(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第五十七章 事前準備 五

2014-02-09 20:51:59 | 新転地はお化け屋敷
 というわけで。
『ただいまー』
 二度目ということもあってか、前回ほどの照れ臭さはなかったりするのでした。
 お客さんがやってくる正確な時間が分からないというのであれば、二人とも出掛けずどちらか一方が残るべきだったのかもしれません。しかし時間的な余裕があったのと、あと僕達の場合は片方が残ったところで意味がないということで、結局二人で出掛けることにしたのでした。買い物である以上は栞でなく僕が行かなきゃいけないですし、そうして栞が残ったところでお母さんが来ても返事ができませんしね。そりゃあまあ、初めから筆談というのも、無理ではないんでしょうけど。
 ちなみに前回は「おかえりなさい」まで言ってきた栞でしたが、しかしさすがにあれは冗談だったということなのでしょう、今回それは抜きなのでした。いやいや、だからどうだとは言いませんけどね。
「まだみたいだね、お義母さん」
「だね」
 勝手に家に上がっているということもないでしょうから今ここでそれを確認するのも可笑しな話なのでしょうが、ともかくそういうことのようでした。時間に余裕があるとは言ってもやはり、気にならなくはないというか。
「本当にこれだけでよかったかな?」
 居間へ移動したところ、買ってきたお茶受けことお饅頭セットが入った紙袋を指して、栞は心配そうに言いました。ただし、その心配はもう二度目になるわけですが。そりゃあ今こうして心配するなら、買う時にだって同じことを思うわけですしね。
 実の息子としては安物で良かったんですが、レジ横というかいっそレジの範囲内に陳列されていた、売る側としてはおすすめの、買う側としてはちょっと考えざるを得ない、やや高級なこのお饅頭セット。これでなければ二セット買っても良かったのかもしれませんけどね。余ったら自分達で食べればいいわけですし。
「おみやげに持って帰ってもらうってことならともかく、お茶受けだからねえ。お茶を受けるものってことはお茶がメインだろうし、じゃあそんなバクバク食べるようなものでもないんだから」
「そっかあ」
 大丈夫、で済ませていた一度目と違い今度は理屈っぽい説明をしてみたところ、どうやら栞は今度こそ納得してくれたようでした。ただしその説明というのは、今考えた適当なものなんですけどね。
 とそれはともかく、腰を下ろして一息ついたところで、同じく座卓の向かい側に腰を下ろした栞に向かって、僕はこんなことを告げてみます。
「ずるかったり心配し過ぎだったり大変だね、今日の栞は」
「あはは、そうだね。ちょっと落ち付いたほうがいいかな」
 まあそうなるのも無理はないんでしょうね、いくら相手と気が合っているとはいえ。むしろ落ち付き払っていられるのもそれはそれでどうか、という話ではあるんでしょうし。
「じゃあお茶受けはまだだけどお茶汲んでくるよ」
「あ、お願い」
 座っている位置的には栞の方が台所に近いわけですが、とはいえその数歩の差を重視する場面でもないでしょう。というわけで栞と比べれば数歩分遠いその台所へ向かい始める僕だったのですが、
「あ、しまった」
「どうかした?」
「昼ご飯食べてくるのかこっちで一緒に食べるのか聞いてなかった」
「ああ」
 なんだか手抜かりばかりですが、そうなのです。今はまだちょっと早いくらいですが、しかし少なくともお母さんがここにいる間には、お昼時を迎えるくらいの時刻なのです。となればお母さん、家を出る前にちょっと早めの昼食を済ませているということも考えられるわけです。お父さんの分を用意するというのもありますし――あるんでしょうか?
「でも三人分くらいなら足りてるんじゃない? 材料」
 …………。
 確かその筈ではありますが、しかし一応は実際に冷蔵庫の中身を確かめてから、
「みたいだね。来てから訊けばいいか、食べてきたかどうか」
「一緒にできないかなあ、お料理」
 見るまでもなく冷蔵庫の中身を把握していたことに感動しようとしていたりもしたのですが、しかしどうやら、そんなものは小手調べに過ぎないようでした。ええ、何度体感してもいいものですとも。趣味を理解してもらえる、どころか伝播してあちらにとっても趣味になっているらしいというのは。
「はいどうぞ」
「はいどうも」
 ついでに自分の分も汲んできた麦茶を、こつんこつんと座卓の上へ。はてさて、あとどれくらいで到着するのやら。
 と思ったその途端なのでした。我が204号室のチャイムが鳴らされたのは。
「今度こそドラマみたいなタイミングだね」
「あはは、そうであって欲しいの?」
 まあ確かに、麦茶につける一口目が少々遅れたからどうなるんだっていう話ではあるんだけどね。と、笑みを浮かべたその顔とは反対に姿勢を正し始める栞にせめてこちらからも笑い返しつつ、僕はお客さんが待つ玄関へと移動し始めるのでした。
 妻と夫、という括りで考えるなら妻が応対に出たほうが自然のような気もしますが、とはいえここでお母さん以外の誰かが登場ってこともないでしょうし、じゃあ栞が出ても仕方がないんですしね。見えない聞こえない、じゃあ。
 ――と、いうわけで。
「いらっしゃい」
 ドアを開けた先に立っていた想定通りのお客さんを、妻が待つ居間へとお通しするのでした。

「お邪魔します。今日は、栞さん」
「いらっしゃいませ、お義母さん」
 交わせない挨拶をそれでも交わそうとする栞というのは何度見ても温かい気分にさせられるのですが、しかしそうして浸っていられる時間はたった今終わりを告げたばかりでして、
「ほら孝一、指示してくれないとどこに座ったらいいのか分からないわよ私」
「あ、ああごめん。栞いまそっちに座ってるからお母さんはこっちで」
 そりゃそうなりますよね、栞がどこに座ってるのか分からないんじゃあ。下手したら栞と並ぶ、どころか栞に重なってしまうことすらあり得るんですから。
 ちなみにその栞ですが、僕が玄関に移動している間に座る位置を変えていたようで、さっきまでは僕と向かい合う位置だったのが僕と同じ位置になっていたのでした。これもまた、そりゃそうなりますよねということで。
 さて、座る位置も決まったところでまずはゆっくりご歓談でも。
 というわけにはいかない事情を抱えているのが僕達です。今の話のように毎度毎度後手に回っているわけにもいかないので、こちらから話を進めていきましょう。
「それでお母さん、書くもののことなんだけど」
「はい」
 普段そんな返事の仕方はしないだろうに、まるで面接官か何かのような佇まいでいらっしゃるお母さんなのでした。まあ「まるで」も何も、本当にそういうつもりでいるのかもしれませんが。
「今日は家守さん達が仕事お休みで下にいてね。筆談じゃなくて、普通に話せるようにしてもらえるから」
 するとお母さん、少し考えるような間を空けてから、「そう」とだけ。
 返事としてはそっけないものでしたが、しかし今の間は何だったんでしょうか? 家守さん達のことについては、特に深く考えるようなことはなく歓迎していい話だと思うのですが。
「というわけだから、早速呼びに行ってくるよ。すぐ戻るから」
 どちらかといえば栞に向けてそう言い残したのち、僕は101号室へ向かいました。お母さんはそんなことはない、とは言いませんが、でもまあどちらがより緊張しているかといえば栞なんでしょうしね、やっぱり。

「先日は息子ともどもお世話になりまして……」
「いえ、こちらこそ栞さんが――って、私が言うようなことではありませんでしたね」
 というのは、お母さんと家守さんが顔を合わせて初めに交わした遣り取りです。
 恐らくお母さんは家守さんがどうしてそんなふうに言ったのか、あれこれ想像はできたとしても確信は得られなかったことでしょう。しかしその一方で確信を得られる程度には家守さんと親しくさせてもらっている僕は、そして栞も、ちょっと泣きそうになってしまうのでした。
 無論、だからといって泣くわけにはいかないんですが。状況的にも立場的にも。
「ええと、もしかして栞さんとはお身内で?」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
 そうだったとしたら初めて会った時にそう言ってるよお母さん、なんて余計な突っ込みを入れられる状態でないのがいっそ悔しいくらいなのでした。もうちょっとくらい余裕を持てないものかね、僕よ。
 栞にとって家守さんは、もう一人の母親のようなものでした。ならば家守さんにとっての栞が娘のようなものだったか、と言われれば全くその通りということでもないのでしょうが、しかしそれに近いものではあったのでしょう。
 そしてそれらは、今ではもう過去形で語られる話です。
 実際の親子であるならそれでもまだ関係が途切れるようなことはないのでしょうが、血縁を抜きにした心情のみで繋がっていたこの二人の場合、それをさらってしまわれればもう、あとには何も。
 家守さんに成り代わって栞の拠り所となることを誓い、結果として二人の関係を崩したのは、他ならぬこの僕です。ここで泣き顔なんか見せていい立場であるわけがありません。
「ここに住まわせてもらったこと自体も含めて、いろいろ良くしてもらいましたからね」
「――ってさ」
 結局、返答に詰まっている様子の家守さんの代わりのように栞から説明し、けれど当然聞き手の耳には届かないそれを僕が通訳のような形でお母さんに伝え――よくよく考えれば説明にはならないのかもしれませんが、とはいえ雰囲気くらいは察せられることでしょう――そして家守さんが照れ臭そうな笑みを浮かべたところで、
「そうですか」
 と、お母さんも小さく笑いながら納得してみせたのでした。
 そして家守さん達をここへ呼んだ理由から、その話がこれ以上長引かされるようなこともなく。
「それではお母様、早速でございますが」
 珍しく、なんて言い方もどうかとは思いますが、本題に入るにあたって動いたのは家守さんでなく高次さんなのでした。話し手が交代することで仕切り直すことを強調した――ということなのか、はたまた、家守さんがまだちょっと動けないということなのかもしれません。
 …………。
 ちなみにどうでもいい話ではありますが、高次さんが使ったお母様という呼び方。対象がうちの母であることは当然として、「ああそうか奥様じゃないんだなあ」なんて。今ここでそう呼んでしまうと、対象になるのはお母さんじゃなくて栞になっちゃいますしね。
 それにしたってまあ、実の息子からすれば「お母様」なんて呼ばれ方が似合う人ではないわけですけど。うーん、なんかちょっとむず痒いというか。
「ちょっといいですか、その前に」
 と、ここでそのお母様ことお母さんから何かあるようでした。
 そしてその何かが判明するまでもなく、僕はこの時点でぎょっとさせられていたりもするのでした。栞が見えるように、そしてその声が聞こえるようにするという霊能者の仕事以外の何物でもないことについて、以前一度それに関わったことがあるだけのお母さんから何があるというのか、なんて。
 とはいえそれだけのことと言えばそれだけのことでもある以上、その驚きもそう大したものではなかったのですが――しかしそう言っていられたのも、短い間の話でした。
「今だけでなくずっと、というのは可能なんでしょうか? 栞さんとお話しできる状態にして頂くのは」
「可能です」
 高次さんは返事に詰まるようなことはありませんでしたが、しかしそれを聞いている僕は理解に詰まってしまうのでした。そしてその数瞬後に理解が完了したからといって、だったら即座に平静になれるかと言われればそんなことはなく。
「お母さん、それは」
「なにか問題があるの?」
 僕がそう出るのは分かっていたとでも言わんばかりに、上から言葉を被せてくるお母さん。となれば恐らくあちらが目論んでいた通りに言葉を折られてしまうわけですが、しかしだからといってその中身まで折れてしまうわけにもいきません。
「問題があるってわけじゃないよ。いずれそうするってことなら僕だって歓迎する。でも今ここで、そんなさらっと決めるようなことじゃないんじゃない?」
 思い当たったのは、家守さん達がいるということをお母さんに伝えた時のこと。あの時返事に間があったのは、つまりこのことを考えていたということなのでしょう。
 そんなもの、たった数分前のことです。今の今までずっと考えていたとしてもそれだけにしかならない時間でこんな、大袈裟でなく人生に影響を及ぼしそうなことを――。
「いろんな誤解を恐れず言わせてもらうけどね、孝一」
 お母さんが動きます。当たり前ではありますが、そりゃああちらにも言い分があっての行動なのでしょう。であるならば、受けて立たないわけにはいきますまい。
 と、実際にそれを告げられるまでは自信も度胸も備わっていたつもりだったんですが、
「『いずれそうする』じゃないの。『今そうさせられてる』の私は。あんたに。間に人を挟んでお仕事を頼まないと息子のお嫁さんと話もできないなんて、そんなふざけた状況をどうにかするのに無駄な時間を掛ける必要がどこにあるの? そんな悠長なこと言ってられるのは私とも栞さんとも普通に話ができるあんただけだと思うけどね。納得できないなら今から電話でも掛けてお父さんに同じこと訊いてみなさい。間違いなく同じ返事してくるから」
 ……これはもう、ぐうの音も出無さ過ぎて負けを認める気力すら湧いてこないのでした。
 ただ負けたというだけならともかく、僕だけが優位な立場にいてそこから調子のいいことを言っている、という指摘が痛かったです。そんなつもりがあったわけじゃないというのはもちろんだとしても、自分の考えの足りなさを呪わずにはいられないのでした。
「分かった」
 それでもどうにかこうにか理解の言葉を絞り出した僕ではありましたが、しかしそこに「ごめん」の一言を付け加えるのは、見送ることにしました。
 別にそれは最後の抵抗だとか悪足掻きだとかそういったものではなく――いや、それに近いものではあるのですが、この件を謝罪という形で終わらせるのだけは避けたいと、そう思ったのです。問題の本質はそこではなく僕の考え方だったというのは承知の上ですし、自分が間違っていたというのも認めますが、しかしそれでもこの問題を、栞が幽霊であることに関する問題を、謝罪という形で終わらせることだけは。
 ……するとそんな僕の手に栞の手が触れて来、そこで初めて、自分の手が硬く握り込まれていることに気が付かされるのでした。余裕のよの字も見当たりません、本当に。
 握り拳から力を抜き、栞に目配せをし、それを受けて栞が触れてきていた手を引き安心したように前を向き直したところで、同じく僕も前を向き直します。
「そういうことでお願いします、高次さん」
「承知致しました」

 いつものことなので慣れてはいるのですが、それでも今回ばかりは、あっという間に済んでしまうその「仕事」に肩透かしのようなものを感じさせられてしまうのでした。
 そしてそのあっという間の仕事が終わったところでお母さんがまず話し掛けたのは、たった今見えるようになった栞ではなく、そうしてくれた高次さんなのでした。「お代金はおいくらでしょうか」と。
 これまでの殆どの仕事をタダで引き受けてくれていた家守さんと高次さんですが、しかしお母さんのその言葉を制するようなことはなく、仕事然として淡々と代金を請求していたのでした。
 さっき言ったことと直接関係があるわけではないというのに、僕はついつい、背中を丸めてしまうのでした。

「それでは、失礼しました」
「お世話になりました」
 お母さんが家守さんと高次さんを見送り――とはいっても、さすがに僕と栞も玄関まで一緒に出てはいましたが――そうしてようやく、というかついにというか、三人きりになれたわけです。
「ごめんなさいね栞さん」
 居間に戻ったところで、お母さんはまず栞に謝ってみせました。
「孝一の格好悪いところ見せちゃって」
「いえ」
 謝られた瞬間は驚いたような顔をしていた栞ですが、しかしその内容を告げられたところで、ふっと笑みを浮かべ始めます。
「確かに格好良くはなかったですけど、でも全部が全部格好悪かったってわけでもなかったですから」
「そう?」
「はい」
 一部格好悪いところがあったのは否定しないんだね――って、そりゃそうだよね。一部どころか大部分が格好悪かったんであって、逆に少なくとも格好悪くはなかった部分こそが一部だったんだろうし。もし本当にあったとしても、だけど。
「孝一」
「はい」
 返事だけは平静を装いつつも、けれど一方で丸まりがちだった背中をしゃっきりさせられたりもしている僕なのでした。そもそも、普段通りなら「はい」なんて返し方はしませんしね。
 で、流れ的にはもちろん叱責を賜る場面だろうと容易に想像できてしまうわけですが、
「大人になったわねえ」
「……はい?」
 褒められました。全くの想定外に。
「え、なんで今の話からそういうことに?」
「だってさっぱり分かんないんだもの、栞さんが言った『格好悪くなかったところ』っていうの。全部把握してるつもりだったんだけどねえ。あんたのこと、母親として」
 格好悪くなかったところがさっぱり分からないということはつまり、お母さんの中ではさっきの僕は一から十まで完全に格好悪い奴だったわけで、だったら「どうやらそういうことでもないらしい」という程度のことで褒められてもこう、なんというか、喜ぶに喜べないというか……。
「私に分からないってことはあれでしょ? さっきあっさり自分の間違いを認めたのって、私のご機嫌取りじゃなくて栞さんにだけ分かる何かしらの考えあってのことだった、ってことでしょ?」
「うーん、どうだと言われたらそうなんだけど」
 正確にはあっさり間違いを認めたという部分ではなく、その後「ごめん」の一言を言わなかったところにあるのですが、しかしそこまで説明してしまうというのも何か違うような気がしたので、そんな曖昧な返事に留めておくことにしました。
「だったらそれで良かったのよ、その部分だけは。そうでしょう? 旦那様」
「まあ、じゃあ、うん」
 対応に困りつつもなんとか強引に納得してみせたところ、お母さんはもちろん、栞にも笑われてしまいました。
 ちなみにここで一つ、大人になったらしいということで気になることが――いえ、前々からどうだろうかと思っていたことではあるのですが、
「あのさ」
「なにか?」
 今の話についての異論反論が出てくると思ったのでしょう、やや威圧的な雰囲気を醸し出すお母さんでした。が、しかしそれとはまるっきり別の話でして。
「お母さんのこと『お母さん』って呼ぶのって、正直どう? 変だったりしないかなこの年で」
 ここまでの話からそれかよ、と言った自分ですら思わざるを得ないのですが、しかしそんな話です。威圧的な雰囲気だったりしたお母さんなんかもう、「何それ、ずっこけそうになっちゃったわよ」とまで。そしてそれに続けて、
「こんなこと言い出したけど、栞さんはどう思います?」
「え? あー、ええと、あの……」
 これは栞からも同じようなリアクションされちゃうかな、なんて覚悟を決めてもみたところ、けれど栞は困ったように言葉尻を消え入りそうにさせています。ならば僕としては逆に気を遣わせちゃったかな、というふうにそれを受け取るわけですが、しかしどうやらそれすら間違っていたようで、
「……お母さんを『お母さん』って呼ばないって、つまりどういうことなんですかね?」
 何を問題としているか、というところから理解が及んでいないらしいのでした。
「心が綺麗な人はこんなもんよ孝一」
「はあ」
 生返事をするほかないのでした。
 栞に対する突っ込みは横に置いておくとして、いくら気に入ってるからって心が綺麗かどうか判断できるほどの付き合いはまだないでしょうにね。まあそう思ってもらって不都合があるわけじゃないですけど。
 というわけでお母さん、僕などもうどうでもいいと言わんばかりに身体ごと栞の方を向き直ります。僕の隣に座ってるんだから首の動きだけ、下手をしたら目線の動きだけでも事足りるというのになんとまあわざとらしい。
「例えば『母さん』とか『お袋』とか『おかん』とか――まあ、言っちゃうなら『お母さん』じゃあマザコンっぽいんじゃないかってことなんでしょうね、孝一が言いたいのは」
「あらー……」
 マザコンなんて言葉が自分の母親の口から飛び出てくるなんて思いもしませんでしたが――というのは年齢、立場の両方の観点からですが――それに対する栞のリアクションもまた、僕の心を抉ってくるのでした。「あらー……」ってそんな、いかにも残念そうな。
「マザコンどころか普段全然構ってくれないのに何言ってんだかってもんですよねえ。母親の仕事の一つを自分のものにしちゃってるくせに」
「あ、お料理ですね?」
「そうそう。美味しいって言ってくれるくれない以前に、研究対象として見てくるんですもの私が出した料理。黙ってじーっと。こっちはもう寂しいったら」
「ああ、目に浮かびますねえその光景」
 いや、そりゃあ美味しいなんて滅多に言わなかったかもしれないけど、だからってそこまで言われるほど無愛想ではなかったと思うんだけど……。これでも一応、「団欒こそが料理の要」みたいなこと言ってる身ではあるわけで……。
「というのは、さすがに言い過ぎなんですけど」
「ですよね」
「あら栞さん、じゃあ分かってて話に乗ってくださったってことで?」
「あはは、はい。孝さんがご飯の時に黙り込んでるって、そんなの絶対ないですし」
「ああ、栞さんとご一緒でもそうなんですか。お恥ずかしい限りです、親の躾がなってなくて」
 どっちにしても僕を責めるという一点のみは貫き通すつもりらしいお母さんなのでした。黙っても喋っても駄目って、それもう僕にどうしろと仰るのか。
「いえいえ、私は好きですよ。作ってる時も食べてる時も、料理に関わってる時の孝さんはどれも」
 あー、うん。褒められるにしても素直すぎるとちょっとしんどいかなあ栞。
「良かったわねえ孝一」
「はいはい、おかげさまで」
 親の躾がなってないおかげでお嫁さんがもらえましたよ。どうだざまあみろ。
「あら拗ねちゃったわこの子」
「そういう時こそ料理の話です。というわけでお義母さん、お昼ご飯はどうされますか?」
 ぐっ! 悔しいけど確かにそういう話になってくると心を動かされざるを得ない悔しいけど!……悔しいけど!
 いや、でもしかし、最後にこれだけは。
「その前に、じゃあ結局お母さんは『お母さん』で問題ないってことでいいんだよね?」
「もう一回反抗期が来たりするんだったら好きなように変えてもらって構わないけどね、お袋でもおかんでもばばあでも。まあ、実際その時期ですら『お母さん』だったあんたじゃあ期待はできそうにないんだけど」
 なんでそう変に凝った回答を持ってくるかなあ。イエスかノーかでよかったじゃんかああほら栞すっごい笑い堪えてるし。ぷるぷるしてるし。
 えぇえぇどうせ反抗期すらぱっとしなかった甘ったれですよ僕は。仰る通り『お母さん』呼びだってそのままでしたし――
「お、親に反抗的な孝さ……って、か、かか、可愛い……!」
 あれ!? それ笑うにしたってなんかちょっと違わない!? 呼び方どうこう以前に反抗期を迎える時点でアウトなの僕!?


コメントを投稿