松本茂樹のエッセイ

短歌誌「六甲」に永年掲載された松本茂樹のエッセイ『パパ・ド・ヒッピー」から抜粋して作品を紹介します。

人は誰でも偏って立っている

2016-08-12 09:37:34 | エッセイ
 人は誰でも偏って立っている。 その層の見える傾に光が透過して色が顕つ。 その偏りを矯正してしまっては長く曳くはずの陰翳もなくなり、実用性まるだしの直立する棒杭に過ぎなくなる。〈かたむき〉は何か唆るものがあり人の気にかかる。
 絵がわかればいいなと思っている人は先づ画集でいいから暇なときくってみる、買物ついでに画廊をのぞく、気の毒にも人気のない展示場に画家が所在なさそうに坐っている。
 どこかの景色らしいがもう一つよくわからない、足を止めて近づいたり二三歩後ずさりして首をかしげる、見てないふりをしていた画家がそっと近づいてくる、そこへ疑問を投げかければ画家はとび上らんばかりに喜び熱をこめて心の中を開いて見せてくれる。 愚問が一番画家の急所をつくのだ。 恥かしがらずやってみよう。 画廊毎に試してみよう。 その中に美とはどう言うものかおぼろげにわかってくる。 美術の本や解説書を読むより感覚でわかるようになる。 一つの展覧会をひらくまでに金銭は言うまでもなくどれほど煩わしいことをやりとげねぱならないか。 「うちは○○先生、××画伯以外は扱っておらんのです」  「少くとも一年前に予約いただきませんと」とじろじろ値ぶみされてすごすご退散する。
 出品画の選定で手元の額縁がマッチしなくなっているのに狼狽、画風が変化しているのだ。 市販物は気に入らない。 額作りの素材から気の滅入る作業が始まる。 ガラスで絵をおさえ、額装抜きでいくか。 初めてのこころみでガラスの重みに耐えるクリップが田舎にない。

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