授精)で妊娠しなかったにもかかわらず、精索静脈瘤術後に自然妊娠してくることがありうるというのは手術効果のみではなく、治療から発生するストレスからの軽減や卵子の質的相違がもたらした結果であるかもしれません。
 来月開催される日本生殖医療学会東北支部総会学術講演会で発表いたしますが、精索静脈瘤に対する顕微鏡下低位結紮術後の自然妊娠率は1年間の短期成績で見ると、乏精子症のみならず高度乏精子症の方であっても約半数が自然妊娠しておりました。術後妊娠までの期間の中央値が4ヶ月という、高位結紮術を実施していた頃には考えられないような早さでした。しかし1年以内に妊娠されてくるのは34歳以下の方のみで、それ以上の年齢の方はほとんど体外受精に進んでいるものの、妊娠例は術後1年という短期成績ではそう多くはありませんでした。
 体外受精(顕微授精)は妊娠という結果が出なければ、期待が大きい分失望が大きくなりますが、精索静脈瘤手術後は長い期間希望を持ち続けることができるのです。
 体外受精(顕微授精)に精索静脈瘤手術(顕微鏡下低位結紮術)をあらかじめ行っておいた方が受精率、妊娠率、生児獲得率、流産率の比較から良いというのはこれまでたびたび報告されてきました。が、これはある意体外受精(顕微授精)を専門にした婦人科の先生方にだいぶ気を使った?研究結果であるとも言えます。実は女性年齢が35歳以上でも精索静脈瘤手術(顕微鏡下低位結紮術)を行うと術後30ヶ月までに35%のカップルで自然妊娠が成立し、妊娠しなかったカップルに体外受精(顕微授精)を行って妊娠したのは6%に過ぎなかったという報告がちゃんとありました。きちんと勉強されたい方は原著をお読みになって下さい。
O'Brien JH et al. Microsurgical varicocelectomy for infertile couples with advanced female age: natural history in the era of ART. J Androl. 25:939-43. 2004
 その昔、世のお母さん方の中にはだいぶ年齢が上がってからも7人目とか8人目の赤ちゃんを生みましたなんて話がありましたが、年齢だけでそれ以外の不妊原因がなければ、男性因子さえ治すことができればいずれ自然妊娠してくるべきものなのかもしれません。したがって年齢因子を理由に体外受精(顕微授精)の呪縛をかけるより、精索静脈瘤の有無を正確に評価して必要に応じて治療することのほうが重要なのではないかと考えるのは果たして小生だけでしょうか?もっとも不妊の女性因子によっては体外受精(顕微授精)が必須になりますので、きちんと産婦人科専門医に診ていただくことが重要であることは言うまでもありません。