(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十七章 事前準備 六

2014-02-14 20:52:13 | 新転地はお化け屋敷
「でも栞さん、そう思っても言えないのが反抗期の難しいところなんですよ? ご機嫌を取るようなことしたら大概は裏目に出ちゃうんですから。この子の場合文句を言ってきたりまではしませんでしたけど、それでも目で『放っといてよ』ってね」
「ああ、見てみたい!」
 どう考えても反抗期というものに対する興味の持ち方が間違っているのですが、どうやら栞が自力でそれに気付くことはありそうにないのでした。
 あとお母さん、「そう思っても言えない」じゃなくて出来たら「そうは思わない」って言っておいてくれないかな。傍から見ていてどれだけ子どもっぽくても本人としては大真面目に反抗しているわけで、それを可愛いなんて思われていたと知ったら泣くよ当時の僕は。ひいては、その当時の僕の延長線上にある今の僕までもが。ああ恥ずかしい。
「そうねえ、じゃあ今度うちのアルバムとか持ってきましょうか? 反抗期はともかくとして、産まれたてのすっぽんぽんから取り揃えてありますよ。孝一の成長記録」
「い、いいんですか? 見せて頂いて?」
「いいも何も、いっそ栞さんに見てもらうために写真を撮ってきたってことにしてもいいくらいですよ? ここまできたらもう」
 まあ写真を集めるだけ集めたところで見返すことなんて滅多にないんだろうし、じゃあ実際の動機はともかく用途としてはそういうことにしてもいいのかもね。なんていうのはもちろん、開き直りなのですが。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。……あ、そうだ。今度もなにも明日でいいんじゃない、アルバム持ってくるのなんて」
 式で披露するなんてのだけは勘弁してくださいね。
 と言ってしまうのはなんだか逆に嫌がらせのヒントを与えているようなものなので、それはさておき。
「で、昼ご飯は?」
「ああ、ご馳走にならせてもらうわよ。そうよね、家で食べてくれば良かったわねこれくらいの時間だったら」
「ちなみにお父さんは?」
「袋ラーメンくらいなら作れるでしょ」
 ごめんお父さん、明日出てくる料理が埋め合わせってことでひとつ。いや僕が呼び付けたんならともかくお母さんは今回自分からこっちにやってきたわけで、じゃあ埋め合わせも何もあったもんじゃないってことではあるんでしょうけど。
 とまあそんな感じにそわそわしっ放しのところ兵糧攻めにまで遭っているお父さんへの同情は惜しまないでおきつつ、けれどこちらの話は続けさせてもらいます。
「あーお母さん、そういうことだったら一つお話が」
「なに?」
「できたら一緒に料理をしたいと栞が申しておりまして」
「はあっ、こっ、孝さん! こっちから言い出すようなことじゃないよう!」
 そりゃそうかもしれないけど栞、一緒に料理をするなんてこと、こっちから言い出さなかったら絶対に起こり得ないんだよ残念ながら。お客の側が料理をするっていうのはやっぱり、ねえ? いくら自分の方から押し掛けてきたにしたって。
「あら。じゃあご期待に添えちゃいましょうかね、あんたならともかく栞さんがってことなら」
「最後の一言付け加える必要なかったよね」
 誰がそんなこと言ってやるもんですか。ふん。

 というわけで台所に移動した僕達だったのですが、
「こういうこと言っちゃうと悪いんだけど、孝一」
「なに?」
「狭くない?」
 元からです、とは言いますまい。今の言葉が意味するところは台所に三人並んでいるというところであって、この部屋の台所の狭さを指してはいないのですから。いない筈なのですから。お母さん、悪いんだけどって言っちゃってますけど。
「僕と栞は慣れてるんだけどね。いつもこうだし」
「え? 三人で……ああ、家守さんにも教えてるんだっけ?」
「一応、アルバイトとしてね」
 浮かべられたにやけ顔に不穏なものを感じた僕は、予防線になるのかどうかは不明ながら一応そんな追加情報を付け加えてみるのですが、
「だからって三人同時に台所に立つなんてねえ。役得ってやつじゃないの? 二人とも綺麗だし」
「台所には立ってないけど一緒に食べるから居間に高次さんも待たせてるの。壁一枚向こうに旦那さんがいるの。そんな馬鹿みたいなこと考えてられる状況じゃないの」
「あら、じゃあ旦那さんがいなかったら――」
 しつこく責め立てようとしてくるお母さんですがしかし、ここで「お母さんお母さん」とすぐ傍に立っているというのに手招きしてみせるのは我が妻栞でした。
「本当にびっくりするくらいないですよ、そういうの。料理始めちゃったら料理だけですよこの人」
「あー……」
 そこ褒めていいところだよ? なんで残念そうにしてるのかな?

『いただきます』
「お義母さん、やっぱり孝さんのお母さんですよねえ」
「だそうよ? 孝一」
「まだ話の中身分かんないのに嬉しそうにされても。……あー、栞、気にせずに続けてくれていいよ」
「あはは。――いやその、あんな綺麗な包丁捌きとか見てたら、孝さんが真似したくなるのも分かるなあって」
「あら嬉しい。けど、どうですかねえ? 普通だと思いますけど私。それを言うんだったら栞さんのほうこそ、料理は始めたばっかりだそうなのに結構なお手前で」
「そこはやっぱり、教えてくれる人がよかったっていうか」
「あらご謙遜。どうなの孝一? 実際、初めから上手だったとかじゃないの?」
「…………」
「あら?」
「か、楓さんはそんな感じだったよね孝さん」
「それを考えると、もしかして僕の教え方が良かったっていうより同期が割と上手だったからってことなんじゃあ――いや、短い期間で上手くなったのは間違いないんだし、あんまり言わないではおくけどね? 元が悪かったのに持ち直せたってことは、飲み込みの早さは栞の方が上だったって考えられなくもないわけだし」
「…………」
「…………」
「…………」
「どっちの得にもならない例え話はやめとこう、孝さん」
「そうだね」

『ごちそうさまでした』
「ああ美味しかった」
 沈んだ雰囲気を払拭しようと試みたのか、真っ先にそんな感想を口にしたのはお母さんなのでした。
 とはいえもちろん、その雰囲気というのは飽くまでも冗談然としたものであって、なにも本気で落ち込んでいたわけではないんですけどね? 僕はもちろん、栞にしたって。それに、その話が済んだ後はずっと黙り込んでいたってわけでもないですし。
 というわけで、
「やっぱり人数が多いほうがいいですよね、ご飯食べる時って」
 にこにこ笑顔でそんなふうに続く栞なのでした。当然、と僕が言ってしまうのもどうかとは思いますが、それはやはり料理の先生の教えあっての意見だったりもするのでしょう。
「あら、新婚さんでもそんなふうに思うものなんですか? 逆にお邪魔じゃなかったですかねえ、私なんて」
「いえいえいえいえ、まさかそんな」
 お母さんとしては謙遜のつもりだったのかもしれませんが、栞の立場に立ってみるとそれで済ませるわけにもいかない、というかいっそ意地悪ということにすら成り得てしまうのかもしれません。というわけで、大慌てで否定する栞なのでした。
「料理好きだからこそ『趣味の時間』以上にはならないっていうか……あはは、だから、そういう感じではないですねご飯食べてる時って」
 意外なところで「料理好き」に対する欠点が浮かび上がってきましたが、しかし言われて思い返してみる限りは、確かにそうだったと言わざるを得ませんでした。会話は弾むけど変にじゃれ合ったりはしてないもんなあ、食事中。
「栞さんとしては、それってどういう感じになるんです?」
「えっ?――ああ、もちろん大歓迎ですよ。そろそろ私も感染させられちゃってますしね、料理好き」
 向けられた質問に驚いたような顔をする栞でしたが、つまりは批判的な意味で言ったつもりは全くなかったということなのでしょう。それにしたって感染って言い方はどうかと思いますけどね。料理の話ということもあって、なんかこう食中毒的なイメージが……いや、止めておきますけど。
「下手でも好きにはなれるんです」
 そして食事中の話を引きずってもいる栞なのでした。誇らしげに言ってはいるけど、今は下手じゃないって本当に。
 で、そんな栞の話を聞いて何を思っているのか、柔らかい笑みを浮かべているお母さんはしかし、それについて何を言うというわけでもないのでした。見た目は柔らかくても中身が僕への嫌味だったりすることもあるので油断はできないのですが、何にせよ今回はセーフということで次の話へ。
「ああそうそう、ご飯食べ終わったばかりで何なんですけど」
 そう言うとお母さん、傍らのハンドバッグを何やらごそごそと。
「来る途中で近くのデパートに寄ってきまして」
「わあ、ありがとうございます」
 出てきたのは包み紙にくるまれた箱。食べ終わったばかりで何なんですけど、という前置きから考えると、その中身は食べ物なんだろうと予想できるわけですが……。
「ちょっと待って栞」
 台所へ仕舞いにいこうと立ち上がった栞を、僕は引き留めました。
「どうかした? あ、今出しちゃったほうがいい?」
 食後のデザートという位置付けにもできなくはないでしょうが、しかし残念ながらそうではなく。いや誰も残念がってはいないかもしれませんが。
「ちょっと気になることが……。取り敢えず貸して、それ」
「ん? うん」
 というわけで栞から受け取った頂き物を、僕はその場で開封していきます。頂き物をすぐさま、というのは些か不躾なのかもしれませんが、まあしかしそこは実の親と子ということで大目に見てもらうことにしておきましょう。そもそも、開封と言っても包み紙を剥ぐだけですし。
 で、剥いでみたところ。
「ああ……」
「ああ……」
 夫婦で同じ反応をする僕と栞なのでした。
「な、何か駄目だった? それ」
「ああいえいえそんなことないです、ありがとうございますお義母さん。ええと、これがどうというよりこっちの事情なんですけど」
「同じの買ってきちゃってるんだよね、僕達も」
 というわけで、お母さんが来る前にお茶受けとして買ってきたアレがもう一箱目の前に現れたのでした。
 同じデパートで買い、かつ包み紙にプリントされている店の名前も同じ。それらだけならまだ何とも思わなかったのでしょうが、箱のサイズまで記憶と一致するとなると――ということで浮かんだ不安は、見事的中してしまったようで。
 もちろん、確信があったというほどではないんですけどね? 箱のサイズだってある程度の規定があったりするのかもしれませんし、じゃあ同じサイズで別の商品だっていうのも有り得るわけですし。……有り得たからこそダメージが大きかったというのは否めませんけど。
「あらそうだったの。じゃあどっちか片方、お裾分けってことにしちゃったらどう? 家守さんとかお隣さんとか」
 どうしたもんかと渋い顔に成らざるを得ない僕と栞の一方、さすがはそこそこ長い主婦歴を持つお母さん、顔色一つ変えることなく対応策を打ち出してくれるのでした。
「そうしよっか」
「そうだね」
 僕達としても異論はなし、ということであっさり決定と相成ります。家守さんとかお隣さんとか、ということではありましたが、仕事のこともあるわけですしここはやっぱり家守さんでしょうか。
 とも思ったのですがしかし、ここで引っ掛かったのは家守さんの部屋をお邪魔した時に言われた「こっちはさっさと引っ込んでいちゃいちゃしとくからあとは頑張ってね」という言葉。もちろんその言葉自体は冗談ではあったんでしょうけど、ああ言われたうえで再度こちらからお邪魔するというのもどうだろうか、と思わなくはないのでした。それに万が一本当にいちゃいちゃしてたら――と、そこまでは言わないでおきますけど。
 で、そうなると「お隣さん」が候補ということになるわけですが、それにしたって怒橋家と楽家の二つがあるわけで……。
「成美ちゃんのところはどう? 明日の式でお義母さんとも会うことになるだろうし、前祝いというか」
「そうだね」
 今度は栞からの提案に乗ることになりました。ちなみに家守さんのところを挙げなかったところを見るに、そちらについては栞も僕と同じようなことを考えたのかもしれません。もちろん確認はしませんが。
「成美ちゃんさん?」
「怒橋さんのところね、二つ隣の。明日式挙げる三組目の新婚さん」
 それにしたって成美ちゃんさんはなかろうよ、とは思ったのですがしかし、よくよく考えれば成美さんにはそれこそが一番相応しいのかもしれません。「ちゃん」でかつ「さん」ですもんね、実際に。
「じゃあ私も顔出しくらいした方がいいのかしら。お裾分けするのについて行って」
「あー、いや、それには及ばないんじゃないかなあ……?」
 この時点でお母さんがその僕の返事をどういうふうに受け取ったかは分かりませんが、少なくとも僕の考えをそのまま、ということにはならなかったことでしょう。
 栞はくすくすと笑っていました。

「お邪魔するぞ」
「お邪魔します」
 ね。
 いやまあ、今回はさすがにこっちから促した部分もなくはなかったんですけど。
「あら。今日は、お邪魔してます」
 新しくやってきたお客さん二名を居間へお通ししたところ、お母さんがそんなふうに挨拶を投げ掛けたので、二人は玄関での台詞をもう一度繰り返すことになったのでした。
 というわけで、怒橋さん夫婦の登場です。
「お饅頭、どうもありがとうございます」
 まずは大吾がそう言ってお母さんへ向けて頭を下げ、そして成美さんがそれに倣うのですが、しかしそれに対してお母さんはというと、
「ご兄妹さんですか? 綺麗な子ですねえ」
 はい。
 朝に会った時から引き続いて大人の身体だった成美さんなのですが、しかし初対面であるお母さんに紹介するにあたって、こちらのほうが説明がし易いだろうと、わざわざ小さい方の身体になってもらってからお越し頂いたのでした。ありがとうございます。
 小さい方の身体ということは人間で言うところの小学生くらいの見た目なのですが、だというのに「可愛い」ではなく「綺麗」という感想を引きだしてしまう辺りはさすが成美さんです。が、しかし今本題とすべきはそこではなくて、
「ふふふ、予想通りの反応だなお母上」
 そりゃまあ見た目通りの子どもだと思っているお母さんですから、その子どもの口から出てきたその言葉に驚きの表情を浮かべます。お母上なんて、子どもどころか大人でもあんまり言いませんもんね。
 成美さん、小さい身体をふんぞり返らせて高らかに宣言します。
「こう見えてもわたしはこいつの妹ではないのだ! 妹なら可愛くてしっかり者な最高の妹がちゃんといるからな!」
「そこは今いいよ。何だよ最高の妹って」
「ではわたしは誰で何故ここにいるのかというと、これまたこう見えてもわたしはこいつの妻だからなのだ!」
 とまあそういうことなんですけどどうですかお母さん。
「…………!?…………!?」
 まあそうなりますよね。成美さんもなんかえらく気合い入れて説明してくれたことですし。
「ふふふ、しかしわたし自身が説明をしても子どものたわ言としか思われんだろう。大吾、説明は任せるぞ」
「なんていうか、楽しんでるだろオマエ」
 大吾が言うのならそういうことで間違いはないのでしょう。というわけで成美さん、あとは事態を眺めて楽しむことにしたようでした。
「あー、すいません。説明って言っても最初からそう簡単には信じられないようなところから入らなきゃならないんですけど……」
 説明すること自体は大吾だってやぶさかではないんでしょうが、とはいえその説明しなければいけない内容から、やや及び腰なのでした。しかも相手が初対面の、かつ成美さんどころか幽霊のこと自体つい先日知ったばかりの人となれば、そりゃあそうもなりましょう、更には今この瞬間ですら何が何だかよく分かってなさそうな顔してますし。
 で、その「簡単には信じられないようなところ」なのですが。
「猫なんですコイツ」
「!?」
「年は十歳くらいで、だから今はこんな見た目なんですけど、猫だから本当は子どもどころか婆ちゃんで」
「!?」
「そもそもなんで猫が人間の姿なんだっていうのは、家守サンが――あ、すいません。ちょっと休憩とか挟みましょうか」
「お、お願いします……」
 話を聞いているだけだというのに頭を抱え、若干息が上がってすら。となれば外見はちょっとおっかない人っぽいけど実はそうでもなかったりする大吾、そんなお母さんを外見に似合わず気遣ってくれるのでした。さすが大吾。ありがとう大吾。
 ちなみにその大吾ですが、僕の親に会う目的だったからということか、今回はいつもの赤タンクトップだけではなく長袖の上着を着ての参上なのでした。何の躊躇いもなく成美さんと一緒に着替えてたな――と、そんなことはどうでもよくて。
「どうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
 休憩に入ったところですかさず麦茶を汲みに行っていた栞、お母さんはもちろん大吾と成美さんにも同じものを。こうなるんだったら饅頭と一緒にジュースでも買ってくれば良かったかなあ。
 なんて思ったところで、お母さんが車で来たんじゃなかったら一緒にお酒とか飲みたかったんだろうなあ、と、栞が酒好きであることを思い出した僕はそんなふうにも思わないではないのでした。
 ……思い出さないと出てこない情報になってしまっているのがもう、申し訳ないというか何と言うか。はやく大人になりたいものです。
「こんなことを訊くのは失礼なんでしょうけど」
 こちらがあれこれ考えている間に一息ついたようで、お母さんから質問が。ただしそれは、訊く限りでは明確に誰かへ向けられたものではなく、この場の全員へ向けられたもののように感じられました。
 それでもやっぱり答えるのは大吾なんですけど。
「いえ、訊きたいことが出てこないほうが変ですしねやっぱり」
 具体的な質問をぶつけるよりも前に出てきた大吾のそんな返答に、それまでより少しだけ、お母さんの表情が和らいだように見えました。
「本当、なんですよね?」
「はい。コイツが猫なのも、俺――あー、僕のお嫁さんなのも」
 そこまでしなくてもいいとは思いますが、言葉遣いを改める大吾。するとそれに対して成美さんが「お嫁さん!」と嬉し恥ずかしな声を上げたりもしたのですが、しかし大吾、そちらについては見事にスルー。
「いろいろヘンテコに見えるかもしれませんけど、少なくとも悪い奴ではないですよ」
「そうですか。……ふふ、そうみたいですね」
 お母さんの視線の先には、大吾の紹介で得意げにしている成美さんが。そうして胸を張れるほど褒め立てる紹介でもなかったような気がしますが、しかしまあ、それが功を奏したということでもあるのでしょう。
「説明の続き、大丈夫ですか?」
「はい」
 お母さんが軽く笑ってみせたところで、ならばと本題の続きに入ろうとする大吾なのでした。
「なんていうか、とにかくこれだけは絶対に理解して頂きたいところっていうのがありまして」
 ……どうやら重要な話を控えさせているようでしたが、しかしはて、猫であることを説明し終わった後でそれほど力まなければならないようなことってありましたっけ? そりゃあ、その猫であることについてもまだ説明不足ではあるんでしょうけど。

 というわけで。
「お待たせしたな」
「…………!?」
 また驚きに目を見開くことになるお母さんなのでした。大丈夫でしょうか、心臓とか血圧とか。
 何があったのかといいますと、成美さんが再度着替えたのです。というのはもちろんただ服を着替えたというだけの話ではなく、子どもの身体から大人の身体へ、という意味で。
 ――ああそうか、そうだね。あのままだと小児性愛者になっちゃうもんね大吾。マザコンとかロリコンとか酷いな今日は。
 そういう発想が即座には出てこないという点においては僕も結構危ない領域にまで足を踏み込んでいるのかもしれませんが、でもそれは成美さんに限った話なんですし、じゃあ特に問題にはなりませんよね。他の女児ならそりゃあ僕だって。
 というわけでそれはそれとしておくのですが、しかしアレですね。みんなの目の前で着替えるというわけにもいかず、なのでそりゃあ成美さんは居間から私室へ移動して着替えたのですが――。
 この場合成美さんは上着だけでなく下着まで着替えなきゃならないわけで、それが僕の(正確には僕達の、ですが)私室で行われたというのは、まあ、なんか意識しちゃいますよねやっぱり。上着だけとかご自身の部屋でだったりするなら、さすがに何とも思いはしませんけど。
「あいてっ」
「ふふーん」
 笑顔で僕の足をつねってくる栞なのでした。こうも毎回バレバレとなると、そろそろ何かしら手を打った方がいいのかもしれません。何とも思わないようにするにせよ、何とも思ってないようにするにせよ。
「年齢通りの婆ちゃん、とまではいきませんけど、まあこうしてちゃんと大人ですよということで」
「さっきの子が奥に隠れてるとかでは……ない、みたいですね……」
「ふふふ、順番が逆だったならともかく、小さい方が大きい方を隠しながら202号室からここまで来るというのは無理があろう」
 成美さんが出てきた私室へ歩み寄り中を覗き込むお母さんでしたが、しかしその成美さんの言葉には諦めて元の位置へ戻るしかないのでした。初めから来ることになっていたならどうとでも仕込みはできたんでしょうけど、大吾と成美さんがここへ来ることになったのは、お母さんが持ってきた饅頭が発端なんですもんね。
 で、元の席に戻ったお母さんの第一声がこちら。
「それにしてもすっごいベッドねあれ」
 はおあ!
「あっ、あー、あはははは」
 声を出したのは栞だけでしたが、どうせ僕も分かり易い表情をしていたことでしょう。
 というわけで、夫婦揃ってそのことをすっかり忘れていたのでした。覚えていたらこうなると分かっていて成美さんにそこで着替えさせは――いや、そこまではしなかったとは思いますけど……。
「栞さんが納得してるならいいけど」
 余所様の前ということか直接的な言い方ではないにせよ、これまで通りに僕の責任を追及してこようとするお母さん。ですが、
「あ、あの、どっちかというと私から言い出したことなんです」
「あら。なら大丈夫ね」
 それは栞への信頼が厚いのか、僕への信頼が薄いのか。
 まあ訊きませんけどねそんなこと。どうせ痛い目見るだけですし。
「孝さんだったとしても、私が納得しなかったら買ってなかったでしょうけどね」
 なんてことを考えていたら、今回は栞からフォローが。あら珍しい。
「うふふ、そうですか」
 笑みを浮かべながら軽くそう返すお母さんではありましたが、しかしその軽い装いは引き継がせたままながら、「ごめんなさいね」とも。
 …………。
 日向家の場合は今のところ良好な関係を築いているので「軽い感じ」で済ませられますが、そうでない場合はこういうのがいわゆる嫁姑戦争ってやつに繋がるのかもなあ、なんて、呑気にそんなことを考えている僕なのでした。
「心配は無用だぞお母上。わたし達から見ていても、息子さんはこれ以上ないくらい良くやっている」
「達ってオマエ……えー、あー、はい。僕から見ててもそうです」
 どうやら呑気に事を構えているのは僕だけであるらしく、ここでなんと成美さんと大吾からも援護射撃が。とはいえ、それはどちらかというと僕ではなく栞に向けたものだったりするのかもしれませんが。
「ありがとうございます」
 果たして、ここで礼を述べたお母さんの胸中はいかほどだったのでしょうか。


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