ぐうたらさせてよ!(安寝の日記)

日常/演劇/宝塚/SMAP

単調になったらお仕舞いだ。

大化の改新異聞一。

2004年12月15日 01時25分40秒 | 小説書いてみました。
かの有名な大化の改新、海藤版。
古人皇子目線です。
ベースは宝塚で上演された物語。




死にたくない。死にたくない。死にたくない。
嫌だ。助けて。
怖い。怖い。怖い。
鉄の味が、口の中に溜まって気持ちが悪い。
ぜぇぜぇと荒ぐ息が喉を破ったのか。
呼吸が出来なくなってくる。
助けて。

ひたすら、もつれる足をばたつかせるように走る男が一人。
金糸の縫い取りが入った鳳凰の袍をまとい、高貴な色の冠を被っているが、
その姿はその辺りを駆け回る雑色のように、
髪は乱れ、帯は解け掛かっている。
しかも飛鳥野の夕映えに照らされた彼は、供の一人も連れてはいないのである。
そして、最も目を引いたであろう、袴に飛び散った赤い染み。
それはまだ生々しく、濡れた輝きを持っていた。
男は、走っている。
その目は血走り、何かに取り付かれたようだ。
その狂気の様子に、物売りの娘や、貢物を担いだ男たちですら、
素早く道をあけている。
それだけではない、男の頬にも、袴と同じ赤い染みがあったからだった。
男はそれには気付かず、鼻腔を掠める鉄の匂いも自らのものだと思っている。
足がもつれ、男は転んだ。拍子に、高貴な冠が落ちる。
髪の毛が、ばさばさと広がった。
転げるようにたちまち立ち上がり、後ろを何度も振り返りながら、また走り出した。
物売りたちが、その後姿を呆然と眺めている。
その後に、高貴な冠が残されていた。
男は何かに追われるように走り続け、ある屋敷の門番とすれ違った。
その恐怖に引き攣った顔のまま、走り去った男こそが、かの次代の天皇候補と目された人物、古人大兄皇子(ふるひとのおおえのみこ)だと知れたのは、少し後のことである。

門の閂を掛けた。がしゃん、と言う音が少し、ほんの少しだけ古人の心を落ち着かせた。
転げるようにして、屋敷内に入りしっかりと隙間が無いように戸を閉めた。
隙間があってはいけない、気付かれる。殺される。
ぴったりと閉めた部屋は、真っ暗闇で、古人はやっとたった独りになった。
がくがくと体が震え、呼吸が上手く出来ない。膝の力が急に抜けて、板葺きの床にそのまま倒れこんだ。
そして、意識が遠くなっていくのを、感じていた。


続き。

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