神主神気浴記

月待講、御神水による服気、除災招福の霊法、占などについて不定期でお話します。
神山の不思議な物語の伝えは継続します。

蜘蛛手の白い糸  58

2015年06月21日 | 幻想譚
 宮殿の中心部は多角形のドームのような形をしていた。しかし、思ってたほど高くは見えなかった。何層にもなっているものを想像していたのだが低いのだ。どういうことだろう。
 分厚い扉が音をたてながら左右に開いていく。何処もそうであったが、自動扉の動きではない。音は人力のリズムだった。
 中へと進むとすぐに下へ降りる階段になっていた。そうか下へ行くのか、それで分かった。低い印象を受けた理由が・・。とはいえ、宮殿のある場所は高い所にあったはず。
 
 「アカルベの大床へ直接ご案内いたします。遮光器はそのままお着けください。明かりを落としてるとはいえ、まだまだ目を傷つける恐れがあります。次の扉までは少し暗いので足元
にお気をつけください」 ミマロが前方を指して言った。
 薄暗い中、遮光器を着けたままなので足元は少しおぼつかなかったが一向は進んだ。廊下が鳴る。鴬張りとでも言うのか、侵入者への備えなのか。
 本宮と龍二の二人は、同時に斎庭の鳴り砂を思い出した。きっと、これも、あれも聖なる所への出入りを表しているのかもしれない。
 次の扉の前に来た。
 「白髪部のミマロ、神たち御一行を案内してまいりました」ミマロが扉に向かって口上を述べると、今度は軽めな音を立てて扉は内側に開き入館を許された。
 イトフの前に居たナルトがさっと後ろに下がって先導の形を解いた。その肩越しに見えるゆくりなき光景に、久地たちはあっけに取られた。
 真っ白だ。その真っ白がヱラヱラと揺れている。揺れる度に真っ白に輝く。
 「糸だ! 全部糸だ」本宮が叫んだ。
 久地は一歩進んで中を見回した。そこは体育館のようなだだっ広い所だった。四方八方、上から横から、糸が底の一点にヱラヱラと揺れながら伸びてきている。所狭しと空間を埋め尽くして送られているのだ。蜘蛛手の館か!? 
 本宮が久地の脇に来て上の方を指差した。このドームは八角形。高い所に二階がある。さらにその上、半分ぐらいの高さに三階が見える。各階のそれぞれの角の処に人の姿が見える。

機械の周囲にも糸の隙間から8人の人影が見て取れた。
 底の床の一点には何やら機械が置かれている。見たところ機織り機のようにも見えるが・・。いったいここは何する所か。ここは巨大な作業場なのか!?
 その糸の囲いの中から人影が出てきた。女性だ。
 ミマロとイトフ、ナルトがひざまずいた。
 「テルタエ女王、神たち御一行です」と言うと、3人は後ずさりしながら久地たちの後ろへと退いた。
 「ようこそおいでくださいました。歓迎いたします。ここは白妙寮、この国を明るく照らす天つ光を生み出すところです。吾れらの国を闇から護らねばなりません」涼しげな声がこちらに近づいて来る。

 久地たち一行もイトフたちに習って首肯していたが、ゆっくりと頭を上げた。
 テルタエ女王の姿が久地の前にあった。
 美しい顔だったが、その眼はオパールのようなエメラルドグリーンで瞳がなかった。思わず一歩退きそうになったが堪えた。
 そして、後方へ下がったイトフたちの眼を探した。先ほど来から気が付かない訳はないのに・・、なんと、3人の眼は碧眼になっているではないか。やはり瞳がない。
 さすがの久地も気を取り直して「吾れは久地と申します」と言うのが精一杯であった。
 「この奇ひき瞳はおぞましき眼にあらず。汝たちの遮光器と同じものである」
 「不思議な瞳と仰っても、吾れらは瞳のない眼に慣れておりません。何処を見てるのか分からず、恐怖感を覚えます」
 「場所を換え、汝たちの遮光器を外せる所へ行ったら分かるでしょう。もう少しお待ちを」といって女王は機械の側に立っている女を呼び寄せた。
 「天女、月女の暦の定める通りの時が来たら糸女たちに合図を送り、大床にうごなわれ」
 女たち8人が首肯している。
 その間も白い糸は蜘蛛手からヱラヱラと揺れ続けながらやって来て、サヤサヤという音は鳴り止むことはなかった。
 なーんだ、こんな所での謁見か。宮殿の大広間か何かを想像していたが何かの作業のちょいの間か? 久地のすぐ後ろにいた飛はそう思った。  
 
 やがて糸のスピードが少し落ち、辺りが少しライトダウンしたようだ。
 ドームの最上部の方でゆっくりと何か扉のようなものが動く音がした。
 8人の女の動きがが緩やかになるのと同時に、ドームの天井がゆっくりとせり出してきた。
 上の階から順次16人の女たちが降りて来た。眼は緑色をしてる。手には自分達の背丈の半分ほどの細い棒を持っていたが、それを下の8人の女に渡して代わりに白妙を受け取り、部屋の四隅から退出していった。最後に8人の女もそれぞれ白妙の反物を抱えて女王の後ろに控えた。この8人の眼も緑色である。

 明るさの素はここで織られている布に秘密があるあるらしい。その白妙はまばゆい白さだ。まるで生き物のように明るさが呼吸をしてるよう脈打っている。何とも不可思議な代物だ。
 女王は白妙寮のドームを出て、長い廊に向かって進んでいく。皆がその後に従った。
 女王一行が歩を進めるところは照明がついた所のように明るい。
 廊は別棟に行く回廊のようだ。少し上りになった。歩くとキュッキュッと音がする。やはり鴬張りだ。
 天井を見上げると、真上には白妙が一直線に張られていて、輝いている。蛍光布なのだ。この白妙が明るさの素になってることは明白だ。しかし、どうやって?
 廊の左右の壁面は天井まで一面に絵が描かれている。何かの物語のようだ。左手側が進行方向へ向かって、右手側は後方、来た方に向かって絵は描かれれている。上りきると廊の床が平らになった。その場所は、左側に窓が設えてあって外が見えるようになっていた。
 そこで女王は立ち止まった。
 そこから眺めると初め登って来た以上に、宮殿は思ったより高い所にあった。しかも、こちらは裏側に当たるのか、表側とはまるで景色が一変していた。あの美しい花園や木花の林、幾何学模様の美しい家並み建物は一切なかった。ここから見える景色は、我々が通ってきた花の都、人の住む所とは一変した深い緑の森、静けさで統一されている樹海だった。


 外の明るさは黄昏時ほどになっていた。
 「やっぱり白夜だ。陽は見えないが、きっと時間が経つとまた元の明るさに戻る。夜がないんだ」龍二がつぶやいた。
 はるか彼方に頂の白い険しい山々が姿を浮かび上がらせている。それは街へ来る時に、丘の上から霧魔氷山を中心とした一帯を眺めたときより、その姿を鮮明に確認できた。
 「眼下の樹海の先を抜けたところに暗い部分が見えますか? 今は黒く見えますが、あの向こうがワルサの居る所です」と女王が指差した。
 「あれは皆さんが降りてこられた時の水路に続いています」とミマロが、黒い部分が入江と水路だと説明した。
 「水路はあっても吾れらは大船を持っていません。大船を造る技がありません。吾れらは大船を必要としなかったのです。ましてや、誰もこの樹海を抜けて行こうとは思いもかけませんでした」イトフが言った。
 この狭い世界には戦もなく、大量の物資を一度に運ぶ必要もなかった。もちろん交易もない閉ざされた世界であった。津を作ったが、出入りは小舟が主たるものであった。しかし水路は広く大船が通れる運河そのものだった。この世界ができた変動期に自然にできたものらしい。

 この樹海の中に入ってしまったら、きっと方向感覚を失うだろうと龍二は思った。暗くて、第一に目標がない。太陽や星などがないのだから。
 樹木などが皆同じように見えてしまうことだろう。方向を見極める術があるのか?
 ナルトが言うには、かつてここへ誤って迷い込んだ者がいて、かろうじて脱出できた。その時の話では、地面は平らで丘もなく、苔で一面おおわれており所々に下草が生い茂っている怪しげな樹木の森であったそうだ。うっそうと茂った所で八方に目印がなかったと説明していたそうだ。脱出できたのは奇跡だろう。 
 「ひとまず部屋へ落ち着いてくだされ。皆さん遮光器はうっとうしかったでしょう。ナルト、ご案内だ。その上でアダシ国遠征の手筈をお聞かせ願いたい」
 ミマロが一行を廊から館の方へと誘った。
 館の部屋へ入り遮光器を外すと眩しく、そこは明るかった。天井の白妙は輝きを増し、キラキラとした明るさで、一層蛍光色が強まった。
 天井を眺めていた龍二が誰へでもなく唐突に言った。
 「どのような蛍光体が使われてるのか分かりませんが、この白い布はリュウゼツランの繊維で織られているのではありませんか?」
 「いずれの花園にも蘭の珍種、奇種が豊富で、リュウゼツランは一定の広さで栽培されているようでしたが・・」
 龍二の質問に飛が更に補足した。
 「さすが尊たちですね・・、今はお答えしかねます。お許しください」丁寧であったがテルタヘ女王の答えはきっぱりとしていた。
 いつの間にか女王たちの眼も元に戻っていた。
 あれも全く不思議だ。きっと光の素と何か関係があるのだろうと本宮は思った。部屋に控えている女たちの方をチラッと見ると元通りになっていた。


 「ここからも見える樹海の終わる所、今は黒く見える所が水路で、その右手の奥の少し広い所が入江だ」
 久地が窓の外と大机に広げられた地図を見比べて、指をさしながら言った。
 皆が大机を取り囲むと更に、
 「4隻の船は入り江に集結する。そこでイトフ殿たちと落ち合い、対岸に護送するう。落ち合う場所の上空に雲を待機させる。イトフ殿たちはここから樹海を入江に向かって直進する。目印は白妙を使っていただく。上空に雲を待機させるのでご安心頂きたい」
 「分かりました。久地の尊にお任せしよう」
 「ではイトフ殿、直ちに津辺のアカタリ殿に使いを送れる言伝の鳥をご用意ください。早速、出航準備を一足早く済ませたい。それから麒麟車を数台お願いします」
 「承知しました、久地の尊。直ちに」と言って、ナルトが立ち上がった。
 「耶須良衣と美美長、海人と和邇、それに於爾はそれぞれの船頭や衛士頭に出航の準備の言伝をナルト殿に託す用意をしてくれ。そしたら直ちに麒麟車で言伝の鳥を追って出発してく

れ。殊に美美長、装備品の手配をよろしく頼む」
 「承知」それぞれがナルトの後に続いて部屋を離れた。
 「飛と龍二君は直ちに麒麟車で雲の所へ行き、七重雲と九重雲に乗ってここへ戻ってもらいたい。神たちと後の者は、それまでにアダシ国とその仙都アラタヘへの道のりと地形などの情報収集をしておこう」
 イトフが二人を麒麟車に案内すべく部屋を離れた。

 
 そこへミマロが幾つかの古地図を抱えて戻ってきた。
 女王がそれらを一つずつ大机の上に並べた。
 やがてイトフとナルトも戻ってきて、全員で大机を囲んだ。
 久地、本宮、都賀里、於爾加美毘売。女王の右へスクナビの神、タニグの神、クエビの神が着座した。
 ミマロ、イトフ、ナルトが古地図を説明の順位に広げていった。

 つづく




 http://blog.goo.ne.jp/seiguh(バックナンバーはこちらへ)
 http://www.hoshi-net.org/  

コメント