醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  505号  白井一道

2017-09-04 15:52:21 | 日記

「芭蕉野分盥に雨を聞く夜かな」。延宝9年、芭蕉38歳

侘輔 「芭蕉野分盥に雨を聞く夜かな」。延宝9年、芭蕉38歳。大原千春が編んだ俳諧撰集『武藏曲(むさしぶり)』に載っている句だ。この句には「芭蕉野分して」の詞書がある。「老杜(ろうと)、茅舎破風の歌あり。坡翁(はおう)ふたたびこの句を侘びて、屋漏(おくろう)の句作る。その世の雨を芭蕉葉に聞きて、独寝の草の戸。」
呑助 「老杜(ろうと)」とは、何ですか。
侘助 杜甫のことを言っているんだ。芭蕉は杜甫の詩が好きだったのかな。
呑助 「茅舎破風」を詠んだ杜甫の詩があるんですね。
侘助 中国では8世紀の中頃、玄宗皇帝の支配に不満を抱く将軍安禄山・史思明らが反乱を起こす。都の長安が陥落すると唐王朝に仕えていた役人だった杜甫は職を失い、放浪の詩人になった。あばら家に寝起きした杜甫の詩に「茅屋為秋風所破歌」がある。
呑助 茅葺の家が秋風に破られた歌があるんですね。
侘助 「八月秋高風怒號・
巻我屋上三重茅(中略)床頭屋漏無干處・雨脚如麻未断絶」というような漢詩なんだ。
呑助 八月の秋空は高く、風が怒号する。家の床は皆濡れ、乾いたところはない。雨脚は麻のように断絶することがない。このような意味でいいんですかね。
侘助 おおよそ、そのようなことだと思う。「野分」とは、台風のことだから、芭蕉庵に台風が吹き寄せた。茅葺の屋根が吹き飛ばされて雨漏りする。盥を出し、盥に落ちる雨音を聞いて一人あばら家に寝ているというようなことを詠んでいるんだと思う。
呑助 芭蕉は杜甫の「茅屋為秋風所破歌」の漢詩を思い出し、その句を詠んだと言うことですか。
侘助 日本橋に住んでいた頃は、このようなことはなかったなぁー。深川の芭蕉庵に移り住んで生活状況が変わったことを詠んているんだと思う。
呑助 芭蕉は生活が厳しく、貧しくなったことを嘆いているんですかね。
侘助 芭蕉は深川に転居してきたことを嘆き、悲しんでいるようには思えないんだけど。
呑助 普通の人だったら、嘆いて泣くでしようね。
侘助 「坡翁」とは、中国の詩人、蘇東坡のことのようだから、芭蕉は杜甫や蘇東坡が侘びしい生活をして詩を詠んだことを想い、この句「芭蕉野分盥に雨を聞く夜かな」を詠んだと書いているからね。全然芭蕉庵での生活を悲しんでなんかいない。
呑助 詞書の中に「その世の雨を芭蕉葉に聞きて」とありますが、「その世」ではなく、「その夜」なんじゃないんですかね。
侘助 ノミちゃんのように考えちゃうよね。素直に読むとそのように感じるよね。
呑助 それが普通ですよ。
侘助 そうではなく、芭蕉は台風に芭蕉葉が大きく揺れ、大きな音を立てるのを聞きながら、杜甫や蘇東坡が生きて時代を想いながら思索して句を詠み、風の音と盥に落ちる雨音を聞いて一人寝を楽しんでいるということのようだから、「その夜の雨」ではなく、「その世の雨」でいいようだ。
呑助 台風がくれば、それなりに杜甫や蘇東坡の漢詩を思い出し、自分の句作りを楽しんだんだ。