ピータニスモ

アマチュアのマンガ描きです。
マンガを考えマンガで考えの日々。

生きる

2012-02-17 17:02:34 | 日常
凄い大仰なタイトルだ。
『生きる』
忙しい時や早起きしないといけない時に限って眠れなくなる事がよくあって、そういう時に自分が今この瞬間に大事だと思う言葉とか考えながら、布団の中でもぞもぞごろごろするんです。
って、アシ先の先生に言ったら爆笑された。

生活の基盤はやはり体力です。
安定しない日々を送ってると、ここがぶれると全てぶれますよ。
大病を患ってる母の見舞いに行ったり、知り合いのマンガ家連中の日々の生活サイクルの云々を聞いたり。
アシ先でいかに体調管理するかとか、ストレス発散がどうとか、仕事の仕方の話とか。
いろいろ話し聞かせてもらったり、聞いて頂いたり。
立ち向かっていかなきゃいけないことは多いですが、先立つものは体力ですね。

私は立ちくらみや耳鳴り頭痛とか、そういうものと友達の虚弱野郎で。
バリバリ生きてる人は羨望しています。
遊ぶのにも仕事するのにも、全力でいきたいもんですぐ疲れてしまうのですが、最近は何事も8分目位が丁度いいなと思うようにしてます。
霞み食って生きてやる!とか思ってたときも正直ありましたが、今は細く長くありたい。
生まれて初めて?
今死ぬのはあんまり嫌だな、とか思うようになってきたり。
よくわかんないけど。


情緒面に関しては最近は別段問題ない。
年末よりまし。
そんなことより、物理的に春以降どこで生活するか決めかねてるのでその事が不安だなあ。
今住んでる家がなくなるのですよ。
さて、どうしたもんか。

まあ、なるようになるし。
やることせねば。
ネームを、プロットは終わったし人物設計も大まかに出来た。
絵のスタイルを決めかねてるけど、とまっててしょうがないし進めなきゃなあ。

ということを、ぼーっと何もせず机に向かって考えたり。
そんな感じです。
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COMITIAとか東京とか

2012-02-08 13:09:27 | 同人誌
2月5日はCOMITIA99でした。




ブースにお越しいただいた皆様ありがとうございました。
前回作った『たこぶえ3号』は無事完売いたしました。
今回初売りのたこぶえ別冊『たこ公園』は刷ったものの半分ほど売れました。
前回より微増ってとこでしょうか。
で、在庫は通販すると思いますので詳細は後日また。

前日に前回のティアの時にも泊めていただいた西村さん所にお泊りでした。
錦糸町からバスでビックサイトまで向かう道のりをぼんやり眺めた。
電車の窓から見える景色と違うのでなんかいい感じで、乗換えとか満員とかないから安心設計だし。

行きは前回の在庫ぶん40冊、返りはダンボールに収まらなかった30冊を常に抱えて移動してたので、帰ってから今日もなんですが胸が筋肉痛です。久しぶりに筋肉痛とかなりました、日ごろいかに無理をしない身体になったのかという証左。
西村さんも体力の低下を嘆いておられまして。
曰く、自分は審美的な心持ちでダイエットをしたいなどとは思わないが体力がこのまま衰えて死にたくはないので身体を動かさねばならない、と仰っていました。

相変わらず思考が極端な方です。

終わってからは、寄稿していただいた方々や西村さんや良識派界隈の面々と前回も行った新宿のビアホールで打ち上げ。
久しぶりにお酒を飲んで楽しかった記憶があります。

翌日は担当氏に現在描いている原稿を見せに行ってこれからの計画の事など大まかに話したり。
今作でどうにか目処をつけたいので、そこのところどうなのか聞いてみたり。

雑誌自体が中堅がひしめいているところなので色々難しそうだなあとかおもいつつも、まあなるようにしかならんか、と。
自分の意図とか思惑を受止めてくれる人なので、そこのところ助かるし。
今月は下半期に描いた3本をそれぞれのところに出すので、原稿作業が続く。

ネームがしたい。
話し(構成)を作っている時が一番楽しい人間なので。
この世界観と物語で切り取る場面や時間を峻別する時とか特に。
というか仕上げは難しい。
完成のラインを決めるということだから、落しどころがきちんと見定められてないととたんにわやになる。
ああ、とまあこんなふうに現実逃避ばかりしてても原稿仕上がらないからなあ。
ここまでにするか。

そうそう、ふかさくえみさんがたこぶえのブースに来てくれて本を買ってくれて嬉しかったので、思わず声をかけてしまった。
昔から読んでるもんで、感慨深かったのですよ。
あの人もずっとコミティア出られていますね。
あのようにマイペースにあれればなあと思います。

それでは。
本手にとってくれた皆様本当にありがとうございました。
また次ぎ会える機会を楽しみに日常にいそしみたいと思います。

合掌





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COMITIA99

2012-02-04 02:53:34 | 同人誌
COMITIA99 サークルたこぶえに参加いたします。

スペースあ10a



合同誌たこぶえ別冊『たこ公園』をつくりました。

寄稿者は夏野季如・米代恭・永美太郎・えさしか・窓ハルカです。


今週売りの週チャンに窓さんのマンガや、先週の電撃プレイステーション付録電撃4コマにえさしかさんの作品が入選し掲載、今月末発売のアフタヌーンに米代さんのマンガが掲載!

と、偶然ながらフレッシュな面々が一堂に会した本になりました。
ぜひぜひ皆様、会場にお越しの際は本を手にとって見てはいかがかと思います。
前回発売いたしましたたこぶえ3号も在庫少しありますので持って行きます。



皆様会場お越しの際は是非。
宜しくお願い致します。
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ジオラマ第2号 発売前レビュー

2012-02-02 00:23:09 | 同人誌

前回
にもやらせていただいたジオラマ発売前レビュー今回もまたお話を頂いたので一足先に読ませてもらいました、ジオラマ第2号。
新たな面子も加わりバラエティが増した作品群を、皆さんより一足先に語らしていただきます。

(以下50音順敬称略)

error403『れいぞうこにプリンがあるはなし/爆破』

 個人的な感想の域をまだでないが、同世代もしくは下以降の作家が紡ぐ世界観は変わったのだなあと感じている。 このマンガもそれを表していると思う、それは端的に言うと若い男性の描くマンガの妙な可愛らしさだ。 このマンガも例外ではなく、なにやら80年代乙女チック的可愛さなど思い出した。 多少の飛躍はあるにせよ、卑近な中にあるちょっとしたおかしみみたいなものを愛らしいタッチで描く。 90年前後の若手のマンガの中に出てきたバイクやヤンキーといったアイテムは今の若いマンガ家の世界観から消えて久しい。 男子的な中にあるオシャレやトレンドもこういう風に変遷したんだろうな、とか勝手に思ってる。 作者はtwitter上やネットプリントなどメディアを有効に使う事に長けた人といった印象。 そんな彼が選んだ世界観だという思いがこの考えに拍車をかけるのかもしれない。

オノマトペ大臣 『サラリーマン日記』

 フィクションであれノンフィクションであれ、結局私たちはそこから何か物語を感じえずにいられないのかもしれない。 マンガ誌の中に不意に現れたオノマトペ大臣(会社員、ラッパー)の日記を読んでそう思った。 明るい筆致でつづられるその日々の中には、冷静さとユーモアと少しの悲しみがある。 彼のように人生を見つめたいと思ったし、私が作る物語も出会う物語も、そういう風にありえたら素敵だと思った。 立ち止まったり、振り返ったり、前方を見据えたり。 ささやかなものをささやかなまま軽やかに。 読み終わったあとは、そういった気分みたいなものだけがぼんやり残っていた。 凄くいい文章だと思う。

カネコアサイチ 『砂丘のクラゲ』

 荒涼としている風景、日常の会話、素朴な絵。 前作と同様に切り取られる世界は、しかし少し不穏だ。 皆それぞれ会話はしているものの、どことなくちぐはぐであり妙な距離感だけがある。 暗いわけではないが決して明るいともいえない世界、作者を含む私たちは今そういう世界を生きているのだろうか。

●ゴトウユキコ『愛の劇場』

1Pマンガが5本と4Pの掌編が1本、連続性を持たずに並べられたオムニバス。 夢の話や妄想の話、いっときの思い出、例えば授業中にふと頭をよぎったような、とりとめもない話したち。 そんな誰しもが持ちえる想像力は、しかし単なる馬鹿で明るいものに収斂しない。 読み終わって残る印象は、思春期のあの退屈で不安と希望がない交ぜになった、あの日々といったところだろうか。 そこにしっとりとした女性的なまなざしが加わってるところが魅力だ。

佐々木充彦 『5人いる!』

宇宙、記憶喪失の乗組員、宇宙船。 言葉にするととても大きい仕掛けのように見えるがしかし、展開されるのは他愛もない会話となんとなく流れる時間。 シリアスといった感情が漂白されたかのような物語は、微笑ましいくらいに可愛く仕上がっている。

さよならポニーテール 『なっちゃんの写真』

 カワイイという意匠は男と女ではやはり違うのだなと、一人納得したというか、なんというか。 女性の紡ぐそれは一見悪意とは無縁なところにあるようにも見えるが、自閉していて少し怖く感じてしまうのは単なる私個人の問題なのか。 いやしかし、さよならポニーテールというくらいなのだから、その辺り自覚的なんだろう、きっと。 そう考えると恐ろしいまでにシンプルで強固だ。

澤部渡 『漫画の話と、音楽の話がしたい。』

 彼はシャイな人なんだ、きっと。 マンガだって文章だって音楽だっておんなじことで、どうしたってその作り手の人となりがでる。 彼の、書く対象に向かう時の真っ直ぐなアプローチや、しかしそのことを隠しはしないが悟られないように編み込まれた固有名詞たち。 ふてぶてしくも繊細な、そんな顔が見え隠れしているように思った。 彼は昨年末に第二作品集「ストーリー」を発表した若手音楽家だ。

真造圭伍『2人ぐらしをはじめた』

 彼の描くマンガはいつ読んでも冷静だ。 冷静というよりは、極端にエモーショナルを排しているように感じる。 それはこのマンガを読んでもらえたらある程度共感してもらえると思うのは、見開きで描かれる登場人物が踊る場面。 ここにこの作者の性格や、外界に相対する時の姿勢が現れているように感じとれる。 ただ特筆すべきは、そうあってなおシニカルにならずに、愛嬌は保っている作風。 そんな憎めなさだと思う。

STAG 『ハーピア』

 研究者である主人公とその似姿であるハーピアと妹と3人の物語。 SFの意匠を施されているが、描かれるものは些細な時間。 それを繊細な眼差しで紡ぐ。 多めに割られたコマに非常にバランスよく絵の入ったそれらは良くも悪くもスタティックだが、それがこのマンガの持つ品に繋がっているんだと思う。

西村ツチカ 『P対NP問題』

 前作『透明人間VSサギ師』の2話は今回諸事情で収録されていない。 変わりに彼が2010年に描いた未発表原稿が掲載されている。 なんというかこういうことをするところが西村ツチカなのだと思う。透明人間であり詐欺師的な立ち振る舞いそのものだ。 その本質をつかもうとするものをひらりひらりとかわして在る。 しかしこの掲載作品、彼の単行本収録作と比べても、画面の作りこみの丁寧さでいったらかなり上位に位置する作品だと思う。 いったい後いくつこのようなものが眠っているのだろうか。 吉良吉影にシンパシーを感じるとは本人談だが、なるほど色々勝手に納得している。

ぱうひろ 『エゴ捨て山』

 前作から通呈しているモチーフなのかなんなのか。 ぱうひろは馬鹿を描くのがうまい。 ただ馬鹿は死んでも治らない、というように、そういう眼差しも含めて描かれる馬鹿者は如何に救われるのか。 可愛くて悲しくて馬鹿そのものだ。

ふみふみこ 『村田克己54歳』

 最近あまり描かなくなったが、私の中ででふみふみこはギャグマンガ家だ。 ギャグを表現するものは発想や仕掛けに命をかける。 彼女がシリアスな物語を描く時も常に、そういった意識が働いていて今回もそこに唸らされた。 一見乱暴でエキセントリックに見える作風も、その中に孤独と母性が溶け合っていて、名づけ得ない感情をこちらに投げかけてくる。 相変わらずパワフルな作家だ。

横山大河 『灯るい話』

 日本のマンガという枠組みの真ん中から物事を見てしまうのはある意味危険な事かもしれない。 このマンガにはいわゆるキャラクターは存在しないし、描線もペンで描かれるそれではなく、鉛筆でハーフトーンを基調に表現される。 昨今のバンドデシネやアメコミのブームを見てもわかるようにマンガの表現の多様化はどんどんと突き進んでいる。 緩やかな時間が流れるマンガに久しぶりに会ったような、そんな印象だ。

〜〜〜
 
 申し分ない188ページのボリュームで作られたジオラマ第2号、値段も950円とページから考えたらかなりお得。 多種多様でありながら何か共感せざるを得ないような、同時代感が潜んでいる。 私はマンガはその作者のパーソナリティを色濃く反映するメディアだと考えていて。 フレッシュな才能たちが描いた世界の中に自分の気分が映りこんで、今がゆっくりと立ち上がってくる。
そんな風にこたつにもぐりこんで寒い空気にページをめくる音を立ててさあ、独り読んでみよう。

2/5日ビックサイトでおこなわれるCOMITIA99でジオラマ第2号は初売りされる予定だ。
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風呂でぼんやり考えていた事

2012-01-15 22:42:49 | たわごと
QN & Earth No Mad From SIMI LAB "Stain The Dark Side"



昨日からこればっかり聞いている。
個人的にはSIMILABに対して良い印象がなかった。
ドミューンで見た時も若さが先行していて、いまいちのれなかった。
QNもOMSB'eatsもピンとこなかった。

同じSIMILABだったら、ドミューンで一番タイトなラップしてたDyyp Rideが好きだった。

DyyPRIDE From SIMI LAB "横浜 Sky"


で、ここ数日嫌な事が畳み掛けてきて、なんだよもうやってらんねえわ。
と思ってて、でBGMに適当にHIPHOPかけながら作画してたら、QNの"Stain The Dark Side"
を久々聞いて、悪くないなあと思って、少し色々考えてみた。


Rhymester-そしてまた歌い出す


Rhymesterは日本を代表するのHIPHOPアーティストであることは疑うべくも無いと思うが、近年彼らは活動を一新した。
積極的に若手とか近年活躍が著しいトラックメーカーを起用して曲を作るという、彼らが今まであえてやっていなかった事をしている。

何が彼らをそうさせたか、予想する事しか出来ないけど多分、才能ある若手の登場と現代のトレンドをフィードバックしていかないと自分たちのスタイルが古くなってしまうんじゃないかという危惧があったのではないだろうか。



HIPHOPは80年代に日本に輸入されて以来、概念やスタイルのトランスレートに長い時間を費やした。私の感覚から言うと90年半ばにメガヒットがあり、それまで東京にしかシーンがないものとされて進んでいったHIPHOPは00年台初頭辺りで本格的にローカルライズされ、それに伴ったスタイルの才能が台頭し始めた。

00年代中番辺りからメジャーシーンではHIPHOPが売れなくなってきて下火になってきたように見えたが、それと時を同じくするようにアンダーグラウンドで活躍していたものたちが様々現れた。
彼らに共通しているのはメジャーシーンと距離を置いている所だと思う。

シーンが育って、東京に限って言える事なのかもしれないが、自分たちが食う分にはそれで困らない、メジャーにスポイルされるのは御免だし、そんなものはクールじゃない。
そこに頼らなくてもHIPHOPやその外側にいるアーティストなんかとも十分クロスオーバーして活動が出来る。そういうことを今のHIPHOPは証明してるような気がする。


HIPHOPには何がリアルかという問題があって。
平たく言うと、ゲットーを歌いあげることこそがHIPHOPの命題で。
日本にゲットーは無いという前提の上でしかし、
90年代中盤にスチャダラパーは日常の退屈こそがゲットーだとし。
00年前後にTHA BLUE HERBは荒廃した我々の精神をゲットーとした。
近年では鬼やアナーキーは自らが部落出身で、日本にゲットーはあると歌った。

日本のHIPHOPも変わったのだ。

個人的な話にすり寄せると、スチャダラパーはバブルの匂いというか、ナードかつスノッブみたいなニュアンスを感じて好きになれなかった。
逆にTBHのローカリズムとdopeであることこそを是としたHIPHOPは90年代中盤以降の荒廃した世相を反映しているかのようで親近感があり好きだった。

で、最初の話に戻るけど。
similabが気に入らなかったのは、その若さだと思う。
勢いやセンスはあるけど、それを惜しげもなく掲げるのが恥ずかしくてちょっといただけないと思っていた。
でも多分、あれこそがHIPHOPなんだと思う。

スタイルに囚われていない無軌道さ。
洗練よりは勢い、ってことなんだと思う。
だから彼らの世代でいうと、最初はPSGやS.L.A.C.k.なんかの方が好みだったけど。
彼らも彼らで一定の評価を得た事でフットワークの軽やかさに一定の負荷がかかってしまったのかここ最近のS.L.A.C.k.の仕事も初期に比べるとフレッシュさを欠くし、兄のpunpeeはプロデュースにその手腕を発揮してはいるものの、ソロアルバム出さないし、地方にいる自分までには届く仕事をしているように感じなくて…(ブロックFMのDJとか楽しく聞いてはいるけども)。

なんで自分にとって若さそのものに共感できないというのが、初めての経験で少し驚いたというのが正直な感想というか、なんというか。良い意味でも悪い意味でも自分はガキじゃなくなったのだと思う。

自分たちの帰属するシーンの中でどういう風にあるべきかという課題は常に作り手の中にあってRhymesterの変化も必然的というか、まあ色々な形で競い合われているわけで。

要するにstyle warsなわけですよ、日々。



今まで日本のHIPHOPに限定した話をしてきたけど、これは自分のフィールドのマンガにも言える事だと考えている。
自分は即売会みたいなイベントで去年の今時分から結構コンスタントに物作って売っていて、自分の感覚で言うと、クラブイベントでCDR持って行って売るみたいな。イベントにあわせて急ごしらえで作ったものが大半だし、商業の方のマンガが通らないから、完全なるストレス発散で作り散らしたものというのが正直なところで。
だからいいとも悪いとも自分は思っていなくて、私は昔からそういうジャンクでラフなところを含めてHIPHOPが好きだったから、そういう風にありたいと思っているし。
マンガというメディアが持っている、独自性や即興性みたいなものももっとあってしかるべきだと思う。

で、イベントでマンガ売っていて知り合った人、特に同世代のマンガ家と話すんだけど、彼らは作家として独り立ちしているから、私みたいなものが言うことは殊更無いのだけれど。
でも特に男性に限って顕著なのは、ハードワークすることに懐疑的なとこが見受けられて、内省的と言えばいいのか自分の中の何かを確かめたり確認したりすることに必然性を見出している人が多いように思える。

逆に女性作家の方々はまあ、私の周りにいる人に限定しての事だから個人差や諸々含めての事と言うのは理解して欲しいが、それを差し引いてもハードワークを選ぶ傾向があると思う。バリバリ仕事する印象。


なんか話がぼやけてきたなあ。

えと、だから業界の中でのサブジャンルの中でも必然と才能の中でのしのぎ合いがおこなわれていて、日本は産業が巨大すぎてまわす方にコンセプトが足らないから、そういうとこでは出来ないもの。

ジャンクでフレッシュなものを作りたいなと考えます。

最後に最近好きな曲をもう一つ。

G-Eazy - The Coolest Job


タイトルがいいよね。クーリストジョブ。
G-Eazyは詳しくは知らないけど、インディーロックやオールディーズをサンプリングしたり、容姿もそうだけど、今まで見なかったスタイルのように思うんだよね。


えーと、トレンドとスタイルは違うと思ったのです。
トレンドは明日にも古くなる可能性があるけど、作り上げたスタイルは古くならんと思うわけで、出来るなら頑張って後者でありたいと思います。





現実逃避につたない作文を試みました。


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ゆくとし くるとし

2011-12-31 12:25:35 | 日常
2011年が終わりますね。
今年はどういう年だったろうか。
同人誌活動で知り合いが増えたように思う。
出来たこと半分出来なかったこと半分、そんな感じでしょうか。
振り返るには、まだ何もなしえていないので目の前の事をこなすので日々精一杯。

あれもしたいこれもしたい、とか。
ああなりたいこうなりたい、とか。
そういうことに振り回されないように、地に足をつけて。
身の丈にあったことを選んで、歩んでいけたらいいなあと考えています。

特に何ということはありませんが、旧年中お世話になった人には感謝を。
来年も宜しくお願いします。

そして、明日に新しく出会う人のことを思って、今日もペンを手に取る日々を続けます。

皆さんよいお年を。
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マンガで2011年を振り返る

2011-12-11 23:03:59 | マンガ
今年は自分にとっても世代的に見てもなかなか記憶に残る年になるんだろうと思う。
社会や価値観が大きく揺れ動いた年。
このことは時が経つにつれてより顕著になるだろうと思う。

数日前までは、今年読んだ面白いマンガについての私見をつらつら描くにとどめようと思ったが、同世代の友人らと喋った結果もう少し概観から考えるべきじゃないかと思ったし、話した友人らも同様な意見を持っていた。



個人的な話からいくと私はインディペンデントなマンガ活動に精を出した1年だった。
商業活動はなかなかうまくいかず二の足を踏んでいる。
インディペンデントのシーンからメジャーを見て、またその逆もあるが、メジャーとインディーズの差は本当にあるのかという思いや考えをめぐらした。
インディーズだからできる事は何かメリットやデメリットの事などだ。

シーンとしての熱さを保っているところが、どこにあるのか正直見えないここ数年。
業界に対する漠とした不安が常に横たわっているような感覚と言えば正しいだろうか。
毎回新作描いては出版社を回る。新創刊された雑誌や老舗、ニッチなジャンル雑誌作っているところなど、色々。

雑誌商売が斜陽であることは疑うべく余地もない。
だから、なんだ。
と言う思いが正直なところだ。
何事も発展している時は熱く勢いがあるものだ、深く考える必要もないぐらいに時代の要請とともに突き進む。
だがそういう時期を終えた時こそ、歴史やおこなわれたことなどをもう一度見直し、次の一手を決め立ち振る舞うべきだと思う。
しかしそのような考えのもと舵を取れているところがいくらあるのだろうか。



映画なんて何十年も前にすでに終わっていると言われて久しい。
緩やかに死んでいっているのだろう。
多分、映画に意識がある人はそのことについて異論はそれほどないと思われるが。
ただ、映画が積み重ねてきたものや歴史は一朝一夕では消えない。
今もなお熱い思いとともに日々新しい作品が出来上がって、世界中で見られている。

そして日本のマンガの話。

先日文化庁メディア芸術祭の発表があった。
大賞に岩岡ヒサエさんや新設された新人賞に西村ツチカ君らが受賞したのは素直に嬉しい。
特に岩岡さんの仕事は誠実でありかつ繊細なのだ。
同業者からの評価はあっても、あまり大衆受けする手合いでもなく、かといってとんがってるわけでもないので批評家受けする類のもでもない。
しかも長期連載作品だ。
そういうことを含めたとしてもしかし、彼女の描くマンガは素晴らしい。
彼女の仕事がこのような賞をとるのには物凄く意味がある。
スピーチの後の感極まり顔を覆う彼女の姿はとても印象的で、感動がこちらまで伝わってきた。




話は変わってフランスのマンガ賞のノミネートも始まった。

〜〜〜

第39回アングレーム国際BDフェスティヴァル、ノミネート作品発表
2012年1月26日から29日にかけて行われる第39回アングレーム国際BDフェスティヴァルのノミネート作品が、このほど発表された。今年はカテゴリーが4つに分けられている。Sélection Officielle(公式セレクション)、Sélection Patrimoine(古典セレクション)、Sélection Jeunesse(子ども向けセレクション)、Sélection Polar(サスペンスセレクション)。

〜〜〜(外漫より引用http://ja-jp.facebook.com/kaigaimanga)


文化庁メディア芸術祭は大賞・優秀賞・新人賞(新設)というふうに部門が分かれている。
手塚治虫文化賞は、マンガ大賞・新生賞・短編賞 という部門に分かれている。
上記の事を踏まえて私が感じる事は、日本のマンガ賞にはコンセプトをあまり感じない事だ。

アングレームは、とても具体的な部門わけをし、アイズナー賞に至っては28部門もある!(具体的にはウィキとかその他のページを参照されたし)
例えば映画におけるアカデミー賞(24部門)やカンヌ(8部門)ベネチア(約11部門)といったことと比べてもそうだ。
映画とマンガを単純に比べるわけにはいかないし、アカデミーは国際賞ではないし、あくまで例えばの事なんだが。

何が言いたいかというと、日本ではマンガを構成する要素、それを評価する価値観が前世代的過ぎると思うのだ。
ゲーム系の雑誌のマンガは企画力勝負なことも多く、いわゆる80年代までのマンガ的価値観の尺度からはこぼれる。
今のジャンプマンガは原作・構成・作画と細かく分かれるのも珍しくない。
今のマンガ業界には脚本と言う概念が抜け落ちている、代わりにネームというコンテのようなもので全ての打ち合わせを済ます習慣がある。週刊マンガであったりスケジュールがタイトなメディアを主戦場とする今のマンガ業界で発展してきた現象だと理解している。

そのわりに日本のマンガ業界には物凄く細かな雑誌間(ジャンル)のセグメントがある、少年マンガから青年・少女・4コマ・ホラー・成年・BL・etc…。
市場に比さず日本のマンガ賞は対象に含めるもののレンジが狭すぎる。
今年のメディア芸術祭のマンガ部門は海外マンガが2作品(アメリカ)(スペイン)獲っているが、日本のマンガの保守性にそろそろ限界が現れている証拠だろうと思う。

後、日本の次に広義でのマンガを消費しているのはたしか米や仏ではなく、東アジアらしいが、そこで描かれている作品について言及しているのは小野耕世以外に私は知らない。
商売や権威化ということにあまりに無頓着な気がする。
これでいいはずがない様に思う。
ここまで大きな市場を持っているのに、それをコントロールするものたちにコンセプトがまったく見えない。
これではいけないと思う。
やれる余地はもっとあるはず、ただメジャー出版社の動脈硬化は見るに耐えない。
数年前から私はその事ばかり考えているのだが。


===

最近というか学生自分からずっと自分の中で研究と言うか課題と言うか少女マンガについて考えている。

児童読み物や少女雑誌があって、そこから少女マンガ雑誌が現れて、劇画のムーブメントを経て24年組みが現れて、やおいやニューウェーブを経て、岡崎や春菊らエロを武器にした作家らが台頭し、、大人の女性誌に向けた雑誌が出来はじめ、90年代中盤以降はサブカル誌やファッション誌にマンガで且つおしゃれなものが現れた、同じ時期に二次創作やBLのバブルがありをそこでの作家らがメジャーにクロスオーバーし、00年代以降はそうしたサブカルやBLのところにいた作家らが大部数誌の看板作家になった。

ざっくりとこんな風に女性マンガの流れを捉えている。
これはひとことで言うと少女たちの価値観の変遷とも見て取れる。

でここ数年特に思うことだが
男女の価値観が逆転しているように思う。
例えば90年代初頭から中盤までに少女マンガであったような等身の低いギャグ系の愉快マンガは、今あまり見かけない。
今の少女マンガはかなり殺伐としている印象があり、かなり切迫した何かを感じる。
自分が思春期だった90年代の少年マンガがこういう雰囲気を持っていた。

逆に今の男性は可愛らしくて愉快なマンガ(萌え系?)を好んで読む傾向を感じる、特に若いやつらに。
これは前述の90年代の少女ギャグマンガに似通っている。
皆が楽しく和気あいあいといった世界観だ。
今女の子が少年マンガとかを読むときに、90年代的なやおいっぽい読み方をするのではなく、ストレートに男の子的な物語にシンパシーを覚えて読んでいるように見受けられる。
ぐるっと逆転しているように感じる。

これは、あくまで一部の話で全てがこうではないし昔から変わってない部分も多々見受けられるのだが。
男女が分け隔てなく同じ価値観の中に生きる今において、性差が大きく価値観を二分する時代ではないのだとことさら思う。
性差ではなくて個人差でしかないのかと思う。



ただ私が少女マンガをかなり積極的に読み込んでいるのはそれと矛盾するかもしれないが、女性たちが獲得してきた物語や価値観や文法があり、そこにとても興味がある。

90年代中頃一番マンガ雑誌は売れた。そのころ女性は男と同じようにそれを読んだ。
私は知り合いの女性に不躾な質問をしたことがある

『なんで二次創作のマンガ読むの?』

それに答えて彼女は

『私たちだって少年マンガが読みたい、でも私たちはバトルとかそういうのは別に興味ないんだ』
『でもこれ(二次創作)は女性が描く少年マンガなんだよ!』、と。

目から鱗が落ちた。
冷静に考えたら、突っ込むところも多い発言だとは思うが、かなり腑に落ちるものがあった。
(只、今考えるに少年マンガのやおいものは、もう少し複雑な思いがあると思う、成長に対する否認というか少女マンガだけではすくいきれない少女の感性とでも言うかまあ、なんにせよ思春期の女性は同時期の男に比べて複雑だと思う)。

マイナーなシーンでそういったやおいマンガを描いてきた作家、よしながふみや羽海野チカや榎本ナリコなどが青年誌で大活躍しているのは記憶に新しいところではあるが、その中で私が一番力を入れて追いかけているやおい上がり(というか現役だが…)なのが雁須磨子なのだが。
それがなぜかを論理的に説明するのは少し難しいが、簡単な事例を挙げようと思う。

羽海野チカは王道少女マンガ『ハチミツとクローバー』を完結させた後主戦場を青年誌に移し『3月のライオン』を描いている。少女マンガで培った技法を青年マンガの中に論理的にトランスレ−トしていて、その技術力の高さに舌を巻く。
よしながは女性誌で男女逆転時代劇『大奥』、青年誌でお料理ゲイマンガ『きのう何食べた?』を描く。
よしながの仕事の確信犯的な試みは評価に値するのだろう。

その中にあって雁は特異だ。
女性誌・BL誌・サブカル誌から週刊青年誌、などかなり横断的な仕事の仕方だ。
それだけでも驚くべきことではあるのだが、私が一番彼女の仕事で尊敬するところはその作風にある。
どこの雑誌でも彼女は変わらない。
つかみ所のない人の感情を描いてみせる。
題材は雑誌によって変わる、BLになったりラブコメになったり、しかし仕事のスタンスが変わったことは無いように思う。

前述の2人のように青年誌に少女マンガ的な何かを武器として持ち込んで戦うという大義名分や意義を感じない。
ただ雁須磨子はどこでもひょいと現れて、短編ではあるが作品を残してまた別の場所に行く。
そこに私は新しいものみる。
多分もう、雑誌ごとのセグメントなんてとっくに意味を成していない。うさくん(水沢悦子)だっては幼年誌で新作描くらしいし。
年代とか世代に区切って、サイクルにあわせて雑誌を売るモデル(コロコロ→サンデー→スピリッツ→ビックコミック)は完成と共に崩壊したのだと思う。



もうすでにそのように時代は移ろいでいるのに。
今年もたくさんのマンガ雑誌が新装刊された、しかしそういった時代にあった新機軸を打ち出している雑誌はなかったように思う。



これは半分妄想なのだが、90年代のやおい二次創作作家たちが00年代を席巻したように、10年以降のマンガの先鋭はどこにあるかとしたらインディペンデントの現場にあるんじゃないかと睨んでいる。
先に紹介した西村ツチカ君もそう九井諒子・田中相・ふみふみこ・大橋弘之・などの週刊とかのメジャーシーンで作風を確立するのではなく、アマ時代に色々なマンガを描いてスタイルを作った作家らがメジャーに攻めていくことで新しい何かが生まれるのではないかと。

私もその中で七転八倒して刀を研ぎ澄まして、メジャーに切り込んでいく体力を養うのだと。
年の瀬の早朝に思ったり。



ぐだぐだと、書いたが今ひとつまとまらなかった。
今2月のコミティア98の本の企画を動かしている。
面白い本を作る予定。
面白いことにメジャーもマイナーもない。

3日前から引いてた風邪も治ってきたような気がするし。
この調子でいきたい。


※追記

結局具体的な作品上げないのもなんなんで、思いついたものを適当に何点か。

●船戸明里『Under the Rose』7巻
約2年半ぶりの新刊。竹宮恵子が示した少女マンガの進化の極北。作画も時代考証も物語りも、恐ろしいほどに抜かりなし。
はっきりいうけど読まないと損な作品。

●雁須磨子『かよちゃんの荷物』3巻完結
もう説明不要かな、30女三人集まれば姦しい。トーンワークがアバンギャルド。

●村上かつら『淀川ベルトコンベア・ガール』3巻完結
思春期の少女らが織り成す、非常に地に足の着いた物語。男にはこうはかけないと思う。クールに時代を切り取る。

●松本次郎『女子高兵』1巻
松本次郎はどこまで進むのかな。シリアスもユーモアも共に壊れていてナンセンスな世界観。これはかなり過剰に戯画化しているけど、彼にしかかけない世界。そのソリッドさに恐ろしくも目が離せない。

●西村ツチカ『かわいそうな真弓さん』
この数年新人マンガ家の中で似通った作風の作家が何人も同時多発的に現れた。その極北の一人。ウエットな題材を選んでいるのだがその実かなりクールでドライ。

そうか書いていて今気がついた…真造圭吾もそうだが、この手合いの作風男性はドライに書くが、女性は結構ウェットなのかもしらんと。九井も田中もふみも市川もやっぱりそうだしな。んーなるほど…掘り下げても面白いかもだがまあ、捨て置こう。

●平野耕太『ドリフターズ』2巻
このマンガこそ少年マンガのスピリットなのだと思う。歴史上の暴君集めて喧嘩しようぜって話。そこに、架空戦記てきリアリズムやチャンバラといった、男があがらざるをえんハッタリをつるべ打ちに畳み掛ける。近年まれに見るスピード感。

●松本大洋『Sunny』1巻
いわずもがな。世界ランカーの新作。私はこの人のマンガを語る言葉をまだ持ち合わせていない。それ位の作品。百聞は一見にしかず。

●ここから次点
今井哲也『ぼくらのよあけ』吉田戦車『まんが親』大島弓子『グーグーだって猫である』南Q太『ひらけ駒』衿沢世衣子『Satosio』トジツキハジメ『蝶尾』木村紺『からん』
などなど。
なんか忘れてる気もするけど…。


田村由美『7SEEDS』とか、いがらしみきお『ぼのぼの』とかは、いつ読んでもマジで凄い、でもいつ大々的に評価されるのだろうか。最高なマンガなのに。長編って評価が難しいですよね。
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冬ですね

2011-12-06 21:40:33 | たわごと
朝晩めっきりと冷え込みます。
冬将軍がこっちを伺い見ているような、そんな季節になりました。
皆様方におかれましては身体など壊さずにご健勝維持されていますでしょうか。

時期の挨拶は入れるべきかせっかく入れるならテンプレは避けたい、そう思いながら何かいていいかわからずに結局かかない、なんてことがよくあります。
筆を取り手紙を書く機会などついぞ習慣すらつかなかった私は、稀に訪れるそのような機会に、どうしていいかわからずにうろたえるばかりです。

筆まめな人間になりたいなあと思います。
他人に思いをめぐらすのは心にゆとりがないとできることではないからです。
いらいらかりかりそわそわ、としながら生きてても、心地よいはずないのですから。



と、まあ今日も今日とて現実逃避に拍車のかかる日々を送っています。
2月にあるコミティア99に参加申請を出し、色々と春までのスケジュール逆算していたら、あいも変わらず余裕があるんだかないのだか何をしているのだかわからなくなって、筆を端に持ち替えて胃に記憶がぼんやりするまで食物を投入し続けます。
次回のイベントもサークルたこぶえ、で本を作ります。
前回の『たこぶえ3号』よりは少数精鋭、好きに作る予定。
面子も決まり始め、面白い本になりそうな予感に心ときめかせています。
予感…。
世界で一番いい響きの言葉ですね。
私なんて予感に呼ばれるままにふらふらと歩き気がついたらいつも迷子、そんな人生であります。

本をたくさん処分している最中なのですが、なかなかどうして時間と労力と金ををつぎ込みましたので、一筋縄ではなくならないのです。二束三文で売るのも嫌ですし。
せっかくなら、大事にしてくれる人や、それを生かして次の何かを生み出してくれる人に譲りたい、とか思って色々していたら雑事ばっかり増えて、本末転倒になってきましたし。

人生うまくいかんもんです。

そういえば去年はほぼ原稿を描かなかったので、今年は描くぞ!と意気込んで。
まあボチボチ100と5・60枚描いたのですが、それをどこのコンペなどにも出していない事に気がついて。
流石にそれじゃあ何のためにやっているのだかよくわからんなと思い。
見繕って2・3作品はどこぞに出そうかと思案しているのですが。
いかんせん、そのようなモチベーションで描かれたものなので、どこに送ればいいか見当もつきません。
マジで。
困ってます。




さて、何か書こうと思いタイプたたいていたわけですが。
それすらもぼんやりしてきたので、いったんここらでしめましょうか。


あまり意味のない駄文連ねるのが好きな私ではありますが。
長い文章を読ますには知恵も工夫も要りますし。
そういった仕掛けを施して作文するモチベーションは今はないのでいずれまた気が向いた時にでも。

駄っ文だ〜(ダッフンダ〜)
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たこぶえ委託・通販など

2011-11-26 09:08:37 | 同人誌
本格的に冬ですね。
先月末にあったCOMITIA98に出品したたこぶえ3号の委託・通販などの情報です。

タコシェにて委託・通信販売が始まっております。お近くにお住まいの方は是非是非。

近畿の方にはこちら三条富小路書店で買えますよ。

三条富小路書店とは…以下HPより
京都、三条富小路にあるギャラリーh2oが2週間限定で本屋さんに変身します。
それが「三条富小路書店」。

たこぶえ3号に寄稿&デザインをしてくれた七重彩さんが参加します。
小部数の販売になると思われるので、お求めの予定がある方はお早めに。

以下予定

そしてネットショップLilmagに、『たこぶえ3号』と5月にふみふみこさんがCOMITIA97で発表した『さっちんとよーこちん』を収録し、そして今回完結編にあたるエピソード3を小冊子でつけた『NOIZHEAD』の2種類をおいてもらう予定です。

Lilmagは文筆・翻訳・編集家である野中モモさんが切り盛りするZINE(自主制作出版物)制作流通販売研究、です。
このお店はラインナップがとっても素敵で間違いないです。
ここにおいてもらえるなんて、とってもありがたいです。



あとは寄稿していただいた秋田在住窓ハルカさんがヴィレッジバンガードに委託してもらえるか交渉中です。


今のところ委託通販の進んでいるのはこのあたりです。
情報が上がり次第また追記していきたいと思います。

コミティアに来れなかった皆さん是非宜しくお願い致します。
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予定

2011-11-14 03:57:49 | たわごと
夜明け前。
少し酔っている。

今日は梅田でマンガを描くようになって知り合った方々と食事をしたりお酒を飲んだり。
帰ってから、飲み足りないなと思い、だらだら飲み続けてたら、酔った。

やること(出来る事)がないから、今日買った新譜かけながらブログに駄文連ねようかなと思った。



私は究極あれなんです。
誰かに必要とされたいんです。
あなたじゃないと駄目だと言われたいし、そうありたい。
誰かの為に、です。


そのために生きとるわけなのですが。
なかなか、そういう抽象的なことに答えは出ないので、よく自分を見失います。

で、そういう時に当てになるのは他人様なわけです。
友人とか知人の作家さんとか編集様なわけです。

そういう人々にリフレクションした思いを指針に道を進むのですが。
皆とても働き者で、すごいなあと思います。
自分はなんというか、なんとなく生きてるくせになんとなく行動する事が出来ないです。
意義とか意味をめちゃくちゃ求めます。

届かないですが。

他人を眺めて、すごいねー、とか、自分は駄目なんでー、とか糞同様な言葉が口から流れ出てゲロゲロうえ〜

もう少しでいいんで、屹然と戦う覚悟を。
不安なんて一生消え去らないことくらい十二分に理解しているのだから。
そんな漠然とした気分はうっちゃって

秋の空みたいにスカッと高く。
澄んだ空気みたいにピリッと。


なんというか、他人と分かり合えないことにいちいち傷ついていては生きていられないし。
弱音弱気なんて中指立てて生きていくしかないですが。

ぼんやりと酒と交わって、皆それぞれの人生の中で少しづつ分け合ったり寄りかかりあったりしながら生きたいなあ。
そんなふうに、いつも思っている。


いつも叫び足りない思いが残るので。
今日もまた、いそいそと、紙とペン握ってシコシコします。


明日にある出会いのために。
今日も、日々精進したいのです。

しかしそれにしてもまあ、酒と歌で今日も酔うてますよ。
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