![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/82/66f63ce37cc90f2578eea4cf6aab05c1.jpg)
先日11月26日、以前も番組や当ブログでご紹介し、大きな反響を呼んだドキュメンタリー映画『台湾人生-かつて日本人だった人たちを訪ねて-』が、初めて台北で上映されました。
この映画は、日本統治時代の台湾に生まれ、日本人として日本の教育を受け、そして、1945年の戦争終結により、敗戦国・日本の国民から、戦勝国・中華民国の国民となった、いわゆる台湾の「日本語世代」と呼ばれる人たち5人にスポットを当て、彼・彼女らの昔と今を静かに追っています。
台湾と日本の狭間で、時代に翻弄され、様々なものを背負いながらそれぞれの人生を駆け抜けてきた、「かつて日本人だった」台湾の人たち。
陽気な笑顔と、その合間にふと見せる心の底からの叫びからは、一人一人の歴史、人生の重みが伝わってきます。
元々は、日本の大多数の人々からは忘れ去られた「かつて日本人だった人たち」の存在を伝えようと作られた映画ですが、完成後、台湾の関係者から「彼らの声を知らないのは台湾の若い世代も同じ、ぜひ台湾でも上映を」との強い希望が寄せられました。
10月に高雄映画祭で台湾初上映を果たし、そして11月26日には、台北での上映会となりました。
同上映会では、高雄では行われなかった初の試みとして、同作品の監督・酒井充子(あつこ)さん(上の写真)と、台湾の学者との対談が企画されました。
台湾側コメンテーターとして壇上に上がったのは、国立政治大学メディア学部の郭力・准教授(下の写真右)。
要約してお伝えしますと、郭・准教授の評論は、以下のようなものでした。
日本語世代と呼ばれる人々の声を、映像という形で記録に残した事は、歴史的資料という観点から見て非常に価値がある。
しかし、このドキュメンタリーに登場した5人はみな、基本的に日本統治時代を肯定的に回想している。
確かに、戦後の国民党による専制統治は彼らを苦しめ、また、植民地とは言え、日本が台湾の基本インフラを整備し人々の生活を改善したというのも事実だ。
そのため、この5人のように考える人々が少なくない事は否定しない。但し、そうした側面だけを切り出して「歴史」と呼ぶ事に私は抵抗を覚える。
中国大陸で蛮行を行った日本に植民統治された事を肯定する台湾人の声を、日本人が記録する。その目的は何なのか。
台湾にいる全ての人が、この5人と同じように考えている訳ではない。
歴史にはもちろん様々な側面があり、一つのメディア作品からそれを全て伝える事はできません。
それゆえに、作る側も見る側も、それが全てではなく、ある物事の一側面であるという前提を忘れてはならないでしょう。
郭・准教授の指摘に対し、酒井監督は、
政治的な意図や、歴史の肯定・否定という観点ではなく、ただ純粋に「私たち日本人の知らないところから、今でも日本を見つめ続ける眼がある」という事実を伝えたかった
と静かに答えました。
フロアの観客からは、
「中国大陸であった事を基準に台湾と日本の関係を見ようとするのは不適切」
「一つの作品で全てを網羅する事は不可能。ある一面を切り出して、それを深く掘り下げるのは悪い事ではない」
など、活発な意見が出されました。日本統治時代を経験している世代からは
「それでも日本人には愛があった(=日本を想うのはインフラ建設があったからではない、その後の国民党統治には愛があったのでしょうか)」
という声も聞かれました。
真剣なまなざしでディスカッションに聞き入る人々
意外な事に、観客の大半は若い世代だった
日本語世代と呼ばれる方々の中には、日本に対して深い望郷の念を抱いている方も珍しくありません。
そして、現代の日本の人々に対しては、そのような面ばかりが特に強調されて伝えられている面があり、しかしそれが全てではない、という郭・准教授の指摘も、また事実です。
ましてや、統治した側の日本は、彼らのそうした声を不用意に喜ぶような事は慎むべきでしょう。
日本語世代の方々の想いは、決して当事者以外の人々が簡単に語れるようなものではありません。それは、台湾でも日本でも同じではないかと思います。
しかしだからこそ、まずは「知る事」が大切なのだと、この座談会を通して改めて思わされました。
その意味でも、台湾の複雑な歴史の生き証人たちが、かつての母語であった日本語で自らの人生を語るこの映画が、日本で、そして更に台湾で上映された意義は大きかったのではないかと思います。(華)
12/1(火)の「台湾ソフトパワー」では、11/26の『台湾人生』台北上映会と座談会の模様についてお伝えしています。
「特定の番組を聴く」からどうぞ!
(放送翌日の12/2から約一ヶ月の聴取が可能)