神主神気浴記

月待講、御神水による服気、除災招福の霊法、占などについて不定期でお話します。
神山の不思議な物語の伝えは継続します。

門主        66

2017年05月06日 | 幻想譚

 6人のコヒトは隙間から中に入った。中は樹木と葛の類が絡み合い密集している所とポッカリと空いた所とがあり、不思議な空間を作っていた。しかし、想像していたよりあの壁のような隙間の無い息苦しさはなかった。
 藪を分け入った所に姿かたちの整った、しかしどこかツンとした細めの樹木が立っている。木の言葉を話すモリがその樹木に近づいて小声で声をかけた。
 「木立殿、木立殿。この杜の入り口の門主さまはとちらにおられるのか?」
 細めの木立はびっくりして小枝を揺らして飛び起きたようだった。
 「ヒェエー、驚いたぞ!どこから来た。人に会うのは久方ぶりじゃ。汝はコヒトか?」
 その木立は葛の壁に沿った方の奥を、枝を震わせて指示しながら言った。
 「門主さまは、以前あった道の入り口に今でも立っていなさる。ただ、葛の類に絡まれて御不自由だ。お気の毒に」
 「見当としてはこの壁に沿った方向へ進めばよいのか?」
 「さよう、壁際に道はないが、ほれ、吾れの前にはそれらしきものがあるだろう。そこをお進みなされ・・。ところで、汝は何所からまいった?」
 「吾らはオノゴロのハヤカワ族、アラタエに向かう者だ、かたじけない」
 「さようか、ここを何とか昔の姿に返しておくれ。それと、背中のツルがかゆくてたまらん。取っておくれ」
 その時、足元を小さなモノがすばしこく現れ消えた。
 「カガミソじゃ。以前はおらなんだのにいつの間にか増えおった。しらんぷりするのじゃ・・」
 「わかり申した。では行きましょう、ナカトミさま」
 「承知した。樹木殿背中のツルは除き申した。これでよろしいかな」
 「あ~、さっぱりした。それと、そうじゃこの先で伝え鳥におうたら言伝をすれば吾の処に届く、何かの役に立つだろう。気を付けて行くのじゃ」
 「かたじけない」

 再び、一行はモリを先頭に、その場を後にして言われた道を進んだ。この辺は短めの下草だけなのでコヒトには楽だ。ここは岩が目立ったほどない。本当に木の国へ入ったのか?
 しばらく進んだ所で木々が絡まって道が見えにくくなってきた。モリが手おあげて止まった。
 「ナカトミさま、前方に小さめな磐座が見えます。ハクに尋ねさせましょう」
 ナカトミは前方を注視しながら、ハクの方に向き直って首肯した。
 岩石の言葉を話すハクは一歩進み磐座の前に立ち、尋ねた。
 「小さめな磐座殿、お尋ね申す」
 「小さめは余計じゃ、なんじゃお前は!」こちらも休んでたのか片目だけ開けた。
 「吾らは門主さまを尋ねるところ。教えてもらったものの路らしき道がないので迷いそうなんだがこの道でよろしいか」
 「汝らは一体全体何者なのじゃ。ここに他の者が来なくなってから久しいぞ」
 「吾らはオノゴロのハヤカワ族と申す。アラタエに向かう。一緒に戦う下都国の神々がこの杜の外まで来ている。彼らがこの杜を通れる道を探してここまで来た」
 「さようか、それなら吾らの味方なのかな?」
 「磐座殿、こちらはコヒトの小隊の長、ナカトミと申す。征伐隊を通す道を探しているのです。この杜に入る入り口を開けていただけるようお願いしたいのです」
 「それならやはり門主さまじゃな。閉じられたこの杜への入り口の開け方は門主様しか知らんのじゃ。わかった、教えよう」
 「かたじけない。磐座殿」
 「前方に背高の藪が見えるじゃろう。そこを潜って行くのじゃ。藪で見通せなくなっておるが近道じゃからな、蔦やツルが絡まった大木が見える」
 「わかり申した、磐座殿。お騒がせした、これにて失礼する」
 「気を付けて行かれよ」そういうと、小さめの磐座は静かに目を閉じた。
 「先を急ごうぞ、だいぶ時を食ってしもおた。門主殿はこの近くであろう。急ぎここへの入り口を聞き出さなければならない。外で待ってる方たちはきっとジリジリしておられるだろう」
 「承知しました。先を急ごうぞ」
 モリを先頭に背高の藪ヘ全員が潜り込んだ。

 確かに前方に壁が立ちはだかってるのが見えた。いつの間にか壁の内側近くに来ていたのだ。
 葛の壁に蔦やツルも絡みつき一層分厚くなっている箇所がある。そこいらじゅうにらに壁が覆いかぶさってるようだ。ナカトミが上の方を指差した。なんと、前方に先が二つに分かれた一本の大木が首を出しているではないか。
 「あれだ!」モリは慌てて自分の手で口をふさいだ。思わず大きな声を出してしまった。
 下草を払いながら更に壁の方まで来ると、そこだけは木立や岩の類はなく、隙間からのぞくと蔦やツルが絡みついてるものの大木向こうに見える。ここまでくると結構隙間がありもぐり込めそうに思えたのだが・・、そうはいかなそうだ。
 「吾れが先に入ります」モリが振り向いてナカトミを見ると、首肯して全員に入れの指示を出した。
 潜りながら前方を見ると下草だけの空間があるのが見てとれた。這い出してみるとそこだけは木立もなく以前は何かがあった跡のように思えた。壁側に向かって蔦やツルが絡みついた木々がびっしりと立地はだかっている。裏側から見てるのだが、あまり隙間がないではないか。

 何とか全員で近づけた。
 さっそくモリが大木の幹に耳を付けて様子をうかがった。
 「イビキが聴こえる」と言った。
 「門主殿、門主殿。起きてくだされ。お助けに来ました。吾れらはお助けに来た者です」モリが大木に向かって声を殺しながら話しかけた。
 大木の上の方がざわついた。
 「ウーン!誰じゃ」
 「門主殿、吾れらはオノゴロのハヤカワ族の者です。吾れはモリ、こちらはコヒトの小隊の長ナカトミと申します。下都国の神たちとウマシ国の衛士とで遠征してここまでやってきました。遠征隊はこの森の外で待機しています。アラタエへ行くためにはこの森を通らねばなりません。お力をお貸しくだされ」
 「お前たちの目的は何じゃ?」
 「サクナダリの奪還と下都国から拉致された人たちの救出です」
 「なんじゃと?あのワルサたちを攻め討つとな!」
 「はい、吾れらハヤカワのコヒトだけでは到底かなわぬこととあきらめておりましが、此度、下都国の神たちがワルサに奪われた人たちを救出にまいりました。アカルタエの女王もなんとかせねばと思いつつも手が出せぬままここまで来てしまったことを悔やみ、衛士を差し向ける決断をしました。タキツ姫もここにきてようやく旧都サクナダリの復活とマンクセン神のしきますオノゴロ地の平和と緑豊な地を取り戻したいと願っています」
 「さようか、吾れらは長い間それを待って居ったのじゃ、よくわかった。この地に再び水を呼び戻し、緑豊かな地にしようぞ! それにはだな・・それにはまず光虫じゃ!」と言って急に静かになり、ワシとしたことがつい興奮してと小声で言った。
 「何なりと・・」モリも小声で返した。
 「何処にワルサの間諜網が張り巡らされてるかわからん。そのためには道案内と言葉じゃ。それには光虫じゃな。光虫が必要なんじゃよ。汝たちで黄色い蔦が絡んでいる木を探しておくれ。黄色い蔦のどれかに光虫の巣がある。蔦の上の方じゃぞ。言葉は、この杜の者たちの言葉が判る術を光虫が知っておるのじゃ」
 「はい、仰せのように」
 「光虫に訳を話してここまで連れて来てくれ。光虫はどんな言葉でも通じるて。それから、ほれその白い蔦、それが目印になるから進む道道に使う物じゃ、この杜は迷いやすいて。後でもっと必要になるから白い蔦があったらその場所を覚えておくのじゃぞ」

 モリはかいつまんで門主の言うことをナカトミに告げた。
 「よし、モリはここに残れ。後の者は吾れと一緒にまいれ。皆で手分けして探す。皆、この森の中で迷うな。目印を掛けながら静かに行動せよ。だいぶ手間取ってしまった急げ!」
 モリはその場に残り、ナカトミが先頭に立ち5人それぞれが白い蔦をもって森の中に消えた。

 「モリとか言ったな、汝は木の言葉が解るようじゃな」
 「はい、吾れの母は木の妖精です。母から教わりました」
 「さようか、モリよ、それでは壁の側に行って蔦や蔓が編み込まれているところを探すのじゃ。幅広く縦に編み込まれている所がある。ほれ、そこの道の跡を進むのじゃ。それを見定めたら直ちに戻ってまいれ。よいか!」
 「承知しました。では探してまいります」

 モリは足下の平らな所を選びながら壁の方に近づいて行った。その場所は、そこいらじゅうに葛蔦ツルの類がはびこっていてそれらは触手のように動いている。立ち止まったら最後今にも脚に絡みついてきそうだ。足の動きを止めないように気を付けながら、前方を透かし見ながら道の跡を探った。ツルに足を取られないようにしばらく進むと、透かし見た先に蔦ツルの無い所が見えた。急ぎ中腰になってそこへ入った。するとどうだろう、眼前に門主が言ってた網の目の壁が広がって現れた。うごめいているツルに近づくと、葛蔦のファスナーが音もなくするすると閉じられた。これかな? 慎重にそばまで行って耳を澄ませた。かすかだが本隊のガヤつく音が耳に入った。 間違いない! よし、戻ろう。

 モリが急ぎ門主の所に戻ると、早い者がすでに戻っていた。カエンだ。大事そうに被り物を胸の前で抱えている。被り物の中がほのかに輝いて明るい。光虫がいたのだろう。
 「カエン!いたのか?」
 「いました。訳を話したら、喜んで協力すると言って、この中に何匹かが入ってくれたわ。後の者たちは白い蔦を探している」
 「(カエン殿というのか、ご苦労じゃった。こちらへ来てくだされ)」門主が枝を鳴らして手招き、いや枝招きをしている。
 やがて、他の者が白い蔦を担いで戻ってきた。
 それらは細身ではあるが丈夫そうなツルだ。各人が輪にした束を両肩に担いで帰ってきた。
 「門主殿、これで如何か」
 「ご苦労じゃったナカトミどの。この杜を出る前にもう少し採れるから、その旨心得ておいてくだされ」
 「承知いたしました」
 「それでは急ごうぞ! モリ殿とカエン殿こちらへ」
 モリとカエンは門主の側に行き上を見上げた。
 門主はある方向の枝を
、円を描くようにぐるぐると回し始めた。するとどうだろう風が起こり、その方向に吹き出して
枝という枝ををかき分けているではないか。かき分けられた枝の奥に一本の黒っぽい木が壁の方に思いっきり枝を伸ばしているのが見えた。
 「あれじゃ、モリとカエン殿、あの木じゃ。あの黒い木が悪さをしておるのじゃ。あの木の所へ行き、そっと根元にヒジリ水を注ぐのじゃ」
 「ヒジリ水?」
 「カエン殿、光虫をこっちにおくれ」
 カエンが被り物を高く差し上げた。門主は枝を下げて光虫を一匹枝にとまらせ、引き上げて光虫に何やら告げている。
 「カエン殿、この光虫の後について行ってくだされ。光虫がヒジリ水のありかを知っていて案内する。すぐ近くにもあるらしい。何か器があるかな」
 「夜光杯を持っています」と言って、カンが薄緑色の杯を懐から取り出した。
 「それで十分じゃ、貴重な水だからそなたも共に行ってくだされ。急げや急げ! 光虫よすぐに案内して差し上げよ」
 光虫はパッと枝から飛び上がってツーっと音もなくその場を離れた。すぐさまカエンとカンがその後を静かに追った。この森の中では音なしを守らねばならない。
 「ナカトミ殿たちは黒木の所へ行って待たれよ」
 ナカトミはモク、スナ、ハクを連れて壁側に向かった。モクが案内した所で無言のまま指で下を指示した。全員で地に伏して耳を付けた。かすかだが聞こえる、本隊のがやつく音だった。
 ナカトミはすぐさま壁に向かって、剣で地の上にそーッと音を立てずに線を引いた。少しずつ丹念に筋を付けて行く。静かに行わなければならない。蔦を傷つけてはだめだ。ここではそこに用心しなければならない。門主の味方ばかりではないからだ。
 筋が付いた。ナカトミが自分の髪留めを抜いて筋の先端に差し込んだ。小さな穴が向こう側に通じたようだ。覗き込んでそれを見届けるとスナに合図した。
 スナがその場に膝まづき懐から小さな巾着袋を取り出した。耳かき棒のようなもので中のモノを一杯すくい、穴の所へもっていき「フッ」と息を吹きかけた。銀色の砂がキラッと輝いて踊るように穴の外に向かって出ていった。それを確かめると、スナはフッ、フッとリズムよく外へ吹き出した。急に向こう側の音が止んだ。向こう側の者たちが何かに気づいたようだ。それを聞いてスナは続けた。スナの一連の作業が終わると、歓声が上がったようだった。

つづく


http://blog.goo.ne.jp/seiguh (ブログのバックナンバーはこちらの〈ブログー1〉にあります)
http://www.hoshi-net.org/  
 

神事、祭祀等々で間を開けてしまいました。
皆様よりメールを頂戴致しました。
ありがとうございました。
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