Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol250:著者が語るセミナーシリーズ1「京都花街から学ぶ人材育成」

2007年11月15日 | セミナー学会研究会見聞録
京都花街の経営学
西尾 久美子
東洋経済新報社

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11月9日金曜日の夜と10日土曜日の午後、二日連続で「著者が語るセミナー」に参加しました。金曜日はLearning bar@Todaiで西尾久美子先生の「京都花街から学ぶ人材育成」、土曜日はIDE大学協会・桜美林大学共催の第1回IDE誌特集を深める会「大学ランキングの読み方」です。どちらも想像をはるかに超えた面白さで、活字+セミナーの絶妙のブレンディングの力に圧倒されました。しかも支払った参加費は2日間合計でたったの2000円!

ということで、今回と次回の2回にわたり、これらのセミナーについてお伝えいたします。今週はLearning bar@Todaiの西尾久美子先生「京都花街から学ぶ人材育成」からです。

ここだけの話
「花街」と「大学ランキング」全く異なる話題なのですが、共通点が一つありました。それは両セミナーとも活字には書ききれなかった(書けない)「ここだけの話」がかなり盛り込まれていた点です。言うまでもなく「ここだけの話」の部分が一番エキサイティングな内容でした。しかし、講演者は我々聴衆を信じて「ここだけの話」をしてくれています。ということで本ブログでは最もエキサイティングで面白かった「ここだけの話」を書く訳には参りませんので、その点ご容赦願います。

この「ここだけの話」というのはeラーニングでは絶対に真似のできない点の一つですね。「ここだけ度」がライブのセミナーの命ということを今回痛感しました。

読んでから聞くか、聞いてから読むか?
両方のセミナーとも筆者は本を読んでからセミナーに参加しました。今回お話する西尾先生のセミナーは、まだ本を読んでいない方も前提とした内容、逆に大学ランキングのセミナーは、読んでいることを前提としたセミナーとなっていました。

個人的な感想としては、大学ランキングセミナーはもちろんのこと、西尾先生のセミナーも「読んでから参加して良かった」と感じました。たとえ本を読んで知っている内容であっても、それが筆者の肉声を通すことにより、本の中で「言いたかった事」がよりリアルに把握できるようになるからです。西尾先生の執筆された『京都花街の経営学』は大変読みやすい本でしたが、それでも講演を聞くと新たな発見があり、「噛めば噛むほど味がでるスルメのような』感覚をおぼえました。
『京都花街の経営学』西尾 久美子 価格:¥ 1,680(定価:¥ 1,680)
http://www.amazon.co.jp/dp/4492501762/ref=nosim/?tag=sannoelearnma-22

会場の雰囲気
今回の聴衆は今までのLearning bar@Todaiとは明らかに属性が異なっていました。今までは大学の研究者の方や学生とビジネスパーソンが半々ぐらいの会合でしたが、今回はネクタイを締めた企業の方(おそらく教育担当者)が圧倒的多数を占めていたのです。

おそらく今回のテーマが新入社員の育成やリテンションに悩む人事教育系の方にヒットしたせいもあると思うのですが、筆者は9月に開催された「ワークプレイスラーニング2007シンポジウム」の影響が大きかったのではないかと推察しています。(シンポジウムの詳細は下記Blogバックナンバーを参照願います)
http://blog.goo.ne.jp/sanno_el/e/621e4ce1e471b14d41e5795927ac6fe7

上記セミナーの際に、JMAMさん、リクルートさん、ダイヤモンドさん、そして本学が、自社のメルマガ等を通じて広報しました。その案内をきっかけにワークプレイスラーニング2007シンポジウムに参加した人達が引き続き今回のLearning bar@Todaiにも来てくれたためと思われます。

実は同じ週の月曜日に、来年のワークプレイスラーニング2008に向けての打ち合わせを実施したのですが、その時「前回のお客さんの反応はどうだったのかなあ」とか「そもそもこのイベントの目的って」といった議論がありました。しかし今回のLearning bar@Todaiを見て、ワークプレイスラーニング2007シンポジウムの目的は、産と学の垣根を低くすることであり、今回の客層の変化はそれに成功したことを裏付けていたのではないかと思った次第です。


全く本題に入れなくてすみませんm(__)m。そろそろ入ります。

セミナーあらまし
発表の概略については、中原先生のBlogから西尾先生が当日使ったスライドがダウンロードできますので、それを参考にしていただくのがよろしいかと思います。
http://www.nakahara-lab.net/blog/2007/11/learning_bar_6.html
私のブログでは当日の発表のキーワードと、そこから筆者自身が考えたことを伝えたいと思います。
ちなみに上記のBlogで着物姿でご講演されているのが西尾先生です。着物での講演ってとても大変だと思うのですが、とっても上品に着物を着こなしていらっしゃってました。着物の似合う女性は素敵ですね。

置屋とお茶屋
今回セミナーを受講し面白いと思ったキーワードが三つあります。第一が「置屋とお茶屋」という花街の組織構造です。
花街には、舞妓さんが所属する「置屋」とお座敷をプロデュースする「お茶屋」という2つの組織があります。置屋は舞妓さんの育成と管理の役割を担います。舞妓さんは中卒後置屋に入門し、20歳前後まで置屋に住み込み、その間置屋のお母さんが舞妓さんのお稽古費用、衣装代、生活費等のすべてを面倒みます。一方お茶屋は、お座敷をプロデュースするのが役割です。顧客のニーズに合わせてお料理や、どの芸舞妓を呼ぶか等を決めます。

この構造、何かに似ているなあ?と思っていたら、本学の講師派遣事業の組織構造に似ていました。本学では研修やコンサルティングを担当する研究員が所属する「経営管理研究所」と、企業の教育担当部門窓口から教育ニーズをうかがって研修を企画し、それに最適な研究員をチョイスする「普及事業本部」から構成されています。「経営管理研究所」が置屋で「普及事業本部」がお茶屋と捉えることができそうです。また、考えてみるとLearning bar@Todaiを共催している東京大学大学院 情報学環と情報学府の関係も「置屋とお茶屋」関係に似ている気もします。
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/gnrl_info/constitution.html

こんなことを書いていると、教員の方から「俺たちは芸舞妓か!」と叱られてしまいそうなのでこのぐらいにしておきますが、人的なサービスを提供する組織が、顧客のニーズに合わせてフレキシブルに対応する上で「置屋とお茶屋」構造が普遍的なのではと思った次第です。

余談となりますが、11日に文部科学省が「複数の大学が共同で学部や大学院の研究科を設置することを可能にするため、来年の通常国会に学校教育法改正案を提出する方針を固めた」というニュースが報道されました。もしこれが実現していくと、個々の大学が「置屋」になって、連合した大学や大学院が「お茶屋」という新しい大学共同体のあり方が出現してくるかもしれません。

既にアメリカではウェスタン・ガバナーズ・ユニバーシティー
http://www.wgu.edu/wgu/)、やカリフォルニア・バーチャル・キャンパス
http://www.cvc.edu/)等が、eラーニングを活用することで、「置屋とお茶屋」モデルの大学を運用しています。教育界の「置屋-お茶屋」モデルは、単一の組織を超えて広がる可能性を持っているといえそうです。

フィードバックを引き出す力
2つ目のキーワードは「フィードバックを引き出す力」です。は舞妓さんのキャリアパスの中で驚かされるのは、一人前になるまでの時間の短さです。舞妓さんはだいたい中学卒業で置屋に入り、1年間の育成期間で「もてなし」のプロフェッショナルとして舞妓デビューをします。二十歳を過ぎた頃には、「衿替え」をして芸妓になってしまうため、育成期間中の手間とコストを引き受ける置屋にとって、短期間で育成して即戦力となってくれることが経営上必須の課題だからです。

しかし、なぜそんなに早く育成できるのでしょう?しかも大卒でも3年以内に3割が会社を辞めてしまうという最近の若い世代を相手にです。さらに最近の舞妓さんは、9割が京都以外の出身者で、日本舞踊はおろか京言葉すら話せない状況から育成をスタートしなければならないというのです。

その背景には、個人のモチベーション維持を支える花街の組織構造やキャリアステップ、そして育成サイクルの動力源となっている様々なステークホルダーから新人舞妓へのフィードバックがあります。詳細はぜひ本を読んでください。

そして、できる芸妓になるための最大の鍵は、「フィードバックを引き出す力」がつくかによると言います。最初は聞くばかりですが、それだけでは育ちません。「舞妓が自らの技能を向上させるためにフィードバックをもらえそうな人に相談するようになる」ことが重要だと西尾先生はおっしゃっていました。

実は本学でもメンターだけでなくメンティーの教育の必要性や、人事考課者だけでなく、被考課者の能力開発がよく話題に上ります。自分を理解し、足りないところをどう聞くか、だれに聞くか?花街ではそういう事を昔からやっていたのだなあと感じた次第です。

顧客に育ててもらうしくみづくり
3つ目のキーワードは「顧客に育ててもらうしくみづくり」です。セミナーの最後に、会場から「花街の人材育成の仕組みの中で、これだけは企業の教育に活かして欲しいポイントは」という絶妙な質問がありました。西尾先生から「待ってました」と言わんがばかりに3つのポイントをお答えいただきました。

第一は育成者つまりメンターの評価についてです。手当て等の金銭面でなく、メンターのキャリアステップの中で後輩を育てることのメリットがでるように組織が評価しなくてはいけないということです。

第二は、お茶屋のお母さんの役割です。お茶屋のお母さんは置屋の単位を越えて舞妓さんたちを指導します。こうした部門を越えた指導のできる体制を作ることの重要性を組織の中でどう作るかが鍵ということです。

そして第三がキーワードの「顧客に育ててもらうしくみづくり」です。実は筆者が産業能率大学に入職する前は、某メーカーのセールスを担当していました。そして新人の頃、担当している問屋の社長さんや仕入れ担当部長から商売のイロハを徹底的に叩き込まれたことを今でもよく覚えています。

売る側、買う側が相互に育てあう業界は栄えると言われています。企業内教育の業界も、売る側、買う側だけでなく、時には売る側同士や、買う側同士が相互研鑽し合うことが必要だと常々感じています。今回のLearning bar@Todaiでも途中、企業の教育担当の方と大変有益なディスカッションをする時間がありました。花街のような運命共同体とはまた違う形での、ゆるやかな学びの共同体として、このLearning bar@Todaiが継続していってくれればと思った次第です。

もちろん本メルマガやBlogもそういった「学習する共同体」のお役に立てればという思いで続けています。

今回講演していただいた西尾先生、そして素晴らしい会を企画していただいた中原先生にこの場を借りて御礼申し上げます。

それと、西尾先生の『京都花街の経営学』はとても面白い本なので、ぜひ皆さん購入してくださいね。

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1 コメント

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西尾先生の学会発表 (こが@さんのう)
2007-11-16 17:48:12
たまたま発見しました
人材育成学会 第5回年次大会(12月2日at首都大学東京)で西尾先生が『産業共同体における人材育成-技能を教えるという役割をめぐって- 』というテーマで発表されます。
http://www.jahrd.jp/activity/annualmeeting05.html
本ブログを読んでご関心をお持ちになった方はぜひご参加ください。
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