(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第五章 桜の季節・出会いの季節 四

2007-08-18 20:58:33 | 新転地はお化け屋敷
 すると栞さん、照れ笑いを浮かべる。
「好きなんだけどね~。酔い方が良くないのとすぐに酔っちゃうのが……」
「それは辛いですね。ワインでこれじゃあ日本酒とかだったらイチコロなんじゃないですか?」
「………好きなんだけどね~」
 イチコロなんだそうです。
 お酒を使う料理の場合はアルコール飛ばすのを忘れないでくださいね。鍋に顔突っ込むなんてコントみたいな事にならないためにも。


 しばしの間くつろいでいると、台所からパンの焼きあがりをお知らせする音が。
 反射的に台所へ向かおうと立ち上がってから「そうだ」と栞さんを振り返る。
「いちごジャムとマーガリンがありますけど」
「あ、いちごジャムがいいな」
「分かりました。持ってきますね」
「ありがとう」
 僕はマーガリンにしようかな。
 という事で、焼いた食パン一枚というあまりにも簡素な朝食が食卓に並ぶ。栞さんが来てなかったら配置される皿は一枚だけで、「並ぶ」とすら表現できない訳ですけどもね。
「食パン食べるのって久しぶりかも」
 焼けたパンの表面にガリガリガリガリといちごジャムを擦り付け、どこか楽しそうな栞さん。
 そりゃあいつもの料理教室ではパン一枚という訳にはいきませんから栞さんにとっては滅多に食べることのない食材かもしれませんが、まさかこれだけで喜んでもらえるとは想定外でした。
 こんなの「何か作るのは面倒だけど食べない訳にもいかないから」ってんで、しょうがなく出してるようなものなのに。
「食パン、好きなんですか?」
 栞さんのジャムに同じくマーガリンを塗りつけながら尋ねてみると、栞さんは不思議そうな顔。
「どうして?」
「嬉しそうですから」
 僕だってマーガリンを塗るからには味を期待して食べるところもちょっとはあるんだろう。けど、それは食パンを食べる理由としてはあまりにも薄い。味を期待するのなら美味しいものは他にいくらでもある。朝ならそうだな、味噌汁とか。
 要するにいま塗り塗りしてるのは手間を惜しんで朝食に食パンを選んだ結果なのだから、たとえマーガリンを塗ったとしても食パンを前にそれほど嬉しそうな顔はできない訳ですが。
「んー、なんて言うのかな。面白いの。食パン食べる事が」
 との事なので、食べてみる。
 外はサクサク中はモチモチ、焼き加減はばっちりで、パン自体の味を阻害しない程度に塗られたマーガリンの量もいい感じ。味を高めるためにできる事はやりつくしたその食パンを食べると面白い!
 筈もなし。
「あ、不信感をあらわにしてる」
「美味しいですけどね」
 二人で一緒にさくさくもちもち。栞さんのはちょっとジャム多めかな。
「食パン食べてて何が面白いの? って思ってるでしょ」
「美味しいですけどね」
 さくさく。
「美味しいね」
「美味しいですね」
 もちもち。
「でさ」
「美味しいですね」
 さくさく。
「聞いてる?」
「美味しいですけどね」
 もちもち。
「むぅ~」
「冗談ですよ」
 美味しいですけどね。
 口に含んだ分を飲み込んで気を取り直し、お待たせしました栞さん。お話をどうぞ。
「えっとさ、栞達は幽霊だからご飯食べる必要がない…………のは知ってるよね?」
 という問い掛けに、食パンを噛みちぎりながら首を縦に振る。ちなみに当然ながら、必要がなくても毎晩食べてるのも知ってますよ。
「だから幽霊はお腹が空いた時じゃなくて美味しいものが食べたい時に………ってこれも前に言ったっけ」
 再度頷く。
 確か成美さんも含めた三人で買い物に行った時でしたっけか。あの時は栞さんの好物がケーキだと判明したんでしたよね。
「それが今、食パン食べてるんだもん。美味しいですけどねー」
「美味しいですよね」
 とは言うものの、そりゃ美味しいものだけ食べるなら食パンなんか食べようと思いませんよね。それももうそろそろなくなりそうですけども。


「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
 いや謙遜でなく本気で。
 皿を重ねた後片付けようとして立ち上がると、二つのコップを手に栞さんも一緒に立ち上がる。
「じゃあ昼からお花見だし、今のうちに今日の掃除済ませちゃおっと。食パン美味しかったよ。ありがとうね」
「どういたしまして。お仕事頑張ってください」
 主食とおかずの揃ったきっちりした食事ならともかく食パン一枚でお礼を言われると、その本当に嬉しそうな表情も相まり、かえって気恥ずかしい。そんなに美味しかったですか?
「花見と言えば家守さん、弁当は大丈夫なんでしょうかね?」
 気恥ずかしいので話を変えつつ、流しの金ダライに皿を―――ああ、もう洗っちゃうか。昼ご飯外だし。
「大丈夫じゃなかったら『手伝って』ってここに来てるんじゃないかあ」
 と言った途端にタイミングよく鳴り響く呼び鈴。
「あれ? 当たっちゃった?」
「どうでしょうね? はーい」
 期待を込めて目の前の窓を開けてみると、その音に気付いて呼び鈴を鳴らした人物が網戸の向こうに顔を出す。
「ちょーっと助けてほしいんだけど……ってあれ、なんでしぃちゃんが?」
 全くの予想通りで。まあ朝からここに人が来るなんてあんまりないですからね。今日に限っては珍しく二人もお客があった訳ですが。
「いろいろあって朝ご飯を一緒に食べてたんです」
 網戸の向こうからいぶかしげな眼差しを向ける家守さんに送られた栞さんのその言葉は、嘘ではない。が、真実でもない。
 「酒に酔って壁を突き抜け、どうせならそのまま入ってくればいいのにわざわざドアから入り直して突き抜けた事を謝りに来た」とは単純に恥ずかしいのかそれともルール違反をした事が後ろめたいのか、落ち着いた口調からは読み取れないがとにかく言いにくいらしい。話題の種になりそうな気もしますがね。
「じゃあ、お邪魔しました。また後でね」
「はい。また後で」
 持っていたコップ二つをことんと置いて玄関へ向かい、靴を履く栞さん。それが終わって爪先で数回床を叩くとふとこちらを振り返り、
「お弁当、頑張ってね」
 と一言。そしてこちらの返事を待たずにドアをくぐって行った。それは多分、僕が返事をする前に浮かべた無言の苦笑を返事と受け取ったからなのだろう。僕もそのつもりだったし。
 家守さんはまだ何をどう助けて欲しいのか一言も言ってないけど、栞さんの中ではもう弁当作るの手伝って、で確定なんですね。同意ですけども。
 朝の挨拶がてらに一言二言話す二人を壁一枚、いや網一枚挟んで食器を洗い始める。と言っても皿二枚にコップ二つだけなので、あちらの会話が終わって栞さんが網戸越しにこちらを一瞥し、自分の部屋もしくはもう直接掃除しに下? に向かい始めるころにはもう、洗い終わって余計な水を切っているところだった。
「えーと、もしかして今忙しいかな」
 そんな僕の様子を見て、壁の向こうで長らくお待たせしっ放しの家守さんはそう言う。
「いえ、もう終わるところです。これが済んだらいつも通り暇ですよ」
 なんせ午後から出かけるんですし、今更用事がある訳もないですよ。……そう言えば他のみんなはどうだろう? もしかしたらまだ今日が花見の日って知らされてないんじゃ?
 そんな不安はどこ吹く風か、
「じゃあちょっとお弁当作るの手伝ってくれないかな。このままじゃちょーっと時間が厳しそーでねぇ」
 困り果てて頼みに来たと言うよりは最初からそのつもりだったかのような悪戯っぽい笑みを浮かべる家守さん。
 しかしこちらも動じる事無く微笑み返す。なんせ昨日、成美さんが買い物から帰ってきた時から予想してた事ですからね。余裕しゃくしゃくですよ。
「分かりました。もう出ますからちょっと待っててください」
 皿洗いが終わったらば最後に自分の手を洗って、いざ出陣。
「ねね、もしかしてしぃちゃんお泊りだったとか?」
「部屋に戻っていいですか?」
「ごぉめんごめん」
 部屋から出た途端に話は変わる。しかもあらぬ方向に。本当好きですねそういう話題。
 しかし考えようによってはそうなのかもしれない。もし栞さんが飛び出したのが今朝方じゃなくて夜中からだったらの話だけど。上半身だけとは言えこっちの部屋にいた訳だし……ま、お泊りと言うにはやっぱり無理があるけどね。
 気を取り直して家守さんの部屋へ向かうその途中、大吾の部屋の前に差し掛かって疑問が再燃。
「あの、僕と栞さんは昨日聞きましたけど他のみんなは今日が花見だって知ってるんですか?」
 特に清さんだ。ちょくちょくどこかに「趣味」で出かけてる上に、もしまた奥さんとデートだったりすると都合もつけにくいだろうし。
「こーちゃんの部屋に向かうついでにみんなには伝えたよ。そしたらみーんな『やっぱりか』みたいな感じだった」
 「やっぱりか」かぁ。土日のどっちかになると思うって言ってた栞さんと同じで、みんなも家守さんの行動パターンを読んでるんだろうな。
「本当仲いいですよね。ここのみんなは」
「こーちゃんだってその中にちゃんと入ってるよ」
 正直、そう返してもらえる事を期待していった節もあった。だけどこうして面と向かって言われると、少なからず動揺してしまって一瞬返事が遅れてしまう。
「………ありがとうございます」
 今更こんな事で動揺した自分が可笑しくて、口を開く頃には顔が笑ってしまっていた。
「いやいや、仲良くなれたのはこーちゃん自身の人柄だよ。別にアタシがみんなに取り計らったとかじゃないんだから」
 その台詞を意訳するなら「礼を言うような事じゃない」って事なんでしょうけど、表情も加味して考えるなら「褒め殺しにしてやろう」ってとこでしょうか。部屋を出てすぐの一言の時と同じく、意地悪そうな笑みでした。
 まあ、だからと言って嫌な気分になんかなりはしませんけどね。自力か他力かはともかく、みんなが仲良くしてくれてるのは事実ですし。


「そう言えば家守さんって花見は昼にやる派なんですか? 今日やるのは分かるとしても、それと一緒に昼にやるって事もさっさと決めちゃってましたけど」
 家守さんの部屋に着いてみると完成品を買ってくればいいだろうにわざわざ酢飯と袋状に切り開いたきつねあげ(味付け済)が用意されていたので、まず最初のお手伝いは手作りおいなりさんに決定。
 米を握ってきつねあげに詰め込んでを繰り返しつつ、僕を呼んでまで弁当作りを急ぐ羽目になった理由を尋ねてみた。夜からだったらまだまだ時間に余裕があった筈だしね。一人で全部用意するのが大変なのは変わらないけど。
 すると家守さん、同じくおいなりさんを握りながら、
「んー? んー、どっちかっていうと夜のほうが好きだけどさ、確かあの神社明かりがないんだよね。それに神社内に家があるわけだし、夜だとうるさくて迷惑かなって」
「あぁなるほど。そうでしたね、神社にそのまま住んでるんでしたよね」
 とくれば頭に浮かぶのはそこに住んでらっしゃる岩白さん。なんだったっけ、確かお賽銭を催促されたような。とくれば願い事だけど―――何かあるかな願い事。
 脳内を探さなければ出てこないようなものを果たして願い事と言うのかどうかはともかく、重箱の一段を埋め尽くすほど作ったところでおいなりさん作り終了。それにしては酢飯が随分余っちゃってますが。
「どうします? 相当残ってますけど」
 と尋ねられ、その余ったものを摘み食いしながら、
「冷蔵庫に置いといて晩ご飯に使うとかどう? こーちゃん」
 負けずにこちらも摘み食いしながら、
「いいですね。散らし寿司にでもしましょうか」
 いやあ酢飯って美味しいですね。小さい頃は親が作る度に摘み食いしてましたよ。うちわでぱたぱた扇ぎながら。
 さておいなりさんが完成して次は?
「お肉っ!」
 と家守さんが勢いよく取り出しましたるはお肉っ! ……ではなくからあげ粉。これさえあれば手軽に美味しいころもの出来上がり。いいですねえ。
 で、下準備は……してある訳ないですよね今まで別のもの作ってたんですから。
 と思ったら、家守さんが冷蔵庫に手を掛けた。そしてそこから引っ張り出してきたのは、なんと既にタレに漬け込まれた鶏肉達! 手際が良い!
「もう準備してあったんですね」
「あとは粉つけて揚げるだけ~」
 本当に一人で料理できるようになったんだなあ、と感心しつつ、まずは油を温めましょう。
 で、からあげは家守さんに任せるとして、
「僕は何をしてましょうか?」
 訊かれる側から訊く側に廻った事も結構嬉しかったりして。
「じゃがいも切っててくれるかな。ポテトフライも一緒に作るから。野菜室に入ってるよ」
「了解しました」
 まな板包丁そしてじゃがいもを用意して早速取り掛か………いやちょっと待てよ。
 ちょいと疑問が生じたので、冷え冷えの味付き鶏肉に粉をぽふぽふとまぶす家守さんを振り返る。
「皮どうします? 取りますか?」
 ファーストフード店やらコンビニ等でみかけるポテトと言えば、皮は大概剥かれている。だけども料理として必ず剥かなければならない訳ではなく、わざと残したまま揚げる人もいるのだ。家庭料理の場合は剥かない方が多いのではないだろうか? いやただの想像ですけど。
 すると家守さん、まだ油が温まらないので無駄にぽふぽふしつつ、
「ん? んー、じゃあ付けたままで。そっちのほうが手作りっぽいし」
 そういうものでしょうかね。皮を剥くほうが手間は掛かってるんですけど。
 という事でじゃがいもを皮付きのまま八等分。それをじゃがいも四個分ほど作って作業終了。
 その頃には油も温まり、食欲をそそる香りを発しながら鶏肉が鍋の中で揚げられている真っ最中でした。
「楽しみだねー。お弁当がどんな感じになるか」
「ですね」
 これだけ大きな弁当箱なら、さぞ見た目もボリューム満点なのだろう。今はまだおいなりさんしか入ってないけど。
 桜の下にマットを敷いて、弁当箱を中心にみんなで座って、楽しくお喋りしながらの昼ご飯。やっぱり料理というものは自分じゃなくて他人に食べてもらってこそ! 「美味しい」と言ってもらえれば最高だけど、そうじゃなくてもただ満足そうな顔をちらりと見せてくれるだけでも作ってきて良かったなと思えるしね。食事の質がよければ会話も弾むし。多分。


「出来たー!」
「いやあやっと完成ですねえ」
 四段まとめて食べ物ぎっしりの重箱は、苦労した甲斐もあって結構な重さに。かと言って「質より量」な訳ではなく、質も量も等しく取り揃えております。僕達のでき得る範囲で。
「で、今何時だろ?」
「えーと」
 台所には時計がないので居間の方へ向かい壁時計を確認。そして台所に戻る頃には、一仕事終えた家守さんは偽タバコで一服していた。その様子はもう何度も見てきたけど、あれって味とかするんだろうか?
「十一時です」
「お、丁度いいくらいだねぇ。んじゃあもう行っちゃおっか」
「神社までは何で行くんですか?」
 明くんが言ってた「ここから東に行った田舎っぽい所」までどのくらいの距離があるのか僕は知らない訳でして。歩き? それともプールの時みたいに車? その間を取って自転車……は無し。なぜならここの住人誰一人として自転車不所持だから。
 まあこの辺でって話だったからそんなに遠くはないだろうけど。
「車で行くよ。歩けない距離でもないけど」
 という事なので、
「じゃあ僕、部屋に戻るついでにみんなに声掛けてきますよ」
「うん、お願いね」
 部屋に戻ったところでさして準備するような事はないのだが、まあ出かける前に一応ね。と言ってもやっぱり何か………あそうだ、お賽銭用に財布持ってこないと。願い事はまだ思いつかないけど―――それにほら、他に何か買ったりするかもしれないし。
 なぜか無理矢理お金を使おうとしているような気がするが、そんな事を考えてる間にお隣の清さん宅の前。
 チャイムを鳴らした後、返事が来るその前に一つ思いついた事があって多少身と心を身構える。
 そうだ今日は土曜日だ。という事はもしかしたらドアの向こうにいるのはあの面白植物さんなのかもしれない。
「はい」
 しかしそんな予想(と若干の不安)をよそに、開いたドアから顔を出したのは清さん本人。いきなり巻きつかれてくすぐりまわされるような事がなくてホッとしたのは、正直否定できない。
 まあやられたのは初めて会った時だけなんだけど、あの事件の印象が強すぎて未だにこの体たらく。話してみれば気のいいやつなんだけどね。時々混じる英単語もそんなに難しいものじゃないし。何でそんな喋り方なのかは分からないけど。
「えっと、家守さんの準備ができたのでそろそろ出発だそうです」
「おや、では私も準備しないといけませんねぇ。んっふっふっふ」
 今回は何を趣味として持って来るおつもりなのでしょうか? と考えてしまうのは相手が清さんだからこそ。普通だったら食べ物やら飲み物やら、とにかく花見の準備を指してると思うものなんでしょうけどね。それが何の準備かと尋ねたらまた長くなりそうな気がするのでスルーしておきますが。
「分かりました。それでは日向君、また後で」
「はい」
 と一旦お別れしてドアが閉められていく―――と思ったら、
「あ、そうそう」
 また開いた。
「他のみなさんにも伝えるんでしたら、怒橋君はまだ帰ってきてませんよ」
「え? どこか行ってるんですか? もうあんまり時間ないんですけど」
 大吾が出かけるような事と言えば………ああそうか、サタデーが出てこないわけだ。いやでも本当に時間が。
「ジョンとサタデーと三人でお散歩ですよ」
 やっぱり。
 あ、でもちょっと待った。
「花見は外でやるんだから殆ど散歩と一緒だと思うんですけど」
 プールと違って神社にならジョンも連れて行けるだろうし、それならあの動物好きが連れて行かない訳はないからね。
 しかしその疑問に対する回答もまた、彼の動物好きが由来する事だった。
「私もサタデーを連れに来た怒橋君にそう言ったんですがね、『仕事ですから』だそうですよ」
「『仕事』ですか」
 その大吾の言葉がそのままの意味で通るものではない事は、それを面白そうに語る清さんを見れば、いや恐らく見てなくても分かっただろう。
 本当に好きなんだなあ。まあだからその仕事を与えられたんだろうけどね。
 ……成美さんにならともかく、動物にくらいは素直になってもいいんじゃないかなぁ。そんなだからしょっちゅうその事で弄られてるっていうのに。
 ま、とにかく置いていかれる前に帰ってきてね。巻き添えになるジョンとサタデーが可哀想だから。
 さて次は階段上って一つ目の、先の動物好きが素直になれない女性の部屋へ。彼女も本当は動物なんだけど、
「どうした?」
 そうは見えないよなあ。いやまあ人の姿なんだから当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、その事以上に外見と中身の年齢のギャップが目立ち過ぎてると言うか。猫らしいところなんて魚好きって事くらいのものだし。
「そろそろ花見、出発なんだそうです」
「む。という事は弁当が完成したのだな? 味のほうは期待しておいて問題ないか?」
 どうやら弁当作りの話は聞いていたようで。今日が花見だと知らせ回るついでにでも話したのかな。ついでに言うなら味の出来を僕に尋ねてくる辺り、僕に手伝いを頼みに行くって事も聞かされたんだろうな。
 で、その味ですが残念ながら魚料理はないですけど、
「はい。少々つまみ食いもしましたけど、期待に添えられる仕上がりだと思いますよ」
 そう答えると、成美さんは少し視線を落としてフッと鼻を鳴らす。
「そうか。楽しみにしておくよ。朝からご苦労様だったな」
 そのねぎらいの言葉は聞きようによっては上から言うような感じだけど、成美さんが言うとそんなに嫌な感じでもないんだよなあ。何でだろう? 見た目のせい?
 いやでも、もし成美さんが年齢相応の大人ボディだったとしてもそういうふうには思わないような気がするんだよなあ。
 と言うか成美さんが大人になったらどんなだろ?
「それで、わたしはここで待っておけばいいのか? それとももう外で待っておいたほうがいいのだろうか」
「あー、そうですね」
 清さんも部屋で準備中だし、部屋で待っててもらっても別に問題はないと思いますが……
「準備とかが大丈夫なら、もう外で待っててもらってたらいいと思いますよ」
 あえてそっちを勧めるのは、大吾くんが帰ってくるかもしれないからだ。いやまあぶっちゃけしょーもない事なんですがね。ジョンはともかくサタデーが一緒だから二人っきりって訳でもないし。
「そうか。じゃあまあ全員揃うまで外で日向ぼっこでもしておくかな」
 そうですね天気もいいですし。でもその後が花見だからどうせずっと日向ぼっこ―――って、大吾の散歩の話と同じツッコミだなこれ。
「それでは後でな」
「はい」
 それでもやはり準備があるのか、いったん中に戻る成美さん。まあ日向ぼっこだけならともかく、外出するんだからそれもそうなんだろうけど。部屋の鍵持ってきたりとか。
 では次の部屋……は留守なので素通りして、そのまた向こうの部屋の前へ。外にいなかったから多分掃除は終わってると思うけど、栞さんもう戻ってるかな?
「はーい」
 呼び鈴を鳴らすとすぐに、ドアの向こうから想定通りの声が。よかったよかった。隣と違って部屋にいてくれて。
「あ、孝一くん。やっぱりお弁当作りのお手伝いだったの?」
 ドアを開けて呼び鈴を鳴らした相手が僕だと分かると、こちらの用件を訊く前にそんな質問。こっちの用件もそれと繋がるところではあるんですけどね。
「はい。それで、弁当が完成したんでそろそろ出発なんですけど」
「うん、分かった。じゃあもう外で待っとくね~」
 あ、外は成美さんが………いやまあいいか。そんなにこだわるような事でもないし。
 成美さんと同じくいったん部屋に戻る栞さん。それを見届けたらようやく二階の一番隅の部屋、つまり自室に到着。
 と言ってもやはりする事は殆ど無く、窓の鍵やらガスの元栓やらを確認した後に床に寝転がり、しばし休憩。
 思えば今日は寝起きから騒がしかったからなあ。鼻を強打して目が覚めたら壁から栞さんが生えてるし、その事をわざわざ謝りに来た栞さんと一緒に食パン食べたら今度は家守さんが来て弁当作る事になったし。
 いやあまだ一日の半分も過ぎてないのに随分充実してるなあ。しかもこの後にまだイベントが控えてるし。岩白神社ってどんな所だろう? もしかしたら岩白さんにも会えたりするかな? 楽しみが尽きない日ですねえ。
 麦茶を飲んだり何となく寝転んだりして十分ほどのんびりした後、そろそろ自分も外に出とこうかなと出かける準備開始。
 取り敢えずは何か買ったりするかもしれないから財布と、部屋の鍵。……他には特に用意する物はないかな。財布と鍵じゃあ用意と言う程大層な持ち物でもないけど。
 さて、じゃあそろそろ出ますかね。


 部屋から出て廊下から下の様子を見下ろしてみると、どうやら残すは僕と清さんだけだったようで他のみんなは集合済みでした。大吾とジョン、それにサタデーも部屋でのんびりしてる間に帰ってきてたようで。
 自分がぎりぎり最後じゃない事に若干ホッとしながら階段を降りると、
「やっと来たか。あとは楽だけだな。今日は何を企んでいるのやら」
 成美さんが大吾の背の上から楽しげにそう漏らした。


コメントを投稿