人類猫化計画

「基本的な生き方は猫に学べ!」を提唱するイラストレーター●山下セイジの猫並みな日々雑感記

深夜のスナック菓子

2005年10月31日 04時28分46秒 | 猫並み日記

たぶん、フロイドの言うところの「口唇期」にトラウマがあったのか、始終何か口に触れる物がないと淋しい。お喋りなのもへヴィスモーカーなのもこの辺りに起因するのだろう。

そういうわけで(どういうわけ?)、お菓子好きだ。スナック菓子の類。オールタイムファイヴァリットは「えび満月」と「ウニせんべい」、それに「ひねり揚」とか「綱あられ」とか称せられる染色体のねじれ構造みたいな形状のアレ。

深夜仕事しているときにバリボリ食べることが多い。ちょっと前まで眠る前、本を読みながらポテチ一袋平らげるという悪癖があり、2,3年、それを続けていたらかなり太ってしまい、最近は自粛している。

ここのところ、ハマっているのが「ぬれせんべい」。梅雨時に三日間くらい外気に晒され、しけって情けないくらいふにゃふにゃになった感じのせんべいだ。そんなせんべいが食えるかー! せんべいはパリパリが命だー! という江戸っ子な人には向かないかも知れないが、これがなかなか美味しい。

レンジでほんの20秒くらいチンして、熱々をはぐはぐと食べるとその軟弱な食感がほっこりとしみじみと口中に伝わり、穏やかな気分になれる。「晩秋の一押しスナック」と言えるだろう。ジジババ臭い食い物であることは否めないが。

というわけで、今夜ももしゃもしゃとぬれせんべい喰いながら、小商いにいそしむのであった。


画像は最近入手した「B級スナック」3種。

左:ギンビス「がんばらナイト」、「夜のパワースナック」というキャッチが怪しくて笑える。味は、まあ、あの「ギンビス」のガーリックフレーバーという感じ。それ以上でもそれ以下でもない。

袋の裏に「私は騎士(ナイト)ーみんなの元気と若さを守らナイト」云々という駄洒落コピーが書いてあり、とりあえず鼻先で笑うくらいのユーモアはあった。

中:トーハト「ガラムマサラ」、これは以前マイミク・パムさんが日記で紹介しておられた。「ムトゥ・踊るマハラジャ」である。これでもか、参ったか、というフレーバーを期待したが、辛いのは辛いけどわりとあっさり系の味で、カレー味のトルティアチップスという以上の強い印象はない。もうちょっとあの映画のような「くどさ」をフレーバーに加えて欲しかった。

右:ピーノッツ・オニオンガーリック(原産国アメリカ)、大豆のスナックである。アメリカでは基本的に大豆は人間の食する物ではない。飼料にするか日本に輸出する。で、このスナックのポイントはヘルシーであること。コレステロールフリーでレス・ファットでプロテイン&イソフラヴォン入り、ということ。健康志向とほど遠い僕だが、健康に良くてうまけりゃ言うことはない。これはなかなかいけます。でも、かなりしょっぱい。トゥー・マッチ・ソルトかも。健康に良くてうまいモノなんてないと、僕は思うんです。

うーむ、しょうもないスナック菓子のことで長々と書いてしまった。仕事に飽きてきたんです。今日ははかどらなかった、こんな日もあるさ。

「公園の老猫」その2

2005年10月27日 14時22分34秒 | 散歩下がって猫を撮る

「おや、どこからかこども達の弾むような声が…、幻聴なのかはたまた現実なのか、このところ、夢うつつを行きつ戻りつだなあ、おらにも、ああいうときがあった、たしかに、遠い夢のような日々、心は軽く、身も軽く、疲れることなんて知らなかった、調子こいてたなあ、懐かしいなあ、でも今となれば束の間の夢、遠い、幻のような、日々…、眠い、ね、む、い………、猫缶、うまかった…」


朝晩はそこそこ寒くなって参りました。全国の野良猫のみなさんがお達者でいてほしいと、心から願うわけであります。

棚猫

2005年10月27日 01時53分43秒 | 散歩下がって猫を撮る

画像上:公園などによくある藤棚でございます。ここにおります。寝ています。あっ、次の画像を見る前によーく探してくださいね。

画像下左:ほら、いたでしょう。すやすやと、眠っておる。

画像下右:「この世で最高に快適な場所」、猫はよーく知っている。


@南万騎が原こども自然公園

公園の老猫

2005年10月25日 04時53分39秒 | 散歩下がって猫を撮る

「んー、黄昏れてきたなあ、じっと手を見る日々も飽きてきた、♪ママ・テイク・ズィス・バッジ・オフ・ミ~、おお、どこからともなくディランのノッキン・オン・ヘヴンズ・ドアが聞こえてきたぞ、やっばいなあ、♪イッツ・ゲッティン・ダーク・トゥー・ダーク・フォー・ミー・トゥー・スィ~、あやややや、黄昏れてきたのはオラの目か、頭か、いかんなあ、でも仕方ないなあ、長く生きてきたからなあ、でも、もう一度おいしいもの、腹一杯食べたいなあ、昨日食べたもの、何だっけなあ、んー、忘れた…、いろんなことあったけど、ほとんど忘れた…、おいしいもの、食べたいなあ、でも眠いなあ、でも食べたいなあ、眠い、食べたい…」



先々週アンデル合宿で行った南万騎が原こども自然公園で日向ぼっこしていた老猫。今にもくたばりそうであったので、心配でしばらく見ていると、手に猫缶携えた初老のおじさんが現れ、慈しみの眼差しでかの猫を見つめながら、餌を与えたのだった。

猫ははぐはぐと猫缶を平らげ、満足げに舌なめずりをして、また眠りについたのだった。よしよしと思ったね。


ところで、僕もじっと手を見るハード・デイズ・ナイツの日々が続いております。しこしこと働いておる。冬を迎えるアリさんのようです。

アナログ・ナイトご報告

2005年10月03日 01時05分37秒 | 映画やら音楽やら小説とか

昨日は両国「江戸東京博物館」から吉祥寺「メグ」へと、私的行事ダブルヘッダーだったので日記もダブルヘッダーということで。

先日告知させて頂いた「ジャズヴォーカルをアナログで聴く夜」、

今回もT氏の軽妙であったかみのあるトークでなかなかの盛り上がりを見せました。お陰様で満席の盛況、ありがとうございます。って僕もだんだんこのイベントの関係者の一員になってきたような。

このイベントがメグの「赤字補填」に多大に貢献しているとオーナーの寺島靖国さんもおっしゃっておりました。ジャズ喫茶は儲からないと言いますが、元々、ジャズ喫茶をやろうなどと思う人は金儲けが上手くないのでは、と思います。僕も金儲けは上手くありませんが、お金は決して嫌いではありません。

余談になりましたが(僕の日記はほとんどが余談ですが)、今回は「コーラスを意識した」セットリストでした。「モダン・ジャズ・コーラスの開祖」あのフォー・フレッシュメンから始まり、プラターズやビーチボーイズなんかも出てきて、あのジョー・スタッフォードがいたあのパイド・パイーパーズでしめる(あの、が多いのはこの辺、あまり詳しく知らんのです)という、まさに初秋にふさわしい「秋刀魚の味」のように楚々としていながら脂の乗ったゴージャスなサウンド歌声を堪能したのでした。

ジャズ・コーラスというと、Maj7thとかもっと複雑な和音を3声から6声とかのコーラスでさらっとなにげに完璧にやるわけで、今だと多重録音やらデジタルでフラット修正したり、いろいろできるが、50年代60年代初頭は1本のマイクに3人が同時に吹き込んだり、歌番も同時テイクが一般的だったと思う。それで完璧というのは凄いこと。テープをつないだりもあまりしなかったと思うから、ほとんど完璧に録音が行われていた最後辺りでメンバーの一人がついゲップをしてしまったとかなるとかなり険悪になるだろうなあ、と思う。ってまだ余談になった。

そんなわけでアメリカのグッド・オールド・タイムのドリーミーなサウンドに包まれた幸せな一夜でした。こういうセンスというか雰囲気、価値観、今の時代に一番欠けてるものだよなあ、としみじみ。

T氏が最後にかけたPied PipersのDreamの歌詞を以下に。

Dream 夢を見る
When you're feelin' blue 気持ちが塞ぐとき
Dream 夢を見る
That's the thing to do そうすることが大事

Just watch the smoke rings rise in the air
煙の輪っかが漂っているのをじっと見つめる
You'll find your share of memories there
そこに君の思い出の断片も漂う

So dream
だから、夢を見る
When the day is through
1日が過ぎゆくとき

Dream
夢を見る
And they might come true
それは叶うかもしれない
Things never are as bad as they seem
物事は見かけより悪くはない

So dream, dream, dream
だから、夢を見る


まさに「夢のある」歌詞でしょう?

江戸東京博物館

2005年10月02日 18時36分59秒 | A学院のこども達

このところ、人並みに忙しく、じっと手を見ながら、はらほろひれはれと推移している日々でございます。

昨日は、アンデル社会科見学スクーリングで両国「江戸東京博物館」まで生徒引率&先日告知させて頂いた吉祥寺「メグ」での「ヴォーカルを聴く夜」に足を運び、ダブルヘッダーとなりまして、くったり疲れ果て、昨夜は1時頃就寝、目覚めたのは11時くらいでしょうか、久しぶりに貪るように眠った。

年取ると早く目覚めてしまう、ということをよく聞きますが、僕はまだ「若者」のようにぐだぐだと寝ていられます。また、「若者」のように宵っ張り体質です。こういうことで「俺って、まだまだ若いかも」と思っているわけですね。いっぱい眠れるって嬉しいな、と思ったのでした。

で、「江戸東京博物館」。

割と楽しみにしていたのだが、イマイチだったかな。一つ一つの展示物はよろしい。ジオラマやフィギュアとかよくできてる。ただ、全体的雰囲気が江戸ではなーい、と言いたい。建物も展示空間も中途半端にコンテンポラリーでいくない。役者や台本はそこそこなのに演出がイマイチという感じ。

ひところ、いわゆる「箱モノ行政」の無駄遣いの一例としてこれが挙げられていたと思うが、そういう先入観もあって、つい批判的になる。心地よい無駄は歓迎だが、どうだかなという無駄があちこちに散見される。やっぱし、税金でモノを作るとダメだねえ、と思う。ここをこういう風にして本当にいいのか、といった熟慮のあとが窺われない。つまり、金を使うことへの真剣味が足りないからだと思う。

特に地上3階になる部分は休憩スポットが何カ所かあるだだっ広い吹き抜けの空間になっているが、コンクリート敷地の無機的な空間で、周囲のゴミゴミした「東京的空間」に重ね合わせると「無駄」を感じる。関係者はゆったり作ってあると言いたいだろうが、このゆったりさは単なる無駄。

もう一つの無駄は、両国駅から国技館を横目に少し歩くとある博物館に入る「動く歩道」。それはさらにメインの展示館に入場する長いエスカレーターに続いているのだが、別にてくてく歩いて入館してもいいではないか。障害者うんぬんを言うのであれば、別にエレベーターなりを設置すればいい。この電気代、けっこうすごいですよ。環境問題にも抵触するし。それを税金でまかなっているんだからねえ。そのお金で大学生のアルバイト雇って駕籠かきやらせるとか。その方がウケる。

この博物館の収支について、かなりの赤字だろうと予測がつくが、東京都の公式ページによると、2001年度の「江戸東京博物館については、利用者 1人当たり6,801円の経費に対して入場料収入が347円と試算された」とあった。民間では考えられない。むろん、公共の美術館、博物館が補助無しでやっていけるわけはないが、これはちょっとね。

実は、この日は「都民の日」ということで本来大人600円、中高生300円の入館料はただでした(それに合わせて行ったわけではありませんが、笑)。でも以上のようなことを考えると「おいおい、タダにしていいの?」とあまりありがたくもなかったのでした。

と、まぁぶつくさと言いましたが、展示物はそれなりに楽しめた。生徒達も展示物の駕籠に乗ったり、人力車に乗ったりと楽しそうだったが、館員に江戸や明治の衣装を着せて配置させたり、本物の駕籠や人力車に乗せるイベントとか、もう一工夫して欲しいところ。関係者には一考を促したい。


アップ画像左上:建物は「高床式の倉」をイメージして作られたということだが、コンテンポラリーにすぎるので、屋根部分に「ちょんまげ」を合成してみた。

右上:戦時下の一般家庭の再現。こういう茶の間ででっちあげられた「大本営発表」の戦勝報告や「玉音放送」に庶民は耳を傾けたわけだ。あまりにも暗いのでちゃぶ台に冷えた生ビールをのせてみた。

下:工作好きの僕としては、これがいちばん気に入った。よく見るとウォークマンつけて歩いている町人がいる。ウソ。