(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

読書/時評 『はじめての福島学』(開沼博)

2016-12-10 | 読書
読書/時評 『はじめての福島学』(開沼博 2015年3月 イースト・プレス)

 最近のことであるが、福島第一原発事故で横浜市に自主避難してきた子ども(当時、小学生)がいじめに遭ったという報道があった。”菌がついている”などの言葉を投げかけられたり、挙句の果は”賠償金をもらっているのだろう”と言われお金をせびられた・・と言うことであった。さらに問題なのは学校側の対応にも問題があったという。(その詳しいことは・・・)子どもというのは、みんなどの程度意識しておられるか知らないが、わたし自身も含め案外残酷なものである。それを教え、導くのは大人の責務である。 ところがその大人が福島の原発事故ついてどの程度知っているか、というと、非常にあやふやなものである。あやふやというよりは、事実認識に欠けるに等しい。そのほとんどは、”福島は危ない、原発はやめよ・・、政府の責任だ・・・”などなど主観的、あるいは情緒的な報道を垂れ流すテレビや新聞、さらに最近ではSNSで流される無責任なニュースによるものである。多くの人はそれを信ずる。だから、昨年であったか、大阪で東北大震災で発生した瓦礫を引き取るのに協力を申し出た大阪府に対し、その受入地域などから反対な声が上がった。幸い当時の橋本知事は、これは日本国民全体の問題だと言って断固として反対を抑えきった。

 では、福島の実態はどうなっているのであろうか。それを知ることは、私たち一人ひとりの責務である。幸いことに、事故後の福島の現状を、量的なデータと理論で捉えた一冊の本がある。それが今日取り上げる『はじめての福島学』である。幸いにして私は、この本のことを「エコノミスト」という雑誌の「読書日記」というコラムで知った。(2015年6月23日号)

 その内容に入る前に、このような社会問題へのアプローチの仕方について、かんたんに触れておくことにする。注)ご用とお急ぎの方は、「人口」の節に飛んでください。

 出口治明氏(ライフネット生命会長)が、『人生を面白くする本物の教養』という著書の中で、”国語ではなく、算数で”考えるという視点が重要だと指摘している。要するに定性的な発想だけではなく、定量的に物事を考えてみようということである。そして「数字・ファクト・ロジック」で考えることの大切さを言っている。

一例として挙げているのは、”税金の無駄遣いをなくせば消費税は上げなくてすむ”という意見があるが、それが現実的に可能かどうか計算をして見る。日本の国家予算(2015年度)のうち一番大きいのは社会保障関係費で32兆円。次に公共事業費6兆円、文教費5兆円、防衛費5兆円弱がつづく。無駄を省くという主張を「数字・ファクト・ロジック」具体的に考える。まず社会保障費32兆円を削っても、せいぜいマイナス3.2兆円。次に公共事業費を2割カットしたとすると、マイナス1.2兆円。文教・防衛費はカットはむずかしいが、1割カットしてマイナス1兆円。国債や地方交付税交付金は性格上削れない。その他の支出を2割カットしたとして、マイナス2兆円。したがって、思い切って、削っても”税金の無駄”は合わせて7.4兆円。税収と予算との差は、41兆円なので、これだけカットしたとしても”消費税を上げなくて済む”にはほど遠い。「数字・ファクト・ロジック」で具体的に考えてゆくと、”消費税を上げなくてすむ”はまったく非現実的であるということになる。

 この『はじめての福島学』でも、著者は量的データと理論を用いながら、そこに現れる社会のあり方を中心に福島の現状を捉えている。(もう一つのアプローチ、すなわち福島問題の政治化ならびに福島問題のステレオタイプ化に対する反論がある。それについては、個々の事象の中で取り上げてゆきたい)

 では、著者が福島の現状をどのように把握しているか、人口/農業/漁業・林業/二次三次産業/雇用関係/家族と子ども、の6分野にわけて眺めてみよう。


(人口)

 福島からの人口の流出のイメージを。一般の人に聞くと大きな誤解があることが分かる。東京大学関屋特任准教授が、2014年3月に全国の1779人を対象にインターネット経由で実施した調査では、次のような結果が示された。

 ・福島県は人口流出が続いている。
 ・その割合は、福島県の人口の4分の1程度(~25%)と見られる

しかし現実の福島では、震災前の人口は200万人ほど。一方福島から震災後に県外に非難している人の数は4.6万人ほど。つまり人口流出は2.3%である。そうして、震災後県外に出ていた人も県内に戻りつつある。人口の何十%も県外に大流出しているということはない。

一方、人口の流出・減少は福島県だけの問題ではなく、全国で普遍的に起こっている。
「福島の人口減少は、すべて3.11のせい」とするような語りは実態の正確な理解を妨げるものである。さらに言えば、他の人口減少をしていう地方に比べれば福島の人口は案外持ちこたえていると言える。2013年4月14日の毎日新聞社説「東電本社 体制強化と復興を急げ」」では、残念ながら文章の終わりにこう書いている。「事故の影響で福島県では、人口の流出、雇用減少がつづいている」と書かれており、ステレオタイプもとずく言い回しになっている。

(農業)

著者が最も力点をおいている分野で、ここをを読むと実に大きな誤解があることが分かる。そうういう誤解を生むようなことを誰が招いたのか、それは別として、この問題こそ福島の復興の妨げにつながっていることが明白になる。いわく、”福島の食物は危険だ。子どもには食べさせられない、放射能があるから危ない、福島の農地は汚れている、農業は止めるべきだ、チェルノブイリで起こったことは日本でも起こる・・・”

 では、実態はどうなのか。その前に、ほんの少し脱線をして、私自身の体験を語ることをお許しいただきたい。福島市は円盤餃子という旨い餃子がある。福島に泊まるときは、いつも「山女」という小体な店に行く。とても人気があり、なかなか入れないこともある。このぎょうざも旨いのであるが、ここで出された白飯は、最高に旨かった! みそ汁でけでいい、なにも要らないのである。福島は水がいい、そして米がいい。だから、酒もいいのがある。この「山女」へ行くと、ぶっきらぼうな親爺であるが、”会津の酒がいいなあ”とつぶやくと、会津坂下(ばんげ)の「飛露喜」の特別純米大吟醸(生詰)を出してきた。たちまち、ニコニコ顔で味わったのは言うまでもない。


 消費者庁が行った「風評被害に関する消費者の意識の実態調査(第4回)を見てみる。る。これは、2013年の12月の第1回から20014年8月の第4回にわたり、”放射線による健康影響が確認できないほど小さな低線量のリスクをどう受け止めるのか、聞かれる。その結果、小さなリスクでも受け入れられない、回答した人が第4回では、21.0%になっている。つまり、「福島の食物ヤバイ」派が、やく2割いる。過半数は、福島のものに限らず、「ある程度の放射線量がある食べ物も気にしない」のである。そして著者は”気にしている人がいようといまいと、安全佳どうかの検査体制をより整えるべきだ”、とのスタンスをとっている。そして福島の米の問題について理解を深めるため、次の二つの質問を提起している。

 問1福島県の米の生産高は全国の県で何位?→2011年で7位。結構な米どころである。

 問2福島県では放射線について、年間1000万袋ほどの県内産米の全量全袋検査を
   行っているが、そのうち放射線量の法定基準値(1kgあたり100ベクレル)を超える袋はどのくらいあるか? 

   参考)Q 「ベクレル」って何?

どれくらい放射線を出す能力を持っているかを表す単位。放射性物質の原子が壊れる(壊変する)と放射線が出ますが、「ベクレル(Bq)」は、1秒間に放射性物質が壊れる数を表わす。例えば、ある放射性物質に「1ベクレルの放射能がある。」と言った場合、その放射性物質は1秒間に1回原子が壊れて放射線を出すことを表しています。人の身体の中には約7000ベクレルの放射能がありますが、これは、1秒間に約7000個の原子が壊れ、放射線を出すことを表しているものです。
ちなみに1ベクレルってどのくらいの量なのか?~ ラジウム温泉1リットルでおよそ10万ベクレル、人も体内に放射性物質を含むため、人体全体で約6千~7千ベクレル、たばこの灰1グラムで約5・9ベクレル。

 →2013年生産分で法定基準値を超えるのは28袋。2014年度末時点で、ゼロ袋。恐らく、みなさん耳を疑うであろう。しかし、これは事実なのである。そして、そこに至るのは米の生産関係者の「地道な努力」がある。放射性物質による汚染が強くて米の作付けができないがあった。双葉郡を中心に南相馬、飯館、それに福島市内のホットスポットなど。それら地域において、徐々に米の出荷に向けた栽培が始まっているのである。

「地道の努力」の一つは、農家も行政も学者もそれぞれの専門性を活かし、様々な試行錯誤をしつつ情報を収集し、実践を行ったということです。震災直後には、放射性物質が多い土があった時、そこでどうやって安全な作物をつくるのか、そのノウハウはほとんどなかった。ただ、日本にノウハウがなくても、たとえばチェルノブイリ原発事故の後、その放射性物質による被害の大きかったベラルーシやウクライナには一定のノウハウがあった。1986年以降、25年間のノウハウはなかなかのもので、日本の農業でも大きな成果を出した。

たとえば「農地でのセシウム対策」 放射性物質が多い中で安全な作物をつくる、と言われたときに、ふつうは「土を剥ぎとって除染をしてから農業を再開する」と考えがある。しかしこれは合理的ではない。剥ぎ取った土の量も膨大になり、その保管や廃棄はどうするのか。そこで出てきたのが、「農地にカリウムを撒く」という方法である。カリウムを撒くと、そこで育つ農作物はカリウムを吸込み、セシウムを吸いにくくなる。相対的にセシウムが吸収される度合いは減ることになる。これは、チェルノブイリ原発事故の被災地であるベラルーシなどで実施され、にほんではそれをさらに発展させた。

 そういうわけで、基本的には「放射性物質による汚染が強くて、米の作付けができない」という問題は時間の経過とともに解決に向かいつつある。震災直後の絶望感からすれば、価格の低下などの問題を除けば、意外なほどスピーディに復旧してきている。もう一つの問題として、「潜在的な農業引退者の顕在化」という問題がある。震災や原発事故があろうが、なかろうが、これを機に農業を引退するという日本農業全体の問題があるが、ここでは省略する。

 生産だけではなく、流通の部分を含めて「福島の農作物」の問題を考える時、「風評被害の問題」がある。この本でも紹介されているが、日刊イトイ新聞の糸井重里さんが、2014年に福島へ行き、現地で”このように桃が買える”と写真をつけてツイッターに投稿したところ、”それは危険なのではないか、有名人がそういう行動をとるのはいかがなものか”などと激しい非難・中傷を受けた。福島の実態を理解せずに、ただ批判をする姿勢は恥ずべきことである! 著者の言葉を借りれば、”あまり知らないのに前のめりに福島を語りたがる人”がいる。

 詳しいことは糸井さんの記事をご覧ください。 


(もう一度放射能の問題)

改めて言うが、福島県産の米では法定基準値超えはほとんど出ていない。基準値を超えたものは市場には出回らないのである。しかし、実際には、多くの人にはこのレベルの知識が共有されておらず、漠然とした不安と誤解が広まっている現状がある。それで、さらに放射能の問題について説明をつけ加えることにする。

 まず米の放射能検査は、「玄米」を対象にしていることに注意すべきである。玄米を精米して、洗い、炊いて私たちが口にする際には、セシウムの量は玄米の時の1割ほどに減っている。セシウムは米のぬかの部分に蓄積しやすいので、ぬかを削って白米になるとセシウムは減る。玄米のセシウムの9割が廃棄されるのである。

国が定める米や野菜の法定基準値は100ベクレル/kgである。これに対して、一部の生協や小売やECサイトでは、”うちは20ベクレル以下のものしか取り扱っていません、などと厳しい基準をつくり測定・販売をしているところもある。国の基準では不安だという人は「選択の自由」が確保されている。ちなみに、いわき市の例では、学校給食で2014年度のいわき産米を使う事になった。独自に、より厳格な20ベクレルを基準として、それを超えたものは給食に使わない。

”そもそも放射性物質を避けたいなら、福島の米を全部避ければいいのではないか?”、という声もある。実際、生協やオンラインの野菜宅配サービスの中には、「北海道・西日本セット」という名前で、福島だけでなく本州の東日本産の野菜を避けた食材セットを売っていたりする。しかし、福島産をさけてもリスクは残るのである。土地によっては、米ソを中心に1950~60年代前半にかかて行われた大気圏内核実験をはじめ、中国などの近隣国を含めた他国の核実験で発生した放射性物質が残っており、そこにはセシウムなどもふくまれている。したがって、福島県外の米や野菜にも、福島と同様にセシウムが含まれている場合がある。だから、「福島の米や野菜を全部避けるのが安全です」とはいえないのです。

 さらに言うと、これまで述べてきた放射性物質の基準値は、海外のそれと比較するとどうなのか? 生協連のウエブサイトに海外との基準値の比較が出ているが、それによると日本の基準100ベクレル/kgという数値は欧米の10倍となており、100ベクレルという基準設定はきびしすぎたという事がわかってきた。またストロンチウムに関しては、セシウムほど空気に乗って飛散する性質がすくないので、大気中に放出された量は微々たるものだと言われている。

 もう一点、「検出限外値以下でもセシウムは入っているはずなのだから危ない」という漠然とした不安がある。しかし、これまでの研究でわかっていることは、検出限界値ぎりぎりの食べ物を摂取しつづけても、その人が3.11以前の日常的は範囲を超えて増えることはないのである。私たちは、日常的に内部被ばく・外部被曝をしている。空気中のラドンなどの放射性物質を呼吸しながら取り込んでいる、あらゆる食品中の放射性物質を取り込んでいる。たとえば、パン・バナナ・牛乳を朝食でとると、およそ合計で27ベクレルの放射性カリウムになる。ご飯の場合、茶碗一杯あたり放射性セシウムが0.4ベクレル。毎日ご飯75杯分を食べて、はじめて、体内の放射性カリウムと同じ量になる。現実的にはあり得ないことである。仮にセシウムを限りなくゼロにしても、その食事に含まれる放射性物質や被爆の量がゼロになることはないのである。

 なお野菜・果物については、米とすこし見方が違う。まず測定の体制が違う。米は全量全袋検査をするが、野菜や果物の場合、「袋につめてベルトコンベアに流す」ような方式にはなじまないので、出荷前に地域・品目ごとにモニタリング検査を行う。そして。基準値を下回っている地域・品目のみが出荷されれる。詳しくは<福島の恵み安全対策協議会>のサイトをご覧ください。

もう一つ米と違う点は、「一つの地域・品目のものを毎日必ず一定量食べ続ける」という事は想定されづらい。例えば、「干し柿から基準値超えの放射線量」が出ても、ほぼ毎日、数百グラムの干し柿を年間通して食べ続けるということは考えにくい。であれば、旬の食材を美味しさや栄養価の高さを重視して食べればいいのであって、いたずらに心配することはない。私自身も、福島の桃のうまさには感じ入っていて、生産農家から毎夏と秋に取り寄せているが、それが年間続くということはない。

 「チェルノブイリで起こったことが日本でも起こる」というのは、不勉強の極み、と著者はいう。ちなみに原発事故のあったウクライナでは、郷土料理にキノコをよくつかう。そしてキノコをはじめ、根菜など、あまり検査をせずに常食して、被爆を進めてしまったとのことである。端的にいえば、線量が高いものも含めた地場の作物を自給自足し、行政もその作物の検査や健康管理に手を回す余裕がなかった。そういう状況が最初の5年間つづいた。一方、日本ではチェルノブイリなどの知見があり、事故直後から牛乳などはヨウ素やセシウムの検査をして、それらが検出されたものは廃棄してきた。浄水場などで飲料水に含まれるヨウ素・セシウムの検査もしていたので、体内に入ることは相対的に少なかったといえる。→注)放射性ヨウ素による甲状腺がんの問題については、詳しく触れられていない、また論議の別れるところでもある。



(漁業・林業) 

 福島県の漁業の水揚げ量は、震災前の2010年と比べて2013年までにどのくらい回復しているだろうか?これについては二つの答えがある。まず「震災後の福島県の海水面漁業の生産量」(農水省まとめ)では、生産量は4万5千トンで、57%の回復を示している。ところが、2014年9月の時事通信の報道では、「東日本大震災から3年半が経過し、岩手・宮城では魚介類の水揚げ量が震災前の7割まで回復。一方、福島県では本格操業ができず、2013年の水揚げは3500トンと震災まえの1割弱」とある。どちらも正しい答えである。57%回復というのは福島県に所在地をおく漁業経営体が福島県外に水揚げしているものも含む。後者は福島県に水揚げされているものを対象としているのである。それが僅か1割という数字になってくるのである。その理由の一つは、「福島に揚げても高い値段がつかないから他の県の港に水揚げする傾向がある」、ということである。そしてそれよりもっと根深い理由がある。現在動いている船は大型船で、少数の大会社によるもの。全体のうち多数を占めていた個人の漁業者は全く漁業再開ができていないのである。福島第一原発事故の影響がある近場での漁業が再開できていない。

一方で9%の回復でも「意外に再開している」ともみる考えがある。それは漁獲量のこととは別になるが、水産加工業はスピーディに回復している。たとえば、南側のいわき市では小名浜などを中心に発達している缶詰やカマボコなどは工場の被害も小さく、無事に無事に生産を再開していることも多い。ちなみに、カマボコなどの原料はほとんど北米産などの輸入品で放射能の心配もない。

 大型漁船でとったサンマやカツオはどうなのか? 9%ということで問題はないのか。実は、「風評被害」による価格低下が続いているという問題がある。沖合や遠洋でとれたものは、福島で水揚げされたからといって、科学的なリスクが上がることはない。しかし、福島で水揚げされたというだけで、買い控えが起こっているのである。例えば、カツオの場合m2012年に小名浜で水揚げしても、例年の半値以下。サンマも三陸などの6~7割ほどの値段しかついていない。この傾向は改善されつつも、現在まで続いている。価格低下が続くと、3.11以前なら福島に水揚げしていた船も、福島県がに水揚げする傾向がつづく。それは、漁港やその周辺に存在する加工業・小売りなどを含めた経済システムの停滞が続くことになる。

 今後は、安全性をデータをもって示しつつ、流通網の中で福島県産の魚介類のポジションを再度確立していくことが求められる。そんな大変な状況の中、興味深いことが起こっている。2014年4月の日経新聞は、「網にかかる魚の量3倍に、漁業自粛の福島県沖」と報じた、。沿岸漁業でとれる魚が明らかに増えているのである。ちなみに、福島沿岸でとれる魚については、モニタリング検査を行い約180種類の魚種について放射線量を継続的に調査している。その結果、汚染されにくい安全な魚種から試験操業が行われ、漁業は再開しつつある。しかし、まだまだ”であり、原発からの汚染水が海に流れ出ないような対策は同時並行で進められなければならない。

 林業については住宅需要を中心に97.7%回復している。


(二次・三次産業)

 二次産業は、製造業などで、全体の30%を占める。三次産業はサービス業および観光業でおよそ60%。福島が農業や漁業・林業をやって暮らしをたてているというわけではない事がわかる。二次のうち、製造業が20.1%で、これの占める割合は大きい。東京からの距離感と道路・鉄道の利便性、人件費の安さという強みを軸に発展してきた。震災による影響はあるものの、むしろリーマンショックの影響を大ききうけて、大きく落ち込んだが、回復傾向にある。そういう中で、製造業における新たな得意分野をつくっていこうという動きがある。まず医療機器製造。それに、3.11後はロボット産業が立ち上がっている。日本全体でみれば、製造業は中長期的に衰退してゆくと見られ、その中でより高度な知識や技術の求められる、こういう新しい産業を育成してゆく意義は大きい。

 この製造業に関する著者の視点は、専門が社会学なので技術や経営のことには、いささか物足らないところがある。例えば、次のような記述がある。・・・”かつては製造業において世界のトップブランドを保っていた日本。「徐々に製造業に頼れなくなっている」というのは日本全体、どこにでも見られる問題である。・・・製造業に頼るのはリスクが高い・・・” この記述の背景には円高の問題があるように見ている。しかし、最近日本電産の永守会長が、2016年4月~9月期の決算を発表したおり、純利益は前期比7%アップで、”急激な円高は跳ね返した”と発言している。なんでも円高のせいにするのは、経営努力の放棄に等しい。1ドル80円台というのならともかく、100円そこそこで、利益を出せないのはおかしい。最近は中国の人件費の上昇もあり、製造拠点の日本国内への回帰もあちこちである。是非頑張って欲しいと思う。

 三次産業の中核を占める観光業は84・50%の水準にまで回復している。外国観光客を増やすための情報発信が求められる。まだ風評被害もあるようで、一層の努力が必要であろう。私の愛する奥会津では、水害で寸断されている只見線の復活とともに、国内外とへの情報発信の努力が続けられている。もっとも、あまり観光客が押し寄せるのも、痛しかゆしではあるが・・・。・・・・秘境が秘境でなくなる・・・。


(雇用・労働)

かんたんに言うと、復興需要で雇用は活性化し、2014年11月の福島の有効求人倍率は就業地別で全国第1位、1.73倍である。いまだに右肩あがりで増え続けている。2013年1月14日の毎日新聞が社説で報じているような「事故の影響で福島県では、人口流出、雇用減少がつづいている」というのは、事実と違ったステレオタイプなものの言い方になっている。人材不足は、「工事関係」と「医療・福祉」の二分野である。企業倒産も大幅に減少。今後は、高齢者・女性・外国人が活躍できるような環境を整える必要がある。そして、これはやはり「日本全体の問題」につながってくる。


(家族・子ども)

 ここでは、「経済性に還元できない日常の問題」について、見直している。3.11後の福島では中絶や流産が増えたのか→いずれも増えていない。福島県立医科大学の報告によれば、先天性奇形・異常の発生率にも変化がない。 次に、3.11後の福島で離婚率はあがったのか?→離婚率は明確に下がった、むしろ婚姻率は上がる気配もある。さらに、3.11後の福島で合計特殊出生率は下がったのか? →全国最大のV字回復をした。

 しかし、著者はデータに表れない部分にも問題があると、きちんと目配りを忘れない。うつ傾向にまで至らないにしても、今でも3・11由来のトラウマ・ストレスを抱えている人は少なからずいる。3.11の時の不安を思い出してしまう人。どれだけ説明されても放射線に恐怖感がある人はいる。では、どう対応するか。著者の言葉を借りれば、”とりわけ放射線に関することについて言えば、「情報を集めて知識をつける、適宜具体的な対策をとっていく」ことである。ただ、これがなかなか難しいという。

代表的なのが、体力低下や肥満の問題。著者は、幼稚園や保育園、学校の先生に話しを聴いている。”私もどう伝えればいいのか逡巡する話も多く聞く。全体からしたら一部ではあるけれど、外で運動することや食べ物に気を使いすぎてしまい、偏った行動・生活習慣を続けた結果、運動不足や発育の遅れが明確に分かる子どももいる。それは、子ども自身が好んでそうしているというよりは、親が強い不安を感じ、しかしどう対処したらいいかわからず、それが行動に影響していった結果だという話も聞く”

福島の平均初婚年齢全国順位は→ずっと謎の全国1位。2013年が夫29.8歳、妻28.2歳。3。11を経ても特異に平均初婚年齢が低い県である。ある面では晩婚化、少子高齢に抗するためのヒントがここに眠っているのかも知れない。


(これからの福島)ということでは、未だに立ち入りができない帰還困難区域が337平方km(全体の2.4%)あって、さらに住むことはできないけれど立ち入ることはできるエリアを含めた全体を「避難指示区域」という。これは徐々に狭まって来ている。しかし、そこでもいろいろな問題を抱え苦闘していると言うのが現状である。外から働きに来た新住民との関係、商業施設の再開、さらに生活復興を進めていく必要がある。また、除染は一巡したが、その汚染土壌やがれきをどうするかという問題も大きい。双葉郡にできる中間貯蔵施設には、東京ドーム13~18杯分の廃棄を運び込まなけれなならない。どのように輸送するか、などの問題があるが、ここでは省かせていただく。
 
最後に

(福島のために何かするには・・・)というところで、著者は一つ明確な答えを提起している。それは様々な形で迷惑をかけないということである。具体的には、「ありがた迷惑」・・・勝手に「福島は危険だ」と言うことにするとか、勝手に「福島の人は怯え苦しんでいる」ことにあるとか、勝手に「チェルノブイリや広島、長崎、水俣や沖縄やらに重ね合わせて「同じ未来がまっている」というような発言をするなどなどを押し付けるの、迷惑だと苦言を呈している。

では「福島のために何かしたい」という人には、「買う・行く・働く」と明快に言い切っている。「買う」、ECサイトで福島のものはいくらでも買える。野菜や酒などの食べ物もあるし。「行く」は、旅行・観光でもいい。「働く」は、ボランティアもいい。東京の家で、福島で働いているプロジェクトの書類をつくる手伝いをするのでもいい。現場に行って、福島をどうしたらよいか考えながら働ければもっといい。復興庁が「work for 東北」といって、都会でビジネスをばりばりやっている人が東北に1~2年働きに行くのを資金面でサポートする制度もつくっている。”日常の中での「共感を伴う行動」を多くの人が実践してこそ、「福島の問題」は解決してゆく、と著者は結んでいる。


     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 なるほどなるほどと頷きながら本書を読み終わって、次の言葉を思い出した。

 ”行為する者にとって、行為せざる者は最も過酷な批判者である”

いっぱしのジャーナリスト気取りで、声高に福島の問題について、政府の対応を責めたり、偽善者気取りで、かくあるべきとさけんだり・・。真実をきちんと理解しようとせず、ただ非難・批判するだけの声があまりに多い。それが、かえって復興の妨げになっているように感じた。


 いつも以上の長文にお付き合いいただき、ありがとうございました









コメント (4)
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