「詩客」短歌時評

隔週で「詩客」短歌時評を掲載します。

短歌時評 第100回 書籍としての歌集の見せ方を考える 山崎聡子

2013-08-13 20:39:25 | 短歌時評
~『迷子のカピパラ』と『ロングロングショートソングロング』~

 “ジャケ買い派”であるところの私がつねづね不思議に思っているのは、歌集には“ジャケ買い”したくなるような本が意外に少ないということだ。書店に流通させることが前提の一般書籍では、作品の世界観を担保する表紙や装丁がいわば「顔」の役割を果たす。一方の歌集では(もちろん、最近ではそうでないものも多数あるが)、重厚な見た目、紙の質感といった、いわゆる「品のよさ」が重視されているものが多いように感じる。
 もちろん、シンプルな装丁の美というものも理解できるし、「歌集は歌で勝負」という意見も一理あるとは思う。しかし、言葉を外に向かって発するにあたっては、その世界の入り口である“デザイン”“見せ方”がもう少し重視されてもよいのではないか、と思うのも事実だ。
 そんななか、今年4月に発行された『迷子のカピパラ』(風媒社)を手にして、その洗練された「顔」に衝撃を受けた。著者の秋月祐一は、1969年生まれ。未来彗星集に所属し、プロフィールによると、テレビディレクターとしての顔をもつという。なるほど、厳選された短歌100首を自身が撮影した写真と井上陽子のコラージュとともに配したこの美しい本は、写真集や画集のコーナーにあっても違和感がないような、視覚的な美意識に溢れた一冊だ。並ぶのは、現実とファンタジーの波間をふわふわ遊ぶような歌たちであり、その行間を愉しむのに、写真やコラージュとのコラボレーションは非常にうまく作用している。




開けてごらん影絵のやうな家々のどれかひとつはオルゴールだよ
リバーシブル! 正義の味方のやうな声発してきみは服うらがへす
「生涯にいちどだけ全速力でまはる日がある」観覧車(談)
九時半のかたちの寝相で目をさまし「愛ちてゆ」って、なんだピノコか
感情に名前をつけるおろかさをシャッター音ではぐらかしてく


 これらの歌の印象は、どちらかといえば淡く、一首としての屹立性としては弱く感じられるかもしれない。また、一読したときに、それぞれの短歌が歌集全体の“センスの良さ”に奉仕しているのではないか、とすこしもったいない気がしたのも事実だ。しかし、この歌集では、短歌自体はあくまでイメージを想起させるための装置であり、絶妙な配置も含め、文字(短歌)と視覚材料(写真・コラージュ)とを掛け合わせたときに、はじめてバランスが保たれるような構成になっている。他の媒体との掛け算で世界を「広げる」よりは、すべてを掛け合わせたときにちょうど「1」となるように周到に計算されたような。それでいてその苦労を感じさせないような。これらの特徴も含めて、秋月のディレクションはうまくいっているといえるのではないだろうか。
 
 一方、写真集で有名な出版社・雷鳥社から2012年3月に発行されたのが、『ロングロングショートソングロング』である。こちらの本は、枡野浩一の短歌に映画監督・杉田協士による写真を組み合わせた一冊で、日常を切り取ったようなスナップ写真に短歌が添えられる。自転車をひく女子高生、駅のプラットホームにたたずむ人、車窓から見える道路。どこか懐かしいような、誰の記憶にもありそうな、これらの風景を写真として切り取ることは、枡野が平易な言葉つきで日常に埋もれている“ほんとうのこと”を炙り出そうとしていることとほとんど同じ行為のように感じられる。前述の『迷子のカピパラ』では、短歌と視覚材料とが相乗的にハーモニーを奏でているとしたら、『ロングロングショートソングロング』では、類似する感性を持った作家二人が、 “ある感覚”を表現するために共同作業をした、という印象が強い。それだけでなく、短歌の一首一首は、平易でありながらよく練られており、圧倒的に“立っている”。おそらく、写真と切り離しても、受ける印象や好き嫌いはそれほど変わりがないのではないか。

この歌は名前も知らない好きな歌いつかも耳をかたむけていた
気をつけていってらっしゃい行きよりも明るい帰路になりますように
法律で裁かれている友達を法のすきまでゆるしていたい
セックスを一回したら死ぬような人生ならば楽だったのに
雨上がりの夜の吉祥寺が好きだ街路樹に鳴く鳥が見えない


 短歌を何かと掛け合わせる、という取り組みは、おそらくこれまでもやられてきたことであり、目新しいことではないのかもしれない。しかし、一見容易そうでいて、それぞれの表現を互いが活かしあい、必然性を納得できる形にすることはなかなか難しいことだ。ただ、それが成功したとき、その本は、短歌の世界を超えて広く届くのではないか。写真集や画集を楽しむような感覚で短歌を楽しんでもらえるのではないか。今回紹介した2冊は、そんな短歌の広がりの可能性を期待させる。

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山崎聡子(やまざき さとこ)
ガルマン歌会、同人誌poolに所属。
2010年 短歌研究新人賞受賞
2013年 『手のひらの花火』(短歌研究社)上梓

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