恋はもうもく

はいあがってくるしずけさをうたでみたすー

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0314.しずまぬ月

2016年03月15日 | 色恋沙汰α
和久川の水もぬるみ、豊富の里吹く風にも、春の息吹が、聞こえてきます。

これは小学校の時の卒業式の送辞の冒頭で、いまも覚えている。今も同じ言葉を使っているならすばらしいなあとおもうし、新しい言葉に変わっているならそれもいいなあとおもう。

通勤途中の梅は咲いて、もう花弁が舞っている。その脇の桃は今がちょうどよい塩梅で、力強く咲く。桜はまだまだ蕾で、だけど薄く緑とピンクが透けて見えて、ぷくうと音の聞こえそうなほどに膨らんでいる。梅の木の下には、小さな小さな池があって、先月までは分厚い氷に覆われていた。水面に浮かぶ梅の花弁の下、動く影があって、何かと思えばメダカであった。氷の下はどんなだったろう。春です。
3月半ば、東京は、冷たい雨が降っていて、不意にビル風に煽られて傘を強く握る。ここが底で、抜ければもう暖かさが続くのだろう。そうしたら桜が、咲いて、またすぐに舞うだろう。
明日、卒業式があって、昨年度まで長く一緒に過ごした子どもたちが社会に出て行く。彼らが出ていく先に広がるのが、必ずしも輝かしいものだとばかりは、言えない。それでもやっぱり、その先に希望があることを願っている。手を合わせて願っててもだめだけれど。社会を成熟させていかなくっちゃ(!)なのだけど。

丁度一年前、彼らと別れるときに歌った歌があって、それを少し、世に出してみようと思った。彼らのことを思って私が書いた歌が、誰かに聴かれること。それ自体にはぜんぜん意味がないことかもしれないけれど、いや、やっぱりぜんぜん意味がないこととは思っていなくって、彼らが社会と、誰かと繋がり続けていることが、彼らにとって、私たちにとって、希望そのものなのではないかと思う。私が彼を知っている、知り続けていること。彼が私を知り続けていること。私の歌を誰かが聴くこと、それを聴いて誰かが描いた絵をまた別の誰かが見ること。その奥の奥の、感じられるかどうかもわからないずっと奥に彼らがいること。

今はとてつもなく細い糸だけれど。

それで、知人の絵描きたちにその歌を聴いて絵を描いてもらいました。
お願いしたら、どれもこれもそのままジャケットにできるようなとんでもなく素晴らしい絵がたくさん上がってきたので、ぜひぜひぜひ聴いて、それでご覧ください。
参加してくれた作家は、下記の通りです!

イラスト:
箕輪麻紀子
鈴木侑馬
仲村直
牛尾友美
音楽:仲野哲史
編集:佐藤翔太

そう、上がってきた絵を即日動画にまとめてくれたのが佐藤翔太です。感謝感謝!
それではご覧ください。
「しずまぬ月」



卒業、おめでとう!

さて!商売の話です!
素晴らしい絵をたくさん描いてもらったのですが、お金がありません。
そこで、3月4月、仲野出版作品の仲野出版webshopでの売り上げを、すべて今回の作家陣への謝礼にプラスしたいと思います!
この曲は音源にはなっていませんが、これを歌っている仲野(私)は恋はもうもくという名前で弾き語りをしていて、東京スーパースターズというバンドで歌っています。いい歌を歌っているので、この機会にぜひ聴いてみてください。
それから、仲村直さんは東京スーパースターズのTシャツのデザインもしていて、そちらも若干在庫あります。
(東京スーパースターズ作品は仲野出版リリースではありません。)
イイね!って思ったら!金を!!ください!!

よろしくお願いします。

仲野出版webshop
https://nknpublishing.stores.jp/
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バットライフゴーズオン5

2015年12月22日 | バットライフゴーズオン
 実際のところ、高校生活だって楽しくやっていた。サッカー部のキャプテンだったし、体育祭のリレーも走った。同じ高校に兄がいて、教員として父がいた。先輩からもかわいがられていた、と思う。
 高校生の頃、feel like seventeenとlove handleの7インチを買って、最高にクールだなって、部屋で一人ずっとWOWOW言っていた。feel like seventeen歌詞がわからなかったので、メールで問い合わせた。家のアドレスから。はじめてのEmailだった。「パンクスからしたら、くそみたいなことかもしれませんが、卒業間近にして割りと学校楽しい。i have a lot of clazy friend.とは言わないが、ここに少しは友だちがいます。」という風なことを書いたように思う。とても恥ずかしい。丁寧に歌詞が送り返されてきた。ありがとうございました。プリンタはなかったので、紙に書き写して歌っていた。



 だけど、大学に行けばって、東京に行けばって思いもずっとあった。高校のとき、同じような音楽を好んで聴く友達が、自分を入れて三人いた。ひそひそとCDの貸し借りをしていた。それで、いまハイスタを聴いているみんなが大学に行ったらスナッフとレザーフェイスを聴くものだと思い込んでいた。
 兄のオープンキャンパスについて東京にきた。はじめてディスクユニオンに行った。見たことのないものがたくさんあった。感動した。wallとenvyとswipeとwise upの7インチを買った。下北沢のCD屋でFACTのデモテープと水中、それは苦しいのCDを買った。
 京都のベースに行ったとき、ここに全部あるって思ったし、ディスクユニオンに来たら見たことないものがたくさんあった。東京はそういうところなのだと思った。



 大学に行けば、東京に行けばって思っていた。ニューキーパイクスとヌンチャクとswitch styleに夢を見て、after foreverに希望を見て、千葉に来た。夢と希望は、現実とはかけ離れていた。レザーフェイスをみんなが聴いているわけではなかった。僕はお酒が飲めず、大学生のワイワイした雰囲気にまるで馴染めなかった。
 凍えるほどに寒くじっとりと蒸し暑い六畳一間で森田童子とI EXCUSEを聴いて半ば溶けていた。何度も道に迷い、千葉市の三叉路、五叉路を呪った。
 初めて一人で渋谷に行って、ネストでsoleaを観た。渋谷で道に迷った。リュックサックでキャップの青年になんとなくついていった。エレベーターで一緒になって、それがサファリングフロムアケースの伴君だった。実際テキサスイズザリーズンの方が好きだって話をした。スナッフィースマイルのライブとかキーポンスマイルとかに足繁く通った。伴君に紹介されて高森君とか石田先生とかとあった。
 しばらく溶けて、女の子に振られたりした。女の子に振られたりして、また森田童子とI EXCUSEばかり聴いていた。


We are as good as dead. When the season changes, I may wither and fade away…
 その頃はよく次兄に連れられてライブに行っていた。下北沢シェルターでFLASH LIGHT EXPERIENCEとキウイロールとロストエイジとカムバックマイドーターズを観た。二月だった。大して人のいないシェルターのフロアだった。震えた。興奮を抑えられなかった。ちょうちょうかっこよかった。それから、次兄と、それから翔太とバンドをはじめた。バンド名はswipeの歌詞の日本語訳からとっていくら僕がぎゃーと叫んでも空は高いってした。小岩で柿沼さんと会い、下北沢で西田さんと会った。小林君と会った。レザーフェイスを観にいって眼鏡が吹っ飛んだ。終演後、一緒に探して見つけてくれたのが篠沢君だった。西田さんが八王子によんでくれて、川又さんとか、ようすけさんとか土屋さんとかスクリブラーとかとあった。

 あー、それからいろんなことがあって、10年余りが過ぎて、まだやっぱり続けている。続けることに何か意義があるとかそういう事柄ではない。だけど、中塚君が言う、続けてなきゃ勝てないっていうのは本当にそうだと思う。バットライフゴーズオンだよ。
明日、新代田FEVERで企画をします。
日時: 12月23日
バットライフゴーズオン2
出演: 東京スーパースターズ , T.V not january , HelloHawk , SHIPYARDS
場所: 新代田fever

 併設されているPOPOで各バンドのジャケットなど描いているアーティスト総勢12名の展示も同時開催中です。明日まで。
 予約の上ご来場いただいた方には、特典としてジンをつけます。月刊仲野と違って、ちゃんとイラストレーターとか使って印刷会社にお願いしたやつです。
 その中に、翔太が一筆ふるっていて、思うにとてもいい文章です。なので、ぜひご予約の上ご来場いただきそのジンを手に取ってもらいたい。翔太の文を読んでほしい、と思うのです。だれがどうじゃなくって、バンドをやっていることが重要なわけでもない。僕(ら)は僕(ら)でやっている。ただそれを肯定していく。肯定していくっていうのが、僕(ら)が僕(ら)であることの唯一の方法だし、中塚君の言葉で言うなら、それを続けていくしか勝つ方法はないと思うのです。バットライフゴーズオン2
 新代田にて、ご来場お待ちしております。






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バットライフゴーズオン4

2015年12月05日 | バットライフゴーズオン
 メイキングザロードが出たのが中三の頃。イケてるやつらはハイスタのCDを貸し借りしていた。「さーくん、今はもうブルーハーツやないんやで。」とGROWING UP、ANGRY FIST、MAKING THE ROADが三枚セットで回ってきた。やたら速いし英語だった。速いし洋楽みたいだなって思った。「さーくん、実はハイスタよりかっこいいバンドがいるんやで。」ワッディデュッセイって鼻歌で歌って、イケてるやつらはライブで先輩が演っていたコピバンの話をしていた。ブラフマンだった。ブルーハーツは過去のバンドだった。

 中学校の卒業を控えたころ、初めて「ライブ」に行った。一つか二つ上の高校生たちの企画だった。その頃、福知山の高校生たちは、新西半会館という国道沿いの二階建ての貸しビルでライブをしていた。期間限定のウィンタースポーツ用品のセールとか、洋服の閉店セールが回ってくるビルだった。
 ビールケースを針金でつないでステージを組み、アンプ、ドラム、照明やなんかをどこからか借りてきて、だいたいチケットは500円だった。10バンドくらい出て、その中に2つか3つはハイスタンダードのコピーバンドがいた。ホーンなしのケムリとかモンゴル800とかゴーイングステディとかが入り混じったコピーバンドがいた。ダンスユニットが出ることもあった。ティーンズだかなんだかのバンドコンテストでグランプリになるようなバンドが一つ上の先輩にいて、盛り上がっていた。
 DIYなんて言葉そのときはぜんぜん知らなかったけれど、パンクとかハードコアーの崇高な思想にふれるまでもなく、田舎の高校生たちは否が応にもDIYだった。5年経って東京に来て、ああ、あれに憧れているのかと思った。贅沢な話だなあって、ちょっと思った。
 「今の人たち、かっこよかったな。」「あれもコピーやで。」先輩に教えられた。ゴーイングステディだった。青春パンクと揶揄されていたようなバンドがとても好きだった。You & Iが出てBOYS&GIRLSが出る時だった。やっぱりブルーハーツだったのだと思う。スキンズも青春パンクも3つか4つのコードで、似たようなメロディで、拳を握れとかって暑苦しいこと言って、拳を握っていた。ブルーハーツは拳握れとは言わなかったけれど。だけど、ゴーイングステディもスキンズもブルーハーツもとても好きだった。


ゴーイングステディ

 アビックス北村(レンタルCD屋)のパンクのコーナーのCDを端から借りた(小さな棚だった)。メタル刑事とか、感銘を受けた。


 東京にはこんなバンドがまだまだいるのだ!駅前のマーブルって古着屋に毎月5部くらいエクストラ(ディスクユニオンのフリーペーパー)が置かれていて、月の初めにはいつ来るかなあって通った。アビックス北村でときどき売られていたインディーズマガジンとそれとが情報源だった。それがパンク(というべきかバンドカルチャー)だし、東京だった。高校生の頃、フルーティの編集版が出て、エクストラとインマガの情報を加味して、フルーティというのはビートルズみたいな規模の偉大なバンドであると本気で思っていた。勘違いだった。
 「モノ」があるということ、「流通」を通すということ、僕にとってはとても大切なことなのだ。そんな田舎の高校生が実在を感じる(ピストルズとクラッシュ以外の)パンクバンドに触れるきっかけはイースタンユースだし、ゴーイングステディだった。UKとかスティッフィーンとかが流通通して、そこまで届けてくれたから、届いた。例えばCD作って流通通したからって地方でさして売れるわけでもないだろう。だけど、あの頃の僕に届けなくては意味がないのだ、という思いがいつもある。

 その頃我が家にも電話回線のインターネットが入ってきた。電話回線だからインターネットを使っているときは電話が使えない。夜中にこっそり使った。どこかの掲示板でガガガSPとかゴーイングステディをこき下ろしている人がいて、その人が偉そうに「スナッフィースマイル」のバンドを聴けって言っていた。何を偉そうに言っていやがるのだと思った。
 駅前のマーブルには何枚かレコードも売られていた。LPと7インチが合わせて10とか20枚とか。後で聞くと、舞鶴のマウントポジションの委託で置いていたもので、店員もパンクやハードコアーをそんなに聴くわけではなかった。そこにスプレイペイントとゼロファストのスプリットがあった。ああ、これは(スナッフィースマイルではないけれど)あの偉そうな人が言っていたバンドの一つだと思った。買った。聴いた。なるほどかっこよかった。初めて買った7インチのレコードだった。それ以来、サッカーの試合の前には大将の7インチとスプレイペイントとゼロファストのスプリットを聴いて高めるようになった。マイウィンタージェインとションベンのスプリットを買った。壬生狼とジェットトゥブラジルのLPを買った。20枚委託してそれって、なかなかに攻めた品揃えだなとは思う。


zerofast

 それからインターネットでユアチョイスとかハイパーイナフ大学みたいなテキストサイトに夜な夜な通ってメモをとった。メモを見せてアビックス北村に取り寄せを頼んだけれどほとんどのCDは取り寄せてもらえなかった。
 しばらくして、京都のレコード屋を知った。ベースとかアビスとかだった。ここに、ぜんぶある!感動した。アビックスで取り寄せられなかったものが全部あった。京都は片道二時間で、高校生にひょいと行ける距離ではなかった。年に数回、京都に行く機会を見つけるごとにベース、アビス、ビーバーで散財するようになった。



spraypaint
5:33からi get use to alone, day by day.ってどれだけの僕らを勇気づけただろう。

日時: 12月23日
バットライフゴーズオン2
出演: 東京スーパースターズ , T.V not january , HelloHawk , SHIPYARDS
場所: 新代田fever
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バットライフゴーズオン3

2015年11月22日 | バットライフゴーズオン
 兄はよくラジオを聴いていた。それは我が家があまりテレビを見ない家だったこともあると思う。ご飯を食べながらテレビだなんて子どもの頃はもってのほかだったが、それが解禁されたのはJリーグの開幕だった。1993年5月15日19時、小学校三年生だった、その日Jリーグが開幕して、その日テレビのある和室でご飯を食べた。なんならケーキでも食べて祝ったように記憶する。Jリーグは毎週水土曜日にあって、しばらくしたらテレビは居間にやってきた。兄たちの希望があったのかもしれないがあまり記憶にはない。テレビが居間にやってくると視聴時間は増えたが、ニュースの他はもっぱら生き物地球紀行とわくわく動物ランドで、他にバラエティやドラマはほとんど見ることがなかった。
 そんなこともあってか関係なくってか、兄はよくラジオを聴いていて、それはよくミュージックスクエアだった。たかちゃんとかたまちゃんとかだった。

 中学3年の頃だった。ラジオでバンプオブチキンのLAMPとナンバーガールの透明処女が同じ時期にパワープレイされていて、週に何度も流れていた。僕はバンプオブチキンをいい歌だなあって思っていて「声ようやく聴こえたやっと気づいたー」とかって、だけど兄はナンバーガールを気に入ってCDだって買ってきた。1999年。そうそう、その前年に出たのがイースタンユースの「旅路ニ季節ガ燃エ落チル」で、1998年。これもラジオで聞いて、かっこいいなって長兄と次兄が話してCDを買っていて、よくわからないながらにその延長の文脈でナンバーガールを聴いた。イースタンはともかくナンバーガールはメロディがお経みたいでよく分からない(口ずさめない)し、だから(バンプオブチキンのCDは買わないのかな)って思っていた。



 その頃、次兄の友だちが「和製米製エモ」って毛筆風に鉛筆でタイトル書きしたミックスMDをくれた。イースタンとかナンバーガールが好きならって話だったと思う。そこにはゲットアップキッズとかジミーイートワールドとか、あとたぶん大文字のEASTERNYOUTHの流れで大将とか壬生狼とか鉄槌とかも入っていてなぞなMDだったのだけれど、その中の大将が最高にかっこよくって「若さゆえ~われらに誇りを力を~」って。「生きているんだ雄飛を送る~」って。それで、これはオイパンクとかスキンズとか言うらしいって、いう話を聞いて、特に好んで聴いていたのが、中学校とか高校に入ったころ。心の銃とか名前からしてかっこいいし、月影、アルマジロバンド、ニ拾九、それからスマイルとか最高に好きで、煽るように歌うのもいいけどしみじみ歌い上げるバンドが好きだった。スマイルは数年前CDでまた買いなおして、「1993年春~僕らはいまだ風に吹かれてる~」って今聴いても最高にかっこいい。拳を握らざるを得ない。



 1999年にはイースタンユースの「雲射抜ケ声」が出て、次兄がイースタンユースの新しいのが出たよってまた買ってきて。かっこよかった。今のバンドもかっこいいバンドがいるのだなって。今活動しているバンドは新譜が出るのだっていう当たり前の事実を知り、そのときブルーハーツはもう解散したバンドだっていうのをはっきり認識した。今かっこいいバンドがいるのだなってはっきり拳握ったのがイースタンユースだった。



 ちなみに同じころ、「さー君カワムラリュウイチって知ってる?」って言われて「知らない」と答えると「わーほんまに知らんのや。」って友だちに囲まれたことを覚えている。少し、寂しかった。 

日時: 12月23日
バットライフゴーズオン2
出演: 東京スーパースターズ , T.V not january , HelloHawk , SHIPYARDS
場所: 新代田fever
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バットライフゴーズオン2

2015年11月07日 | バットライフゴーズオン
 三人兄弟の末っ子で、子ども部屋は三人同室だった。長兄が大学受験に臨むときに父の書斎に移ったので、中一だか中二までは三人部屋で過ごした。子どもの頃は特に、長兄は偉大であった。中学校に入るくらいまでは、中学校に入ってもしばらくは、近所の子どもたちは学年を越えて一緒に遊んでいて、と言ってもサッカーをするばかりなのだが、その中心にいるのが兄で、弟であることは誇りだった。兄がピアノを習っていることも、ラジオの英会話教室を聴いていることも誇らしかった。自慢だった。兄としてはさぞやりにくかったろうと思う。
 好きなバンドは?と聞かれれば「ブルーハーツは好きなバンドに入りますか?」と答えるほどにはブルーハーツを聴いた(兄が)。好きとか好きでないとかを越えて、確実に今までで一番長い時間CDプレイヤを占領したし、東京スーパースターズでもまだそれを超えないだろう。三人兄弟のCDデッキはもちろん三人の共用だった。中学生になって、兄に至っては高校生になってもその環境で、子ども部屋があるだけありがたいものではあるが、文句も言わず喧嘩もせず、仲のいい兄弟ではある。とにかく兄の多大な影響下にあった。テレビをあまり見ない家だった。イースタンユースもスピッツも大将もテニスコーツもワールズエンドガールフレンドもコッコもブルーハーブも、兄(とミュージックスクエア)が教えてくれた。
 それで、ブルーハーツだ。どれだけブルーハーツばかり聞いていたのかと今になって思う。ほとんどの歌を歌えるのではないか。中三になって、母のガットギターをじゃかじゃかとかき鳴らしはじめた。そういうことをする友だちもいなくって、一人、母のガットギターでブルハーツをじゃかじゃかと歌っていた。

 超かっこいいな。



 1985年に僕は生まれて、ブルーハーツも同じ年にはじまって、小学五年生の時には解散した。「ブルーハーツが聴こえない」って何度も何度も観たな。いや、超かっこいいな。いつ聴いても、今聴いて、超かっこいい。



 そんなこんなで自分でCDを買ったのは遅くって中学三年になってからだった。ギターウルフとマイティマイティボストンズの二枚、ジャスコの中の新星堂で買った。







 その次に買ったのがキックザカンクルーだった。確かAVIXの横のカメレオンクラブで買ったように思う。


 おお、だって俺らは現在進行形!
 さらにのぼりまたものぼり厳しさを増していくモノポリー!
 懐かしさがこみあげてくるなあ。

 「だって俺らは現在進行形」、か。
 つまり、バットライフゴーズオン、ですね。

日時: 12月23日
バットライフゴーズオン2
出演: 東京スーパースターズ , T.V not january , HelloHawk , SHIPYARDS
場所: 新代田fever
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バットライフゴーズオン

2015年11月05日 | バットライフゴーズオン
くさくさしたことを言うこともなくなっていくのだな。そういうことを思うことも少なくなるのだなって思っていた。案外、そんなことはなかった。自分の中で生活が比重を増していくほど、くさくさは、より重たるいものになっていく。
高校まではサッカーばかりやっていた。大してうまいわけでもなく、その先も全力かけてやっていくんだっていう気概もなく、だけど自分が今やるべきことはこれなのだって思いこんで、友達とだらだら遊ぶことはほとんどなく、休日になにかをした記憶があまりない。サッカーばかりしていた。
大学では、思ったより友だちができなくって愕然とした。サッカーしてなければ友だちができると思っていた。東京が悪いと思った。それから千葉市の都市計画を呪った。(五差路や三差路が多く、道に迷う度、この町に否定されているのだという気持ちになった)だけど少しは友だちもできた。ピザ屋でバイトする友だちが、夜中に廃棄のサラダを何度もくれた。ピザはほとんどなくって「野菜食えよ。」と言った。夜中に鉄鋼団地や東京タワーにも行った。労働が嫌いだった。アルバイトにほとんど納得がいかなかった。大学では一応教職をとった。ピザ屋の友だちが「教員ほどクリエイティブな仕事はないと思うよ。先生なればいいのに。」と言った。
大学を出て、先生にはならなかった。印刷会社で営業をやった。つらかった。働くということはつらいのだと思った。何がつらいと思ったのかは今思い返すと判然としない。今よりよっぽど睡眠時間も休日もあった。だけど歯ぎしりで犬歯はすり減ったし、顎は今もばきばきだ。10キロやせた。それから給料はどんどん安くなった。
転職をした。少しずつ生活はよくなったし、気持ちも安定した。くさくさしなくなっていった。たくさん遊んだ。なにか取り戻すように、家の外歩き回った。
気持ちは安定して、少しずつ家の外出歩くことも減った。(週に二度も三度もライブハウスに行ったり映画を観にいったりということはしなくなった。)好きな人ができた。結婚をした。食べる、会話する、寝る、生活が自分の中で比重と割合を増していく。くさくさばかりはしていられないが、先のことがいよいよ見定められていくなあと、これまでとは少し性格が違ってリアリティを持った焦燥を感じる。感じなくもない。日々、生活の中で生活をつきつけられる。俺を越えるものがあるのか、と。
久しぶりにウィルコとか聴いたらとても心地よく、それで、家に帰ってもっと久しぶりにJET TO BRAZILを聴こうと思った。聴いた。いいなあ、ああいいなあと思った。思っている。高校生の頃、だから13,4年前に買ったレコードだ。あの頃と同じようにスピーカーを震わせているし、あの頃とは少し違って聴こえるようにも思う。いいなあ。


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1023.眠ること

2015年10月23日 | 色恋沙汰α
睡眠の偉大さ
よく眠ると、よし何かやってみよう、だとか、がんばってみよう、だとかいう気持ちになったりもする。体はもちろん少し軽い。それで、そういう心持ちは大事なことのように思うのだ。役に立つことのように思うのだ。ギターを握り、鼻歌を一つ。ペンを握り、今日の出来事を一行。それからまた机に向かって勉強したりする。眠ろう。眠ろう。

12月23日
バットライフゴーズオン2
東京スーパースターズ , T.V not january , HelloHawk , SHIPYARDS
新代田fever


あと2カ月したら、新代田で。
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0930.上半期の終わりと自由米主党

2015年09月30日 | 色恋沙汰α
廊下に散らばったカナブンたちの死骸もどこかへ行った。電車の中は半分がYシャツで、半分がスーツになった。すっかり夏が過ぎた。明日はもっとたくさんがスーツだろう。朝は肌寒く、それでも五階は少し暑く、空気が止まれば眠気が蔓延する。

安全保障関連法案が可決された。可決された?まあ、可決された。それで、何が変わるわけでないだろう。だけど、大きく変わってしまった。ゆるやかに大きく変わる素地ができた。
さあ、次はもう一度経済にスポットをあてよう、などと。成長戦略の旧三本目の矢はどこに行ったかって、武器輸出と原発の再興でもって「民間投資を喚起する」。そうしたら、GDP600兆円って(正直今一つイメージ湧いてないけれど)、案外見通し無くもないのかもな、とか。自衛隊員が死んだら、私たちはその遺体をどんな顔して迎えるだろう。それが先におこれば、思いのほか早く、憲法改正前に開戦があって。案外スムーズに憲法も変わって、同時にGDP600兆円もいよいよ現実ってことなのかな。

ともかくまずは受け皿を作ってほしい。なるたけ大きな皿を。民主はやりたいことないならさっさと党割ればいい。右の票が欲しいなら片方は維新とはっきり着けばいい。もう片方が共産とつけばいいとはぜんぜん思わないけれど、顔と性格をもっとはっきりすれば見せればいい。とかなんとか言って民主に期待はできないし、共産はやっぱり共産でいていいと思う。
保守とか革新とか右とか左とかリベラルとか、というよりアメリカ追従から離れて思考できる言葉を持った受け皿が欲しい。「日本を普通の国」にとか「自立した国家」にとか言いながら保守とか右とかイメージされる人たちこそが、べたべたにアメリカ追従するさまは本当に見ていられない。こんな明らかに論理的に破たんしている人たちに、こんなぐずぐずの仕切りで憲法を変えさせてはならない。そうやすやすと通させてはならない。ギグです。

10/10(土)
“Spy Versus Spy Japan Tour 2015″
 @新宿9spices, 東京
  東京スーパースターズ , Spy Versus Spy(UK) , Goodbye Gangsters , A PAGE OF PUNK , MORETHAN
   open 17:00 / start 17:30     Adv ¥2,000 / Door ¥2,400 (+1 Drink)


10/11(日)
MATSURI2015
 @八王子MATCHBOX/RIPS/PAPABEAT/RNKYDINKSTUDUO5st/8st, 東京
  東京スーパースターズ , and many more!!
   open11:00 / start12:00
   adv¥3,000 / door¥3,500 (+1d)
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0805.日本の夏

2015年08月05日 | 色恋沙汰α
随分と暑い日が続く。満員の丸ノ内線、冷房はばかになって、車内でもじっとりと汗ばむ。朝はいつもがらがらの半蔵門線で冷えた風に震えている。日本の夏。
夏休みになって少し人も減れば、職場の冷房も効き始める。

日にも焼けた。クーラーの効いたホテルから一歩も出ずに三日を過ごし、それから炎天下で仁王立ちの一週間。相も変わらず寝不足は続く。夏の夜は長く、朝は年中早いのだ。ギグです。

8/7(金)
“in the mood vol,5″
@小岩bushbash, 東京
東京スーパースターズ , after the greenroom, ビイドロ
open19:00 / start19:30
adv¥1800 / door¥2000 (+1d)

8/9(日)
“Summer Share”
@下北沢THREE , 東京
東京スーパースターズ, E.S.V, MANGA SHOCK, LIFE IS WATER, CLASICKS, suppa micro pamchopp, 船の上, thai kick murph, ENERGISH GOLF
OPEN 11:30 / START 12:00 / CLOSE 17:30
料金 : 五日間通し券のみ ¥2000(毎入場時別途1ドリンクオーダー)
8/2(日)8/9(日)8/16(日)8/23(日)8/30(日)


川内で、永田町で、辺野古で、随分と暑い夏だ。
私たちは相も変わらず歌うのだ。
ご予約はこちらまで。
tokyo.superstars@gmail.com
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0714.開戦前夜

2015年07月14日 | 色恋沙汰α
結局、興味がないんだろうな、と思う。辺野古、川内、それから安保法制。
新国立競技場の建設費が2520億円、維持費が年間数十億。ギリシャと中国の破裂とか、からの株価の大幅な変動。そういうことが浮上して、やっとNHK発表で安倍内閣を「支持する」41%「支持しない」43%。本当に本当に本当になぜこんなに高い支持率を保っているのか。興味がないから、想像ができない。僕も、彼らも。イメージする。想像する。想像する。

安保法制とか言って先制攻撃を認める。最前線の基地、いよいよ自分たちの町がパールハーバーになるかもしれない。Hiroshima, Nagasaki, Fukushima, Sendaiが横並びの都市になるかもしれない。中国に戦争仕掛ける前に、ISISからのシリアからのリビアからのソマリアからのアフガニスタンからのイラクからのベトナムからのキューバからの北朝鮮からのソビエト連邦からのジャパンからのテロの対象になるかもしれない。
どの頭が平和ボケか。何度だって言う、外交努力しましょうよ。本当に、どうかしているぜ。アベノミクスにしがみついているのは誰でなぜ、なぜそんな幻影を追うのか。いっそ、ギリシャでも中国でも本当に破裂して、あからさまな不景気になれば違うかな、なんて乱暴なことを思ったりもする。

昨日、久しぶりに仕事を早く上がった。明るいうちに帰った。屋上から観る夕日はとてもきれいで、新宿、池袋の方から少しずつ夜が近づいてきて、空が青く暗くなっていく。振り返って練馬の方の空は、橙から勢いよく紅に染まる。また青くなるまでそう間もないだろう。赤い陽が、流れるような形してだけど留まっている雲を、下から照らし出す。少し、風が出ている。よく焼けた雲の腹を下からのぞき込み、とてもきれいだと思った。こんな時の雲の名を知っておきたいものだと思ったし、そうすればまた少し違った見え方もするのだろう、などと。ギグです。

8/7(金) “in the mood vol,5″
 @小岩bushbash, 東京
東京スーパースターズ
after the greenroom
ビイドロ
open19:00 / start19:30 adv¥1800 / door¥2000 (+1d)
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