(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五章 桜の季節・出会いの季節 五

2007-08-23 21:04:03 | 新転地はお化け屋敷
 そうやっておんぶされてるのはもう何度も見てきたけど、以前は大吾の肩を掴んでいたその手はプールに行った時以来、肩越しに抱きつくような形になったままだ。その体勢が気に入ったのかな? 大吾も別に文句言うわけでもないし。
 まあ文句言うにしたって僅か過ぎる変化なんだけども。それで文句言うようなら、「それってむしろ意識しちゃってるって事なんじゃない?」って突っ込むだろうね。僕が家守さんならっていう条件付きでだけど。
 しかし大吾くん、特に突っ込みを入れるような隙もない話題を切り出す。
「まーしかしあの神社か。ガキん時に何回か行ったっきりだな」
「え、そうなの?」
 そう言えば家守さんも五年前に行ったきり、とか言ってたっけ。
「もしかして、意外と遠かったりする?」
 すると今度はジョンの上に乗ったサタデーが、
「そんな事ねえゼ。俺様は行った事ねえけどよ、神社なら前いた山から見下ろせたしそんなに遠くねえ筈だゼ。今日行く岩白神社ってそこだよな姐さん?」
「ワフ?」
 そうして犬と植物に首を傾げられたその姐さんは、やっぱり白い棒を口に咥えたまま首を縦に振る。
 いくら本物じゃないからってそう何本も吸うもんじゃないと思いますけど、実際のところどうなんでしょう?
「この辺他に神社って無いし、そこであってると思うよ」
 そして視線をサタデーから僕のほうへ向けると、
「いやほら遠くの有名な神社ならともかく、近所のさして有名でもない神社となるとあんまり行く機会もないもんだって。アタシもそうだしね」
「うーん、言われてみればそんなものなのかもしれませんねぇ」
 岩白さんには悪い話のような気もしますけどね。
 そして今度は栞さん。しゃがみ込んでジョンの頭をなでなでしつつ、
「孝一くんは神社とかお寺とか、好きだったりするの?」
「いえ、そういう訳ではないんですけど」
 ジョンはジョンで撫でられて気持ち良さそうに尻尾をふりふり。普段なら頭を撫でてやるとお座りの姿勢になるんだけど、背中に誰か(主にサタデーだけど)が乗っていると立ったままなんだよね。
 多分ジョンは背中の誰かが落ちないように気を使ってるんだろうけど、本当に賢いなぁこいつは。人語を解する動物が曜日毎に七匹もいるこのあまくに荘の中でも彼らに引けをとらないと言うか、ジョンも言葉が分かってる節があるから侮れない。
 まあ「状況に応じた判断が上手に出来てる」って事なんだろうけどね。それだけでも凄い事だし。
 頭の中だけで褒めるのもなんなので、僕も頭を撫でてやる事にする。栞さんと交代するような形で頭を撫でると、尻尾を振るスピードが一層速くなった。その様子を見て栞さんとサタデーはにっこり。と言っても栞さんのにっこりとサタデーのにっこりじゃ迫力が違うけども。相変わらず綺麗な白い牙だねサタデー。
「なんだなんだゴキゲンだなぁジョンよ! SO GOOD! みんなで出かける時はそうじゃなくちゃな!」
「ワンッ!」
 ジョンが嬉しそうに返事をすると今度は栞さんが、
「サタデーはどう? ゴキゲンかな?」
「OF COURSE! と言いたいとこだが、俺様がゴキゲンになるにはちょいと条件があってだな。そこんとこどうよ哀沢?」
 成美さん? なんだろう条件って。
 僕にはそれがなんなのかすぐには分からなかったけど成美さんは分かっているようで、大吾の肩越しに呆れたような表情を覗かせた。
「あぁあぁちゃんと昨日弁当の材料と一緒に買ってきたよ。今は楽が持っている筈だ」
 買ってきた………という事は、多分あれかな。
「WHAT? そうなのか? でも俺様今まで聞いてなかったゼ?」
「知らせたらどうせ行く前に飲んでしまうだろうから、楽に隠すように言っておいたのだ。家守の事だから恐らく花見は今日になるだろうと踏んでいたが正解だったな」
 やっぱりそうか。サタデーが欲しがるもので飲み物といったら、あの植物用活力剤しかないよなぁ。まあ本当は飲み物ですらないんだけども。
「ぐぬぅ。確かにそうかもしれねえが行動を読まれるってのはなんつーかこう、いたたまれないFEELINGだゼ……」
「クゥ~ン」
 サタデーが口をへの字に曲げて情けない声を出すと、彼を背に乗せているジョンが心配そうに振り返った。口を曲げる代わりに尻尾を曲げて。
「本当にねぇ。ごめんねなっちゃん、連絡遅れちゃって」
 そしてサタデー以外にももう一人行動を読まれた人物が、今度は眉を曲げてアンニュイな雰囲気に乗っかった。
 そうなって慌てだしたのはむしろこの雰囲気を生み出してしまった成美さん。
「え、いや、別にわたしは非難した訳ではないのだぞ? いつもの事という意味でだな……」
 そう言ってせわしなく周囲をきょろきょろと見回し、
「そう、例えばわたしがいつも怒橋におぶってもらっているような」
「なんで例えがそれなんだよ。オレがお前を背負って当たり前って言われてるみてーなんだが」
 いい例えを言えたと思って表情がホッとしたのも束の間、今度はその例えに出した人物からブーイングを喰らって再び表情が崩れる。
「え? あぁ~、だからほれ、おぶって『もらっている』だ。当たり前だなんてそんなふうに思った事は断じて無いぞうむ」
「じゃあちょっとはそれっぽくしろよな」
「あ、……ああ。………すまない」
 大吾のぶっきらぼうな一言に、本気で反省した様子の成美さん。
 ……なんだかだんだん空気が悪い方へ悪い方へ向かっていってるような?
 すると大吾、背中から何を感じたのかバツが悪そうに頭をぼりぼりと掻くと、
「んだよ誰が謝れっつったよ。そうじゃなくてなんだ、感謝とかそういうのしてるんならしてるなりにだな、あ、謝るよりも先にする事あんだろが」
 その口調からも分かるように恥ずかしかったらしく、大吾は僅かに頬を赤くしながら上を向いてしまいました。
 正直そこまで恥ずかしがるような台詞でもないと思うけど。
 一方それを聞いた成美さんは抱きつく腕に力を入れ、その言葉に頷くように大吾の肩に顔をうずめてしまいました。本当に頷いただけなのか、それともそこから続く言葉を言うのが恥ずかしくて顔を伏せただけなのかは分からないですけど。
「い………いつも……いつもありが」
「いやぁ遅くなりましたー! すいません準備に手間取りまして! ……おや?」
 おや。
 ジョンがゴキゲンな事からどこをどう間違ってか生まれてしまった重いようなこそばゆいような妙な空気は、こうしてドアが壁にぶち当たる衝撃音とともに霧散してゆきました。
「おやおや、これはなんと言うか……んっふっふっふ」
 なんと言うんですか?
 結局なんとも言わないまま清さん合流。嬉しいような悲しいような中途半端なようなな二人は硬直したままで。
「仕方ないゼ清一郎。お前は何も悪くないゼ……」
「ワフゥ~ン」
「と言うよりも、あそこまで行ったこと自体清さんが遅れたからだもんね」
「まあ確かにみんな揃ったらそのまま出発しちゃいますもんねぇ」
「ここはアタシ達がこう来ることを察してせーさんの部屋のドアを塞いどくべきだったよねー」
「私とした事が、申し訳ないです。せめて静かに出てくればこんな事には……」
『もうほっといてくれーーー!』


 さあ全員揃ったところで、気を取り直して車に乗り込み出発しましょう。
 今回はジョンも連れてこれた分、以前プールに行った時より更に後部座席はゴチャゴチャに。僕の膝の上に乗せるにはジョンは大き過ぎるからなあ。こればっかりはお利口という事ではどうしようもないし。膝の上でじっとされてても、目的地に着く頃には足がやられてそうだしね。
「いやーかれこれ五年ぶりだけど、あの時から何か変わってるかな? 岩白神社」
 開けた窓の淵に肘をかけ口にはタバコ(っぽいもの)を咥えているという、なんとも男らしいポーズで運転する家守さんは今の時点から楽しそうでした。そして僕も、
「初めてですから楽しみですよ。どんな所なのか」
 家守さんとは違う視点から楽しみなのでした。
 すると後ろの席から栞さんが顔を覗かせて家守さんに話し掛ける。
「そう言えばみんなであそこに行くのって初めてですよね」
「そりゃあわざわざみんなで行くような所じゃないしねー。祭りとかやるんならともかく」
 ん? という事は?
「五年前に行ったっていうのは一人で行ったんですか?」
 仕事以外であまり一人でいるところを見ない家守さんがそれこそわざわざ一人でどこかに出かけるというのが想像し難くて、そう尋ねてみた。
「……ぷっ、あっはっはっは!」
 しかし家守さん、答える前に口に咥えた棒を落とさないように空いてた右手で摘み上げながらからからと笑い出す。そしてその笑いも収まると、灰が出るわけじゃないけど灰皿にタバコを置いておいて、
「やだなあこーちゃん、五年前だよ? アタシまだ管理人になってないって。ギリギリだけど学生学生」
「楓さん、まだまだ若いですもんね~」
「あぁ、これは失礼しました」
 いや、四捨五入でまだ二十歳と言えなくなったくらいの年って事は前に聞きましたが、老けて見えるとかそういう意味じゃないですよ? ただのうっかりミスですごめんなさい。
 ………ん。という事はみんながあそこに住み始めたのもさほど昔からって事じゃあないのかな? 少なくとも五年以内って事?
「アタシが今の生活始めたのは四年前からだね。つまり大学出てすぐにあそこの管理人兼霊能者になっちゃった訳よ。いや~どっちも年寄り臭い職業だねぇ我ながら」
 管理人………はまあ分かるとしても、大学でてすぐに霊能者って「なっちゃった」ですむ問題なんでしょうか? 失礼ながら周りとかには反対されそうな感じなんですけど。やっぱりその、社会的に見たらお世辞にも信用のある職種ではないでしょうし。
 と少々口には出せないような事をあれこれ想像していると後の席から清さんの声がし、それに反応してか僕と家守さんの間に並んでいた栞さんが席に着く。
「んっふっふっふ。でもそのおかげで私達は助かってますよ。帰る所があるというのはやはりありがたいものですからねえ」
「ワフッ」
 それらに釣られて後ろを覗いてみると、目についたのは車の揺れに弱いらしく前回同様お休み中の大吾。まだ車が出てから数分しか経ってないのによくもまあ。
 そしてその隣、というか半身重なってる成美さんが口を開く。ちなみにジョンは僕の座席の裏、床部分にお座りしてます。狭そうだけどごめんねジョン。本当は広いんだけど。
「わたしも……そうかもな。元々どこに定住するでもなくぶらぶらしていたが、今の生活は気に入っているぞ」
 すると座席の裏、つまりトランク側からしゅるしゅるとつたが這い出してきて、ついには口のついた花部分が出現。そのままつたを数本、成美さんの首筋に絡みつかせる。それは言うまでも無くサタデーです。なんでトランクなんかに? 日当たりがいいのかな。
「何だ何だ、絡みつくな狭苦しい」
 しかしサタデーはその非難を無視。白い牙を覗かせてニンマリ微笑む。
「気に入ってるってそりゃあ、コイツもいるからなぁ。さっきはちょいといいMOODだったじゃねえムグ」
「なっ! や、待て馬鹿者!」
 成美さん、慌ててサタデーの口を塞ぐと大吾の様子を確認。その眠り込んでいるさまを確かめると、驚きとともに持ち上がった肩を安堵の溜息とともに下降させた。
「……そこはもうほっといてくれと言っただろうが!」
 大吾を起こさないよう、小声で怒鳴る。
「ムググググ」
 一方口をふさがれたままのサタデーには、小声以前に反論からして不可能だった。
 でも考えてみればあれって、要するにお礼を言おうとしただけなんですよね? いいムードも何も、さらっと言っちゃえばなんてことない会話で終わる筈だったのに変に恥ずかしがるからあんな事に、ねえ? 他の人には普通に言ってるでしょうに。
「ほれ、喜坂はどうなんだ今の暮らしは。後はお前だけだぞ」
「ムゴモゴゴ!?」
 発音的に恐らく「俺様は!?」と叫んだであろうサタデーをお返しとばかりにスルーし、話題を早急に修正させる成美さん。その様子に栞さんは楽しそうに口を微笑ませ、そのまま話題に乗り始めた。
「もちろん栞も好きだよ今の暮らし。清さんの言う通り帰る家があるのは嬉しいし、みんなもいるしね。……あ、そうそう。孝一くん」
 全員に向けた話は、ここで急に僕一人を指したものに軌道修正。
「なんですか?」
「実はね、楓さんを別にすれば栞があまくに荘の住人第一号なんだよ~」
「え、そうなんですか?」
 なんとなーくだけど清さん成美さんが昔からいるイメージだったんですけど。栞さんと大吾は若そうだから……いやまあ幽霊に年齢以下略なんですけどね。と言うか見た目の若さなら成美さんが一番なんですけどもね。
「それが我がお化け屋敷の歴史の始まりだよこーちゃん。二人目の住人、せーさんを見つけたのはしぃちゃんだし」
「そうそう。テレパシーが使えるカラスさんに清さんが幽霊だって教えてもらったの。そのカラスさんに会ったのもビックリだけど、いつも道で見かけてる人が幽霊だって分かったのには驚いたなあ。まあ自分もそうだったんだけどね。それで驚いてたらカラスさんに笑われちゃったよ」
 てへへ、と小さく笑う栞さんでしたが、それどころじゃないですねはい。
 テレパシーとかいうまたよく分かんないものが飛び出してきましたね。人間がやってるだけでも胡散臭いのにカラスですと? もしかしなくてももしかして、
「そのテレパシーなカラスも幽霊関係だったりするんですか?」
 その問いに答えるのは我等が管理人の家守さん。こういう話題はお手の物。
「んー、アタシが会った訳じゃないから推測だけど、そういう幽霊もいるよ。形を成せなかった―――アタシやこーちゃんでも見えない空気みたいな幽霊ってのがたまにいてね、そういうのは大概他の生き物に乗り移って暮らしてるんだよ。で、幽霊にだけ伝わるテレパシーで会話してんの」
「幽霊にだけ、ですか。なんだか色々大変そうですね」
 生きてる人に話し掛けられないのもそうだけど、自分の形が成せないって事はつまり体がなくなっちゃうって事でしょうし。カラスになんて……あ、でも空飛べたら気持ち良さそうかも。いやまあ実際そうなったらそれどころじゃなさそうだけど。
 すると家守さん、運転中なので大袈裟にはできないけど僅かばかりえへんと胸を反らしてちょっと威張る。
「もちろんアタシは聞こえるけどねー。じゃなきゃ仕事で会っちゃったりしたら大変だし」
 そして反らした姿勢を元に戻すと一転、優しい口調だけども、言って聞かせるようなはっきりとした声で続きを話す。
「それにそうなっちゃった人達だって……あ、人に限らないんだけどね、なんだかんだで楽しくやってるもんだよ。その『幽霊にしか届かないテレパシー』で幽霊仲間を探して一緒に暮らすとか、犬とか猫に乗り移って誰かに飼ってもらったりとか。アタシは……」
 そこまで話すと急に顔つきが変わっていつもの様子に元通り。
「あ、やはは~。浸り過ぎちゃってたあぁぶないあぶない。なんか格好付けた事言いそうになっちゃったよ。ごめん最後のナシで」
 とくればもちろん、
「気になりますねぇ」
「なるよねー」
「なるな」
「恥ずかしがらずに言っちゃえよ姐さん」
「んっふっふっふ」
「ワンッ」
「ぐー」
 お世辞にも広いとは言えない車内から七人分もの要望が。いや一人寝たままだけど。
「えぇ~、まいったなもう………」
 と言いつつ人差し指で頬をぽりぽり。観念してくださいね。
 ぽりぽりしていた右手をハンドルに戻すと恥ずかし紛れに小さく噴き出してから、
「あーまぁなんだ。よーするに上手く仲間が出来なくて寂しい思いしてる幽霊さんの力になれたらなぁ、なんて思っちゃってる訳だよぶっちゃけ。寂しさ紛れに悪さする幽霊なんてのも仕事で会ったりするからねー」
 若干早口でさっさと言い終えると、横目でちらちらこちらを伺う家守さん。急かした以上は何か感想を返すのが礼儀でしょうか? では率直に。
「格好付けるも何も、本当に格好良いじゃないですか」
「あー、いやごめんね気を使わせちゃって」
 そんな気を使ったとかじゃないんですけどね。家守さんの評価がうなぎのぼりですよ本当に。
「しかし言ってみればわたし達もそれに当てはまっているのではないか? 寂しいかどうかはともかく仲間はできたからな」
「だよねー。あまくに荘がなかったら今頃どうなってるか分からないし」
「それこそ寂しい生活を送ってるかもしれませんねえ。私も助かってますよ」
「俺様なんか口がなかったんだゼ? まあ俺様達七匹だけじゃあ喋る相手もいねえ訳なんだけどな」
「ワフッ」
「ぐー」
 いい加減起きなさい大吾。いいところなのに。
 気を使うどころか同意見多数で、更に照れてしまって頬を掻く家守さん。
「あ、ありゃぁ~。これは嬉しいやら恥ずかしいやら」


 そんなこんなで盛り上がってるうちに、気付いてみれば辺りは田舎っぽい風景。家はまばらで田んぼばかり、おまけに道は人通りなし。明くんが言ってた通りの場所だった。という事は、そろそろ到着かな?
 建物の少なさのせいで必要以上に見渡しのいいのどかな風景を窓から見渡してみるが、それっぽい場所は見当たらず。まだ遠いのかな?
「着いたよー」
「んぁ。着いたのか?」
 あれ。
 着いたって、どこに神社が? と目覚めた大吾は置いといて家守さんのほうを見てみると、その家守さんは道の脇の急な斜面を見上げていた。斜面と言っても道ではなく、草も木も生い茂っていてさながら山のふもとだ。まさかこの上ですか?
 そう言えば明くん、高台になってて見晴らしがいいって言ってたけども。
「着いたのはいいけど、どこから登れるんだったかなー。確か車もいけたと思うんだけど……」
 どうやらこの上なのは確定らしい。しかしまあ、歩いて上るにしてもきつそうなくらい急だなあ。
 その斜面に沿うように車を迂回させて入口を探していると、前方遠めに人の姿が現れた。
「あ、岩白さんだ」
 見間違うはずもない。あの小さな身長、そしてそれに不釣合いな長い髪は紛れもなく岩白センさんその人だ。
 でもあんなところで突っ立って何してるんだろう?
「あの人が? じゃあ入口訊いちゃおうか」
 分からないなら関係者に尋ねればいい、と家守さんは車を減速させ、岩白さんの目の前に停車。その近付いてる間に岩白さんも車内の僕に気付いたらしく、元から空いていた窓から顔を覗かせた家守さんが入口の場所を尋ねるよりも早く「いらっしゃいませ!」と元気な笑顔。
「車の入口はこっちです。ちょっと道っぽくないですけど」
 まだこっちは何も訊いてないのに的確な指示。そして岩白さんが指差す先には、確かに道らしくない……と言うか、木がトンネルっぽくなってるだけで道らしくないどころかどう見ても道じゃないです。普通に草生えてますし。道だと言われてよ~く見ればちょっとだけ他より草が薄くなってるような気もしますけど。
「いやー、ありがとう。丁度それが聞きたかったんだよ」
「岩白さん、もしかしてこのためにわざわざ待っててくださったんですか?」
 家守さんが都合よく現れた案内人さんにお礼を言って僕がそれに続くと、あちらは何やら笑顔を少し曇らせる。
「御覧の通りなので、ここが道だと気付かれなかったりするかなって思いまして。歩きなら反対側に石段があるんですけどね~」
 僕達が歩きで来てたらどうしてたんですか? なんて野暮なツッコミは置いといて、
「まあ……これなら確かに………」
 改めて岩白さんの後にある筈の「道」を見上げてみる。
 うん、岩白さんが立ってなかったら車内の誰もが絶対気付かなかったと断言できますね。
「あ、あの、でも中はこんな事ないんでゆっくりしていってくださいね」
 取り繕うような笑顔を見せる岩白さんに家守さんが代表して「お邪魔します」と返事をし、他のみんなも車内からぺこりと一礼して、草の坂を登り始める我等が軽。岩白さんに後部座席の方々の姿が見えてるかどうかは分かりませんけどね。
 なるほどこの「道」は他の場所より傾斜が緩やかになっているらしく、気がトンネル状になっている事も考えれば確かに道だった。後はこの伸び放題な草さえなんとか……


「う~ん、『入口ここ』みたいな看板とか建てたほうがいいのかなぁ。あ、その前に草引きかなやっぱり。もっと人通りがあればこんなに伸びないんだろうけど……はぁ。……そうだ、草引きといえばあっちはもう済んだかなぁ?」


 砂利道のようにがたがた揺れるでもなく、かと言って平坦な道でもなく。草の上をもっそもっそと揺れながら坂を登る車の中で、
「本当に小さい人だったね~」
 事前に僕から岩白さんの話を聞いていた栞さんが感心したように切り出した。それに真っ先に反応したのは同じく小さな成美さん。
「小さい事など、別に話題にするような事でもないだろうが」
 と、ふてくされたように言い捨てる。
「でもさぁ、成美ちゃんは体で言えば十一歳でしょ? さっきの岩白さんは孝一くんと同い年なんだよ?」
「確かにそうは言ってたがだな」
 それでも納得できない様子の成美さんをよそに、その事を初めて聞いた他の方々は驚きを隠さなかった。
「へ!? あれで!? いやそりゃいくらなんでも」
「オレ、てっきり中学生か小学生かと思ったんだが」
「人間って体格差がスゲェよなー。年齢と成長具合が一致してねえゼあれは」
「私にも中学に入ったばかりの息子がいますが、あの方はそれよりも……」
「ワンワン!」
 全員喋る度にどれだけ乗ってるんだと思いますが、それは今更いいとして。
 確かにこういう反応されるんじゃあ岩白さんが小さい事を気にしてるのも分かる気がするなあ。
 まあでも中途半端に小さいならともかく、あそこまで極端だとむしろステータスになるんじゃないでしょうか? そういうのが好きな人だってもしかしたら……あ、明くんがそうだったりするのかな。
 いやそりゃ外見だけって訳じゃないんでしょうけども。さっきのも含めてまだ二回しか会った事ないですけど、人当たりが良さそうな人だとはなんとなく思いますし。
「お前等な、もうちょっと言われるほうの身にもなってくれ。小さい者は好きで小さい訳ではないのだぞ?」
 話の対象が自分ではないせいかいつもの火の玉は出てないけれど、成美さんご立腹。
「オマエは気にしすぎなんだっつの。小さくたって不便な事なんかそうそうねーだろ」
 すかさずフォロー、になってない気もする大吾の反論。それは傷を抉り出す結果になると思うんだけどなー。
「貴様は台所に立つのにいちいち椅子を買ってこなければならないこの気持ちが分かるのか! 八百屋のおばさんに毎回『偉いねえ』と褒められるこの恥ずかしさが分かるのかぁ!」
 ほら。
「でもまぁいいじゃん、そのおかげでだいちゃんの背中に気兼ねなく飛び乗れるんだからさ。もしなっちゃんが大きかったらおっぱいとかぎゅうぎゅうだよ?」
「そそそそこに話を持っていくな馬鹿者ーー!」
「ホンッとに思考がおっさんだなヤモリはよ」
 言ってる間に気のトンネルを抜けててっぺん到着。目の前に現れたのはお堂と言うより、民家? の玄関? だよねこれって。ここに住んでるのは知ってたけど、普通に家なんだなあ。
 ……と、僕は一体どんなのを期待してたんだろうか?


5 コメント

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Unknown (さきまんじ)
2007-08-25 22:27:32
テレパシーが使えるカラスさんktkrwww
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Unknown (Unknown)
2007-08-25 22:32:02
紅楼くんですか?
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Unknown (代表取り締まられ役)
2007-08-26 21:07:19
はい。紅楼くんです。
と言っても彼はもうカラスでも猫でもなくなちゃってますけどね。なんせあれから三年後の世界なもんで。
ちなみに気付いた方もおられるかもしれませんが、リテイク本編の中で紅楼くんと喜坂さんが会った場面もちょろっと出てきてるんです。本当にちょろっとですが。
今頃彼は次楼くんとして乳母車にでも乗っているんでしょうかね?
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Unknown (Unknown)
2007-08-26 23:21:39
↑読みかえしてきてみた。







…まさに初っぱなにありました…

キヅカナカッタヨorzニカイヨミカエシチャッタヨ
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Unknown (代表取り締まられ役)
2007-08-27 21:09:49
まああれは思いっきり後から思いついた結びつけなんですけどね。リテイクを書いてる時にはまだこの話、思いついてもいませんでしたし。
しかしまあ偶然とはいえ、こっちの設定とあっちの設定が上手い具合に重なったのは自分としてもビックリです。脳味噌が単純なせいかもしれませんが。
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