(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十章 伸びない髪 六

2008-01-20 21:05:42 | 新転地はお化け屋敷
「オマエの中で、オレってどんな位置付けなんだよ……」
「馬鹿」
「殴る」
「蹴り返す!」
 こっちが既に片腕を振り上げているのにも気付かねーで、半身を引いて蹴りの体勢に入ろうとする。
 普通このタイミングなら避けようとするところなんだけどな、といらん事を考えたら気分が冷めてしまう。なので振り上げた腕をこの後どうするか迷ってしまい、取り敢えずゆっくりと腕を下ろし、庄子の頭に開いた手をぽんと乗せた。
「ひぇ? な、何さこれ? 今あたしの頭どうなってんの?」
 片足を引いた中途半端な姿勢のまま、庄子は目を丸くした。殴られると思っていたんだろう、予想外の事態を把握できねーらしい。まあ、それならそれでもいい。蹴られるよりゃあずっとな。
 しかしそれにしても、
「チビ」
「んだとこのデカブツ!」
「あいてっ!」
 ――結局、ローキックを喰らった。殴るの思い止まってやったってのにこの恩知らずが。
「くすくす」
「はは。仲が良いのか悪いのか分からんな、お前達は」
 オレを蹴った後思いっきりその場から後ずさりし、今オレが触った頭のてっぺんを恥ずかしそうに手で押さえるソイツを見て、二人は笑った。
 悪いに決まってんだろが。仲が良かったら蹴られねーっての。スネはねーよスネは。


「うーん、でも二人っきりって理解したところでやる事ないのは変わらないんだよねー……」
「まあ、待つ側ですからねえ。遊びに出かけるわけにもいきませんし」
「こういう時ってどうしたらいいのかなあ? 一人だったら昼寝とかテレビ見るとか、適当に暇潰ししとけばいいんだけど」
「そうですねえ。僕も残念ながら経験豊富ってわけじゃないんで……いっそ、開き直って何もしないとか?」
「え、それってどういう事?」
「ただなんとなくぼーっとしといて、ただ二人でここにいるだけー、みたいな」
「それって今のこの状況なんじゃないの?」
「いえいえ、もっともっとぼけーっとするんですよ。今が暇だって事も忘れるくらい頭の中を真っ白にして」
「それって何かの修行みたいだね。……瞑想?」
「それですそれ。じゃ、お先に失礼します」
「え、孝一くん?」
「……………」
「うわ、本当に始めちゃった。……どうしよう?」
「……………」
「……………」


 行きの時よりも増えたビニール袋同士が擦れ合うガサガサ音が時々気になりながら――つっても、オレが持ってるわけじゃねーけど――行きと同じ道を通って、あまくに荘到着。
「楽しみだなあ、栞さんの彼氏」
 そう言って喜坂の部屋を見上げるコイツの「おしゃれは足元から」とかいうどうでもいい一言に翻弄されて、サンダル買う時はまた色で悩む羽目になった。もちろん悩んだのはオレじゃなくて、
「はは、あまり期待すると肩透かしを食うかもしれんぞ? あいつは、良くも悪くも普通な奴だから」
 コイツなんだけどな。
 で、悩んだ挙句のその色は帽子と同じ灰色。帽子ほど白っぽいって色じゃねーけど、まあそんな細かい事はどうでもいい。「できるだけ色を合わせる」っつー単純な理由で決めるんなら、もーちょいさっさと決められねえもんか?
 ……いやそりゃ、そっちはそうやって悩んでるのが楽しいってのも見てりゃなんとなく分かるし、オレだって別に待たされるのが嫌ってわけじゃねえ。なんだかんだで結局オレだって楽しんでたしな。でもよ――
「それにしても、もうこんな時間なんですよねー……」
 だろ? もう暗くなってきてるしよ。時計は持っちゃいねーけど、デパート出る直前に見た最後の時刻が六時ちょい過ぎだったからな。今は六時半ってとこか。
「長くお邪魔するのは遠慮しといたほうがいいですかね、やっぱり」
 階段の前で立ち止まってズボンのポケットから携帯を引っ張り出し、時刻を確認する庄子。横から覗き込んでみれば六時三十四分。思った通りの時間だった。
 するとそんなやや肩を落とした相談主に、相談相手は腕を組む。
「うーむ。わたしからこういう事を言うのもなんだが、喜坂も日向もそういう事はあまり気にしないと思うぞ?」
「こくこく」
 ニット帽の形を維持したままのマリモも、相談主の手の中から同意。
「ああ、彼氏さんはともかく栞さんはそうなんでしょうけど」
 そこまで言って、今度は相談主も腕を組む。そして大きな溜息の後、
「うちの親が心配性でしてねえ……まあ、連絡入れりゃあ大丈夫でしょうけど」
 心底鬱陶しそうに口から言葉を漏らさせた。
「心配してもらえるだけありがてーと思っとけよ」
 それは特に意図する事も無く、適当に返しただけの言葉だった。――その筈、だった。
 なのに庄子はびくりと体を跳ねさせ、噂話に出てくるようなおっかねえほうの幽霊でも目の前にしたかのような、今にも叫びだしそうな顔になった。
「ご、ごめん兄ちゃん! あたし、そんなつもりじゃ……!」
「は?」
 体を引き、口を押さえ、泣きそうな目でこっちを見る。謝られた意味もその体の動き一つ一つの意味も全く分からず、庄子の血相の変えっぷりに逆らうような間抜けた声が出てしまった。
 それでもこの庄子の様子からして、今は結構大変な事態になってるんだろう。それは分かる。けど、その大変なのが何か分かんねえ――
 とここで、助け舟。
「大丈夫だよ庄子。怒橋もそんなつもりで言ったのではないさ。……そうだろう? 怒橋」
「いや、そもそもなんで謝られてるのかすらサッパリだ」
「ほら、な」
 なだめるような柔らかい口調でそう庄子に話し掛け、その口調に合わせたような柔らかい笑顔を庄子に向けた。
 オレへの説明にはなっちゃいないが、口を挟むのは止めとこう。
「……はい」
「にこっ」
「ありがとう、サーズデイ」
 二人に元気付けられて元に戻ってめでたしめでたし……じゃなくてだな、今の、結局何だったんだ? オレが悪かったってわけじゃなさそうだったけど。
「なあおい、今のって――」
 オレが「そんなつもりで言ったのではない」っつってたんだから、庄子はもちろんコイツも今のがどういう事だったのか分かってるんだろう。なので、一応庄子本人に尋ねるのは避けてみた。
「お前は馬鹿だが、悪い奴ではないという事だよ」
 鼻で笑われ、そう返されただけ。結局、余計に分からなくなった。
 ――ただ、庄子が嬉しそうにこっちを見ていたので(もちろんそれはオレじゃなくてオレを馬鹿呼ばわりしたコイツを見てるわけだが)もうこれでいいって事にしておく。引っ掻き回してまた墓穴掘ったら最悪だしな。
 なにはともあれ、階段前で足が止まっていたオレ等は再び歩き始める。203号室か204号室に向けて。


 今オレ達が立ってるのは、孝一の部屋の前。
「……二人とも留守なのか?」
 予想外にも、203・204号室の両方が呼び鈴になんの反応も返してこなかった。って事はコイツの言う通り留守なんだろうけど、二人揃ってって事はどっかに遊びに行ってるとかか? そんな約束すっぽかすようなヤツ等じゃねーと思うんだけどなあ。……あー、でも孝一に伝える前から喜坂が約束自体忘れてるって可能性も……これは、アリだな。
「どうするよ? オレの部屋ででも待っとくか?」
 実際のところがどうだったとしても今ここにアイツ等がいねーのはどうしようもねえから、庄子に提案。
「うー、どうしよっかなあ。いつ帰ってくるか分からないんだし……」
 しかしどうやら迷ってる様子。するとその手元から「くいくい」と呼びかける声が。
「どしたの? サーズデイ」
 困ったふうに垂れていた眉毛を元の位置に戻し、ビンを持ち上げて見えないながらもサーズデイと向かい合う。すると、そのサーズデイから緑色のひょろひょろが一本、伸びていた。それは今通ってきた廊下を指し、つまりはオレ等に「戻れ」と言ってるらしい。
「あっちだとよ」
 その指示に気付けない庄子を先頭に、オレ等三人は廊下を戻る。
「くい」
 もう一度サーズデイが声を上げ、庄子がそこで立ち止まった。そしてオレ等を振り返る。
「今度はなんて?」
「ここだそうだな。しかし……」
 隣のヤツがそう溢し、サーズデイが指す目的地へ目を遣る。けど、なんでここなのかは分からねえらしい。オレにも分かんねえ。
 一度目の指示から数歩歩いただけで方向を変えたサーズデイの糸状体が指しているのは、喜坂の部屋だった。ここはさっき呼び鈴鳴らしたし、それで返事が無かったから孝一の部屋に寄ってみたんだが?
「ふるふるぅ~」
 首を傾げるオレ等三人に、文句でも言うような声と一緒に体を横に振るサーズデイ。そしてもう一度、「くいっ」とやや強めに糸状体を伸ばす。そしてもう一度、その指し示す先を見る。
「あ」
「どうした? 怒橋」
「ほらそこ」
 台所の窓が、開いていた。全開とまではいかねーけど、半分くらい。
「なんだ、無用心な」
 それを見て呆れたような声でいうソイツに、「ああ、窓か」と庄子もようやく窓が開いていると気が付いたようだ。見えねーヤツが指差して見えねーヤツがそれに気付いても、分かりっこねえからな。
「……もしかして、出かけてるんじゃなくてチャイムに気付かなかっただけとかじゃないですかね?」
「こくこく」
 開いた窓から思いついたのか庄子がそんな事を言うと、サーズデイが嬉しそうに頷いた。どうやら最初からそれを言いたかったらしい。
「しかし、さっきも結構鳴らしたがなあ」
 確かに数回鳴らしてから孝一の部屋に行ったんだし、部屋の中から呼び鈴の音も聞こえてた。って事は、呼び鈴の電池切れって事はないし、気付かねえって事も考えにくいか? やっぱいねーんじゃ――あ、そうだ。
 今ここに喜坂がいるかどうか簡単に分かる方法を思いついたオレは、203号室のドアノブに手を伸ばす。
「……いるな。孝一も来てる」
 鍵が掛かってたって事もなくすんなり開いたドアから――開けた瞬間に「おいおい」と止められそうになったが――中を見てみれば、玄関にはきちんと並んでるサンダルと靴。サンダルは喜坂で、靴は孝一だろう。
「二人ともここにいるのか? なら、チャイムに気付かなかったのは?」
「仲良く昼寝でもしてるんじゃねーか?」
「ゆ、夕暮れの情事の真っ最中で手が離せないとか……」
「ふ、まさか。そんなわけないだろう」
「夕暮れのジョージ? テレビ番組かなんかか? 西部劇とか?」
『「馬鹿」者』
「くすくす」
 あれ? オレまた変な事言ったか?


 なんで馬鹿扱いされたのかはサッパリな上に教えてももらえなかったが、それはともかく。
 中にアイツ等がいるのは分かったけどじゃあどうすんだよって事で、
「わ、わたしが行くのか?」
「そりゃだって、知り合いとは言え女の人の部屋ですし。兄ちゃんを勝手に上がらせるのは不味いでしょ? んであたしは彼氏さんと面識無いですし、じゃあ成美さんしかいませんよ」
「むぅ。しかし、やはり勝手に中に入るというのはどうも」
「これは緊急事態ですよ成美さん! もしかしたら、中で二人とも倒れちゃってるのかもしれないじゃないですか!」
「え、えぇ……そりゃ、無いとは言い切れんがな……」
 そんな女二人の会話があって、今203号室の前にはオレと庄子とサーズデイ。中に入ったアイツから報告があるまでここで待機なんだそうだ。
 まあすぐ済むだろうと廊下の手擦りにもたれかかると、
「兄ちゃんさ、成美さんの事、好きなんだよね?」
 手擦りにもたれかかる前にオレがいた所を振り向いた庄子が、いきなりかつ今更な事を訊いてきた。
「……まーな。それがどうかしたかよ?」
 なんだよまた説教か? 今度はオレ、何したってんだ? と気を張るが、どうやら今回はそうじゃねえらしい。今日、見たような覚えのある――ああそうだ、孝一が幽霊を見れるヤツだって喜坂から教えられた時だったな、このやたらへこんだ顔したの。
「もし、だよ? 成美さんが幽霊じゃなくて、それでも兄ちゃんの事が見えてたら――兄ちゃん、年取れるようになってると思う?」
 声に反応して今オレのいる位置に体の向きを微調整させ、妙な事を大真面目に訊いてくる。
「……………さーな」
 たった一言の返事を返すのに、妙な間をとってしまう。答えるのが恥ずいとかじゃなくて――いや、それもあるっちゃあるけど――本当に、もしそうなったらどうなるかなんて分からなかった。
「じゃあ、じゃあ、もう一ついい?」
「なんだよ」
 話の内容から庄子の手の中に収まっているサーズデイが気になったが、こっちに背を向けて庄子を見上げてるからどんな顔なのかは分からない。分かるのは、依然として表情を変えない庄子の顔だけ。
「もしあたしが兄ちゃんを見れてたら――」
「おいお前達。ちょっと来てみろ」
 庄子が言い切る前に、ドアから半身を乗り出す一つめの「もし」の相手。そのことを考えると顔を見るのが照れ臭くもなったが、深くは気にしないと自分に言い聞かせて普通を装う。
「どうしたよ?」
「まあ、いいから来い。ちょっと妙な事になっているのだ」
 庄子の話は途切れたままで、オレ達は203号室に勝手に上がらせてもらうことにした。
 話を途切れさせたヤツを振り返る頃には、庄子の表情も普段通りに戻っていた。
 途切れた話のその先は、聞かなくても想像がつく。けど、どうせ「もし」の話でしかないので、あまり考えない事にした。


「なんだ、やっぱ寝てただけか」
 入ってみれば、喜坂も孝一も思った通りにそこにいた。そして思った通りに昼寝の真っ最中だった。
「でもこの状況って……? どうすればこんな寝方になっちゃうんですかね?」
「ぷくぅ?」
「わたしにも分からん。ちなみに、喜坂もそいつと全く同じ姿勢だぞ」
 んなもん、この状況で眠たくなったからそのまま寝ただけだろ? ――テーブルを挟んで向かい合ってお互い正座で座ってて、二人同時に眠たくなってそのまま寝て、バランスが良かったのか姿勢が崩れる事無く今のこの状況ができあがったと。何も不思議がる事じゃねーだろ。
「ここまで綺麗に正座で向かい合っていると、置物みたいだな。テーブルも込みの豪華三点セット、みたいな」
「こくこく」
「へー、そんな綺麗に向かい合っちゃってますか。あたしも見てみたいなー」
 何をそんなにありがたがってるのかは知らねーけど、このままじゃ埒が開かねーな。
「おい孝一! 喜坂! 起きろ!」
『うわひゃあっ!?』
「お。起きた起きた」
 呼び鈴で起きなかった事もあって声だけで起きるかどうかは不安だったが、二人同時に体をビクつかせて声を上げ返してきたので、不安は外れたらしい。
 と、ここで唐突に尻に衝撃。
「いてっ!」
「言ってる側から何考えてんだこのスットコドッコイ! 耳聞こえてないのかぁ!?」
 ちなみに位置関係からして、もし今の蹴りが空振ってたら孝一の顔面に直撃してた可能性がある。……思い切りと立ち直りが早すぎるっての。さっきまで泣きそうだったくせによ。
「あ……えっと、えー……取り敢えずお帰り、大吾。それに成美さんも。その帽子、買ってきたんですか?」
 その蹴りが顔面に当たりそうになった本人は、ゆっくり辺りを見回してのんびりと言い放った。まだ眠いのか、目はいつもより細く、声はたるんでいた。
「ああ。それと、服なんかもな」
 被ったままの新品の帽子に手を当てながら、もう片方の手に持っているやや大きめのビニール袋をがさりと突き出す。
 服「なんか」って言われるとその「なんか」を余計に意識しちまいそうだが、そうならないように頭の中を適当にゴチャゴチャと掻き乱しておいた。「なんか」って、アレだし。
 そんなオレのあれこれは二人の話に関わる筈もなく、
「似合ってますよ。その帽子」
「それはどうも。ふふ」
 そして孝一は最後にオレの後ろのチビにそのやや細い目をやると、
「えー、それと、初めまして。庄子ちゃんだよね?」
 上げた足をオレの尻に当てたままのソイツに、その事を無視するみてーにやんわりと声を掛けた。ちったあ驚くなりなんなりしやがれ。
 対する暴力女は慌てて足を降ろし、カクカクした声で返事。
「あっ、はっ、はい。初めまして。うちの馬鹿兄貴がお世話になってます」
 さらっとウザい。
「いえいえ、こちらこそ。お兄さんも含めてここのみんなには良くしてもらってて……」
「『お兄さん』とか言うんじゃねえ気色悪い」
 そう言ってぷらぷらと手を振って見せると、孝一は普段の気が抜けるような笑顔になった。
「注文が多いなあ。自己紹介の後も『くん付けは止めろ』とか言ってきてたし」
 コイツの笑い方は二つあって、今ののほほんとしたヤツとヤモリみてーなヤツがある。それは見りゃあすぐ分かるし、分かったあとはそれに続く話の中身も大体見当がつく。――んだが、分かったところで回避しようがねえのが辛いところだ。
「清サンならともかくだな、殆ど同い年のヤツから『くん』付けなんて気味悪いんだよ」
「殆ど同い年……体の年は、そりゃね」
 やや考えてから、孝一がそう言う。
 ――ん? そう言や、コイツにはまだ一度も言ってなかったっけか。
「ちゃんとした年だってそんな変わんねーっての。オレはオマエの一つ上だ。オマエが浪人経験者とかじゃねえ限りはな」
「あ、そうだったんだ」
 ちなみに浪人経験はないよ、と付け加えて、やっぱりオレの年を知らなかった孝一は今始めて納得する。
「ちゃんとした年かあ。それで考えたら栞って、この中で一番年上なんだよねー。普段全然そんな事考えてないけど」
 普段全然考えない割には時々酒を飲む年長者が、顎に人差し指を当てて呟いた。
 ちなみに本人が考えようが考えまいが、普段から年長者っぽくはねえな。この中で年長者っぽいっつったら、
「となると、一番年下はわたし……」
 やっぱコイツだろう。実年齢で言えば確かに十四歳の庄子よりも更に年下なんだがな。
 つっても、今はでかいナリしてるけど。
「いや、サーズデイになるのか?」
「ぷい?」
 普段はまん丸、しかし今はニット帽を被った形になっているマリモが、元猫に問われて体全体を傾げる。
「お前、年はいくつなんだ?」
「ふるふる」
「……分からないのか?」
「こくこく」
 二人はそう話を続け、結果、サーズデイが自分の年を知らないという結論に辿り着いた。
 ちなみにサーズデイは現在、全長約六センチ。マリモが普通にこんだけでかくなろうとしたら百年以上掛かるってのを知ったのは、オレが大分前に同じ事を訊いて同じ答えを返された後の話だ。
 ……まあ、ヤモリに姿を変えてもらった時、ついでに大きくしてもらっただけって可能性もあるけどな。あれ以上小っせえと顔が見辛えし。
 そんな年齢不詳の緑の球体を入れ物ごと手の中に収める色々と普通に考えたら一番年下なヤツが、頭から生えた二本の尻尾を揺らしながら、その顔を会話中の二人の間に割り込ませる。
「まあ何歳でもいいよ。サーズデイ、可愛いもんね」
「にこっ」
 そういう問題じゃねえと思うのはオレだけ――なのか? 誰か突っ込めよおい。さっき蹴られたばっかだからオレはヤだけどな。
 それを見て突っ込むどころかふっと楽しそうに鼻を鳴らした実際の最年少者が、テーブルを挟んで座っている二人を振り返る。
「それで喜坂、日向。さっきのあの昼寝の状況はなんだったのだ?」
 ああ、やっぱまだ気になってたのか。
 って事で、説明の開始を合図にテーブルの開いてる所へ座るオレ達三人。オレの向かいに女二人が座り、その手元では自分の話になって嬉しいのか、声はださねーけどサーズデイが微笑んでいた。


 サーズデイの話を聞いて、テーブルの上に置かれたビンに入っている緑の帽子を被った緑の球体を一通り見回した後、やっとの事で訊かれた事に答え始める二人。
 その間、自分の手元を眺める二人を羨ましそうに見下げていた庄子を見て、できるだけ早いうちに清サンのとこに行こうなんて思いつつ――
 まず孝一が照れ臭そうに言うには、ちょっとした冗談のつもりで目を閉じてじっとしてたらそのうち本当に寝ちまったとの事。
 次に喜坂が照れ臭そうに言うには、孝一が自分を無視しだしたので自分も同じようにしていたら、これまたいつの間にか寝ちまったとの事。
「申し訳無いが、馬鹿だろお前達」
「いやあ」
「えへへ」
 質問した本人は本気で呆れて返したようだったが、馬鹿と言われた二人は引き続き照れ臭そうに薄く笑うだけ。まあ、オレは最初からどうとうも思ってなかったからそれは別にいいんだが、
「オレに馬鹿っつう時はそのまま言うくせに、なんでこの二人だと一言断ってからなんだよ?」
 ここは気になった。
「馬鹿でない者に馬鹿というのは気が引けるが、馬鹿に馬鹿と言うのは何のためらいも生まんからな。つまりお前は馬鹿だという事だ」
「ああ!? んだそりゃテメエ!」
 正直そんなこったろうと思ってはいたが、面と向かって言われるとやっぱり腹が立つ。
「ははあ、なるほど。栞さんと随分気が合うみたいですね、日向さんって」
 なんて言ってる間に、今更そんな事はもうどうでもいいとばかりにこっちの話を無視して孝一に話し掛ける庄子。それはそれでウザい。
「あはは、否定はできないけど……こんなところで気が合ってても恥ずかしいだけだけどね」
「同感」
 孝一が照れたように頭に手を当て、それに続いて喜坂が苦笑い。気が合って恥ずかしいってとこまで気が合うらしい。
「まあ、普段からも気は合っているようだがな。なんせ日向は、引っ越してきた直後から庭の掃除をしている喜坂と仲良く会話していたくらいだし」
 自分から人を馬鹿呼ばわりしときながらオレとの話はさっさとどうでもよくなったらしく、さっきまで言い合ってた筈の相手が孝一達の話に割って入る。
 まあ、相手が話を続ける気がねえなら無理に腹立ててもしゃーねえって事で、
「話するだけなら何も喜坂に限ったこっちゃねーと思うんだけどなあ」
 オレも現在の話題に乗っかる。
「えー? 兄ちゃんが人と仲良く喋ってるって気持ち悪いよ?」
 ……もう、怒る気にもならねえ。
「あはは、栞さんに聞いた通りだね」
 怒りを通り越した呆れすらも通り越して脱力していると、孝一が楽しそうに笑い出した。
「え、なんですか?」
「ん? 栞?」
 ついでにオレも訊き返したくなるようなタイミングで笑い出した孝一に、庄子と喜坂が顔を向ける。
 笑うとこじゃねーだろ、おい。
「いやいや、みんなが帰ってくるのを待ってる間、栞さんに庄子ちゃんがどんな人か訊いてみたんだよ。そしたら栞さん、大吾にだけは厳しい人だって言ってたから」
 ……ああ、分かる分かる。やっぱオレだけがそう思ってるわけじゃねーんだな。酷えよな、コイツ。
「それはちょっと違いますよ日向さん」
 お?
「あたしが兄ちゃんにだけ厳しいんじゃなくって、兄ちゃんが喋る相手を腹立たせるんですよ。あたしは腹立ったら遠慮しないタイプなだけで、兄ちゃんにだけ特別ってわけじゃないです。だから変なのは兄ちゃんです」
 おい。
「あーなるほど、凄く分かるよ」
 おい。
「……オマエ等、いい加減になあ」
 よく飽きねーもんだと思っちまうくらいにいつも通りな展開だが、だからって勝手に言わせとくのも腹が立つ。
 で、止めに入ろうとしたら――
「はいはい、一々冗談を真に受けるな」
 その上からオレが止められた。しかも呆れた口調で。呆れるならオレにじゃなくて、その冗談言ってくるヤツに呆れろよ。
 つってもまあ、そう言ってくる本人が冗談を言う側だから言っても無駄か。やれやれ。


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