(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

絵画『平成「梅花の宴」展』

2007-02-11 | 時評
 近く探梅して吟行でもしようか、などと思っているうちに、だんだん”梅”という主題についての意識が高まっていた。梅に関する漢詩や白梅を描いた江戸友禅のこと、果ては梅湯に、梅料理などなど。そういうときに、梅を描いた日本画が展示されるという絵画展があることを知り、春暖の一日なんばの高島屋での『平成「梅花の宴」展』に出かけた。

いやいや、期待を裏切らぬどころか、それ以上に素晴らしい展示であったので、ここにご報告しておくことにする。

 今を遡ること1300年ほど前、天平2年九州太宰府の大伴旅人邸で梅を観賞する
集いが開かれ、この折に詠まれた梅を愛でる歌32首が万葉集に収められている。この集いには「梅花の宴」という美しい呼び名がつけられた。そして今、梅に思いをよせた近・現代の日本画家たち45名の絵画があつめられ、全51点が展示されていた。流石、天下の高島屋だ。

 どこからともなく漂ってくる梅の香りを描いた「暗香不動」(横山大観)、河畔の民家の裏庭に咲く白梅をのどかに描いた「河畔梅家」(河合玉堂)、二曲屏風にたたずむ娘、その着物の裾模様に絞り染めを交えて描いた「娘」(上松園)、愛らしい子犬と紅梅を「描いた「春暖」(竹内栖鳳)などなど、次々に名作・秀作がつづいて眼が放せない。速水御舟、安田靫彦、前田青邨、真野満、それに奥村土牛などなど、中島清之、山口蓬春、小倉遊亀、・・。それらに加えて、現在も活躍中の岡信孝、上村淳之、中島千波らも。そしてすばらしいのは、大矢紀、竹内浩一、山下保子の新作も展示されていた。わざわざこの展のために描きおろされたものもある。

これらの中で特に印象に残ったものを挙げる。

《梅花の宴》(大亦観風)・・・1942年頃
天平の梅花の宴自体を描いた絵は、ほとんどないらしい。その意味で貴重な絵である。大伴旅人らしき人物が童子と梅林に遊んでいるのどかな風景。画家の観風が、宿泊した湯沢の温泉宿のために描いたもの。この宿、<雪国の宿 高半>は、今でもある。

《紅白梅》(真野満)
 安田靫彦門下の日本画家。川の淀みの水面に映る月が金色で描かれており、銀色の
水面に枝を伸ばす紅梅、白梅が描かれている。シュールなタッチで、ジョン・エバレット・ ミレーの「オフィーリア」の絵(ロンドン、テート・ギャラリー)を連想させる。とくに強く印象 に残った。梅原猛の書いた『湖の伝説』は、夭折した画 家三橋節子の生涯を書いているが、その中でも詳説を極めた『花折峠』をも思い起こさせる。この絵に、真野は何か特別な想いがあったのではないか。

《ひさかたの天より》(伊藤彬)
 天平の梅花のあるじ、大伴旅人が詠んだ万葉歌に取材し、花散る梅に、天から舞い
散る雪と重ねて表現した。幻想的な絵であるが、その奥行きの深さに魅力を感じる。

   ” 我が園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れくるかも”


さらに、今回の展のために書かれた新作三点は素晴らしい出来映えのものである。いずれも奈良県立万葉文化館の「万葉日本画」の制作に携わった人たちである。

《老梅》(川島睦郎)
 白梅の幹や枝が、画面の背景の中に溶け込んだかのように描かれ、そこに白梅が
ある。背景は、香色(こういろ)とも海松色(みる色)とも。老梅のもつ生命力が現
われたかとも思える程、幻想的な絵だ。老梅の生命力といえば、虚子の句「老梅の穢き(きたなき)迄に花お多し」があるが、それとも共通するものがあるようだ。

《梅につゆ》(竹内浩一)
 点描の淡い色調。細長い画面に枝をからめあう白梅と、日溜まりに背をまるめた猫の後ろ姿。つゆのおりた朝の空気を感じさせる。

《春の宵》(山下保子)
 山下は、日展の人物画家。「万葉日本画」では、大伴家持の歌「春の苑 紅にほふ桃の花 下照る道に 出で立つ乙女」には、学生時代から思い入れがあり、それが作品に結実した。今回は、大伴家持と親好があったとされる紀少鹿女郎(きのとしかのいらつめ)の歌「ひさかたの 月夜を清み 梅の花 心開けて わが思える君」に取材したもの。おぼろ月夜に、手折った白梅の枝を抱く万葉の乙女を描く。月夜の抑えた色調に、歌にいう心まで開かせる月光の清らかさの表現がある。

 自らの歌への思い入れ、そして感動があり、それを描くからこそ魅力がある。絵の巧拙を越えて、今回最も印象に残った。


この絵画展の充実振りは、私たち日本人の、梅に寄せる思いの熱さを物語っているように感じた。この絵画展は、あと1回名古屋の松坂屋美術館で展示される。2月21日~3月6日それで終わり。東京では、開催の機会がない。

写真は、山口蓬春の「白梅」
~~~~~~~~~~~~~~~

 昨年秋に和歌山県立美術館で行われた『「森鴎外と美術」展が、そうであったように企画展(美術)は、それを企画し、プロデュースするに人物を得ると、素晴らしいものになる。今回の「梅花の宴」展は、奈良県立万葉文化館が中心となって企画されたものである。ちなみにここの館長の中西進は、万葉集の比較文学研究で博士号をとった万葉研究オーソリティである。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 気まぐれ日記ー春宵一刻/京の... | トップ | 俳句/読書『蕪村の小さな世界... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

時評」カテゴリの最新記事