小説 「真田幸村伝説殺人事件」

真田幸村伝説にまつわるミステリー小説。

第1章 プロローグ

2014-05-16 00:45:17 | 小説

第1章 プロローグ

 神社の拝殿の中で、丸太の薪が赤々と燃え、黒鉄の大釜に入った湯を煮えたぎらせている。溢れんばかりの釜湯からは白い湯気が濛々と立ち上がっていた。
 その釜湯の回りで、白い衣装と黒い烏帽子をかぶった4人の神官が、チャリン、チャリンと鈴を鳴らしながら、デンドドン、デンドドンという太鼓に合わせて、摩訶不思議な舞をしていた。

 目を閉じると、サンタクロースがトナカイの橇(そり)に乗って、鈴の音を響かせているような気がした。
 ゆっくりとしたリズムが、にわかに早くなった。神官は、扇をぱっと開いて、鈴音も高らかに軽快なステップで踊った。それはまるで、大きな釜の湯の中から神か悪魔か、何か得体の知れないものを呼び出そうとしているかのようだった。

 しばらくして、扇から剣に持ち替えると、物の怪を追い払うかのうような鬼気迫る表情で、剣の舞をした。
 
 踊りが終わり舞手が去ると、白髪の長老と思しき神官が湯釜の前に立ち、両手で印を結び、「臨、兵、闘、者、皆、陳、烈、在、前」と九字の呪文を唱えながら、湯釜の周りをグルグルと回った。それから、おもむろに、湯釜の上に掛けらていた御幣を抜き取り、釜に向ってお祓いをしてから、スパッと素手で湯を払った。


 それから間もなく、ドンドンドーン、カッタカッタタといいう太鼓のリズムに合わせて、鼻の長い天狗の面をつけた神官が現れた。水の王の登場だ。

 両手を腰に当てて、肩を怒らせながら、大股で二歩進んでは一歩戻るような歩き方で、湯釜の周りをジグザグに回った。これは、六法(ろっぽう)と呼ばれる、霜月祭に伝わる独特な歩き方だ。
 湯釜の周りを一周してから、煮えたぎる湯釜と対峙し、両手で印を結び、呪文を唱えかたかと思うと、ぶわーっと両手を水平に広げて、周囲を威嚇した。それから、また、独特のリズムで湯釜の回りを歩いてから、湯釜を睨みつけて手を大きく振り上げた。
 やばい、払われた湯が、こっちに飛んでくると思った刹那、水の王の手は湯の上を素通りした。思わせぶりな空振りだった。その後も、素振りを何度かやってから、太鼓の音に合わせて、また湯釜の回りを歩いた。

 一周して立ち止まると、再び、湯釜に向って手を大きく振り上げた。

 今度こそは、湯が飛んでくると思ったが、またもや素振りだった。「何だよ、またかよ。期待はずれだな」と心の中で愚痴を零した。水の王は、湯釜に向って大きく手を振り上げた。どうせまた素振りだろうと思っていると、バシャーと豪快に払われた飛沫が飛んできて、顔に掛かった。
 無意識に「熱っ」と叫んだが、思ったよりも熱くなかった。

 薪を焚いているとは言え、神社の中は、南信州の12月の夜気で冷えきっていたので、飛沫の熱さも期待はずれだった。
 水の王は、水を得た魚と言うよりは、勢い付いた悪戯っ子のように、ここぞとばかりに、湯を手で払い、周囲の見物客に浴びせまくった。何でも、このしぶきを浴びると、一年が無病息災で過ごせるらしい。

 水の王が去った後、神官が数本の薪をくべると火力が強くなり、湯釜を包み込むほど炎が高くなった。神社の中は、濛々と上がった白い煙に包まれた。煙が目に沁みて涙が出てきた上に、むせて苦しかった。

 しばらくして、次は、赤い天狗の面を付けた火の王が登場した。

 火の王は、湯切りはしないで、湯釜の周りを回っただけで去って行った。この後は、八百万の神々や、かつてこの地で農民一揆で殺された遠山一族の面を付けた人達が、ぞろぞろと出てきて、湯釜の周りを回って、去って行った。

 その後に、ピンク色の着物で女装した「しょうべん婆」が登場した。婆さまは、釜湯に笹束を浸して、周りの観客に向けて、湯しぶきを飛ばしまくった。その後、烏帽子かぶって刀を差した「鼻そげ爺」と、関所の役人が登場し、寸劇が始まった。
 爺さまは、関所役人にいちゃもんを付けられて、刀、烏帽子、上着と順番に身包みを剥がされてしまった。

 その後、「婆さまと仲良くお祭をすれば、子供もできるだろう」と、婆さまとくっ付けられて、周囲から伊勢音頭と手拍子ではやし立てらながら、2人は抱き合いながら去って行った。
 子孫繁栄を願っての劇なのだろうが、どうして、若い夫婦ではなく、爺さまと婆さまなんだろう?と疑問に思った。

 また、ここは南信州の遠山郷なのに、どうして伊勢音頭なのだろう?と不思議に思った。
 そんな事を、眠気でボーっとしてきた頭で考えていると、全身真紅の衣装をまとったサル面が出てきた。

 猿は、「ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ」という囃子に合わせて、両手に持った扇とボンボリを左右に大きく振り上げる踊りを、湯釜の周りで、何度か繰り返した。

 何度か同じような舞をやってから、周囲の拍手に送られて去って行った。

 猿の踊りの熱気が冷めた後、怪しげな漢字が書かれた衣装をまとった神官たちが笹束を手に湯釜の周りに集まり、厳かな雰囲気で終わりの儀式を始めた。

 霜月祭も、いよいよクライマックスに近付いた。
 湯釜に向って呪文のような言葉を唱えてから、「だいこうじんなー、しょうこうじんなー」と刻んだ大根を、そこかしこに撒き散らした。角張った雹のような大根が、釜湯の湯気を通り過ぎ、頭や肩にコツンと当たった。
 神官たちは、片手に笹束、片手に鈴を持ち、チャリン、チャリンと鈴の音を響かせる舞を行ったあと、白紙を千切って、呪文を唱えながら、湯釜の周りに捨てた。その後、周囲の観客と掛け合いながら、一度捨てた紙切れを拾って、湯釜の周りに挿してあった御幣と共に、釜の火にくべた。

 その後、鬼気迫る表情に変わり、低い声で「けんめんせー、けんめんせー」と唱えながら、太刀を持って腰を屈めながら、湯釜の周りを歩いた。
 やにわに、剣を振り上げて「ホンヤラ」と連呼しながら、湯釜の上に吊り下げていた御幣の飾りを切りつけた。そして、「臨、兵、闘、者、皆、陳、烈、在、前」と九字の呪詛を口ずさみながら、空中を剣で突き刺した。

 鋭い剣先がこちらに向けられ、鬼面の如きギロリとした目の神官と視線が合った。

 その気迫を正面から受けて、思わず、ごくりと生唾を飲み込んだ。神官は、不敵な微笑を口元に浮かべて、おもむろに、剣を鞘に納めた。
 霜月祭の伝説では、この金剣の舞において、剣の刺す方向に立っていた人間は、近いうちに命を落とすという言われている。縁起でもないと思いつつ、頭のてっぺんから腹の底に、氷のように冷たい糸が通されたような感覚に襲われた。
 
第1章 終了

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目次(試し読み) : 第1章~第20章

第1章 プロローグ : 第2章 天狗の国 : 第3章 初恋の人 : 第4章 真田昌幸の策略 : 第5章 真田一族と天狗 : 第6章 白山様とヤマトタケル : 第7章 ヤマトタケルと一族 : 第8章 幸隆の知略 VS 義清の武勇 : 第9章 真田幸村の不死伝説 : 第10章 幸村の脇差し : 第11章 モーニングコール : 第12章 いつ、喧嘩をするの? : 第13章 幻想 : 第14章 真田のレガリア : 第15章 人間はパンのみで生きるにあらず : 第16章 生きるよすが : 第17章 行くも地獄、行かぬも地獄 : 第18章 幸村の首 : 第19章 嫉妬の鍵 : 第20章 パンドラの箱 : ※)この作品はフィクションです。実在の団体、企業、人物、及び実際の事件とは一切関係ありません。

目次2 : 第21章~

目次2: 第21章 手紙 / 第22章 謎は解けて、謎は生まれる/ 第23章 ハグマ100万人 / 第24章 おしんこの謎 / 第26章 母は強し / 第27章 殺人の電話 / 第28章 がさ入れ / 第29章 決意/ 第30章 生首 / 第31章 白壁の病院 / 第32章 祈り / 第33章 ノアの箱舟 / 第34章 涙 / 第35章 天空の世界 / 第36章 桜島 / 第37章 かからんだんご / 第38章 伝説の女帝 / 第39章 ミステリアス・ツーメン ※)この作品はフィクションです。実在の団体、企業、人物、及び実際の事件とは一切関係ありません。