そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

「日本の食と農」 神門善久

2007-08-11 00:18:42 | Books
日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)
神門 善久
NTT出版

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農業経済学者である著者が、現代日本における「食」と「農」をめぐる本質的な問題点を独自の視点から斬った一冊。
「独自の視点」と書きましたが、著者に言わせれば、著者は実態を真っ当に指摘しているだけで独自でも何でもない、マスコミや世論で「常識」とされていることの方が実態から目をそらした空論なのだ、ということになるのでしょう。
著者は、現代日本の病理の元凶が「市民のエゴ」にあると指摘しています。
市民が自分自身のエゴを正面から認めることは不愉快なことであり、それゆえに世論は市民エゴがもたらしている矛盾に目を向けることはしないし、世論に迎合するマスコミや研究者がまともに取り上げることもしない。
そのようにして深刻な「集団的誤解」が蔓延し、そのツケを背負わされるのは将来の世代なのだ、と。

紙面の多くは、「農地の転用期待」の問題に費やされます。
日本の農業は零細農家が多く生産性も低いと言われます。
それは多くの農家が農地を純粋に耕作目的で使っているのではなく、転用(商業施設や公共施設・道路などの建設のために買収されること)によりもたらされる利益に期待して農地保有に固執していることに原因がある、と解説されます。
まじめに生産性の高い農業をやろうとしている人に優良な農地が集まるような市場メカニズムが働く状態になっていない、と。
その背景として、農地法制の複雑化・恣意的運用、JAの独占体制、票田としての農家に依存する政治家―農水省―JA―土建屋の強固な結び付き、など深刻な構造問題が詳らかにされます。
昨今、規制緩和・地方分権のかけ声のもと、企業の農業参入が進められており、それに対して農水省や農家・JAなどが抵抗するという構図がマスコミで喧伝されていますが、著者に言わせれば、そんなものはナンセンスだということになります。
本音では企業に農業参入してもらって農地を高く買ってもらうことを多くの農家は大歓迎しているのだ、と。
ただ、そうした本音を言ってしまうと現状の農地転用規制がいかにザル化しているのかがバレてしまうから、とりあえず抵抗するポーズをとっているだけなのだ、と。

また、「食の安全・安心」の問題についても、とかく世間の論調は「行政バッシング」に収束しがちですが、本質的な問題は、健康的な食事よりも、お手軽でそこそこに美味しい外食・加工食品に惰性的に流されて自ら食を乱している消費者のエゴにあるのだ、と指摘します。
そういった本質に目を向けず、叩きやすい行政を叩くことで誤魔化しをしている、と。
そして、そういった行政バッシングがかえって行政の組織防衛に利用されていることに言及されます。

著者は、自分自身を、価値観の古い異端児と自認し、このような市民を敵に回すような著作が世に出ること自体が奇跡的であり、よもや売れるなどとはまったく思っていなかったようですが、各所で取り上げられ絶賛されたとのこと。
(サントリー学芸賞も受賞。受賞のコメントが、著者が教鞭をとる明治学院大学のHPに掲載されています→参照
それだけ、食と農に関する日本の現状の矛盾と集団的誤解を憂う著者の真摯な姿勢が評価されたということでしょう。
そういった「本気さ」は読んでいてビンビン伝わってきました。
特に農地転用をめぐる問題点については、東京育ちの自分にはまったく想像もつかなかった話でたいへん興味深く読みました。
こういった構造を知ってみると、都市と農村の格差問題、地方分権の問題も違った見方ができるようになります。

間違いなく良著です。
おすすめ。

コメント (4)    この記事についてブログを書く
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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
え…? (ゴゴ)
2011-01-06 18:23:36
古い話につっこんで申し訳ないですが
まったく想像もつかなかった方が、
なぜ「間違いなく良著」と呼べるの…?
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は? (緑雨)
2011-01-08 10:55:56
「まったく想像もつかなかった」視点を与えてくれるという意味で「良著」であるということですが。
何か問題でも?
返信する
残念ながら (齋藤)
2011-01-25 12:46:14
 残念ながら、知らない視点を与えられた場合は、その視点の妥当性を確認する必要があるでしょう、他人に推薦する前に。
 視点は一つ、立場は二つ(以上)衆寡敵せず
返信する
残念ながら (緑雨)
2011-01-25 22:03:00
残念ながら、あんまりお上手じゃないですね、齋藤緑雨のモジり。
(ちなみに、緑雨というHNは齋藤緑雨からとっているわけではありません。)

自分は、この本を読むことで知らない視点を与えてもらい、且つ、本に書いてあることを「妥当だ」と感じたからこそ「良著」「おすすめ」と書いたわけです。
同じ本を読んで「妥当じゃない」と思う人もいるでしょうけど、それはそれで別の話。

「妥当じゃない」と思うんなら、その理由をコメントしてくれりゃいいんですけど。

申し訳ないですけど、これ以上続けてても建設的じゃないんで、この手のコメントは以降無視させていただきます。悪しからず。
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