日本の右傾化・ファシズム化に危惧するブログ

近隣諸国との摩擦が表面化し、過去の侵略歴史の認識や反省が国民にないまま、国家存続の岐路に立たされています。

安倍晋三という岸信介という極悪人の遺伝子を受け継いだ黒い血が流れる生物

2013-05-01 00:13:46 | 過去の日本の戦争犯罪、戦争責任

 センセーショナルなタイトルをつけてみました。旅行へ行くのですが、安倍晋三という今首相をしている物体というか、黒い血が流れる人外の醜い生物(?)の祖父、岸信介に焦点を絞って思うところを書いてみたいと思います。
 安倍晋三の祖父、岸信介はA級戦犯として逮捕された極悪人でした。昭和の妖怪と呼ばれていました。岸信介はスガモプリズンに収監され、裁かれるはずでしたが、冷戦のため、不起訴になり釈放されます。公職追放となりましたが、サンフランシスコ平和条約が発効した1952年4月28日に公職追放が解かれました。その後自由党に入党して衆議院に当選し、政界に復帰しました。大日本帝国の戦中、戦前の悪しき勢力が形だけは民主国家となった戦後の日本にどんどんと復帰し、蔓延り、戦後の日本の社会や政治を穢した元凶となったこととを象徴するかのようです。
 岸信介の最初の実績の満州国で実業部総務司長に就任して訪満し、満州国の事実上の責任者として5ヵ年計画の中心者でした。国家全体主義に燃え、あらゆる悪事を振舞うことになります。岸信介は大日本帝国の侵略に果たした役割においては非常に優秀だったといえるかもしれません。
満州国においては関東軍は資金を補うという名目で、アヘンの栽培、流通に手を染め、満州や中国本土で密売ルートを築き、軍資金を稼ぐことを画策しました。それに協力したのが岸信介であり、官僚という立場でありながら、中国人の生き血を啜り、私服を肥やしてきました。麻薬で中国人を毒化し、そうした薬物中毒者を出したことにより住民の生活や社会に深刻な影響がでるもお構いなしでした。満州より離れ、日本本土に戻った後、その膨大な麻薬密売資金で東條英樹に取り入り、商工大臣の地位を得ました。
 岸信介の満州国の悪しき実績として忘れてはならないのは、日本から貧窮農民を募り、開拓団として満州の土地に送り込んだことでしょう。開拓団が送り込まれた満州の土地の多くには数千年前から耕してきた先住の中国人の住民がいました。北海道(蝦夷地)で屯田兵がアイヌ(先住民族)の狩りや漁の場であった土地を武力で取り上げたように、朝鮮半島で土地調査事業のような手口で朝鮮の農民から土地を取り上げたように、満州拓殖公社が現地の農民から土地や家屋をただ同然で開拓用に強制買収しました。開拓や農業でも労働力が必要で、開拓団として送り込まれた日本人だけでは足りませんでした。そこで土地を取り上げられて、農業の手段を失った中国人の農民を「苦力」として扱い、搾取奴隷化しました。そして、敗戦直後、ソ連軍の満州侵攻にいたるのだが、そうした先軍思想で送り込んだ開拓団の人々をも棄民し、死屍累々たる地獄へ落とし込みました。そうしたことをもっても、良心の呵責に恥じることが全くないのが、岸信介などの大日本帝国の体制における官僚や軍人の"優秀"さの必須条件となるのでしょう。
 岸信介は満州国の現地の中国人らの生き血やアヘンで稼いだ資金をバックに、東條内閣の商工大臣として戦時統制経済を推進していきました。岸信介は、東條内閣でも中国に深く関わっていくことにあります。戦時中の労働力不足として、中国人の労働力をも使おうとします。そのために出されたのが、1942年11月27日、東條内閣による「華人労務者内地移入に関する件」の閣議決定でした。このときの商工大臣は岸信介であり、「華人労務者」強制連行・強制労働政策遂行の最高責任者でした。戦犯を逃れて、戦後首相に上り詰めた岸信介はそのことを追及されたのだが、責任者であったにも関わらず、白を切り続けました。従軍慰安婦を娼婦呼ばわりし、今回の閣僚・議員の靖国挑発を画策し、アメリカ様よりお叱りを受けて、侵略は国によって異なるとか、靖国や歴史認識、慰安婦の政治問題化は望んでいないなどの噴飯の見苦しい詭弁や言い訳を吐き続ける安倍晋三。親子揃ってそっくりではないですか?親子揃ってその黒く染まったど汚い遺伝子・血は抗えないと思いませんか?そんな悪しき安倍晋三と背後の醜悪な政治家や官僚の魑魅魍魎のドス黒い血脈を絶ち、過去の歴史を清算し、国民の下に主権を取り戻し、誇りある日本を取り戻しましょう。


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