星降るベランダ

めざせ、アルプスの空気、体内ツェルマット
クロネコチャンは月に~夜空には人の運命の数だけ星がまたたいている

花の下影

2009-11-22 | 持ち帰り展覧会
ミシュランガイドブックが出たのは、1900年。京都・大阪版はつい一ヶ月前のこと。
そんなものよりずっと前に、浪花のグルメガイドはあったのである。
それも、実に楽しい絵がついた、大坂に生まれて良かった~という気分満喫のガイドブックなのだ。

芦屋市立美術博物館で開かれている「うまいもんと大坂画壇~浪花くいだおれの系譜」展で、その驚くべき幕末のグルメガイド本「花の下影」が、紹介されていた。

     

浪花の絵師の作品を多く所蔵する料亭「花外楼」の所蔵品展示と、「花の下影」を中心とした、くいだおれ文化を示す江戸・明治の絵画作品が中心の展覧会である。

「花の下影」の「花の下」とは「鼻の下」すなわち、口のこと。

1985年芦屋の旧家の蔵で見つかった「花の下影」は雪月花3冊からなる手書きの和綴画帖。落款や印譜がなく作者は不明。
何ともいえぬほんわかとした雰囲気の絵で、浪花のうまいもんを扱う316軒の店先(場も含む)を、一人のくいしんぼな作者がスケッチしている。武士や僧侶も出てくるが、何といってもうまいもんに目を細める薄着の庶民が、美味しい物を作り商う市井の働く人々が、数多く登場する。彼らの生き生きとした日常を作者は、とても温かい目と軽い筆で描写している。

美術館の展示はごく一部だけ。もっと見てみたいと探したら、芦屋市立図書館に、316枚全部を載せた画集があった。
「花の下影~幕末浪花のくいだおれ」監修:岡本良一、執筆:朝日新聞阪神支局(清文堂)1986年4月11日初版発行

           

「花の下影」は、発見されてすぐの1985年10月、朝日新聞の夕刊に24回に渡り連載していたらしい。朝日をとっていたはずだが、残念ながら全く記憶にはない。
本の末尾を見てハッとした。執筆担当の朝日新聞阪神支局10人のメンバーの中に、小尻知博・犬飼兵衛記者の名前があった。
阪神支局襲撃事件があったのは、1987年5月3日の憲法記念日だから、この本が出てからちょうど1年後である。この316枚の解説のどこかを、亡くなった小尻記者も担当して書いている。1年後に起こる悲劇の影はここには全くない。
自分が彼の名前を覚えていたことに少し安心する。忘れてはいけない憲法記念日も襲撃事件も忘れているような時代に生きている。

「花の下影」が描かれたのは、天保山が描かれていることや、画面の人物が持つ帳面に描かれた干支月などから、安政元年(1854)~元治元年(1864)の間と解説の岡本良一氏は推察している。
幕末の物騒な事件が頻繁に起こっていた時代である。それでも、今と同じく、人は、毎日食べ物を求めて、それもできるだけ美味しいものを食べたい、と願って生きていた。いや、花の下影を見ていると、人はそのために生きてるんじゃないかな、という気がしてくる。

とにかく甘党の店が多い。…白玉・練羊羹・粟餅・金つば・膝栗煎餅・猿饅頭・粟おこし・仙錦糖・焼餅・薬飴・岩おこし・有平糖・いくよ餅・菊治良餅・菊ころも・益の梅・どら焼・てんてこ餅・羽二重餅・伊賀饅頭・金平糖・夕顔餅・幾代餅・千成餅・大江饅頭・しのはら餅・五文所餅・月餅…
ごろごろ煎餅・三色餅・からから煎餅・白雪糖・花ボウルなんて、どんなものかしら、ぜひ食べてみたい。

    

貝殻の盃・7合半の大盃で有名な料亭「浮瀬(うかむせ)」や、沈む夕陽の景色で有名な料亭「西照庵」は、展覧会の他の作品にも描かれていた。
そんな豪華料亭をはじめ、庶民の集ううどん・そば・茶漬屋の数々。どじょう汁・牡丹汁・から汁・きも汁・ふぐ汁・はす飯・ごもく飯・粟飯・麦飯・かき飯…と、うまいもんの店が続く。

   

中には、福鮨・剣菱・沢の鶴・駿河屋・翁昆布・大黒の岩おこしなど、今も営業を続けている老舗もある。

   

「花の下影」の最終頁は、べろんべろんの酔客の宴席風景で終わっていた。
隣の花外楼の展示室には、こんな言葉を書いた柴野栗山の書の掛け軸があった。

  「今宵有酒今宵酔明日愁来明日愁」
    (今宵酒あれば今宵飲んで酔おう。明日の愁いは明日愁えばいいさ)
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