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1830年にフランス領北アフリカで編成された植民地軍・ズアーブ兵。
クリミア戦争での活躍以来、その派手な軍服は一時期アメリカのニューヨーク州やルイジアナ州義勇兵、ブラジル軍などでコピーされてました。
本国フランスでは普仏戦争を経て20世紀初頭まで現役で、第一次世界大戦を経て実戦的な地味なものへ転換していきました。
それでも赤いフェズ帽と腰の青いサッシュは部隊の象徴として使用され続けます。
今回は1870年の普仏戦争から1914年の第一次世界大戦勃発時、そして終戦時の軍服の移り変わりを「アイドルマスターrelations」より
魔王エンジェルの御三方にモデルとして着ていただきました。初描きです。
左から
三条ともみ:普仏戦争時の軍装。基本的なデザインは正装として20世紀初頭まで変わらず。銃はシャスポーmle1866小銃で、右手のが専用ヤタガン式銃剣。
朝比奈りん:1914年時の野戦軍装。紺の巻ゲートルを装備。銃はルベルmle1886小銃(管状弾倉式8連発。日本の二十二年式村田銃の原型ですね)
ここまで40年ほどたってもほとんど変わらず。ところが…。
東豪寺麗華:1918年頃の軍装。1915年春よりアルジェリア/セネガル狙撃兵、フランス外人部隊にスパッヒやアフリカ猟兵/軽歩兵などのアフリカ系部隊では段階的にカーキ軍服が取り入れられる(本国の部隊は1915~終戦時まで水色)同色のM15アドリアンヘルメットも支給(前章はアルジェリア狙撃兵と共用のもの)。左腰の缶はガスマスクケース。
腰のサッシュと赤いフェズ帽は継続使用。
銃はベルティエmle1907/15小銃(クリップ弾倉式3連発。あんまりなので後に追加弾倉を付けて5連発に改良された)
ズアーブ軍装を塹壕に放り込んで機関銃と毒ガスで洗った結果、ここまで地味にしてしまう20世紀の総力戦の凄まじさがうかがえるようです。
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