お話

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悪意の森

2022年10月06日 | Weblog
「おい、まだ先か?」
 高志が言う。
「もう少しだ」
 オレは答える。
「本当にこの森の深奥に、お宝があるんだろうな?」
「あるさ。間違いない」
 オレは後ろを歩く高志に振り返り、笑みを見せる。
 ここは深い森の中だ。進むにつれて木々が多く高くなり、空が見えなくなった。高志は忌々しそうに見上げる。
「森に入る前はあんなにカンカン照りだったのに……」
「まあ、怒るなよ。もう少しだ」
 しばらく行くと、いきなり開けた場所に出た。
「……ここだ……」
 オレは足を止めつぶやいた。
 高志はオレを押し退けて、この開けた場所に駈け出した。あちこちを探っている。オレはそんな高志を見つめていた。
「……おい」息を切らした高志がオレに振り返る。「どこにもお宝なんてないじゃないか!」
「そうか?」オレは答える。「じゃあ、ガセネタだったんだろう」
「ふざけんな!」
 高志はオレに向かってきた。
 しかし、周囲の木々から枝が伸びてきて、高志のからだに巻き付き始めた。
「おい! 何だよ、これはよう! なんとかしてくれよ!」
 両手両足を左右に拡げられた格好の高志に、四方から伸びた枝が容赦なく巻き付いて来る。
「おわあ、痛い! 絞め付けられている! 何なんだ、この森は!」
「この森かい?」オレはにやりと笑って高志を見る。「この森はな、『悪意の森』って呼ばれているんだ。悪意の無いヤツに襲いかかるのさ」
「なんだそりゃ!」高志は顔を残して、全身に枝が巻き付いていた。「……じゃあ、お前は悪意があるって言うのか?」
「あるさ。強力なのがな……」オレは高志の顔を見つめた。「お前はオレの恋人、裕美を奪い、弄び、そして自殺に追い込んだ」
「えっ……」高志は絶句する。「お前、それを知っていたのか……」
「当り前だ。裕美は命を絶つ前に、オレに電話をしてきた。オレは、そんな事は構わないから、戻って来てくれと頼んだ。しかし、裕美は戻れないと言った。高志に散々な目に遭わされたと言った。取り返しがつかないと言った。そして電話が切れ、裕美は自分の部屋で首を吊って死んだ!」
「すまなかった……」高志の頭に幾本もの枝がゆっくりと巻き付き始めた。じわじわと死に至れと言うオレの意志が伝わっているかのようだった。「お前はオレが何をしても笑って許してくれていたから、つい調子に乗ってしまって…… 悪気はなかったんだ! からかっていただけだったんだ!」
「笑った顔の下で、どれだけ悔し涙や怒りの歯噛みを繰り返したか、お前には分からないだろう!」
「悪かった! 何でもするから、助けてくれ!」
 高志は泣き出した。無様だった。
「何でもするだって……」オレは明るい顔になった。「そうか。それなら……」
「ああ、何でもする!」高志はオレの反応に期待を寄せたようだ。「一生お前の下僕でも良い!」
「ははは、下僕かぁ……」オレは笑いながらうなずく。それから、じっと高志を見つめた。「……いらないよ。お前の言葉は、口先だけだからな。死んじまえよ!」
 オレの言葉に枝どもが一斉に高志の頭に巻き付いた。くぐもった高志の悲鳴が聞こえた。やがて高志のからだは枝どもに巻き付かれたまま浮き上がった。ぎりぎりと引っ張りあう枝どもの軋る音がしている。しばらくすると、不意に枝どもが縮み始めた。枝どもに吸収されたのだろうか、高志の姿は無かった。
「ははは、高志、ざまあみろ!」オレは満足し、笑った。「裕美、仇は討ったぞ!」
 と、急に森がざわつき始めた。縮んでいた枝どもが伸び始めた。それも、オレに向かって、だ。
 復讐を果たし、オレの中の悪意が消えたのを森は察したのだ。
 逃げ出そうとしたオレの右足首に枝が巻き付き、オレはその場に倒れた。強い締め付けの力に悲鳴を上げた。覚えているのはそこまでだった。

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