(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

読書~漱石忌にちなんで

2008-12-09 | 時評
 今日12月9日は夏目漱石の忌日である。子規と親しかった漱石は多くの俳句を詠んでおり、岩波文庫に『漱石俳句集』というのがあるくらいである。風流を楽しみ、遊びを楽しむ風情が横溢していて好きな句が多い。そのリズムの良さ、流麗な言葉遣いに入れ込んでいる次第である。

 ところで明治36年、漱石は東大英文科でシェークスピアの講義を行っている。
「マクベス」に始まり、「リア王」と続くが、大変な人気を呼び教室は押すな押すなの大盛況であったとか。その頃、文科大学の学生の小松武治がラム兄弟の『シェークスピア』を翻訳した。訳稿について漱石に見てもらった上、その序文を依頼した。漱石がまだ小説にとりかかる前のことである。漱石はシェークスピア劇のなかから、せりふの一節を原文のままとりだし、それに合わせて句をつくるという独創的なことをやってのけた。

 たとえば、「ロミオとジュリエット」からは、
"Lady,by yonder blessed moon I swear ,that tips with silver all these friut-treetops."  というロミオのせりふ(ジュリエットよ、私は祝福された月、果樹の梢を銀色に光らせているあの月にかけて誓います)を前において、

 ”罪もうれし二人にかかる朧月”

とやるのである。ロンドンの下宿で引きこもってばかりの漱石の英語など、なにほどの事やあらん、と以前は思いこんでいた。ところがところが漱石先生、シェークスピアを相当読んでいたらしく、その英語力たるたいしたものであるようだ。あれこれ説明をする前に、その英語劇に題材をとった句をご紹介しよう。

 ”雨ともならず唯凩の吹き募る”
 ”小夜時雨眠るなかれと鐘をつく”
 ”白菊にしばしためらふ鋏かな”
 ”女郎花を男郎花とや思ひけん”

そして漱石の好きな「菫」の入った一句。

 ”骸骨を叩いて見たる菫かな”

半藤一利さんによると、漱石の残された蔵書に書き込みをみると、なんとも真剣に
シェークスピア劇を原文で読んでいるのが分かる。書き込みの一番多いのは「マクベス」で、次が「ハムレット」だそうだ。

さらに一句。

 ”見るからに涼しき島にすむからに”

いつも当ブログをお読み頂いているフェニックス様からリクエストがあり、これらの句が、シェークスピアの劇のどれから来ているか、とりあえずは伏せておきます。次の<余滴>にて謎解きをさせて頂きます。これらの俳句を見つけだした人のご紹介ともども。

 漱石が英語読みの達人であることは、「草枕」など漱石の小説の中にでてくる文を見れば、よくわかる。森鴎外といい漱石といい明治の頃の人の語学力、文章力には感嘆する。

 「ヴェニスは沈みつつ、沈みつつ、ただ空に引く一抹の淡き線となる。線は切れる。切れて点となる。蛋白石(とんぼだま)の空のなかに円き柱が、ここかしこと立つ。遂には最も高くそびえたる鐘楼が沈む」

(原文:"Venice dropped lower and lower,breasting the water, until it was a thinline in air.The line was broken,and rain in dots with here and there a pillar standing on opal sky. At last the topmost campanile sank."

コメント (7)    この記事についてブログを書く
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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
The Twelfth Night (ハミングバード)
2008-12-10 17:15:37
ゆらぎ様

私の恐れを知らない勇気をお受け下さり、有難いやら、怖いやらです。 今もまた、出かける前の書き込みで、何も調べる閑がありません。ただ、ゆらぎ様が漱石の真価を認め始められたことを嬉しく思います。彼は何と言っても天才的文人だとずっと思っていました。ロンドンでの神経衰弱なども感性が鋭いが故の結果だと
思いますが、軟弱だとか色々言われていたのに私は納得していませんでした。

ともかく、漢詩、英語、もちろん日本語と彼の使う言葉は大変教養があり、かつすっきりしていて、筆跡も熊本の第五高等学校時代の英語の筆跡を本で見たことがありますが、美しいの一語に尽きます。
そして、小説、俳句、俳画と自在に遊んで50歳の生涯に多くの作品を残した漱石は、やはり並の人ではなかったと思います。

ところで、ゆらぎ様の挙げられた俳句のうち、これかなと基になる娑王のドラマが分るのは次の2句だけです。(1句目は絶対自信がありますが、2句目はちょっと自信がありません。)いま少し、時間をいただければ、他の句も調べる楽しみがあります。まだ、種明かしをしないで下さいね。 

”女郎花を男郎花とや思ひけん”(十二夜)
”雨ともならず唯凩の吹き募る”(Tempest)

See you later!

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You ain't heard nothing yet (ゆらぎ)
2008-12-10 17:30:19
ハミングバード様
和田誠さんの本のタイトルではありませんが、お楽しみはこれからですね。この世に、「絶対」という言葉があるのでしょうか?
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参りました。 (ハミングバード)
2008-12-10 19:46:20
ゆらぎ様

厳しいコメントを有難うございました。「愛の鞭」でしょうか? それとも??....
母の見舞いから帰って、パンチを食らった気分です。でも、これしきのことで挫けるハミングバードではありませんが、一つも正解をお答えすることができないかもしれませんね。浅学のなせる業ですから仕方ありません。 時間と気分次第で調べることもするかもしれません。

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追伸 or訂正です。 (ハミングバード)
2008-12-10 22:12:56
ゆらぎ様

先の解答の訂正です。これも全然調べた訳ではないので、また大恥をかくことになるかもしれませんが、クイズ感覚で...。

 ”見るからに涼しき島にすむからに”
  
  この基の戯曲が「テンペスト」でしょう   か?

また、次の句は「ハムレット」が基にあるのでしょうか?
 
 ”骸骨を叩いて見たる菫かな”

勉強しないで、答えようとする怠け者のハミングバードです。



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お礼 (ゆらぎ)
2008-12-11 20:11:21
ハミングバード様
 謎解きに挑戦いただきありがとうございました。英文学に造詣の深い、いやご専門のハミングバード様、流石ですね。恐れ入りました。第2句目は、「ハムレット」の墓堀のシーンをご存じであれば、推定もつこうかと思いますが、「テンペスト」は、ちょっと難問でした。

それでは、今夜<余滴>でお目にかかります。
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再び挑戦! (ハミングバード)
2008-12-11 20:46:42
ゆらぎ様

今夜の〈余滴〉を楽しみにしていますが、その前にもう1句だけ、当たらなくてもお答えしたいと思います。

”白菊にしばしためらふ鋏かな”

この基の劇はオセローでしょうか? 嫉妬のために、愛する妻デスデモーナに手をかける時の心境ではないかと思うのですが....。違っているかもしれません。


また、マクベス、リア王のドラマの細部は忘れましたが、次の句はそれらのどちらかが基にあると思います。

”小夜時雨眠るなかれと鐘をつく”(マクベス?)


”雨ともならず唯凩の吹き募る”(リア王?)

勇猛果敢なハミングバードでした。

今夜の〈余滴)が楽しみやら怖いやらです。



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再びのお礼 (ゆらぎ)
2008-12-12 21:17:52
ハミングバード様
 ただ拍手です。ありがとうございました
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