(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十六章 蛇の道 五

2009-05-31 20:58:24 | 新転地はお化け屋敷
 思い出し思い出しのゆっくりゆっくりな動きだったので、持ち上げられる庄子ちゃんからしても、先に察しがついたようです。
「ナタリー、大丈夫?」
 と心配そうな声を掛けますが、「大丈夫、下半身はいつも通りだし」と自信有り気なナタリーさん。庄子ちゃんの背中と膝裏に腕を通すと、果たしてその言葉通り、あっさり持ち上げてしまうのでした。
「わ、すごい」
 がしかし、軽々と持ち上げたように見えた割に、辛そうな表情を見せるナタリーさん。
「う、で、が……腕が駄目そう……」
 蛇のままである下半身は強靭でも、慣れない人間の上半身はそうもいかないようです。
「で、でも折角だから庄子ちゃん、そのまま家守さんみたいに……私に、抱き付いてみて……!」
 こんなに力強い抱擁の誘いがあるものなのでしょうか。いえまあ、一般的な抱擁というものとは事情がまるで違うんですけど。
 躊躇っている時間すら惜しまれる苦悶の表情に、返事もなしに慌てて抱き付く庄子ちゃん。なんじゃこりゃ。
「何アホなことやってんだ」
 多分僕と同じ感想を持ち、だけどちょっとだけ言葉選びが乱暴な気がしないでもない庄子ちゃんの兄が、溜息を吐きながら二人に近付きました。そしてその場にどっかりと座り込むと、
「うわっ、ちょっ、どこ触ってんだスケベ!」
「背中だクソガキ」
 つまり、庄子ちゃんを支えてナタリーさんの負担を軽減しようということなのでしょう。ちなみに、ちゃんと背中でした。
「ありがとうございます、怒橋さん」
「仕事だ仕事」
 その区分はおかしいだろうと思いこそすれ、ナタリーさんは感謝しているんだから、下手な横槍は入れないでおこう。
「格好良いねえだいちゃん?」
 ……それでもまあ、この人は入れますよね。横槍。
「何言われても、仕事は仕事です」
 一瞬だけまだ家守さんをヤモリと呼んでいた頃の顔に戻る大吾でしたが、そこはどうやら堪えたようです。もしかしたら家守さんは、堪えずに言い返してくるほうを期待していたりしたのかもしれませんが。なんせ家守さんですから。
「あ、じゃあ、あとで怒橋さんにも抱き付いていいですか? お礼の気持ちも兼ねて」
 そう提案され、今度は即座に返事をせず、いったん周囲を見渡す大吾。
 見渡した先、その頭上から妹に睨むような視線を浴びせかけられ、同じく見渡した先、やや距離をおいて床に座っている小さな女の子からは、「できれば断って欲しい」と言っているも同然な力無い眼差しが向けられています。
「勘弁してくれ頼む」
「そうですか……」
 ナタリーさんは残念そうでした。女性である庄子ちゃんですら大興奮だったのですから、男性である以上、大吾だって惹かれるところがないわけではないのでしょう。だけど、それ以外に答えはなかったのです。むごい話ですね。
 心中が察せられる余りにこちらの心中まで痛めていると、そこへ不意に耳打ちが。
「孝一くんなら、どう答えた?」
 聞かないでください栞さん。聞かなくても分かっているでしょうに。いくらナタリーさんにそういうつもりが毛ほどもないにしたって、ねえ?
 回答を求めてはいないようで、尋ねっ放しで顔を離す栞さん。僕はそちらへ苦々しい半笑いを返すのが精一杯なのでした。

 その後、庄子ちゃんとの熱い抱擁を終えたナタリーさんは、その場の全員一人ずつへ同じ提案を申し出たのでした。つまり、抱き付いていいですか、と。
 女性陣は全員その申し出を受けました。女性同士なので微笑ましいだけだろうと思いきや、家守さんと抱き合った時だけは、正視に堪えないような光景でした。どう表現すべきかかなり迷うところではあるのですが、その、脇からはみ出そうだったと言いますか、いっそはみ出ていたと言いますか。……正視に堪えないとは言いましたが、そりゃ見ましたよ、ええ。
 で、男性陣です。僕と清さんは申し出を丁重にお断りしたのですが、高次さんだけは、同じく断ろうとしたところを家守さんに無理矢理な軌道修正を入れられ、断りきれませんでした。何か酸っぱい物をそうとは知らずに口に含んだかのような顔をしていたりして、それはそれでむごい話です。結果、男性陣で気持ち良さそうにしていたのはジョンだけでした。
 ――しかし。男性と女性で分けた場合、どちらに入れるべきなのかよく分からない方がまだ一名いらっしゃいまして。
「サーズデイさん、ぐっすりですね」
 広げた両の掌の上へ大事そうにビンを乗せ、顔を近付けて中を覗き込むナタリーさん。そんな彼女へ、成美さんが一つの提案を。
「せっかく庄子が来ているんだ。起こしてしまってもいいんじゃないか?」
 サーズデイさんが眠り始めたのは、庄子ちゃんと清明くんがここへ来る少し前。なのでサーズデイさんはまだ、庄子ちゃんが今ここにいることを知りません。眠りを妨げるのは気が引けますがしかし、このまま庄子ちゃんが帰ってしまうまで寝たままというのも……。
「うしナタリー、そういうことだから爪で弾け、ビン」
 大吾から指示。
「爪で、ですか」
 ナタリーさんは「爪で弾く」という動きがよく分からない様子でしたが、そこで大吾が宙へ向けてその動作を実演。そこまでするなら自分で弾けばいいのにと思わないでもないですが、これもスキンシップの一環なのかもしれません。
 指の動きに慣れていないせいで、全ての指が同時に動いてしまうナタリーさん。それでも何とか大吾の動きを真似し、人差し指から小指まで、カカカカンと四連打。
「うにゅ」
「あ、サーズデイさん、起きましたか?」
 もぞりと蠢いたサーズデイさんを、再び覗き込むナタリーさん。
 しかし。
「うう……うきゅ!?」
 ゆっくりと両目を開いたサーズデイさん、まん丸い体が縦に伸び上がるほどの驚きよう。「きゅー! きゅー!」と大声を上げながらビンの中を転がりまわっています。
 さて、では何に驚いているのかと言いますと。
「あ、あの、私ですサーズデイさん。ナタリーです」
 ということです。庄子ちゃんのこと同様、このことについても知らないサーズデイさんなのでした。
 驚いたのはサーズデイさんだけど、その中では他のみんなも驚いていたんでしょう。
「……きゅう?」
「上半分だけですけど、家守さんに人間の姿にしてもらったんです」
 サーズデイさん、そう言われて初めて下半身が蛇のままであることに気付いたのか、それから暫くビンの底面を通してナタリーさんの下半分を眺め、そして。
「てれてれ」
 照れていました。口で言ってくれるので分かりやすいですね。
「ふふ、驚かせてごめんなさい。それであの、庄子ちゃんが来てますよ」
 ふんわりと微笑むナタリーさんから今度はそう言われ、体全体で振り返って室内を見渡すサーズデイさん。
「おはよう、サーズデイ。お邪魔してます」
「にこっ」
 驚くこと必死なナタリーさんの変身ぶりについてはともかく、こちらについてこの反応なら、寝ているところを起こしたのは正解だったようです。
 こちらがそんなことに胸を撫で下ろしている間にも、にこにことただひたすら嬉しそうなサーズデイさん。しかし突然、何かを思い付いたかのような無表情になると、庄子ちゃんをちらちらと気にしながら、ビンの中をころころぴょんぴょん動き回り始めました。はて、どうしたのでしょう。
「ちゃんと見えてるよ、サーズデイ」
 庄子ちゃんがそう声を掛けるとサーズデイさんは動きを止め、再び笑顔に。
 喜んでいるのはサーズデイさんだけど、その中では他のみんなも喜んでいるんでしょう。
 それを考えると、庄子ちゃんにはこれから一週間、毎日――と言うよりは毎曜日、ここへ来て欲しいものですけど、それはさすがに無理な注文ということになるでしょう。

「しょーちゃん、もしよかったらなんだけど、今晩の夕食にご一緒してもらえないでしょうか」
「えっ、晩ご飯ですか?」
 サーズデイさんが目を覚ましたことでようやく全員集合となり、いつも通りにわいわいがやがやのびのびだらだら時間を過していたところ、家守さんからそんなお話。思い思いに会話なり何なりを満喫していた他のみんなも口を止め、そちらに注目することになりました。
「うん、晩ご飯。自分で言うのもなんだけどさ、アタシ等の結婚祝いってことで、豪勢にやっちまおうって話になってるのよ。どうかな」
 こういった誘いなら、誘う形式にするまでもなく全員参加になるのがここの基本。庄子ちゃんもそうくると思ったのですが、
「ああ、えっとその、親に相談してみます」
 ちょいと意外なワンクッション。乗り気ではあるようですが、即断というわけにはいかないようです。
 庄子ちゃん、ポケットから取り出した携帯電話を片手に台所へ。
「……大吾の家って、門限とか厳しかったりするの?」
 帰りが遅くなる場合に家へ連絡を入れておく、というのはまあ、当たり前の行動ではあるでしょう。しかし「遅くなるよ」というだけならともかく、まず出てくる言葉が「親への相談」というのは、多少なりとも違和感を感じてしまうのでした。もちろんそれが悪いというつもりはさらさらなく、むしろ良いことなのだと思いはしますが。
「門限っつーか、ここだからな。お化け屋敷」
 尋ねた僕に、大吾はさらりと答えてくれました。
「ああ、うん」
 そんな相槌くらいしか、返せませんでした。お化け屋敷だからという理由でそういうことになるのなら、大吾と庄子ちゃんのご両親は大吾がここにいることを――。
「オマエがんなツラするとこじゃねえだろアホ」
 そんなことを考えた途端、怒られてしまいました。しかも、
「ナタリー、日向に抱き付け。本人が断ってもわたしが許す」
「いいんですか? それじゃあ」
 成美さんからとんでもない指示が!
「わーっ! すいません! 本当にすいませんでした! すいませんでしたから!」
「哀沢さんが許してくれるそうなので、失礼します」
「あの、やめ」
 ぎゅっ。
「――っ!」
「高次さんほどではないですけど、やっぱりちょっと硬めですねえ。男の人だから、ということなんでしょうか?」
 そういう考察は離れてからにしてください! 抱き付かれたままでまったりされてしまうと……!
「あ、でも、日向さんの感触も気持ちいいですよ」
 僕だって気持ち良いんですよ! だから駄目なんですけどね!……くっそう、柔らかいなあもう!
 すいませんでした。いろんな意味でいろんな方に。

 汚された、なんて女々しいことを言うつもりはありません。むしろ僕は、ナタリーさんを汚してしまったのかもしれません。それ以前にも高次さんに抱き付いてたんですけど、それで罪悪感が解消されるわけでもなく。
「あれ、日向さんが縮こまってる」
 体育座りで自分の膝に顔をうずめていると、そんな声。連絡を終えた庄子ちゃんが戻ってきたようです。
「騒がしかったみたいだけど、何かあったの? 栞さん」
「孝一くんが失礼を働いたから、みんなでお仕置きしたところだよ」
 達成感を感じさせる満足げな口調で、栞さんが答えました。他の女性と抱き合ったということで嫌な顔されるのは辛いけど、そう前向きでいられるのもまた辛いものがありますね。
 ところで、誰も止めなかったんだから、あのお仕置きは「みんなからのもの」ということで間違いはないのでしょう。これもまた辛い話です。家守さんなんかは、もしかしたら面白がって眺めてただけかもしれませんけど。
「お仕置きって?」
「ナタリーに抱き付いてもらった」
「よく分からないけど、お仕置きしたみたい。私は気持ち良かったんだけど」
「うわあ。何やっちゃったんですか、日向さん」
 ああ庄子ちゃん、そんな哀れむような目でこっちを見ないで。
「栞さんがここでにこにこしてるって、よっぽどですよ?」
 そうなんだよねえ、と栞さんへ目を遣りますが、そう言われてもまだにこにこしている栞さん。つまり、よっぽどによっぽどを重ねたよっぽどさだということです。あうう。
「え? 庄子ちゃん、それってどうして?」
 僕にとって意外だったそんな疑問は、ナタリーさんの口から発せられました。
「喜坂さんはじゃあ、普通だったらどんなふうになってるものなの?」
「ど、どう? そりゃああのー、まあ、嫌そうな顔になるんじゃない?」
 その意外さは僕だけが感じたものではないようで、答える庄子ちゃんはしどろもどろ。栞さんも、口は開かないにしても庄子ちゃんと同じような。
「どうして?」
「栞さんは日向さんの彼女だから、自分以外の女の人が日向さんとくっついてたら……あー、うーん」
 説明を途中で切り上げ、唸り声を上げてしまいます。嫌そうな顔をされるのが他ならぬナタリーさん自身であることから、言い辛いところがあったのでしょう。しかしそこへ、ふふっと笑い声。
「まあ、人間特有の考え方だからな」
 成美さんでした。
「簡単に言えばだな、ナタリー。人間は男も女も、好きな相手を独り占めしたいと思っているのだ。だから好きな相手が自分以外の異性と――例えばさっきのお前と日向のようにしてくっついていたりすると、不安になるのさ」
 そういうものなんですかねえ。……そういうものなんでしょうねえ。人間を外から見た視点を持っている成美さんの言葉ですし。
「独り占め、ですか」
「うむ。ただ、さっきの場合はそのこと以上に、日向へのお仕置き分が強かったということだな。だから喜坂も嫌そうな顔をしなかったということだ」
「……やっぱり難しいですねえ、恋の話は。それに加えて人間の話ともなると、もうさっぱりです」
「はは、結局はお前がその時にどう動くかという話さ。人間がどうのとは言ったが、わたし自身、猫だった時から変わり種だったからな」
 人間のような感性を持つ人間以外の動物もいれば、人間以外の動物のような感性をもつ人間もいるし、そのどちらとも違う全くもって個性的な感性を持つ場合もある。成美さんが言いたかったのは一つめなんだろうけど、人間の立場からも考えると、そういうことになるのでしょう。
「わたしがどうするか、ですか。うーん、やっぱりその場面に立たされたら、どうにかするんですかねえ。今がこんな状態でも」
「間違いなくどうにかするさ。なんせ理屈の問題でなく、感情の問題だからな」
 自信たっぷりに言い聞かせた成美さんは、「感情で動くというだけなら、別に恋に限った話でもないがな」と続けます。
 理屈でなく、感情で動く。誰かに恋をするということ自体が感情の働きである以上、それはまず間違いなく正しいんだろう。もちろん、それに付随してあれこれ理屈を後付けすることはあるだろうし、そしてそれは当たり前のことなんだろうけど。
 その人のどういうところを好きになったとか、その人とどういう付き合い方をしたいだとか、その人にどうしてあげたいだとか。理屈で考えるべきことは確かにあって、だけどその発端がどれも恋という感情を起因としているのだから、逆に、かつ極論的に言えば、恋という感情がないままあれこれと考えを巡らせようとすると、空回りしてしまうのかもしれない。今のナタリーさんのように。
「してみたいなあ、恋」
 呟くナタリーさん。口調だけはやっぱり平坦ですが、垂れ気味な目をしゅんとさせ、なんとも深刻そうなのでした。

 ナタリーさんの深刻そうな呟きののち、そこから話題を逸らそうとしたのかそれとも初めから気になっていたのか、「結局のところ何をやらかしてお仕置きされる羽目になったんですか?」と庄子ちゃんに詰め寄られたりして、しかもそれに自分がどうして僕にお仕置きをすることになったのかよく分かっていないナタリーさんが加わったりして、「また抱き付いちゃいますよ?」なんて脅しも加えられたりしつつ、やっぱり周囲のみんなはそれを止めてくれなくて、家守さんは「やっちゃえやっちゃえ」なんてはやし立てたりして、そんな空気に飲まれたのか庄子ちゃんまでが「あたしもいっちゃいますよ?」なんて言い出しちゃったり、「オマエなんかじゃ孝一も別に困らねえだろ」なんて横槍が入れられたと思ったらその脳天にチョップが炸裂したり、「いやしかし実際、庄子だってなかなかに『ある』し……」なんて気にする方もいたりして、そんなこと言われたら僕までそれを気にしてしまって挙動が更にぎくしゃくしたり、その時ばかりはさすがに栞さんから睨まれたり――。
 まあ、いろいろありました。
 ありまして、夜。
『ご結婚、おめでとうございまーす!』
 101号室に、そんな声が響き渡りました。各々の言葉遣いがまちまちなので、若干それとは違う言い回しが混ざったりもしていましたが、大勢を占めていたのはその言い回しでした。
「ありがとうございます、皆さん」
 新郎は無難にそう返し、
「ありがとう、ありがとう」
 一方新婦は軽く開いた両手を掲げ、どこかの偉い人がマイクスピーチでも終えたような感じなのでした。マイクもなければスピーチもしてませんが。
「さて、準備があればドレスアップとかそういうこともしてみたいところだけど――そういった準備は何もしておりません! あとは食うだけです! たまにみんなでご飯食べるのとあんまり変わらないかもしれませんが、それはどうかご容赦を! 量だけはずいぶん確保しましたんで、くれぐれも遠慮はしないように! それでは皆さん――」
『いただきますっ!』
 その声にしても各々で力の入りようが異なっていたりもしましたが、大勢を占めていたのはそのくらいのテンションなのでした。
 ちなみに、上半身だけでも人間の姿をしているということで、ナタリーさんも食事に参加。指がまだ自由でないという問題は、スプーンやフォークを使っていただくということで解決です。
 ――それでは、言われた通りに遠慮なく。

「ジュースとお酒も用意してあるからねー。自分の年齢と嗜好に相談の上、お好きなほうをお好きなだけお召し上がりくださいよー」
「あの、家守さん、私も飲んでみていいですか? 年齢と嗜好っていうのは、よく分かりませんけど」
「ああ、もちろんナタリーも遠慮なしでいいよ。ただし、しょーちゃんと同じくらいの年齢ってことを鑑みてお酒は駄目だよと、一応ながら言っておこう」
「ということは、ジュースということになるんですね? どう違うのか、よく分かりませんけど」
「栞はどうしようかな。お酒飲みたいけど、今から飲んじゃったらご飯が食べられないだろうし……ん、そうだナタリー、この辺の食べ物なんだけど」
「この辺ですか? 特別に取り分けられてるみたいですけど……えっと、何でしょうこれ」
「孝一くん、説明どうぞ」
「えーとですね、今日のお昼頃に話してたことなんですけど、機会があればナタリーさんに料理というものを振舞ってみたいなって言ったんで。せっかくいま人の姿ですから、作ってみました。豆腐の肉乗せっていって、僕の好物でもあります」
「わあ、ありがとうございます」
「どういたしまして。……だ、抱き付くのは勘弁してくださいよ?」
「そうですか? じゃあ、隙を窺うことにします」
「ええっ」
「家守さん、家守さん」
「ん? どうしたかなしょーちゃん。もしかして、お酒飲みたいって?」
「いやいやそんな。あのですね、食べ物以外に何も準備がないって言ってましたけど、ちょっと注文というか――結婚ってことで、見たいなあってものがあって」
「見せられるものだったら遠慮なく見せるけどねえ。んで、そりゃ何かな」
「えっと、誓いのキスを」
「おおう。だってさ高次さん、どうよ?」
「んー、まあ、やるんなら息が酒臭くなる前のほうがいいだろうなあ」
「だってさ、しょーちゃん。愛する夫も乗り気みたいだから、それじゃあとくとご覧あれ」
「あー、楓、どうか中学生の女の子に見せるに相応しい程度のを頼むね」
「保障はできないかなあ。さあ、高次さんもしょーちゃんも覚悟しろ。それが終わったら、アタシも今夜はお酒飲んじゃうぞー」
「え、飲むの?」
「だって特別な日だもん」
「そういえば怒橋君、哀沢さん」
「どうした? 楽」
「お二人もつい最近にご夫婦となられたわけですが、いかがでしょうか? こういった催しは」
「それはあれか、わたしと怒橋もこういうことをしたらどうか、と言っているのか?」
「んっふっふ、その通りです。楽しいじゃあないですか、お祝い事というのは」
「しかし正直わたしには、こういうことについての知識があまりないからな。お前はどうだ? 大吾」
「オレはまあ――うん、やってみてえかな。清サンが言ったみてえに楽しいってのもあるし、なんつーか、区切りっつーか実感が持てそうっつーか」
「ですよねえ。今あちらで庄子さんが言っていたように、誓いのキスというものもありますし」
「そ、それは、どういう――うわ、家守、人前でそれはやりすぎでは……。おい、あんなことをしなくてはならないのか? 夫婦になったことを祝うというのは」
「いや、あれは楓サンだから……すげえなありゃ。あー、普通はまあ、普通のキスだぞ」
「普通のか。むう、それならなんとか大丈夫そうだが」
「ドレスを準備してみるのもいいでしょうねえ。哀沢さん、純白のウェディングドレスなんか、とても似合いそうですし」
「それがどういうものなのかもまた、わたしは知らないわけだが。どうなんだ大吾」
「清サン、それで俄然やりたくなりました」
「んっふっふ、そうですかそうですか」
「むうー……。なあジョン、サーズデイ、わたしは一体なにをさせられるんだろうな? 似合うとだけ言われても、何が何やらさっぱりだ」
「ワウ?」
「ぷいぃ?」

 今晩に限っては、ごちそうさまの音頭はありません。みんな揃って、「ここで食事は終了」という明確さを伴うような食べ方をしていないのです。つまり、だらだらと食べ続けているわけです。時々思い出したようにひょいと口に運ぶような。
 各自それぞれ思い思いの相手と会話をしたりするわけですが、僕の場合、話し相手である栞さんの視線が他へ逸れたと思った途端、後ろからナタリーさんに抱き付かれたりしました。隙を窺うと言っていたのは本気だったようです。
「日向さんの好物、何て言いましたっけ? あれ、とっても美味しかったです」
 感謝の言葉は嬉しいんですけど、何だかナタリーさん、ただの抱き付き魔になってませんか?
 しかし僕の意思がどうあれ、こういう状況になってしまえば、反応せざるを得ないのは会話相手であった栞さん。なのですが、
「あぁあ~、駄ぁ目ぇだぁよぉナタリぃいー。孝一くんに抱き付いていいのはぁ、栞だけなんだよぉ~?」
 この時既に、栞さんは酔っ払いモードだったのです。普段ならニコニコとした笑顔な彼女ですが、こうなるとどうも「もにょもにょ」というか「にゅむにゅむ」というか、酢でふやけでもしたかのような笑顔です。――なんて観察をしている場合ではなく、
「えいっ」
 掛け声の割にはよたよたとした動作ではありますが、後ろから抱き付かれている僕に対し、前から抱き付いてくる栞さん。当然、背中に人一人がくっ付いている僕にそれを避ける術はなく。
「おおっ、何やらこーちゃんがモテモテ状態だぞ。アタシも参加したほうがいい?」
「どこがどうなったらそういう発想に繋がるんですか!」
 さっき誓いのキスとかやってたの誰ですか! 誓いどころか、呪いとでも名付けたくなるような勢いでしたけど!


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