そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

『道化師の蝶』 円城 塔

2012-06-03 14:48:36 | Books
道化師の蝶
円城 塔
講談社


今年芥川賞を受賞した表題作と『松ノ枝の記』の2作を収録。

難解、という評は聞いていましたが、読みづらいわけではない。
気分よくすらすら読み進められる、というか字面を追っていけるんだけど、頭には入って来ない(「理解」はできない)という不思議な体験を味わえます。

2作とも「文章を書くこと」「物語ること」が主題になっている。
それらのことに強い関心がある読者であればあるほど魅かれる世界かもしれない。

自分のような俗人には、やはり「場面」が思い浮かばないとなかなか印象に残らない。
そういう点では『松ノ枝の記』のほうが、相対的には平凡でありますが、よい余韻が残ります。

あと、細かいけど「屹度」っていう漢字の使い方が気に入りました。
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長寿化は止まるのではないだろうか

2012-05-28 23:08:04 | Society
かの武田邦彦センセーがこんなことを書いています。

日本の女性の寿命はすぐ100才を超えそう!

この説に限らず、将来の人口予測・年齢構成予測というのは、現在の長寿化の趨勢が続くことを前提に立てられてるんじゃないかと思います。
が、自分には長寿化の趨勢が続くとは思えません。
少子化で生産年齢人口が減ることで、どこかの時点で社会が高齢者を支えきれなくなるポイントが到来するんじゃないかと思います。
で、その時点で高齢化はストップする。
もしかしたら平均寿命は短くなるかもしれない、とすら思います。

そこに至るプロセス要因はいくつか考えられます。

まず、増大する医療福祉費を社会が賄い切れなくなることで、高齢者全体に高度な医療が行き渡らなくなる可能性。
経済的な理由から、延命的な医療技術を受けたくても受けられない人、或いは、自ら受けない選択をする人が増えるかもしれない。
現時点で60歳以上の「逃げ切り世代」の人たちはまだいいですけど、これからの世代は十分な資産・所得を持たないまま高齢者になるケースも増えそうです。

あと、これはあんまり穏やかでない想像だけど、生産年齢人口が減って、日本社会全体が貧しくなることで、治安悪化など社会不安が増大する恐れがある。
そうなった場合に、いろいろな意味で高齢者が社会不安の犠牲者になる可能性があるのではないかとも思います。

まあ、上述のあまり嬉しくない予測が当たるかどうかはわかりませんが、少なくとも人口構成ってのは動態的に変わっていくものなので、現在からの成り行きでものを語っても当たらない気がする。
だって、今の少子高齢化社会を30年前に言い当てた人なんて殆どいないんじゃないの?
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醜悪な世の中

2012-05-26 00:22:13 | Society
「生活保護費きちんと返したい」河本準一さん(読売新聞) - goo ニュース

河本準一という芸人は好きではない。
あんまり面白いと思ったことがなく、『すべらない話』でのおかんネタも内輪話にしか聞こえず笑えない。
伝えられている話では、育った家庭環境は恵まれたものではなく、貧しい子供時代を過ごしたようではある。

で、今回の騒動。

週刊新潮の記事は読んでないし、事実関係は全く知らない。
が、「貰えるものなら貰い続けてしまえ」という卑しい貧乏根性が働いたのかなという印象は受ける。
あくまで印象であり、事実は違うのかもしれないけど。

仮に本当にこれが「不正受給」に当たるとして、そんなことが出来てしまう制度がポンコツなんじゃないのとも思う。
或いは、裁量的な制度の運用に問題はないのだろうか。

一方で、そんな河本を寄ってたかって吊るし上げて、見せしめにする、メディアのいつものやり口にも辟易する。
そして吊るし上げショー化に一役買った、世耕、片山あたりの自民党議員たち。
芸能人という「成金」に対する世間の妬み、ルサンチマンを煽って、正義の鉄槌を振りかざす。
確かに彼らのやっていることは「正しい」ように思える。
しかし「正しい」からこそ、安全な場所から無抵抗な人間を攻撃している点で、醜いのである。

で、ここにきて民主党政権の厚生労働大臣は生活保護の引き下げを検討するんだそうだ(記事)。
呆れるほどの大衆迎合ぶり。



貧乏根性、ポンコツな制度、吊るし上げショー、ルサンチマン、大衆迎合…
ああ、醜悪。
反吐が出そう。
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金環

2012-05-21 22:48:31 | Diary
普段は7時過ぎには出勤するんですが、今朝は少し遅らせて日蝕観察。
起きた時から空は曇ってて、ニュースでは先に日蝕ピークを迎える台湾や奄美も曇りや雨で観察ができない様子を中継しており、半分あきらめかけてたんですが。

7時半間際にヨメさんとコドモ二人といっしょに外に出ようとしたら薄暗い。
こりゃやっぱり曇ってんだな、と思ったら…

日蝕のせいで薄暗くなってたんですね。

外に出てみると同じマンションのご近所さんも既に観察モード。
近くの会社に出勤途中の見知らぬおじさんも立ち止まっている。

雲の合間から、日蝕グラスを通じて、ばっちりと観察できました。

それよりも、印象深いのはあの異様な薄暗さ。
ちょっと普通じゃ体験できない神秘性を感じました。
明らかに、地表に到達する太陽エネルギーが減じられているのが判る。

昔の人が、神の怒りと畏れたのもさもあらん。
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ドログバ

2012-05-20 22:29:07 | Sports
今日は、深夜に録画しておいた欧州CL決勝戦を観たのだが、何より感服したのがドログバの同点ゴール。

CKの軌道に合わせてニアサイドに前進しながらジャンプして、しかも空中で強烈に身体全体を捻ってボールをゴールマウスへと角度をつけて叩き込む。
コースといい、高さといい完璧で、しかも単に流し込むだけじゃなくって、強さもある。
あんなに背筋が痺れるようなヘディングはなかなか見られない。

前半から守勢に回ったチェルシーだったけど、時折見せるカウンターでは、必ずドログバにボールが収まって、囲まれてもなかなか失わず、起点になる。
それでいてPA付近まで戻って守備もする。
延長前半のPK与えた反則だって、トップの選手があの場所で守備をしていることにこそ注目すべき。

PK戦決着なんて時の運というのは全くその通りだが、ドログバがいたチームといないチーム、その紙一重の差が結果に結びついたと言えるのではないか。
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8年目の危機?

2012-05-16 23:35:25 | Weblog
今日で本ブログは開設から丸7年を迎えました。

が、危機的状況ですね…
先月(4月)は1エントリしか書いておらず、今月もこれが初エントリ。

忙しくて時間が無い、というのもありますが、SNSやらRSSリーダーやらで情報収集が飛躍的にしやすくなったことで、情報のinputばかりにリソースを割くようになってしまっている。
加えて、大量の情報に触れることで、自分の思っていること感じていることを自分なんかより余程適切に上手な文章で表現しているのを読むと、さらにそれに付け加えて何かをoutputする気にならなくなってくる。

ブログというメディアとどう付き合っていけばよいのか、ちょい迷い中です。
書評だけは続けていけそうだけど。

そんな8年目の幕開けです。
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「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」 増田俊也

2012-04-28 23:24:26 | Books
木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
増田 俊也
新潮社


自分は、プロレス中継がゴールデンタイムに放映されていた時代に小学生時代を過ごした世代です。
小学校の高学年の頃、クラスの男子の半分以上は熱狂的なプロレスファン。
学級文庫に「プロレススーパースター列伝」が置かれて回し読みし、プロレス雑誌やムックなどを通じて、プロレス界に伝わる歴史や伝説について学びあったものでした。
そんな小学生なんて、21世紀の今になっては想像もつかないでしょうが。

そんな自分にとって「木村政彦」の名前には、正直「プロレスの王者である力道山に挑んで、あっさり敗れた哀れな柔道王者」くらいのイメージしかありませんでした。
ただの柔道王者ではなく戦争を挟んで15年間無敗の無敵の王者であったこと。
「柔道家」の実直そうなイメージとはかけ離れたバンカラ、やんちゃで人間味あふれる人物だったこと。
力道山に先駆けて既に海外でプロレスデビューし、ブラジルでは若き日のエリオ・グレイシーにバーリトゥードで圧勝していたこと。
グレイシーの件はなんとなく耳にしていましたが、この本を読んで初めて知ったことがたくさんあり過ぎて混乱しそうなくらい。

そして問題の力道山との世紀の一戦。
今回、初めてYou Tubeにアップされている動画をみましたが、あまりの凄惨さにショックを受けました。
明らかに「プロレス」ではない。
力道山という「怪物」の底知れない恐ろしさを思い知らされる。
この試合の時点においては、力道山はまだプロレス界の王者であったわけではない。
木村を叩きのめすことで、その地位を確固たるものに固めていった。
一方で、「負け犬」として生き恥を全国民に晒された木村の後半生は、世間から忘れ去られていく。

ところが、この700頁に及ぶ壮大なノンフィクションを通じて描かれる木村政彦の一生は、けっして悲劇の主人公のそれではない。
そう思わされることこそが本書の素晴らしいところだと感じます。
著者の木村政彦に対する思いの強さは一方ならぬものがある。
強さも弱さもひっくるめて、木村政彦という傑出した人物の複雑さも単純さも全てが伝わってくる。

また、本書を通じて、現在の立ち技中心のスポーツとしての柔道が、木村が極めようとした「実戦的な柔道」とかけ離れたものであることを識ることができます。
「力道山のプロレス」にしても「講道館の柔道」にしても、最初っから絶対的な地位にあったわけではなく、戦後という時代の政治の流れの中でその地位に収まったものである。
21世紀の今、そんな冷静な見方で戦後社会を概観できるという点でも良著だと感じます。
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野田朱美さんの課題提起

2012-03-20 19:58:03 | Sports

今日の日経朝刊スポーツ面に掲載されていた野田朱美・日テレベレーザ監督によるコラム、地に足が着いた良記事だったので、以下メモ。

 さて、アルガルベを見ながら頭をよぎったことがある。女子サッカーが大きな岐路に立っているような気がしたのだ。先人の努力でW杯を開催し五輪種目にもなった。そこに達成感がある一方、全世界的に見て次にどうステップアップしていくべきか方向性が霧の中にあるようにも感じた。
 例えば上位10チームの顔ぶれは多少の変動はあってもいつも同じ。よって組まれるカードに変化は乏しい。分母が増えていないから女子サッカー全体が細長いピラミッドみたいに見えてしまう。
 試合の中身もビルドアップとかポゼッションとがどうとかスタイル先行の話が多いけれど、もっと基本に立ち返らないといけないのではないか。アルガルベでも日本に限らずイージーミスを重ねた上、ということが多かった。ボールを止めてける、という基本動作がもっとスムーズにやれたら女子サッカー全体がワンランク上に行けると思うのだが。
 昨年、W杯を制したことで女子サッカーは急速に日本で認知された。認知の次に来るのは評価という物差しだろう。その中には「男子に比べて」という最も厳しい評価軸もあるはずで、そんな目線で見られたら女子のサッカーはまだまだと認めざるを得ない。
 今は手放しでほめられることが多いなでしこだが、しっかり評価されることが成長には必要。それが一過性のブームから本当にコアなファンをつくっていくことにもつながるのだと思う。

「なでしこ」ブームを眺めながら、自分が常々感じていたことを言語化してくれた、という点で感服しました。

アルガルベの決勝ドイツ戦にしても、試合終了間際に双方相手のミスから得点を取り合うバタバタの展開。
観てる分にはドラマチックで面白いといえば面白いんだけど、(男子の)サッカーを見慣れている身からすると、試合の終わらせ方という点で双方洗練度の低さのほうが気になってしまいました。

上位国の顔ぶれがいつも同じ、というのもその通りで、しかも強豪国である米国やドイツにしても、体格や体力で勝負している感じで、あまりサッカーの質の高さは感じられない。
質という点では「なでしこ」のサッカーは一段上を行っているんですよね。
ぜひともその質をますます向上させて、他の強豪国に刺激を与えることで全体のレベルアップに寄与してもらいたい。
それに加えて、女子サッカーに力を入れる国の裾野をもっと広げること。 

そうやって女子サッカー全体が真のレベルアップを遂げたときに、日本の女子が強豪で居続けられるかが次の勝負ですね。
女子バレーや女子マラソンのように、その地位をずるずると下げていくことなく。
なんとなく、今の「なでしこ」の選手たちのメディアにおける扱いがかつての女子バレーのそれと重なるところに嫌な予感がしたりするのですが。 

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暗い世の中の明るい消費

2012-03-20 17:27:00 | Economics

昨日(3/19)の日経朝刊に、しまむら社長の野中正人氏へのインタビューが掲載されていました。

「消費者がプラス思考になっている。政治や経済情勢など、世の中の悪いことを批判的にみていた空気が薄らいだように思える。そんな不満をぶつける場合ではなく、一人ひとりが元気に行動を起こそうとしている」

「淡いピンクやグリーンの商品がよく動いている。これは景気拡大期にみられる現象だ。売り場の見栄えをよくするためにもっと目立つ色彩の衣料品を陳列すると、その商品が先に売れている。リーマン・ショック後の消費風景とは全く違う」

うん、なんとなく実感としてわかります。
確かに、ここ最近、そんなムードを感じる。

相変わらず政治はダメダメだし、国家財政も就職難もエネルギー問題も明るい兆しは全く見えないけど、いい意味で国民が政治を見放し始めたというか。
個人的にも、前の首相と前の前の首相には時に殺意?を憶えるほどの憤りを感じたけど、今の野田政権にはそんな怒りの感情すら浮かんできません。
開き直りというか、関心が起きない。 

「単価は上がっている。客単価や1品単価は前年比で2〜3%の上昇だ。この傾向は昨年あたりから顕著だ。確かに、絶対的な価格の安さを求める消費者もいるが、価格と商品価値のバランスを考える消費者は多い。明確な価値が分かると値下げしなくても売れる」

このへんも世相を反映してますよね。
老後のためにせこせこ節約して小金を貯めたところで、人間なんていつ死ぬかわからない。
一年前の大震災から、そんな感覚も生まれているような気もします。

「景気刺激策の家電エコポイントの終了で、対象以外の商品やサービスの支出に回った可能性が高い。百貨店の売り上げが堅調なのも、そうした影響が出ているのではないか」 

面白いですね。
やっぱし、消費行動をゆがめるような政策なんて、採るべきじゃないな。 

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”日本車”か?

2012-03-17 13:50:23 | Economics

今朝の日経紙面で興味を惹かれたのがこの記事。

メキシコ、ブラジルへの車輸出制限で合意 日系に影響必至(日本経済新聞)

メキシコとブラジルの両政府間の貿易交渉により、メキシコからブラジルへ輸出される乗用車に制限が設けられることになったとのこと。
この措置により、メキシコで生産しブラジルへ輸出している日本の自動車メーカーへ影響が発生するとの趣旨の記事です。 

こういう話を聞くと本当にクロ―バル化しているなあと実感します。
メキシコで作られてブラジルで乗られる車が果たして「日本車」と呼べるのか? 
国(政府)の所管範囲と、国民の生活範囲と、企業の活動範囲、それぞれ不一致がどんどん広がっていく。
こんな時代に「日の丸ナントカ」にこだわることのナンセンスさ。 

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