Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol.322:日本教育工学会 第25回全国大会 参加記その1「ワークショップ」

2009年10月03日 | セミナー学会研究会見聞録
日時:2009年9月19日(土)~ 21日(月)
会場:東京大学(本郷キャンパス)
主催:日本教育工学会(JSET)
大会Webサイト:http://www.jset.gr.jp/taikai25/

CIEC、JSiSEと続いた夏の学会見聞録ですが、今回は第三弾として先週開催された日本教育工学会全国大会の模様をお伝えします。

3つの学会の違いは何?
今までご報告してきた、CIEC(コンピュータ利用教育協議会、JSiSE(教育システム情報学会)、JSET(日本教育工学会)って一体どう違うの?という質問をよくされます。確かに参加してみると同じ人に会ったり、似たようなテーマの発表があるので、筆者自身「一体どこが違うんだろう?」と思うことがしばしばあるのですが、おそらく構成員の属性に下記のような違いがあるのではないかと考えております。

こうした学会に出入りする人達というのは大きく

・教育学部系の研究者
・工学部系の研究者
・現場の教職員や学生(いわゆるユーザー)
・システムやサービスを開発・販売する人

の4つのカテゴリに分類されます(と独断で決める)。この夏3つの学会にすべて参加するという酔狂な体験をした筆者の印象としては、CIECが参加者の多様性の点で一番バラエティに富んでいました。特に「ユーザー」と「システムやサービスを開発・販売する人」の参画度合いが他の2学会に比べて多かったです。
一方JSiSEは、やや工学部系の研究者と情報処理系の会社の人が多く、JSETは、やや教育学部系の研究者と初中等の教員の人が多い印象を受けました。

ちなみにCIECとJSET、JSiSEとJSETという組合せでお会いした知人は多かったのですが、3つの全国大会でお会いしたのは、株式会社eラーニングサービスの秋山社長(http://www.e-learning-service.co.jp/index.html)だけだったと記憶しております。「3回とも会ったのに忘れちゃったの!」という方がいらっしゃいましたら、ぜひお叱りのメールをお願いします。

前置きが長くなりましたが、早速中身について報告していきたいと思います。なお、今まで個々の発表をあまり関連を考えずにただお伝えしていたのですが、今回新趣向として「ワークショップ」「eポートフォリオ」「四方山話」「Eye Opener」という4つのキーワードで報告をまとめてみたいと思います(うまくいくかなあ?)。今週は「ワークショップ」について報告します。なお今回の大会では、実際にワークショップを体験するセッションと、ワークショップをテーマとした一般研究発表ががありました。

上田先生の学習環境デザインというワークショップに参加!
筆者にとって今回の学会最大のお楽しみだったのが、初日の夕方18:00から開始されたワークショップでした。贅沢なことにあの同志社女子大学の上田信行先生が「学習環境デザイン」というテーマでこの学会の場でワークショップを実施してくれたのです。
実は、学生へのファシリテーション等で悩んでいる筆者に、前々から同僚の長岡先生が「上田先生のワークショップに参加してみたら」とをリコメンドしてくれていまして、90分という短い時間でしたが、今回やっとその機会に巡り会うことができ大変感銘を受けた次第です。

まず会場に入って驚かされたのが机の配置です。長方形の教室の対角線をめいっぱい使って机を縦一列に並べていました。



今回のワークショップでは長短のパイプクリーナー(通称モール)が何十本も机の上に置いてありました。

どうもこれを使ってグループ作業を開始するようです。最初から期待感100%です。

さて、今回の上田先生のワークショップを筆者は「エンボディメント」「リアルタイムドキュメンテーション」「体験を浮き上がらせる言葉(理論)」という3つ視点から振り返ってみたいと思います。

「エンボディメント」
「エンボディメント」とは身体を動かして何かを表現することです。今回はパイプクリーナーを組み合わせて、制限時間内にできるだけ高くするという課題が与えられました。1チーム約6人でこの課題に取り組み、他のチームと高さを競います。このエンボディメントを媒介にしてコミュニケーションが活性化します。

最初の10分間は子供のように夢中になってモールをつなげていきました。そこで一旦休止し「後3分間でどうやったらより高くできるか」をチームで検討し、またワーク再開です。実際の完成物はこんな具合でした。


身体を動かし、実際の「ブツ」をみんなで協働して作る。冷めた目で見ると「大のオトナがクダラナイ事をやっているよな~」と思えてしまうのですが、実際に取り組んでいる本人は、まさに没頭状態になり、初対面のメンバーとも色々と協力しあって作業をしてしまうから不思議です。

「リアルタイムドキュメンテーション」
このワークショップでは、先生が話したこと、参加者が体験したことを様々なメディアを用いて記録し、その場でフィードバックし、体験のメタ認知を促進します。当日は3つの記録方法を実践していました。

一つ目は千葉工業大学の原田先生にご協力いただき、重要な言葉をPost ITにどんどん書きつけ壁に貼っていくテキストドキュメンテーション。2つ目は今回のワークショップでは90分で1000枚以上撮影したというデジタルカメラによる静止画。そして3つ目は神戸芸術工科大学の曽和先生によるワークショップ開始前の準備段階の模様から撮影されたビデオです。
【テキストドキュメンテーション】


圧巻なのは、静止画にせよビデオにせよ、今までの活動を振り返るため、リフレクションムービーとしてその場で編集し、ワークショップの途中で流していた点です。コンセプトは「荒くても良いからその場でパッと撮影し編集して見せる」。それによりワークショップで起こった事をリアルタイムでビジュアルに振り返ることを可能とし、参加者のメタ認知を促進することに貢献していました。

「体験を浮き上がらせる言葉(理論)」
ワークショップでは参加者の協働体験が活動の中心となります。しかし体験をしただけでは「面白かった」で終わってしまう可能性があります。もちろんワークショップでは面白いことが重要なのですが、そこでの協働体験から学習するものが概念化されれば、より有意義な活動になると考えます。そこで自分が体験したことから体験の意味を浮き上がらせる役割を担うのが「言葉(理論)」です。そのことを「風呂敷モデル」というのをを用いて説明いただきました。

「風呂敷モデル」とはこんな情景をイメージしてください。

・床に広げられた1枚の風呂敷があります。
・その風呂敷の所々がWクリップで摘まれています。
・Wクリップにはヒモがついており、ヒモは天井から垂れ下がっています。
・従って風呂敷の摘まれた箇所は少し床から浮いています。
・ヒモの途中には「言葉(理論)」の書いたPostItが貼り付けられています。


風呂敷は参加者のワークショップ内でのすべての体験のメタファになっています。体験の中から「言葉(理論)」を使って意味を浮き上がらせているというのがこの風呂敷モデルの言わんとするところです。

ちなみに今回のワークショップでは「フロー体験」「メタ認知」「社会構成主義」「マインドセット」という言葉で体験の中から意味を紡ぐことを行いました。

【感想】
村上春樹氏の作品に『もし、僕らの言葉がウィスキーであったなら』というタイトルのエッセイ集があります。彼がスコットランドやアイルランドで味わったウィスキーの風味や旅先の思い出をまとめた紀行文なのです。この本の前書きで村上氏は、それらの国で味わったウィスキーの味わいや土地の雰囲気等を文字にして伝える事の難しさを語っています。

「僕らはことばがことばであり、ことばでしかない世界に住んでいる。僕らはすべてのものごとを、何か別の素面のものに置き換えて語り、その限定性の中で生きていくしかない。でも例外的に、ほんのわずかな幸福な瞬間に、僕らのことばはほんとうにウィスキーになることがある。そして僕らは-少なくとも僕はということだけれど-いつもそのような瞬間を夢見て生きているのだ。『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』、と」

と述べています。今回筆者は上田先生のワークショップの素晴らしさをメルマガで伝えようと努力してみたのですが、その100分の1も伝える事ができませんでした。「もし、メルマガの言葉がワークショップであったなら」まさにそんな思いです。でもそれがワークショップの醍醐味なのかもしれません。

ワークショップ(一般発表)
ワークショップについては、2日目の一般発表の中でも取り上げられていました。その中で筆者が聴講し面白いと思ったのは

世田谷美術館におけるワークショップ実践報告
◎柏木 陽(演劇百貨店), 塚田 美紀(世田谷美術館)

ワークショップファシリテーター研修における参加者の学習過程
○山内 祐平, 森 玲奈(東京大学), 村田 香子, 北川 美宏(CSKホールデ
ィングス)

ワークショップ実践家はその専門性をどのように認識しているか
インタビュー調査と質問紙調査による検討
◎森 玲奈(東京大学)

「ワークショップデザイナー育成プログラム」の実際
受講生の学習傾向の特質について
○高尾 美沙子, 苅宿 俊文(青山学院大学)

の4つの発表です。このうち山内先生の「ワークショップファシリテーター研修における参加者の学習過程」については後日「EYE Opener」というテーマの中でお伝えするとして、残りの3つの発表について簡単に概要と感想を述べたいと思います。

まず「世田谷美術館におけるワークショップ実践報告」ですが、これは世田谷美術館で実施している「誰もいない美術館で」というワークショップの実践報告でした。発表者の柏木さんのWebサイトに過去のワークショップのレポートがアップされていましたので、詳細は下記URLをご覧下さい。
http://www.engeki100.org/reports/20050528.html
美術館大好きな筆者としては、美術作品をこんな風に鑑賞できたら面白いだろうなあと思った次第です。ワークショップ自体、筆者の主に関わってきた企業内教育や学生教育より、アートや初等教育の領域で活用されていることもあり、とても参考となる発表でした。

続いて森 玲奈さんの発表について報告しますと、これは新人からベテランのワークショップ実践家70名への質問紙調査等をもとに、専門職としての意識や若手とベテランの実践家でどのような意識の差があるのか等を分析した発表です。「(ワークショップでは)事前の計画を変えるべきでない」
「(ワークショップでは)方向性をはっきりと参加者に伝える」という点については、経験年数に関係なく75%の人が否定的な意見を持っているということでした。また、若手よりもベテランはワークショップで伝えたい事にコダワルといった傾向があったそうです。今後ワークショップ実践家に対し、二次面接調査を行い、質問紙調査の結果をより深く考察いくとのことですので、研究成果が大変楽しみです。

高尾 美沙子さんからは、文部科学省の社会人学び直しニーズ教育推進プログラム事業の一環として青山学院大学と大阪大学が協同で取り組んでいる「ワークショップデザイナー育成プログラム」の実際について発表いただきました。本プログラムには年齢・職業ともに様々な属性の参加者が集まっているとのことです。傾向としては年齢は30代が多く、職業は人事部等企業に勤めている方がやや多いそうです。育成プログラムは120時間のカリキュラムあるのですが、有職者の利便性も考慮し、プログラムの1/3を占める基礎的な学習理論等はeラーニングで学べるようにしたそうです。
プログラムの中で設置されたSNSでは参加者同士活発な意見交換がなされていたそうです。これは自らこういったプログラムに参加している人達だけに、学習者同士の関わりの中から学びたいという意欲が強いためではないかと筆者は考えております。

まとめ「ワークショップと企業内研修との違い」
今回上田先生の素晴らしいワークショップに参加し、一般研究では様々なワークショップに関する取り組みについて聴講する中で、筆者は「ワークショップと企業内研修の相違」について色々と考えていました。

無論ワークショップ形式で実施される企業内研修もある訳で、両者は対立概念ではないという考え方もありだと思います。しかしここはあえて対立するものとして捉え、「そりゃちょっと言い過ぎだよ」という誹りを承知の上で、3つの視点でまとめてみました。

▼外界との関係性
企業内研修=密
ワークショップ=緩
企業内研修は企業で生じる顕在的・潜在的問題に対する解決策の一つとして実施され、その研修の結果は「アクションプラン」等の形で後の実務に結びつけようとする努力が積極的になされる。しかしワークショップの場合それほどワークショップの外の世界との関係性を考慮しなくてもよい。無論ワークショップ実践者としての意図や思いはあるものの、それが絶対という訳でなく、状況に応じて参加者個々がワークショップから企画者の意図とは別の意味を見いだすことを認めている。

▼食べ物のメタファ・・・(かなり大胆なこじつけです)
企業内研修=サプリメント
ワークショップ=無農薬野菜
企業内研修の場合は何かを達成するための手段として存在するため、虚飾を廃し、効率的に知識やスキルの伝達を目指す。それはあたかも「一日一粒で必要最低限のビタミンが摂取できる」というサプリメントを服用することに似ている。一方のワークショップは、場やアクティビティへ参加すること・楽しむことが大前提であり、その場で学んだことを実社会で応用するという点についてはプラスα=副次的なものとして捉える場合が多い。それは有機野菜の新鮮な美味しさを味わうことに似ている。

▼音楽のメタファ
企業内研修=クラッシック(バロック)
ワークショップ=ジャズ(ビ・バップ)
企業内研修では、学習者の前提知識や学習目標等に基づき、研修のプロセスが研修の事前に構造化され、それに基づき実行される静的なモデル。それはバロック音楽のようにきちんと決められた譜面に従って演奏する予定調和的な安心感と計算できる美しさがある。一方のワークショップは、当日の場の雰囲気、参加者の相互作用等によって、ファシリテーターの介入等の仕方も変化し、プログラム自体も変更を余儀なくされる。そこにはジャズの即興演奏のような緊張感と予想外の展開がある一方、はずれの危険性も伴う。

言い過ぎていて多方面から批判をもらいそうですが、それも覚悟でまとめてみました。この他「企業内研修=ケの場」「ワークショップ=晴れの場」等の対立軸も考えてみましたが、今回は長くなるので止めておきます。

このあたりの議論を重ねていくとJSiSEで鈴木克明先生が提示された「インストラクショナルデザインの美学・芸術的検討」の話につながるのではないかと筆者は密かに思っております。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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