心の栄養

とりあえず小説を...

タマとてっちゃん 来訪者15

2011-11-24 08:38:35 | 日記
「テツオさんねぇ。もしあなたさえ良かったら、家に泊まっていってもいいわよ。この家の脇に物置があったでしょう」
「ああ。右側の二階建ての・・・」
「そう。今は使っていないけど、私と夫がここに引っ越してきたばかりの時に住んでいた家なのよ。そこなら、あなたひとりくらいいつまで使っていても大丈夫だから・・・・」
「・・・・・」
「そうしない?」
 テツオさんは、下を向いたまましばらく何かを考えていた。
「僕みたいに、突然来た人をいつも泊めるんですか?」
「とーんでもない。あなたはとってもいい人みたいだし・・・。それに・・・・。あなたはひょっとして家出してきたんじゃなぁい?」
「・・・・・」
「お金もなくなっちゃったんでしょう?あなたにお金をあげることは出来ないけど、食べ物は畑で作ってるし、寝泊まりする家もあるから、しばらく泊まってもいいかなぁって思ったのよ」
「本当にいいんですか」
「嘘をいっても仕方ないでしょう。ただし、私のお手伝いをすること。というのが条件になるけど・・・・」
「そう言ってもらえるだけで、夢のようです」
「それじゃあいいわね!」
「はい。よろしくお願いします」
 とっても嬉しそうな笑顔でヨネさんに頭を下げたテツオさんは、味噌まみれになった右手をどうしようもなく遊ばせていた。
「テツオさんねぇ。手についた味噌はなめるのよ。少しのものでももったいないんだからネッ」
「はいッ」
テツオさんは、私がいつも身繕いするときに、舌で体中をなめるのと同じように、手のひらをなめた。テツオさんは、私の仲間になった。
「それじゃあさっそく泊まる所へ行きましょう」
「はい」
 ヨネさんと、テツオさんと私は、ヨネさんとせいきちさんが昔使っていた家へ行った。
物置の二階になっているヨネさんたちが使っていた家は、モダンなソファーや家具が置かれていた。
「この家具は、私の夫が好きで集めた物なの。マンションから引っ越して来る時に、持ってきたの。テツオさん。自由に使ってかまわないから遠慮しないでネッ」
「はいッ」
 ヨネさんは、ソファーが置いてあるリビング奥のドアを開けると寝室になっていた。寝室には、ベッドが二つ置いてある。
「布団は干さないといけないかもしれないわね」
ヨネさんは、クローゼットから敷布と枕、掛け布団を出して、リビングの吐き出し窓を開け、ベランダの柵に掛け布団を干した。この家は、外から入ってリビングがあり、リビング奥の右側がドアがついた寝室、リビング奥左側がキッチン、キッチンの奥に洗面所・洗濯スペース・バス・トイレになっている。バスとトイレには、寝室から直接入れるドアがついていた。
「テツオさんがその気になってくれたのなら、あなたの家に連絡しておいたほうがいいわね。連絡しておくから電話番号教えてちょうだい」
 テツオさんは、少し迷っているようだったけど、ヨネさんに自宅の電話番号を教えた。
「ここには、食べ物以外はそろっているから、お腹がすいたら声をかけてちょうだい。庭や畑で育っている野菜は自由に採って食べてもいいからネッ。野菜は減農薬でつくっているから、そのまま食べても大丈夫だから・・・・」
「そうなんですか?」
「そうよ。野菜を作っている農家は、出荷用に虫に食べられないようにたくさん農薬を使って育てるのと、自分たちが食べるぶんに、あまり農薬を使わない野菜を作り分けているのよ」
「へー。知らなかった」
「じゃあ。連絡しておくから自由にしていてね。陽がかげる前に布団を取り込んで寝られる用にベッドメイクしてネッ」
「はい」
 テツオさんは、とっても素直だった。
 母屋にもどったヨネさんが、テツオさんの自宅へ電話した。
「村内様のおたくでございましょうか?」
「ハイ」
「わたくし、佐伯と申します。突然のお電話で恐縮でございますが・・・」
 ヨネさんは、何か言葉を選ぼうとしていた。
「何の御用でしょうか?」
「はい。お宅のご子息様がわたくし宅へいらっしゃって・・・」
「んーーーーもう。テツオったらァ」
 電話に出たのはテツオさんのお母さんのようだったが、ヨネさんが話を続けようとする前にガチャンと切られてしまったのだった。

タマとてっちゃん 来訪者14

2011-11-23 16:45:55 | 日記
「僕は鍵っ子だったから、いつも独りでご飯を食べていました。見つめられて食べたことなんかなかったんです・・・・・・」
 テツオさんは、涙をふくこともなくヨネさんに話した。
「あのねテツオさん。そのおにぎりは冷たくなっても美味しいのよ。だけどネッ。それくらいの温かさがとっても美味しいの。だから、お話しは後にしておあがんなさい」
 テツオさんは、まだ何か話したかったらしかった。それでも、ヨネさんの言葉に素直にしたがっておにぎりを美味しそうに食べたのだった。
「テツオさん食べているままで聞いてちょうだい」
「はい・・・・・」
「そうやって美味しそうに食べているところを見ていると、美味しいものを作ってたべてもらうことが、私の幸せの一つだったように思うのよ。私は夫を亡くしてから・・・・、この猫タマっていう名前なの。それから庭にいるヤギはおカルさんで名前なんだけど、おカルさんは生えている草を食べているから、草が生えているところに連れて行ってあげればいい子にしているし、タマちゃんはキャットフードだから、袋から餌の皿に移すだけでいいでしょう・・。私独りだと、あるもので済ませちゃおうかなと思うから、料理に気持ちが入らないのよねー」
「・・・・・」
「おにぎりは、ただご飯を握るだけだけど、テツオさんが来てくれたから、塩加減や握り加減に気をつけて握ったのよぉ」
「はい・・・・」
「久しぶりに気合いがはいったから、私とっても嬉しいわ」
 テツオさんは、手をみそだらけにしておにぎりのご飯をほおばっていた。
「おにぎりを・・・・手づかみで・・・・食べるなんて初めて・・・・グフッ!グフッ!」
「ほら、食べながら話すからご飯がのどにつっかかっちゃうでしょう。そういう時はお湯で飲みこんじゃうのよ」
 テツオさんは、ゴホゴホいいながらお湯を飲んで、胸をげんこつで何度も叩いた。
「すみません」
 テツオさんは、ご飯が胸につっかえて苦しくなったせいか、目が真っ赤になっていた。
「私が話かけたからごめんなさいネ」
「いいえ・・・・・。そんな・・・・・」
「その様子じゃ、これから行く当てもないんじゃないの?」
 ヨネさんがテツオさんをのぞき込むように言うと、テツオさんは悲しそうにうつむいたのだった。

タマとてっちゃん 来訪者13

2011-11-12 10:01:51 | 日記
 ヨネさんはキッチンへ向かった。キッチンには、今朝焚いたばかりのご飯がお櫃に入っている。
ヨネさんは、炊きたてご飯をお櫃に入れるようにしていた。ご飯を、熱いままタッパーに入れて
冷蔵庫で冷やすと、何となく味が変わってしまうように思ったからだった。
 ヨネさんがお櫃の蓋を取ると、ほんのりと湯気が立ち上り、湯気は風にのって玄関の方に流れ
ていった。それと同時に、ご飯の美味しいニオイが玄関を満たした。

 天気の良い時には、庭が暖まって上昇気流を起こすせいで、キッチンの方から土間の方へ空気が
流れてゆく。ある時間になると、その流れはピタッと止まって無風状態になる。無風状態の時間が
過ぎると、こんどは土間側からキッチンの方へ空気が入りこんでゆく。
 縁側でお布団を干す時は、無風状態が終わって空気の流れが逆になった時に取り込む。そうしな
いと、せっかく干したお布団が湿気てしまうのだ。
 タマは、そんな空気の流れの変化を身体全体で感じ取っていた。
「お布団を入れる時間だニャー」
 タマは、座椅子にもたれ掛かったまま、グッスリお昼寝しているヨネさんに知らせることがある。
するとヨネさんは、パッと首を立てて、寝ぼけ眼をこすりながら
「あーら。こんな時間まで寝ちゃったわ。タマちゃんありがとうねっ」
と言って、お布団を取り込むのだった。

 今の時間は、ヨネさんの気持ちがしっかりしている。
 ヨネさんは、少し冷めたご飯で、おにぎりを二つ作った。おにぎりの一つは、塩で握った。
もう一つは塩を入れず、握った後に味噌を塗った。その二つのおにぎりを皿に乗せた。
それから、冷ました白湯を大きめの湯飲みに入れてから、おにぎりと白湯の乗ったお盆を持っ
て来て、土間の上がり口に腰掛けているテツオさんの前に置いた。
「ゆっくり召し上がんなさい」
 ヨネさんが優しい声でテツオさんにおにぎりをすすめた。
「ありがとうございます」
 テツオさんは、白湯をすすってからおにぎりに手を出した。
 テツオさんが最初に取ったのは、塩を入れて握ったおにぎりだった。テツオさんは、持った
おにぎりを鼻へ近づけてニオイを嗅いだ。そして、大きく深呼吸をしておにぎりを一口ほおばった。
ヨネさんが「ゆっくり」と言ったせいか、テツオさんは、ゆっくり何度も噛んでご飯を味わっている
ようだった。
 テツオさんは、最初の一口を飲み込んだ後、白湯を飲んでおにぎりをジーっとみていた。
「どうしたの?」
 テツオさんが、ずいぶん長い時間おにぎりを見続けていたのを気にして、ヨネさんが声をかけた。
「旨いです・・・・」
 そう言って、ヨネさんの方に顔を向けたテツオさんの眼から、キラキラと光る涙が溢れだして
いた。
「そう。よかったわねぇ・・・・」
 頭を少し傾けて、テツオさんを見ていたヨネさんが、笑顔になった。


タマとてっちゃん 来訪者12

2011-11-03 19:47:58 | 日記
 タマが幸せのまっただ中にいる時、聞き慣れない足音が近づいてきた。
 その足取りは、たよりなさそうでもあり、浮ついているようでもあり、
道の駅の実さんのように、しっかりとした意志を感じられるようなものではなかった。
まるで、幽霊のような、そんな足音に、タマの体毛が総毛立った。
 タマが驚いて、ヨネさんの傍に駆け寄った。
「あら!どうしたのタマちゃん?」
 タマは、尻尾をピーンと立てて、四本の足を伸ばせるだけ伸ばし、
背中が天につくばかりに丸めて、精一杯自分自身を大きく見せるような格好をして、
土間に向かって

クーーーーーー

と唸ったのだった。
 タマにしてみれば、産まれて初めての行動で、威嚇の姿勢をとったのだった。
「ごめんください」
 幽霊のような足音をたててヨネさんの家に訪ねた人物が、泣くように声をかけた。
 ヨネさんは立ち上がって、土間の方に歩いて行った。
「どちら様でしょうか?」
 ヨネさんが、土間の方を向いて声をかけた。
 家の中から土間に来た人を見ると、逆光になるせいで顔がはっきり見えない。
痩せすぎている感じの身体の線がシルエットになって見えるだけだった。
「突然お邪魔して申し訳御座いません。ムラウチ・テツオと申します」
 テツオと名乗る人物は、土間に入らずに、外で名乗った。
「しばらく何も食べていないものですから、おにぎりでも頂戴出来れば
ありがたいのですが、何か恵んでいただけないでしょうか」
 か細い声で、ヨネさんに食べ物をねだっている人物の声は、悪い響きを持っていなかった。
「まあ、外にいないで中へおはいんなさい」
 ヨネさんが、何の警戒もしないで、その人物を家の中に誘った。
 テツオと名乗るその人物は、小綺麗な格好をしていて、他人から食べ物を請い歩く
時を長く過ごしているように、人生全体が埃まみれになっているようではなかった。
「お腹がすいているの?けさ焚いたご飯があるから、それでおにぎりを作ってあげるから
少しの間待っててちょうだい」
 ヨネさんは、優しい声でテツオと名乗る人物に上がり段に腰掛けて待つように手で合図を
したのだった。
「はい。有り難う御座います」
 テツオと名乗る人物は、勧められるままに土間の上がり段の所に腰をかけた。
 タマは、その人物の声に安心したのか、威嚇の姿勢を解いて囲炉裏の横にゴロンと
寝ころんだ。
 タマの耳だけが、その人物の声を聞き逃さないように、顔とは逆の方向を向いて
いたのだった。