懐かしのバレエ

バレエ、パフォーミングアーツ等の感想、及び、日々雑感。バレエは、少し以前の回顧も。他、政治、社会、競馬、少女マンガ。

BS12放送中「孤高の花」

2017-10-10 01:08:50 | Weblog
中国の晋の歴史物フィクションドラマ、っていうのか。

BS12の平日夜18時の「孤高の花」も、見ると、はまりそうで、やばい。

主人公の白へいていっていう、涼やかな女性は、軍師の才があって、見かけも適役。
「武則天」のファン・ビンビンも、気の強い火のようなものを持った恐れしらずの武媚娘役に、あっていたけど、「孤高の花」のアンジェラ・ベイビーも、美しいだけでない、清新な風情が、役によくあっている、ように、初見では思った。

亀井静香が引退に当たり、「こんな日本になっちゃったよ」と、新自由主義の台頭した国を憂えてやまなかった。
思いのほか、この「孤高の花」には、今の日本には珍しくなった価値が、当たり前に存在して、見ていて、心地よさがあって、つい見てしまう。
(例えば、拷問されてる美男の青年が、主人公への忠義を守って、絶対に口を割らないのを、当たり前にしてるとか。正義、国への思い、それに、単一の男女関係を、主役二人が信じてゆるぎないとか。ミーイズムでなく、自分以外の大事なものがある人たちが出てくる。)

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【10/18追記】 この話の特徴は、敵同士ながら、愛し合う美男美女の主役、というスタンダードに、この女が、軍略にたけた軍師、で敵になった超強い武将と、敵対して軍略の知恵比べをするようなくだりがあって、そこで、お互い知力を尽くすのが、特に男性側が楽しそうだったり、奇妙に、生の充足を感じさせる所が、他のストーリーにない要素かも(?)それが無かったら、もう見るのやめてたかも。やめそうでまだやめれない。

「武則天the enpress」は、髪のゆい方や、調度その他、別格の豪華さだったが、愛については、もっと現実的で、せちがらい暗転が中段に用意されていた。そこが興味深かったのだが。

「孤高の花」は、ありえないヒロインへのぞっこんぶりを、恋人の大将軍が示して、非現実的ながら、これはこれで楽しめる、かな?。

中国の恋愛もの、ってこんなかんじなのかな?「傾城皇妃」も、出てくる男が皆、ヒロインに惚れてしまう(?)みたいな、笑える荒唐無稽っぷりが、あっぱれだった。
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ところで、私は、数年前に、中国に棲んでた青年と話す機会があって、その時、「結婚は、中国人とするか、日本人女性か?」って聞いたら、中国人女性を希望していて、その理由も聞いた。まず、「日本人女性は、浮気する」って言ったんだけど。

その時は、え、日本人の20代の女の子って、浮気するもんなのか?って思った。(これは、私には分らない。今の20代の状況、そんなに知らないし。)

「中国人女性は浮気せず、家を守ってくれて、日本人と違って姑とも仲良くやれる」、って言ったの。

確かに、「姑と仲良くやれる」、ってのは、ハードル高いな~。日本人女性には。

で、改めて「孤高の花」を見てみて。
「たった一つの愛」って、テーマが出てきて。

そういえば、「武則天 The Enpress」も、ヒロインは、たった一つの愛、に、非常に幻想のある女性だった。

日本は、愚にもつかないフリンの話をメディアが大騒ぎして、ばかみたいだけど。(案外、この件では一般市民で、私と同じように呆れてる人は、意外と多いと、新聞の特集記事みたいので、知った。)(性も、フリンも、マスコミにとってお金になる材料になってる所があって、下らない報道が多いのだとは思う。日本人女性に、浮気が多いのかどうかは、自分には分らない。)

自分も、一つの愛が超長続きする方だから。そういえば、昔、小柳ルミ子が、「好きな人をずっと好きでいちゃ、いけないの?」と、マスコミに言っていた。マスコミの人は、男女関係が破たんする話が、大好きだ。好きな人をずっと好きでいられると、困るようにさえ見える。人の不幸の話が好きだ。男女が別れる話に飢え、渇望している。ファクトベースでなく、彼らは彼らの思い描くストーリーしか、望んでいないように見える。きっと、マスコミの人には、それがお金になるからなんだろうけど。

ただ、自分的には、男女関係の話、夫婦の破たんの話など、どうでもよく。

さらに、1年未満で、上手くいかなくなる結婚とかは、フリン以前に、実質、結婚として成立してないとみなしても良さそうな気がするし。メディアが大騒ぎするのも、おバカすぎる。

そういう「劣化」したものをメディアが追いかけて、フリン経験のあるバカタレントや、フリン経験のある厚顔コメンテーターが、したり顔で講釈する。愚の骨頂。自分のレベルの低さに、人を合わせないでほしい。(マス媒体のまき散らすものは、やっぱり公害だと思う。)マスコミの人は、「この人のフリンをどう思うか?」とか、「釈明記者会見をうまくできたか?」とか、そういう、低次元な話を共有したいみたいで、その共同幻想のレベルの低さに、軽蔑を禁じ得ない。

日本の劣化に繋がるから、やめた方がいい。
(ちなみに、政界小池詐欺の小池百合子は、昼時間帯の、ワイドショーをよく見る中年女性とか、そういう層で、あまりIQの高くない層を、支持層にしているって分析もあった。今度はパラダイムかよ、小池。パラダイムってのも、会社の研修で出てきて、話の中身のなさとか、底の浅さに辟易したばかり。

news23の司会者たちを気の毒に思ったのは、もう、小池や安倍が長くしゃべる番組見るのは、時間の無駄だから、小池が映ったら、自分はチャンネル変えて、それで、録画した「孤高の花」を見たってわけ。同じようなメンツが、不毛な話をしている。選挙の討論番組。映すのが公平じゃないし。小池と安倍は長く見たから、もういいよ。維新とか、自民補完勢力も、いっぱい映って、言う事、覚えちゃった。TVの政治の番組は、偏りも強くなって、そんなの見なくても、希望の出現で、このメンツでは、改憲行きそうだな?とか思うし、政治について、TVの役割は、減ったような気がする。)

脱線したが、マスコミの愚かさの話に戻ると、例えば、フリンしたかどうかよりも、「その釈明会見を、上手くやったかどうか」、を点検チェックする、という滑稽な観点に依拠していて、根本の倫理観に欠ける。

自分がフリンしておいて、つまらない人生の後輩がフリンするのを、エラそうに上から目線で、点数付けるのが価値があると誤解してる。迷惑だから、そういうの、メディアに流さないでほしいな。ツマラナイ共同幻想。

対して、この外国のフィクションのドラマの中の、「たった一つの愛」。この幻想。
たった一つの愛、が当たり前の世界は、自分の出会った中国出身の20代の言葉と、このドラマに流れる感じ方の二つの点から逆算して、今の中国のどこかにある価値観、なのかもしれない。

続かない愛は、それだけの値打ちしかなかった、とは、イタリア女優の言など聞くと、一概に言えないが。

日本レベルでなら、愛がそもそも、薄かったのでは?という関係性は、集団の中で語るに値しない気がする。


愛って言うのは、他人が判断するものでもなくて、自身の内なる神が、進むべき道を提示するものだと、自分の半生を振り返って思う。

日本ではベタと言われるけど、「たった一つの愛」も、いいな、と思える、「孤高の花」ワールドでした。

ついでに、武則天と違って、衣装ヘアスタイルよりは、出てくる一部男女が、そこそこ美男美女なので、そこで見せてる感じ、かな。

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